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KtKs◆SEED―BIZARRE_第49話

Last-modified: 2012-01-26 (木) 01:23:08
 

 『PHASE 49:ドナテロ・ヴェルサス』

 
 

 通路の中を、三十人近くの影が進んでいく。
この戦場の中、彼らは最も死の危機感から遠く、最も緩み切った集団だった。
彼らは自分たちの正義を信じていた。彼らは自分たちの勝利を信じていた。
しかし、その根拠となりうる物は、ほとんどなかったのだけど。
「ヴェルサスさん。まだでしょうか?」
 ラクス・クラインがドナテロ・ヴェルサスに声をかけた。
「………あと2、3分というところでしょう」
 ヴェルサスの返答に、周囲の人間から怒声があがる。
「まだそんなにかかるのか!」
「もうデュランダルたちは逃げてしまったんじゃないのか!?」
 さきほどから疲れた顔をしはじめた、クライン派の兵士たちは騒ぎ立てる。
彼らは自分たちのことを、ラクス・クラインの最も忠実な部下であると誇りに思っているらしく、
新入りのヴェルサスが情報や作戦を取り仕切っている状態が、気に食わないらしい。

 

「この建物は迷路状態で、標的も逃げ回っていますので、
 辿り着くまで時間がかかることは許していただきたい。
 しかし、標的は確実に捕らえています。ご安心ください」
 嘘である。
確かにこの会場は『アンダー・ワールド』が掘り起こした過去と融合し、迷宮化しているが、
その内部に誰がいて何が起こっているか、把握できているわけではない。
アンダー・ワールドを遠隔操作によって動きまわらせ、周囲を探ってはいる。
しかしそれはデュランダルやシュトロハイムの場所だけではない。
デュランダルの位置はわかっているが、シュトロハイムの場所はわからない。
おそらく既に脱出しているのだろう。

 

(シュトロハイムのことは、俺にとってはどうでもいい。
 既にデュランダルとジブリールは交戦中……ケンゾーも………これでいい。あとは、タイミングだ)

 

 ジブリールを解放し、ラクスの計画を流したのはヴェルサスである。
ジブリールはデュランダル、シュトロハイム、ラクス、全員を殺して自分がトップに躍り出ようとしたのだ。
だがヴェルサスはそれを利用するつもりでいた。
ケンゾーの襲撃も知っていた。これを機に、ケンゾーはラクスと対面し、協力関係を結ぼうとしていた。
ケンゾーはヴェルサスを協力者と考えていたようだが、ヴェルサスはそんな気は無かった。
風水といえど、全ては読み切れぬものらしい。

 

「ええ、もちろん貴方のことは信頼していますわ」

 ラクス・クラインが微笑みと共に言う。その微笑みに、周囲の兵士たちの表情が緩む。
ヴェルサスさえ、思わず目を奪われる。しかしすぐに偽りの笑顔をつくり、
「ありがとうございます」
 そう言った。
(あいかわらず、恐ろしいな。プッチ神父も他人の心に入り込んでくる力は相当だったが、
 この女のそれはもっと………ま、わかっていればどうってことはないがな)
 そう考えながら、ヴェルサスはまた歩き出す。その後を、軽やかな足取りでラクスがついてくる。
その歩き方さえ、傍から見ていれば、引き付けられるものだった。
更にその後を、重たげに装備をかつぎあげ、だるげな足取りで、兵士たちが続く。
 疲労した様子の兵士たちを、ラクスは鼓舞しようと口を開いた。
「みなさん、頑張ってください。もうじき………」

 

 そこで、彼女の言葉は止まった。

 

 ザグッ! ブジュッ!

