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SCA-Seed_SeedD AfterR◆ライオン 氏_第09話前編

Last-modified: 2009-12-13 (日) 04:14:01
 

~ライオン少女は星を目指す~
第九話「ローエングリンと月の悪魔(前編)」

 
 

夢を、見ていた。

 

かざした自分の腕すらも見えない漆黒の闇の中で、足音だけが響く。
暗い闇の中で、彼は一人走っていた。

 

何故自分は、こんな真っ暗なところを走ってるんだろうと考えながら。足が痺れて痛い。
もしこの先に切り立った崖があって、そこに落ちたりしたらどうなるだろう。
いや、むしろ闇の向こう側には何もなくて、こんなことをしているのは無意味なのではないのだろうか、
という恐怖感が彼を襲う。

 

「※※! こっちよ、シ※!」
その恐怖を打ち払うようにどこからか声が聞こえ、かすかな明かりが遠くに現れる。

 

「今、生まれたわ! 元気な女の子よ! だから、早く帰ってきなさい! ※ン!」
(ルナ……マリア?)

 

そして彼は思い出す。自分はこれまでその灯りを目指して走っていたことに。
全身が感激にふるえ、手足の痺れが消え去り、彼は走った。
闇の中、今にも自分を呑みこんでしまいそうな闇を払う光が、少しずつ近づいてくる。
ようやく見つけた灯りへの感謝で、胸がいっぱいになる。

 

息を切らしつつ何とかたどり着き、顔を上げるとその小さくとも強い灯りに自分の姿が照らし出され、
そこへ――温かな笑い声が響いてくる。
その灯りは、小さなボロ小屋から漏れていた。ひどく懐かしい感じがした。

 

(ここは、酒場? ガルナハンの……?)
砂まみれになっている扉を押し開けると、アルコールの心地よい香りが鼻腔をくすぐった。

 

(みんな……!)
その店内では仲の良い友人が、戦友が、愛する仲間たちが、肩を組んだり団欒をして笑いあっていた。
だが、彼らは気づきもせず店内の中央の席に視線を送っている。

 

(……? どうしたんだ、みんな。俺のことがわからないのか?)
言ってみるが、見渡す限り誰もこちらを見ようともしない。
なにげなく彼は中央のテーブルに座る人影を見た。
にぎやかな店内の中央で金髪の幼い少女がぽつんと立っている。
彼は目線を少女にあわせ、訪ねた。

 

(君は……?)
どこかで見た覚えがある少女だ。
「ステラだよ」
少女は微笑んだ。

 

(あ。そうだ、この子が"ステラ"……。いや、待て。なんだそれは。"ステラ"とは、俺の何なんだ?)

 

ステラは彼の前に歩み寄ると、小さな両手を差し出した。
「ステラね、だっこしてほしい」
(え?)
「おねがい」
吸い込まれそうなほど綺麗な紅い瞳に見つめられ、彼は手を伸ばし少女を抱き上げた。
両手を少女の背中に回し、肩に頬を寄せる。少女の金髪が彼の鼻先をくすぐった。

 

(これは……)
柔らかな肌の感触と、暖かな体温が彼の手に直に伝わってくる。
理屈では説明できない愛しさが、彼の中で湧き上がった。両手にさらなる力がこもる。
すると、全身に溢れていた硬質さ、角張った感じ、そういったものが
内側から外へ向かって流れ出ていくような感触がした。

 

そこで彼は理解する。
(ああ、そうか。この子は、俺の――)

 

「やめて、いたいよ……」

 

その声に驚いて、彼はひたと動きを止めた。
彼はいつの間にか少女を思い切り抱きしめていたことに気づくと、弾かれたように体を離した。

 

少女は青ざめた表情で固まったまま、その場に崩れ込んだ。
小さな背中は血で真っ赤に染まり、鋭い刃物で何度も切りつけられたかのようにズタズタに裂かれている。

 

そのとき、手のひらに何かがついているのに気づいて、彼は自分の手を見た。

 

そこにあったのは、鋼鉄の手。人間の物ではない、冷たく無機質な手。

 

(なんだ、これは……!?)

