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Lnamaria-IF_523第50話

Last-modified: 2008-04-11 (金) 17:55:48

カラン、と酒場のドアが開くと、左右に突き出た特徴的な髪型をした男が不機嫌そうに入ってくる。
「やあ、ルキーニ。遅かったじゃないか」
涼しげな顔をした男性が声をかけた。
「くそ、何でこんな所で待ち合わせなきゃいけないんだ。俺は人ごみが嫌いなんだよ」
「部屋に引きこもってハッキングばかりやってると現実の情報を見失うよ? たまにはいいだろ。酒場で聞き耳を立てるのは情報収集の基本さ。ポッキーでいいかい?」
「ちっ。ジェネシスの情報では、見事に遅れを取ったぜ。約束どおり一杯おごってやらぁ。ったく、お前のようなオナベにやられるとはな」
「君の口の悪さにも、もう慣れたがね。せめて男装の麗人とでも呼んでくれないか?」
「化粧までしやがって、まったく」
「おや? 女が化粧で化けるのは当たり前だと思うよ?」
マティアス――マティルダは含み笑いをする。
「方向性がまったく違うだろうが! ひかえめなおしゃれこそ女性の身だしなみの基本だ!」
「別に身だしなみでやってる訳じゃない。僕が男装をするのは、ま、癖の一種、趣味だからね。君のハッキングと同じさ」
「クセ~?」
「そうさ。世間にはもっと悪い癖もある。万引きとか火付けとか。それに比べりゃ可愛い物さ」
くすくす笑うマティルダに見つめられ、ルキーニは微かに頬を赤らめると横を向く。
「さぁて、追撃しちゃおうかなぁ。知りたがっていたろう? シーゲル・クラインの正体!」
「……ああ。今となっちゃ意味ないかも知れんがな。わかったのか?」
「地球軍……と言うよりアズラエルが抹消した、ルナマリア・ホークとシーゲル・クラインの戦闘記録だ。ここで聞くといい」
マティルダはルキーニにデジタルオーディオプレイヤーのイヤホンを渡す。
「……」
ルキーニはしばらく聞く事に集中する。
「……終わった。マジか、これ?」
「大マジさ」
ふぅ、とルキーニはため息をつく。
「まさか、第二、第三の、なんていないよなぁ」
「わからないよ。それにしても僕ら地球人類は意外に一人ぼっちじゃなかったみたいだね」
「俺は……降りる。これ以上付き合ってられるか。宇宙人なんて」
「おや、情報屋とも思えない言葉だね」
「なんとでも言ってくれ。今は現実逃避したい気分なんだ。マスター!」
ルキーニは立て続けにスクリュードライバーを3杯あおった。
「ずいぶん飲むねぇ」
「……俺は出来る限り世界を把握してないと安心できないんだ。無限に広がる大宇宙なんて大嫌いだ。つかみ所がなくて不安になる。地球人を狭っちい地球周辺でこそこそ探るのが俺には合ってるのさ。宇宙人の事は目の前にハローって現れてから考える」
「引き篭もり」
「ふん。お前さんはどうするんだ?」
「僕かい? 僕にとって情報は仕事だからね。興味はあるが……まぁ、科学者連中には聞き耳を立てておくよ。アズラエルから仕事も頼まれたし。そっちからも情報は入る」
「そうか……。まったくお前は度胸はある、背が高い。おまけに声は低いし胸はないし女装は似合わないし……」
「よくそこまで人の欠点を並べられるものだ」
呆れた声でマティルダが答える。
「……でも俺はお前の騎士になりたい。笑うか?」
突然の台詞にマティルダは絶句した。
「…………いや…………おい?」
ルキーニはテーブルに突っ伏して潰れていた。
「マスター。この種の感動はわが人生にそうたびたびあるものではないと思う」
楊枝を咥えて、マティルダはマスターに話しかけた。
「……これを機に、正常化を図るべきかな?」
ちらっと自分の短髪の端をつまんでみながらマティルダは尋ねた。
「どうぞご随意に」
マスターはにっこり笑った。
……
「……はっ。俺は……?」
「強い酒立て続けにあおったからね。潰れちゃったんだよ」
マティルダがくすくす笑う。
「そうか。失敗しちまったな。記憶がまるで無くなってやがる。じゃあ、俺はそろそろおさらばするよ」
そう言うとルキーニは伝票を手に取った。その顔はほんのりと赤らんでいた。
「じゃあ、僕もそろそろお暇だ」
マティルダも席を立つ。
「また、今度会った時にはおごってやるよ。情報の礼だ」
「ふふ。ありがと」
「――行ってらっしゃいませ――」
バーテンダーの声に送られて二人の情報屋は街に消えていった。




