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SCA-Seed_682氏_短編01

Last-modified: 2007-11-30 (金) 18:46:23

 この国の空気は、故郷と似ていた。高温多湿の熱帯気候。温度は32度と少しばかり高く、湿度は重く肩にのしかかった。
 衣服がねっとりと肌に吸い付くのを感じながら、彼はゆっくりと歩いた。生き延びる為には、注意深く、確実に動く事が大切だった。
 眼前に小銃を手にした男の後姿が有る。こちらには、気付いていない。鬱蒼とした茂みを掻き分け、静かに距離を詰める。
 右手に、白刃が煌めいた。

 残敵が無い事を、慎重の上に慎重を重ねて確認。道路に出た。鬱蒼とした密林を貫く未舗装の国道では、むっとする様な土と草の香りに、血と硝煙、ガソリンの臭いが入り交じっていた。
 二台の車。孔だらけの一台、その中を覗き込む。運転手の頭は半分無かった。後部座席には、血塗れの女性。彼女が覆い被さる様にして守った少年の目は、どこも見ていない。
 もう一台。彼は口元を綻ばせた。生き残りが居た。一人の少女が、母親と思しき女性に取りすがり、肩を震わせていた。
「大丈夫か?怪我は無いか?」
 少女は無言で振り向いた。年の頃は10歳前後。恐怖に強張っていた顔が、嗚咽に歪んだ。
「……どうして!……もっと早く!……」
 それきりだった。少女は母親に縋って泣いた。相手はどんな反応も見せなかった。
 彼は車を出た。マングローブの隙間から、太陽が殺意にぎらつく目で睨んでいた。世界は自由だ。銃の数が揃えば、奪うも姦すも思いのままだ。
 彼はそっと車を離れた。密林に潜む気配。残敵が居た。こちらの数が把握出来ず、どう動くか決めかねていたのだろう。
 照星越しに、車を睨むゲリラの後姿を見つけるまで、数分。迷わず、スパイクバヨネットの一突きを入れる。
「止せよ――――あの娘は今、泣いているんだ」

 傾いだ日が、深緑の森を焼き始めた時、少女は後部座席から顔を出した。
 泣き腫らした目で辺りを見回す。孔の穿たれた車体に、青年が凭れている。
 少女は驚死した。ゲリラの横行する危険地帯に止まり続ける考えは、全く理解出来なかった。何より、その顔だ。
「お前、な――――」
「私、貴方を知っているわ」
 名前を聞こうとする青年に先んじて、少女は言った。古びた小銃に泥まみれのポンチョ。埃と煤とで薄汚れた顔――――写真とは懸け離れた姿だが、それでも一目でそれと知れた。
「貴方、戦犯のシン=アスカでしょう」
「……――――」
「デュランダルの特務兵」
「ベルリン虐殺は貴方を英雄に祭り上げる為の陰謀だった」
「貴方は作戦段階から関与していた」
「オーブでは首都に奇襲をかけて、10万人を虐殺した」
「中東ではテロリストと手を組んで、連合軍捕虜を虐殺した」
「戦中、50人以上の現地女性を強姦した」
「……――――」
「何か言う事は無いの?」
「お前、行く所は有るのか?」
 青年は何も答えずに、ただ、それだけ言った。少女は目を落とした。家族も親類も、一人も残っていなかった。
 と、小さな手に、スコップがねじ込まれた。
「家族なんだろう。せめて埋めてやろう」
 青年は森の中、適当な場所を選んで地面を堀り始めた。少女は慌てて従った。
「勘違いしてるみたいだけど、家族じゃないわ」
 一緒に土を掘りながら、言った。
「遠い親戚なの。家族は大分前に殺された。人々の自由を抑圧し、平等を脅かす資本家だって」
「親父さん、何やってた人なんだ?」
「雑貨屋」
「雑貨屋の親父が何を持っていたんだ?」
「中古のトラックを持っていたわ」

