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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第12話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 02:52:45

 ガイアの捕獲は、アーモリー・ワンの強奪事件に端を発した奪還任務の一部が解決し
たことを意味していた。ガイアが単独でミネルバを襲撃してきたその真相は不明であるが、
しかし、シャアにとってそれは問題ではなかった。
 (何故、カミーユが出てきたのだ……?)
 カミーユはもう姿を現さないかもしれないと言うハマーンの言葉には、もっともらしい信
憑性があった。シャアはそれを覚悟していたのだが、ガイアに釣られるようにしてカミー
ユが現れたのを見て、不可解さを感じた。
 メカ班の作業によって、ガイアのコックピットが強制的に開かれた。中から引きずり出
されたのは、以前にディオキアの海沿いで目にした覚えのある、ブロンドのショートカッ
トの少女だった。
 (あの娘もパイロットだったのか……)
 シャアは、その少女がカミーユの出現と関係があるのではないかと思い、徐に前に進
み出た。
 少女が目を覚ましたのは、その時だった。ぼんやりとした寝ぼけ眼で周囲を見回す様
子は、おっとりした、あどけない少女そのものに見えた。
 だが、シャアと目を合わせた時、それは豹変した。
 「お前ーっ!」
 少女は獣のように叫ぶと、周りの男たちを押し退けるように起き上がり、一直線にシャ
アに飛び掛ったのである。
 低い姿勢でシャアに詰め寄り、懐から取り出したナイフで切り掛かる。咄嗟の出来事
であったが、シャアは辛うじてそれをかわし、逆にナイフを持つ少女の腕を掴んだ。
 「むっ……!」
 しかし、少女は想像以上の腕力でシャアの手を振り解くと、立て続けに喉を狙った。
 「止めろーっ!」
 その瞬間、横から少女にタックルをかましたのは、シンだった。
 「このおっ!」
 「どけっ! どけえーっ!」
 馬乗りになったシンは、力尽くで少女を抑えようとした。しかし、少女は激しく抵抗して、
なかなか思うようにならない。
 「いい加減――!」
 シンはいよいよ本気になって、少女に掴み掛かった。だが、その手が不意に少女の胸
を鷲掴みにしてしまった時、その感触に思わず「あっ……」と赤面してしまった。少女の目
が、突き刺すような視線をシンに向けている。
 「ご、ごめ――」
 謝ろうとしたシンのジョーを、少女のアッパーがクラッシュしていた。
 「何を照れてんだ、チェリー!」
 ハイネがシンを怒鳴りつけつつ、再びシャアに飛び掛かろうとする少女に背後からタッ
クルをかました。少女は前のめりに倒れ、そこへ更に二人の男性士官が一斉に取り押さ
えに掛かり、少女の両手を押さえてナイフを取り上げた。
 「何か縛るものを!」
 ハイネの号令で、別の士官がコンテナを縛る頑丈な縄を持ってきて、ハイネに渡した。
 「うえぇーいっ! うえぇーいっ!」
 縄で縛られた少女は、筆舌に尽くしがたい、獣のような叫び声を上げていた。
 「凄いな……まあ、放って置いてもそのうち声帯が切れて、嫌でも大人しくなるだろ」
 ハイネはそんなことを言うが、それは冗談ではないだろうなとシャアは思った。
 やがて、寝台と拘束用の強化ベルトが運び込まれ、少女はそれに縛り付けられて運ば
れていった。少女は最後まで叫んで抵抗し、その目はずっとシャアだけを睨んでいた。
 「お前だ! カミーユを苦しめる奴! 許さない! 絶対に許さない!」
 聞き取れたのは、そんな呪詛のような言葉だけだった。
 少女が運ばれていって、モビルスーツデッキに平穏が戻った。メカニックチームは、早
速ガイアの調査、点検に取り掛かっている。
