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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第17話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 02:56:20

 「ギルバート・デュランダルは、実は凄腕のモビルスーツパイロットである」――そんな
怪情報が、プラントのみならず、地球圏全域における一部で実しやかに囁かれていた。
 噂の出所は定かではない。だが、どうやら軍内で流行っていた与太話が外部に漏れて、
それが口コミで広がっていったのではないかとの説が有力であった。
 ハマーン・カーンにとっては、出所はともかく、その怪情報の真相は分かりきった話だっ
た。シャアの声がデュランダルの声と瓜二つであることは、当人たちを知っていれば誰も
が驚くことである。ネタが割れてしまえば、何とも下らない流言であった。
 しかし、デュランダルはその噂を楽しんでいる節があった。
 「愉快な話じゃないか。私が二人いるとなれば、暗殺者もどちらを殺せばいいか迷う」
 そう言って、冗談とも本気ともつかない口調で笑う始末である。
 デュランダル自身、暗殺されるかもしれないという自覚はあった。先日の大演説によって、
大きな痛手を被った国や経済界からは、早速デュランダルを槍玉に上げる声が上がって
いた。とりわけロゴス関連からの反発は強く、殺意を肯定させるほどの大きな恨みを買っ
たという認識は、流石にデュランダルも持っていた。
 だからこそ、この怪情報はデュランダルに有利に働いた。影武者がいると思わせておけ
ば、多少は暗殺のリスクを低減できる。その間に先日の演説でロゴスの排除に同調してく
れた国と連携を図れれば良い。そして、デュランダルは既にその軽快なフットワークで、
ロゴス排除の見通しを立て終えていた。
 ハマーンは、そんなデュランダルをつくづく狸だと心中で断じた。デュランダルは、シャア
以上に世界を自分の思い通りに動かそうとしているように見えた。策士、策に溺れるという
言葉がある。いつかデュランダルは足元を掬われるだろうとハマーンは思った。
 そんなデュランダルが、地球へ降りるのだという。わざわざ針の筵に飛び込むようなもの
だと思ったが、目的は予てから開発が進んでいた新型モビルスーツをミネルバに直接届
けることと、今後に予定されている大規模作戦にて陣頭指揮を執るためであるという。
 「君にも来て貰えると助かるのだがね。キュベレイの実戦投入も、そろそろ可能な時期に
入ったと聞いている」
 「耳がお早いことで」
 プラント本国首都、アプリリウス市コロニーにある議会堂の議長執務室にて、ハマーン
はデュランダルのそんな要請に素っ気なく返した。
 「しかし、シャアの百式のこともあります。ご容赦をば」
 「そうか。それは残念だね」
 デュランダルも大して期待していなかったのだろう。残念と言う割りにはあっさりとしてい
た。
 デュランダルは、空いている時間を見つけては度々ハマーンとの懇談の機会を設けてい
た。かつてのハマーンが、アクシズという敗戦国の残党とはいえ、都市区画や工廠、それ
に多数の艦船や独自の軍隊を保有する集団の実質的指導者であったことを知り、興味を
持ったのである。身上書の年齢に偽りが無ければ、ハマーンは二十歳という政治を行うに
しては余りにも若年の女性でありながら、一党を率いて地球圏の内戦に介入したというの
だから、それは驚異的と言えた。デュランダルは、そういったハマーンの思考や行動原理、
政治哲学を是非、知りたいと思っていた。
 しかし、ハマーンはデュランダルの誘いに乗るようなことは無かった。デュランダルが煩
わしかった(主に声が)というのもあるが、ハマーンにしてみれば、結局介入は失敗だった
のである。ただの興味本位で聞いてくる輩に、誰が好き好んで失敗談を話すものか、とい
う問題であった。
 だから、いつものように連れない態度のハマーンにデュランダルは、特に気にする様子
もなく笑い掛けるのである。
 「では、今しばらくはプラントに留まるのかね?」
 「そういうことになりましょう。――或いは、もう地球には降りないかもしれませんが」
 ハマーンの意味深長な表現に、目敏いデュランダルの目が光った。
 「それは、どういう意味かな?」
 ハマーンはデュランダルの反応に、内心で舌打ちをした。研究者だった頃の名残か、デ
ュランダルは妙に探究心が強い。少しでも気になることがあれば、マニアックになることも
厭わずに追及してくるという、さぞかし女性に疎まれそうな悪い癖があった。
 「……さあ?」
 ハマーンの含みのある返しに、デュランダルは肩を竦ませて見せた。
 「彼氏でも出来たのかな?」
 苦笑混じりに、そんな軽口を叩く。真意を知りたいと思いつつも、素直に口を割らないの
がハマーン・カーンという女であることを分かった上での、ちょっとした意趣返しである。
 「お戯れを」
 ハマーンも笑って返す。しかし、執務室の中は、とても和やかとは言えない空気に包ま
れた。
 「……うむ。まだ空調の調子が良くないようだな。直すようには伝えたのだが……」
 余計な口を利いてしまったと後悔しながら、デュランダルは誤魔化すように空調のリモ
コンを空弄りしつつ、「しかし……」と話題を変えた。
 「あの革新的な核融合炉のコピーがもっと容易なら、という問題がある」
 「キュベレイや百式の、ですか?」
 ハマーンが聞くと、「うむ」とデュランダルは頷いた。
 「あれを新式のエネルギー炉として改良したものを発表して、戦後のプラント経済の主
力産業の一つに据えようと思っていたのだが、どうやらそう簡単に事は運んでくれそうに
無いようでね。残念ながら、我々の技術レベルをミノフスキー物理学の実用可能領域に