 家族は暴民に殺された。少女は母親の手で逃がされた。隣村に親類が居た。事情を聞いた彼らは、血相を変えた。革命の熱狂が、この村に飛び火するのも時間の問題。慌てて逃走を図り――――それは遅きに失した。
 簡単な墓を作り、簡単なお祈りを済ませた頃、辺りは薄暗くなっていた。
「貴方、家族は?」
「死んだ」
「どうして?」
「戦争に巻き込まれた」
「……哀しい事、思い出させちゃった?」
「別に」
 シンは踵を返す。
「思い出す、てのは忘れてるからだろ。俺は忘れた事なんか無い。思い出す事も無い」
 車の側に、背嚢が用意されていた。残照を頼りに、最初の目的地――――国境に程近い、近場の村までのルートを説明すると、シンは背嚢を投げてよこした。
「何?」
「お前の荷物だ」
「レディに荷物を持たせる気?」
 冷たいのね!――――少女は唇を尖らせた。
「さっきもそう!女の子が泣いていたのよ!抱き寄せて、背中を叩くくらい、してくれて良いんじゃなくて?」
「俺の手は血で汚れてる」
「洗えば落ちるわ」
「簡単に言う奴だな」
「簡単な事だもの」
「とにかく。近くの村までは連れて行ってやる。行きたい所が有るなら、付き合ってもいい。けど、そん時まで、俺が生きてるとも、荷物が無事とも限らないだろ」
「水とか、食べ物とか、最低限、必要な物は自分で持て、て事?」
 肯定した途端、少女は荷物を放り捨てた。
「あ、お前!」
「これで、貴方が死んだら、私も死ぬわ」
 少女は初めて、笑顔を見せた。
「正気の沙汰じゃない……っ」
「だって、危なかしいんだもの、貴方」
「……お前、幾つだよ?」
「ま!なんて、失礼!」

 あんな政府は5年と保たない――――
 ラクス=クライン政権が誕生した時の、正直な感想だった。彼らはよく言っても、「評論家」。はっきりと言えば「クレーマー」だ。政治能力など有る訳が無い。
 事実、その通りだった。ラクスの統治は完全に失敗した。世界的な大恐慌、頻発するテロと紛争。ついには、フリーダム・プランなる、デスティニー・プランの焼き直しまで実行するが、思いつき同然の政策が効果を上げる由も無い。
 次に始めたのが、過去、現在を問わぬ政敵への攻撃だ。デュランタル前議長や、大西洋連邦の邪悪を糾弾する事で、政権の正当化を図る。勿論、その行為が経済的、社会的混乱の収拾に繋がる事は無かった。
 それでも、シンの予想は外れた。彼女らには、政治能力の代わりに、別の能力が有った。情報統制能力は効率的で、軍事力は無敵だった。経済が破綻しても、MS一機の運用能力まで失う可能性は無く、そして彼らには、一機有れば十分だった。
 CE80年。ラクス=クライン政権に崩壊の兆しは無い。
 秩序と自由、組織と個人を対立する概念と捉える異常思想。ラクス主義に染まった社会の行く末は、凄惨の一語に尽きる。
 例えば、お隣の国だ。
 自由!自由!自由!
 熱狂に囚われた国民達は、自身の町から、村から、公務員を消し去った。続いて、寺院を破壊し、僧侶を叩き出し、資産家や学者を処刑した。
 そして、国が、社会が無くなった。
 彼らはあらゆるルールから自由となった。やって来たのは、飢餓と紛争だ。一つの村の住民が餓え、殺し合い、屍肉を食い合い、全滅した時、開け方も解らない港の倉庫では、輸送を待っていた大量の食料が腐敗していた。
 世界は自由だ。
 だが、何の為に?

「ねえ、シン」
「呼び捨てか?」
「じゃ、おにいちゃん」
「……シンでいい」
「あら、そう。シンは、もうZAFTの兵士じゃないのよね?」
「戦犯だからな」
「じゃあ、どこの兵士?」
「俺を使う軍隊なんて有る訳が無い」
「今はどうしてるの?」
「傭兵だ。公的には存在しない。階級も無い」
「儲かるの?」
「装備は中古で買った。予算はたまにアルバイトをして稼いでる」
「赤字じゃない……」
 少女は呆れた様に言った。
 傭兵を雇うのは、自前で十分に兵士を訓練出来ない貧乏国だ。当然、薄給。一年戦った所で、小銃一丁の予算も賄えない。
「収入も無いのに戦うの?」
「ああ」
「貴方MSパイロットだったんでしょ?」
「ああ」
「なのに、MSも無く?」
「ああ」
「それで、ラクス=クラインを倒せるの?」
「無理言うな」
「それでも戦うの?」
 何の為に?――――その問いにシンが答える事は無かった。
 シンは足を止めた。森林の隙間から、赤々とした光が漏れて来た。細く、遠い炸裂音。その光景に、少女は小さく身を震わせた。
 目的地。秩序を保っていた、数少ない村だ。そこにも、桃色テロの手が及んだか。
「様子を見て来る」
 隠れていろ――――場所を指示し、簡単にカモフラージュを施すと、シンは村へ向けて慎重に足を進めた。