 「――ったく、あの程度で動揺すんなよ、お前は」
 そう言って、ハイネは顎を擦るシンに小言をぶつけていた。しかし、シンはそのことに関
してはあまり説教をされたくないらしく、「そんなこと言ったって……」とぼやいていた。
 「大体、免疫が無いからああいう目に遭うんだよ、お前は。シン、今度上陸したら付き合
え」
 「別に、俺は、そんな……」
 「また今みたいなことがあったらどうすんだ? それとも、ルナマリア辺りに土下座して
頼み込むか?」
 「何でルナが!」
 「いい身体してるからな――ってのは冗談で、次の上陸の時までには決めとけよ。二つ
に一つだ。それ以外は認めないからな!」
 ハイネは、からかうようにシンの尻を引っ叩いた。シンは、「横暴だ!」と心底から抗議し
た。
 ハイネはシンの抗議を無視して、シャアの方へと足を向けた。
 シャアは、思索に耽っているようだった。三度ほど呼び掛けて、ようやく気付いた様子を
見るに、よほど深く考え事をしていたようだった。
 「“カミーユ”と言っていたな?」
 ハイネは、少女がずっとシャアに向かって叫んでいたことを思い出しながら聞いた。そ
して、シャアがその名前に反応したのを見て、何とはなしに察した。
 「ああ……別に隠していたつもりは無かったのだが……」
 そう言いながらも、シャアは少し話しにくそうにしていた。
 「知り合いか?」
 訊ねると、シャアは「うむ」と頷いた。
 「私のかつての仲間だったのだが、どうやら連合側に拾われていたらしくてな。トリコロ
ールの戦闘機風のモビルアーマーを見ただろう? あれに乗ってるのがそうなのだが、
どうも洗脳されてしまっているようなのだ」
 「そりゃ一大事じゃないか。――ああ、だからシンに捕獲するように言ったのか」
 インパルスが決定的チャンスを得ながら、ウェイブライダーを撃墜しなかった場面を思
い浮かべ、ハイネはその理由に納得していた。
 「出来れは正気に戻してあげたいのだが、もし……」
 シャアは言いかけて、言葉を止めた。その先を口にすることを、恐れたからだ。
 ――既にカミーユを始末する方向に傾いているのではないか
 ハマーンの言葉が、喉に刺さった棘のように引っ掛かっていた。その棘の痛みが、次に
紡ごうとした言葉の怖さを教えていた。
 「……うん。つまり、そういうことなのだ」
 シャアは中途半端に答えると、「すまない」と謝って去っていった。
 「……何だ、ありゃ?」
 要領を得ない回答の上、なぜ謝ったのかも分からないハイネは、シャアの背中に彼が
抱える苦悩を見たような気がした。
 
 拘束されたステラは尚も逃れようと抵抗したが、運ばれている間に麻酔が効いてきて、
今はもう意識が朦朧としつつあった。
 通路を運ばれていく途中、物珍しそうに何人もの野次馬がステラを見物していた。好奇
心の目は目障りだったが、その中に、ふと気になる目を持つ女性を見つけた。
 それは、宿敵のはずだった。先ほど仕留め損ねたシャアと一緒にディオキアで見た女、
ハマーン・カーン。氷のように冷たく青光りする瞳――その目に、ステラは何故かカミーユ
の瞳が持つ雰囲気と同じものを感じた気がした。
 ステラは混乱した。ハマーンの目はカミーユとは似ても似つかないのに、何故かハマー
ンの顔にカミーユの顔がオーバーラップした。
 「カミー、ユ……?」
 ハマーンは、ステラが自分を見てカミーユの名を呟いたことに微かに動揺した。そして、
同時に不快感も覚えていた。
 感受性の強いステラが、自分にカミーユと同じニュータイプ的なものを感じていたという
ことは理解していた。しかし、ハマーンはカミーユと同一視されることに対して、強い嫌悪
感を抱いていた。自分は、カミーユほどデリカシーの無い人間ではないという自負がある
からだ。
 ステラはそのまま、事切れたように眠りについた。ハマーンは唾棄するようにそっぽを
向くと、野次馬の群れから一人、離れていった。
 
