Top > KtKs◆SEED―BIZARRE_第32話
HTML convert time to 0.016 sec.


KtKs◆SEED―BIZARRE_第32話

Last-modified: 2009-03-01 (日) 05:54:13

 『PHASE 32:悪事と地獄』

 
 

 カイネギス・スカルミリオーネには夢がある。
 人類の敵たる化け物を、一匹余さず駆逐し尽くすという夢が。

 

「男は死ね! 女も死ね! 老いも若きも誰も彼も! 化け物に味方する者は同じ化け物だ!! せめて俺を楽しませて死ね!! 心地よい悲鳴を聞かせてくれよぉぉぉ!!」

 

 拷問や戦闘に、毒や薬物を好んで使う、卑劣で手段を選ばない性格と、素手でもコーディネイターを殺害できる筋肉質な巨体により、名を知られた男。
 デストロイのパイロットに選ばれるだけの能力と、コーディネイターへの敵意を備えたエクステンデッド。

 

 人呼んで『独眼のカイネギス』。

 

 コーディネイターとの初陣で潰されたその右眼に、青き清浄なる世界を映し出し、憎悪と嫌悪のままに自分に与えられた『破壊』を振り回す。何十万、何百万の命を、いともたやすく蹂躙したことに、罪の意識を抱くどころか、たまらない快感を覚えていた。
 彼はそれをずっと続けられると思っていた。
 この幸福が、コーディネイターどもを滅ぼしきるまで続くと思っていた。
 そしてそれは間違っていた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「……と、俺の今後はそういうことになるそうだ。まだブチャラティたちには連絡していないが、こうなると本当にもうすぐだろう」
 逞しい顔つきのゲルマン人が、唸るように言う。
「フ……やはりな。私の知るジャンク屋ギルドや、ジャーナリストからの情報と照らし合わせても、間違いの無いことだろう」
 優雅で美しくも、野獣的な恐さのある女性が、頷いた。
「とりあえずジブリールの行動については予想外のものは無いだろう。ブチャラティの目的に障害となるのは、やはりデュランダルと……」
「ラクス・クライン、そしてキラ・ヤマトか」
 ルドル・フォン・シュトロハイムと、ロンド・ミナ・サハクは、同時にため息をついた。
 アマゾンでゲリラを潰したシュトロハイムは、現在も南アメリカ合衆国にとどまっていた。予定では、近いうちに大西洋連邦に赴くことになっている。
 ロンド・ミナ・サハクは、国家無き社会を目指す『天空の宣言』以降、南アメリカ合衆国やユーラシア西側地域など、地球連合やプラントに属さぬ地域で、『国家無き世界』の理想達成のために活動している。
 彼ら以外にも、南米の英雄エドといった者たちがいる、この南アメリカ合衆国は、今やブチャラティ一派の巣窟とさえ言える。
「デュランダルはまだいい。何を企んでいるにせよ、道理が通じる相手だ。問題はクライン派だな。まったく行動が理解できん」
「まったくだな……。『彼』からの情報によると、ラクス・クラインは宇宙に昇ったという話だが、何を目的としたものかは不明だ」
「めんどうだな。まあ、何を考えていようと、俺のやるべきことは正面から叩き潰すこと以外ないのだがな」
「フッ、それを言っては身も蓋もないが、やはり大した男だよ。お前は」
「当然だ。ところで、さっき『彼』と言ったが、奴は今どこにいる?」
「クライン派と懇意の情報機関『ターミナル』に潜入しているところだ。私も詳しい現在位置はわからないね。おそらく、君の故郷……ドイツ近辺だと思うが」
「相変わらず勤勉だな……。少しはイタリア人も見習って欲しいものだ」
「ブチャラティやアバッキオも怠け者ではないと思うが?」
「個人個人ではな。だがあいつらは集団になればなるほど駄目になる妙な奴らで、酒と女にしか本気にならなくて……その上に愛国心というものが欠片もない! さっさと降伏するわ、勝ち馬に寝返るわ!!」
 昔の怒りが再燃し、シュトロハイムはテーブルを叩く。その衝撃で叩かれた部分が罅割れた。
「国家に縛られないという点では、私にとって好ましいのだがね。西暦の歴史についての知識は乏しいのだが、君達の時代も中々楽しそうだな。今度勉強してみよう」
 ミナが愉快そうにシュトロハイムの激昂を眺めていると、血相を変えた連合軍兵士が駆け込んで来た。
「閣下!! 緊急事態です!!」
「何を慌てている。連合軍人ならばうろたえるんじゃあない」
 さきほどの怒りの発露を棚に上げ、兵士をたしなめる。が、兵士の報告を聞いた瞬間、その落ち着きも掻き消えた。
「そ、それが、ユーラシアに連合軍MS部隊が強襲をかけています! 三つの都市が壊滅し、現在、ベルリンが火の海だそうです!!」
「………なんだとぅぅッッッ!!!」
 自らの故郷、青春の舞台、民族の中心であった都市。その崩壊を耳にして、彼が平静でいられるはずもなかった。
「とち狂ったか……ジブリール」
 ロード・ジブリールの行動に予想外のものはない。そう断言していたミナであったが、ここまでの無茶はさすがに予想外としか言えなかった。
「ここからでは救援に行く事もできん。ザフトの健闘に期待するしかないな」
「く……ッ!!」
 ミナの冷静な判断に反論できず、シュトロハイムはただ苛立ちを込めて、テーブルを真っ二つに叩き割った。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 デストロイは誰にも止められなかった。

 

 ただの一撃でMS部隊をまとめて消滅させる、二対のビーム砲『アウフプラール・ドライツェーン』に、周囲360度に一斉攻撃できる二十門の熱プラズマ複合砲『ネフェルテム503』など、過剰なまでの重武装。
 更に、生半可なビームなど、雨のように受けてもものともしない、光り輝く盾、陽電子リフレクター『シュナイドシュッツ』。
 最強の矛と、無敵の盾を備えたデストロイは、破壊の権化そのものであった。
 瞬く間に都市は『地獄』となり、万単位の死が吹き荒れた。

