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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第29話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 03:05:11

 それは、正にレクイエムを巡る攻防が繰り広げられている最中の出来事だった。
 レクイエムによる惨禍でパニックに陥っていたプラントでは、万が一の第二射に備え
て新たに建造された移動要塞メサイアを盾に使う案が出されていた。その本体を囲む
三つのリングから発生するバリアなら、レクイエムの狙撃を或いは防げるかもしれない
と期待したのだ。
 しかし、事件はメサイアの移送中に起きた。突如として、武装集団が移送中のメサイ
アを襲撃したのである。
 それはエターナルを旗艦とするラクス派の艦隊だった。
 数こそ少ないが、ドム・トルーパーを主力とするラクス派は、圧倒的に数で勝るメサ
イア移送部隊を瞬く間に無力化した。そして、その電光石火の制圧劇を可能にしたの
が、“ミーティア”と呼称される巨大補助兵装とドッキングしたフリーダムとジャスティス
の存在だった。
 その圧倒的戦闘力で以って移送部隊を瞬く間に無力化した後、ラクス派はメサイア
そのものを占拠した。そして、ラクス・クラインの名義で現デュランダル政権の不当性
を訴え、真の国主は自身であるとしてザフトに離反を勧告したのである。
 それを伝え聞いたカガリは、「そんなバカな!」と激しく動揺した。
 「反射衛星砲のことが無ければ、私とラクスは今頃、デュランダル議長に和睦を直談
判していたはずなんだぞ!」
 「――これがアンタたちの狙いだったんだろ?」
 取り乱すカガリに、突き刺すような指摘。シンだ。
 「ダイダロスを攻めて見せたのも、ラクスたちの動きを気取られにくくするためで、そ
うやって月軌道艦隊の目がこちらに向いている隙にプラントに接近して、メサイアを奪
取してさ。反射衛星砲の混乱とラクスの名前を出しに議長を貶めて、プラントの内部崩
壊を狙って……こういうの、いくら何でもちょっとやり方が汚いんじゃないか?」
 「違う! これは何かの間違いなんだ! ラクスはこんなことをする奴じゃないんだ!
私たちが月に来たのは償いのためで、反射衛星砲が撃たれた時に偶然近くの空域に
いたからで――頼む、信じてくれ!」
 「そうは言っても、タイミングが良過ぎる」
 食い下がるカガリを邪険にすうように、シンは目をそばめた。
 「例えアンタが利用されてただけだったとしても、今ラクスがやっていることは、そうい
うことじゃないか」
 シンは、カガリの必死の弁明は心よりのものであると何とはなしに思えても、その言
葉の全てを鵜呑みにしようとは思えなかった。
 シンは、ラクスのことを得体の知れない女であると思っている。カガリのような単細胞
と違って、ラクスは底がまるで見えない。それが、シンには胡散臭く見えていた。
 「そ、そう見えるかもしれないが……」
 カガリは言葉に窮した。いくら言い繕ったところで、実際に事は起きてしまっている。
感情論以外でその事実を覆せる可能性を、カガリは見出せない。
 事態は緊迫した状況を維持したまま、続報が伝えられる。
 メサイアを占拠したラクス派は、移動を開始した。その際、離反勧告に呼応した一部
のザフトが、それに付き従ったのだという。ミーアがラクスの偽者だということが露呈し
たことで、ラクスの熱狂的なファンの間でデュランダルへの不信感が高まっていた。そ
の不満が、本物が行動を起こしたことで一気に爆発した形である。
 (何をやってるんだよ、ラクスは!? それに、キラも……アスラン、お前までどうしち
ゃったんだよ!?)
 カガリは錯乱し、身悶えた。信じがたい事実ばかりが伝えられて、実態がまるっきり
見えてこない。カガリは、彼らが止むに止まれぬ事情によってこのような暴挙に及んで
しまったのではないか、と淡い期待に縋るしかなかった。
 
 風雲急を告げる事態に、カガリのみならず、誰しもが衝撃を受けていた。ハマーン・
カーンは、その中にあって、一人達観した様子で事態の推移を見守っていた。ある程
度は予感していたことであるからだ。
 (奴には止められなかったか。やはりな……)
 予想はしていた。ラクスもキラも、基本的にお人好し過ぎる。生温い彼らに、あのドス
黒い気を放つ連中を思い止まらせることなどできはしない。今回の事態は、その予感
が的中しただけに過ぎない。
 ならば、それを阻止するために、もっとハマーンにできることは無かったのだろうか。
 (忠告はしたのだ……)
 最低限の予防線は張った。しかし、ハマーンは何故か今、このような事態が起きて
唇を噛む自分がいることに気付いていた。
 (私はラクスを心配しているのか……?)