 シャアはブリッジに上がった。入り口のドアが開くと、艦長席のタリアが振り向いて、「ご
苦労です」と声を掛けられた。シャアはそのまま前に進み出て、タリアの横に立った。
 「どうです? 掴めましたか?」
 シャアの問い掛けに、タリアは微笑んで見せた。
 ミネルバは、ウェイブライダーとカオスをトレースし、ファントムペインの位置を探ってい
た。シャアがブリッジを訪れたのは、その結果を知るためだった。
 「成果はあったようですね」
 シャアも微笑んでタリアを見た。
 タリアはシャアの顔は見ずに、その声だけに意識を集中して聞き惚れていた。そういう
自分と、いい加減に決別しなければと思いはするものの、タリアはその生理的な癖をな
かなか直せずにいた。
 (私は、またギルと会話をしているつもりになって……)
 タリアは姿勢を正し、気を取り直した。
 「ニュージャマーの影響が小さいのが幸いしたのよ。――距離は……結構あるわね」
 タリアは制帽を直す振りをして、さり気なく目元を隠した。
 シャアは、そのタリアの仕草の意味を、深く考えるようなことはしなかった。
 「彼らが、何故こんな迂闊な攻撃を仕掛けてきたのかが分かりません。第二波はある
のでしょうか?」
 「どうかしら? でも、手札の一枚は私たちが握っていることは確かよ。それに対して、
彼らがどんなアクションを起こすか――それによって、ここでの修理の時間は変わるわ
ね」
 「あの娘ですか……」
 シャアは、わざとらしく口ごもった。タリアは少し首を傾げ、「そうよ。どうかしたの?」と
訊ねた。
 「実は、そのことで折り入ってお話があるのですが……グラディス艦長?」
 シャアは周囲の士官の目を気にする仕草をした。タリアがその仕草の意味を察して、
「分かりました」と席を立った。
 二人してブリッジを後にする。ドアが閉まると、クルーの間からはひそひそと話し声が
立った。
 
 人目につかないように甲板に出て、邪魔が入らないようにドアにロックする。
 月明かりがミネルバの艦体を照らしていた。周りが漆黒で包まれているからか、ミネル
バの姿はくっきりと浮き上がり、思ったよりも明るく感じた。
 襲撃があったことで、現在、修理作業は中断中であった。メカニック班には随分と頑張
ってもらっていたから、丁度いい骨休みになるだろうとタリアは言った。
 前回の戦闘による生々しい傷跡が、そこかしこで見られた。鉄柵は不細工にひしゃげ、
装甲には焦げ痕や無数の穴が目立った。中枢へのダメージが少なかったことは幸いだ
ったが、パッと見は無残な有様だった。
 しかし、その退廃的な雰囲気が、対照的な星空と相まって、不思議とロマンティックな
心持にさせられた。気分は、世紀末に残された最後の男女といったところか。
 「……それで、話というのは?」
 タリアは単刀直入に切り出した。折角のロケーションなのに、我ながら事務的で女性ら
しさの欠片も無い、と内心で笑う。
 「捕虜の娘のことです。彼女を、ファントムペインという部隊との交渉に使えないもので
しょうか?」
 シャアはシャアで、ロマンスを感じるセンスすら無いように見えた。デュランダルですら、
もう少し気の利いた台詞を言えるというのに。
 (馬鹿ね、私……何を期待してたのかしら……)
 タリアは内心で自嘲しつつ、「交渉とは、どういった交渉かしら?」と返した。
 「内容によっては、考慮します」
 「実は、あの部隊には私のかつての仲間が居りまして――」
 シャアは、先ほどハイネに話したことと同じことをタリアに話した。
 タリアは事情を飲み込み、「なるほどね」と頷いた。
 「つまり、そのカミーユという人物を正気に戻したいというわけね?」
 「はい。私やハマーンに反応を示したことから、何らかの強いショックを与えれば、正気
に戻る可能性は十分にあると考えます。しかし、カミーユをこのままあちら側に置いたま