 

 その地球連合軍の暴挙に対し、デュランダル議長を中心とするプラント最高評議会は、ミネルバをベルリンに向かわせていた。ジブラルタル基地で修理と補給は受けていたが、連戦で酷使された戦艦の状態は完全とは言えない。
 前回の戦いで、ムラサメをフリーダムに破壊されたFFと、ザクをブチャラティたちに奪われたルナマリアは、今回は艦内で居残りである。こうも早く出陣するとは予想できず、代わりの機体を用意し損ねたのだ。
 シン、レイ、ポルナレフ、形兆、ウェザーの5人で、都市駐留軍を全滅させた敵に対抗するしかない。
「大丈夫ですかねぇ。情報によると、敵の新兵器は相当な化け物だという話ですが」
 アーサーが情けない声を出す。
 ベルリンに到達したミネルバのモニターには、周囲の風景が映し出されていた。燃え盛る炎と、立ち上る黒煙。砕け散らされた都市の残骸。コズミック・イラ以前より名を知られた都市が、無惨に踏み躙られていた。
「大丈夫かどうかなんかわからないわ。けど、私たちがやらなきゃ、他の誰がやるっていうの? 胸を張って、全力で戦うまでよ」
 その惨劇を見ても、タリア・グラディスは怯みを見せなかった。
 弱気な副長の姿が、グラディス艦長の威厳を引き立て、クルーたちの士気を上げ、精神を安定させる。
 なんで副長になれたのかわからないと、クルーの間で噂になっているアーサーであったが、これも適材適所、モッツェレラチーズとトマト並みに、組み合わせの妙なのかもしれない。

 
 

 ミネルバから射出された5機のMSは、デストロイの姿を認めた。円盤と二対の大砲を背負った、巨大な漆黒のMSが、燃える街の中に傲然と立っていた。
「こいつはもうなんつーか、MSっていうより怪獣だぜ」
 シンがデストロイの巨体に呆れ帰ったように言う。
「こいつほど強力なビーム砲となると、ウェザー・リポートで空気を屈折させても防ぎきれない……純粋にMSで対抗するしかないな」
 ウェザーは冷静に敵の力を分析する。デストロイの馬鹿げた戦闘力には、ウェザー・リポートによる防御は効果が無い。ウェザーの操縦能力から考えると、デストロイ相手の戦いは無理と見るべきだろう。
「俺は露払いと援護射撃くらいしかできそうにない」
「弱気なことを言うんじゃねー。欠点のない兵器なんて存在しない……こいつにだって弱点はある」
 形兆は冷徹な視線をデストロイに向ける。
「デカブツの共通の弱点……小回りが利かないってことだ。精密な動きはできねぇ。それを膨大な火力で、狙いが大雑把でも根こそぎ破壊できるようにしているのは脅威だが……まあよければすむことだ」
「それに、こちらの方が数は多い。全滅した駐留軍よりMSの性能も高い」
 小さなバッド・カンパニーで、強力なクレイジー・ダイヤモンドを翻弄した経験に基づく形兆の言葉に、レイが補足する。
「この中で、最も近接戦が上手いのはシンだ。俺たち4人で奴の注意を引きつけ、その間にインパルスで奴の懐に飛び込んで切り倒す。と、いったところだろうな」
「誰か異論は?」
 レイの立てた作戦について、ポルナレフが賛否を問う。異論は誰からも出なかった。
「それじゃあ行くぜ。怪獣退治だ!」
 ポルナレフの景気いい掛け声と共に、5体のMSがそれぞれ行動を開始した。

 
 

 四方八方を一度に攻撃できる20門のプラズマ砲、ネフェルテムが発射される。狙い自体は甘いそれを、5機は素早くかわす。
 ウェザーのムラサメからビームが放たれるが、それは展開された陽電子リフレクターによって防がれた。
「やはり、遠距離攻撃による破壊は困難のようだな」
 レイは呟きながら、デストロイ支援のために飛び回るウィンダムを撃ち貫く。支援部隊の錬度は大したことはないようだ。
「ウィンダムが残り11機……せめてこいつらくらいは片付けとくか」
 形兆のザクファントムが放つミサイルが、2機のウィンダムを撃墜する。そのザクファントムに向けて、逆襲するかのように、今度はデストロイがミサイルを放つ。
「……こりゃ、かわせないな」
 形兆は冷静に判断を下すと、ビーム突撃銃を放つ。しかし、到底すべては破壊しきれない。だが形兆は恐れなかった。
 レイとウェザーによる、援護射撃があることを知っていたからだ。
「チームワーク、というものなのかね……似合わんな。何時の間に他人に頼るようになった?」
 破壊されていくミサイルを眺めながら、形兆は複雑な気分でため息をついた。

 
 

 ポルナレフは高速で飛びまわり、ビームを撃ちまくる『両腕』と追いかけっこしていた。
『シュトゥルムファウスト』と名づけられた武器だ。デストロイの両腕に供えられたビーム砲で、デストロイ本体から分離し、飛行して攻撃してくる。
「昔マンガで見たロケットパンチより厄介だなこりゃ!」
 一度ならずビームサーベルで斬りつけてみたが、この腕も陽電子リフレクターを装備しており、攻撃をはじいてしまう。
「ふうん……ならこうだ!」
 ポルナレフは背を向けて逃げていたグフチャリオッツを、急激にUターンさせる。デストロイの右腕に向けて突進した。
 指から放たれる5本のビームをきりもみ回転しながら避けていき、腕とのすれ違い様に右手に握ったビームサーベルをビーム砲の一つに突き込んだ。
 ビーム砲は暴発し、右腕は砕け散る。五枚のコインと炎を、交互に突き貫くほどの視力と精密動作を持つポルナレフならではの技術だ。
「さあて、もう一個いくかい」
 ポルナレフは残された左腕を見据えた。

