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SCA-Seed_MOR◆wN/D/TuNEY 氏_第24話後編

Last-modified: 2010-05-08 (土) 23:58:34
 

「何であんたがここにいるんだ! カナード・パルス!」
「とりあえず黙れ。 仕事だ。 それ以外にあると思うか?
 ……俺には寧ろ、貴様らがここにいる方が信じられん。
 大西洋連邦からの脱走兵が二人に、元ザフト赤服の暗殺された筈の男が一人」
シンの叫びに顔を顰めつつ、カナードは視線をエドとジェーンへと向けた。
「生存してるのがバレたから良いんだよ」
不機嫌そうに顔を歪ませ、シンが呟く。
「フン、大方勢いで自白したんだろうが」
(大体あってる……)
小馬鹿にしたように鼻を鳴らすカナードにルナマリアは驚き混じりの苦笑を浮かべた。

 

「そんな事言うがな、カナード。 お前さんだって脱走兵じゃないか」
シンとカナードの言い合いを諌めるようにエドは口を挟む。
「っ! 俺達の事は表向きは無かった事になっている。
 ……と言うよりこの仕事がユーラシア絡みでな。ただ働きも良い所だ」
正論で指摘され、多少言葉少なくなりながら口篭る。
「なるほど、大体分かった。 脱走した事には目を瞑るから無料働きしろ。 ってことね」
「なんだ、俺達と立場は大して変わらないじゃないか」
カナードの状況に納得したのか、ジェーンは大きく頷き、賛同するように冗談めかして肩を竦めるエド。
「もっと酷いかもしれん。 プラント、ザフトからも金が出ないんだ。ドレッドノートを返す代わりにな」
大きな溜息をつくとカナードは肩を落とす。
その後姿は中小零細企業の社長のようで何処か哀愁を感じさせた。

 

「……ねぇ、シン」
それまで黙っていたルナマリアがシンの袖を引っ張り耳打ちする。
「なんだ?」
「あの人、結局誰なの?」
ルナマリアは振り向いたシンにだけ見えるようにカナードを指差す。
「傭兵部隊Xのカナード・パルスって言えば分かるか?」
「噂だけは聞いた事があるわ……それにしてもキラさんに似てるね」
周りに聞えないよう小さい声で答えたシンにルナマリアはカナードの顔を横目で見ながら呟く。
「そうか? 目つきも性格も悪いし、髪色も違う。 あんまり似てないと思うけどな」
「顔つきとか声とかそっくりじゃない?」
目を細め記憶にあるキラの顔と見比べるシン。
ようやく立ち直り掛けているカナードをよく見ると確かに似ているかも知れない。

 

「まぁ、言われてみれば似てるかな?……人格破綻者だけど」
「あ? 貴様にだけは言われたくはないがな!」
ようやく立ち直ったのか、呟きを聞いたカナードはシンを睨み付けた。
「ビームシールド搭載機見るたび発狂する奴が何を抜かすのか……」
「貴様もオーブ絡みだと唐突にブチ切れるだろうが」
シンがはぁ、と溜め息を付きながら呆れたように皮肉を言うと、カナードは負けじと言い返す。
「…………」
「…………」
今までの言い合いが嘘のように押し黙り、睨み合う二人。
まさに一触即発。 
些細な事が原因で爆発しかねない不発弾といったところか。

 

「「喧嘩売ってるのか、この野郎ッ!」」

 

不発弾……とは言いすぎだった。
そもそも気が短く短気な二人、切欠がなくとも自爆する。
「意外に仲が良いのかと思ったら急に喧嘩始めたんですけど!?」
「まぁ、喧嘩するほど仲が良いとか言うから気にしない方が良いわ」
「タメ口で腹割って話せる数少ない相手なんだよ」
慌てるルナマリアに一切目を合わせないエドとジェーン。
内心、目を合わせながら言って欲しいと思いながらルナマリアは口喧嘩を見る。

 

「ロン毛がうっとおしいんだよ! 切れ!」
「やかましい黒兎、貴様もカラコン入れて髪を染めろ」
「死ね、インチキスパコ!」
「くたばれ、死に損ない!」

 

