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SCA-Seed_SeedD AfterR◆ライオン 氏_第06話

Last-modified: 2009-10-07 (水) 01:39:44

闇の中に少女は立っていた。
彼女のまわりには見覚えのない果てなき草原が広がっている。

 

ぼんやりと視線をあげると、雲ひとつない空に瞬く無数の星たちが、少女を見下ろしていた。
そのやさしい輝きは、手を伸ばせば掴めるのではないかという錯覚を覚えるほどであった。

 

“あそこに、行きたいな……”

 

夜空を見上げた瞬間から、少女はそう心から願っていた。
すると、少女の眼前で光の粒が弾けた。ぽつんと現れた球状の光が強さを増していく。
そしてその光の球は4足歩行動物の形をなしていき、現れたのは――

 

“……ライオン?”

 

それは闇を払うかのように白く輝く体毛をもったライオンだった。体長は通常の数倍はあるだろうか。
風の匂いをかぎ分けるかのようにライオンはあたりを見回す。
やがて、少女の脇に巨体をすり寄せた。そのままおとなしく地面に伏せる。

 

“乗れ、っていってるの?”

 

獣はグルル、と低く唸って応じる。わけのわからないまま少女は獣の背にまたがった。
その白色の毛皮は誰かにおぶられているかのような心地よい手触りだった。
幅広の四肢が大地を蹴った。その巨体から到底信じられぬほどにライオンは草原を駆けた。
少女はその打ちつけるような風圧に目をつぶり、――まっすぐ見開いた。

 

“――飛ぼう”

 

少女がそう言うと、ライオンの背中、前脚の上あたりから光の翼が生えていた。
純白の翼は、いかにも風をよく捉えそうだった

 

“――お願い、飛んで!”

 

刹那、風をはらんだ真っ白な翼が左右に広がり、少女を乗せたライオンは跳躍した。
羽ばたきも要らず、翼の生み出す揚力が少女を乗せた獣の巨体をぐいぐいと持ちあげる。
重力の束縛を振り切ることがこんなに嬉しいことだとは彼女は想像もしていなかった。
今なら、探しに行ける。ずっとずっと、欲しかった物を。
みるみるうちに満点の星空が近づいてくると、少女はもう一度手を伸ばす。
何度も気流の乱れにあっても少女はライオンの背にしがみつき、探し続けた

 

“どこかに……この星空のどこかに……”

 
 
 

~ライオン少女は星を目指す~
第六話 「世界の歴史と落ちてくる"運命"」

 
 

時は、コズミック・イラ 93年――

 

「――ホーク君」
闇の中で、冷たく乾いた声がした。
「ライオン、が……」
「起きなさい、ホーク君」
さらに声が大きくなったその呼びかけに、
「ぐぅ……」
怠惰で、散漫で、とても知的とは言えない反応をして、

 

「起きろといっとるんだ! ステラ・ホーク君!」
真昼間の教室に、雷が炸裂した。

 

「は、はいっ!! 起きてますっ! って、あ――」
叫びとともに少女が机と椅子を蹴飛ばすようにして立ちあがった。
布の筆箱が床に落ち、机の上からルーズリーフが数枚床に散る。
だがその直後、少女は勢いのあまり椅子ごと後ろに倒れてしまう。
「あいた――――っ!」
床に頭をぶつけ、大きな衝撃音のあと、今度こそ本物の悲鳴が上がる。かん高い女声。
直後、注視の静けさが少女に向いた。教室のいたるところから忍び笑いが漏れる。

 

「ようやく起きたか」
「あいたたたた……! 今"ドゴッ"っていった! 頭が床で"ドゴッ"って!」
「今は近代史の授業中だ。キミのお昼寝の時間ではない」
「あ……! たんこぶになってますよ! ほら、頭の後ろ!」
「ホーク君。まだ、授業中なんだがね……?」
涙目で後頭部を指差す少女を無視し、歴史の教師は不機嫌そうに咳払いをした。
ホークと呼ばれた少女はちらりと時計を見ると首をかしげ
「あれ? まだ授業中なんです……か?」
「……もういい、ホーク君。早く保健室に行ってきなさい。キミは重症だ」
教室中にざわめきが広がる。
『せんせー、ステラは手術で頭の中身を取り変えてきてもらったら?』
『いや街はずれのモルゲンレーテのドックでゆるんだ頭のネジでも締め直してもらえ』
『それ以前に、あのバカはもう手遅れの様な気が……』
『だがそれがいい!』
「ええい、私語はやめなさい――」