 
 

「いける……いけるぞっ!」
 シンはデストロイから放たれるビームを、時折かかってくるウィンダムの攻撃を、すべて見切っていた。SEEDの力に目覚めた彼にとっては、どの攻撃も単調で、避けるのに苦労を必要としなかった。
「アスラン隊長や、フリーダムに比べれば……こんなものっ!」
 レイ・ザ・バレルは、シンのことを、5人の中で最も近接戦に優れていると評した。しかしそれは正確ではない。アスランに鍛えられ、SEEDを制御した彼のMS戦闘技術は、あらゆる点において突出していた。それは実質、4人による援護も必要ないほどに。
「覚悟しろ!」
 非道の限りを尽くした敵へ、怒りを込めてシンは突き進む。

 
 

 放った両腕が共に破壊されたことを確認し、カイネギスは羽虫の予想外の抵抗に憤怒を抱いた。
「この汚らしい蝿がぁっ!!」
 自分が負けるとは微塵も思ってはいなかったが、害虫どもが逃げ回り、踏み潰されることを拒否しているということが、気に触った。害虫は大人しく駆除されればいいというのに、無駄な抵抗をするとは可愛げがない。
 たかだか5匹の蝿を片付けられないことに業を煮やした彼は、デストロイの最強装備、『アウフプラール・ドライツェレーン』を起動させる。狙いはちょこまかと煩いMSではなく、戦艦ミネルバだ。
「帰る巣をぶっ潰してやる! 絶望しろ蛆虫めがぁ~~」
 カイネギスは嗜虐的な笑みを浮かべ、ぬったりとした舌を伸ばし、唇を舐める。
 そして殺戮の時を迎える前に、カイネギスの人生は終焉を迎えた。灼熱の光がコクピットを支配し、痛みを感じる間もなく、隻眼の男の肉体は塵と燻りを残して消えたのだった。

 

 爆音をたてて、デストロイが沈む。一太刀で切り裂かれた巨体が、崩れ落ちる。
 その瞬間は、誰にも見ることができなかった。嵐のような速さで行われたので。

 

『彼』はそれを当たり前のように行った。
 道に落ちていたゴミをちょいと拾って、くずかごに捨てるような、ごくごく当然のなんてことのない行為。いともたやすく行われたそれが、殺人と称される悪事であることに、『彼』は何の感慨も抱かない。
 それは、自分が守れなかった親しき人物が、『逃げるな』と言った行為である。だから『彼』は殺人を受け入れることにした。実際は、その親しい人物の言いたかったのはそんなことではないのだけれど。
 都市を四つ、軍の部隊を一つ、半日もかけずに滅ぼした怪物を倒したことも、『彼』にとっては別に恐ろしくも手強くもない、鼻歌でも歌いながら倒せるようなものとしか思えなかった。
 ゆえに勝利の達成感を抱くこともない。ただ少し、これで自分の仲間が脅かされる危険が減ったということに、安堵を感じただけだった。
 以前はあれほど忌避していた殺人を行ったことに対し、『彼』が感じたのはその程度で、それ以外は『彼』の心は、凪のように静かだった。
 もはや余計な感情を抱けるほど、『彼』の心に余裕は無い。乾き、疲れきっていたのだ。

 
 

「お前は……」
 誰よりも早く驚愕から醒めたシンが、喉から声をもらす。
 誰にも気付かれることなく、誰よりも速く、必殺の一撃を行った相手にむけて。
 破壊の権化を、いともたやすく破壊した相手に向けて。
 その姿はほんの少し前に見たあの頃よりも、ずっと大きく、そして禍々しく見えていた。
 機体の色は野晒しになった骨のように不気味に白く、広がる翼は魂を刈り取る鎌のように鋭い。砕かれ爆発するデストロイの惨状を背に、不気味な重圧感を向けている。
「なんだってんだこいつは……!!」
 以前見たそれは、確かに強力で、デザイン的にも優れていたとはいえ、MS以上のものではなかった。しかし今のそれは、まるで虚無的で、熱の感じられぬ自動機械のようだ。漂う気配そのものが、以前と違いすぎる。
 それは、パイロットの精神が以前と違うがゆえに。以前はまだ自分の意思を持って戦っていたものが、今はもはや、喪失の恐怖を利用され、他人の意を受けて戦う人形にすぎない。強いか弱いかで言えば、今の彼の精神は非常に弱い。
 しかし、それは彼が危険ではないということを意味しない。強弱は表裏一体。極めて弱いことは、別の方向からすれば、極めて強いことにもなりうる。

 

 そして、真に恐ろしいものとは、自分の弱さを『攻撃』に変えたもののことを言うのだ。

 

 今の彼には悪い意味で、迷いや加減は存在しない。罪悪感も精神的動揺もない。あるのはただ、大切なものを傷つけるかもしれないものへの徹底的な、盲目じみた殲滅の意思。

 

「キラ・ヤマト……!!」

 