まにしておくと、更なる精神操作によって、最悪手遅れになるかもしれません」
 「だから、あの子を取引材料に使って、そうなる前に彼をこちらに引き込みたい?」
 「おっしゃるとおりです」
 シャアには、ハマーンの言葉を否定したいという思惑がある。カミーユを見限ったりは
しないという証明をしたかったのだ。そこで、ちょうど捕虜にしたステラを利用することを
思いついた。
 タリアは、暫くの思案の後、「分かりました」と応諾した。シャアはその答えを聞いて、一
先ず安堵していた。
 これで、例え交渉が決裂しても、ハマーンの言葉に抗う一つの材料になる――その打
算にやましい感情はあったが、それにはあえて目を瞑った。
 「ありがとうございます」
 シャアはタリアに頭を下げた。しかし、タリアは、礼を言うのはまだ早いとばかりに、「一
つ、条件があります」と付け加えた。
 「条件、ですか……」
 見返りを求められることは覚悟していた。しかし、値踏みでもするかのような目で自分
を見つめるタリアを、シャアは理解できなかった。艶のある目つきは、シャアの知らない、
タリアの女の色香をにおわせていた。
 
 ミネルバからの裏取引の申し出を、ネオは承諾した。こうして、ミネルバとファントムペイ
ンの交渉の場が立ったかに思われた。
 
 薄暗い灯の部屋の中に、シャアの裸体が浮かび上がる。ベッドには、シーツに包まった
タリアが横になっていて、シャアはその傍らに腰掛けていた。
 我ながら情けないと、シャアはかぶりを振った。見返りを求められたからとはいえ、気の
無い女性でも容易く抱けてしまう自分に嫌悪感を覚えた。しかも、タリアの肉体は程よく
熟れていて、おいしく頂けてしまったのである。男の本能とは実に恐ろしきものだと、シャ
アは自分に言い訳をした。
 シャアは立ち上がり、床に打ち捨てられていた服を拾い上げた。
 「……笑ってくれていいのよ。寂しい女だって、軽蔑してくれて」
 シャツの袖に腕を通すシャアに、タリアは背中向きのまま話し掛けた。
 シャアは一寸、返答に困った。わざわざ自虐的な言葉を口にするタリアを、面倒くさい
女だと思った。
 「……忘れかけていた女性の味を、久方ぶりに思い出せました。こちらこそ――」
 気を利かせた返答のつもりだったが、何かがおかしかったらしく、タリアは突然含み笑
いを始めた。
 「フフ……優しいわね。でも、このことはこの場だけの戯れでしかないのだから、後腐れ
は無しで……ね?」
 からかうように言うタリアに、誘ってきたのはそちらの方ではないか、とシャアは何とは
なしに振り返った。――思わず身動ぎした。タリアは上体を起こしていて、胸元に当てた
シーツが、事の外ハッキリとタリアの形を浮かび上がらせていた。
 二つの頂点から伸びる幾本かの皺の線が、まださしたる時間が経っていないことを教
えていた。白い肌に居座る淡い桜色の残照は、余韻という艶が完全には消えていないこ
とを見せ付けているかのようだった。
 ――シャアは、サングラスを掛けた。
 「……勿論です」
 衣服を整えると、シャアはそそくさと部屋を後にした。
 ドアが閉まると、タリアは露骨なため息を漏らした。そして部屋の備え付けのシャワー
で軽く汗を流し、バスローブを纏った。その表情からは、既に余韻は消えていた。
 「意外と優しかったわね」
 誰に言うでもなく、シャアを評する。冷めた声色に、先ほどシャアに微笑んで見せたタ
リアはいない。
 単純な好奇心だった。声が同じであるだけに、シャアとデュランダルを比べてみたくな
った。
 しかし、満足とは程遠かった。テクニックがどうこうという意味ではない。気持ちの問題
だ。その失望が、急速にタリアからシャアへの興味を失わせた。
 デュランダルとの関係は終わったことだと自覚しているが、ディオキアで会った彼は、
一時愛人のような関係だった自分に何のアプローチも仕掛けてこなかった。それが、無
