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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第16話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 02:55:49

 指をグローブの奥までしっかりと差し込む。使い込まれたそれは、シャアの手に良く馴
染む。
 格納庫では、セイバーがいつもの場所でいつものように佇んでシャアが来るのを待って
いた。
 コアスプレンダーのところには、まだメカニックたちが屯っていた。その周りには何セッ
トかのチェストとレッグの各パーツが所狭しと並べられている。ジブラルタル基地から積
めるだけ積んできた、インパルスの予備パーツである。それを一つ一つ指差しながら、
主任であるマッドが最終確認を行っていた。
 「シンは?」
 シャアは補助の為に格納庫に降りていたレイを呼び止め、ふと訊ねた。
 「まだですが」
 「うん。まだ時間はあるが……」
 「ブリッジに確認を取ってみます」
 そう言って、レイは通信端末を取り出した。
 それから暫くして、息を切らせたメイリンが格納庫に飛び込んできた。
 「シン、まだ、来て、ません、か」
 膝に手をついて途切れがちに言葉を並べるも、メイリンの言葉に頷く者は誰も居なかっ
た。
 「もう、どこほっつき歩いてんのよ!」
 メイリンはヒステリックに声を上げて、通信端末の発信ボタンを連打した。
 艦内を駆けずり回って探したが、見つからなかったようだ。各自、即座に連絡が取れる
ように通信端末を持たされているのだが、メイリンの様子を見るに、どうやらシンは全く応
答しなかったらしい。
 シャアは、ふとルナマリアの姿も見えないことに気付いて、彼女に連絡を取ってみたら
どうだ、と提案した。しかし、メイリンも既にそれは試したようで、ルナマリアも応答しなか
ったことが分かっただけだった。
 「おねーちゃんがシンをたらし込んでるんですよ!」
 メイリンは放言するが、その言い方はどうかとシャアは思う。二人が一緒にいることは
自然なことで、もっとロマンチックなものなのだ――と言おうとしたが、今のメイリンにそ
れを言うのは危険な気がして、シャアは言葉を慎んだ。
 「あと少しで時間だぜ!」
 マッドが腕時計を神経質に指で叩いて、シンはまだか、といったニュアンスで言った。
メイリンはその声に慌てて、「もう一回、捜してきます!」とモビルスーツデッキを飛び出
そうとした。
 シンとルナマリアが連れ立って現れたのは、丁度その時だった。
 「おねーちゃん!」
 メイリンは思わず声を荒げてルナマリアに詰め寄った。しかし、ルナマリアはあっけらか
んとした態度で、「何でメイがここにいるのよ?」と首を傾げる始末。
 「だ、誰のせいでこんなに苦労したと思ってんのよ!」
 これには流石にメイリンも腹を立て、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
 「どこ行ってたのよ! ずっと呼び出してたのに、何で応答しないの!? 御法度だって、
アカデミーで厳しく教えられたよねえ!?」
 「時間には間に合わせたんだから、いいじゃない」
 確信犯だったのか、悪びれる様子も無く答えるルナマリアに、「そういう問題じゃないでし
ょっ!」とメイリンは激しい非難の声を上げた。
 「大一番の前だってのに、メイは元気がいいな」
 格納庫の天井は高く、声が良く通る。メイリンの怒鳴り声が反響しているのを聞きなが
ら、シンはリラックスした様子でシャアの隣に立った。
 シンの顔には、笑みすら浮かんでいる。シャアはそれを見て、出撃前に良い時間を過
ごせたようだと察した。
 「調子はどうかな、シン君?」
 シャアは問いながら、シンの血色の良さを確認していた。
 「いいですよ。そっちは?」
 「まずまず、といったところかな」
 二人は向かい合い、がっちりと握手を交わした。
 「まずまず? ハマーンさんがいないからですかね」
 「そうだな」
 シャアは苦笑するように口角を上げた。
 「彼女の仏頂面が無いだけでも、随分と気が楽になる。いずれ、また顔を合わせなくて
はならんと考えると、やはり気は滅入るのだがな……」
 「へえ」
 シンは軽く肩を竦ませた。
 「いいんスか? そんなこと言って誰かに告げ口でもされたりしたら。怖いでしょ、あの
人」
 「その時は、君が今言ったことを告げ口して、巻き込ませてもらおうか」
 「おっと、くわばらくわばら」
 シャアの脅しにシンは慌てて口を塞ぎ、おどけて見せる。
 そうして冗談を交わしていると、やがて「時間だ!」というマッドの野太い声が響いた。