 不殺の誓いを切り捨てて、捻じ曲げられた遺言に踊らされ、邪悪の血統に魂を握られて、ただ最強の力のみが残された、哀しい戦士の成れの果てがそこにいた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 ベルリンの上空を飛ぶアークエンジェルの中で、ヴェルサスはデストロイが切り裂かれた様子を、モニターで眺めながら唇の端を持ち上げる。
「圧倒的ではないですか……フリーダム、そしてキラ・ヤマトは」
「当然だろう。キラ様は我々の英雄、ラクス様の勇者なのだから……。グスッ」
 呟くヴェルサスに、隣に立つ男が声をあげた。三つの鋭い剃りこみを入れた髪形をし、着込むのはザフトの軍服。色は黒。白服の副官及び、戦闘艦艦長クラス。
 右目の下に、深い傷痕が目立っている。しかし何より異様なのは、手に握ったスコップだった。このスコップは丈夫で錆びない特殊合金製で、彼の愛用品である。寝る時と入浴の時以外は、いつも持ち歩いている。
 彼の名は、ルカ・リビコッコ。
「それと言っておくが、キラ様を呼び捨てにするのは駄目だ。グス……ちゃんと敬って、『様』をつけることが必要だ。OK?」
 目尻からこぼれる涙をハンカチで拭う。彼は感情の高ぶりによって泣いているわけではない。右目につけられた傷の後遺症で、涙腺が常に活動しており、いつも涙目なのだ。
 それゆえに『涙目のルカ』というあだ名がついているが、本人はそんなかわいらしいものではない。ザフトに所属していた頃は白兵戦を得意とし、手にしたスコップで何人もの敵を殴り殺したという。
 激しやすい性格で、彼のスコップの洗礼を受けた部下は数多い。連合軍の捕虜を『不慮の事故死』させた数はその数倍だ。
「失礼しました。リビコッコ艦長」
「グスッ、ファーストネームの方でいい。リビコッコって響き嫌いなんだよ。ニワトリの鳴き声みたいで」
 ルカはラクスが呼んだクライン派の一人で、このアークエンジェルの新しい艦長となった男である。彼は平和主義者でもないし、ナチュラルへの嫌悪も強いが、ラクス個人への忠誠心は狂信の域。ラクスの為なら何人でも殺せるし、自分の命も捨てられるだろう。
「ラクス様はな、敵からも味方からも恐れられてきた俺に、グス、たった一人お優しく接してくださった方だ。あの方のお役に立てるのなら、グスン、俺は何だってやるぜぇ」
 聞いてもいないのに、ラクスへの忠誠を語るルカ。彼にとってラクスへの忠誠は誇りであり、自慢したくてたまらないものなのだろう。
(ラクスがね。まあ彼女は優しくはあるんだろうが、こいつの危険性について、ちゃんと分かった上で優しく接していたかは疑問だな。まあいい。実際、ザフトを裏切り、MSまで奪ってきてくれたのだ。その忠誠に疑う余地はない)
「………聞いてんのかぁ!? てめーーー!!」
 スコップをヴェルサスの顎に突きつけ、怒鳴りつける。今にも頭蓋骨をかち割ってきそうな剣幕である。
「聞いてますよ。ラクス様も、貴女のような部下を持てて幸せなことです」
 適当にあしらいつつ、ヴェルサスはキラが早く帰ってきてくれることを願う。キラたちからの信頼を強めるため、原作でも行なわれたデストロイによる無差別破壊を止めるという『善行』を提案したが、長居は無用だ。何かの拍子にキラがやられてしまっては困る。
(この後、ザフトから追われることになるらしいが、どうなるか。できればそのイベントは無しにしてえ。逃げ回って時間をかせげば、いずれ連合……ロゴスとの戦闘に力を入れにゃならなくなって、俺たちどころじゃなくなるだろう)
 スコップを下ろし、『調子に乗るな』などと言っているルカをよそに、ヴェルサスはこれからのことを企んでいた。

 

 突然の乱入者へどう対応するか。その場の全員が行動に移るより前に、フリーダムは動いていた。
 ビームライフルの銃口をまだ撃墜されていないウィンダムへと向け、容赦なく発射した。一発撃つごとに、無駄のない動きで狙いを変え、一発として撃ち漏らすことなく、6機のウィンダムを連続で撃ち砕いた。
「………シューティングゲームじゃねえんだぞ」
 ポルナレフが苦い顔をする。今、目の前にしたのは戦いでも殺し合いでもない。ただ一方的に撃ち屠るだけ。遊び(ゲーム)と同じ。やるかやられるかではなく、ただ一方的にやるだけ。恐怖も覚悟もなく、その他の感情さえなく、反応するのみ。
 ポルナレフにはそれがわかる。
「……どうしますか? どうやら、こちらを撃つ気は無いようですが」
 レイが他の機体、及びミネルバに通信を送る。フリーダムは無差別破壊を行っていた連合軍部隊を殲滅したが、ザフトへの攻撃をしてはこない。こちらをも沈めるつもりなら、既にやっているだろうから、攻撃の意思が無いことは確かだろう。
「私達の任務からすれば、連合軍の進軍が止まりさえすれば言い訳だけど……」
 グラディス艦長からの通信が送られる。
「だが……ほっといていいものか? 敵の敵だからといって、味方であるわけでもない。許可無く破壊兵器を所持しているのだから、見過ごすわけにもいかないだろう」
「だが、俺たちにあいつを相手にできるか? はっきり言って、あれに多少なりとも迫れるのはシンくらいだ。シンにしても、五分には届かん」
 ウェザーの意見に、形兆が苦言を呈する。
「俺のスタンドでシンを援護すればどうだ? ビーム兵器はある程度しのぐことができる」
「以前までの奴なら、それもいいがな……今の奴は何と言うか、やばいぜ。悪い方向にカッ跳んじまった感じがする」
 形兆の話す印象は、その場の全員が感じていることであっただけに、反論もしがたい。フリーダムに対して、最も対抗意識を抱いているシンも沈黙してしまう。だが、ただ一人、思うことがあった者がいた。
「艦長。奴に通信をさせてもらっていいスか?」
 J.P.ポルナレフであった。

 

「通信? 何を?」
 タリアの疑問に、彼は答える。
「あいつ、今回は俺たちに何も言ってこなかったですよね。以前の2回では『戦闘をやめろ』とか言ってきたのに。何か心境の変化みたいのがあったようですから……その辺のことについて聞いてみたいと思いまして」
「………いいでしょう。任せます」
 許可を得たポルナレフは、フリーダムに向けて全周波による通信を送る。