「!!? ァッ! ッッッ!? ――――ッ!! ャッ、ッ!?? ――――!!?」

 

 ラクスは一瞬震えた後、のけぞり倒れた。
その手はわなわなと床を掻きむしるように動き、頭を振り回し、振るたびに、
その首筋から、その唇から、真っ赤な鮮血が溢れ出た。

 

「………ラクス、様?」

 

 兵士たちが、いきなり倒れたラクスに呆然とするが、やがて彼女の首に、
金属の針がいくつも刺さっていることに気付いた。
「ラ、ラクス様!」
「な、一体何が!?」
 口々に声がかけられるが、少女にはその声に応える余裕はない。
壮絶な痛みと、呼吸のできぬ苦しみに悶えるのみだ。
気管支は傷ついていないものの、首と口内から流れた血が、喉を塞いでしまっている。
悲鳴はなく、ただゴボゴボと言う音がしていた。
いち早く驚愕から立ち直ったヴェルサスは、その『攻撃』に心当たりがあった。
ラクスの喉から突き出た針は、先端を外側に向け、内側から飛び出していた。
ヴェルサスは耳をすませ、周囲の音を探る。
そして、誰もいないはずの空間から、『呼吸音』が聞こえてくるのを捕らえた。
ヴェルサスはヘルメットを取ると、目を見開く。

 

「空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)!」

 

 その目から圧縮体液が発射され、周囲の壁を切り裂いていく。
やがて、ある地点で風景が歪み、その攻撃をよける人影が現れた。
周囲の風景に、保護色で溶け込み姿をくらませていた、何者かがいたのだ。
「………まさか、ここで貴様らが出てくるとはな」
 その人影を、ヴェルサスは知っていた。向こうもヴェルサスを知っている。
「ようやく会えたな………ドナテロ・ヴェルサス」
 暗殺者、リゾット・ネエロ。
その放たれる殺気は、ラクスを傷つけた針にも増して、鋭く尖ったものだった。

 

「て、敵か!」
「おのれ、貴様がラクス様を!」
 兵士たちが怒りを浮かべ、銃を手にしようとした。だが、
「ぐお………お、重い?」
「も、持ち上げられないだと? これは………」
 兵士たちは、一様に銃の重みに耐えかね、構えることさえできずに手から落としてしまう。
「はぁはぁ………なんだこれは、さっきから、疲れが出ていると思ったが、いくらなんでもおかしい………」
「うぐ………た、立っていられないだと………それに、こ、腰が痛くなって」
「お、おい、お前の髪、白くなってるぞ、それに………し、皺が………」
 彼らは、おのれの手を、互いの顔を見て愕然とする。
いつの間にか、彼らの容姿は長い歳月を経てきた老人のそれとなっていた。
「『グレイトフル・デッド』………てめえらが歩きまわっている時から既に………発動させていた」
 リゾットの脇から、同じように風景にまぎれていた男が顔を出す。
リゾット以上にぎらついた殺気を醸し出す男の名は、プロシュート。『年老いさせる』力の使い手。
その力は体温の高い者から順に、効力をもたらす。
平均的に男性より体温の低い女性であるラクスと、吸血鬼であるため老いることがないヴェルサス以外の
兵士たちは、すべて老人となり、もはや戦うどころではない。
「しかし………俺たちの目的はヴェルサスだけだ。他に用は無い。この場から去れば、見逃してやろう」
 静かな口調で言うリゾットに、兵士の一人が激昂する。
「ふざけるな! ラクス様にこのような真似をして、何を言うか!」
 他の兵士たちも老いた体を奮い立たせ、リゾットたちに敵意を示す。
しかしリゾットはつまらなそうに、床で血まみれになりながら悶えるラクスを見つめ、
「ラクス・クライン、か。ヴェルサスより先に、彼女を攻撃したのには理由がある……
 …貴様、彼女をどう見る?」
 リゾットは、兵士の一人を指差し、問いかけた。

 

「ど、どう思うだと? ラクス様はラクス様だ! 我らの導き手、宇宙の歌姫、正義の体現者………」
 兵士は、ラクス・クラインを讃える言葉を並べるが、
血の海に沈み苦しむ彼女を見ているうちに、その声がしぼんでいった。

「どうした? 続けろ」
「う………あ…………」
 リゾットの言葉に、兵士は返せない。
だんだん、彼は自分の言葉に自信が持てなくなってきたのだ。
今、傷つき苦しむラクスは、傷ましく、同情には値しても、カリスマといったものは無く、
ただの少女にしか見えなかったのである。
「ラ、ラクス様! お、お言葉を!」
 得体の知れぬ不安に襲われた兵士は、苦しむラクスに無理な注文をした。
今までは、敗北の恐怖、失敗への不安に襲われても、ラクスの美しい声で
奏でられるかのような言葉を聞けば、すべてにおいて安心し、進む道を信じられたのだ。
 だが今のラクスに、それは無理であった。言葉なきラクスを前に、兵士たちの恐怖は大きくなっていく。
さきほどまで、自信を持ってラクスについてきていたというのに、今や、
彼女につき従ってきた理由がぼやけはじめていた。