 ふと過ぎった考えに、ハマーンは戦慄した。それはあり得ないことだ。だからこそ、今
感じている胸騒ぎが信じられない。
 ミネルバから出ていた帰投許可は、いつしか帰還命令に変更されていた。どうやら、
本国から召還命令が下ったらしい。
 帰還途中、ハマーンは偶然にも百式とΖガンダムが並んでいる場面に遭遇した。二
人とも今まで外に出て話していたようで、帰還命令を受けたシャアが丁度百式に乗り
込もうとしていた。
 その時、ふとこちらを見上げるカミーユの姿に気付いた。それと同時に、ニュータイ
プ特有の波動も感じた。カミーユはハマーンに対して、何かを訴えかけようとしている。
 「……フン」
 ハマーンは、その波動をシカトするように鼻を鳴らした。ニュータイプ同士の交感は、
必要以上にお互いをさらけ出し過ぎる。ほんの一瞬だけの交感でも、カミーユが訴え
たいことは手に取るように分かった。分かったからこそ、それ以上は拒絶した。
 カミーユは月の黒い空を飛翔していくキュベレイが、どこか急いているように見えて
いた。ふとラクスの影が見えたような気がしたからかもしれない。
 (ハマーン……)
 カミーユは百式に目を戻し、「クワトロ大尉!」とコックピットに乗り込もうとしているシ
ャアを呼んだ。
 「僕はやっぱり、ラクスがこんなことを仕出かすとは思えません」
 「そうは言うが……」
 シャアはハッチの縁に手を掛けたところで振り返り、難色を示した。
 「実際に事は起こっているのだぞ? ――カミーユは、彼女と面識があるのか?」
 問うシャアに、カミーユは「はい」と答えた。
 「捕らえどころの無い感じでしたけど、穏やかで優しそうな人でした。何か事情が無け
れば、こんな極端なことをするような人じゃないと思います」
 「ニュータイプの勘か……しかし、人は見かけによらないと言うが――」
 「ハマーンも多分、同じことを考えていると思います」
 「ハマーンが?」
 カミーユの存外な発言に、シャアはつい目を見張った。
 「あの人、ラクスと面識があるみたいなんですよ」
 「そりゃあ聞いているが……」
 シャアは、ルナマリアの証言を思い出していた。それによると、ハマーンは地球で、
最低でも二回は本物のラクスと接触しているはずである。
 しかし、その際にどんなやり取りがあったのかは知れないが、ハマーンがカミーユの
ようにラクスのことを好意的に解釈するとは到底思えなかった。性格的に、ラクスのよ
うな女性と馬が合うはずが無いと決め付けていたからである。それに、ルナマリアの証
言によれば、ハマーンはラクスを敵視しているはず。
 しかし、その一方で、ニュータイプ的なセンスに長けたカミーユが何の意味も無しに
このような発言をするとも思えなかった。カミーユは、ハマーン以上にラクスの本質を
見抜いているのではないかとも考えたのだ。
 (だが、どちらが正しいにせよ、今は事態の推移を見守るしかないが……)
 シャアは答えが出そうに無い思案を止め、再びカミーユを見やった。
 「……分かった。だが、ザフトがどう動くかは、覚悟しておいてくれ」
 「何とかならないんですか?」
 「無理だな」
 シャアは冷たく言い放った。
 「今回の一件で、最高評議会は正式に彼女を敵対勢力として認定するだろう。そうな
れば、ザフトは当然彼女の排除に動く」
 「背後に黒幕の存在があってもですか?」
 「そういうものだ」
 シャアはそそくさと百式に乗り込むと、足早にミネルバへと帰還していった。カミーユ
の追求を拒むように。
 「そういうものかもしれないけど……」
 カミーユはそれを見届けると、ため息混じりにΖガンダムに乗り込んだ。
 「――今のが昔のお仲間かよ?」
 リニアシートに腰掛けて操縦桿を握ると、それを待っていたかのように声がした。
 「アウル……?」
 見れば、いつの間にかアビスが接近していた。――まるで、どこかで様子を窺ってい
たかのように。
 アビスは近くまで来るとモビルスーツ形態に変形して、Ζガンダムの横に着地した。
 「帰還命令が出てるぜ。早く戻って来いってさ。あの蓮っ葉が、例のラクス・クライン