 

「あー、あー、聞いているかい、フリーダムのパイロット」
 返事は無かった。しかしポルナレフは構わずに話し続ける。
「お前さんの目的はなんだい? 前と同じで戦闘の停止を訴えるのか? にしては、今回は前とちょっと違うねえ。問答無用で、皆殺しとはよ。いくら話が通用しそうにない相手っつっても……今までとはやり方が違いすぎるじゃねえか? なぜだ?」
 ストレートに訊くポルナレフ。その言葉には捻りは無いが、そこらの軍人やギャングでは出せないような殺気染みた凄味があった。傍で聞いているだけのシンでさえ、背筋が震えてくる。

 

「………守るために」

 

 通信が返ってきた。短く、小さな声であったが、はっきりと聞こえた。
「守る?」
「大切なものを守るために………そのためなら、もう、僕は、人を殺すことから逃げない……」
 守るという美しい言葉と裏腹に、その口調には決意や覚悟といった『芯』が感じられなかった。以前より希薄な言葉を口にする印象があったが、ここまで空虚な人間ではなかった。その変化にポルナレフは顔をしかめる。
「逃げない……ね。何があったか知らないが、お前さん、前より酷くなってるぜ。自分じゃ気付いていないみたいだが、まるで人形みたいだ」
 目的のために手段を選ばない道を選んだのではなく、目的さえもわからずに、与えられた道を歩くだけの機械のようだ。
 ポルナレフは今までに様々な人間を見てきた。その中には、自分の意思より主人の意思を優先する盲目的な狂信者や、任務のためならあっさりと自ら死を選ぶような、命を重視しない人間もいた。
 だがそれらとも違う。しいて似ているものをあげるならば、かつて訪れた街の人間たちに近い。ある者は自分たちと口を利こうともせず、ある者は死体を目の前にしても、まるで関心を示さずに通りすぎる。そんな、まるで心が無いかのような住人たち。
 彼らは本当に『人形』であった。スタンド使い、エンヤ婆が支配する死体。スタンド『正義(ジャスティス)』が動かす操り人形。それが、住人たちの正体であった。
(アレとこいつが似ているのだとすれば……こいつも誰かに操られているのか?)
 ポルナレフは半ば本能的に、キラが覚悟を決めたのではなく、ただ精神弱まった間隙を突かれて、他者の言葉に流されているにすぎないことを悟る。しかも、そんな洗脳めいた状態でありながら、自分の意思で正しく行動していると思い込んでいることも。
(おそらくは……アスハ代表も言っていた、ヴェルサスとかいう奴……)
 ンドゥールを配下にし、シンを襲ったスタンド使い。シンの話からすると、連合の施設で何かを調べていたらしいが、目的は不明だ。
「お前の言う、守るべきものっていうのは、何だ?」
 ポルナレフはキラの現状を知るために会話を続ける。
「みんなだ……。戦わない人。戦えない人。平和に暮らす人たち、みんなだ」
「どうやって守る?」
「僕には、みんなを守りきる力は無い。けれど、ラクスや、ヴェルサスさんの言うとおりにすれば上手くいく……」

 

(ヴェルサス! やはり!!)

 

 ポルナレフは確信を胸に秘めつつ、更に言う。
「お前らは、何をしようっていうんだ?」
「……前から言っているはずだ。この戦争を止める」
 以前は少なからず自己の意志を感じた目標も、今では棒読み同然だった。
「もうすぐ止まるさ。俺たちが、連合軍をぶっ飛ばせばな」
「その後は?」
「何?」
「その後、デュランダルって人は何を企んでいるの? 人々を騙すような人が、正しいことをするとは思えないけど」
 その言葉にポルナレフはひやりとする。この会話はシンやミネルバにも届いている。プラントにいるラクスが、実はミーアだということがばれると色々まずい。
「……だから、デュランダルには任せられないということかい。じゃあ、お前たちはどうやって止めるっていうんだ」
「僕にはわからない……けれど、ラクスが帰ってきたら、必ず。だから今は、僕ができる限り守る。守り、戦う」
 つまり今回は、兵士でもない一般人を巻き添えにするような相手だったから手を出したということだ。
(つまり、ラクスが帰ってくるまで……どこかに行ったってのか? いやとにかく、時期が来るまで、ザフトと連合が一般人に手を出さない限りは静観するつもりと考えていいのかね? 前のように戦闘に乱入するのはやめたわけか)
 そこは少しマシになった……と言っていいのだろうか? 非公式かつ非合法に巨大な武力を所有する無法者という時点で、とんでもなく迷惑なのは変わらない。しかも、いずれはデュランダルにも牙を剥くと、言っているのだ。
 宣戦布告も同然だが、キラはそのことを意識してもいないだろう。考えることを放棄しているのだから。

 

「………イカレてやがるな」
 ポルナレフは改めて認識し、ため息をつく。
「もういいかな……もう用は無いし、帰りたいのだけど。もし僕と戦うというのなら、やりますけれど、無駄死にですよ」
 どこまでも舐めた口調……それでいて、こちらを侮辱するような含みは無い。機械の音声のように、感情が込められていないのが、余計に聞く人間を苛つかせる。
「そうだな、じゃあもう一つだけだ」
 しかしポルナレフは彼にしては珍しく、怒りに声を荒げる事もなく、
「アスランとカガリはどうするつもりだ?」
 静かに問い掛けた。

 

「……………ッ」
 息を呑んだ気配を感じた。
「カガリはアスランと共にオーブへ行った。お前たちの行動には賛同せずにだ……。あいつらは、俺達に必死な想いで頼み込んできたぜ。お前たちを止めてくれと。お前たちに馬鹿な真似をさせないで欲しいと。お前らはあいつらをどうする?」
 キラは答えない。
「お前にとって、あいつらも親しい、大切な者だろう? 親友と家族なんだろう? けれど、あいつらと戦わずにすませることはすませられねえ。戦う覚悟があるなら、それは俺がどうこう言うことじゃない。迎え撃つだけだ。だが、お前はそのことを考えているのか?」
 キラは答えない。
「考えることをやめて楽になりたいんだろうが、生きてる以上すべてから逃げることなんざできねえんだよ」
 キラは、