ダナは軍を抜けた。軍はあっさりと彼の退役を認めてくれた。
「さあて、金はあるし、自由って奴を満喫するか! ジョンやエイブズみたいに好んで軍に縛られる奴の気がしれないぜ、まったく」
ダナはまずバイクを買った。いつもカタログで見て、気に入っていた奴だ。
「まずは暖かい所にいきてーなー。カリフォルニアでも目指すか」
バイクに跨りエンジンをかける。ハーレーの大排気量空冷OHV、V型ツインエンジンがもたらす独特の鼓動感にダナは酔う。
この石油資源が枯渇しつつある地球でガソリンエンジン車と言うのは高かったが、それだけの事はある。
「へへっ、いい調子じゃねえか。……暖かい所でのんびりするのに飽きたら、アメリカ大陸縦断してペンギンでも見に行くかなっと」
ダナは南に向かって走り出した。焦がれていた自由を満喫しながら。


ダナが走り出した方向のずっと先には南アメリカがある。
南アメリカ合衆国はなんとも露骨な事に、戦後、大西洋連邦の大統領選前に独立が認められていた。
もっとも、マスドライバーのある中米は除かれていた。パナマを中心とした中米自治領では日系女性のNORIEが将軍として統治する事になる。
独立のきっかけは、地球連合がヤキン・ドゥーエ戦役で勝利した事で権威が強まった事にある。
南アメリカ内で大西洋連邦との合併を好意的に受け止め、むしろこれを機に北アメリカの人々と同様の権利・生活を要求する団体の勢力が強まったのだ。
それが、北アメリカおよびブリテンの人々に、南アメリカを手放す事を決意させた。
なんとも皮肉な事である。
大西洋連邦の豊かな人々にとっては南アメリカの貧しい人々を抱え込み面倒をみ、平等の権利を渡すなどなど到底我慢できなかったのだ。
人口と人種を考えれば、まかり間違えば南アメリカ出身の大統領が誕生してしまうではないか! そんなのとんでもない! ――と言うのが大西洋連邦の人々の正直な思いだったろう。
その南アメリカ――とある教会で一組の結婚式が行われていた。
「新郎エドワード・ハレルソン、あなたは新婦ジェーンが病めるときも、健やかなるときも愛を持って、生涯支えあう事を誓いますか?」
「はい」
しっかりとした声が答えた。
「新婦ジェーン・ヒューストン、あなたは新郎エドワードが病めるときも、健やかなるときも愛を持って、生涯支えあう事を誓いますか?」
「はい」
凛とした声が答えた。
それにしても……最初の予定とはずいぶん違っちまったなぁ。
エドワードは思った。
最初は、南アメリカの独立のために地球軍から脱走し、戦う予定だった。
それが、故郷へ帰ってみたら、周囲の人々はむしろ大西洋連邦への併合を喜んでいるようだった。
それならそれもいいかと、併合を受け入れる気になったら、独立だ。
何か運命の神様にでも遊ばれてる気がする。
まぁ、いいか。おかげでジェーンとも一緒になれる……
二人は続いて結婚指輪を交換した。
そして、新郎は新婦のベールをかきあげキスをする。
――式が終わり、二人は教会の入り口に立つ。
「そおれ!」
ジェーンが後ろ向きにブーケを放り投げる。
「きゃー! 私が取ったわ!」
ブーケを取った女性がはしゃいでいる。
エドワードとジェーンは顔を見合わせて微笑んだ。
彼らは幸せだった。




動乱の続く東アジア――
揚子江河口の小さな海洋研究所で写真を撮りまくっている男がいる。
「うん! いいねぇ! もうちょっと撮らしてくれよ!」
「まぁ、いいけどさぁ。いくらでも撮ってくれていいよ。こっちも、少しでも話題になってくれれば嬉しいからねぇ」
このブルーコスモスが設立した研究所の職員は言った。
「でも、お仲間は上海市議の汚職事件の取材に行っちまってるんだろ? あんたはいいのかい? ヨウスコウカワイルカの保護なんて、今のご時世、そんなに人の興味を引きもしない事を……」
「いいんだって! こっちの方が俺にとってはよっぽど重要さ!」
明るい声でジェス・リブルは断言した。
「俺はこの取材に誇りを持ってるんだ!」