 シャアとシンは顔を見合わせ、頷きあった。
 「じゃあ、頼みます」
 「ああ。君の方こそ、期待している」
 二人はもう一度、握手を交わすと、それぞれの機体に向かった。
 シャアはその途中、ふとシンに振り返った。
 「なかなかいい顔つきになった。やはり……」
 シンはレイと一言二言交わすと、次にそれとなくルナマリアに向けて親指を立てて見せ
た。すると、それを見たルナマリアは今まで見せたことも無いような表情になって、コアス
プレンダーに乗り込むシンを心配そうに見つめた。
 (いいな……)
 彼らが遅れてやって来た理由を考えると、一人身のシャアは多少、羨ましくも思うので
ある。
 その時だった。不意に背後から、「クワトロさんもお気をつけて」と声を掛けられ、シャア
は咄嗟に振り返った。
 「ご活躍、期待してますからね!」
 振り返った先には、人懐っこい笑みのメイリンが立っていた。
 今しがたまでの姉に対するヒステリーは、既に鳴りを潜めていた。声を掛けてきたのは、
一人身のシャアを気遣ってのことだろう。姉がシンと良い関係になっていることを知って
いて、それを見つめるシャアの視線が侘しく見えたのかもしれない。
 それは大きなお世話であったのだが、しかし、社交辞令的にではあるにしても、出撃前
に貰う女性からのエールは悪く無いものだと思った。心優しい少女なのだ。
 シャアは、「ありがとう」と素直にメイリンに微笑んだ。そして、「君は、良い嫁さんになる
んだろうな」と付け足した。
 「じゃあ、クワトロさんが貰ってくれます?」
 「ん? いや……」
 思いがけない返しをされて、シャアは不覚にも少々照れてしまった。
 それを見たメイリンが、「うふふ」と悪戯っぽく笑う。
 「冗談です。私、もう戻りますね。またスクリーン越しに会いましょう」
 そう言ってウインクをすると、メイリンは急いで艦橋に駆け戻っていった。
 シャアはため息をつくと、それを最後まで見送ることなく、周囲から顔を隠すようにヘル
メットを被り、セイバーに乗り込んだ。
 「女性は見た目に拠らないものだが……手玉に取られて……」
 小娘を相手にだらしない大人だ、とシャアは自嘲した。
 
 
 アークエンジェルは、雪山の谷を縫うように進んでいた。
 ベルリンでの戦闘が終わった後から、頻繁にザフトの追撃を受けていた。現在もザフト
に捕捉されている状態で、既に何度かの攻撃を受けていた。いずれも本格的な攻撃とは
言えなかったことから、ラミアスは嫌でも何らかの意図を感じずにはいられなかった。
 「誘われてるな」
 「ええ、確実に……」
 バルトフェルドの独り言に、ラミアスが答える。二人の見解は一致していた。
 これまでの散発的な攻撃を鑑みるに、ザフトがアークエンジェルをどこかに誘き出そう
としていることは明白だった。そして、その先で待っているものの見当も、粗方ついていた。
 「多分、ミネルバでしょうね」
 ラミアスの推測に、バルトフェルドは同意して頷いた。
 「十中八九な。面倒なことになる」
 うんざりした言い方に、これから繰り広げられるであろう激戦の予感が漂った。
 アークエンジェルとミネルバの能力は、ほぼ互角であるとの見立てがあった。それに付
け加えて、インパルスがベルリンでの戦闘においてアークエンジェルのストロングポイン
トであったフリーダムに匹敵する存在にまで急成長していた。それは、一同にとって最大
の誤算だった。
 だが、懸念はそれだけではない。
 バルトフェルドが気を揉んでいるのは、セイバーの存在であった。地味ながら確実な仕
事をこなすセイバーの存在は、その対応を迫られるバルトフェルドにとって頭の痛い問題
だった。腕前で負けるつもりはないが、機体の性能差は如何ともしがたい。
 あれは相当なベテランだとバルトフェルドは睨んでいた。きっと、二年前の戦争の時か
ら活躍しているパイロットに違いないと推測した。
 ところが、どれだけ当時のザフトの記憶を辿ってみても、そのような凄腕で年季の入っ
たパイロットの見当が、皆目つかなかった。
 「……何者だ?」
 バルトフェルドの誰にとも無く発せられた呟き。耳にしたラミアスは、それが何を意味し
ているのか分からなくて、首を傾げていた。
 「――全く。ユウナの奴の言うとおりにしたらこれだ」
 唐突にぼやいたのは、先ほどからレーダーと睨めっこをしているカガリである。
 レーダーはニュートロンジャマーのジャミングの影響で多少は乱れていたが、数キロ程
度までならカバーできていた。カガリが気に入らないのは、その範疇においてさえも、複
数のザフトが潜んでいることが確認できる点であった。
 「デュランダル議長の演説のお陰で、ユウナの艦隊は本国帰還の名目が立ったんだ。
けど、ベルリンからこっち、ザフトが追撃を掛けてきて私たちは逃げ回ってばっかりだ。こ