 

「黙れ」

 

 ビームライフルを放った。
 グフチャリオッツが閃光に焼かれ、爆ぜた。

 

「教官ッ!」
 シンが叫ぶ。だが爆炎の中から飛び出てきたのは、追加装甲(アサルトシュラウド)を脱ぎ捨てたグフチャリオッツだった。
「いきなりだなオイ!」
 右手に最新型ビームサーベル『ジョワユース』を握る。
「気にしてること聞いちゃったか! けどな、俺を殺したって意味ねえぞ!!」
「黙れッ!!」
 フリーダムが飛ぶ。ラケルタ・ビームサーベルが抜かれ、容赦なくグフチャリオッツの右肩から斜めに斬りかかる。
「ちっ!」
 かろうじてかわす。間合いをとるが、更にルプス・ビームライフルによって追撃がくる。それらもどうにかしのぎ、体勢を立て直す。
(さっきのデストロイやウィンダムを落とした動きより、無駄がある。相当動揺してやがるな! そうでなきゃとっくに落とされてるか)
 それでもこのままではいずれやられると考え、攻勢に移る。
「チャリオォォォッツ!!」
 グフチャリオッツは高速で突進する。だがその動きは直線的に過ぎ、キラからすれば容易く捉えられる。
「くらえ」
 バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲が発射される。フリーダムが所持する火器の中でも最大威力の一撃が、グフチャリオッツの姿に命中し、そして引きちぎれて掻き消える。
 そして消えたグフチャリオッツの真横から、無傷のグフチャリオッツが現れて、突進を続けた。
「……分身?」
 敵を翻弄する特殊装備。空中に散布されたミラージュコロイドが、グフチャリオッツの姿を投影し、あたかも分身したかのように見せかける。
「そんなもの!」
 しかしそれがわかったからには、もう通用しない。ジョワユースの斬撃が届く前に撃ち落せる。そう考えたキラに、ジョワユースの先端が向けられる。
 まだ斬るにも突くにも遠すぎる。
(そう思ってるんだろうが、な!!)
 ジョワユースの光の刃が弾けた。揺らぎ、剣としての形が針金のように歪んだかと思うと、次の瞬間、強烈なエネルギーの奔流となって発射された。

 

 これがジョワユースにつけられた特殊機能。
 ビームサーベルは、磁場形成理論の応用技術によって、ビームを刃の形に固定したもの。ならばその固定を取り去れば、ビームサーベルはビームとして発射される。ただし、一度使えば、もうビームを固定する機能は壊れ、ビームサーベルは使えなくなる。
 まさに『最後の一撃(ラストショット)』。

 

 届かない距離という油断を突いたその一撃は、並みの一流パイロットならばかわせないものだった。しかし、キラ・ヤマトは良くも悪くも並みではなかった。

 

 ビームが放たれる一瞬前に、彼は頭脳ではなく直感で行動し、右方向にわずかに動く。それだけでその一撃を回避した。
 そしてそのとき、その場でシンだけが感じ取っていた。
 キラが『SEED』を解放したことを。

 

「ああああああああああああッ!!」

 

 キラが叫び、グフチャリオッツが両断された。

 

「教官ぁぁぁぁぁぁぁんんッッ!!」
 戦闘力を失ったグフチャリオッツに、フリーダムは容赦なく襲いかかった。一瞬もかからずに胴を断ち切られ、上下半身泣き別れとなって落下。大地に激突し、爆発炎上する。
 部品は砕け散り、修復不可能なまでに微塵となる。普通に考えて、生存は絶望的だ。
「教官ッ、教官ッ!! き、貴様ァッ!!」
「シン、俺が見に行く!」
 レイのザクが墜落場所に下りる。それを聞き届け、シンはフリーダムを睨む。

 

「おおおおおおおおおッ!!」

 

 プッツ~~~~~ン!!

 

 シンは『SEED』を覚醒させ、ビームライフルを撃った。しかしキラはビームがどこを通過するか、事前にわかっているかのような機敏さで、ことごとくを避ける。
「……君も邪魔をするのか」
 キラの口調からは、すでに動揺は消え、元の機械じみた平静さを取り戻していた。キラはゆっくりとさえ見える動きで、ライフルを構える。そして冷静に撃ち放った。
 続けざまに3度。どうかわしても1発は喰らう、計算し尽くされた弾道だった。
「くっ!?」
「任せろシン」
 銃口の向きからそれを事前に悟り、せめてコクピットに損傷を受けない個所でビームを受けようと、インパルスの身をよじらせるシンに、ウェザーからの通信が届く。ビームが命中される前に、『ウェザー・リポート』の雲がビームの射線を歪め、インパルスを護る。
「ふうん……前にもあったっけ。確かオーブでもビームを歪められた。けれど」

 

 ビームサーベルを抜いてかかってくるインパルスを避けながら、キラは高速で指を動かし、キーボードを叩く。数十秒後、キラはインパルスに向けて、更にビームを撃つ。
 さっきと同じようにビームの軌道は歪み、
「なら歪みを計算して、撃てばいい」
 インパルスの右腕に命中した。

 

