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SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第36話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:37:47

「ええ……少なくとも3ヶ月後の議会が終われば、ラクス=クラインには議長の地位から
退いて頂きます。無論、最も穏便な方法で」
「そもそも彼女はアイドルですからね。また昔の活動に戻って頂くだけですよ」
「大体、議長に就任されてからも軍拡以外の政策を打ち出しておられませんしなぁ」
 普段、公式の場でラクスを褒め称えている彼らの口から吐き出される言葉に、補佐官は
無表情で耳を傾けている。と同時に、このような場所に自分を誘ったアメノミハシラの意図を計ろうと
していた。テーブルを挟み、目の前で笑みを浮かべている女性に視線を移す。
 彼女は自らをカグヤと名乗り、月都市コペルニクスの使者を自称した。ロンド=ミナ=サハクに似た、
時代錯誤とも取れるローブを身に纏い、無重力区画では不便そうな腰まで伸びた艶のある黒髪が
うねって室内照明を弾く。左右に控える護衛と思しき男達は柔和な表情を顔面に貼り付けているのだが、
空調が整ったこの部屋の中においても裾長の外套を脱がない。恐らくアーマーの類だろう。
 彼らの顔立ちに補佐官は心当たりがあった。東アジア共和国領内に存在する、南北に伸びた細長い島国に
住む人々。ブレイク・ザ・ワールドが起こる1週間前、彼らの一部は突如月へと移住した。
 その彼らがコペルニクスからの使者として、自分とプラント内部の有力者を中立宙域に
停泊する航宙船に招き入れ、ラクス=クラインが『終わった』後の話を持ち掛けている。
そしてプラントの有力者にしても、セレクションにぬかりが無い。
 マティウス市、フェブラリウス市、マイウス市、ヤヌアリウス市それぞれのナンバー2が、一同に
会していた。プラントの各都市には専門化された技術者集団が揃っており、カグヤが選んだ都市は
それぞれロボット工学、医学、航宙工学、微細工学に秀でている。
 連合との仲介を務めるというのは、恐らく嘘ではなかった。地球連合は明確に、宇宙への本格的な
進出を計画している。
セプテンベル市とユニウス市の者が入っていない事に当初違和感を覚えたが、MSの
稼動時間を比較的に向上させるデュートリオン送電システムについては、アーモリーワン襲撃事件の際
特殊部隊によって強奪されたセカンドシリーズ3機から解析できたと考えれば納得出来る。
 ユニウス市を除外した事についても同様で、地球連合が既に宇宙での農耕事業に対する
ノウハウを確立していると推定して構わないだろう、と補佐官は考えていた。でなければ、
連合軍はユニウスセブンを核攻撃するのではなく、海兵隊で制圧していた筈だからだ。