まで至らせるには、まだ長い年月が必要だということがこれまでの研究で分かってきた」
 エイプリルフールクライシス以降の地球のエネルギー問題は深刻で、地中に埋め込ま
れたニュートロンジャマーによる影響で原子力発電が未だ不可能なことに加え、そのニュ
ートロンジャマーを無効化するニュートロンジャマーキャンセラーの使用も、ユニウス条
約によって禁止されている状態であった。それ故、時代遅れの火力プラントにも頼らざる
を得ない地球では、慢性的なエネルギー不足に悩まされていた。
 そこでミノフスキー物理学を応用した従来よりも小型の核融合炉の技術を持ち出し、講
和条約締結後の地球とのエコノミーバランスを有利に展開することで、プラントの国際的
地位を大幅に向上させる青写真をデュランダルは描いていた。エネルギー不足問題の効
果的な解消案となれば、苦しいエネルギー事情の地球側は必ず歩み寄ってくると踏んで
いるのである。
 それ故にデュランダルは、小型核融合炉の実現に、少なく見積もっても数年を要すると
した研究機関の報告に心底から落胆していた。
 「戦後に間に合わないのは、本当に残念だ。休戦が成れば、その後は経済戦争だよ」
 「議長は、私たちのモビルスーツを知った時から、そこまで見越しておられたので?」
 「それはどうかな?」
 腹を探ろうとするハマーンに、デュランダルは曖昧に返した。こういう捉えどころの無い
性格が、シャア以上に好きになれなかった。
 「……それに、未確認ながら連合軍が所有していたという“Ζ”というモビルスーツが、
パイロットと共に行方を眩ませたという情報もある。それが事実なら、現在我々が実質
的に核融合炉の技術を独占しているようなものなんだ」
 「……」
 不意に漏れた情報に、ハマーンは微かに眉根を寄せた。カミーユが脱走したという情報
は、流石に知らなかったのである。
 その時、ふとデュランダルが自分を見ていることに気付いた。まるで観察するような眼
差しである。
 (不埒な男が……)
 ハマーンが感付かないはずが無かった。
 デュランダルはハマーンがカミーユと既知であると仮定し、わざと情報を漏らしてハマ
ーンの反応を窺っていた。こうして揺さぶりを掛け、口の堅いハマーンから少しでも情報
を引き出そうとしているのである。
 ハマーンはそれが分かったから、余計に不愉快な気分になった。
 そして、デュランダルはそれすらも見越していながら、それでもハマーンが強くは出ら
れないことを分かっていた。自身の破廉恥な態度を差し引いても、ハマーンはまだ自分
に利用価値を認めていることを見抜いているからだ。
 事実、ハマーンはデュランダルの権力に利用価値を見出していた。そして、デュランダ
ルは、その理由までは把握できずとも、キュベレイや百式が手元に留まる以上、それが
分かるだけで十分だった。
 デュランダルはハマーンの表情から無駄であると悟ると、徐に言葉を続けた。
 「……だから、核融合技術を我々が寡占すれば、それがプラントの大きなビジネスにな
る。私はね、あの技術をもっと有効に使いたいんだ。そうすれば、戦後はプラントの一人
勝ちになれる」
 デュランダルは、ふと時計に目をやると、「時間なのでね」と言って徐にソファを立ち上が
った。
 「しかし、戦争も水物です」
 ハマーンが、退室しようとするデュランダルを目で追いながら言った。
 「例えそれが早期に実現したとしても、議長がお考えになる通りに戦争が終わるとは限
りません」
 自信たっぷりのデュランダルに水を差すように、ハマーンは苦言した。
 だが、ドアの前で振り向いたデュランダルの顔には、些かの曇も無かった。
 「終わるよ」
 デュランダルは言い切って見せた。軽く棘を含んだハマーンの言葉にも、まるで意に介
す様子を見せず、不敵に笑みを浮かべてすらいた。
 「既にロゴスの大半は、革命という時代の大きな波のうねりの中に消えた。その革命を
起こしたのが私の宣言なら、これから先のことも上手く行くと感じるね」
 「そうでありましょうが、しかし、ネズミは隠れるのが得意と相場が決まっております」
 「巣は特定できている。それに、連合内からも駆除を手伝ってくれる同志が集まってく
れた」
 デュランダルは執務室のドアノブに手を掛けた。
 「数日後、絶対悪となったロゴスの壊滅を以って地球圏は平定される。そして、私の本
当の仕事は、そこから先にこそあるのだ」
 「結構なことで」
 ハマーンは呆れ混じりに言った。そして、露骨にこう付け加えた。
 「ゆめゆめ、お見落としの無きよう、十分にご注意下さいませ」
 「忠告、感謝しよう」
 デュランダルは、素直に礼を述べた。その態度に、この程度か、とハマーンは内心で
嘲っていた。
 だが、それが早とちりであることを、すぐに思い知らされた。
 「けど、私に抜かりは無いよ」
 デュランダルの流し目のような横目使いに、ハマーンは腹黒い思惑を見た。
 「エンジェルダウン作戦は、私が立案したものなんだ。――逃げられてしまったようだ
がね」
 デュランダルが微笑んだ瞬間、ハマーンはその真意に気付いた。
 表向きは、拉致されたカガリ・ユラ・アスハを救出して、プラントの功績をアピールする
ことが目的だった。しかし、その裏には、将来的に障害となり得るであろう存在を排除し
ておきたいという、真の目的があった。
 “彼女”を利用しているデュランダルにとって、本物の“彼女”の存在は、致命的とも言
える不都合な真実だった。
 だから、その心理は理解できた。しかし、それが問題ではない。
 ハマーンが偽者だと看破していることは当然、織り込み済みであると推察できた。そし
て、或いは自分と“彼女”が接触済みであることを知っていて、あえて泳がされているの
ではないかとも懸念した。
 腹の底が見えないデュランダルであれば、ハマーンが警戒するのは当然であった。
 (ルナマリアが口を滑らせたか……?)
