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KtKs◆SEED―BIZARRE_第38話

Last-modified: 2010-03-15 (月) 00:30:12

 『PHASE 38:ヘブンズベースの死神』

 
 

 ヘブンズベース基地から対ロゴス同盟軍に向けてミサイルが発射されたのは、デュランダルがジブリールに提示した要求――ジブリールの身柄引き渡し、全軍の武装解除などの回答期限、その三時間ほど前のことだった。
 それはイコール、交渉の完全決裂と戦闘の幕開けを意味していた。

 

 ミサイルが雨のように降りかかったのを皮切りに、MSが発進し、不意を打たれた対ロゴス同盟軍はパニック状態に陥った。そこに駄目押しとばかりに現れたのが、ついこの間、悪夢のような破壊と蹂躙を世界に見せつけた超兵器。
 MSというにはあまりに巨大、過剰なまでの武装で固められ、まるで要塞を背負っているかのような規格外の怪物。
『デストロイ』
 それが5機、足並みのとれぬ軍に襲いかかり、その有り余る武装の中の一つ、長大なビーム砲『アウフプラール・ドライツェーン』を発射し、氷の海に並ぶ戦艦を薙ぎ払った。ほんの数秒の間に、数十の戦艦が破壊されたのだ。
 司令本部を守る陣形は完璧に見える。開いているとすれば空からだが、降下作戦は無理だ。
 ブチャラティが提出した情報から、直径10キロメートルにも及ぶ巨大なレーザー発射装置、対空掃射砲『ニーベルング』の存在が確認されている。降下揚陸隊を送っても、全滅させられるだけだ。
 その戦力と被害に慄いた上層部は撤退を考えたが、そこに待ったをかけた者がいた。
〈艦長! 俺が行きます!〉
 シン・アスカ、そして、
〈おい、さっさと俺らを出しな!〉
 スティング・オークレーだった。

 

 タリアはシンたちからの要請に迷う。確かに現状で勝利を掴める可能性は、シンたち、強力なMSによる正面突破くらいしかないだろう。一機であってもデストロイをはじめとした敵MS陣を破り、敵首脳を叩けば決着はつく。
 しかし、それは少数のパイロットを全ての責任の犠牲にするということでもある。しかし、タリアの悩みを知ってか知らずか、彼女の傍らで戦局を見つめていたデュランダルが、一言口にした。
「頼む」
 タリアはシンとデュランダル、そしてスティングの顔を見た。その顔に強い決意が宿っていることを確認し、
「………発進を、許可します」
 ろくな作戦も与えてやれず、ただ託すことしかできない我が身を恨みながらも、タリアは命令を下したところに割り込む声があった。

 

〈少しいいだろうか。提案がある〉

 

 割り込んできたのはブローノ・ブチャラティだった。

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

 ミネルバからシン、レイ、ルナマリア、形兆が出撃した。
『デスティニー』が戦場を駆け抜けた。敵のウィンダム部隊へ飛び込むと、流れるような動きで切り捌き、またたくまに十数機が砕け散った。とても初めて乗る機体とは思えぬ、精密な操縦を見せるシンは、ロゴスへと激しい怒りを見せながらも冷徹に屠り続けた。
 レイの操縦する『レジェンド』もまた、凶悪なまでの性能を見せつけ、敵MSを一方的と言える戦力差で打倒していく。
 ルナマリアと形兆は今まで乗っていた機体から、それぞれ『インパルス』と『グフイグナイテッド』に乗り換えていた。ルナマリアは今までのザクと異なる機体性能にとまどっているようだったが、形兆は器用に対応しているようだった。
 差はあれど、さすがに此度の戦争で最も活躍し、生き残り続けてきた戦士たちを、並みのMS部隊で止めることは叶わなかった。

 

 ゆえに、デストロイ5機すべてが、彼らの倒滅に割り振られたのは当然のことであった。
 ただ、この行動をさせたのはロゴス司令部にとってはミスであった。

 

 デストロイは確かに強力無比な機体ではあるが、すでに一度使われており、よって対抗手段が検討されていることだ。デストロイの力は脅威だが、その巨大さゆえに、懐に入り込まれたら細やかに動けない。そうなれば割と脆く、楽に倒せる。
 無論、デストロイの圧倒的火力を掻い潜って、間合いまで近付ける腕が必要であるが、それは『SEED』を自覚して使えるようにまでなったシンにとっては、容易いことであった。ましてや、最新鋭の機体に乗る今となっては、デストロイももはや敵ではない。