れじゃあ、ほとぼりが冷めるまでスカンジナビア王国に匿ってもらうこともできやしない」
 カガリは愚痴を零しながらパネルを操作し、各監視カメラが捉えるザフトの追撃部隊の
様子を確認した。ザフトは、今は攻撃の手を休めていて、仕掛けてくる様子は見られない。
 「そもそも、ザフトは私たちをどうするつもりなんだ? どういうつもりで私たちを攻撃する
んだ?」
 疑問を呈すると、「そりゃあ、色々してきたんだもの」と反対側の席のミリアリアが答えた。
 「狙われて当然よ」
 あっけらかんと言うミリアリアに同調して、「無茶やってきたもんなあ」とチャンドラが遠い
目をした。
 「そうかも知れないが……」
 カガリは反論しようとしたが、諦めた。どう言い繕ったところで、これまでアークエンジェ
ルが行ってきたことは、本人たちの思惑はともかく、言い逃れできない暴挙と見なされて
も仕方の無い行為だったのだから。それは認めざるを得なかった。
 「まさかユウナの奴、私を亡き者にしようとして……」
 呟くように言うと、それを打ち消すように、「疑いたくなる気持ちは分かるが、そいつは後
にしてくれ」とバルトフェルドが言った。その引き締まった声色に、艦内に緊張が走った。
 「――お出でなすった」
 轟く警報。示し合わせたように各員、背筋を伸ばし、自らの役割に没頭する。短いイン
ターバルを挟んで、再びザフトの攻撃が開始されようとしていた。
 
 ザフトは相変わらず散発的な攻撃を仕掛けてくるだけだった。キラが哨戒に当たってい
るが、遠方から撃ってくるだけで、本気でアークエンジェルを落とそうとしているようには見
えない。
 「こうしてくれてる内に逃げ切りたいところだけど……」
 そうはいかないだろうな、という予感はしていた。ザフトの攻撃はあからさま過ぎる。何ら
かの待ち伏せがあるのは、火を見るよりも明らかだった。
 攻撃が止むと、キラはフリーダムを空に走らせて周辺の索敵を行った。自分が先行して、
少しでも露払いをしておこうと思ったのである。
 しかし、結果的にそれが仇となった。
 「フリーダムのアークエンジェルからの離脱を確認」――追い込み役の斥候部隊からの
連絡を受け、静かに双眸を瞬かせる。雪の中に機体を埋め、メインカメラと砲口だけを覗
かせて、ジッと機会を窺う。正面モニターの灯だけが、煌々とコックピットの中を照らしてい
た。
 そこへ、フリーダムの接近を告げるアラームが鳴り響いた。絶対に見逃すまいと神経を
尖らせ、瞬きも惜しんでモニターを注視する。
 十秒が何倍にも感じられる感覚。焦れる気持ちを抑え、息を殺して獲物が現れる瞬間を
待つ。
 作戦経過時間を示すデジタルの数字が時を刻む。その秒の単位が何度目かのゼロを
繰り返した時、遂に雪山の影から飛翔するモビルスーツが姿を現した。――獲物だ。
 照準がそれを追尾する。逸る気持ちを我慢し、音も立てない細心の注意を払って辛抱
強く待つ。そして、照準が赤くなってロックオン表示が出ると同時に、それまで抑えていた
気持ちを吐き出すように躊躇い無くトリガースイッチを押した。
 瞬間、二条の強力なビームがフリーダムに襲い掛かった。
 だが、押し留めていたはずの殺気は、キラに伝わっていた。静か過ぎることを訝ったキ
ラは、それが発射される直前に砲門の存在に気付いていた。そして、辛くもビームをかわ
したのだ。
 ビームは山肌に当たって積もった雪を溶かし、岩肌を派手に砕いた。直撃していれば、
いかなフリーダムといえど一貫の終わりだっただろう。
 キラには射手が何者であるかが分かっていた。それまでとは明らかに質が違う、致命
傷を狙いに来た一撃。果たして、水蒸気が上がっている雪の中から砲戦仕様のインパル
スが姿を現した。
 「シン・アスカ……彼か!」
 キラは気を引き締めた。
 ところが、そこで思いがけないことが起こった。インパルスはフリーダムにダメージが無
いことを認めると、一目散に後退を始めたのである。
 いつものように激しく突っかかってくるものと思っていた。しかし、今日のインパルスがと
った行動は、そのキラの予想とは正反対のことだった。
 キラは、強い違和感を覚えた。こんなはずはない――その思い込みが、不安を煽った。
 考えるよりも先に身体が動いて、インパルスを追っていた。このまま放置しておいては
危険なのではないかと。キラの心中に言い知れない焦燥が生まれていた。
 しかし、それも張り巡らされた計略の一部だった。
 インパルスは巧みに雪山の間を縫い、ビームで雪を蒸発させて煙幕を張った。そうして
身を隠しながらフリーダムを翻弄し、逃げる。吹雪という悪天候の影響もあり、キラはや
がてインパルスを見失ってしまった。
 「これは……!」