 

「残念だが、彼女は答えない。我が『メタリカ』は、彼女の気管の前にある、声帯を破壊している。
 舌も多少傷つけた。彼女は声を発することは無い。
 ゆえに………ラクス・クラインは、もはや『力』を使用できない」
「………『力』?」
 リゾットの説明を呑み込めず、兵士は怯えた表情で問い返した。

 

「………ラポーナ。俺のいたところで噂された、ある暗殺者の家系だ」

 その言葉が、今のこととどう繋がるかわからず、兵士たちは眉をひそめる。

 

「彼の家系には、特殊な殺人技術を受け継いでおり、イタリア・シチリアのギャングに所属していた。
 が、そのギャングのボスが死んで後、ラポーナの家系も衰退、
 力を受け継ぐのはただ一人の少女のみとなった。
 その少女、アイリン・ラポーナはギャングから抜け、
 その力で社会の悪を暗殺する、『正義』を行っているという。それが都市伝説………
 『ゴージャス・アイリン』の伝説だ」
「そ、それが一体どうしたというのだ!」
「ラポーナの力。それは一種の催眠術。
 その身ぶり手ぶり、その声、その存在すべてによって人間の感覚を侵し、
 気付かぬうちに人を操ることができるという。
 そして、それこそがラクス・クラインの力でもある」
 スッと、リゾットはラクスを指差した。
「いかなる偶然か、指導者として優秀なものとなるように仕組まれた、遺伝子操作の完成品と見るべきか。
 常人とは違った桃色の髪、よく響き渡る美しい声、その言葉、その仕草、すべてが一体となり………
 人を己に心酔させる催眠術となっている。
 彼女自身も気づいてはいないだろう。俺はラポーナの噂を知るがゆえに気付いたことだがな」

 

「………ば、馬鹿な!!」
「しかし事実だ。確かに、非常に都合のいい力であるとは思うが、」 
 今までのことを考えると、無いと考える方が不自然だ。
 実際、今の、言葉を出せない彼女に、どれほど引きつけられる?
 彼女が傷つけられたことに、どれほどの怒りを覚える?」
「そ………それは………」
 兵士の声が惑う。もはや彼らに、リゾットたちへの恐怖を超えるほどの、怒りも戦意も無い。
「だから俺はこの女の声を封じた。声がでなければ、彼女の『力』は意味をなさない。
 ラクス・クラインはもはやただの少女だ。さて………まだやるか?」
 言いながら、リゾットはパチリと指を鳴らした。

 

 ブチィッ! ザグザグザッ!!

 

「ギャッ! ヒィッ!!」
 兵士の一人の手から、無数のメスが飛び出し、傷を開いた。
 その悲鳴を合図としたように、兵士たちは絶叫をあげながら、老いた足で、
 それでも必死にリゾットたちから離れ、逃げていく。
「―――ッ! ――――――ッ!!」
 その後ろ姿を、ラクスは涙を流しながら見つめていた。
声の出ぬ口を必死に開き、手を伸ばし、すがりつこうとする姿は哀れに過ぎた。
今の彼女は、今まで信じていた世界が、ガラガラと崩れ落ちていくような絶望を味わっていることだろう。
「やめておけラクス・クライン。
 もはや彼らはお前に従わない。お前を信じない。お前を愛さない。
 お前にはもう何の力もない。何もできない。
 殺すまではしない………ただそこで、這いつくばっているがいい」
 そしてリゾットは、ヴェルサスへと視線を向ける。
「ヴェルサス。貴様がこの女のカリスマを利用し、何を求めていたのかは知らんが、
 もう彼女は使えない。諦めるんだな」
 リゾットが言い終えると同時に、ヴェルサスの喉が裂け、内側から剃刀の刃が現れる。
流れる血に眉をしかめながら、痛痒を感じる様子もなく、ヴェルサスは血を拭いとる。