「んなッ……」
 シンは砕け散るインパルスの右腕を呆然と見つめる。
 シンが信じられない思いで見るそれも、キラにとってはかつて行ったことの焼き直しであった。
 前大戦の頃、砂漠での戦闘中、熱対流によってビームの照準が歪んでしまった時、戦闘中に熱対流のパラメータをインプットして、その歪みを修正したことがある。それの応用。
 とはいえキラも少し前であればできなかっただろう。能力の有無ではなく、認識の問題だ。
 正体もわからず、熱対流以上に不規則な、スタンドによる防御陣。それを計算するという行為は、普通できるわけはないと、人は考える。実際、初めてウェザー・リポートによるビーム防御を見たキラもそう思った。
 けれど今のキラはそうは考えなかった。すでに彼は、できるかできないかなど考えていない。普通の人間が考えるようなことは放棄している。人であることを放棄している。まさしく機械。機械はできるかできないかなど考えず、ただできることを実行するのみ。
 今のキラは精神的な負い目や迷い、奢りなどなく、自分の能力を完全に把握、認識、制御していた。キラにとって今行ったことは、空気を吸って吐くことのように、HBの鉛筆をへし折ることのように、当たり前のことであった。
 しかしシンはその神業に、怒りや悔しさを感じる前に驚愕し、一瞬操縦する手までが止まる。
 致命的な隙ではあったが、キラは追撃することはなくきびすを返し、彼方へと飛んでいく。その後姿に躊躇いはまるで見られない。デストロイは倒し、五月蝿いポルナレフも落とした以上、用は無いということなのだろう。

 

「ま、待てっ!」
 シンは追おうとしたが、
「追うなシン!」
 レイからの通信がそれを止める。
「もう追いつけない。フリーダムは速度もずば抜けているし、下手に追えば今度こそやられる」
「けどっ!」
 レイの冷徹であるが正しい判断に、シンは反発する。
「ポルナレフ教官がやられたってのに、このままみすみす……!」
「教官は生きている!」
「………え?」
 シンはポカンと口を開け、反射的にカメラを下に向ける。そこに意識を失っているらしく、あお向けに横たわるポルナレフと、その傍らに膝をつき、脈を診ているレイの姿があった。
「本当、か? あんなやられ方すれば普通は」
「普通は死ぬだろうが、彼は普通とは少し違うからな」
 珍しく冗談めいたことを言うレイに、シンは体から力を抜いて小さく笑う。
「そうか……。生きてるのか。まったく不死身だな、教官は」
 安堵と呆れが入り混じった表情をつくり、シンはキラが飛び去った方角を見つめる。
「しょうがない。今回は見逃すか」
 そう言いながらも、自分の力ではキラを倒せないことはわかっていた。さきほどはポルナレフが殺されたと思った怒りにまかせ、それでも追おうとしたが、自殺行為であったことは認識している。
 今のキラは以前のキラと違うことが肌で感じられた。ただ強くなったというのではない、もっと異質なものに成り果ててしまったという感触が。
 まるで人間であることをやめたかのように。
(まだ足りない……。もっと力をつけなくては)
 今はまだ未熟だ。アスランの言う、『光の道』も見えてはいない。だが必ず見る。自分はもっと強くなれる。

 

 人間は怪物のような強さはない。だが人間は成長できる。
 シンはそれをすでに教わっていた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 モニターにはベルリンの光景が映し出されていた。蹂躙され、燃え盛る都市の様子が鮮明に浮かび上がり、その中心にはその元凶となったデストロイの……残骸があった。
 フリーダムとザフトMSの争いも見られたが、それはその映像を見ていた者たちにとっては、重要ではなかった。
 モニターの電源が切れ、映像が消える。そして、モニターを見ていた男の一人が口を開いた。その物腰からすると、特殊な訓練を受けた軍人の類であろう。
「残念ですが……失敗に終わりましたな」
 軍人は振り向き、背後に座る不機嫌そうな男の顔を見る。その男、ロード・ジブリールはデスクの上に両肘をつき、両手の指を絡み合わせたポーズを取り、映像の消えたモニターを睨んでいた。その周囲には、やはり軍人らしき男たちが二十人ほど立っている。
 ここはユーラシア西部にある、ジブリールの自宅である。
「この失敗をもって、あなたの地位も権利も、一切を剥奪させていただきます。ロード・ジブリール殿」
 軍人の宣言と共に、ロード・ジブリールのブルーコスモス盟主の肩書きには、『元』の字が書き足されることとなった。
「……それで、私をどうしようと言うのだ?」
 しかしジブリールは冷静を保ったままに問うた。
「これからプラントとの和平交渉を進めるためには、プラントの憎しみを一手に引き受ける生贄が必要なのです。あなたにはこの戦争を引き起こした罪がある。あなたは国際法廷にて裁かれることになるでしょう」
「化け物どもに媚を売るために、私に全責任を押し付けようというわけか。世界の政治と経済を裏から操り続けたロゴスも、落ちぶれたものだな」
 神経質そうな顔に、軽蔑の表情を浮かべるジブリール。軍人の男は気を悪くもせず、
「何とでもお言いください。どんな態度を取ろうと、あなたの取れる道は二つしかない。自ら進んで我々に従うか、あるいは」
 右手を上げて周囲に合図を送る。すると、彼の部下たちがサブマシンガンを構え、ジブリールへと向ける。
「痛い目にあってから我々に従うか。その二つだけです」
 丁寧な口調でありながら、優越感がにじみ出るのは隠せない。
「言っておきますが、あなたを今ここで殺すわけにはいかないといえど、腕の一本や二本は吹き飛ばす許可は得ています。裁判を経て、刑が執行されるまでの間、せめて五体満足でありたいでしょう?」
「……私からも、君らに言うことがある」
 ジブリールはいつ機関銃から火が吹くとも知れぬ状況で、まったく動じていなかった。
「ほう、聞いておくだけは聞いてあげますが?」
 軍人が許可を出し、ジブリールは言い放った。
「私の下について、私と共にここを脱出し、コーディネイターどもとの決戦に参加するつもりはないか? そうすれば、プラントを殲滅し、私が更なる権力を握ったあかつきには、君らに相当の地位を与えてやるがね」
 言葉が途切れ、一瞬の間の後に、笑いが巻き起こった。
「クハハハハハハハハッ! ま、まさかあなたにそんなジョークの才能がおありとは、思いませんでしたよ。フッハハハハ!!」
「その反応からすると、従う気はないようだな」
 ジブリールはさも残念だというように首を振ると、
「仕方ない。もう君たちはおしまいだ」
「ハハハ、余裕ぶっても無駄です。ご自慢のファントムペインも、ブードゥーキングダムとやらも、ここにはいないということは確認しています」
 軍人はジブリールの態度をただのハッタリと受け取り、相手にしなかった。
「確かにここにいるのは私だけだ。だがね、私も丸腰というわけではない」
 ジブリールは、軍人たちからは死角となっているデスクの影から、一つの武器を取り出した。
「…………フ、フハッ、ブアッハッハッハハハハハハ!!」
 それを見て、軍人たちは再度、笑い声をあげた。その武器は、軍人たちの手にしたサブマシンガンに比べてあまりにも原始的で貧弱なものであったからだ。
「アッハハハーーー!! つくづく面白い、愉快な方ですね貴方は。そんな玩具で何をすると言うのです?」