 デュランダルは柔和な笑みを浮かべたまま、そんなハマーンの様子を楽しむように眺
めた後、退室していった。ハマーンはそれを見送ると、ソファに腰掛けたまま足を組み直
し、思案を続けた。
 しかし、結局デュランダルの真意は分からなかった。ハマーンにとって、それはもどか
しい以上に腹立たしいことだった。
 (ギルバート・デュランダル……一筋縄ではいかないということか……)
 柔和な雰囲気は、単に民衆受けを狙ったものではない。その裏にある真意を隠すため
のカモフラージュでもあるのだ。そのことが、ハマーンにも分かってきた。
 しかし、デュランダルも全知全能というわけではない。エンジェルダウン作戦が発動する
以前に、ハマーンは既にアークエンジェルに“彼女”が乗っていないことに気付いていた。
 その筋からの情報を得る前に、ハマーンはルナマリアから直接、報告を受けていた。
 エンジェルダウン作戦の終了直後にルナマリアからもたらされた情報は、二つ。一つは、
未確認ではあるが、フリーダムがシンによって撃墜されたこと。そして、もう一つは、アー
クエンジェルに逃亡を許したらしいということである。
 どちらもハマーンにとって大して意味のある情報ではなかった。強いて意味を持たせる
とすれば、フリーダムが沈んで“彼女”の厄介な手駒の一つが消えたことを朗報とするこ
とはできたが、それも焼け石に水程度にしか考えていなかった。
 誰も気付かぬ内に、危険の芽がどこかで萌芽の時を待っている――それは、まだハマ
ーンの勘でしかなかったのだが、自らのニュータイプ的なそれは信じるべきだと思った。
 やがてハマーンはソファから立ち上がると、すっかり冷めてしまったハーブティーをそ
のままに執務室を後にした。
 議会場を後にし、滞在先の高級ホテルへと向かう。
 妙な胸騒ぎがしていた。その胸騒ぎが、ずっと案じていた危惧と無関係でないことを、
ハマーンは肌身で感じていた。
 気を紛らわすように、地球のルナマリアに連絡を入れた。暫くのコールの後、端末の受
話口から「ふがっ」という間抜けな声が聞こえた。
 「何時だと思ってるんですかあ……こっちはド深夜ですよお……」
 「そんなことより答えろ、お前は“あの女”のことを誰かに漏らしたか?」
 ハマーンはルナマリアの都合もお構い無しにぶしつけに問い掛けた。少しのタイムラグ
による間があって、ルナマリアからの返答がくる。
 「……“あの女”って、あの人のことですか? そんなこと、するわけないじゃないですか。
こっちは次のアイスランドの攻略戦に向けた準備で大忙しなんですから。そんな混乱を
招くような真似、流石のあたしもやりませんよ。そりゃ、しゃべりたい気持ちはありますけ
ど……」
 あくび混じりに、迷惑そうに話すルナマリア。そんな様子など微塵も気にすることなく、
ハマーンは少しの間思考を巡らせた。
 完全には信用できないが、どうやらルナマリアから情報が漏れている心配は無さそうだ
った。デュランダルに疑われているのではないかという気掛かりは、杞憂と考えて良い。
 そして、地球ではロゴス掃討に向けて全世界が大きく動いており、デュランダルもその
ために自ら地球へ降りるわけである。
 つまり、世界中の目がその動きに向けられているのである。――動くのなら、今しかない
と思った。
 「――ってゆーか、やっぱりおかしいですよ、ハマーンさん」
 返事もしないで考えていると、不意にルナマリアから声が掛かった。ハマーンは気を取り
直し、「何がだ?」と返す。
 「何がって……本当に“彼女”が本物なら、どうしてそんなに危険視する必要があるんで
すか? 大体あの人、二年前の大戦を終結に導いた立役者ですよ?」
 ルナマリアの意見ももっともではある。実際、ハマーンにもはっきりとした脅威が見えて
いるわけではない。
 しかし、だからと言って座視しているのは危険過ぎる気がした。何も起こっていないから
こそ、余計に目を離すべきではないとハマーンの勘が言っている。
 「それはお前が気にすることではない。お前は私の言うとおりにしていればいいのだ」
 「何故ですか? ちゃんと説明してくれなくちゃ、こっちも納得できませんよ!」
 ハマーンの突き放すような言に、ルナマリアは語気を強めた。流石に不満が募っている
ようだ。
 ルナマリアが声を荒げたせいで起きてしまったのか、後ろで彼女の妹が、「どうしたの、
お姉ちゃん?」と眠たげに問いかける声が聞こえた。
 ルナマリアは、「何でもないのよ」と妹に言い聞かせてから、囁き声で、しかし強い口調
でハマーンに語り掛けた。
 「ハマーンさん!」
 睡眠を妨害されたことで、いくらか気が立っているのだろう。引く気配の無いルナマリア
の調子にため息を漏らしながら、ハマーンはホテルへの近道である路地裏に足を踏み入
れた。
 さて、どのように躾けてやろうかと思案しながら歩いていると、徐に何かが足元に転がっ
てきて、ふと足を止めた。それは、両手に収まるサイズの、ピンク色の球体だった。それ
がコロンと転がると、目のような電飾が明滅して、耳のような羽を左右に開いてパタパタと
はためかせた。
 「ハロ、ハロ」
 その不可思議な物体は、ハマーンの注意を引き付けながら転がっていった。それを目
で追っていくと、やがていつの間にか立ち塞がっていた誰かの足元で止まった。
 白い手が、それを拾い上げた。その瞬間、ハマーンは目を釣り上げた。
 「お久しぶりでございます――」
 「ちょっと! 話、聞いてるんですかあ!?}
