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SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第37話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:38:13

 シン=アスカは狂人である。故郷オーブでMS戦に巻き込まれ、全身があり得ない方向に捩れた父母の
遺骸と右腕のみ残した妹を認識した時に、彼の心は二度と癒えない傷を負ったのだ。
 彼は力を求めた。家族を奪った圧倒的な力を自らも手に入れる事で、これ以上の喪失を
回避できると考えたのだ。そして願いは叶い、彼は卓越した戦闘技術を身に着けた。
その力で彼は、恩人を殺した。互いに敵同士であり不可抗力だったが、後から事実を知ったシンには
何の慰めにもならなかった。彼は再び失った。
 その力を持ちながら、彼は守ると誓った少女を死なせた。奪ったのは、過失によって
自身の家族を殺した世界の英雄、生まれながらにして頂点に君臨する聖人だった。
彼は三度失った。失うごとに心は傷つき欠損し、引き換えに力を得ていった。
 デスティニープランという人類から争いを強制的に奪う計画を知った時、彼の心に光が差し込んだ。
闇雲に力を欲しても、招くのは更なる喪失のみ。戦闘技術のみに優れた自分は、合理的な
計画の下で動いてこそ価値を発揮すると、理解していたからだ。
 戦争を終わらせるというデスティニープラン。その一翼を担えるという淡い希望は、またしても
打ち砕かれた。自由と平和を語る歌姫と、その騎士達によって。友と死別し、彼はまたしても失った。
 シンは逃避し続けている。自分が無力で、何者を救う事も出来ないのではないかという恐怖から。
今やその逃避は欲望と融合し、生存本能を焼き切って比類無き力をもたらしつつある。
逃れ得ぬ恐怖と満たされ得ぬ欲望が、彼に弱者の命を救わせ続けているのだ。
 キラ=ヤマトやラクス=クラインとは根底から異なる、邪悪な狂人である。そしてその彼を未だ
人間という型に押し込めている最後の桎梏こそ、アスハ家に対する復讐心なのだ。

「午後から、アスハを交えた会議が行われる。その時まで、彼女はオーブの最高権力者だ」
「で、俺がアスハに会うのはその前なんですよね?」
 UVカットのガラスによって薄暗い車内で、シンは鼻を鳴らした。
「解りましたよ。あいつを良い気分にさせておけって事でしょ」
「どうするかは自身の心に従って良い。どの道、お前の主人はお前のみなのだ」
 リムジンが行政府の前に停まり、運転手がドアを開けた。守衛の所へと歩いていく。
「ハ、俺がアイツに期待してるのはたったひとつで……あれ?」
 シンの視線が車外に流れた。完全武装の歩兵に対し食い下がる少女を見つけたからだ。
かつての同僚と同じ赤い髪をツインテールにしたその後姿に、シンは見覚えがあった。