 辺りは再び静寂に包まれた。まるで、吹雪の中に一人だけ取り残されてしまったかのよ
うだった。
 その時になってキラは気付く。インパルスの襲撃が、アークエンジェルとの分断にある
ことに。そして、同時に山間部からキラの前に姿を現したのは、ミネルバの巨大な艦影だ
った。
 艦砲の一斉射を受ける。それをかわしながら慌てて雪山の陰に身を隠した。
 キラは焦燥に駆られた。自分はハメられたのだ。ならば、今すぐにアークエンジェルに
戻らなければならない。
 しかし、キラには一つ失念があった。深い怨嗟の念。そのことを思い出したのは、上方
からの攻撃を告げるアラームが鳴った時だった。
 「インパルス!」
 上空を振り仰いだキラの目に留まったのは、空戦仕様に変更したインパルスの姿だっ
た。
 ビームライフルを撃ちながら、雪山を直滑降する勢いで迫ってくる。そして左手にビー
ムサーベルを抜くと、加速させた機体の勢いを乗せて振り下ろしてきた。
 キラは咄嗟にそれをかわし、逆噴射をかけてその場から一気に離脱した。インパルス
のサーベルは雪面を叩き、蒸発した雪が凄まじい水蒸気の煙を上げた。
 直後、その煙を突き破ってインパルスが飛び出してくる。
 追随するインパルスには勢いがあった。キラはあっという間に接近を許し、咄嗟にシー
ルドを構えた。そこへインパルスのサーベルが勢い良く叩きつけられ、その衝撃でフリー
ダムは吹き飛ばされた。
 墜落の衝撃の中、キラは確信した。インパルスは確実に自分を脅かす存在になった―
―その感じ方は、キラの焦燥を更に煽った。アークエンジェルの危機、そして自らの危機。
その二つが重なることなど、滅多に無いからである。
 フリーダムに表出した微かな動揺の兆しが、シンには見て取れた。それは、シンがキラ
の次元に至ろうとしていることの証左でもあった。
 しかし、今のシンには、そんなことはどうでもいいことだった。
 「これまでだな、フリーダム!」
 「……ッ!?」
 何百回と繰り返したシミュレーター上のフリーダムは、こんなものではなかった。もっと、
考えられないような凄まじい動きをして見せるものだった。
 その迫力を、今の目の前にいるフリーダムからは感じなかった。
 アークエンジェルに後退しようとするキラ。その行く先に回り込み、立ち塞がるシン。排
除しようとするキラの射撃も、今のインパルスには当たらなかった。
 ライフルでビームを連射し、フリーダムを追い立てる。反撃のビームは、全てかわした。
狙いは、予め絞れているからである。特訓の成果であった。
 フリーダムを押し込んでいる。それは即ち、勝機である。――シンは叫んでいた。
 「アンタは俺が討つんだ! 今日! ここでっ!」
 
 孤立したフリーダムを援護しようとするアークエンジェルを阻んだのは、赤い可変型の
モビルスーツだった。高い機動力を武器に、出撃したバルトフェルドのムラサメを歯牙に
もかけず、単独でアークエンジェルを攻撃し続ける。激しいアークエンジェルの砲撃をも
のともせず、かつての二つ名“赤い彗星”の異名どおりの戦いを、シャアは演じて見せて
いた。
 アークエンジェルにオーブの国家元首であるカガリが捕えられていることは、(狂言で
はあるが)周知の事実である。カガリを救出、保護し、プラントの大義名分を示すというの
が、このエンジェルダウン作戦の趣旨でもあった。
 出撃前、シャアに単独でのアークエンジェルの阻止という重責を担わせてしまったこと
に対し、気が差していたタリアから声を掛けられる一幕があった。ミネルバは作戦の都合
上、インパルスから離れられなくて、セイバーのサポートが一切できないのである。
 しかし、シャアは不敵に笑って、こう返した。
 「承知していたことです。それに、あまり私を見くびらないでいただきたい。こういった作
戦こそ、私の本分なのですから」
 敵を翻弄するような戦法こそが、自信家であるシャアが得意とする分野であった。蝶の
ように舞い蜂のように刺す。そんな戦いに、シャアは高揚感を覚えるのである。死と隣り
合わせのスリルを感じるからこそ気持ちが若返り、赤い彗星はより輝きを増す。
 しかし、アークエンジェルの持つ特殊装甲、ラミネート装甲は厄介だった。ビームの熱
を艦の全体に拡散し、大幅に威力を減退させる効果のあるその特殊装甲は、ビーム兵器
が主体のセイバーではなかなかダメージが通らず、シャアにストレスを与える結果となっ
ていた。
 一方でムラサメは敵ではなかった。決してパイロットの腕が悪いわけではない。寧ろ、エ
ース級の腕前である。しかし、埋められない溝は機体の性能差にあった。幾度もマッドと
ミーティングを重ね、熟成に熟成を重ねてきたセイバーは、最早シャアの手足そのもので
ある。性能が平均化されている凡庸なモビルスーツ風情に遅れを取ることは、あり得なか