 危惧した通りの事態だった。東アから大量流出した、粗悪な自動小銃の発砲音が、密林に木霊した。桃、赤、青、白――――思想の別はともあれ、村がゲリラの襲撃を受けているのは、間違いない。
 小銃を手に、じりじりと進む。
 この村を拠点に行動するつもりだったのは確かだ。ここを無視して進める程、水と食料が無いのも確かだ。
 だが、森林から必要な物を調達する方法は幾らでも有る。ゲリラの攻撃を受けたこの村が、その機能を保つ保証は無い。元より守れるとも限らない。
 それでも、シンは一人、進んだ。ゲリラに制圧される悲惨さは知っている。イデオロギーは間に合わせの看板同然、その目的は掠奪それ自体。男は殺され、女は姦され、子供はゲリラに仕立て上げられる。
 この国には自由が有る。義勇軍に強募されてゲリラと戦うか。ゲリラに誘拐されて義勇軍と戦うか。それだけを選ぶ自由が有る。そして、義勇軍とゲリラの判別は不可能だ。
 敵は何人居る?どれが敵だ?最悪――――何人守れる?

 戦場で、狙い澄ました一撃に倒れる者は少ない。死ぬのは、たまたま弾道に居た、運の無い者だ。野戦で小銃弾が命中する確率は2%以下。敵にも味方にも、滅多に当たらない。
 大切なのは、注意深く、辛抱強い事だ。シンは一人、一人、丁寧に片付けて行く。ゲリラはこちらの数に気付いていない。村は支援者の存在に気付いていない。
 少しずつ戦況が読めて来る。どうにも分が悪い。思いの外、ゲリラの戦力が整っている。
 シンが最悪の事態を覚悟した時だ。
《これ以上の戦闘を中止するんだ!》
 頭上からの声。シンは血相を変えた。上空にMS。
 シンは慌てて道を引き返した。少女の元へ急いだ。天の一声で、一時、銃撃音は止んだ。後の展開は、容易に想像が付いた。
 誰もが様子を窺う。だからと言って、武器を捨てる奴は居ない。姿を現す奴は居ない。
《まだ戦うというのなら、僕は!…》
 まずい、まずい、まずい!脳でアラートが鳴る。シンは必死で駆ける。
 刹那、世界が虹色に染まった。

 もし、戦争と対になる概念が平和であるのなら。もし、戦争が無い状態を平和と言うのなら。
 森は確かに平和だった。戦う者は誰も居なかった。戦わない者も居なかった。村は?――――そんな物はどこにも無かった。
 全身に言い知れぬ激痛が走った。意識を取り戻した時、シンは一際太い、巨木の下に倒れていた。
 息をする度に、胸が割れそうになった。肋骨が何本かイッている。それでも、寝ている訳には行かなかった。周囲を炎が覆っていた。粒子ビームの熱量が泥土を融解させ、衝撃で飛び散った熱塊が森を火の海に変える。
 シンは走った。背中はいやに軽かった。背嚢はベルトを残して、綺麗に無くなっていた。
 シンは急ぐ。少女の元に急ぐ。炎が広がる。黒煙が立ち上る。方向がまるで判らない。自分がどこに居るのか掴めない。
 シンは大声で呼びかけた。そう言えば、名前を聞いていない。ひたすらに声を上げる。
 炎の向こうに、小さな手を見つけたのは、一つの奇跡だった。迷わず腕を突っ込み、引き摺り出す。
 炎と炭化した茂みの中から、腕が抜けた。腕だけが抜けた。

 森の半ばが無くなり、炎が収まるまで、三日かかった。
 シンは火傷を負った体を引き摺り、現場に戻った。焼け焦げた車が目印になってくれないかと、期待もしたが、辺りには木炭くらいしか見当たらなかった。虹色の光に抉られたクレーターが、嘗て村だった場所を教えてくれた。
 焼け残った樹で、村の中心に簡単な墓を作ると、車を探した。四日かかった。二人で作った墓はどこにも見当たらなかった。
 もう一度、墓を作った。
 “また”だ。また、誰も守れなかった。一人として助けられなかった。
「それでも戦うの?」
 何の為に?――――少女の声が、脳裏を過ぎった。
 手に小銃は無かった。あの時、無くした。拳銃とナイフが、辛うじて残った。
「それでも、俺は戦うのを止めない」
 遠くに銃声が聞こえた。
 もし、自由が秩序の対義語であるなら。
 世界は今日も自由だ。

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