 受話口からは、まだルナマリアの催促の声が聞こえている。しかし、既にハマーンの意
識は目の前の人物へと吸い込まれていた。
 屈強そうな男が二人。眼帯を付けた隻眼のオールバックの女性が一人。そして、それ
を従えるようにして中心で凛として佇んでいるのが、彼女――本物のラクス・クラインだ
った。
 「ハマーン様」
 受話口からは、ひっきりなしに呼び掛けるルナマリアの声が続いている。
 「やはり、このタイミングで動き出したか」
 「はあ?」
 「また、連絡する」
 「えっ? ちょっと、まだ何も――」
 ハマーンは一言だけ告げると、一方的に通信を切った。
 そして、懐から素早く銃を抜くと、その照準をピタリとラクスの額に合わせた。
 刹那、護衛らしき三人がラクスの前に飛び出して壁になり、銃を抜いて一斉にハマーン
に狙いを定めた。
 張り詰めた緊張感が辺りの空気を支配した。
 ハマーンは、チッと舌打ちをすると、徐に銃を収めた。それを見たラクスも護衛の三人に
目配せをし、銃を下ろさせた。
 「きっと、応じていただけるものと思っておりましたわ」
 「良く言う。何が目的だ? 私に接触してきた」
 友好的な声色のラクスに比して、ハマーンはあからさまに警戒感を剥き出しにしていた。
 ラクスは一寸、残念そうに表情を曇らせたものの、すぐにいつもの凛とした佇まいに戻っ
た。
 「単純なお話です。ハマーン様から、是非デュランダル議長を説得していただきたいの
です」
 「説得だと?」
 ハマーンが問うと、「はい」とラクスは頷いた。
 「先日の演説による混乱で、地球圏は暴力的な風潮が支配的になっています。デュラ
ンダル議長はそれが正義だと叫びますが、果たしてそれはどうでしょうか。退廃的な暴力
による正義はいずれ暴走し、民を苦しめ、更なる混迷を呼びます。それを許しておいて良
いものでしょうか?」
 「回りくどいな。要点だけを言え」
 ハマーンが苛立ちを含んだ言葉を投げ掛けると、ラクスは「申し訳ございません」と頭を
垂れた。
 「ですから、ロゴス掃討のための作戦が控えている今、その前に、これ以上の愚かな扇
動を止めるよう、ハマーン様からデュランダル議長に進言していただきたいのです」
 「貴君がデュランダル議長と懇意であることは、調査済みである」
 ラクスに続いて護衛の女が補足した。
 「道理で最近、小うるさいハエが飛んでいたかと思えば……」
 ハマーンは不愉快そうに言って、ラクスたちに睨みを利かせた。
 「話は分かった。しかし、ラクス・クライン、お前は破廉恥な女だな?」
 「何だと!」
 ハマーンが詰ると、メガネの男がいきり立った。しかし、ラクスが手で制すると、メガネの
男は大人しく従った。
 (おやおや……)
 屈強な男が、華奢な女性に御される様は一種異様である。ラクス・クラインという、特別
な少女が持つカリスマ性のなせる業であった。
 「無礼はお詫びします。恥知らずで申し訳ありませんでした」
 素直に非を詫びるラクスに、ハマーンは鼻を鳴らした。
 「素直に己の非を認めるその姿勢は好きだよ? だが、答えはノーだ」
 「何故ですか?」
 「ならば聞くが、何故お前が自ら言わないのだ。お前なら、付け入る隙はいくらでもある
はずだ」
 回りくどい手段を用いずとも、自らが表に出れば、それだけでデュランダルの首根っこ
は押さえられる。いくら容姿や声が瓜二つでも、本物だけが持つオーラというものを偽者
は持っていない。そして、比べるとなれば、それは凡夫の目から見ても一目瞭然なのだ
から。それをしないのは、ラクスの怠慢だと思った。
 しかし、そのことを指摘しても、ラクスはそれを是としているように見えた。ハマーンは、
そこに違和感を覚えた。
 「申し訳ありません。しかし、このような時期においては、無用な混乱は避けるべきかと
思いますゆえ」
 その答えを聞いて、確信を持った。デュランダルへの説得の要請など、方便でしかない
のだ。
 ハマーンは、ラクスの真意を知った上で、あえて気付かない振りを通した。
 「デュランダルが気に食わないのなら、そこの手駒でも使って、脅すなり暗殺なりしたら
どうだ? お前は、怪情報など信じてはいないのだろう?」
 ハマーンが言うと、「ラクス様はそのようなことはなさらん!」と、またメガネの男が興奮
気味に言った。他の二人も、今にも飛び掛ってきそうな構えを見せていた。
 ラクスは、「落ち着いて下さい」と言って三人を宥めた。
 「ヒルダさんたちは、わたくしの手駒などではありません。共に地球圏の明日を憂う同志
なのです」
 「詭弁だな。お前がコイツらを連れているのは、万一の時に私を殺すためだろう?」
 「違います」
 「そして、戦いになれば、モビルスーツにも乗せる――手駒と何が違うというのだ?」
 「止めてください!」
 嘲笑うハマーンを、ラクスはキッと見据えた。
 「彼らを辱めることは、ハマーン様といえども許しません」
 普段の柔和な表情からは想像できないような、強固な意志を持った瞳だった。青い瞳に
は強い光が宿っていて、揺るがぬ決意が込められていた。それは呆れ返るほどに純粋な
眼差しで、ハマーンは何故かそこに危うさを感じた。
 (やはり、この女は危険だ……)
 直感である。だが、限りなく真理に近い気がした。本質の見えない空恐ろしい何かがラ
クスの内側に潜んでいて、何故かそれに妙に興味を惹かれるのだ。
 ハマーンは敵対心と警戒心を剥き出しにした鋭い視線を投げ掛けた。それは、決して気