った。
 バルトフェルドはそれを身に沁みるほどに痛感していた。搭乗機に対する錬度に差があ
り過ぎる。逃亡者ゆえに資金や物資的な余裕の無いアークエンジェルでは、ムラサメを整
備するだけで手一杯だったのである。キラとフリーダムに大きく依存しているアークエンジ
ェルの弱点が、モロに露呈した恰好だった。
 歴然とした差だった。もうお手上げとしか言いようが無い。しかし、バルトフェルドにも意
地がある。キラが戻るまでの時間稼ぎくらいしかできないだろうと悔しがりながらも、せめ
てセイバーのパイロットの正体くらいは突き止めてやろうと意気込んでいた。
 「この動き、ナチュラルか……?」
 時折垣間見せる素早い反応。それは一見、コーディネイターの動きのように見えるも、
バルトフェルドの目はそれをカモフラージュであると見抜いていた。
 そうと分かれば、やりようはあった。いかに歯が立たない相手でも、アークエンジェルの
砲撃を利用すれば接触することくらいは出来る。
 果たしてバルトフェルドは、セイバーがアークエンジェルの砲撃に気を取られている隙
に接近し、見事に組み付くことに成功した。
 「お前は何者だ!?」
 間髪入れずに呼び掛けた。そうしないと、あっという間に反撃を受けるからだ。
 「お前はナチュラルだろう! ナチュラルが、何故ザフトで戦えるんだ!」
 「――やるな!」
 その声が聞こえた瞬間、バルトフェルドは思わず眉を顰めていた。
 接触回線から聞こえてきた音声は、決してクリアではなかった。しかし、その一言を聞
いた瞬間、バルトフェルドの頭の中は瞬く間に疑問符で埋め尽くされてしまった。
 固まった思考が解ける間もなく、衝撃が襲った。セイバーがすかさずムラサメを突き放
し、蹴りを入れてきたのだ。
 バルトフェルドのムラサメは、雪面に向かって落下した。墜落寸前でバランスを取り戻
し、事なきを得たのだが、頭の中に残る疑問は今いる凍土のように、決して氷解すること
はない。――その特徴ある声を、聞き違えるはずがなかった。
 「今のはデュランダル……? ――バカな! モビルスーツに乗るなんて、聞いてない
ぞ!」
 しかも、その動きはナチュラルである。最初は好奇心から来るだけだった疑問が、今の
一瞬で混乱するほどの大きな謎に変わった。――一体、デュランダルとは何者なのだろ
うか。
 「偽ラクスの件を考えれば分からない話じゃない。しかし――」
 ラクスと違って決定的な証拠は無い。そして、影武者だとしても前線に送る意味が分か
らない。
 考えれば考えるほど分からなくなる。それもデュランダルの奸計の内なのか――バル
トフェルドは、何か自分がデュランダルの手の平の上で転がされているような錯覚に陥っ
た。
 しかし、当の本人は、偶然とはいえ、自分の存在が知らず知らずの内に波紋を広げつ
つあることなど露とも思わず、アークエンジェルの対応に腐心していた。
 いかんせん、ダメージが通りにくい。アークエンジェルの阻止は、当初思っていたより
も容易くなく、戦闘は長期戦の様相を呈し始めていた。このままではフリーダムとの合流
を許してしまう。
 苛立ちと焦燥が募る。こうなったらいっそのこと、ミネルバに戻ってザクのウィザード装
備からバズーカを拝借してきた方が早いかもしれないと考えた。
 しかし、そう検討していた時だった。不意にアークエンジェルが何らかの暗号と思しき光
信号を、彼方に小さく見えるフリーダムに向けて送ったのである。
 途端に、アークエンジェルは転進を始めた。フリーダムと合流するのではない。向かう
先には、海が見えた。
 「海中に逃げようというのか!」
 状況が変わりつつあった。即時、シャアはミネルバと通信回線を繋げた。
 
 緒戦は押し込んでいた。しかし、フリーダムの恐るべきところは、そこから巻き返す力を
持っていることであった。
 徐々に本性を現し始めた。ミネルバの支援砲撃をかわしながらシンの攻撃に対処し、異
常なまでの反応速度で反撃を繰り出してくる。緒戦の勢いに多少浮かれていたシンは、そ
のフリーダムの切れ味鋭い反撃に対応しきれずにダメージを受け、右腕の肘から先を失
った。
 「ミネルバ!」
 シンは叫びながら合体を解除して、チェストパーツをフリーダムに突っ込ませた。さしも
のキラもそのような攻撃は想定外で、咄嗟にチェストパーツを受け止めていた。
 シンはそこにコアスプレンダーで突撃し、弾丸をチェストパーツに撃ち込んで誘爆させ
た。
 「くうぅっ……!」
 ジェネレーターの誘爆による凄まじい爆発の衝撃がキラを襲う。画面は業火で埋め尽く
され、数秒の間、キラから視界を奪った。
 爆発の後の立ち込める煙をシールドで薙いで振り払い、すぐさまコアスプレンダーの姿