とかってのを追いたがってるんだとよ」
 「そりゃあ、そうだろ。代表は彼女とは懇意だったんだし、和睦会談をしに行く予定が
どうしてこうなったのか、俺だって理由を知りたいな」
 「コーディネイターの女だろ? どうせ、碌な奴じゃないね」
 「止せよ、そういう言い方」
 カミーユはたしなめつつ、Ζガンダムをウェイブライダーへと変形させた。アビスもそ
れに倣い、モビルアーマー形態へと変形した。
 この騒動には裏がある。カミーユはオーブでカガリが暗殺者に襲われた時のことを
思い出していた。このような事態になって、あの時に感じた違和感をふと思い出した。
 カミーユは今、その時と同じ違和感を覚えていた。この事件はあの時から――否、
もっと前から動き始めている。それは、深く根ざした暗い執念によって突き動かされて
いる者たちによる仕業のように感じられた。
 そして、そのカミーユのセンシビリティから発した推測は、なまじのものではなかった。
 
 
 アスランは今、自らの不覚と戸惑いの中で激しく苛立っていた。サトーがとうとう本性
を曝け出したのだ。
 サトーが怪しいという報告は、つい先日受けた。サトーが自称していたクライン派とい
うのは真っ赤な嘘であり、その正体は、旧ザラ派の信奉者なのだということをバルトフ
ェルドから聞かされたのである。
 当初から怪しんでいたバルトフェルドが、腹心のダコスタを使って調べさせたのだ。
そのダコスタは、その報告を最後に音信不通に陥っているとのことである。
 アスランは、それでサトーが自分に接触してきた意味を察した。サトーはパトリック・
ザラの忘れ形見であるアスランを担ぎ、再びプラントにザラ派による超タカ派政権を打
ち立てようと目論んでいるのではないかと推察したのだ。詰まるところ、サトーらの狙い
はデュランダル政権の打倒にあると見ていた。
 しかし、その読みは誤りだった。サトーたちの抱えてきた闇は、既にその程度では済
まされないところまで先鋭化していたのである。
 サトーたちは、レクイエムによってプラントが撃たれた直後に動き出した。しかし、予
想に反し、サトーはアスランを無視してラクスを狙った。プラントを襲ったセンセーショ
ナルな悲劇による衝撃が冷めやらぬ中、彼らは実に冷静に、素早く事を起こした。
 獅子身中の虫とはいえ、ラクス派の構成員の殆どにサトーの息が掛かっていた。サ
トーはこの時のために、周到に用意を済ませていたのである。兵力差は歴然だった。
 ラクスを押さえられては、手が出せなかった。サトーはそんなアスランたちに、それ
が軟弱なクライン派の欠点なのだと指摘した。
 「大儀を成したいのなら、どんな犠牲を払ってでも突き進む。それが貴様の父上が
歩んだ道であり、唯一正しい道だったのだ。その忘れ形見である貴様が、どうしてクラ
インなどに降り、地球などと手を結ぼうと考えるのか!」
 サトーはそうアスランに言い放った。彼らは、地球との徹底的な抗争を望んでいた。
 二年前のヤキン・ドゥーエ戦役で、アスランの父、パトリック・ザラは最後まで地球と
の徹底抗戦を訴えていた。その執念の発端となったユニウスセブンへの核攻撃――
いわゆる“血のバレンタイン事件”で、パトリックが妻を失ったのと同じように、サトーも
また恋人を失っていた。そして、そのサトーに従う者たちも、様々な形で地球との確執
を抱えていた。
 パトリック・ザラを信奉するのは、そういった理由からであり、それ故に彼らは、ラクス
に付いて三隻同盟に参加していたアスランを裏切り者として蔑視していた。
 「本来なら、貴様を旗頭にザラ派の復活を宣言したいところだったのだがな、クライン
に骨抜きにされていては、それも無理というもの。だからオーブの元首を暗殺すること
で憎しみを煽り、地球にぶつけさせるつもりだったが、何故か失敗したので予定を変更
させてもらった」
 「カガリを暗殺だと!?」
 問い返すアスランに、サトーは不敵に笑って答えたのである。
 「政治闘争の激化ということで、セイラン家あたりに罪を被ってもらう予定だった。あの
ナチュラルの女は、貴様のお気に入りだったようだからな。セイラン家の中には、ロゴ