 

「この『デスティニー』………予想以上だ! 俺によく馴染む! 本当によく馴染む!!」

 

 初めての操縦であるというのに、そんな気がしない。このMSは実にシンに合っている。その理由をシンは察していた。このデスティニーの原形(ベース)となっているのが、彼の師、ポルナレフのMS『グフチャリオッツ』であるからだ。
 特にデスティニーの装備の一つ、ミラージュコロイド散布により、幻影を映しだして相手を惑わす機能は、グフチャリオッツが試験的につけられていた機能である。
 いわばデスティニーとは、ポルナレフが育てた機体と言える。それがシンにとって、師との絆であるように思えて、何とも嬉しくなる。自然、戦意も上がるというものだ。
 勢いに乗り、シンはデストロイの指先から発射されるビームを、幻惑機能を活用しながらすべてかわし、デストロイの右腕を斬り落とす。叩き落とそうと動いた左腕も難なく避けて、デスティニーの右手でデストロイの頭部をつかんだ。
 そして右掌底に取り付けられた、『パルマフィオキーナ掌部ビーム砲』を発射させ、頭部を爆破する。メインカメラを潰され、このデストロイはもはや死に体となった。
「どうした………まだまだ俺はいける。いくらだって戦える!」
 水を得た魚、光を得た猫草、そんな言葉がよく似合う今のシンに敵う者は、ヘブンズベースには存在しなかった。しかし、高揚する一方で、シンの心には暗いものが存在していた。
(このデストロイ………機能の複雑さのために、能力を無理矢理に引き出されたエクステンデッドにしか操縦できないと聞いたけど……つまりこいつらに乗っているのは、ステラたちと同じ境遇の……)
 この戦いで、たった三人だけ、ロゴスに反抗する道を選んだ強化人間。ステラ、アウル、スティング。
 彼らはシンの見たところでは、少し変ってはいるが、決して人間兵器などではなかった。喜び、笑い、怒り、哀しむ、そんなどこにでもいる、自分たちと同じ人間であった。
 彼ら三人とは肩を並べ、今相対している者たちとは銃を向け会う。今更、彼らを殺す手を鈍らせたりはしないが、妙な感傷を覚えずにはいられなかった。
 更に進めて考えれば、そもそも、この戦争がなければ、戦争を起こそうとする者がいなければ、人々が戦争を望まなければ、誰とも殺しあわずにすんでいたのだ。

 

 だがロゴスだけの責任ではない。

 

―――『たとえ踊らされているのだとしても、多かれ少なかれ望んでいるからこそ、踊れといわれて踊るんだ。ロゴスなどきっかけにすぎん』

 

―――『煽動されたのは、俺たちの心に戦争を望む心があったからだ! ユニウスセブンを落としたコーディネイターを憎み嫌う思いがあったからだ! そこから目を逸らすな! 俺たちは望んで、誇りに思いながら、戦い、殺し、殺された!!』

 

 ディオキアでデュランダル議長と話した時、形兆が言ったように、シュトロハイムも演説で言ったように、煽ったのはロゴスでも、火種が人々の心にあるからこそ、戦争は起こった。そしてその火種は、シンの中にもあったことも否定できない。
「俺も同罪だ。けどそれでも………」

 

―――『きっかけがなくなりゃ踊るのをやめる奴もいるだろうよ。そりゃ悪の親玉倒して世界は平和になりましたバンザーイ! なんて調子のいいことにはならんだろうが、ちったぁマシにはなるかもだぜ?』

 

―――『この世界に、人々をそそのかし、自分たちは安全な場所で、血に汚れることなく、戦争を生み出している奴らがいる……。俺はそんな卑怯者は許せない!』

 

「それでも俺は覚悟を持つ。それでも俺は戦う………自分を正しいと信じて」

 

―――『お前が得るべきは『SEED』以上に……お前自身が歩むべき、『光の道』だ!』

 

―――『一つだけアドバイスだよ、お兄ちゃん。もしも心迷った時は……撃つべきじゃないよ』

 

「アスランの言う道にはまだ遠いけど、迷いは無い。目をそらさない。お前たちの死は、背負っていく! 俺はまだ、いくらだって戦っていく!!」

 

 それはただ殺し続けていくということではなく、自身の命のある限り、成長を続けていくという意味で、休むことのできない、とても厳しい道。
 シンはその道を選んだ。その道を選ぶだけの強さと覚悟が彼にはあった。