「まったく空気が薄いぜ」
「ああ、ほんとだ。与圧室が恋しい。早くコクピットに入りたいよ」
「そう言うな。モビルスーツは目立ちすぎる」
ジョンがぼやくとエイブズがたしなめる。
ここはチベットのとある峠。
ユーラシア東部と大陸中国ではエイプリルフール・クライシス以後の対応がうまくできず、共産主義政権が復活していた。
その混乱に乗じて、ヤキン・ドゥーエ戦役終結後、これで最後の機会とチベットは独立を宣言した。そして、その豊富な地下資源を切り売りし、大西洋連邦、ユーラシア西部を始めとする民主主義国家に支援を求めた。
同じく独立を宣言した……そしてモンゴルの支援があるとは言え、中共と、中共と友邦のユーラシア東部に挟まれ息も絶え絶えの内モンゴルとは違い、チベットは曲がりなりにも歴史的に反中のインドを始めとする各国と繋がっている。
その結果が……チベットの地下資源に魅せられた民主主義国家からの大規模な航空支援とモビルスーツを始めとする地上部隊の派遣だった。
面白い事に、反共と言う事でインドとパキスタンが共同で戦っていたりする。
もはや量子通信技術によりモビルスーツの有利性も薄れて来てはいたが、ここでは違う。インドからはその急斜面でとても戦車は送り込めない。しかし。例え空から送り込まれるジェットストライカーを装備したモビルスーツが火力で力不足であったとしても。戦車では登る事の出来ない斜面を、ランチャーを背負った重モビルスーツはその四肢を使って登ることが出来るのだ。
「来たぞ、合図を送る」
二人が望遠鏡で見下ろすその斜面には、続々と中共の軍隊――歩兵が姿を現し始めていた。
まぁ、中共には人海戦術が合っていると言う事かな。さすがに似合っていると言うべきか。しかし、しかし。歩兵でモビルスーツに突撃する事の無意味さぐらい教えておいてもかまわんだろうに。
中共の軍隊に哀れさを覚えつつ、ジョンは自分のモビルスーツ――105スローターダガーに乗り込んだ。
もっとも、先ごろ東トルキスタン及び、中南部東沿岸部が独立を宣言して混乱の極みにある中華人民共和国政府としては、これが精一杯だっだのかも知れない。
噴煙と砲火が、105スローターダガーに乗り込んだジョンとエイブズの後方から上がった。気化爆弾も混じっていたのだろう。中共の軍勢を一瞬、火炎が包み込み、そして消えた。
「ようし、行くぞ!」
「おうさ!」
ジョンとエイブズはそれぞれのモビルスーツで、動きを止めた中共の軍勢に突入して行った。




――プラント――
プラントはヤキン・ドゥーエ戦後の終戦協定で、アイリーン・カナーバを臨時代表としてその独立宣言を撤回、再び理事国の支配下に入る事となる。
その後、アズラエルの後押しでパトリック・ザラがプラント評議会議長に再任された。
時に、元々のプラントの人々から「裏切り者」と罵られながらも、彼はプラントのために人生を捧げた。
後世の歴史家は彼を「プラントの父」と呼ぶ。


「アスランったら」
「んー?」
ラクスが話しかけるが、アスランは生返事を返した。
父、シーゲル・クラインを無くし身寄りを失ったラクス・クラインはザラ家に引き取られていた。
ラクスは戦後、芸能界を引退した。
シーゲル・クラインは、プラントの人々から戦争指導を誤ったと評価されていた。当然、娘のラクスを見る目も戦争前とは違った。芸能界にラクスの居る場所は無かった。
だが……それに傷ついたのも確かだが、ラクスにはある欲求が芽生えていた。芸能界と言う虚飾の世界ではなく、実学の世界に入りたいと言う――。
もうすぐ、ラクスは地球の大学に入学するためにプラントを出る。
それだのに……あと少ししか一緒にいられないのに、アスランはさっきから上の空だ。
ラクスは頬を膨らませた。


