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SCA-Seed_平和の歌◆217 氏_第10話

Last-modified: 2009-01-22 (木) 22:00:27

 歌姫の騎士団は平和の使徒だ。いつだって、話し合いによる解決を望んでいる。
 何を解決するか、て?
 決まっている。勝敗の帰趨だ。
 歌姫の語る不思議な単語の羅列は、フリーダムなんかより余程重要かつ効果的な戦力だ
し、彼女に従う騎士達も、主人ほどではないにしても、MSよりはずっと巧く舌を回す。
その武器を最大限に活かす為、彼等は常に全周波の回線を開きっ放しにする。
 だから、あっちで何が起きているのかは、よく分かった。
 モニターの中で、水瓶座の娘が歌っている。振り付けは、やたらと堂に入っている。多
分、一人カラオケで歌っている時でも、そうしていたのだろう。痛い奴だ。
 思わず、笑みが漏れた。
 兵隊は女を好む。女子供は平和の象徴だ。そこが安全なんだ、戦場じゃないんだと教え
てくれる。緊張が吐息に溶けて、凍った体が生身の柔らかさを取り戻す。
 勿論、この宙域にお集まりの観客達は、俺なんかより、ずっと楽しんでいる。なんと言
っても、舞台の歌手は歌姫と同じ声を持っていて、表情はずっと明るくて、仕草は遙かに
若くて、何より歌う以外の理由で口と舌を動かしたりはしないのだから。
 軍用チャンネルが、溜息で飽和した。金属さえ切り裂く鋭い声も、柔らかく粘り気のあ
る吐息の中では埋もれるしか無かった。自分も歌って、支配権を取り戻すと言う発想は無
い様だ。ひょっとしたら、平和の歌姫は、あまりに長い間、平和とも歌とも無縁な生活を
していたせいで、歌う事を忘れてしまったのかも知れない。

 

「さて……」

 

 どうする?
 俺は歌姫の騎士団ほど、この歌声には惹かれない。目の前ではフリーダムが自分の時を
止めているし、エターナルの前方に展開するMSなど、手拍子を打っている始末だ。
 レバーを引くと、ヤッパが持ち上がった。今なら、フリーダムを殺るのは簡単だ。エタ
ーナルを沈める事だって造作も無い。
 溜息の調子が変わった。クリスマス・プレゼントの包装を引き裂き、その中身が期待以
上の物である可能性に気付いた子供の吐息だ。
 無重力の舞台で少女が歌う。
 振り付けに合わせて、淡雪の様な桃髪が揺れる。熱帯魚みたいな舞台衣裳が、薄布の軽
さでひらひら踊る。
 ゆっくりと時計回りする歌い手は、強烈な照明に体の線が浮いている事に気付いていな
い。衣裳の動きにだって気付いていない。
 滑らかな膝がスカートを割った。ついには、真っ白な太股まで露わになった。

 

 吐息が怒号に化けた。肝心な所は結局、見えなかったけど、小さな悲鳴を一つ、慌てて
スカートを抑える仕草に、誰もが満足した様子だった。
 フリーダムの手は、握り拳を造っていた。
 ヤッパを下ろして、機体を反転させる。
 絶好のチャンスだった。その気になれば、キラ・ヤマトもラクス・クラインも簡単にこ
の世から消してやれた。なぜ、その気にならなかったかは分からない。だけど、ブルーコ
スモスならざる身としては理由なんて必要無かったし、歌姫の騎士ではない以上、理屈だ
って必要無かった。

 

「キラ?」

 

 それは、聞き覚えのある声音だった。歌姫の冷たい声は、歓喜の怒号を貫いて、不思議
と耳に通った。後方モニターの中で、フリーダムの体が震えた。多分、キラ・ヤマトが階
段から落ちる夢でも見たのだろう。

 

「フリーダム感覚っ!」

 

 ホームラン・フリーダムが跳ね起きる様にして反転した。ヴォワチュール・リュミエー
ルが宇宙を蹴り付けた時、その機首は明白に俺の尻を狙っていた。
 白い彗星が迫る。今、この宙域で動いているMSは二つだけだ。背後に付かれるまで僅
か一瞬。
 震える声が叫んだ。

 

「覚悟はあるっ!僕は戦うぅっ!」
「冗談じゃない。俺は逃げる」

 