視をされた、と思えたのかもしれない。淡白なデュランダルの態度が、タリアのプライドを
刺激したのだろう。
 そういうことが、少なからずタリアのストレスとなっていた。だから、シャアが気になった。
シャアをベッドに引きずり込んだのは、味見という意味の他に、腹いせのつもりでもあった。
 「いい迷惑だったでしょうけどね……」
 シャアに対する、多少の申し訳の無さはある。
 「でも……」
 一方で、肌を重ねたからこそ気付いたこともあった。
 「彼、あんなことでちゃんと人を愛せるのかしら……?」
 タリアは、他人事ながら心配になった。
 シャアには、女性を愛するインテリジェンスが欠けているように感じられた。あまりに空
疎に感じたのである。そういう性質の行為だったとはいえ、男女の交わりを、愛や情とい
った感情から完全に切り離して考えているように思えてならなかった。そして、その感覚
が恐らく間違いではないことを、タリアは直感的に洞察していた。
 
 
 交渉の場は、ニュートロンジャマーの影響が強い場所が選ばれた。秘密裏に交渉を進
めたいというファントムペイン側の意向で、場所も彼らの指定に従った。
 「なあ、カミーユってのは、どんな子なんだ?」
 道中、そんなことをハイネから訊ねられて、シャアは一瞬、彼がゲイなのかと勘繰った
が、すぐに勘違いだと気付いた。ハイネは名前でカミーユのことを女性だと思い込んでい
たようだ。
 シャアは苦笑して、カミーユが男であることを説明した。
 「何だよ、男かよ!」
 当てが外れたと思ったのか、ハイネは露骨に悔しがった。
 「何を期待していたのかな?」
 不純な思考のハイネに、シャアは皮肉っぽく笑った。
 そうこうしている内に、交渉の場に到着した。そこでは、既にファントムペイン側の交渉
団がシャアたちの到着を待ち侘びていた。
 周りは岩に囲まれているが、その合間からは波飛沫も見える。視界が開けているよう
に見えて、意外と障害物が多い。夕暮れの空は辺りに闇を落としていて、僅かな照明だ
けが互いの存在をぼんやりと認識させているだけだった。
 ミネルバ側の代表はシャアが務め、ファントムペイン側からはネオが自ら代表を買って
出た。両者に数人の護衛が付き、その背後にはそれぞれインパルスとカオスが立ってい
る。物々しい雰囲気が、否が応にも緊張感を高めていた。
 同道していたハマーンは、奇妙な仮面を付けた男の背後にカミーユの姿を確認した。カ
ミーユもこちらを窺っていたが、ハマーンと目が合うと、すぐに俯いてしまった。
 (まだ、認めぬつもりか……)
 視線を落としたカミーユが、小賢しく思えた。
 「こちらからの申し出を受けてもらえて、ありがたく思っている。――ザフト、ミネルバ隊
所属のクワトロ・バジーナです」
 話を切り出す声が聞こえて、ハマーンはそちらに目を転じた。前に出たシャアの前に、
仮面の男が進み出た。
 「地球連合軍第81独立機動艦隊司令のネオ・ロアノーク大佐だ」
 ネオ・ロアノークと名乗った男が、手を差し出して握手を求めた。シャアがそれに応じて、
ネオの手を握り返す。
 (これはこれは……)
 薄闇の中の小さな照明が、陰影を濃くしている。ネオの仮面が薄笑いを浮かべたように
見えた瞬間、ハマーンはつい頬が緩んだ。
 (仮面で顔を隠すか……シャアはサングラス……常識の無い連中だ……)
 握手を交わす二人を眺め、ハマーンは心の中で嘲笑した。
 目の前の男の仮面に、シャアはどことなく見覚えがあった。一年戦争の時に着用して
いた自分の仮面に似ていると思ったのである。このネオという男も、何か隠したい過去が
あるのだろうか――シャアがそう推察したくなったのは、自然の成り行きであった。
 軽い挨拶を済ませると、ネオがシャアの背後のステラを気にした。シャアはそれを察し、
「ああ……」と寝台に括り付けられているステラに振り返った。