 ともあれこれは、史上類を見ないほどの大規模なヘッドハンティングである。加えて、
集められた彼らは皆一様に変わり身が早い。元々技術者、研究者なので忠誠心という物が
希薄なのだ。彼らの信仰対象はテクノロジーとロジックであって、歌姫や議員ではない。
 再びカグヤを見遣る。彼女の名前にしても、恐らくこのビジネスが終わるまでの偽名なのだろう。
オーブ群島の1つ、マスドライバーが設置された島の名前であると共に、一部地域で今でも語り継がれる
童話に登場する女性の名だ。
 ふと右に視線をやると、扇状のオーナメントに見事な竹林の水墨画が描かれていた。
「では、そろそろ具体的なお話に参りたいと思います……」
「それでは、私はこの辺りで失礼させて頂きます」
 おっとりしたカグヤの声に、補佐官は立ち上がった。プラント側のゲストが硬直する。
「カグヤ様とお呼びしてよろしいでしょうか? 私は今日、R1資源衛星の監督官として
この場に参加させて頂きました。よって、新しい採掘機械を売って頂くとか、鉱石の出荷
量を増やして欲しいという要望とか、そういう話し合いが行われるものと思っていました」
 そう言って、用意してきた資料を簡単に見せる。資源衛星のスペックや、設備の状況が書かれた
報告書などがテーブルに広がった。それを、素早く手元にまとめ直す。
「ですが少々趣旨を勘違いしていたようです。申し訳ありません。これ以上はお邪魔に
なりますので……」
「ほ……補佐官、これは……」
「ご心配なく。これまでの会話は全て、交渉上のパフォーマンスだと判断しています」
 怯える『同胞』達に、補佐官は何時も通り冷たい視線を向けた。
「それにラクス=クライン議長は今の所、私のみに猜疑心を向けています。仮に私がこの
会話を包み隠さずクライン議長に報告したところで、私があなた方を陥れようとしている
としか解釈なさらないでしょう。そういう意味で、二重に安心して頂いて結構です。では」
 新しい地位にも復権にも、補佐官は何の興味も抱けない。謀略によって内の争いに加わるくらいなら、
一生を資源衛星の監督官で、否、これまでのキャリア全てをかなぐり捨てて採掘員として
終えても良い。補佐官は冷静な男だったが、本質的には激情家であった。
 どれほど冷遇されていようが、正式な手続きが為されていない以上、自分の全てはラクス=クラインの
物だ。カグヤの言葉に従う事は、現時点では裏切りを意味していた。
「それでは、シャトルデッキまでお送り致します。補佐官」
「いいえ、必要ありません」
 笑みを浮かべた護衛の1人が進み出ようとするのを、カグヤの繊手が抑えた。

 しばし視線を向け合う2人。ややあって、護衛の男が一歩下がって元の位置に戻った。
裾に入ったスリットから左手を出す。黒塗りの打刀の鞘が一瞬覗いた。外套の胸元に滑り
込みかけた右手が、ゆっくりと握られる。
「残念です、補佐官。サハク代表は、貴男を高く評価しておられましたのに」
「残念でしょうか?今日のお話を聞く限りでは、3ヶ月後に再会できるかと思われますが」
「砂時計型コロニーの脆弱性について書かれたレポートを拝読致しました。的確な指摘と思います」
 いきなり全く違う話題を切り出したカグヤに、補佐官は目を細めて眉間に皺を寄せた。
「急造の保安装置などより、クライン議長は貴男の提案を採用するべきでした。喩え軍備を削減してでも」
「…………」
 自分のレポートも、ラクスの決定も機密事項の筈だった。そんな事を突然持ち出す彼女を、補佐官は
しばし見つめ続ける。ふと、頭の中でほつれた糸が束ねられ、一本の線となった。
「残念でしたね、補佐官」
 細めていた目が見開かれ、補佐官の喉が小さく鳴る。一礼し踵を返した。
 カグヤは、着衣の袖をそっと口元に寄せた。

 一隻のシャトルが航宙船から滑り出すのを、群青色のMS2機が見送る。角飾りの如く
大振りなブレードアンテナを持ち、細い頭部パーツには固定式の大きな単眼が1つ。
袴のようなスカートアーマーの内側から青白いスラスター光を噴出して姿勢を制御する。
左の腰にはバッテリーに接続した刀が一振り。左腕の手甲には内蔵されたビームガンの銃口が光る。
 右肩の張り出したショルダーアーマーに、行書体で書かれた『鎮』一字。数ヶ月前に
コペルニクス市が批評家を呼んで、総合性能はジン未満で人型ロボットの入り口に立った
ばかりであると、大金を払って散々に扱き下ろさせた機体だった。
 シャトルに1機のザクウォーリアが接近し、速度を合わせて随伴する。
『お帰りなさい、補佐官。あのMSの記録を録ったので、送ります。ジン未満どころか、
運動性はグフよりも上です。多分低重力、無重力戦闘に特化させたから……』
「君、オクトーベル3に知り合いはいますか? 外壁工事の関係者とか」
 女性兵士の言葉を途中で遮り、補佐官は何時に無く落ち着きの無い声を上げた。
『え? あ、はい……友達に1人いますけれど。でも、何で?』
「直ぐにコンタクトを取って貰えませんか? 確認したい事があります。今の私は、ほぼ
全てのアクセス権を剥奪されていますので」
 口調こそ丁寧だが有無を言わせぬ勢いに、女性兵士は頷く事しか出来なかった。