スに通じている者もいた。だから、嫌疑をかけるのは容易だったのだ。しかし、それが
失敗に終わってしまったから、こういう行動に出ざるを得なくなった」
 アスランが使えないと見るや、サトーたちはラクスを人質に取る作戦を強行したので
ある。
 なまじサトーらがザラ派であるという情報があっただけに、ラクスへの注意がお座成
りになっていたのは否めない。それでも、キラとヒルダたちがラクスを守るために奮闘
したものの、流石の彼らも多勢に無勢、ラクスはサトーたちの人質として捕えられてし
まった。
 そして、ラクスを人質に取ったサトーは、アスランたちにメサイアの占拠を命じたので
ある。
 当然、最初はアスランたちは難色を示した。しかし、その言動から協調路線のクライ
ン派を激しく毛嫌いしていることが窺い知れれば、弾みでラクスを殺してしまいかねな
いことも予想できた。それ故、アスランたちはサトーの命令に止む無く従う他に無かっ
た。
 メサイアの奪取にはミーティアが投入され、その圧倒的火力で以って占拠は容易に
成された。
 その後、サトーたちはラクスを伴ってメサイアへ移動した。そして、ラクス・クラインの
名義で現最高評議会を痛烈に批判し、ラクスこそがクライン派の正統な領袖であると
主張する旨の声明を文書にて発表。デュランダルを偽りの元首であると糾弾し、ザフト
に離反を勧告したのである。
 その呼び掛けに応じたザフトの一部が合流し、サトー一派の戦力は一個師団規模に
まで増強される結果となった。ラクス・クラインの名が持つ強過ぎる影響力が、皮肉な
形で表出してしまった形である。
 そして、更にサトーはキラとフリーダムにも同道するように要求した。
 サトーがキラを指名したのは、感情論的にアスランは受け入れられなかったというの
もあるが、アスランよりもキラの方が大人しくて御し易そうだったからという理由もあっ
た。そして、何よりもフリーダムの伝説的な戦果は非常に魅力的だった。
 サトーの要求は、受け入れがたいものだった。キラとフリーダムは、戦略級の存在で
あるからだ。それをサトーらに利用されることの危険性は、誰もが知るところであった。
 しかし、戸惑いが広がる中、キラ本人は静かにその要求を呑んだ。
 「大丈夫。後は、僕とラクスに任せて」
 行きがけに、そう言葉を残して。
 混乱の最中、辛うじて確保できたのはアスランとヒルダたちのモビルスーツ、そして
脱出用のランチだけだった。現在、別行動を取っているアークエンジェルに連絡し、合
流を待っている状態である。
 その時間が、アスランにはもどかしくて仕方なかった。当然である。獅子身中の虫を
迎え入れたのは他ならぬアスラン本人だったのだから。激しい苛立ちは、生真面目な
アスランの生理的な反応だ。
 「気持ちは分かるがな」
 ランチのコックピットで、爪先で床を叩くアスランの姿が目立つ。それを見かねたバル
トフェルドが、アスランに冷静さを取り戻させようと声を掛けた。
 アスランのエメラルドグリーンの瞳が、ジロリとバルトフェルドを見やる。
 (ありゃりゃ……)
 英雄と呼ばれていても、まだまだ青いな、とバルトフェルドは思う。
 「――とにかく、自分のケツは自分で持つしかない。アスラン、自分を見誤るなよ」
 「分かってます。けど……」
 「厳しいことを言うが、キラに対抗できるのはアスラン、お前だけだ。迷えば、上手くい
くことも上手くいかなくなる。気持ちの整理は、つけるんだ」
 バルトフェルドはアスランの肩を叩いた。アスランの肩に、ずしっとした男の手の重み
が掛かる。それは、さながら浮き足立ったアスランの気持ちを落ち着かせようとしてい
るかのようだった。
 “砂漠の虎”と呼ばれた怪傑。どこか達観した趣のある男の言葉は、その言葉が持つ
意味以上に重い。アスランは、そのバルトフェルドの言葉に少しだけ苛立ちが解消され
たような気がした。
 「しかし、サトーめ、何を企む?」
 「――それよりも、私たちはラクス様の安否の方が気になるな」
 視線を前方に戻したアスランの呟きに返すようにコックピットのドアを潜ってやって来