 

「諦める………? ク、クフ、ウヘヘヘヘヘ、ハハハッ! 遅い………遅いんだよ。既に、な」

 

 ヴェルサスは、ラクスを見下ろす。
それは、鼻をかんだティッシュを見るような、もはや用済みとなり、
あとはゴミ箱に入れてスッキリとするだけ、というような視線だった。
ラクスもまたその視線に気づき、更に深く、絶望へと落ちていく。
「もう、俺の目的はほぼ達成されている! あとは実行するだけ………」
 ヴェルサスが言葉を紡いでいる途中で、新たな人影が通路に現れた。
ヨタヨタよした足取りで、今にも倒れこみそうなほどに不安定だった。
右腕は無く、左耳がちぎれ、右眼は潰れている。
「ヴェ………ヴェルサスぅ………」
 それは、全身をボロボロにされたセッコだった。
ブチャラティに敗れながら、意識を取り戻し、本能だけで必死で逃げて、
ヴェルサスにまで辿り着いたのだろう。
「おいおい、ひでえざまだな。しかし、お前が来てくれたことは嬉しいぜ。セッコ」
 ヴェルサスは、戦力には到底ならないような状態のセッコに笑いかける。
そんなヴェルサスに、セッコもまたほっとしたように笑みを浮かべた。しかし、

 

「お前は、きっといい『生贄』になるぜぇ!!」

 

 ヴェルサスの蹴りが、セッコの右足を砕き、その身を倒れさせた。
「ウッゲェェェ!?」
 叫ぶセッコを見ることも無く、ヴェルサスは黒いパイロットスーツのポケットから、
布に包まれた『何か』を取り出した。
「『メタリカ』!」
「遅い! 『アンダー・ワールド』!!」
 危険を感じたリゾットがメタリカの磁力攻撃を行う前に、ヴェルサスの力は『何か』に叩き込まれていた。

 

 ドクン!

 

 布に包まれた『何か』が、蠢き、跳ねる。
心臓が鼓動するように、『何か』は動き続け、やがて布の中から飛び出した。
その『何か』の正体とは、

 

「………骨?」

 

 人間をばらした経験豊富で、人体に詳しいリゾットは、その一部分を見ただけで、
それが骨、それも人間の首の骨であることを見抜いた。
そして、その骨の動きはどんどん激しくなり、やがてセッコにまで飛んでいき、彼の傷だらけの体に触れる。
そしてその途端、

 

「う、おおおおおおお!? な、なんだぁ!?」
「な!?」
「こいつは!?」

 

 セッコが叫び、あまりの現象にリゾットとプロシュートも驚愕する。
セッコの体から、無数の植物の『葉』が噴き出してきたのだ。

「クフ、ギャヒヒ、フヒャハハハハハハハ!! 成功だなぁ!!」

 みるみるうちに、肌が硬質な樹のものに変わっていくセッコを見て、ヴェルサスは幸福に包まれていた。

 

「てめえ、一体こいつは何だ!?」
「フヘヘヘ、これが俺の目的さ!
 貴様らにゃわからんだろうが、今俺は最高にいい気分だから教えてやるぜ。
 これはな、『天国』だよ! 『天国』への鍵さ!!」

 
 

 かつて、プッチ神父は『DIOの骨』の力を呼び覚まし、骨に36人以上の罪人の魂を吸収させた。
それが、ヴェルサスが掘り起こした過去から見た、『天国』への第一歩。
だが、この世界には『DIOの骨』は無い。
だから、ヴェルサスはその代わりになりうるものを、掘り起こした過去を探して求め、そして見つけたのだ。

 

「この骨は、ヘブンズベースで回収した『ヴァニラ・アイスの首の骨』!!
 ヴァニラ・アイスこそは、俺が知りうる限りではただ一人、『DIOの血』を受けた男。
 ヴァニラ・アイスは切断された首に『DIOの血』を受け、復活した。
 ゆえに、その『首の骨』には、『DIOの血』が沁み込んでいる。
 そして、我が『アンダー・ワールド』は過去を掘り起こす能力………
 『DIOの血』の力を、掘り起こして『目覚め』させた!!
 目覚めた『DIOの血』は、生贄を、『36人以上の罪人の魂』を求め、活動を開始した。
 魂を吸収し終わった時、『天国』は生まれるであろう!!」