 

 ロゴス最大のミスは、シン・アスカという人間の強さを知らなかったことだったかもしれない。

 

 そしてもう一つのミスがあった。それは、シンたちのMS4機に意識を集中させ、他の動きを予想しようとさえしなかったことであった。

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

「おのれ! あの役立たずどもがッ!!」

 

 ジブリールが激高し、机を叩く。目の前のスクリーンには、デスティニーの装備するアロンダイト対艦刀によって断ち切られたデストロイの無残な最期があった。
 既に3機ものデストロイが破壊されていることに、ジブリールは苛立ちを隠さなかった。
(たかだか4機! たかだか4機のMSによって戦場全体の優劣が引っくり返ろうとしている! こんな馬鹿なことが!)
 ジブリールは理不尽さを呪うが、現実にそうなっている以上認めるしかない。
(このままではここはもはや駄目だな。ヘブンズベースは捨てる!! パナマかビクトリアの基地にでも逃げ込めば………月基地は既にシュトロハイムが『レクイエム』のあるダイダロス基地を見張っているようだが、アルザッヘル基地ならば………)
 ジブリールはここから逃げ出すことを決定した。もちろん、連れていくのは身の回りの護衛や雑用に必要な、少数の部下だけだ。他は見捨てる。今回の戦いに勝利できなかった無能さの責任を取る意味でも、居残ってもらおう。
(いいだろう、ここは私の負けを認めよう。だが最後に勝つのは私だ……)
 内心でそう考えながら、戦場を映すスクリーンに目を奪われている、周囲の者たちに気付かれぬよう、足音も立てず、司令部を出ようとするジブリールだったが、
「エメラルド・スプラッシュ!!」
 司令部のドアの向こうから男の声が聞こえたかと思った次の瞬間、ドアが砕け、司令部の内側に爆散した。激しい音が響き渡り、機関銃でも乱射されたかのような衝撃が空気を揺らした。
 ドアの破片や、ドアを突き破った何らかの力の余波を受け、司令部にいた人間が何名かが負傷する。
「なにぃ!?」
 予想外の事態に、思わず声をあげるジブリールの目に入ったのは、よく知っている顔であった。正確には顔ではなく、顔を覆う、仮面であった。
「やぁやぁ、お邪魔しますよ、紳士諸君」
 ふざけた口調でありながらも、身のこなし、一歩一歩の足の動きに、欠片の隙も見せることのない、一流の戦士の姿勢で、男は司令部に押し入ってきた。
「貴様………ネオ・ロアノーク!!」
「おっと、まだいてくれたとは嬉しいですよ。ミスター・ジブリール」
 青筋さえ浮かべて怒りと憎しみの表情に、顔を引きつらせるジブリールを相手に、あくまで飄々とした態度で応対するのは、ファントムペイン隊長であるネオ・ロアノークだった。
 彼の背後には更に、スティングとアウル、ステラ、そしてアバッキオ、FF、花京院という人数が揃っている。誰もが銃を手にし、司令部の人間たち全員に目を光らせ、抵抗の素振りを取った瞬間に撃ち果たすことができる。
「もうとっくに逃げていたかと思っていましたがね」
「だっ、黙れ裏切り者がッ! どこから潜入した!!」
 ジブリールは図星を刺され、一瞬狼狽しつつも怒声で誤魔化し、詰問する。
「それは、あなたが今行こうとしていたところから、ですよ」
「何………まさか!」
「ええ、潜水艦が用意された、脱出用の地下水路から」
 ヘブンズベースの詳細地図は、連合のデータから簡単に手に入る。そこから脱出通路を調べた。脱出に使うからには、目立たず、こっそりと誰にも見つからずに逃げ出せるように出来ているのが当然である。逆に言えば、入り込むときにも見つかりにくい。
 潜水艦を使い、閉ざされたハッチなどの障害物はスティッキー・フィンガーズで破壊して通り抜けてきたのだ。
 これがブチャラティの提案した作戦だった。シンたちが敵の注意を引き付けている間に、ネオたちが本部に潜入する。たとえシンたちが敵陣を突破できなかったとしても、内部から敵を崩壊させられるし、ジブリールを逃がさずに捕らえられるということだ。
「そうか………すると、ブチャラティも来ているのか?」
「ええ、今頃、御自慢の潜水艦を徹底的に破壊している頃でしょうよ」
 脱出手段が無くなったことを告げるネオに対し、しかしジブリールは予想されたショックを見せることはなかった。
「く、くくくく、くはははは!!」
 逆に額に手を当てて、すこぶる愉快そうに笑った。哄笑とも呼べる大きな笑いが、周囲に響く。その様にさしものネオも困惑し、
「何だ? 気でも触れたか?」
「くふふ、違う、違うぞネオ。嬉しいんだよ」
 通信機をズボンのポケットから取り出すと、おもむろにどこかへ連絡を繋いだ。
「あー、あー、聞こえるか?」
 誰に繋がっているのかはまるでわからない。しかし、逃げることもできない完全に手詰まりのはずの状況で、敢えて連絡する相手が、ただものであるとは思えぬ。
「そう、今から例の地下に行ってきてほしい。そこにいる奴らを『歓迎』して差し上げろ」
 会話は一分にも満たない短いもので、ジブリールは通信を切った。ネオは仮面の下の眉をしかめる。今のジブリールの会話から察するに、ブチャラティたちの下に、何者かが刺客として送り込まれたのだろう。
「さて、これで裏切り者のブチャラティは始末された」
 確信の籠った断言に、アバッキオが口を出す。
「てめえ、ブチャラティを舐めてるのか?」
 強い苛立ちを含んだ声に、ジブリールは嘲りの眼差しを向け、
「舐めているわけじゃない。奴の手強さは知っている。だがそれでも、『彼』には勝てない。誰も勝てない」
 言いながら、ジブリールは自分の座っていた机の下に置かれた物を取り出す。金属でできた細長い円筒状の入れ物だ。ジブリールは蓋を外し、中の物を取り出す。
「そして君らも、私に勝てない」
 中から出てきたのは、黒塗りの鞘に納められた、一本の刀剣だった。