 元ザフトレッドにして元特務隊FAITHのシン=アスカ。そのエリート兵士である彼が、
何故ナチュラルの女性から金的を食らわされたのか、そもそもそれほど接近される前に
抹殺できなかったのか、防御できなかったのかという疑問は、様々な憶測を生んだ。
 その中で最も有力な説が、シンがコーディネイターの未来を築く為に特殊な調整を受けた、ある意味
スーパーコーディネイターで、その女性が訓練されたブルーコスモスの工作員だったという物である。
 いわく、シンは遺伝病予防など最低限のコーディネイトの他に、異常なほど旺盛な性欲と強靭な
生殖機能を有しており、その精子が交配する女性の遺伝子に合わせてパターンを変える事で、いわゆる
コーディネイターの出生率低下現象を無視できる体質であるというのだ。
 子孫を残し難いという種としての致命的な欠点を無くしたシンは、長期的に見ればジェネシスより
危険で強力な戦略兵器となり得る。
 だから、ロゴスが倒れブルーコスモスが支柱を失っても、その女性エージェントは―連合軍兵士は
最低水準的に紳士であった為、女性の名前は一様に伏せていた―機会を待ち続けていた。そして、
ガルナハンで見事一太刀を浴びせたという訳である。結果として生殖能力は奪えなかったので、失敗だが。
 シンにとって問題なのは、この件に関し下手に反論できないという事である。連合軍兵士が外部
スピーカーに乗せて『金的のシン』と言い放ち、それをマイクで拾ったジェスが地球全土にライブ放送
してしまった以上、憶測を否定する為には大勢の場で釈明せねばならない。当然ながら、
深夜番組などで性生活について赤裸々に告白せねばならない。下手をするとそれまでの
誤解も全て引き継ぎ、『童貞』『金的』『異常性欲』の3点バーストとなって跳ね返ってくる。
 ロンド=ミナ=サハクは事態を面白がってフォローしてくれないし、部下のヒルダ達もオーブ戦に
参加させて貰えなかった腹いせか、コンタクトを取ってきたライターに好き勝手喋っており、誤解を
助長させている真っ最中である。唯一の味方と思われたアズラエルも、曖昧な口調で慰めてくれるが
行動は取らない。
 前提からして馬鹿げた話が、まことしやかに流れている事にシンは絶望しつつあった。

 事実無根だし、恐らく誰も信じていない。笑える話なので、皆が噂し合っているだけだ。
しかし笑えるというだけで真実にされてしまうのは、シンにとって冗談で済まない。
『つまり、生殖機能を強化したコーディネイターというのは、実現可能という事ですか?』
『そうですね、論理的には可能です。生物的に言えば、かのスーパーコーディネイター、キラ=ヤマト様を
超越する存在でしょう。種の保存という観点で見れば、明らかに此方の方が強力ですので』
 あてがわれたビジネスホテルの一室で、ベッドに転がったシンは虚ろな目をつけっぱなしにした
テレビに向けていた。
 戦う力を持たない弱い人間を守りたい。自分はそう言った。しかし今はどうだろう。お笑いという
兵器で追い詰められ、世界中から好奇の目を向けられる自分。しかも対抗手段は皆無。
 自分もまた、弱者なのだ。その事実が深く胸に刻み込まれた。
「誰か助けてくれ」
 哀れっぽい声は出なかった。半分かすれ掛かり、感情の抜け落ちた声が、半開きの唇から零れ落ちる。
 部屋のインターフォンが鳴った。虚ろな表情のまま、ベッド脇から受話器を取り上げる。
「はい、シン=アスカです」
『シン、話がある』
 ミナの声に、シンはのろのろと身体を起こした。パジャマ代わりに使っていたTシャツとジャージの
まま、部屋のドアを開ける。何時もの服に身を包んだ彼女に、軽く頭を下げた。
「災難であったな。調子はどうだ?」
「穴があったら、みんなを突き落としてやりたいですよ」
「何よりだ。では、これに着替えろ」
 昏い瞳を向けるシンの胸元に、黒いスーツと白いワイシャツ、それにダークレッドの
ネクタイが押し付けられた。
「何ですか? これ」
「連合軍の艦隊司令官に呼ばれた。お前を連れて、オーブの行政府まで来て欲しいそうだ」
「……はぁ」
「最低限の身だしなみは整えるべきだろう。着替え終えるまで、此処で待つ」
 鼻先で閉まったドアに、シンは小さく溜息をついた。