を許しはしないという強い拒絶の意思表示であった。
 ラクスは、何故かそんなハマーンの眼差しが好きだった。深い孤独を抱え込んだ悲しい
眼差しのはずなのに、その瞳で見つめられると思いがけず精神的な官能を覚えてしまう。
それはいけないことだと自覚しながらも、つい、そうせずにはいられないのは、明らかに
自分の性であった。ラクスは確信犯的にハマーンに睨まれるように仕向けたのである。
 最近、そういう自分の生理が分かってきた。それは、紛れも無くハマーンに抱くシンパ
シーだった。
 ラクスは理解していた。こうして護衛に付いて来てくれたヒルダ、ヘルベルト、マーズの
三人とは、確かに志を同じくしていても、ありふれた人間関係としての絆は決して築けな
いことに。それは、年下のラクスを“様”付けで呼ぶことからもハッキリしていた。その高
いカリスマ性に惹かれ、心酔し、崇拝に近い感情を抱いている三人にとって、ラクスはク
ライン派の正統な領袖であり、隷属的に付き従うべき対象なのである。
 そのような関係は、決してラクスの望むものではなかった。
 しかし、ラクスは私情を押し殺さなければならなかった。歯車は、既に回り始めている。
アスランもザラの名を背負い、動いている。もう、後戻りは出来ないのである。
 その中でハマーンに会いに来たのは、淡い期待があったからだった。もし、ハマーンと
共に道を歩めるものなら――そんな妄想が、ラクスを衝動的にさせて突き動かしたので
ある。
 暫時、視線を交わしていた。やがて、徐にラクスが口を開いた。
 「わたくしの願いは、聞き入れてくださらないのですね」
 ハマーンが素直にラクスの要請に応じるなどとは、露ほどにも思っていなかった。要望
など口実である。ハマーンがプラントに入っていることを知って、どうしても会いたかった
だけなのだ。
 ハマーンは沈黙で以って答えた。ラクスは、「参りましょう」と三人を促した。
 「よろしいのですか?」
 そう言って、ヒルダが懐の銃に手を掛ける。ラクスはその手を取って制し、徐にかぶりを
振った。
 「無闇に人を殺めて得られる平穏に、どれほどの価値がありましょうか。今は分かり合え
なくとも、いつか手を取り合える未来が来ればいい。わたくしは、そう考えます」
 ヒルダは、「はっ!」と慇懃な返事をしてラクスに従った。その感じ入ったヒルダの表情に、
ハマーンは茶番を見せられているような心持になった。
 その一方で、影が差しているように見えたラクスの表情も気に掛かっていた。
 (そうかい……)
 何とはなしに、ラクスが自分に拘る理由が分かったような気がした。あの三人の態度が、
余計にラクスの孤独を深めているように見えたからだ。それはニュータイプ的な感覚とし
てではなく、ラクスに自分と通じるものがあるのかもしれないと思ったからこその感想だっ
た。
 しかし、だからと言って縋ろうとしてくるラクスは甘いと断じた。
 何事につけても人々の上に立ち、期待を背負うというのであれば、孤独は覚悟しなけれ
ばならない。自分が指導者であることを自覚すれば、甘えなど言ってはいられないという
のがハマーンの持論であった。
 (そこに救いは無いのだぞ……)
 少なくとも、ハマーンはアクシズを率いる上では孤高であったつもりだった。
 或いは、シャアがいてくれたなら――そんなことを一瞬だけ考えて、浅はかな自分を罵
る。シャアはアクシズを導く資格を持ちながら、それから逃げるように地球圏へと流れ、あ
まつさえ裏切ったのである。それを許すつもりはなかった。
 既にラクスたちの姿はなかった。ハマーンはホテルへと足を速めた。
 
 
 デュランダルは地球に降り、ジブラルタル基地に入った。同道者の中には、デュランダ
ルのラクスの姿もあった。
 そのデュランダルに、シンとシャアが呼ばれた。工廠区画のとある施設の地下で、彼ら
は待っていた。
 辺りは暗い。何かがあるらしいことは雰囲気で分かったが、薄暗くて良く分からなかった。
 シャアとシンがやって来ると、デュランダルが「やあ」と気さくな挨拶をした。ラクスの方
はシャアばかりに熱い視線を注いでいて、「お久しぶりですわね」と頬を赤らめた。
 「ほお」
 デュランダルはその様子に、含みのある感嘆を漏らした。だが、それは一先ず置いてお
いて、本題を切り出した。
 「君たちを呼んだのは他でもない。是非、見てもらいたいものがあってね」
 デュランダルが手を掲げて合図を出すと、カッとライトが照らされて全容が明らかになっ
た。
 そこには、一同を挟み込むようにして、二体のモビルスーツが、あたかも仁王像のように
佇んでいた。
 双方ともガンダムタイプで、静かに鈍色を湛えていた。落ち窪んだように暗くなっている
目元の部分が、まるで眠っているようだった。
 「モビルスーツ……? 見たことの無いタイプだ……」
 シンは少し戸惑った様子で見回した。デュランダルはその反応を楽しむかのように目を
細め、それぞれの名称がデスティニーとレジェンドであることを教えてくれた。
 「デスティニーはシン・アスカ、君の機体となる」
 「自分のですか?」
 「あのフリーダムを倒した君の活躍は聞いている。君のような優秀なパイロットが味方に
いてくれるから、私も心強いと思っている。これは私の、君に対する期待の表れと思って
欲しい」
 シンはデスティニーと紹介されたモビルスーツを見上げた。何とはなしにインパルスに
似ていると思った。しかし、色々と装備が付いていたりと、矢鱈と強そうな印象を受けた。