「ちょっと失礼します。直ぐに戻りますから」
 ミナに言って、シンは車のドアを開けた。ほぼ真上から差し込む陽光に顔を顰める。
「こんなの無茶苦茶です! カガリさんに取り次いで下さい!」
「アスハ代表は会談の準備でお忙しく、また代表ご自身もお会いにならないと……」
「こんな所で何やってんだ? メイリン」
 スーツ姿のシンに声をかけられ、メイリン=ホークは振り向いた。相手が何者か認識すると、眦を
吊り上げて歩み寄ってきた。
「シン! 貴方なんかが……」
「な、なんだよ!?」
 問答無用で振り抜かれた平手を避けたシンが当惑して叫ぶ。兵士が集まってきた。
「貴方なんかが居たから、アスランさんが!」
「アスラン?……死んだのか?」
 苛立ちに任せてIジャスティスを放置した事を思い出し、シンの喉が鳴った。
「死んで無いわよ!」
「じゃ、手足が無くなったり、目や耳が駄目になったり……」
「そんな訳無いじゃない! ふざけてるの!?」
 2度目の否定に、シンはあからさまに安堵の吐息をついた。メイリンの顔が紅潮する。
「何だ……おどかすなよ。じゃあ良いじゃないか」
「死んだ方がマシよ!! オーブの軍籍を剥奪されて資産も押さえられて、病院の治療費も払えなくて!
その上、一週間後にはオーブの市民IDも失効するの! みんな貴方のせいよ!」
「なんで? 実際にやったのはアスハだろうし、アスランの失敗っていったら、俺みたいな
ちっぽけな海賊に1回負けたくらいだ。それくらいで全部台無しにはならないだろ」
 カガリ=ユラ=アスハは自身の権力を最大限駆使して、アスランに地位と富を与えた。そうまでして
尽くした彼に自分の存在を蔑ろにされ、ラクスの意思を優先してオーブ軍の一部を勝手に使われたのだ。
 無償の愛はそのまま憎しみに変わった。猛る雌獅子は弱った雄の喉笛に牙を突き立て、
爪を掛けて押し倒し、力任せに咬み裂いたのである。
「貴方が……貴方がアスランさんに討たれれば、今まで通り上手くいったのに……ッ!」
 メイリンの言葉に、シンはスーツの乱れを直して溜息をついた。盲目の愛は美しいが、
とばっちりを受ける側からしてみればたまった物ではない。
 衛兵も間に入って助けてくれれば良いのに、行政府の敷地外なのを良い事に傍観を決め込んでいる。
「わかったよメイリン。余裕があったら、俺の方から言ってみる」

「何を、誰に言うのよ! ……何が出来るの、海賊の癖に!!」
「アスハに、今の事を言うんだよ。今日はアスハ本人に呼ばれたんだ」
「え……?」
 国営バスを乗り継いで行政府前まで来て、無下に追い返された自分。リムジンで乗りつけ、スーツ姿で
招き入れられようとしているシン。2年前は想像すら出来なかった状況にメイリンは愕然とし、車へと
戻るシンを追い掛ける気力も失せてしまった。膝を突いて、きつく下唇を噛んで見送る。
「もう少し程度の高いというか……最低でも邪魔をしない友人を持ってはどうだ、シン」
 車内に戻ったシンにミナが言い放った。新品の靴に付いた泥を見るような目をメイリン
へと向ける。事の正誤はともかく、公衆の面前で取り乱す女性には嫌悪感のみを抱くようだった。
「まあ、仕方無いんじゃないですか? 非合法武装組織の下っ端より、栄光あるオーブ軍の
一佐の方が大事ってのは当たり前だし、メイリンはアスランの事、本気で好きみたいだし」
「予には理解できぬ。あの醜態は、愛する男をも貶めているでは無いか」
 男女関係に関し、ミナは古風な女性だった。再び動き出した車の中でかぶりを振る。
黒髪が流れ、微かに薫った。
「いや、大切な子を助けたいって思った時は、俺も必死でしたよ……無様に失敗したけど」
 シンの言葉に、ミナはそれ以上言い返さなかった。緩く腕を組み、目を閉じた。

「じゃあ、アスハ政権は今日限りって事だな」
「そりゃそうだ。下級氏族達の話、聞いたろ? あいつらあれでも、2日前まではアスハ家万歳、カガリ様
万歳だったんだぜ? 中立国の政治屋なんてあんなもんだよ」
「軍に脅されて、仕方なく従っていた。我々は無理矢理協力させられていたってアレか」
 連合軍の歩兵部隊に占拠されたオーブ行政府の中で、兵士2人が言葉を交わす。
「けど、アスハはまだ最高権力者なんだよな。ったく、王政国家ってやつは……」
「そう。全部アスハのご機嫌次第。でもって、そいつは海賊組織の下っ端にかかってる」
「来たぞ」
 正面扉が開き、ミナと共にシンが姿を現した瞬間、2人の兵士は踵を合わせて敬礼した。
「頼むぜ、海賊……」

 兵卒はおろか、通り掛かる将校にまで敬礼され、シンは途方に暮れていた。
「俺、何かしたかな?」
「当然だろう。オーブにおける連合軍の戦略が、お前の行動に左右されるのだからな」
 ミナの言葉に、シンは勢い良く振り返った。