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

「ふわああ~~~~あ」
 潜水艦のプラットホームで、ナランチャは大きなあくびをした。背後にはつい先ほどまで潜水艦であったものの残骸が散らばっている。
「気が抜けているぞナランチャ。ここは敵地なのだぞ?」
 生真面目に注意を送るダイアーは、気絶した兵士たちを縛りあげていた。
「そうは言ってもさ、潜水艦も壊して、見張りとかも倒したから、もうやることもないじゃんか。退屈だっての」
「そう言うなナランチャ。この作戦は即興のものだからな。綿密に打ち合わせしたものならともかく、下手に動いて不測の事態を起こすよりは、余計な動きをしない方がいい。
 地下水路からの脱出路はここだけだから、もし誰かが逃げてきたら、そいつを取り押さえるのが仕事だ。じっと待て。ちゃんと二酸化炭素のレーダーも見ていろよ」
 ブチャラティにたしなめられ、ナランチャはしぶしぶながらも、レーダーに集中する。ナランチャのスタンド『エアロ・スミス』の能力の一つは、『二酸化炭素の探知』。生き物が吐く息や、物の燃える煙などに含まれる二酸化炭素を探知できる。
 もし人間が近づいてきたら、すぐにわかるのだ。
「ダイアー、念のため、あなたの波紋でも近づいてくるものがいないか探っていてくれ」
「ああ、了解だ」
 ダイアーは水の入った小型のペットボトルを握る。波紋法によって、内部の水に波が立ち始めた。もし、生物が近づいてきたら、この水に浮かぶ波紋に乱れが生じることになる。生命エネルギーに反応する『波紋探知機』だ。
 この二つのレーダーに気取られずに、彼らに近づくことなどできはしない。そう確信しているにもかかわらず、
「……………?」
 ブチャラティは妙な悪寒を覚えて、周囲を見回した。
「どうしたんだいブチャラティ?」
「いや………レーダーに反応はないか?」
 ブチャラティの様子に気付き、声をかけたナランチャに問うが、
「いや? 別に何も」
「こちらにもだ」
 ナランチャからもダイアーからも、異常なしと返される。
「気のせいか………何か嫌な感じがしたんだがな」
 それは、何とも言い難い感覚だった。感じようのないことを感じる感覚とでも言おうか。かつて、ボスの『時間を消し飛ばす能力』を受けたときのような、実感することはできないが、何かが起こっているとわかるような、そんな感覚を覚えたのだ。
 その瞬間は、ブチャラティは自分の考えすぎだと思っていたが、その感覚は非常に正しかったことが、すぐに判明することとなる。

 