 「元気の良い娘さんでいらっしゃったので、少し眠ってもらっている」
 「そうかい。どうやら、丁重に扱ってもらえていたようで、何よりだ」
 ネオはそう言うと、シャアに向き直った。シャアも顔を正面に戻してネオを見た。
 「元々、ちょっと奇天烈なところがある娘でね。勝手に飛び出してお宅に迷惑を掛けて
しまったようだが、こういう機会を設けてくれたことには感謝している」
 ガイアの単独での襲撃が突発的なアクシデントであったことを説明しながらも、ネオは
その詳細を語るようなことはしなかった。内情を漏らさないのは鉄則であるが、シャアは
ガイアの襲撃の意味を殆ど理解していた。
 チラとカミーユを見やった。カミーユは、ジッとステラを見ている。
 (なるほどな……)
 シャアは視線を戻し、ネオに問いかけた。
 「では、取引には応じていただけるので?」
 しかし、ネオは問われると、「いや……」と渋る態度を見せた。
 「その前に、理由を聞かせてもらいたい」
 「理由……?」
 「どうしてカミーユなのか……その理由だよ」
 そう問い返すネオを、シャアは訝った。よもや、ネオがそれを知らないはずが無いと思
っていたシャアにとって、わざとらしく訊ねてくるネオに不信感を覚えた。
 しかし、ある意味でこれはチャンスであるとも考えた。カミーユに刺激を与える機会を、
ネオの方からお膳立てしてくれたと取ることも出来たからだ。
 「ご存知でない?」
 シャアは、あえて意外であるかのように言った。ネオはそのシャアの声色に、微かに顎
を引いた。
 「今は記憶を失くしているようですが、彼は元々私の仲間なのです。記憶操作を施す前
に、エゥーゴという組織の名前を聞いていらっしゃらない?」
 シャアはカミーユにも聞こえるよう、意識して声を張った。そのシャアの意図に気付いた
ネオは小さく舌打ちをして、後ろのカミーユを見やった。
 「記憶操作……? エゥーゴ……アーガマ……? ううっ!」
 カミーユは頭を抱えて蹲った。
 頭痛が、シャアの言葉が或いは真実かもしれないと思わせた。しかし、それは自白を強
要されているようで、嫌な感じしかしなかった。
 「なるほどな……」
 呟いたネオは、得心したようだった。
 「全て把握した。珍妙な取引だとは思ったが、そういう理由か」
 「お分かりいただけたのなら、彼の記憶を戻し、こちらに引き渡していただきたいのだが?」
 シャアがそう迫ると、ネオはそれをかわすように再びカミーユを見やった。
 「――だ、そうだが、どうするカミーユ?」
 呼び掛けるネオに応じて、カミーユはゆっくりと立ち上がった。頭痛が治まらないのか、
顔に汗を浮かべて、片手はまだ頭に添えたままだった。
 「……冗談じゃありませんよ、こんなの」
 苛立ちを含んだ声、そして、その眼光にはシャアに対する明らかな敵意が込められて
いた。
 「シャアだハマーンだ言ったところで、僕に覚えなんかありゃしないんですから!」
 「カミーユ!」
 カミーユが記憶を取り戻しかけていることは、確かだった。現に先ほど、“アーガマ”と
いう単語も自然に零していた。しかし、カミーユはそれを拒んでいるかのように激しく反発
した。
 シャアは焦った。ここまでのカミーユの拒否反応を、想定していなかったからだ。
 「まだ私やブライトキャプテンのことを思い出せないのか! シンタやクム、ファも!」
 「し、知らないって言ってるでしょ! 僕はね、あなたのように何でもかんでも自分の思
い通りにできると思い込んでいる人が、一番嫌いなんです!」
 「カミーユ……!」
 シャアは愕然とした。ブライトやシンタ、クム、ファの名前に強い反応を示したものの、
それにすらカミーユは抗った。何かが、カミーユを縛っているのである。
 ふと、ディオキアでのことを思い出していた。あの時、カミーユを放置して帰ってしまっ
たことが、今さらになって悔やまれた。
 (判断を誤ったというのか……!)