「そうなんですか!? ……っと」
 行政府の長い廊下に反響した自分の声に首を竦めるシンに、ミナは苦い笑みで応える。
「君主制の弊害というものでな。手続きがあるまでは、オーブの全てはアスハが決める」
「じゃあ万一、アスハがオーブ軍に徹底抗戦を呼びかけたら……」
「ああ。未だ軍の下部との交渉は進んでおらんと聞く。……血が流れるやも知れん」
 シンは歯を食い縛った。流される血が、兵士の物だけとは限らない。何としてでもカガリの機嫌を取り、
戦闘を抑制せねば己を支配する欲望に反する。しかし、復讐心は未だ消えていないのだ。
 見えざる手が胃袋を握り締め、シンは吐き気を堪える。しかし足を止めるわけにも行かず、ついに
カガリの執務室の前へとやってきた。
「アスハはお前との会談のみを希望している。予は、これより奥には入らぬ」
「……行ってきます」
 食い縛った歯の間から言葉を搾り出して、シンは両開きの扉を開いた。

 入ってきたシンに侍女のマーナが振り返り、不安げにカガリを見つめた。オーブ軍の将官用制服を着た
カガリが首を振ると、彼女は直ぐ脇のドアから出て行く。2つのドアが殆ど同時に閉まり、
室内には2人だけが残された。
 この女だ。シンの歪められた心の片隅が彼の声で叫んだ。この女が命令を下した戦闘で、
お前の家族は死んだんだ。お前の家族はアスハに殺されたんだ。心が、叫び続ける。
 グロテスクに変異した心の中で唯一、純粋さを保ったままの部分が、カガリに対する憎悪を生み出す。
炎と瓦礫の中に転がる、父と母だった物体。血まみれの右腕。それらを幻視させた。
「大丈夫か? シン」
 名前を呼ばれ、シンは顔を上げる。潜水していたかの如く大きく息を吸い込んだ。
「大丈夫です……アスハ代表」
「そうか。座れ」
 いつもの彼女らしからぬ素っ気無さが、シンの精神を落ち着けさせる。言われるまま、
上質なソファに腰掛けた。ガラスプレートのテーブルを挟んで、カガリが座る。
「既に知っているかもしれないが、私は終わりだ」
 表情を変えないカガリの言葉に、シンは頷いた。壁時計の秒針が時を刻む音が響く。
「今日の会議でアスハの王政は解体され、オーブ政府は下級氏族達による議会制に変わる。
施行は2週間後、以後私は国家の飾り物となり、あらゆる権力を失う。国家元首としての
私の最後の仕事は、明日のスピーチでプラントにいるラクス達に真実を伝える事だ」
 開け放たれた窓から、波の音がかすかに聞こえてきた。風に乗ったのだろう。

「しかし、恐らくお前の思い通りにはならない」
 シンの片眉が跳ねる。きつく指を組んだ。
「ラクスには話が通じない。彼女は自分の考えている事以外、全く受け入れない。この
私がそうだったように」
 大きく深呼吸して、シンはカガリの目を見た。彼女に表情は無い。
「それでも、何もしないよりはマシな筈です。代表には、スピーチをお願いしたい」
「勿論そうする。ただ、お前はいずれラクスやキラと戦わなければならないだろう」
「……ならせめて、キラ=ヤマトだけでも心変わりさせられませんか?」
 シンの言葉に一瞬迷ったカガリだったが、やはり首を横に振った。
「無理だ。キラはラクスを信じ切っている。善意以外で、ラクスが動く事は無いからだ」
「善意を持った、とっても強い正義の味方ってわけですか」
「そうだ。正しい心に従う自分達が考えを改める必要は無い。むしろ決心を変えない事が、
この世界にとって有益だと確信している」
 ラクス達に対し、カガリは肯定も否定もしなかった。しかし相対するシンは、彼女の心の奥底に
押し込められた何かを感じ取っていた。尤も、それは自分も同様だ。今すぐ席を蹴って、
この落ちぶれた支配者を扱き下ろしてやりたい。悪し様に罵ってやりたい。しかしそうは
しなかった。彼の中で巨獣へと変貌した『欲望』が、純粋なる復讐心を抑えているのだ。
「……ところで、王政解体にあたりサハク家への手土産を用意しておいた。受け取れ」
 カガリは胸元のポケットから黒いメモリスティックを取り出す。伸ばされたシンの左手を取ると、
掌中に握り込ませる。シンがそれを確認しようとすると、そっと彼の手を包み込んだ。
「少なくともこの行政府内では誰にも見せるな。建物を出たら、直ぐサハクに手渡せ」
「何なんです……」
「いずれわかる。今お前が知る必要は無い」
 金と紅の双眸が絡み合う。眉間に皺を寄せるシンだったが、ゆっくりと頷いた。
「私からの用事は以上だ。お前からは、何かあるか?」
「ああ、メイリンが門前で頑張ってましたよ。アスランの治療費くらい、出してやったら?」
「考えておく。それだけか?」
 一言で切って捨てられ、シンは頷いた。元よりアスランと彼を愛する女性の為に、それほど食い下がる
気は無い。シンにとって、生きてさえいれば問題は無いのだ。アスランの場合は、特に。
「じゃ、失礼します」
「シン」
 席を立ちかけたシンに、用は終えたと言った筈のカガリが声を掛ける。
「今でも、私を許せないか?」