「仲が……良い?」
最初は子供の言い合い程度だったが何時の間にか掴み合いにまで発展してしまっていた
「さて、そろそろお暇しようかな」
「あれを止めてからにしてもらえませんか?」
「えっ? 俺?」
「あんた以外いないでしょう」
ルナマリアが振り向くと同時にエドは目を逸らし何気なく立ち去ろうとする。
ジト目で見詰めるルナマリアとジェーンにエドは無駄な抵抗を試みた。

 

「貴様ら何をやっている!」

 

そんな中、怒気を孕んだ叫び声が格納庫に木霊する。
シンとカナードは手と口を止め、その場にいた全員が一斉に声の方向へと振り向いた。
声の主は、白服に身を包んだ如何にも直情径行な銀髪のおかっぱ頭の男、イザーク・ジュール。
「「うるさい! おかっぱ髪、無関係な奴は黙ってろ!」」
「貴様ら! その言い方は何だ!」
この後、幾度となく掴み合いのマジ喧嘩をすることとなる直情型短気コンビ、
改め直情型短気トリオ誕生の瞬間であった。

 
 

「それで結局何しに来たんです? 喧嘩しに来た訳じゃないでしょう?」
10分程の掴み合いの後、(本当に嫌そうな顔をしたエドが間に入り収まった)
荒げていた息を整えたシンが不思議そうに疑問の声を上げる。
「……貴様、それは俺の台詞だ」
ようやく収まった怒りと神経を逆撫でするようなシンの態度に再び肩を震わせるイザーク。
無論、本人に悪気はないのだが、それがかえって腹が立つらしい。
「イザーク隊長、落ち着いて下さい……シン、あんたも煽らないで」
(煽ってるつもりはないんだが……)
見るに見かねたルナマリアがシンとイザークの間に割って入り、イザークを諫める。
「ん……? イザーク、だと? もしやジュールターンのイザーク・ジュールか?」
「ああ、あれがあの……」
「へぇ……」
不機嫌そうな顔で様子を窺っていたカナードはイザークの名前に聞き覚えがあったのか声を上げ、
エドとジェーンはジト目でイザークを見る。
「ぐっ……!」
あまり好ましくない2つ名なのかイザークは言葉に詰まる。
言葉に詰まるのも当然で、ジュールターンはレクイエムでの敵前大回頭(良く言えば)であり
土壇場での裏切りを揶揄した言葉だからである。
尚、余談ではあるが数十年後、軍事マニア達の間で、東郷ターン、栗田ターンと合わせ
世界三大ターンと呼ばれ、晩年、イザークの頭痛の種となるのだが、今は大して重要な話ではない。

 

「あー、イザークさん?」
頭を抱え黙り込んだイザークを心配したシンが声を掛ける。
「…………シ、シン仕事だ! 迎えに来たぞ!」
「(力づくで押し切ったな)……それで、内容は?」
周囲と一切目線を合わせないイザークに内心苦笑しながらシンは表情を“仕事”の時のそれへと切り替える。
「後だ、取り敢えず総司令部まで行く。 車を回してくるから待っていろ」
シンの表情の変化に気付いたのか、イザークも表情を引き締め、速足で外へと向かう。 
速足なのは一刻も早くこの場から離れたいのもあるかも知れないが。
「あ、イザーク隊長! 司令部まで行くならついでに乗せてってくださいよ♪」
行き先が同じである事に気付いたのか、ルナマリアは猫を被りながら
「図々しい奴め……まぁ、良い。 途中でキラの見舞いによるが構わないな?」
一瞬微妙な表情をするも満更でもない顔をして見せるイザーク

 

「待て! キラ・ヤマトは……生きているのか!?」
キラの見舞いと言う言葉に反応したカナードはイザークへと詰め寄る。
「さっきからいるが……誰だ、貴様は?」
「カナード・パルス。傭兵だ」
「傭兵がキラに何の用だ?」
胡散臭そうなイザークは詰め寄ってきたカナードをあしらう様にはき捨てる。
「実は……キラ・ヤマトは生き別れの……兄弟なんだ」
少し間を置いたカナードは顔を伏せがちに俯き、目頭を押さえいかにも辛そうに呟く。
「何だと?」
「嘘!」
(よくもまぁ、平然と……)
驚きを隠せないイザークとルナマリアを余所に、事実を知る三人は唖然とそれを見守る。 
内心は呆れ半分感心半分と言ったところか。