 「それと、もうひとつ」
 デュランダルが言うと、ラクスがラグジュアリーをしまうような小さな箱を手渡した。デュ
ランダルがシンに見せた箱の中には紫のクッションが敷き詰められていて、そこに横た
わるようにシルバーに輝く羽のエンブレムが収められていた。フェイスのエンブレムであ
る。
 「これって……」
 「君には資格がある。胸を張って受けたまえ」
 デュランダルはシンに箱を差し出した。
 だが、シンは少しの間、黙ってそれを見つめていると、やがて徐に「申し訳ありません」
と言ってかぶりを振った。
 「どうしてだね?」
 怪訝そうにデュランダルは問い掛けた。フェイスといえば、ザフトとしては最高に近い栄
誉である。それを、よもや拒否されるとは思わなかったからだ。
 「あ、いえ、違うんです。そういうわけじゃなくて……」
 無礼を働いてしまったと気付いたシンは、一言だけ弁解すると、懐に手を入れて取り出
したものをデュランダルに見せた。
 それを目にした瞬間、デュランダルの顔色が変わった。
 「これは……」
 シンが差し出したのは、持っているはずの無いフェイスのエンブレムだった。デュランダ
ルが持っている真新しいものと比べると、少しくすんでいるようにも見える。
 シンは暫時、それを見つめると、やがて思い切ったように語り始めた。
 「ハイネが預けてくれたものです。自制心の無い自分を戒めるために。でも、返しそび
れちゃって、それで……」
 「そうだったのか」
 ハイネの戦死のことは、デュランダルも聞き及んでいた。ディオキアで彼をミネルバの
面々に紹介したことが、つい昨日のことのように思えた。
 「思えば、惜しい男を亡くした」
 「自分の責任です! だから、その穴埋めは必ずして見せます!」
 シンの目には強い光が宿っていた。デュランダルはそれを見て、納得して頷いた。
 「よろしい。その言葉に偽りが無いことを、これからの行動で証明してもらう」
 「はっ!」
 「ならば、君が身に付けるべきは、それこそが相応しい。フェイスらしく、誇りたまえ」
 デュランダルは柔らかく微笑むと、箱をそっとポケットにしまい込んだ。
 「ありがとうございます!」
 シンは敬礼を決めると、早速襟元にフェイスのエンブレムを装着した。デュランダルは
それを見て、もう一度深く頷いた。
 「君の活躍に期待している」
 「はっ!」
 シンは小気味よく返事をすると、もう一度、ピシッと敬礼を決めて見せた。
 「……さて」
 次に、デュランダルはシャアへと向き直った。
 シャアはデュランダルとシンのやり取りを見守っていた一方で、やはり気になってモビ
ルスーツの方にも意識が行っていた。デュランダルはそんなシャアを、好奇心の強い男
だと思った。
 「クワトロ・バジーナ。君には、こちらのレジェンドを使ってもらうことになる。これまでは
セイバーで我慢してもらっていたが、これなら君の百式と遜色ない性能を発揮してくれる
ことと思う」
 「とんでもない」
 シャアはレジェンドを見上げながら言った。
 「セイバーの性能には満足しています。その上、このようなモビルスーツを与えていただ
かずとも」
 「百式の修復には少し手間取っていてね。本当は、一緒に持ってきて君を驚かせたかっ
たのだが、残念ながら間に合わなかった。レジェンドはその繋ぎにと思っていたのだが」
 デュランダルの言葉には、少しの嘘が混じっている。百式の修復が遅れているのは、核
融合炉の解析に時間が掛かっていたからである。
 シャアもそれは承知していた。デュランダルの心情を思えば、キュベレイか百式のいず
れかは研究用に回したいところだろう。セイバーは十分に機能しているし、シャアとして
は百式を研究用にまわしてくれても問題は無いのだが、何かを企んでいるらしいハマー
ンがそれを許すかどうかは分からなかった。
 ロゴス殲滅作戦後の世界情勢次第だが、いずれ再び百式のシートに座る時が来るか
もしれない。漠然とそんな未来を予感しながら、シャアはレジェンドを見やった。
 「レジェンドには、特殊なシステムが積まれているようですが? 背部にマウントされて
いるのは、ビットか何かでしょうか?」
 その巨大なバックパックが気になっていた。デフォルメされた太陽のような巨大なバッ
クパックからは、無数の砲塔が針のように放射状に突き出ていた。
 「分かるかい? 流石だね」
 デュランダルは些か大袈裟に感心して見せた。褒めそやすような態度が、シャアには
少し煩わしく感じた。
 「ドラグーンシステムと言ってね、量子通信による無線誘導式攻撃端末なのだが、君に
はファンネルと言った方が通りがいいかな?」
 「私に扱えましょうか?」
 シャアも若干の謙遜で以って答えた。有線式とはいえ、ジオングのサイコミュ兵器は使
えたのである。当然、自信はあった。
 ――少し前から、シンは試しに目を閉じて二人の会話に耳を傾けていた。が、すぐに後
悔した。口調で何とはなしに区別できるが、同じ声で問答を繰り返されると、頭のおかし
い人の独り言を聞いているみたいで、耐えられなかったのである。
 げっそりとするシンを、その意図に気づいたラクスの三白眼が小馬鹿にしていた。
 「ハマーン・カーンは、君ならできると言ってくれたよ」
 「彼女が……?」
 「何だかんだで、君は彼女から信頼されているようだね」
 そのデュランダルの言葉には、流石のシャアも失笑しそうになった。
 (ハマーンが信頼……?)