「ムウ=ラ=フラガは……お前がネオと呼ぶ男は、一命を取り留めたそうだな」
 黒いリムジンの中で窮屈なスーツに身をよじっていたシンは、その言葉に動きを止めた。
「当然ですよ。死んで楽にさせるなんて、冗談じゃない」
「後日、アークエンジェルの旧クルーと共に軍法会議に掛けられるそうだ。だが、極刑にはなるまい。
『特別な配慮』が下され、二度と軍務に就かないよう監視される運びとなっている」
 ミナの言葉に、シンは唇の片端を吊り上げて笑みを形作った。
「それはそうでしょ。世界を救った、英雄サマですからねぇ」
 フラガ達が極刑を免れる事に対する怒りは見えない。むしろ、事態を歓迎しているようだった。血の
色をした眼を細め、黒い情念を隠そうともせずに低く笑う。
 色々な事が起こった。ソガらオーブ軍の首脳部は連合軍の反乱に虚を突かれ、結局自爆する事無く
投降した。誰かが生贄となって、責任を背負わねばならなくなったからである。
 ムウ=ラ=フラガの駆るアカツキは、その身を犠牲にしてオーブ軍と戦い抜いた。
金色の特殊コートが全て剥がれ落ち、満身創痍となって尚、一発のミサイルもビームも
機銃弾も、市街地へ抜けさせる事は無かった。
 安全な場所で救出されたオーブ代表のカガリ=ユラ=アスハは、即刻連合軍に確保
され、明日プラントへ向け、ミハシラ軍はテロに関わっていない事、ザフト内部に不穏分子が潜入し、
ラクス=クラインに正しい情報が入っていない可能性が高い事を盛り込んだ演説を行わされる予定だ。
 実際、シンの関心事は最後の一点のみである。
「状況は良い方向に転がってますよ、司令官。アスハからクラインに本当の事を伝えれば、
誤解は解けます。クラインが誤解を改めさえすれば、当面のトラブルは解決する筈だ」
「フ、そういうものか?」
「連中は仲良しクラブですからね。外側からの話は聞きやしないですが、内側には理屈
抜きで甘いみたいです。……それにしても、連合軍が俺に何の用だろ?」
 首を捻るシンに、ミナはしばらく沈黙した後に口を開いた。
「実はな、シン。お前に伏せておいた事実がある」
「え?」
「お前を連れて来るよう要請したのは、確かに連合軍の艦隊司令だ。しかし……」
 車は大通りを抜けて、島の外縁を走る高速道路に入った。海岸の景色が、窓越しに
流れていく。
「当の艦隊司令に対しそう求めたのは、他ならぬカガリ=ユラ=アスハなのだ」
「……ッ!」
 その名前の効果は絶大だった。シンの眉がひそめられ、ミナから顔を背ける。口の中で、
紳士として好意的な評価を受けないだろう言葉を幾つか呟いて、窓の外を睨み付けた。
 陽光を浴びるオーブ行政府が、視界へと入ってきつつあった。

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