 

「先生」

 

……フッ――

 

その声だけで、教室のざわめきが、ピタリとやんだ。
張り詰めた空気の中、まるでその人物に脅えているかのように皆が皆、声のしたほうを向く。
すると、大柄な金髪の少年が手をあげていた。
「ど、どうしまし――いや、どうしたのかね、フ、フラガ君?」
「ケガしてるようなので、ステラを保健室に送っていってもいいですか? 
 一応、頭のケガなので気をつけないに越したことはないかと」
「あ、俺も俺も!」
隣に座っていた同じく金髪の少年が、元気よく手をあげる。
「ど、どうぞ……?」
教師のその目は、あきらかに怯えの色を含んでいた。
「わかりました。行くぞ、アウル、ステラ」
「「やった、サボれる!」」
小柄な少年と少女の歓喜が重なった。
「バーカ。お前らんなこといちいち言うんじゃねぇ!」

 

教室から三人が出て行くと、張り詰めていた空間は、まるで生き返ったようにざわめきだした。
静寂から一転、喧騒へと変わった生徒たちを、教師は無理やりゴホンと咳払いをして沈める。
「え~、では先ほどの続きだ。
 コズミック・イラ72年――先生がまだ子供のころだな――から、世界は戦火に包まれていた。
 そしてその前半期のヤキンドゥーエ戦役、ユニウス戦役を引き起こしたと言われるのが、
 『ラウ・ル・クルーゼ』と 『ギルバート・デュランダル』だ。
 この二人はそれぞれ"フリーダム"・"ジャスティス"の強奪、NJCの流出、
 デストロイやレクイエムによる大量虐殺にかかわっていた戦争犯罪者だ。
 この両名の世界を滅亡させるという野望は、ともにラクス様によって討ち砕かれたはずだった」
そこで教師は黒板に向き直り、チョークをつき立てた。
「しかし、コズミック・イラ75年。事故に装い当時オーブの代表首長だったアスハ氏を殺害し、
 あろうことか突如現れたアスハ氏の偽者を擁立し、引き連れたテロ組織とともに
 世界を再び戦火に巻き込んだ世界最悪のテロリストがいた。
 ラウ・ル・クルーゼの意志を継ぎ、デュランダル派の懐刀ともいわれ、
 キラ様すらもその手に掛けようとしたその男の名は――」
一通り板書を書き終えた黒板の最後にはこう書かれていた。

 

『シン・アスカ』 と。

 

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ハイスクールの屋上。それは、小うるさい教師の目の届かないある種の聖域である。
空は青く、強い日差しが屋上を真っ白に染め上げている。
その屋上の一角に二人の男子がいた。
「うあ――、だりー」
一人はロン毛の金髪の少年。こちらは暇そうに手にしたバスケットボールを指先で器用に回転させている。
「アウルは最初っから寝てただろ。ステラもだ。
 そんなことばっかりしてるからテスト前が大変なんだろうが」
「あのセンセーいちいち話が長いんだよ。
 あんなの生徒に眠れ~って言ってるようなもんだ、なぁスティング」
もう一人は短く金髪を刈り上げた少年。屋上のフェンスにもたれかかり、
手に持つノートパソコンのキーボードをカタカタと打ち込んでいる。
アウルと呼んだ少年の話など聞いていない様子であった。

 

特に特徴的だったのは、この二人の顔が瓜二つであることだった。
ともに鉄紺色の瞳で、髪の色も同じく金髪なのでひと目見ただけでは見分けるのは難しい。

 