 

「メンデルでのスーパーコーディネイター誕生の過程で作り出された失敗作……それが俺だ。
 俺はメンデルの実験体で唯一生き残り、とある傭兵に拾われ生きてきた。 
 ……ところが最近成功作、キラ・ヤマトの存在を知った。 
 そのキラが、撃破されたという噂を聞きつけ、プラントへ来たんだ。
 もし、生きてるのなら……同じメンデルの生まれの兄弟に会いたい。
 その一心で今日まで生きてきたんだ」

 

決して演技が上手いわけではない。 
ただ、なんとも表現しがたい気迫が真実を訴えているのではないかと
事実を知らない者に誤解させる迫力があった。
(八割の事実に二割の嘘を織り交ぜてやがる)
(詐欺師のやり口ね……)
(流石に騙されないよな)
カナードの迫真の演技に感心しながら、エドとジェーン、それにシンはイザークの反応を伺う。

 

……だったのか。 そうだったのか。
 すまない! つまらない猜疑心から疑うような真似を……苦労したんだろうな

 

俯いていたイザークは涙でくしゃくしゃになった顔を起こし、カナードの手を取った。
(信じてる?)
(結構単純だなー、おい)
唖然とした4人を無視して話は進む。
開いた口が塞がらないとはこの事か。 と妙な納得をしてシンは事の成り行きを見守る。
「いや、気にしないでくれ……それよりキラの入院している病院まで案内してくれないか?」
手で覆い隠した口元に、してやったりと笑みを浮かべながらカナードはイザークの両手を握り締めた。
「ああ、任せろ! 車を回して来るからまっていてくれ」
白服の袖で涙を拭いイザークは走り去った。

 
 

「今の話、どこまで本当なんですか……?」
イザークが走り去ったのを確かめた後、ルナマリアは非難がましい目でカナードを見詰め問い質す。
「はっ! 流石に全てを信じるほど間抜けぞろいではないか。 ま、安心しておけ、8割は本当だ」
「うわぁ……すげー悪い顔」
一瞬で表情を変化させ勝利の愉悦に浸るカナードを揶揄してシンが言う。
「ふん、何がうわぁ……だ。 使える物は肉親でも使う。 俺はそうして生き抜いてきた。
 それが傭兵ってもんだ。 それに……」
「それに……?」
「これは俺の生き方だ。 俺の生き方は誰にも文句はつけさせん」
シンの非難など聞く耳持たないと鼻で笑い飛ばすと目を細め、シンを睨み付けた。
「別にカナードの生き方を否定する気で言った訳じゃ無いけどさ……」
「フン、他人の生き方を否定しないのは貴様の利点の一つだ。 その点に関しては褒めてやるぞ」
シンの反応に今度は少しだけ機嫌良さそうに鼻を鳴らす。

 

シンは殆どの場合、他人を否定する事はない。
助けられ、認めてくれたミナの思想の影響が強いのだろうが、
かつて個の否定とも受け取れるデスティニープランを支持していた4年前からは
今のシンの考え方は想像さえ難しい。
流石にラウ・ル・クルーゼのような考えの持ち主なら別だが。
否定され続けたが為、他人を否定しないその考え方はシンと同じく
……いや、存在すら否定されたカナードにとってはとても好ましく思えるものだった。

 

「カナードさんの言ってる事は、正論なんでしょうけど納得はできません」
シンの変わり様に若干の戸惑いを感じながらルナマリアは少しだけ不満げに口を尖らす。
「世の中納得出来る事ばかりじゃないって事さ」
冗談めかし、大袈裟に肩を竦めエドは笑う。
「さて……と、私たちは補充人員の迎えやら機体の受領やらががあるからもう行くわ」
話が一段落したのを確認したジェーンはエドの背中を小突き、移動を促す。
「あ、二人ともレナ・イメリアに話を付けるの忘れないで下さいよ!」
「「……努力はしておくよ」」
格納庫を去ろうとする二人に忘れず文句を投げかけるシンにエドは苦い顔を、
ジェーンは苦笑しながら一度だけ振り向き、立ち去るのだった。

 
 