 

 その言葉を、リゾットたちは全く理解できなかったが、
しかし、恐ろしいことが起ころうとしていることはわかった。

 

「俺がラクス・クラインと接触したのは、ヴァニラ・アイスを見つけられる情報網を手に入れる為だ。
 おかげで、見つけることは成功した。
 そして、もう一つ必要な物、『36人以上の罪人の魂』は、この会場に集まっている。
 ロード・ジブリール、ファントムペイン、ケンゾー、それに………お前たちだ。ラクス・クライン」
 ヴェルサスがもう一度ラクスを見下ろす。
「今こそ生贄が集い、戦い合い、淘汰された、ちょうどいいタイミングだろう。
 安心しな。てめえを裏切って逃げたあの兵士たちも、きっとその魂を吸収され
 『樹』になっちまうだろうからな! フヘヘハハハ!!」

 

 腹を抱えて笑うヴェルサスが、言葉を言い切る頃、セッコは完全な『樹』へと成り果てていた。

 

「何だこれは………スタンド能力?」
 プロシュートでさえ、その『現象』に驚愕する。
死んだ仲間のメローネのスタンド『ベイビィ・フェイス』は、生物を無生物の形に変形させる力を
持っていたこともあり、人間を植物に変えてしまう能力自体は、まだわかる。
だが、人間でも動物でもない『骨』、いや、ヴェルサスの言葉どおりなら『血液』が、
それを成したということになる。
だがプロシュートは流石というべき胆力で、その現象を受け入れ、更にその先について思考する。

 

(こいつは、人を樹に変えて、それからどうするつもりなんだ?
 『天国』とか言っていたが、それはどういう意味が?)
 考察するプロシュートの靴に、コツリと何かが当たった。
「?」
 思わず見ると、そこにはあの『骨』が転がっていた。
「なっ!?」
 反射的にプロシュートは骨を蹴飛ばす。
空中に蹴り上げられた骨は、奇妙に動いて再びプロシュートに向かって飛びかかってくる。
「く! 『グレイトフル・デッド』!」
 スタンドを現わして、骨を跳ね飛ばすが、骨は更に不自然な軌道を描いて、
今度はリゾットへと向かう。リゾットは無言で骨を手で払いのけた。
「リゾット!」
「む………」
 途端に、リゾットの手から『葉』が生え始めた。
リゾットはすぐさま、自分の内部の鉄分を操作し、小さな刃を作って内側から『葉』を斬り飛ばす。
少しの出血を伴ったが、『葉』は排除され、それ以上生えてはこなかった。
「リゾット!」
 そこでプロシュートが叫んだ。
「ハッ!」
 一瞬にして、ヴェルサスが間合いを詰め、リゾットに向けて腕を振りかぶっていた。
「『グレイトフル・デッド』!」
 間一髪、プロシュートのスタンドがリゾットを突き飛ばし、ヴェルサスの一撃からリゾットを救う。
突き飛ばされたリゾットは床を転がり、顔を苦痛に歪める。
骨にひびが入ったかもしれないが、ヴェルサスの一撃を受けていたら、虫のように潰されていただろう。
まだマシだ。そう考え、二人の元ギャングは必死の思いでヴェルサスとの間合いを広げる。
その様子を滑稽そうに見ながら、ヴェルサスは余裕の立ち振る舞いで、追撃することもなく、言葉を紡ぐ。

 

「残念、お前たちならいい『生贄』になったろうが、まあいいさ。
 さっき逃げた奴らだけで一応数は揃えてある。
 あっさり逃げて行ったことからもわかるが、クライン派の中でも自分の欲求に正直な、
 悪の要素の強い奴らを選んで連れてきてあるからな」

 