アスランは思いに耽っていた。
なぜ、シーゲル・クラインは……父を追い落とした時点で講和を望まなかったのだろう? それを抜きにしても、第二次ヤキン・ドゥーエ戦で、ジェネシスで地球を狙えと命令したと言う。
アスランには信じられなかった。しかし、事実だ。ある人は、戦争指導中の評議会議長という重圧に耐え切れなかったヒステリーだと言う。で、あるならば。父はどんなにか……理事国支配下のプラント評議会議長と言うのはそれに劣らず重圧が掛かっているはずだ。
ディアッカ、二コル、そしてイザークと自分――終戦後、旧クルーゼ隊の皆は退役、あるいは軍に復帰しないまま、評議会に勤める事になり働いている。
いずれは俺達も……自分も父達のような重責を担わねばならないだろう……一日も早く父の重荷を軽くしてやらねば。
「もう! アスランったら聞いてますの!? 私達の正式な婚約パーティの話ですわよ? あと少ししか一緒にいられないのに……」
「え? いや、それはもちろん! はは……えーと、どこまで話したっけ?」
まるっきり聞いていなかった。
「私の事、本当に好きですの?」
「もちろんだよ!」
アスランは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……ね、この写真……」
「え? ああ、テニスの大会で二位だった時だよ」
ラクスが見ていたアルバム。開かれたページには、指差されたその写真には小さな頃の自分が作り笑いを浮かべて写っていた。
「二位も立派な成績で嬉しかったでしょうけど、悔しかったでしょう?」
「そりゃ、まあ」
悔しかったさ。夜中ベッドで泣いたほど悔しかった。
「今のアスランがね、ちょうど、こんなような顔をしてますの」
――!
「ラクス……」
急に、ラクスが愛おしく思えてきた。ラクスがいれば、背負う重荷も軽くなる気がする。
「ラクス……」
「あっ……む……ん……」
アスランはラクスに口づけた。
そうだ。俺にはいっぱい時間がある。ラクスを好きになる時間が……
アスランはラクスの背中に手を回し、力を込めた。
さよなら……ルナ……


「結局、2年間戦って、すべて元通りか」
公園の噴水のふちに座って、ディアッカが昼食のパンの入っていた袋を膨らませてポンっとはじかせた。
評議会の建物内で食事と言うのも味気ないので、わざわざここまで足を伸ばしたのだ。
ヤキン・ドゥーエ戦役が終結して半年になる。終戦協定が結ばれたものの、講和条約の細かい条件では紛糾していた。まぁ、それも二年間の双方が交わした激しい戦火に比べればささやかと言って良いものだろう。
が、それもようやくまとまってきた。条約が本決まりになるのももうすぐだろう。
ディアッカ達も、終戦当初の戦場のような事務量も減り、食事時には多少遠出も出来るようになった。
「そうでもないだろう。少しは、ましになったはずだ。でなければ……」
俺達の苦労はなんだったんだ――
イザークは、残っていたパンの欠片と共にその言葉を飲み込む。
「なんででしょうね」
「ん? なにがだ、ニコル」
「なんと言うか、負けたのにむしろ爽快な気分さえするのは。不思議な気分です」
「そりゃあ……無理もないさ。出せる物をすべて出し尽くして戦い抜いた結果だからな」
ディアッカが笑う。
「それはそうと、午後の仕事だが……」
「待った! 職場に戻ってからにしてくれ。ここは憩いの場としておきたいんでな」
「ん。わかった、イザーク。……憩いって言えば、お前の弟はどうした、弟は? あいつ有休だろう? 今日?」
戦後、パトリック・ザラはエザリア・ジュールと再婚した。そう、イザークはアスランと義兄弟になったのだ。
「ああ。どうせラクスといちゃついてるんだろう。くそっ。俺達誰も恋人なんかいないってのに!」
「……お前にはシホちゃんがいるじゃないか」
ディアッカはじとーっと恨めしい物が篭った目でイザークを睨む。
「――! シ、シ、――関係無い! ここ一ヶ月まったく会ってないぞ! そもそも会った瞬間に殴られて……」
元部下の名前を出されて、面白いようにイザークは動揺した様子を見せた。
「ふーん。一ヶ月前には会ったんだな? 確かわざわざ会う約束してたんだったよなぁ?」
ディアッカは容赦なく追撃する。
「今度、イザークとアスランにおごらせましょうか?」
「そりゃ、お前……いい考えだな!」
「ぶ!」
「ははは!」




「……多くの命が失われましたな」
「ええ、とても多くの……」
先日、ようやっと、正式に地球連合とプラントの終戦条約が発効した。
大西洋連邦アーリントン国立墓地では、この度の戦役の慰霊祭が厳粛に行われた。
慰霊祭の後、アズラエルとハルバートンは誘い合わせたように、ある一つの真新しい墓へと足を向けた。
墓に刻まれた名前は、マリュー・ラミアス――
「彼女は、新任の時にちょうど私の部下でしてね……。若い者に先に死なれるほど、やりきれない事はありませんな」
ハルバートンの声は少し震えていた。
「ええ……それでも我々生き残った者は――」
あえて吐き出されなかった言葉――それがハルバートンに伝わる。
ハルバートンはわずかに顎を動かし同意を示す。
――そう、生き残った者は、悲しみに耐え、前へ進みださなければならない。いずれ彼ら自身が死者の列に加わるまで――
二人は、マリューの墓にそっと花束を置き、後ろを向いて歩き出した。






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