 脚部のスラスターを止め、リリースレバーを引いた。バーナー炎を追い掛けていたら、
いきなり目標との間に、120文のドロップキックが出没する。いつものキラ・ヤマトな
ら避けるだろう。だが、今の奴なら?
 一分もすると、背後には何も見えなくなった。あの、無闇に頑丈なフリーダムが破損す
る様な衝撃じゃなかった筈だ。衝突の寸前、またもや小さな悲鳴が聞こえたのは、きっと
気のせいだろう。
 人生を丼で勘定し、挙げ句、いつだって計算を投げ出して来た男が、なんだか気の毒に
なった。時を超え、空間を超えて、格好良いポーズを決める。そんな自由な男でも、浮気
の自由だけは何故か手に入らない。
 母船が見えた。

 

「脚など飾りだ。君も漸く分かった様だね」

 

 レシーバーが伝える声に、俺はうんざりとした。30を過ぎた様な男を信用するな――
――人類最大の失敗をやらかした共産主義だけど、一つだけ正しい事を言ったと思う。
 中年は嫌いだ。何度も同じネタを繰り返すから。

 
 

 シルエットとチェストは、廃棄するしか無かった。レッグを失った以上、まともに着艦
をしたければコア・スプレンダーのギアを使わないといけなかったし、まともじゃない方
法で着艦するには、人手が足りなかった。
 これでもう、こっちの戦力はスッカラカンだ。ZAFTが体勢を整える前に、少しでも
遠くに逃げないといけない。

 

「御苦労だったな」

 

 着艦をサポートしてくれたレイは、格納庫から出ようとしなかった。うんざりした様子
で指差す方向からは、かすかな歌声が漏れて来た。一人じゃない。議長が用意した舞台は
格納庫のすぐ傍で、今やカラオケ会場と化していた。

 

「議長や二人は、あの声、平気なのか?」
「ミネルバのクルーは、基本的にラクス・クラインの影響を受け難い人間で構成されている」
「でも、昨日までは頭痛起こしてたぜ」
「影響を受ける帯域が違うんだろうな。ラクス・クラインの歌声に強い、裏返しだろう」
「なるほど。その点、俺はラッキーだな。あの声、何だか、落ち着いたし」
「お前は取り分け、耐性が強い」
「なんでだろう?」
「決まっている。致命的に音痴だからだ」
「なんだよ、それ」

 

 無遠慮な物言いには、少し腹が立った。少しだけだ。一六年もの歳月を経て、尚、自分
に音楽的才能を信じる事が出来るほど、俺は楽天的な性格をしていない。

 

「俺がFAITHに選ばれたの、てさ。ひょっとして、そのせい?」
「半分はな」

 

 扉のスイッチを叩いた途端、声が溢れだした。そこでは18歳の水瓶座と、彼女の倍近
く生きているワカメパーマがデュエットを歌っていた。浮気がばれて居直る旦那と、糾弾
する女房の歌だ。旦那の歌声が必要以上に真に迫っている一方で、追求する女房には
一欠片の迫力だってありはしなかった。隅ではルナとアビーが手拍子を打っている。

 

「あ、シン。お疲れさま」

 

 最初に気付いたのは、ルナだった。珍しい事もある物だ。アビーはその傍らで、何やら
耳打ちしていた。

 

「なんだ?内緒話か?」
「別に。内緒所か、話でさえ無いわ」
「じゃ、何言ってるんだ?耳元でさ」
「ベルモット」
「え?」
「ベルモット、ベルモット。ただ、それだけよ」
「アビー、続けて」
「はいはい。ベルモット、ベルモット」

 

 ルナはベルモットの瓶を手にしていた。勿論、無重力下で開けられる筈が無い。見て
いるだけだ。時折啜るパックの中身はジンだろう。究極のドライ・マティーニを急ピッチで
空けて行く姿を見ていると、俺は財布の中に忍ばせた覚悟を、宇宙に放り捨てたくなった。
「あ、シンさん。お疲れさまでーす」
 二つのスピーカーが挨拶した。当の本人は満面の笑顔で、額に汗を浮かべていた。マ
イクスタンドにはタオルがかけられていた。
 少し嬉しくなった。彼女の声に、措置の前と変わる所は感じられなかった。単に俺が鈍
い、てだけかも知れないけれど、平和の歌なんかより、単に楽しくて歌っている声の方が、
ずっと気が利いている。

 

「ずっと、歌いっぱなしか?」
「ええっ!もう、楽しくて楽しくて」

 