「……という訳でキラさんは体には傷一つ無く、元気そうでしたよ。
 まぁ、精神的には結構きてるみたいでしたけど」
総司令部ではなく軍病院へと向かう車の助手席、イザークの運転する横で座席のヘッドレスに肘を置き、
後ろを向きながら後部座席のカナードとルナマリアにキラの状況を話し終える。
「成る程な。 凡その状況は把握した」
シンの話に頷いたカナードは考え込むように黙り込む。
「キラさんが生きてるとは聞いてたけど元気とはねぇ、できれば前線に出てもらえると助かるんだけどな」
カナードは対照的に首を振ったルナマリアは珍しく疲れ気味の溜め息をつくとシートに体重を預けた。
「んー、どうだろうな? 精神的ダメージのほうがデカイみたいだったけどな。
 やっぱり手が足りないか?」
「地球連合艦隊やミハシラの人達や傭兵の人たちのお陰で全体的には大分マシだけど。 
 ザフトの前線指揮官の数が足りないのよね。 後、上としてはもう一枚切り札が欲しいみたい」
愚痴を連ねながらチラチラとシンを見るルナマリア。
「それは俺たちに言われても、どうにもならないなー」
ルナマリアの視線から目を逸らしシンは棒読みで呟く。
「即席の小隊長なら兎も角、中隊以上ではそれなり以上の技量と経験で無いと使い物にならないからな」
「確かにな」 「そうですね」
シンの様子を鼻で笑いながらカナードが口を挟み、シンとルナマリアは同意するように頷く。

 

「……ところでさっきから口を一言も利かないイザークさん。 運転変わりましょうか?」
「大丈夫だ」
横目で運転するイザークを見ながらシンは声を掛けるもにべも無く断られる。
「はぁ……じゃあ、涙止めて下さいよ」
溜め息をつきイザークの方へと振向くと未だに涙で目の前が見え辛いのか、ハンドル捌きが怪しい。
「これは涙じゃない! 心の汗だ!」
「だったらちゃんと運転しろ! さっきからフラフラしてて安心出来ないんだよ!」
余りにも苦しい子供以下の言い訳をするイザークにシンが声を上げる。
「……あいつらは前からああなのか?」
シンとイザークのやり取りを呆れたような目で見ながらカナードはルナマリアに問い掛けた。
「まあ、大体あんな感じですねー」
子供じみた二人のやり取りに苦笑しながら曖昧な返事を返すルナマリア。
「騒がしい奴らだ……ルナマリアと言ったな、一つ忠告して置く。
 なるべくで良い、シンの動向に気を向けてやってくれ」
「それはどう言う意味……」
小声で囁いた意味深な言葉に思わず声を上げたルナマリアは
カナードの表情に続く言葉を思わず飲み込んだ。
「傭兵の命など安い物だ。 だが、奴は同じ傭兵から見ても、自分の命を軽く見過ぎている。
 ……奴にとって自分の命など消耗品と同じだ。 このままだと間違いなく命を落とす」
「留意して置きます」
深刻なカナードの顔と声にルナマリアは静かに深く頷く。
「すまない、頼んだ」
ルナマリアが頷くのを確かめたカナードは頭を下げた。
「でも、何故シンの事を?」
「あんな奴でも俺の数少ない友人なんでな……友人を失うのは辛いんだよ」
疑問を抱いたルナマリアの問いにカナードは自嘲めいた笑みを浮かべ答える。
「やっぱりキラさんに似てますね……あの人も時々そんな顔します」
「そうか」
ルナマリアの言葉に嬉しそうな、悲しそうな複雑な表情をみせた。
「カナード、着いたぜ」
シンの言葉にカナードが前を向く。 何時の間にか目的地に着いていたようだ。
「受付で俺の名前を出せ。 話は通してある」
「ああ、手間をかけたな」
傲慢不遜なカナードにしては珍しく友愛の情を込め、右手を差し出した。
「気にするな」
手を握り返すイザーク
「カナード。 あのさ、キラさんの事……」
振り向こうとしたカナードはかけられたシンの声に足を止める。
「フン、言うなシン。 俺なりのケジメをつけ、“出来の良過ぎる”弟に気合を入れ直して来るだけだ」 
「その言葉、信じてるよ」
自信に満ち溢れた彼らしい笑みを浮かべ、カナードは言い、シンもそれに言い返す。
「はっ、貴様も上手くやれよ」
「そう簡単には死なないさ」

