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SCA-Seed_682氏_短編03

Last-modified: 2007-11-30 (金) 18:47:30

 28度の風が嘘寒く感じられたのは、決して、長い熱帯での生活が原因では無いだろう。
 正午の首都中央。瑞々しい緑と、鮮やかな花々で彩られたウズミ=ナラ=アスハ記念公園に、熱狂が渦を巻いていた。獣の様相で泡を吐き散らし、興奮の叫びを上げる群衆を前にして、趣味の悪い見せ物が絶え間もなく続く。
 広い国道の間際で、怒号と発砲音が交錯した。それでも尚、殆どの人間が動かない。衝突と争乱に巻き込まれた連中は、寧ろ自ら飛び込んで行く。
 シンは一人、公園を離れた。オーブでは戦犯として手配される青年を、誰一人として見咎める事は無かった。
 街は騒がしかった。隣り合うビルの窓越しに、甲高い声を交わし合う中年女性。オープンカフェでは、昼間から酒を交えて、乱痴気騒ぎが続いている。
 一方、道路の至る所で舗装は破れ、破壊された家屋には不気味な沈黙が降りている。
 シンは郊外へと歩いた。あちこちの道路が、バリケードで封鎖されていた。同じ場所をグルグルと回り、結局、中央公園に辿り着いてしまい、溜息をつく。
 もう一度、脳裏でルートを描き直す。どうやら、都心を大きく迂回する羽目になりそうだった。

 郊外に差し掛かった時、陽は暮れかけていた。最後の最後で、またバリケードに突き当たった。
 シンはうんざりした。歩哨に当たる私服の男には、見覚えが有った。
「よう、あんたか」
 馴れ馴れしく、呼び掛ける。
「どうだい、ありゃ。傑作だったろう?」
「人の名前で勝手な真似をしてくれる」
「別に名前を使っちゃいないさ」
 男は笑った。二週間前だ。オーブ軍の一佐――――将官の位がアスハ家に独占される同軍では、事実上の最高階級――――が暗殺された。壁に残された血文字。“帰り来る”。
「連中の狼狽ぶりったら、無かったぜ。誰もが、あんたの仕業と疑わなかった」
「自覚が無いんだ。自分達が恨まれる筋が、他に無い、て決めつけてる」
「アスハ嫌いは相変わらずなんだな」
「ああ」
「じゃあ、何故、俺達の邪魔をした?」
 男の声音が変わった。
「殺しが嫌いなんだ。だから、それをやる奴には我慢ならない」
「ふざけっ……!」
 銃声が、男の声を断ち切った。小銃を構えた男が、バリケードから転がり落ちた。
「これ以上、あんたらに関わる気は無い。だが、降り掛かる火の粉は払わなくちゃならない」
「わ、判ったっ。判ったよっ。通んな。おい!」
 男の呼び掛けに、バリゲートの一部が開いた。シンは銃を手にしたまま、通り抜ける。
「その鞄、中はなんだい?」
「別に。大した物じゃない」

 翌朝、シンは小さな港に向かった。幸い、定期船は未だ動いていた。オロファト島から数百キロ離れた離島を目指す。船を乗り継ぎ、途中までは行ける。後は、漁民でも雇うしか手が無い。
「ヘイ、ミスター」
 誰か、船を出してくれないか。探していると、一人の男が声をかけて来た。陽気な表情は、次の瞬間、凍り付いた。
 シンは銃を抜いていた。
「街じゃ、市民、て呼び合うのが流行りでね。ミスターとかマダムは死語なんだ」
 銃を仕舞いながら、にこりともせず言った。
「な、なんのつもりだ、いきなり……!」
「時代遅れの脳天をすっ飛ばすのも流行りなんだ。気を付けた方がいい。次に来る奴は本当に撃つかも知れない」
「……本土じゃ、何が起きてるんだ?」
「本土には近寄るな。俺に言えるのは、それだけだ」
 その男を雇って、目的の島に向かう。小さな船は、小さな波にも、酷く揺れた。
「あんた、カガリ=ユラ=アスハをどう思う?」
「カガリ? 誰だね、そいつは?」
「この国の、統治者だった」
「こんな田舎じゃ、国も何も無いが……」
 船を操作しながら、男は背後を振り向いた。
「俺達は決して豊かじゃないけど、故郷の島は世界で一番だと思ってるし、幸せに暮らしている。それを守ってくれてるなら、俺はそのカガリとやらが好きだね」
 目的地には二時間で着いた。
「ハウメアの神殿はどこかな?」
 謝礼を支払いながら、シンは聞いた。島の中央に有る、小さな山の中腹と言う事だった。