「じゃあここで一人こそこそパソコンいじってるお前はどうなんだよ?」
「学年トップの俺と万年最下位のお前ら二人を比べるんじゃねぇ」
その言葉にアウルは「うぐっ……」と口を紡ぐ。それから何かに気付いたように、
「あれ? そういえばステラは?」
スティングは無言でアウルの背後を指差す。アウルはそちらに目をやる。
女の子が一人、少し離れた給水塔の上で座り込んで雲ひとつない空を見上げていた。
やわらかそうな金髪と首に巻いたスカーフが風にあおられ、はためく。
すんなりした手を天にかざし、少女は楽しそうに笑っている。
ぷっくりとふくらんだ後頭部の大きな絆創膏がなければ、誰もが見入っていた光景であっただろう。
時折痛そうに涙目で後頭部をさすりながら、少女はただ空を見ていた。

 

「なぁ。いつものことだけど、何してんの? アレ」
「さぁな、いかにも悩みがありませ~んって顔しやがって。世界はこんなんだってのによ」
アウルがスティングのノートパソコンを覗きこむ。
ネットのニュースサイトの一面に緊急速報と大きく書かれていた。
「おいおい、ガルナハンで大規模な反乱だって? またレジスタンスか?
 二日前は東アジアじゃなかったか?」
「違う。東アジアとアフリカとスエズだ」
「あ~、やだやだ。どうしてこんな物騒な世の中なんだろ。こんなのばっかで親父はいったい何してんだ」
「大統領っていっても宇宙の連中に媚びて手に入れた権力だろ?
 だから地球の情勢も自分の息子もどうでもいいんだよ、あの野郎は」
『突然ですが、再び臨時ニュースです』
開いていたニュースサイトが緊急速報の文字で埋め尽くされた。
『さきほど、月面のコペルニクス市近辺の査察軍基地で、謎の爆発が確認されました。
 目撃者からの情報によるとモビルスーツらしき姿も確認され、プラント側はその一切の関与を否定――』

 

======================

 
 

警報が、鳴り響いていた。
不吉なサイレンの音が鳴りやまないまま、研究所の警備兵達は緊迫した表情で慌ただしく動き始めていた。
『出撃の許可は出ていない! ディルヴィング、武装を解除しただちに投降――』
そのとき、一棟のハンガーから、巨大な扉を貫いて数条のビームが放たれた。
爆風で扉は吹き飛び、そのままビームは三棟ほど建物を貫通する。
『ディルヴィング! ただちに……!』

 

「黙れ」

 

ハンガーを離脱した彼は突如管制塔に向き直り、腰部にマウントしていたビームライフルを無造作に放つ。
すると、放たれた数条のビームが管制塔に向けて殺到した。
管制塔が爆発し、先ほどから機体制御システムに何度も送られていた停止命令は、
そこでようやくぷつりと途切れた。
邪魔な足元の装甲車を蹴飛ばし、"彼"は背部に備えた飛行ユニットを展開。
20m前後の巨体を浮き上がらせ、研究所に設置された固定砲台散発的な機銃弾を
すり抜ける様に飛行し施設中央部へ。
研究所のセキュリティシステム再び敷地内に降り立った『彼』は、そこでいったん彼は突然向きをかえ
戦闘機動に移った。背後から三機のMSがこちらを追ってきている。

 

「……すべて破壊したつもりだったが」

 

背部のウイングユニットが爆発的な光輝を放つ。
彼は数瞬で迎撃に出た敵MSに詰め寄り、背部からパージした対艦刀で瞬く間に撃墜する。
戦闘用AIしか搭載していない無機物の塊など、彼の敵ではなかった。
手甲部にあるビームシールドを使うまでもない。
今の三機でおそらく基地内に残された警護の部隊はすべて片づけたはずだ。
施設中枢を破壊し終え、もはやその敷地のほとんどが廃墟と化した基地内を、彼は再び飛行し始めた。
研究員の姿も、ほかのMSの抵抗もない。すべて自分が殺害した。
もはやこの施設に残されているのは無数の死体とMSの残骸だけだ。
しかしいくら憎かった研究員たちを殺しても、けっして心から湧き上がる憎悪が晴れることはなかった。
そのとき、
「悪魔め……バケモノめ!!」
声の後に、頭部の装甲――人間の体の部位で言うとこめかみの位置で銃弾がむなしく弾けた。
足元を見ると、かろうじて生き残っていた研究員の一人が、
手にした拳銃で狂ったように何度も発砲していた。