 後悔先に立たず。シャアに、時計の針を戻すことは出来ない。
 動揺するシャアを前に、ネオは口元に笑みを浮かべた。
 「そういうわけだ。交渉は決裂だな」
 「捕虜を見捨てるというのか?」
 焦って引き止めようとするシャアに、ネオは「まさか!」と言いながら後ずさりを始めた。
 「折角の機会なんだ。ステラは返してもらうに決まっている。――スティング!」
 ある程度まで距離を取ると、ネオは急に手を上げて何らかの合図を送った。すると、そ
の合図に応えてカオスがネオたちを覆い隠すように蹲り、そして次の瞬間、シャアたちの
頭上を複数のビームが穿った。
 「何だあーっ!?」
 シャアたちは悲鳴を上げ、一斉に地面に伏した。その上をインパルスが覆い被さって庇
い、ビームライフルを砲撃元へと差し向けた。
 ニュートロンジャマーによるジャミングが強くて、レーダーは殆ど役に立っていなかった。
しかし、そのビームの数と威力から、シンはアビスの砲撃であることを見抜いていた。
 「ニュージャマーの影響が強い場所を指定したのは、この交渉を外部に漏らさないため
じゃなくて、アビスを隠すためだったってのかよ!」
 シールドを構えつつ、「汚いぞ、お前ら!」と憤りながらシンはインパルスを立ち上がら
せる。その足元では、今しがたのビーム攻撃の影響で、まだシャアたちが起き上がれず
にいた。
 その混乱に乗じて、ネオたちは素早く動いた。抵抗するミネルバ側の面々を蹴散らして、
寝台ごとステラを奪取したのである。
 「貴様っ!」
 シャアは撤収の号令を掛けるネオに飛び掛った。が、眼前に降ってきたカオスの足が、
それを妨げた。シャアは辛うじて踏み潰されはしなかったものの、地面に転倒してしまった。
 カオスの足の影から、ほくそ笑むネオの表情が見えた。
 「確かにステラは返してもらった。お前たちのバカ正直さには、感謝の言葉も無い」
 シャアはカッと頭に血が昇って、咄嗟に銃を取り出して撃っていた。しかし、ネオはそれ
を嘲笑うようにカオスの陰に隠れて、シャアが撃った弾丸はカオスの足に弾かれて小さ
な火花を散らしただけだった。
 「おのれ!」
 シャアは地面に拳を叩きつけ、憤慨に打ち震えた。
 
 ネオの撤収命令に従い、カミーユも軍用機に向かって駆け出した。しかし、突然の発砲
音と肩の近くを掠めた弾丸の感触に、咄嗟にその足を止めた。
 頭の痺れが、一段と強くなった。混乱が続く現場は、まだ砂煙が巻き上がっていて、視
界が悪い。しかし、その女は、まるでカミーユだけに姿を見せるように現れた。
 「逃げられると思ったか、カミーユ?」
 重く、低い声。銃を向けるハマーン・カーンの出現は、必然的なものに感じられた。
 「また、あなたか……!」
 対峙するハマーンを、もう知らない人物だと白を切ることは出来なかった。カミーユは、
ハマーンが印象的な女性であったことを思い出していた。
 「分かっているぞ、カミーユ。いつまで自分を偽るつもりだ?」
 ハマーンにそう問われたカミーユは、思わず眉を顰めていた。
 (この人と僕は同じなんだ……!)