を探す。再ドッキングをする前にコアスプレンダーを抑えたいとの欲求が、キラの気を逸
らせていた。
 だが、コアスプレンダーは既にインパルスへとドッキングを済ませていた。
 「ミネルバが近いから……!」
 インパルスへの再ドッキングまでのサイクルが早い。今のようにたったの数秒でも時間
を作られてしまったら、キラにそれに対処する術は無かった。
 「何とか戦いを止めてもらう方法は無いの……!?」
 瀬戸際に立たされているとの認識があった。インパルスはミネルバの恩恵を受け、その
特性を余すことなく活用できている。対して、キラは孤立させられていた。アークエンジェ
ルと分断させられ、支援砲撃も受けられずにインパルスとミネルバの猛攻を凌ぐことに終
始していた。
 インパルスさえ黙らせられれば、逃げる機会はある。しかし、インパルスはそんなキラ
の及び腰に付け込むかのように激しく攻め立ててくる。
 インパルスはキラのビーム攻撃をかわすと、不意にシールドを投擲した。キラは一寸、
そちらに気を取られたが、それが囮だと気付くとすぐさまインパルスへと目を戻した。
 だが、それがインパルスの策(て)だった。インパルスはビームライフルを構えると、フ
リーダムにではなく、投擲したシールドに向かってビームを撃った。
 「うっ!?」
 刹那、キラは呻いていた。投擲されたシールドはインパルスの撃ったビームをリフレク
ションし、フリーダムを狙ったのである。咄嗟の反応で直撃こそ免れたものの、ビームは
フリーダムの左肩のアーマーを掠め、黒い焦げ跡を残した。
 そのトリッキーな攻撃がキラの動揺を誘った。手応えを感じたシンはビームライフルで
それを更に煽るように追い立て、左手に持たせたビームサーベルで切り掛かった。
 後退を繰り返すフリーダムは、明らかに追い込まれている。だが、キラにはまだシンを
脅かすだけの余裕は残されていた。シンがそれを直感したのは、インパルスが繰り出し
た斬撃をかわして、フリーダムが双眸を瞬かせた時だった。
 瞬間的に、シンの脳裏にレイの言葉が過ぎった。それは、レイが組み立てた作戦プラン
についてレクチャーを受けていた時のことである。
 「――フリーダムがコックピットを狙わないというのは、あくまでも奴が優位に立っている
ことが前提だ。そして、その前提が崩れた時は――」
 レイが指し示した胴体部への1.1%が、シンの脳裏に焼き付いていた。
 シンは、反射的にがら空きになったフリーダムの胸部へとビームライフルを差し向けよ
うとしていた。だが、腰部のビームサーベルの柄を逆手に掴んだフリーダムが一足先に
それを抜き放ち、インパルスに斬撃を繰り出していた。
 刃状に模られた超高熱の粒子の束が、インパルスの胴を目掛けて振るわれた。刹那、
シンはカッと目を見開き、咄嗟的にインパルスの上下を分離させた。
 フリーダムの紅の光刃が軌跡を描く。だが、それは分離したインパルスの上半身と下半
身の間を空振りしただけだった。
 「アンタだって、死にたくないだろうからな!」
 シンは素早く再ドッキングして、驚愕で動きが鈍ったフリーダムに襲い掛かった。
 「でも、逃がさない! アンタたちはやり過ぎたんだ!」
 後退しながら繰り出されるビーム攻撃を掻い潜りながら、シンはフリーダムを追い立て
る。
 「教えてやる! 俺の、この作戦に懸ける覚悟を! アンタとは違うんだってことを!」
 身体ごとぶつけるようにビームサーベルを叩きつけた。飛び散る粒子がスパークして、
スクリーンに白いフィルターが掛かる。シンはその中にうっすらと浮かぶフリーダムの顔
を睨みつけた。
 「自己満足で戦ってるようなアンタとは違うんだ! 自分の都合で敵にも味方にもなるよ
うなアンタとは!」
 「自己満足……!?」
 キラの声は、少し上擦っていた。シンは追い立てるように、「そうだろ!」と噛み付いた。
 「違う!」
 しかし、キラも黙ってはいない。シンの追及を跳ね除けるように、強く反発した。
 「僕達に敵も味方も無い! ただ、目の前の戦いを止めさせたくて、僕達は!」
 「それを自己満足って言うんだろうが!」
 シンはそんなキラの主張も一蹴し、フリーダムを押し込んで雪面に叩きつけた。
 ビームサーベルを振り上げ、そのまま串刺しにしようとする。しかし、キラも咄嗟に反応
し、素早く横へ逃れた。
 突き立てたビームサーベルの熱が、雪を溶かして大量の蒸気を巻き上げた。キラはそ
の蒸気の霧を利用して、間合いを取ろうとした。
 だが、シンの目からは逃れられなかった。インパルスはすかさずフリーダムを追撃した。
 「逃がさないと言っている!」
 背後から撃ったビームが、遂にフリーダムを捉えた。その象徴的な青いウイングの右
翼がビームの熱で溶融し、もげ落ちた。
 「くっ……! こんな……!」