 人口二桁の島で、目的の人物を見つけるのは容易かった。ハウメア神殿の神官は、極有り触れた服装をした、初老の男だった。
「こちらが本殿だそうですね」
 シンは言った。ハウメア神殿と言うからには、ハウメア火山に有る物と思いこんでいた。
「朝に来て頂ければ、理由が判りますよ」
「儀式をお願いしたいんです」
「観光客は随分久しぶりだ。コースは……」
「観光では無いんです」
 料金を説明する神官を、シンは遮った。
「と、言いますと?」
「葬送の儀をお願いしたいんです」
 シンは鞄を足下におくと、小さな箱を取り出した。
「ある女性から預かりました」
 神官は箱を開ける。中にはネックレス。その宝石には見覚えが有った。
「ほう、ハウメア石……」
 手に取り、細部を観察する。と、その手が止まった。
「……まさか、これの持ち主は……?」
「ええ」
「……愚かな。なんと愚かな……」
 神官は声を震わせた。

 翌朝――――
 祭祀用の僧服に着替えると、男の印象は一変した。どこにでも居る、痩せ細った親爺は、五分で島民の尊敬を集める神官様に化け果せた。
「貴方に、この品を預けられた御婦人は、どうされました?」
 シンは答えなかった。彼女は八階の窓から飛んで行った。
「……そうですか」
 何かを察して、神官は言った。
「裁判の翌日です」
 裁判と言っても、正式の物では無い。人民の人民による人民の為の裁判。こう言えば、少しは聞こえが良いのだろうか。
「殉死ですか?」
「また、ですよ」
「そんなに何人も?」
「あ、いえ……そうじゃないんです」
 儀式が始まる。神官と数人の巫女と。祝詞が朗々と上がる。拝殿の扉が開く。
 一瞬、目が眩んだ。朝陽を浴びて、ハウメアの山肌が金剛石の輝きを弾く。拝殿に光が溢れた。

 オーブの政治は、プラントに乗っ取られていた。経済が乗っ取られるまで、さして時間は掛からなかった。ついには軍部まで、コーディネーターの手に落ちた。
 ラクス主義者達はオーブを名目的にも、我が物にしようとした。代表首長に退位を迫り、共和制の樹立を図る。
 アスハは強硬に拒否した。
 コーディネーター達は政財界、官僚、高級軍人の8割を握っている。焦らずに圧力をかけ続ければ、目的を達するのは容易かっただろう。
 だが、彼らはここで、大きな間違いを犯した。プラントの自由主義者達は、民衆を煽動して首長制を倒そうとした。独裁者を倒せ! 抑圧的な体制を破壊しろ! 自由を掴み取れ!
 自由を愛するプラント人は、自分達が体制側と見なされている事に気付いていなかった。軍部は掌握していたが、兵隊はオーブ人だと言う事を忘れていた。
 彼らは、自ら煽り立てた狂気に飲まれた。
 革命の熱狂がオーブを覆った。氏族、コーディネーターは、老若男女の区別無く、絞首台の露と消えた。

 一月の航海を終えて、港に降り立つと、シンは新聞を買い求めた。革命政府がなんとか争乱を治めていないか――――淡い期待は案の定、裏切られた。軍閥が各地で割拠。それぞれで好き勝手な国名を名乗り、内紛に明け暮れていた。
 新聞を棄てて、街へと向かった。
「ねぇ……」
 不意に声をかけられた。商売女だ。シンは無言で通り抜ける。
「貴方、空でも飛んで来たの?」
「何を言ってるんだ?」
 思わず、足が止まった。
「じゃ、なんでここに来たの?」
「船だよ。決まってる」
「今日は未だ、一隻だけよ。オーブから来た船だけ」
「だから、その船で来た」
「嘘でしょう?」
「何故、そう思う?」
「あの船で来た人達は、皆、疲れた顔をしてる。なのに、貴方は一人で哀しい瞳をしてるんだわ」
 どうして?――――女は赤い瞳を覗き込んだ。
「故郷が無くなった。なのに、哀しくない」
「そう――――」
 その答えに、女は婉然と睫を伏せた。
「哀しいわね」

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