 彼らはこのすぐ後に、今までに遭遇したことのない存在に出会うことになる。
 文字通り、『この世』のものではない存在に。ジブリールの放った最大の刺客、『ブードゥーキングダム』最強の怪物と出会うことになる。

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

「………大した自信だぜ」
 不機嫌だと誰もがわかる低い声を出すと同時に、アバッキオの背後に人型が立つ。
 全身を薄いラバーで覆ったような、異様異質な人間型のスタンド。目の部分には眼球の代わりに七個ずつの小さな穴が開いている。額にはカウンターがあり、デジタルの数字が表記されている。名は『ムーディー・ブルース』。
 戦闘能力は人間並み程度だが、普通の人間の目には当然見えない。つまり、ジブリールはこのスタンドに攻撃されても気付くことはできず、避けることさえできない。
「もう喋るんじゃねえ。呆気なく、情けなく、とっ捕まえられやがれ」
 アバッキオの言葉に合わせ、ムーディー・ブルースが動く。ジブリールを締め落とそうと、両の手を伸ばした。ジブリールはその動きに気付く様子もなく、ようやく剣の柄に手をかけている。
 この後すぐに、ジブリールは気絶し、この場はそれで終わる、はずだったのだが、
「………!?」
 アバッキオの背筋が凍るような寒気に襲われた。それはアバッキオが長年培ってきた、勘。裏社会で生き残るうえで非常に大切な、本能の部分で、彼は『ヤバイ』と感じ取った。この、口だけは達者ないけすかない元上司には、まだ別の何かがあると。
「戻れ! 『ムーディー・ブルース』!!」
 焦りを含んだ声が上がり、命令を受けたスタンドがその身を退いた。その行為が正解だったことは、すぐにわかった。
「ウッシャアアアアアアアーーー!!」
 ジブリールには似つかわしくない、派手な雄叫びをあげ、抜き放たれた剣が横一文字に薙ぎ払われた。ほんの少しであるが、剣の切っ先がムーディー・ブルースの胸元をかすめる。
 浅くはあったが、その一閃は、ムーディー・ブルースに確かに傷をつくった。スタンドを傷つけられたことで、本体であるアバッキオの胸にも薄い傷が生まれ、血がにじむ。
「なんだと………!?」
 アバッキオは傷つけられたことに驚愕する。スタンドを攻撃できるのはスタンドだけ。ならば、ジブリールもまた何らかのスタンド能力に目覚めているということに他ならない。
 驚きの表情を露わにするアバッキオに、更に追撃をしかけようとするジブリール。そこに、
「エメラルド・スプラッシュ!!」
 花京院の雄叫びと共に放たれた、緑に光輝く十数発もの弾丸が襲いかかった。
「おっと!!」
 岩ぐらいは楽に砕ける破壊エネルギーの結晶を、ジブリールはすべて剣を振るい弾き飛ばした。弾かれた弾丸や逸れた弾丸が、司令部の別の人間に当たったりしていたが、ジブリールもネオたちも、気にはしていなかった。
「スタンドを斬り、そしてエメラルド・スプラッシュにさえ対応できる人間離れした速度とパワー………ジブリール、貴様、スタンド使いになったというのか」
「くかかかかかかか!! 似たようなもんさぁ!!」
 花京院からの問いかけに、ジブリールはまたも彼らしくない乱暴な笑いをあげた。いつになく『ハイ』になっていると見えるジブリールに、ネオたち、ジブリールを知る者は戸惑いを覚えた。
「フフフフフフ、さっきも言ったが、俺は嬉しいんだよネオ。そう、この手でてめえらをぶった切れるかと思うと……本ッ当~~~~~~にッ! 嬉しいぜぇ!!」
 ギャリンと白刃が、怪しく輝く。水に濡れたように冷たく美しく、恐ろしい刃渡りをしたその刀は、ネオの素人目にも業物であるとわかった。ネオたちは知らないが、この剣は以前、彼を拘束しようとした軍人たちを虐殺したのだ。

 

「スタンド使いはこのジブリールではなく………この剣さ! 剣自体にスタンドが宿った、形あるスタンド! かつてDIO様に仕えた『エジプト九栄神』が一柱!! 冥府の神、墓地の守護神を暗示する存在、『アヌビス神』!!
 今や俺はジブリールにしてジブリールにあらず。この妖剣によって、どんなものでも、スタンド使いさえ斬る力を持った、誰よりも強い剣豪なのだぁっ!!」