 フリーダムはきりもみしながら墜落した。岩山の斜面に激突して滑ったが、それでもす
ぐに体勢を立て直し、追い縋るインパルスから全速力で遁走した。
 「シン・アスカ……彼に話を聞いてもらうには……!」
 海へ逃げるというアークエンジェルからの連絡は、しっかり受け取っていた。海中に身
を沈めれば、追撃から逃れることができる――趣旨は了解したが、しかし、合流しように
もインパルスがそれを許してくれない。
 「状況が悪すぎる……! マリューさんの判断は正しいけど……!」
 今、インパルスは猛烈な勢いでフリーダムに迫っていた。
 機動力の低下だけが原因ではないように思えた。何か、決定的に流れがインパルスに
傾いている――そう感じられた。
 強い執念が、その流れを引き寄せているのだろうか。キラの目に映るインパルスには、
何か怨念めいたオーラが立ち昇っているようにさえ見えた。
 「君は、そこまで僕に復讐を――」
 「違う!」
 シンの強い否定は、風船の破裂音のように強くキラの耳を打った。そして、その強い否
定が、今しがたまでキラがインパルスに見ていたオーラが、思い込みから来る幻でしか
ないことを思い知らせていた。
 「俺は復讐で戦ってんじゃない!」
 シンはキラの言葉を打ち消すように叫んだ。
 「もう、復讐じゃ戦わない! 戦っちゃいけないんだ!」
 かぶりを振るシンには、強い後悔があった。グフ・イグナイテッドが爆散して、ハイネが
逝った。ベルリンで味わった激しい自己嫌悪は、今もシンの心に燻っていた。
 だからこそ、復讐で戦うなと言ったハイネの言葉が、余計に身に沁みていた。
 「アンタを倒すのは、俺がザフトだからだ! それがザフトとしての俺の使命だからだ!」
 「使命……!」
 フリーダムがビームライフルを構えた。だが、その刹那、インパルスの撃ったビームが
銃身を貫いていた。フリーダムは慌ててビームライフルを棄て、更に後退を続けた。
 「ミネルバ! ソードシルエット射出!」
 勝機と踏んだシンは、咄嗟にミネルバに要請していた。その求めに応じて、ミネルバか
ら示し合わせていたように即座にソードシルエットが射出された。そのソードシルエットと
並走し、シンはフリーダムを追い込んでいった。
 
 アークエンジェルは間もなく海岸線に到達しようとしていた。
 ラミネート装甲でダメージを軽減していたとはいえ、セイバーの執拗な攻撃は確実にア
ークエンジェルの体力を奪っていた。そして堪えきれなくなったラミアスは、遂にキラとの
合流を諦め、各個で海中に逃れる道を選択したのである。
 フリーダムとアークエンジェルの合流を許さなかった時点で、シャアは最低限の役割を
果たしたと言えた。しかし、胸の内に広がるのは、もっとできたのではないか、という悔恨
の念だった。
 当初からアークエンジェルが海に逃亡を図ることは想定されていた。配置はそのための
ものだったし、やや危険ではあるがタンホイザーの使用も視野に入っていた。
 しかし、そうなる前に何とかできなかったのだろうか、とシャアは思う。タンホイザーという
些か危険な手段に出る前にアークエンジェルを航行不能にできれば、作戦はもっと容易
な展開になっていたはずだったからだ。
 「タンホイザーの狙撃手が、うまくやってくれるのを祈るしかないが……シンはやれてい
るのか?」
 自分の不甲斐なさを誤魔化すように呟いたシャアは、視線をインパルスとフリーダムの
戦いへと向けた。
 そこでは、今、正に決着が付けられようとしていた。
 
 逃げるフリーダムを、インパルスが凄まじい勢いで追走していた。
 並走するソードシルエットからビームブーメランを取り出すと、それをフリーダムの背中
に投げつけた。フリーダムは咄嗟に身を翻して防いだものの、パワーダウンの影響もあっ
て大きくバランスを崩した。
 水切り石の様に、フリーダムは海面を跳ねた。インパルスはレーザー対艦刀エクスかリ
バーを一振り手に取り、それを突き出して猛然とフリーダムに迫った。かわしきれないと悟
ったのか、フリーダムは覚悟を決めたかのようにシールドを構えて待ち受けていた。
 それを目の当たりにした瞬間、シンは何かが全身の皮膚の下で激しく蠢き出したのを感
じた。
 エクスかリバーの切っ先と、そのコンマ数秒先に迫る怨敵。――否、今回はあえてそう
いう風に考えないようにシンは努めていた。フリーダムは単なる軍事作戦上における、排
除するべき対象。ザフトであるシンにとって、フリーダムはそれ以上でもそれ以下でもな
い。
 しかし、湧き上がってくるどうしようもない衝動のような感情が、抑えきれない。懸命に無
心になろうとしても、抗えないほどに激情が溢れてきた。
 オーブで普通の生活を送っていた。両親と妹の四人の、何てことの無い慎ましやかな暮