 

「さて……奴に会うのも6年ぶりか」
シンたちが去った後、軍病院を見上げ感慨深そうにカナードは呟いた。

 
 
 

────キラの病室。
シンやコートニーが帰った後、キラはダコスタのドワッジ、クリティカルフリーダム、
メビススジャスティスのコックピットに残されたデータからバルドフェルドのオウガ、
ロミナのアルザード……コードネーム、イセエビの解析を進めていた。
折り畳み式の机に山の様な大量の資料とノートパソコンを置き、無心でデータを比較処理する。
「ロミナさんの機体……(コードネーム、イセエビで通っちゃったけど……まぁ良いか)
 イセエビは外見特徴から連合系MAにプラントの技術を加え、発展させたものだ。 
 それは分かる……けど。 バルドフェルドさんのオウガ……何処かで見覚えがある。 
 デザインは少し前のザフトの物だけど、四肢と本体のバランスが異様だ。
 まるで違う機体同士を繋ぎ合せたような……それにこの ウィングスラスターの噴射光は、まさか!」
纏まり掛けていたキラの思考は扉を叩くノックの音に断ち切られた。
「はい、あ! ちょっと待ってください……どうぞ」
そういえば午前中、昼前にイザークが見舞いに来ると連絡があったかと思い出し、
慌てて資料とノートパソコンをベッドの下へと押し込む。
ドクターコーストやイザークに見つかったら何を言われるか分かったものではない。

 

だが、扉が開いたその先にいたのはミハイルでもイザークでもなかった。
「久しぶり……いや、直接会うのは初めてだなキラ、キラ・ヤマト」
その男、カナードを見た瞬間、キラは一瞬鏡を見ているのかと錯覚した。
目の前にいたのは肩までかかる黒い髪と自身とは対照的に吊りあがった黒い瞳、
口元に不敵な笑みを浮かべた男。
「君は、一体?」
男の態度と言葉、自身に良く似た声にキラは動揺を隠せない。
「俺の名前はカナード、カナード・パルス。
 スーパーコーディネイターになりそこねた男。
 お前の……兄弟だよ」

 
 
 
 

────同時刻、アプリリウス1、プラント最高評議会議長室。

 

目の前に扉が見える。
遺伝子工学の応用で作られた20m近い樫の木から彫り出された一枚ものの、
縦幅2m以上横幅1mの大きな扉だ。
左右には多数の本棚、背後にはチタン製の枠に防弾ガラスの窓。
オマケに周囲には周到に隠された隠しカメラが行動の一つ一つを監視している。
しかも、扉の向こうにはパワードスーツを装備した完全武装した兵士が二人。
木製ながら中に金属板が仕込まれ、いざと言うときには弾除けとなる事も想定された
頑丈な机と椅子に腰掛ける女性が一人。
その椅子に座るのは現プラント議長、ラクス・クライン。

 

「この乱雑な扱いはいつまで続くのでしょうね」
誰に言うでもなく言った呟きに反応したかのように数時間ぶり扉が開く。
「もう数日の辛抱ですよ。
 ……もっとも、貴女がプラント全域の環境管理システムのパスワードさえ教えてくれれば、
 こんな真似をせずに済んだのですが」
パワードスーツ装備の兵士に両脇を固められ部屋に入ってきたのは、アンドリュー・バルトフェルド。
その服装はオーブの軍服でもなければ、エターナル艦長就任後──
──つまりはクライン派の一員となった後の物──の青いコートでも無い。
かつて北アフリカで辣腕を振るっていた頃の、彼の最も愛した人が生きていた頃の物。
カーキ色の野戦服に、ダークグリーンのジャケットを羽織った野戦指揮官、砂漠の虎の姿。

 

「よく顔が出せたものですね。……何度来られようともどなたであろうとも
 パスワードを言うつもりは有りませんが」
感情を内に閉じ込める事の得意なラクスにしては珍しく嫌悪の感情を露わに吐き捨てる。
「ま、仕方ありませんな。 それと、キラ・ヤマトになら兎も角、貴女自身に恨みは無い物ですから。
 喉が渇いているならコーヒーでも出しますが?」
大袈裟に肩を竦め、バルドフェルドが微笑む。
「あの方を殺し、貴方を生かした世界そのものを憎んでいる方がよく言いますわ……
 何の用です? 今更説得と言う訳でもないでしょう」
「……やれやれ、厄介な人だ。 手始めにここを押さえたのは間違いではなかった様だ」
射抜くような視線でバルトフェルドを見るラクスに、一瞬、バルドフェルドの目が細められ、
表情が一変する。
虎の二つ名に相応しい、口元が引き攣る、獣の様な獰猛な笑み。

 

「質問の答えにはなっていないようですが?」

 

黙れ、自分の立場が分かっていないのか、小娘?