 
 

――悪魔。

その単語に突然、視覚センサーが捉える光景が、振動が、音が、すべてが一時に止んだような気がした。

 

それは、まさに悪魔の所業であった。
『研究は成功だ! プロジェクトは最終段階を迎えた!』
『とうとう我々コーディネイターは、魂すらもデータ化し操作することが可能となった。
 我らは神の領域に踏み込んだのだ』
『ならば世界に知らしめるためにも、この技術を応用して世界最強の兵器を造ろうではないか』
『では工廠が造り上げた最新鋭の機体に、最強最高のパイロットが必要だ』
『そうだ。偶然、本国のラボに"彼"が安置されている。それを使おう』
『それはいい。さっそく実行しよう』

 

そうして、彼は再び生まれ堕ちてきた。

 

巨人はおずおずと自身の手を持ちあげ、それを眺めた。
巨大な手。鋼鉄の手。カギ爪の様な鋭くとがった指先。
全身を紅い装甲で包まれた背中に大きなな翼を持つモビルスーツ。それが今の自分の容姿だ。

 

「あ……」

 

もうすでに、彼に声を発することのできる口はない。
その無機質な合成声は機体に備えられた音声出力機によるものだ。
その残酷な事実に、身を引き裂かれるような絶望と怒りがわき上がってきた。
人間ではなく、鋼鉄の巨人と化した彼は、叫び出したくなる衝動に駆られた。

 

「悪魔、だと……。よくも、俺を、こんな……!」

 

その巨大な拳に力がこもり、ぎりぎりと金属がきしむ音がした。
「なぜだ、なぜ停止命令を受け付けないんだ。まさかプロテクトを自力で解除したのか、ありえない」
主任研究員である彼は、白い制服に血をにじませ、呼吸を荒げていた。
そしてとうとう拳銃が弾切れを起こすと、力なく地面に崩れ落ちる。

 

「……もう、お前たちに俺を制御することはできない」

 

足もとで無駄な抵抗を続けるちっぽけな人間に対して、ディルヴィングは頭部機関砲の照準を固定した。
「お前がいくら強いといえど……一人で何をするつもりだ」

 

「なぎ払う。俺が、すべて」

 

そのうなるような電子音には、確かな憎悪が宿っていた。
頭部のカメラアイは、まるで怒りの業火のような紅い光を放っていた。

 

「戦いだけを強要され、破壊の限りを尽くして、敗北すれば死ぬ。
 それが俺の存在意義だ。
 それが、俺がこの世に生まれた意味だ」

 

その無機質なはずの合成音は、聞く者を震え上がらせるに十分なほどの怒りが宿っていた。

 

「俺は、悪魔だ。破壊を振りまくために生み出された機械仕掛けの悪魔だ。
 お前たちがそう望み、そう造ったんだ。
 俺にはもう以前の記憶もない。だからお前たちの偉大な理想など知らない。
 お前たちの思惑などどうでもいい」

 

もう、話すことはなかった。
彼の怒りにこたえるかのように、ディルヴィングの血で染まったように赤いカメラアイが数度明滅する。
「ま、待ってくれディルヴィング……。いや、お前は――!!」
喘鳴を発しながら命乞いを吐く研究員に向かい、ディルヴィングは自身の巨大な足を踏み下ろした。
その身に猛る怒りのままに、何度も何度も踏みつけた。
足をひねり、肉を引き裂き、すり潰し、そのあとビームで焼き払った。

 

――お前たちが! お前たちが! お前たちが! 
  お前たちこそが、本当の悪魔だ! 
  弱者を無碍にし、命を弄ぶ最低の悪魔だ!

 

「こんなやつに……こんなやつに……!」

 

しかし、彼の気分が晴れることはなかった。

 
 

――ウォォ……オオ……ァァァァアァ………!