 おかしくてへそが宿替えをするところだった。
 シャアは、「お言葉ですが」と苦笑混じりに言った。
 「彼女の私に対する評価を、鵜呑みになさらない方がよろしいかと存じます。ハマーン・
カーンという女は、私に対して容赦の無い女です」
 「そうなのか?」
 「はい。――やはり、私にはセイバーの方が合っていると思います」
 ハマーンの影に何かを察したのか、シャアはやんわりと断わった。
 一方で、シャアの言葉を受けてデュランダルは、「うむ……」と考え込んでいた。だが、
少しして徐に口を開き、「……本人が言うのだから、そうなのだろうな」と、あっさりシャア
の言葉を肯定した。
 「ここは現場の意見を尊重することにしよう」
 「恐れ入ります」
 デュランダルは、表向きは残念そうな態度を見せたものの、内心ではシャアが断ってく
れたことを喜んでいた。レジェンドは元々、レイのために開発していたようなものだったか
らだ。
 しかし、それでは身内贔屓をしているように思えて、心地が悪かった。故に体面を保つ
ため、私心を抑えてシャアに与えるつもりでやって来たのだが、渡りに船、シャアが断わ
ってくれたお陰で堂々とレジェンドをレイに与える口実が出来て、嬉しいのである。
 シャアは、理由は分からなかったが、提案を断わられた割にデュランダルの機嫌が良さ
そうな様子を見て、内心で首を捻るのだった。
 
 ――帰り際、シャアはラクスに呼び止められた。
 「何でしょう?」
 相変わらず際どい格好をしていた。品が無いとは思ったが、男の本能を刺激する妖婦
の如き艶やかな身体つきは確かに魅力的で、つい注目してしまう。
 (やはり、大きいな……)
 こういう時、サングラスというものは便利だと思った。シャアはさり気なく確認すると、冷
静に目線を彼女の顔に上げた。
 「これからお時間、無いでしょうか? ご相談したいことがあるのですが……」
 シンが先に帰る振りをしながら、好奇の目でシャアとラクスの様子を窺っていた。シャア
はそれを煩わしいと思いながらも、あえて無視をしてラクスに応じた。
 「私に、ですか?」
 ディオキアで一度、偶然に鉢合わせたことはあるが、特に親しいわけではない。当然、
相談を持ちかけられるような仲とも思っていない。だから、シンの目もある上、同様にデュ
ランダルも何気にこちらを窺っている現状が、ひたすらに居心地が悪く感じられた。
 しかし、プラントの人気アイドルの頼みを無碍に断るのも角が立つというもの。正直、気
は進まなかったが、シャアはラクスの頼みを仕方なく聞き入れた。
 「では、着替えて参りますので後ほど」
 それで、その場は一旦、解散になった。
 その後、待ち合わせ場所に来てみると、不自然なほど大きなティアドロップのサングラ
スをかけた、作業着姿のラクスを見つけた。何処からか繋ぎを調達してきて、ジブラルタ
ル基地のスタッフに成りすましているようだ。
 「有名人の身だしなみなのでしょ?」
 サングラスを少し下にずらし、ペロッと舌を出して笑う。からかうようなチャーミングな微
笑みは、シャアのサングラスに向けられていた。
 「そういうつもりではないのだが……」
 シャアは何と説明したらいいか困って、苦笑せざるを得なかった。
 二人は連れ立ってジブラルタル基地の一画にあるレクリエーション施設に向かった。そ
こでビリヤードを嗜んだり、ダーツを楽しんだり、カラオケに興じたりもした。流石にシャア
はコズミック・イラの楽曲には疎く、その上カラオケという場とは縁遠かったので遠慮した
が、ラクスは歌姫と呼ばれているだけあって、抜群の歌唱力を存分に披露してくれた。彼
女のファンである若いメカニック連中にこのことを自慢したら、きっと面白いことになるの
だろうな、と内心で笑う。――言えるわけが無いが。
 だが、バーに入ってカウンター席に二人して腰を落ち着けたところで、ふとシャアは思っ
た。
 (私は何をしているのだ……?)