 

「………こうするんだよ。バカめが」

 

 軍人たちの目には、何が起こったか認識できなかった。次の瞬間、ジブリールと対話していた男の両腕が、胴体から外れて床に落ちる。一瞬の間を置いて、肩口から血が噴出した。
「……………何?」
 男は痛みを感じる前に呆気に取られていた。何が起きているのか、理解が及ばない。そして理解する前に、今度は男の首が落ちた。
「えっ、あっ、た、隊長?」
「う、うう? う、うわああああああ!!」
「ひっ、ひいっ!?」
 周囲の部下たちはようやく、今ここで何が起こっているのか認識できた。しかし、認識できたからといって彼らの運命が変わることもなかった。
 一人、また一人と、血を噴き出しながら倒れていく。防弾着もヘルメットも、何の役にも立たなかった。
 何人かが機関銃を乱射するが、ジブリールには一発として当たることなく、気がつけば鋼鉄の機関銃そのものがバラバラになっていた。機関銃を構えていた腕ごとに。
 軍人たちは命が消えるその直前、奇妙な絶叫をその耳に焼付け、死んでいった。

 

《ウッシャアアアアアアアア―――――ッ!!》

 

 ………………

 

 ジブリールの部屋から、ジブリール以外の人間がいなくなるまでに、五分とかかりはしなかった。
「……ふう」
 白いスーツを赤い血で、グッショリと濡らしながらたたずみ、ジブリールは満足げにため息をついた。
「いい気分だ。思えば、私はずっとこうしたかったのかもしれない」
 彼は心からすっきりしたという表情で、安らかに言う。
「我が部下として迎え入れた者たちから、私は聞き、知った。この世ならざる王者たちの存在を」

 

 ストレイツォたちから聞いた、世界を支配しようとした人ならざる怪物の王。
 ブチャラティたちから聞いた、一国を左右する権力を持った犯罪組織のボス。

 

「そんな彼らの話を聞き、私はこう思うようになった」
 惨殺死体に囲まれて、言葉を紡ぎ続ける。

 

「彼らのようになりたい。とね」

 

 誰よりも高みにありたい。誰よりも優位に立ちたい。その欲望のままに、彼は動く。
 その行動は、以前の彼とさほど変わりは無い。しかし目的が違う。
「正義の名の下に、ロゴスの後ろ盾に急きたてられるように、私は行動してきた。だがロゴスなんて黒幕はもういらない。奴らが私を切り捨てるというなら良い機会だ。こちらから捨ててやる。そして、この私が表立って世界を支配してやろう」
 かつては正義のため。遺伝子の化け物どもを駆逐し、清浄に生まれ変わった新世界を管理し、愚かな民衆を導くという正義。
 それは自らの支配欲を隠すための言い訳であったかもしれないが、以前の彼は言い訳を必要とした。言い訳を必要とするということは、悪事と呼べる行為を恥じる心があったということだ。人間というものは、自分を悪であることを認めたくはないものだから。
 だが今の彼は自らが悪であることを肯定していた。知ってしまったからだ。悪であることを恥じることなく、黒い栄光を掴もうとしている者たちの存在を。多くの異界の悪たちと交わるうちに、ジブリール自身の悪もまた、開花しつつあったのだ。
「この世界には、『神(ディオ)』の名を持つ吸血鬼も、『悪魔(ディアボロ)』の名を持つ首領もいない。ならばこの世の支配者に相応しいのは、『天使(ジブリール)』の姓と、『王侯(ロード)』の名を持つ、この私だろうよ」
 ジブリールはその部屋の出入り口へと足を進める。これから自宅を出て、連合軍の最高司令部、ヘブンズベースへ向かう。ロゴスが立てるであろう、新たなブルーコスモスの盟主よりも前に、連合の最強戦力を抑えておかねばならない。
 ロゴスはこれからプラントと和平を結ぼうとするようだが、そんなことは望まない者も多くいる。そういった者たちを味方につければ、まだ自分は戦える。
 ただ、逃げる前にシャワーくらいは浴びておかねば。この格好ではさすがに行動できない。
 浴室に入る前に、彼はその手に握っていた武器を放す。
「……今回は歯応えがなかったが、次に吸うことになる血は、より甘美なものだ。期待していろ。まだまだお前が殺すべきものは多い」
 最新兵器で武装した軍人たちを皆殺しにした武器。サブマシンガンに比べれば、あまりに前時代的に見える、その武器。

 

「『聖剣(デュランダル)』の名を持つ男の首を、斬り落とすまでにはな」

 

 その武器は、黒塗りの鞘に納められた、一振りの刀剣であった。

 
 

TO BE CONTINUED