 
 

フェイズシフトの鎧に包まれた巨人は、獣のように天に向かって吠えた。
それは神話の中でのみ存在する凶暴な巨獣でさえもかくやと言わんばかりの声量。
世界のすべてを嘆くような、己の運命を悲しむような、
何もかもを呪いつくすような、苦悶の叫びであった。
激情はあっという間に膨れ上がり、わけもなく暴れ狂いたい衝動へとどんどん高まっていった。
そのとき、研究所の中心から大きな爆発が巻き起こった。
おそらく地下格納庫に貯蔵してあった弾薬に火災が引火したのだろう。
刹那、虚無すらも焼き尽くすような灼熱の爆炎がディルヴィングを呑みこんだ。
その炎が自分を消し去ろうとするのを感じながら、世界が自分に問いを投げかけている気がした。

 

――お前は、お前という存在は、なぜもう一度生まれ堕ちてきた? 

 

それがきっかけだった。

 

「……ステラ――」

 

それは、誰の名前だったのだろう? いや、それ以前にそれは人の名前なのだろうか?
ディルヴィングは、爆炎に焼き尽くされる前に飛び上っていた。
手に持つ大剣で自己修復ガラスをたたき割り、凍てつく真空の海へ飛び出す。
それは何も残らない虚無、何十年も耐えに耐えてきた挙げ句、手に入れた最期の、希望。
なくしてしまった記憶の、最期のひとかけら。

 

「ステラ、ステラ!」

 

それが何の名前かもわからないまま、何かに突き動かされるように、
衝動的にディルフィングは背部の飛行ユニットを展開した。
数瞬で真紅の光の翼が顕現し、爆発的な推進力が生まれる。
その向かう先は、眼前に広がる青い惑星――地球。

 

「ステラァァァァ!!」

 

悪魔が飛翔したあとには、星辰の輝きだけが瞬いていた。

 
 

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――とある山中。

一人の少年が、モニターに向かって何かをしゃべっていた。長い黒髪に中性的な顔立ち。
「ルナマリアさん、話ってなんですか?」
『ええ、ちょっとアンタに頼みたい仕事があるのよ、アレックス』
その彼の声は、たよりなさと頼もしさがところどころ入り混じったような口調だった。
「また行方不明の猫探しとか、MSでジャンク屋の手伝いとかは勘弁してくださいよ、
 俺はあくまで傭兵なんですから」
『だ、大丈夫よ。今度はちょっと護衛を頼みたいだけだから。
 こんなこと言うのもなんだけど、かなり可愛い女の子よ』
「本当ですか? また3体くらいとか言っておいて、
 実は15体いたゲリラのMSに追いまわされるような 真似はもうごめんですよ、俺は」
『……この私が信じられないの? 安心しなさい、
 これは私の一個人の依頼だから危険はないわ…………たぶん』
「え? 今なんか"たぶん"って聞こえましたよ? たぶん!?」
『いや、ちょっとその子頭のネジが5,6本飛んじゃってるような子だから……。誰に似たのかしら? 
 ともかく、詳しいことはディオキアの街で話すわ。じゃあお願いね!
 アンタならあの子相手でも大丈夫よ…………きっと』
「きっと!? きっと、ってなんですか!? 伯母さん!? ルナ伯母さん!?」

 

モニターが何も言わなくなってから、彼は一息つくと身支度を整え始めた。
「やれやれ、今度はディオキアか……。懐かしいな」
腰のレバーを引き下ろし、コンソールを操作するとモニターの明かりしかなかった空間に光が灯る。
照らされた空間には所狭しとレバーやスイッチが並び、モニターにはOSの起動画面が羅列されている。
ここは、彼の所持するMSのコックピットだった。
しかしコントロールスティックを握り発進しようとしたそのとき、
けたたましくエマージェンシーコールが鳴り響いた。
メインカメラを起動させ目をやると、真昼間の空に一筋の流星が尾を引いている。
「…………?」
それが世界に大きな変化をもたらす楔となるとは、当時の彼にはまだ知る由がなかった。