 本当に楽しそうな笑顔だった。いきなり横面を張ってやっても、やはり笑っているかも知
れない。一人のカラオケを常として来たのだから、一時間、二時間歌い続けるのだって、
別段苦にならないのだろう。
 俺が着艦するまでの間、何曲付き合ったのかは分からない。議長の顔から、不意に表
情が抜け落ちた。とろけた目つきが寝息を立て始めるまで、三秒とかからなかった。中年
はこれだから嫌だ。テンションが高い間だけは、自分に若さが残されているのだ、と言う錯
覚を事実に変えられる。その神通力も、ある瞬間を境にいきなり途絶える。スイッチが切
れるみたいな物だが、そのスイッチは外部からは決して操作出来ないんだ。

 

「そうだ、シンさん。食品庫にジェラートが有ったんですよ。今、冷やしてますから、後
でパフェ作りますね。それと、ビールも」

 

 ひらひらとした舞台衣裳が、部屋の隅まで泳いで行った。相変わらず不器用な泳ぎ方
だった。成りばかり派手な出目金だが、その鈍くささの割りに顔立ちは整っていた。

 

「いきますよー」

 

 ビールのパックは若干、見当違いの方向へ飛んで行ったが、前に飛んだだけ立派な物
だった。一躍して手に取った時、当の本人はオレンジジュースに開けていた。
 まだプラントの経済がまともで、俺にもそれなりの収入があり、一方で使い道にはさほ
ど恵まれていなかった頃の話だ。メイリンの誕生日を仲間内で祝う事になった。俺はモエ
・エ・シャンドンを片手にぶら提げて参加した。奮発したと言うより、半分騙されたみた
いな物だったが、それでも相手が喜んでくれれば、少しは救われただろう。主賓は口先で
有り難がりながら、取り巻きがお追従の言葉と共に寄って来るや、グラスごとその存在を
忘れ去り、行き所の無くなったシャンパンは、ルナがペリエみたいに空けちまった。

 

「幸せな奴だな、あんた」

 

 オレンジジュースを啜る二歳年上の女に、言った。こんな顔をして飲み物を飲む奴は、
もう随分昔、買い物に出掛けた先で、マユに缶ジュースを買ってやって以来だった。

 

「え?」
「いつだって笑っているんだ」
「やだなあ、もう。私ってば、すぐ幸せになってしまうんですよ」

 

 焼き立てのメレンゲが、苺の色に染まった。
「今日は天気が良くて、自転車に乗れるなあ。幸せ。カラオケでなんだか良い声が出た気
がするなあ。幸せ。ジュースが美味しいなあ。幸せ。て」
 俺の口元は、別に彼女に釣られた訳じゃなかった。自由の歌姫様にしろ、歌姫の騎士団
長にしろ、世界の行く末や、人類の未来を憂えるばかりじゃなくて、もう少し、私的な幸
福を追ってみれば良いんじゃないだろうか。そうすれば、気にいらない為政者の被害者や、
利己的で物分かりの悪い大衆の被害者なんてポジションに身を置かずに済むだろう。何し
ろ、“夢”やら“明日”やらと違って、幸せなんて、その辺りに幾らでも転がっている。
 至福の顔でジュースを啜る女子大生を片目に、ビールのキャップを捻った。パックの周
囲には、蒸気がガンスモークみたいに這い回っていた。たっぷりと汗を流した後、よく冷え
たビールは最高の御馳走だ。
 キャップを銜えて、パイロットスーツの上半身をはだけた時、首の中で何かが割れた。
MSのGは、ほんの数時間の搭乗で、パイロットの身長を2、3㎝ばかり削り取る。俺も最
後に受けた検査じゃ、首の軟骨が大分すり減っていた。
 口の中で、麦芽の香と炭酸が弾け、喉に滑り込んだ。からからになった体に、水分が染
み渡った。

 

「うまい」

 

 そう言おうとした時だ。
 首に重たい何かがのし掛かって、その言葉を押し潰した。悲鳴の変わりに、凝固した声
が喉から這い出した。上体を捻った勢いで、体が宙を転がった。重力下なら、床をのたう
ち回る羽目になっただろう。
 油断していた。偶に有るんだ。Gの負荷で首から肩背にかけてが強烈に凝り固まる。血
流が止まり、感覚が鈍り、その苦しさに気付かない。だけど、なんらかの拍子で、半端に
血行が回復した時、症状はそのまま、重苦しい感覚だけが目を覚ます。

 

「シ、シンさん!大丈夫ですか!?」
「だ……大丈夫だ。ただ、肩が……異様に重くて……」

 