 

奈落の底から響くような冷たい声。 口元に冷笑さえ浮かべた冷徹な表情に
ラクスは久方ぶりに恐怖と言う感情を思い出し、思わず座っていた椅子から飛び退いた。
「……と、僕以外が相手なら首を締め上げられているところだ。 口の利き方には気を付けた方が良い」
ラクスの青ざめた顔を見て溜飲が下がったのか、温和な表情を戻すが、その目は笑っていなかった。
無言で頷くしかないラクスは自身の体を抱きしめ、その場に立ち尽くす。
環境システムの管理コードと、彼らが切り札としているであろう物のロック解除権という
生かす価値が無ければ今直ぐ殺されてもおかしくは無い。 
「ああ、話が逸れたね。 本題なんだが、君にどうしても会いたいと言う人がいてね」
その気になればいつでも黙らせる事ができると言う事なのか、
余裕すら感じさせる笑みを浮かべたままラクスへと近づいてくる。
「ひっ……!」
年頃の女性らしい悲鳴にも似た声を上げたラクスは一歩後ろへと下がる。
彼女でなければ腰を抜かし、その場に座り込み失禁していたかもしれない。
死を間近にした恐怖に辛うじてラクスが耐え切る事ができたのは、プラント評議会議長であると言う事、
占領下のプラントで市民を守れる最後の抵抗者であると言う、か細い意思のお陰か。
「失礼……これで良い」
そんなラクスの内心の葛藤を知ってか、知らずか、バルトフェルドは机の上にある、
回線の切断されたパソコンを起動し、カメラやマイクのような機器を繋ぐといくつかの操作を行う。
「これで繋がったはずだ。 話してみたまえ」
ラクスは促されるままモニターを覗き込む。
それがヒビの入った鉄を、ラクスの意思を砕く為の槌である事も知らずに。

 

『やあ、ラクス、久しぶりだね』

 

ノイズの走るモニターに映ったシルエットには見覚えがあった。
その声は懐かしさすら覚えるほどに聞き覚えがあった。
「お父……さま?……嘘。 お父様はあの時……」
呆然としながら、ラクスは首を振り、椅子へと座り込む。
『ラクス、環境管理システムのパスワードと“コネクター”のロック解除コードを私に教えてくれないか?』
「お父様、何故生きて……」
『クライン派の協力者に助けられたのだ。 もっともお前に会える体ではなくなってしまったが』

 

二人のやり取りを冷笑を浮かべ、バルトフェルドは見続ける。
(……クライン派の盟主、女帝とさえ言われた彼女も一皮向けば、そこらの娘と変わらんか。
 溺れる者は藁をも掴むとはよく言った物だ。
 逃げ道を塞がれ、鉄の意思を砕かれかけた身では、抗うすべも無いか。
 目の前にぶら下げられた希望にただ縋りつく以外出来ないとは……)
バルトフェルドは心の何処かで感じる落胆に不思議な感覚を覚え、そう感じる自身を首を振る事で否定する。
(目的の為ならば手段は選ばない。 それを選んだのは僕自身だ。
 今更感傷などあるはずも無い……趣味が悪い事は認めるがね)
もし、この場にあの男、ファントムが居たならば嫌悪感を露わにしただろう。
趣味が悪い。 とるべき手ならば幾らでもあると。

 