 

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――査察軍駐留地 士官用個室

 

「おい、レティ。レティシア! また起こったらしいぞ、反乱が!」
部屋に一人の女性が飛び込んでくる。二十歳前後の若い女だ。
赤い軍服に身を包み、長い銀髪を肩に流している。
「……今度は。どこ?」
そう答えたのはベッドで横になっていた茶髪の女性だった。
銀髪の女性と同じく赤い軍服。年齢もあまり変わらないだろう。
「ガルナハンだ! ずいぶんと大規模な反乱になってるらしく、
 現地の腰ぬけジジイどもも手に負いきれないという話だ」
「……やっぱり。そろそろと、思ってた。それよりも、ミレイユ。言葉づかいが……」
茶髪の女性士官がむくりと体を起こす。

「気にするな、個性だ。それに、衛星軌道上に現れた謎の機動兵器のことも気になる。
 "ウィード"の新兵器かもわからん」
「……? あれは、ただのデブリって。聞いたけど?」
「バカ者。いちいち大気圏突入コースをたどりながら減速するデブリがあるか。
 あんな言い訳、ただ観測班が目標を見失った不手際を隠ぺいしたいだけだ。
 お前にもこれがデブリに見えるなら、腕のいい眼科を紹介してやろう」
そう言って、銀髪の士官は一枚の写真を投げてよこす。茶髪の女性はそれを見て、

 

「……グレイト」
一言、特徴的な感嘆を漏らした。

 

そこには、赤熱しながら大きな翼を広げる一機の紅のMSが写っていた。

 

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「へぇ、これが地球か。初めて見るが実に美しいものだな、ギュスターヴ」
軌道上を航行中のプラント査察軍専用シャトルの窓から地球を見ていた少年が、
何の感慨もなさそうにつぶやく。
頬杖をつきながら見下ろす眼下には、青く輝く美しい惑星が広がっている。
「はい、ルキ様。
 かつて愚かなナチュラルどもはこの美しい地球を舞台に争いを繰り返し、
 地球の環境を瞬く間に破壊したといわれます。
 もしキラ様とラクス様が争いをいさめていなければ、地球人類は間違いなく滅亡していました」
隣に立つ白い軍服に身を包んだ男が何の感情もこもらない声で淡々と説明を行う。
その男の並はずれた美貌は、鋼の清廉さと無機質さを連想させるに値する。

 

「どうでもいい。ぼくはそんなものに興味はない。ぼくが、本当に欲しいのは――」

 

少年は、開いた口をそこでピタリと止めた。そのまま雑念を振り払うかのように軽く首を振る。
そんな様子を見かねた白服の軍人は、諭すように語りかける。
「もうすぐ査察軍による地球の大規模な浄化が行われます。それによって地球に巣くうダニを駆除し、
 ルキさまがすべての人類の上に立つ準備が進められることでしょう。
 ともすれば、この美しい地球はあのお方の意志を継ぐ者、すなわちルキ様が統治していくべきかと。
 何かお望みがございましたら、何なりとお申し付けください」
「じゃあ地球に降りたら少し運動がしたいな。フリーダムは積んであるんだろう?」
「は。それはもちろん……」

『ルキ様、ギュスターヴ様、そろそろ地球への降下を開始しますので、お席の方に――』

天井のスピーカーから機長の声が聞こえる。
その一言一言を発するのに、かなり緊張している様子だった。
「だったらいい。さがってもいいぞ、ギュスターヴ」
「はっ。すべては、ラクス様の意志の元に――」
敬礼のあと一礼し、男は静かに客室を辞した。
それ自体は少年にとっては何の感想をも抱くことのない一連の動作であった。

 

しかし、少年は知らなかった。
廊下を歩き船内の誰もいないところでギュスターヴはひた、と歩みを止め、

 

「そうだとも。せいぜい役に立ってもらうぞ、ルキ・ヤマト……」

 

冷淡な笑みを浮かべていたのであった。

 

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時は、CE93年――
世界は、永遠の自由と正義に満ち溢れていた。