 一瞬の激情がシンの心で荒れ狂う。真紅の瞳が震えて、開きかけた唇から息が漏れる。
「俺の家族が死んだのは……事故です。あれは誰にも責任が無いと思います」
 しかしそれでも、シンは嘘をつき終えた。唯一残されていた心の純粋さが穢されて、
彼の魂は赤黒く染まる。怒りと憎しみが欲望に敗れ去って、シン=アスカは『完成』した。
「そうか、では」
 最後まで無表情のまま、煮え滾る何かを胸に秘めて、雌獅子と狂獣は別れた。

 オーブが連合の手に落ちたという報告を『御手』から受け取ったラクスは、深く嘆息して議長室の
椅子に身を沈めた。このような事はあってはならなかった筈だ。戦争の根絶、自由で平和な未来を
願う自分達は正しい筈であり、正しい者は決して敗れてはならない。だからラクスは何時でも、揺ぎ無い
勝利を手にしてきた。全ては人類の未来の為、夢の為、世界の為に。
「シン=アスカさん、サハク代表……ミハシラ軍」
 自分達に異を唱える者は、悉く信用できない。パトリック=ザラはジェネシスによって
地球を死の世界に変えようとし、ギルバート=デュランダルはデスティニープランなる
人類の未来を殺す絶対的な管理社会の構築を目論み、その過程でネオジェネシスとレクイエムという
2つの戦略兵器で人々を脅かした。
 確かに今回は事情が異なる。ミハシラ軍はまだ、人類に災いを為すような行為に手を染めていない。
連合軍も同様だ。しかし前の2回と同様、惨事が起こるまで行動を控える事が、果たして
正しいのか? プラント最高議長として、それでは余りに無責任では無いのか?
「失礼致します、『Δフリーダム』4機が調整完了となりました、ラクス様」
 ドアを開けて入ってきた『D』の報告に、ラクスは頷く。量産型フリーダムの部隊は、
平和の維持において必ず有効な戦力となる。しかし、それだけではやはり不十分だ。
「編成は御手の方々にお任せします。『エミュレイター』はどうなりましたか?」
「問題はありません。約24標準時間後、あのモビルアーマーに搭載できます」
 その言葉に微笑を浮かべ、再び頷くラクス。喩え自分やキラが斃れようとも、これで
万一の保険は出来た。自分の信念と、キラの能力を併せ持った存在。希望を、繋ぐ者が。
「助かります。わたくし達には、人類を導く為の力が必要なのです」
 唯一自分に対し諫言を惜しまなかった補佐官をその手で排除し、周囲を追従者のみで
固めてしまったラクス=クラインに『D』は恭しく頭を垂れ、唇の端を吊り上げた。

 穢れなき天の女神。その御手は静穏を指し示し、抱擁は光輝を湛える。

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