『彼らとは私が交渉しよう。 お前はもう一人で苦しまなくても良い。
 私とお前の力でコーディネイターが真に独立した世界を……』
「……! お父様、今何と!?」
心が揺らぎかけていたラクスは会話の最中、父の発した言葉に疑問の声を上げた。
『ああ、こう言えば良かったかな? 共にコーディネイターのための世界を作り上げようと』
「違います! 貴方はお父様ではありません!」
ラクスの中に芽生えた反骨心が、揺るぎかけた、砕け掛けた意思に仮初めの再生を促す。
(ほう、気付いたか……? ああ、いかんね、嬉しそうにしては)
ラクスの反応にバルトフェルドの眉がピクリ動き、意思に反して口元が緩む。
『何を言うんだ、ラクス。 訂正しなさい!』
シーゲルの声でシーゲルではない何者かは怒鳴りつける。
「黙りなさい、EDEN! 父の名を語る紛い物!」
人前では初めて見せるであろう憤怒の表情でラクスは机に拳を叩きつける。
『おお、なんてことだ!
 バルトフェルド、シーゲルの中期までのデータしかない私ではここまでのようだ』
ラクスの怒りにわざとらしい落胆の声をあげ、至極残念そうにバルトフェルドへと話しかける。
「いえ、いえ。 大変助かりましたよEDEN。 お手間を掛けさせてすみません。
 パスワードの解析に戻ってください」
『大した手間ではない、気にしないでくれたまえ。 私もオリジナルの娘に興味はあった。
 また何かあったら声を掛けてくれたまえ。
 私はターミナルの声であり、心であり、魂。“ターミナルそのもの”だからな。
 ではバルトフェルドまた会おう。 ラクス、さようなら』
バルトフェルドの礼に、演説じみた口調のEDENは別れの言葉と共に通信を切り、
モニターにはノイズが走り始めた。

 

「バルトフェルドさん、何故……こんな真似を?」
椅子に座り込んだまま俯いたラクスは今にも途切れそうな弱弱しい声で問い掛ける。
「ターミナルは君達の敵だと改めて君にも教えておこうかと思ってね。 
 それとEDENが動いている以上環境管理システムのパスワード、
 “コネクター”のロック解除コードの解析も時間の問題だ」
勝者の愉悦か、別に意図があるのか。 本人にしか──或いは本人すら理解できない──
軽薄にも見える笑みのままラクスへと告げる。
「それでも私は答えるわけには参りません。
 プラントの為にも、私達が……未来を奪ってしまった方達の為にも」
最後通告とも受け取れるバルトフェルドの言葉を聞いて尚、ラクスは抗う。
長い軟禁状態に肉体は疲れ果て、精神は磨耗し、誇りは地に落ち、
最後に残った意志さえ砕かれ掛けていると言うのに。
「ならば、少年にも聞いた事だが、君にも聞こう。 
 君達は吹き飛ばされた花を何度でも植え替える。 
 だが、花を吹き飛ばされ、過去に捕らわれた人間はどうすればいい?」
バルトフェルドは未だに折れないラクスの意志に、心の片隅で感嘆すら覚えていた。
(その意志が、この先も折れぬのであれば、あるいは……)
ふと、頭に浮かんだ感傷にも似た何かを否定する。 
彼女が、ラクスが自分の意思で今の道を選んだように、自分も己の道を選んだ。
分たれた道はもう引き返す事は出来ない。
それゆえに、バルドフェルドのやるべき事は変わらない。

 

「…………私は!」

 

見ない様にしていた、振り向く事はしなかった、耳を塞ぎ続けて来た。
進む為に切り捨てた物を、自分達の通り過ぎた道に連なる屍山血河を、残された者達の怨嗟の声を。
罵倒される覚悟は出来ている筈だった。 それを選び、先導してきたのは私だ。
責は全て自分にある。 ……なのに、言葉が、続かない

 

「今直ぐに答えは出せないか? 次に会う時までに答えを考えておいてくれたまえ」
ラクスが最後に声を発してから、どれ程の時間が過ぎたのだろうか。
バルトフェルドは哀れみと期待の入り混じった言葉を口にすると、
もうこの場に用は無いとばかりに足早に立ち去って行った。
両脇を固めていたパワードスーツも後に続き、木製の大扉が再び閉じられる。

 
 

「私が、私が選んだ道が、やった事が間違いなら、
 私はどうすれば良かったのですか……? 誰か、私に答えを……」

 

ラクスは答えの返って来る事の無い問い掛けを虚空へと投げかける。
気付かぬ内に流れ落ちた一筋の涙がラクスの頬を濡らしていた。