 肩が砂利を詰めたブラックジャックの下で窒息した。床の繋止環に、背筋を押しつけて
みた。無重力下だ。すぐ体が浮いてしまったし、大して効きやしなかったが、それでも俺
は十分満足だった。なにしろ頭上には、容姿だけなら非の打ち所が無い、若い娘が三人
居て、彼女等は揃ってスカートを穿いていたのだから。
 ピンクブロンドが、眼下に振り向いた。一瞬、ひやりとした。さりげなく首を鳴らしている
と、繊手が真っ直ぐ伸びて来た。不器用極まる桃色の出目金は、不思議なほどのスム
ーズさで俺を捕まえた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 両肩をしっとりとした感触が包んだ。一つもツボに当たっちゃいないし、力も無いし、こ
そばゆいだけだったけれど、させるままにしておいた。なんとも言えない気分だ。大体、
美人の女子大生にマッサージをされてなんとも思わない様な男は、病院に行った方が
いい。

 

「所で……えーと……ミスタ・デュランダル?」
「私はアフランシ・ギルだ。それ以上でも、それ以下でも無い」
「まだ、続けるんすか。その偽名」
「えーと……私達は、その、色々と手が加えられているんですよね?」
「簡単な整形手術や、ちょっとした措置で、ラクス・クラインに戻れる範囲でね」
「じゃあ。私と、前にTVに映っていた、あの方……――――……その……えーと……
体型が少し……違うと思うんですけど……」

 

 頭の後で、言葉が下を向いた。規制の入った古いカラオケマシーンから、何とか好み
の曲を探している声だった。東アジア以外の大学で、英文学を専攻する様な育ちの娘
にとっては、聊か口にし辛い話題らしい。

 

「これかね?」

 

 両掌で見えない何かをすくい上げる、中年男の中年らしい仕草が、乙女の純情をロー
ドローラーで磨り潰した。肩の上で手に力が篭もったが、それでもまたまだ刺激としては
足りなかった。

 

「いや……私もいろいろと悩んだのだがね。結局、一つに絞りきれなかったのだよ。なに、
気にする事は無い。貧乳はステータスだ」
「貧しくはないですっ」
「ラクス・クラインが議長を怨んでたのって、それが原因だったりして」

 余裕に小匙一杯の嫌味を含んだ声が言った。なるほど、人を恨むのに、理由が一つと
は限らない。理由が必要だとも限らない。どちらにしても、若き日の議長が、必要以上の
理由をこさえていたのだけは間違いない。

「議長。一つだけ、言わせてください」
「なんだね?」
「俺はもう、あんたのクソッタレな趣味には二度と付き合わない。絶対にだ」
「趣味?違うね。生き甲斐さ」

 

 飲み込んだ息が、笑いになって喉の奥に弾けた。何故だかは分からない。笑う以外の、
どんな気分にもなれなかった。
 いつの間に来ていたのだろう。レイは俺の肩口を叩くと、静かに首を振った。

 

「ったく。誰だよ。こんな人、議長にしたのは」
「まあまあ。瓦解した政権の反省会をしても仕方ないでしょう。これから、どうするんで
す?」
「アジアの某国から、お誘いを受けている。プラントと結んだ片務的軍縮協定の結果、麻
薬組織と国を二分する羽目になった国だ」
「他に無いんですか?」
「プラントの要請で民主化した結果、ユーラシアの息がかかった政権に国有資産をまるま
る二束三文で売り飛ばされた国と言うのもある。国民は、選挙に行けば洗濯機が貰える程
度にしか考えていなかった様だが……」
「どちらにしても、紛争地帯と言う事ですね」
「いいんじゃない。どうせ私達に出来る事なんて、あんまりないんだし」
「確かに。俺達の力を必要としてくれる所でもなけりゃ、受けて容れて貰える訳も無いか」

 

 不思議と、溜息は漏れなかった。
 肩に微かな痒みが広がった。非力な女学生のマッサージも、少しばかりは効果が有っ
たらしい。
 ビールに口を付けた時、学校で習った聖書の一節を思い出した。明日を思い煩うな。明
日は明日自身が思い煩うであろう――――どうせ、引き返す道は無いんだし、選べる道だ
って限られている。だったら、くよくよと考えても仕方無い。

 

「シンさん。おいしい?」

 

 青い瞳が覗き込んだ時、背中に柔らかい感触が触れた。自分の掌が小さく見えた。全く、
他人の悩みと言うのは分からない。

 

「うまい」

 

 ビールを一気に呷る。
 人生は喜びに満ちている。

 

                                       了