 

その鉄の指先につけられた猛禽類のような鋭い鉤爪にべっとりと血が付着していた。
生々しい赤い血がつぅと手首を伝い、次々と床に滴り落ちる。

 

(え……あ、あ……!?)
愕然として、彼は床に倒れたステラと血で汚れた自分の手を交互に見比べた。
彼は助けを呼ぼうとあたりを見回して、酒場にいた誰もがこちらを注視していることに気づく。
その表情には敬愛などという感情とは程遠いような、哀れみと恐れが滲みでている。
ぎょっとして酒場の窓を眺め、そこに映る自分の姿を確認した。

 

そこいたのは、ヒトではなかった。紅の悪魔とよばれたモビルスーツ、ディルヴィング。

 

(そんな、俺は、俺は……!)
突然、ディルヴィングの"集音センサー"が作動し、彼らのささやき声が鮮明に聞こえはじめた。

 

  お前がやったんだ。
   お前のせいだ。
    お前がその子を殺したんだ。
     お前が。
    お前が。
   お前が。
  お前が。

 
 

(う、うわぁぁぁぁぁぁ!!)

 

悲鳴にも似た叫びを上げ、彼はいつの間にか手にしていた短剣を鞘から引き抜いた。
スラスターを獣の咆哮のように唸らせ、怯えた目を向ける彼らにむかって、跳躍。
胸いっぱいに広がるどす黒い感情のままに、ディルヴィングは何度も何度も彼らを斬りつけた。
だが斬りつけても斬りつけても、彼らは幻影のように揺らめくだけでまるで手応えが無い。
泣けるものならば泣きたかった。しかし、もうこの身体は涙を流すことさえかなわない。

 

「そうだ。それが世界の真実だ。識別番号Fー18」
入口の扉を開いて、ひとりの男が現れた。
禿げ上がった金髪の頭、生気に満ちた金の瞳、汚れもシワもない白衣。

 

(貴様は……!!)
ディルヴィングの人間で言えば目にあたるデュアルセンサーが、一際強く灯った。

 

「真実とは、神の力だ。真実の前では経済も情報も意味をなさない。
 どんな国家でさえも、ナチュラルとコーディネイターでさえも、神の力が作り出す一つの機構に過ぎない。
 貴様のその姿も真実の一つだ。己の運命を受け入れろ、Fー18」

 

(貴様が、貴様らが! 貴様は――アンタは、いったい何なんだッ!)

 

「私を誰か、と問うたな。前にも言ったはずだ、私こそが世界を統べる『神』だと」
男はまるで当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

答えを聞き入れるよりも先に、ディルヴィングは短剣をきつく握りしめて男の胸に突き刺した。
男はよろめいてその場に倒れ込む。
間をおかずにもう一度倒れた相手の上に馬乗りになり、傷口のすぐそばに突き刺した。
さらにもう一度さっきよりも深く短剣を突き刺す。
「辛かろう、悔しかろう。たとえどれほど私に逆らおうとも、世界の真実は変わりはしないのだ」
ただひたすら相手の胸へ刃を振りおろした。何度も何度も刺した。
相手をズタズタにした。さらにきつく短剣でえぐると、大量の血が吹き出た。
そしてそのまま顔に短剣を突き立てようとして――

 

「愚かな……、その先には何も無いというのに」
(……!?)

 

突然、自分が切り刻んでいたのは、男ではないことに気づいた。
男がいたはずの場所に、白いドレスを来た金髪の女が血まみれになって横たわっている。
その女は泣きそうな表情を浮かべて、血の気を失った金の眼で彼を見つめて――

 

「――これで、いい。ごめんな、シン……、私はお前を救って……」

 

思わず、血に濡れた短剣が手からこぼれ落ちた。
眼球などとうに失くしたというのに、彼の目の前は真っ暗になった。
なにかが、彼の奥底で、クモの巣のようにひび割れて――

 
 
 

――と。

 

突然、周囲の景色が一変した。
闇に包まれた陰鬱とした空間は消え去り、代わりに映ったのは冷たい現実感のある鋼鉄の壁。

 

(夢、か……? だが、なんだったんだ今の夢は)
ディルヴィングは、見たこともない場所にいた。
何が起こったのかわからず、周囲を見回して索敵。
反応が二つ。視界の隅で数人の男たちが横向きに壁に垂直に立っている。
いや、違う。
彼らが壁に立っているのではなく、自分がメンテナンスベッドに横たわっていたのだと気づいた。