 注文したカクテルが差し出されると、ラクスは実においしそうにグラスを傾けた。そのキュ
ートな仕草は確かに目の保養にはなるが、しかし、どうにも解せなかった。
 「こんなに羽根を伸ばしたのは、久しぶりですわ」
 そう言って唇を舐めると、ラクスは最近の忙しさに愚痴を零し始めた。
 この頃は遠距離の移動が多いらしく、前回の休みがいつだったかも忘れるくらい働き詰
めだったらしい。しかし、こうして忙しくさせてもらっていることがありがたいし、楽しいとも
言った。女性らしい二面性のある感想だと思った。
 果たして、彼女はただ気晴らしにデートを楽しみたかっただけなのだろうか。相手がVIP
ということで大目に見てきたが、どうにも本懐がお座成りにされてしまっているように思え
て、シャアはスコッチを呷ると、とうとう口に出した。
 「ご相談があるのでは?」
 その途端、ラクスはそれまでの楽しそうな表情から一変して、思い詰めた面持ちになっ
た。白けた深いため息はまるで、空気が読めてない、と詰られているかのようだった。
 「お酒のせいかもしれませんわね。大分、身体が火照ってまいりました。少し、風に当
たりましょうか」
 「あ、ああ……」
 ラクスは席を立った。女性とは分からないものだと思いながら、シャアも続いた。
 二人はジブラルタル基地を出て、小高い丘に登った。そこからはジブラルタル基地が一
望できた。黄昏の空は深い藍色に染まりつつあって、一つ二つと星が瞬き始めていた。
 「綺麗な眺めですわね……」
 ラクスは、独り言のようにぽつりと呟いた。
 「これが軍事基地だなんて、嘘のよう……」
 ラクスの言うとおり、広大で整然としたジブラルタル基地には明りがぽつぽつと蛍のよ
うに灯り始めていて、文明の光も幻想的に輝くものだとシャアに思わせた。
 「でも、所詮は作り物の光。あの月のようにはなれませんわ」
 ラクスは背を向け、上空を仰いだ。東の空に、宵の三日月が見えた。
 「クワトロ様は、デュランダル議長の影武者としてお呼ばれになったのでしょう?」
 背中越しに語り掛けられた時、まるでその背中が巻き起こしたかのように風が吹いて、
シャアの髪を乱した。シャアはつい顎を引いて、襟で口元を隠した。
 「いや……」
 「いいのです。――最近出回っている怪情報の噂……あれはデュランダル議長が自ら
流布したものだと噂する方もいらっしゃるほどです」
 シャアもその噂は耳にしていた。しかし、そんな与太話を誰が信じるものかと高を括っ
ていたのだが、存外に影響が大きいことを知って唖然とした覚えがある。ファーストコー
ディネイターと言われているジョージ・グレンが万能人間だったことから、ナチュラルの間
では未だにその手の噂を本気にする者が多いのだという。それは、ニュータイプを恐れる
連邦政府高官と同じ感覚なのだろうと考えると、シャアはほとほと呆れた心地にさせられ
た。
 「……」
 ラクスは言ったきり、暫くの間黙ってしまった。
 シャアもその間、黙って待っていた。二、三分が長く感じられた。
 やがて、ラクスは背伸びをするように全身で深呼吸すると、覚悟を決めたように再び口
を開いた。
 「……あたしも、そうなんです」
 シャアはラクスの一人称が変わったことに敏感に気付いた。
 「あたしは本当のラクス様じゃないんです。本当の名前は、ミーア・キャンベル……声
だけが取り柄の、暗く地味な女でした。この顔は、整形して手に入れたものなんです」
 シャアに特に驚きは無かった。何せ、本物のラクスを知らないのだから、驚きようが無
い。しかし、彼女にとっては一世一代の告白であることは、その震える声からひしひしと
伝わってきた。
 「本当の顔は?」
 「見せられません! 幻滅されてしまうから……」
 ラクス――ミーアの反応を見て、シャアは自らのデリカシーの無さを呪った。ミーアは
過去の自分を嫌っている。
 「いつまでもこんなことを続けられないのは分かってるんです。本物のラクス様はどこ
かにいらっしゃって、あたしはそれまでの繋ぎでしかないんだって。でも、みんながあた
しの歌を聞いてくれて、みんながあたしを褒めてくれて……凄く楽しくて、嬉しくて……。
あたし、自分が勘違いしていくのが怖いんです……。この生活が続く限り、あたしこそが
ラクス様なんだって……だったら……」
 ミーアはその先を口に出すことを恐れて、激しくかぶりを振った。
 「同じ境遇のあなたには、知っておいて貰いたかったから……」
 ミーアは勘違いしているが、シャアはあえてそこには触れなかった。
 ミーアが徐に振り向く。美しい桃色の髪が舞った。
 「こんな女、軽蔑しますよね……?」
 無理矢理に作った笑顔から、涙が零れていた。それが、シャアの心に久しぶりの刺激
を呼んだような気がした。いつになく強い月の明りのせいなのか、それともジブラルタル
基地の灯りのせいなのかは知れない。だが、それは一瞬のダイアモンドの煌きを残して
ミーアの頬を伝い、落ちた。
 ミーアは恐れていた。本物のラクスが姿を現して自分がお払い箱になることよりも、醜
く歪んでいく自分の心の方が遥かに怖かった。本物のラクスのように、いつまでも美しく
清廉なままでいられない自分が、むごいくらい汚らわしく思えた。
 ふと、寒風が吹いた。ミーアが身を震わせて、身体を丸めた。シャアは上着を脱いで、
そっとその肩に掛けてあげた。
 ミーアがシャアに身を預け、二人のシルエットが重なった。シャアは、風の中に自身の
ため息を混ぜた。
 
 ジブラルタル基地には、反ロゴス派の連合国の艦隊も参集しつつあった。打倒ロゴス
を掲げるデュランダルに呼応したのである。
 ロゴスとの決戦の時が、近づいていた。