 

 一瞬、ジブリールの、いや『アヌビス神』の背後に、怪しく笑う黒い犬の像が浮かんだように見えた。
「フフフフフ、それでは貴様らを殺してから、ゆっくり脱出させてもらおう。何、脱出方法は一つだけではないからな。今の俺なら、正面から邪魔する者を片っ端から斬り倒してだって脱出できる」
「そうは行くか………貴様はここで倒す。お前がDIOの手下だったと言うなら、なおさらだ」
 花京院が、重々しく宣言し、自らのスタンド『ハイエロファント・グリーン』を現し、臨戦態勢をとった。慌てふためき、悲鳴をあげながらも何もできずに怯えている、他の司令部の人間たちを背景に、因縁とも言える戦いが始まろうとしていた。

 

「よかろう花京院。お前とは戦ったことがなかったし、面白い。まとめて捌いて料理してやる。ブチャラティたちと、どちらが先にくたばるだろうなぁ。今頃はブチャラティたちにも振舞われていることだろう!!」

 

 ジブリールは心の底からの悪意を込めて、醜悪な笑みを浮かばせた顔で、言い放った。

 
 

「死のように甘く冷たい、とびっきりの『氷菓子』がなぁ!!」

 

   ―――――――――――――――――――――――――

 

「ば、馬鹿な………」
 ブチャラティの前に一人の男が立っていた。
 鍛え抜かれた逞しい肉体を誇り、ややカールした長い前髪を揺らしている。耳や額、胸元にはハートマークをあしらった飾りを身につけた、整った顔立ちをしている。しかしその目は昏く澱み、寒気がするような不気味さがあった。
「こ、こいつ、一体、どこから出てきやがった! レーダーには何の反応も無かったのにッ!!」
 ナランチャが男を指さして叫ぶ。今は確かに、二酸化炭素が男から吐き出されていることを感じているレーダーだが、この男がこの場に現れるまで何の反応もしていなかったのだ。本当に突如、この男はこの場に出現した。
「何者であっても構わん……! こいつが敵であることは確かだ………!!」
 ダイアーが震える声で明確な事実を、改めて認識させる。
「それも……相当に危険で、強力な………!!」

 

 男の危険さも、明確であった。既に証明されている。『左腕の肘から先を失ったダイアー』という、明らかな証明が―――。

 

「どうやって、私の腕を奪ったのか、奪われた私自身にさえわからなかった! しかも、切断されたというわけでさえない!! どこにも、断たれた腕が落ちていない。切れっぱしさえも。跡形もなく消えてしまっている………!」
 痛みと喪失感に耐えながら、ダイアーは敵の能力の不可解さを分析する。
「そうは言うが………本当にさっぱりわからなかったぜ? いきなり何の前触れもなく、ダイアーの腕が消えちまったと思ったら、急にこいつが現れた。そうとしか言えねえ……」
 ナランチャは自分が見たことをありのままに口にする。まったくわけがわからないが、実際そうなのだ。
(レーダーに反応しなかったことを考えると、ただ透明になるとかいった単純なものではないだろう………一体こいつは………)
 ブチャラティはスティッキー・フィンガーズを構え、男の動向を見据える。男はすぐに攻撃に移りはしなかった。気だるげな、今一つ真剣さにかける動作でブチャラティたち三人を見回し、

 

「まったく……仕方ないこととはいえ、奴ごときに命令されるとは屈辱だな。どうにかして帰る方法を見つけ、我が真の主の御尊顔を仰ぎ見たいものだ………」
 そんなどうでもいい愚痴を口にする。ブチャラティたちにまったく恐怖も警戒も抱かず、自分が敗れるなどまったく思っていないことのわかる、圧倒的余裕を保ち、男は自らのスタンドを出現させた。
「さて、貴様らに恨みはないが、始末させてもらう」
 男のスタンドは男の醸し出す不気味さ同様に、醜く奇怪な形相だった。
 男自身よりも背の高い人型のスタンド。髑髏に黒い覆面をつけたような顔で、二本の角と鋭い牙を生やしている。大きく開いた口の中は何も見えず、異様に暗い、深い闇が広がっているように見えた。
「せめて痛みは無いようにしてやるから、大人しく殺されるがいい」
 男は傲慢に命令する。

 

「このヴァニラ・アイスのスタンド、『クリーム』によって」

 

 この世ならざる亜空の瘴気を身にまといながら。

 
 

TO BE CONTINUED