 

「メインコンピューターへアクセス完了だ。再起動を確認したぞ、ボウズ」
「ご苦労様です、チャンドラおじさん。ですがボウズはやめてください。僕はもう二十歳ですよ?」
眼鏡をかけた中年の男が、大量のコードにつながれたコンピューターを操作しながらそう報告する。
よく見ると、そのコードは自分の胸部のパネルから伸びているではないか。

 

『なんだ、おまえたちは』
そう陰鬱とした合成音声を発すると、視界の隅に映る男たちが一様にざわついた。
状況を把握しようと身体を確認しようとしたが、腕が動かない。
よく見ると胸から下が強固なワイヤーで何重にもがんじがらめに縛られていた。
足の先まで縛りつけられており、その上からも機体保持用のロックが何重にもわたってかけられているのは、
いささか病的ですらある。
「はじめましてディルヴィング。僕たちの姿が見えますか? 僕の声が聞こえますか?」
眼鏡をかけた若い男が一歩前に出て一礼した。
その若い男は、軍服を着ていることから軍人であることが容易に想像出来る。
しかし、背は高いものの体つきはひょろりと細く、その体格はとても軍人とは思えないほど貧相だった。

 

『見えている。聞こえている。おまえたちは査察軍ではないな? そして統一連合軍でもない』
「ええ、よくわかりましたね。よろしければ理由をお聞かせ願えませんか?」
『貴様のような貧弱そうな軍人を見たことがない』
ガクっとバランスを崩した若い男は、中指でずり落ちた眼鏡をかけ直した。
「え、ええ。その辺をツッコまれるとどうにも……。いやそんなことよりも。
 僕の名前はウィリアム。ウィリアム・ラミアスといいます。
 こんなナリですが、反地球査察軍組織ウィード――平たく言えば、レジスタンスのリーダーをしています。
 そして後ろのおじさんたちは、一応僕の部下です。おわかりですか?」
『――記憶した。先に言っておくが、こんな真似をして俺をどうする気だ。この程度の拘束で』
ぐっと腕に力を込めるだけで、自分を縛るワイヤーが何本かはじけ飛んだ。
あたりの空気が緊迫し周囲の男たちが一斉に銃を構えるが、ウィリアムは対照的にそれを手で制する。
肝だけは座っているようだ。
「もし誤作動や何らかの事故が起こった時の対処としてそのような処置を施しました。
 それについては謝罪します。
 率直に申し上げましょう。
 僕たちは、おそらくあなたが探している“ステラ”という人物を存じています」
『なんだと!?』
ディルヴィングはハッとして、ウィリアムと名乗った若い男を注視した。

 

『なぜおまえたちがそれを? ――いや、それよりもなぜ俺はこんなところにいる?』
「……もしかして憶えてないのですか? あの戦闘の事を」
『ああ、……戦闘だと?』
そんなディルヴィングの様子に、集まっていた人々がざわめきだす。
恐れる怯えるというよりは、むしろなにかしら拍子抜けしているといったような表現が適切だろう。
「わかりました。もしよろしければ少しお時間をいただけませんか?
 僕たちがいったいどのような者なのか、 なぜ僕たちが戦っているかを話せば、
 あなたもわかってくれるはずです」
『御託はいい』
そう切って捨てたつもりだったが、ウィリアムはまったく怯む様子を見せなかった。
むしろ眼鏡の奥に見える目はこちらを睥睨している素振りすらある。
「では説明の前に、記録してあった映像データをそちらに送ります。
その方があなたにとっても手っ取り早いでしょう。チャンドラおじさん、頼みます」
すぐさまディルヴィングは視界の片隅にサブウィンドウを開き、次々と送られてくる映像データを再生した。

 

「事の起こりは一ヶ月前の査察軍のガルナハンにおける強制査察でした。
 ローエングリンゲートと呼ばれる基地に常駐している査察軍による横暴のあまりに耐えかね、
 僕たちはガルナハンの民間組織と共にそこで初めて査察軍相手にクーデターを起こしたのです」
ウィリアムは、ゆっくりと語りだした。

 
 

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