らしだった。しかし、戦争が全てを一変させてしまった。そして、自分一人だけが生き残った。
 あの運命の日から始まり、プラントへ渡り、アカデミーで必死の思いで力を身に付けた。
もう二度と、自分が経験したような悲劇を起こさせないために。
 ミネルバに配属されて、すぐにアーモリー・ワンの強奪事件が起こった。「また戦争がし
たいのか、アンタたちは!」――言い知れない怒りに駆られ、モビルスーツに乗った。そ
れから程なく情勢が悪化し、戦争状態に入った。
 二年振りのオーブは、気分を害しただけだった。家族の思い出よりも、アスハに対する
憤りの方が強かった。思えば、戦いはその憂さを晴らすためのものでしかなかったのか
もしれない。
 しかし、そんな戦いの中にフリーダムは現れた。まるで、シンを嘲笑っているようだった。
 噴出した復讐心に駆られて、無我夢中で立ち向かっていった。他人の戒めも聞かず、
ただ己の内から湧き出る衝動に身を任せて突っ込んだ。
 そして、その自己中心的で迂闊な行為が、とうとうハイネを死なせてしまった。
 悲劇は、再び起こってしまった。それも、自分のせいで。
 複数の感情が混ざった。胸の中が、焼けるように熱かった。復讐、恨み、辛み、憎しみ、
怒り、悲しみ、悔恨――押し殺していた感情が、堰を切ったように溢れてきた。
 どす黒い感情が、シンの瞳に映るフリーダムの姿を捻じ曲げた。まるで形容しがたい、
醜悪で恐ろしい悪魔のような怪物へと変貌させた。
 手に持つのは、怪物を滅ぼすための聖なる剣。だが、その切っ先が、どういうわけか一
向に届かない。コンマ数秒というほんの僅かな距離が、どうしても埋まらない。
 ――何故だよ!?
 シンは声にならない叫びを上げた。何か得体の知れない力が作用して、怪物に止めを
刺すのを止めている。そう思えた。
 誰かが肩に手を置いている気がした。それが、コンマ数秒先の未来へと進もうとするシ
ンを引き止めている。
 苛立ちを抑えきれず、振り返る。――ハイネの険しい眼差しが、見つめていた。
 血の気が引いた。責めるような視線が、肝を縮み上がらせた。
 そして、気付く。ハイネの声無き言葉の意味を。
 (そうだった……)
 シンは目を閉じて、一つ大きな深呼吸をした。それから、ゆっくりと目を開いた。
 シンの目には、もう怪物の姿は無かった。ただ、フリーダムというモビルスーツがあるだ
けである。
 シンを引き止めていた手が放された。そして、ポンと軽く背中を押された。
 ――シンは咆哮した。
 「うおぉーっ!」
 その瞬間、魔法が解けたようにコンマ数秒の距離は埋まった。フリーダムの両肩から迫
り出したバラエーナが、インパルスの頭を吹き飛ばしていた。だが、エクスかリバーの切っ
先もフリーダムのシールドを貫き、その腹に深々と突き刺さっていた。
 「はぁっ……はぁっ……!」
 柄から手を離す。ぐらり、と瞳から光を失ったフリーダムが、エクスカリバーに貫かれた
状態のまま死体のように海に落ちる。
 次の瞬間、目が眩むような光がインパルスを飲み込んだ。海中に潜航しようとしたアー
クエンジェルを撃ったタンホイザーの衝撃である。海面を叩いたタンホイザーの一撃は、
巨大な水蒸気爆発を起こし、半径数キロに渡って周辺に余波を及ぼした。
 
 タンホイザーの衝撃が収まりきらない内に、シャアは着弾点付近へとセイバーを進め
た。アークエンジェルの確認と、タンホイザーの爆発に巻き込まれたであろうシンの生存
確認のためである。
 爆発の規模を物語るように、海面は未だ蛇がのたうっているように大きくうねっていた。
 アークエンジェルの艦体は白を基調とした、かつてのホワイトベースのようなカラーリン
グである。白波収まらぬ海面に目を凝らしても、そのパーツの確認は易くは無い。
 「――逃げられたか」
 シャアは呟いた。それは経験則に基づいた勘である。
 落ち窪んだような灰色の空だった。だが雪は止み、遠くの空に雲の切れ間ができてい
た。そこから漏れた光が、やがてこちらにまで伸びてきて、神々しい光を一帯に浴びせた。
 その光の中に、朽ち果てたような物体が浮かんでいた。シャアはカメラに望遠をかけて、
それを注視した。それは、紛れも無くインパルスだった。
 「生きていたか」
 シャアが安堵すると同時に、インパルスは燃え尽きたかのようにその機体色を石灰色に
染めた。
 
 暫し余韻に浸っていた。まだ、エクスかリバーを突き刺した時の感触が残っていた。
 夢や幻ではないことを、覚束ない頭で確認する。
 「倒した、よな……?」
 ヘルメットを脱いで、徐に懐に手を入れる。そして、取り出したものを見つめ、ふぅと小さ
く息をついた。
 「……言われたとおりにやれたろ、俺……?」
 語りかけるシンに、微笑むようにフェイスのエンブレムが煌いたような気がした。