 ヴェルサスは骨を見つめて、嘲笑と共に言う。
『血』に吸わせる魂に『罪人』が選ばれるのは、『罪人』とは倫理を超えて罪を犯した者、
強い欲望、間違った方向に強いエネルギーを持った者だからである。悪人ならば悪人であるほどいい。
「ザフトにいた頃も、民間人を殺したりした経験のある奴らばかりだからな。
 ラクスの前じゃ猫被っていたが、ラクスの支配が消えればあんなもんだ。しかし」
 そこで肩を落としたヴェルサスは、やや落胆したようだった。
「あんたもいい『生贄』になると思ったんだがな、ラクス・クライン。
 あんたは『血』に選ばれなかったか」
 血に汚れて横たわるラクスの傍に、リゾットが払った骨が転がっている。
 だがラクスの体に『葉』は生えなかった。
「心が弱っちまってるせいかな?
 それとも元々自分の罪に耐えられるような、強い精神力じゃなかったか。
 しかしこうなると、もう完全に用済みだなぁ。せめて残った血を吸っておくか」
 ヴェルサスはラクスへと手を伸ばす。その目には今までさんざん苦労させられた相手を殺すことに対し、
気分はいいとか、スカッと爽やかとか、そんな感情は一切無かった。
ヴェルサスにとってラクスは、既に終わった存在であった。
冷めて味も香りも落ちた紅茶を、勿体ないからと飲むような、別にこのまま捨てても構わない、
そんな程度のものだった。

 

 ラクスは伸びて来る手から、逃れようとはしなかった。
既に心は死んだようなものだった。
今までたとえ戦火の中にいようと、彼女は愛に包まれ、護られていた。
だがそれは偽物であったという真実が、ラクスを打ちのめしていた。
絶望に耐性の無い彼女は、すべてを諦めて、死をもたらす手が近寄ってくるのを見つめていた。
しかし、不思議なことに、その手はあるところで近寄るのをやめた。いやむしろ、遠ざかっていっている。
(………?)
 虚ろな思考であっても、かすかな疑問符が浮かんだ。そして遅ればせながら気付く。
動いているのは、自分であるということに。

 

「ああん?」
 ヴェルサスから柄の悪い声が漏れる。彼の眼には、ラクス・クラインの体を何か小さなたくさんのものが、
力を合わせて運んでいるのが良く見えた。ミツバチとカメムシを併せたような小人たち。
ヴェルサスから離れ、数メートルの間合いをつくったところで、小人たちは笑った。
『シシッ、タスケタゾ!』
 次の瞬間、リゾットたちの更に向こう側から、ヴェルサスに向けて弾丸が発射された。
「ちっ、『アンダー・ワールド』!」
 スタンドによって弾丸をはじき、ヴェルサスは暗い廊下の奥に立つ人影に、目を凝らす。
 人影は二つあった。
 一人は短髪の若い女性。しなやかな筋肉をまとう西洋人が、ヴェルサスに右手の人差し指を向けている。
 もう一人は太った少年。ラクスを運んだ小人たちと同じスタンドが、何十体も彼を囲んでいた。

 

 FFと重ちー。

 

 MSでの戦闘にも、会場の要人たちの救出にも参加しなかったFFは、ラクスと会うためにやってきた。
スピードワゴンの指示で、ハーヴェストにより迷宮化した会場を探っていた重ちーに助力を頼み、
二人でここまでやってきた。

 

「てめー………まさか、コレをやるとはな。
 気をつけろよ重ちー。私もよくはしらねーが、そこの骨に近寄ったらヤバイ」
 かつて、今の状況が起こった現場に立ち会ったFFは、重ちーに忠告する。
「骨ではない。本質はあくまで『血』、DIOの『血』だ」
「調子こいてんじゃねえぞ、4対1だぜ?」
「フン………別に負ける気は無いが、お前らと遊んでやる理由は無い。それに………『血』も動き始めた」

 カランカランと、骨が転がり始め、ヴェルサスの足元を通り、廊下の向こうへと飛んでいく。

 