 頭の痺れとは別に、それとは違う不思議な感覚が内在している。ハマーンに問われた
時、内心を見透かされたと感じたカミーユは、直感的にハマーンが自分と同じセンスを持
つ人間であることを理解していた。
 しかし、その理解は反発となった。ハマーン・カーンという女性には、決して気を許して
はいけないということも、ぼんやりと思い出していたからだ。
 「偽るって……そういうことは、あのシャアって人に言ってくださいよ!」
 カミーユは苛立ちに任せて反論した。しかし、ハマーンは「ほう」と小さく唸るだけだった。
 「シャアのことも分かっているようだな。そこまで思い出していながら、何故いまだに抗
う? あの連中に、何があると言うのだ?」
 「そんなのは、僕の勝手でしょう!」
 「そうかな?」
 嘲笑を浮かべるハマーンには、確信の色があった。カミーユは、それが酷く不愉快に感
じられた。
 (勝手に分かった気になって……!)
 そう内心で反発しながらも、ハマーンに気圧されている自分に気付いていた。
 (このままじゃ、この人に呑まれる……!)
 焦燥感を強めたカミーユは、気を取り直し、ハマーンに切り返した。
 「だったら、あなたは何故シャアと一緒にいるんです? あなただって――」
 パァンッ! ――言いかけたカミーユの頬の辺りを、弾丸が掠めた。千切れた髪が宙を
舞う。カミーユは思わず一歩後ずさり、弾丸が掠めた辺りを探った。
 ハマーンは銃を向けたまま、サイボーグのように微動だにせず、カミーユを睨んでいた。
薄闇の中に浮かび上がる鋭い青の双眸が、カミーユにその続きを言わせなかった。
 身の危険を感じるほどのプレッシャーを感じる。
 「……確かに、あなたのせいで自分が何者なのか、分かってしまったような気がします
よ」
 カミーユは強い圧迫感を覚える中、自分を奮い立たせて切り出した。
 「でもねっ! それが、今の僕と何の関係があるって言うんです!? ――あなたは、
いつだって敵だったじゃないですか!」
 カミーユは声を荒げて、ハマーンを罵倒していた。
 カミーユは激しい苛立ちを見せていた。その感情の乱れを、ハマーンは甘えだと推定
した。
 「……与えられた環境が心地よければ、手放したくなくなるものだものな?」
 ハマーンはため息混じりに言って、徐に銃を下ろした。それを見て、カミーユは訝しげ
に眉根を寄せた。
 「だが、それでは地球の重力に魂を縛られた人間と同じだ。お前も、結局はニュータイ
プの成り損ないだったようだな」
 「ニュータイプ……?」
 「行け。もうお前に用は無い。そうやって、いつまでも幻想に縋っているがいい」
 ハマーンは静かに罵ると、カミーユに背を向けて砂塵の中に消えていった。カミーユは、
呆然とそれを見送るだけだった。
 
 軍用機は、既に離陸の準備を終えていた。「急げ!」とタラップに足を掛けて入り口から
身を乗り出すネオが、カミーユに手を伸ばしていた。
 騙し討ちでステラを奪還した。ネオの手を取れば、またあの居心地のいい空間に戻れる。
しかし、何かが心の奥底で引っ掛かっている。
 それを意識した時、カミーユは今さらになって悔しさが込み上げてきた。
 「ハマーン・カーンなんかに、僕の何が分かるっていうんだ……!」
 しかし、今のカミーユには、そんな負け惜しみに等しい一言を発するのが精一杯だった。