「『天国』が生まれるのを、見逃すわけにはいかない。ここはおさらばだ」
 ヴェルサスがスイッと腕を上げると、ヴェルサスとFFたち4人の間に、壁が出現する。
ヴェルサスが『掘り起こした』のだ。
「ちいっ!」
「待ちやがれ!」
リゾットたちが悔しそうに怒鳴るのを聞き流しながら、
FFは『ハーヴェスト』がこちらに運んできたラクスの傍によると、彼女の口元に手を当てた。
FFの指が黒い粘液になり、ラクスの喉と口内の傷を埋めていく。
「―――、――?」
 ラクスの絶望の表情に、微かながら感情が現れる。
リゾットの言葉通りなら、自分にはもう人を引き付ける力は無いはずなのに、
どうして助けてくれるのだろうかと。
「………助けられるのが不思議か?」
 そんなラクスの感情を、かつて、自分も似たような経験をしたせいなのか、
FFは正確に読み取ることができた。

 

「そうだな。ミリアリアがアンタを助けてほしいと頼んだからってのもあるが、私個人としては………」

 

  『水をあげるわ……なんていうか……助けるのよ』

 

 かつて同じ経験をしたときの、『彼女』のことを思い出す。そして自分のことも思い出す。
あの頃、まだ人間を、心を知らなかった自分は、彼女を理解できなかった。
そして、多少は心を知った今は―――やっぱり理解できはしない。
殺されかけたというのに、その相手を、同種族でさえないプランクトンを救おうとした彼女。
聖母マリアのような大きな心を持つ少女、空条徐倫。

 

(いくらなんでも彼女ほど心が広いわけでもないけれど、敢えて言うなら)

 

「甘ったれんな。ってとこかな」

 

 傷が埋まったのを確認し、ラクスを担ぎ上げる。

「手足の一本も失くしてねえのに、まだまだ仲間だっているってえのに、
 ちょっとショックなことがあったくらいでいちいち絶望してんじゃない。
 このまま死んで悲劇のヒロインになんかさせないからな。しっかり生きていてもらうぞ」
仲間、と口にした時に、FFは視線の向きを変えた。
ラクスがその視線を追うと、重ちーの心配そうな顔があった。

 

 スピードワゴンは、ジョースター一族やディオのカリスマを受けた経験もあり、
ラクスの影響力に耐性がある。
アスランやカガリ、ミリアリアは、アークエンジェル脱出時に力から解放されている。
そして重ちーは、他人に影響されやすいところもあるが、それでも人間の邪悪を感じ取るくらいの
嗅覚はあるし、芯も弱くはない。かつては殺人鬼に最後まで抗い、最後まで戦い抜いた少年だ。
ラクスの力に染まりはしない。
ゆえに、重ちーにとってラクスは今も以前も変わらない。
キラともども、どこか放っておけない世間知らずな、友人であった。

 

「大丈夫だど。おらたちが助けてやるど」

 

 その真剣な言葉を聞き終えて、ラクスは最後に一滴の涙をこぼし、力尽きたように眠りに落ちた。
その寝顔は、どこにでもいる少女のものと、何も変わらなかった。

 

「……さて、この場は脱出するぞ。お前たちがとどまるっていうんなら、別にいいけどな」
 眠るラクスを背負うと、FFはグレイトフル・デッドで壁を壊そうとしている
二人の元ギャングに声をかけた。
二人は忌々しそうな顔になるが、今はもう動きようが無いのはわかっていた。
それに、あの『血』にまた襲われたら、また同じように防げるかわからない。
リゾットとプロシュートは無言のまま、FFと重ちーの後を追い、会場を後にした。

 

   ◆

 

『天国』を生み出すために、生み出された『地獄』の中で。ヴェルサスは溢れる笑みを抑えきれなかった。

 

(ついに、ついにやったぞ! ついに、俺は『天国』を手に入れる!)

「これで俺も神父の求めたものに近付けるッ! いや、手にできるッ!
 かつて、まっすぐに胸を張ることさえできなかった俺が、やっと幸せを手にできるのだッ!」

 

 ドナテロ・ヴェルサスは13歳の頃に家出をした。
父親違いの妹たちばかりを可愛がる母親と義父にうんざりしてのことだが、
その時に泥棒の冤罪を受け、更生施設に送られた。
それから、ヴェルサスはヘトヘトの人生を送ることになった。
更生施設になぜか空いていた穴につまづいて転ぶと、手を突く位置に隠されていたナイフで手を突き刺した。
その後、そのナイフを隠していたチンピラの八つ当たりを受け、更生施設にいる間、いじめられ続けた。
ナイフの傷口からは、2週間後、なぜかミミズが出てきたうえに、高熱を出して死にかけた。
ゴミ捨て場の横で立ち小便をしたら、壁が崩れて女の白骨死体が顔をのぞかせたこともあった。

 

だからこそ、彼は誰よりも『幸せ』を求める。

 

「もはや誰にも用はない。もはやこの世にも意味は無い。
 あとは『天国』が生まれるのを待つだけ―――いや」

 

 骨を追いながら、先ほど逃げたクライン派が、樹と成り果てて建ち並ぶ廊下を歩きながら、
ふとヴェルサスの脳裏を一人の顔がかすめた。
ロドニアのラボで、ヴェルサスに痛みを与えた顔。
怒りと憎悪、甘い復讐の昂ぶりと共に、思い出す。

 

「まだ一人、残っていた」

 

   ◆

 

 シン・アスカが会場の入り口に辿り着いたのと、FFたちが会場の入り口から出てきたのは同時であった。
「………ラクス・クライン?」
 シンは、FFが背負う少女を目にして、驚きを表す。
だが、眠るラクスの顔が、さきほどのキラのものとそっくりなことに気付き、
何か納得した気持ちになり、とやかく言うことはしなかった。
まだ問題は抱えっぱなしで、やり直すこと、償うことができるかわからないが、
少なくともスタート地点には辿り着けたらしい。
まだこれから一歩目を踏み出すところから始めなくてはいけないわけだが、
今はそれを気にしてはいられない。

 

「ドナテロ・ヴェルサスは?」

 

 シンの言葉に、FFは会場の奥を見る。
「そうか、まだ中か」
 頷いてシンは拳を握りしめた。
「行くのか?」
「ああ」
「中は危険だ。ヴェルサスの取り出した『骨』が、人間を『樹』に変えまくってる。
 人間を犠牲に、何かを生み出すつもりだ。
 『天国』を生み出すとか言ってたが、私が以前見たのは、『緑色の赤ん坊』のようだった。
 それが何を意味するのかはわからないけどな」
「………確かによくわからないが、詳しく聞いている暇はない。
 奴がいるなら、俺はきっといかなくちゃいけない。
 奴は、俺の、『敵』だ」

 

 シンの眼を見つめ、FFはそれ以上、何も言わずに道を譲る。
「………私はラクスを連れていくから、手助けはできないが………重ちー」
「なんだど?」
「適当な、液体が零れないような入れ物を持ってこれるか?」
「お安い御用だど! おらのハーヴェストは何だって持ってこれるど!」
 言うが早いか、ハーヴェストは1分と経たぬうちに、幾つものガラス瓶だの、ペットボトルだの、
タッパーだのを運んできた。その中から、FFは小さめのペットボトルを選ぶと、
その中に自分の体を切り離して注ぎ込み、蓋をしめた。

「持って行きな。もはやこいつに私の知恵も意志も無いが、傷口に入れればとりあえずの治療はできる」
「………ありがたく、使わせてもらう」
 シンは、黒い粘液が中で蠢いているペットボトルを渡され、それを懐にしまい込む。
「それなら、俺からもだ」
 リゾットは、外の土に手を突く。そして、
「『メタリカ』!」
 スタンドを発動させる。
メタリカの磁力は土の中の鉄分を集め、凝縮させていき、やがて一振りの剣を完成させた。
細身であるが鋭利で、眩しいほどに輝いている。シルバー・チャリオッツの持つ剣に似ていた。

「持って行け。あの化け物にどの程度役に立つかわからないが、
 その物腰からしてそれなり以上には使えるのだろう?」
 シンはそう言われて、完成した剣を2、3回振るってみる。重芯もぶれず、握りも丁度いい。
近くの木々に向けて切りつけると、多少太い枝も、容易く断ち切れた。
「いい剣だ。感謝するよ」
「礼は、ヴェルサスの命で払ってくれ………頼む」
「………ああ」

 

 そしてシンは、想いを託され、最後の戦いへと向かう。
 この戦争に影ながら火をくべてきた男。
 『神』の息子。
 そして、シン・アスカの敵。

 

 ドナテロ・ヴェルサスとの対決へ。

 
 

TO BE CONTINUED