たのは、ヒルダたち三人組だった。三人はふわりと浮き上がり、天井を押してアスラン
の近くに降り立った。
 「キラ・ヤマトは自分たちに任せろと言っていたが、それには期待できるのか?」
 バルトフェルドとは違う、プレッシャーを掛けるような物言いだ。アスランはそれが煩
わしく感じられて、あえて「分かりません」と淡白に言い放った。
 「俺は、何も聞いていませんから」
 「それでは困るだろう!」
 ヒルダが掴み掛かってくる。アスランはそれを無造作に払い除けると、キッと睨み付
けた。
 ヒルダが一寸、気圧されたように身を仰け反らせる。そこへ、「しかしな」と割り込んで
きたのは、メガネを掛けたマーズだった。
 「奴らはクライン派を、プラントを腑抜けにした元凶として目の敵にしている。利用価
値がある内は大丈夫かもしれないが、クライン派の領袖であるラクス様に危害を加え
ないとも限らない」
 「我々が焦る気持ちは、分かってもらいたいものだな、アスラン・ザラ?」
 もう一人の男、ヘルベルトが付け足すように言う。
 三人がアスランを取り囲んで、圧力を掛ける。彼らも同じなのだ。結局のところ、この
局面を打開するにはアスランとジャスティスに頼るしか無い。手札の乏しさを分かって
いるからこそ三人は焦り、アスランにプレッシャーを掛けてしまう。
 アスランも、それが分からないほど鈍くは無い。
 「分かってるさ」
 キラの思惑を知らなかったのは、アスランも同じなのだ。アスランにしてみれば、それ
は欺かれたも同然の心境だった。
 (優しいアイツのことだ、俺やみんなを心配させたくなくてああいうことを言ったのかも
しれない。だが、キラ……お前は――お前たちは何をしようとしているんだ……?)
 前方のガラスの向こうに広がる漆黒。そのキャンバスに、記憶にあるキラとラクスの
顔を投影してみる。しかし、彼らはアスランの心の問い掛けに、決して答えてはくれな
かった。
 
 
 ラクスは貴賓室で軟禁状態になっていた。キラとの接触は許されず、常に監視され
ている環境であったが、ラクスは気丈に振る舞い、サトーに付け入る隙を見せることは
決してなかった。
 「流石はヤキンを終結に導いた平和の歌姫。囚われの身であるにもかかわらず、高
貴さを失わないその姿勢には感服させられるな、プリンセス?」
 サトーはアンティークの小瓶を手に取り、その表面に映りこむ歪んだ自分の顔を眺
めつつ、高級椅子に座るラクスに皮肉っぽく言った。ラクスは、それを冷ややかに受け
流し、小瓶を見つめるサトーを見やった。
 「あなた方の望みは何ですか?」
 「このような状況でも、まだそのような口が利けるか」
 サトーは感心しているような口振りであったが、その調子には、どこかラクスを虚仮
にするような軽さが混じっている。侮っているのだ。
 「クラインは軟弱な手合いばかりと思っていたが、考えを改めねばならんようだな?」
 「憎しみは人の性です。わたくしも人間である以上、それを否定することはできませ
ん。しかし、それをナチュラル全てにぶつけようというのは、傲慢なのです」
 小瓶を見つめていたサトーの目が、ラクスを鋭く見やる。
 しかし、ラクスもそれに些かも怯むことなく睨み返す。
 サトーは呆れたようにため息をついた。
 「お前は何も分かっていないようだ。良いか? 有史以来、人類は憎しみの闘争を繰
り返してきた。そして、その憎しみを生み出してきたのが常にナチュラルであれば、そ
れを滅ぼすということは憎しみの根源を絶つことと同義であるのだ」
 「愚劣な……それが傲慢だと言うのです。人ひとりの独善で何億もの生物を死滅さ
せるなど、悪以外の何物でもありません」
 「悪で結構! その結果、人類をより良く次のステップに導けるのなら、万々歳では
ないか! しかも、それを我々が成し遂げる! コーディネイターが正しき次世代の人
類であるという証明にもなる!」
 自讃するサトーに、ラクスは辟易のため息をついた。
 「復讐から生まれた偽善が人類をリードしたことなどありません。個人的な怨念返し
を言い繕うためのつまらぬ大儀を、何故そこまで誇らしげに語れるのです?」
 「……つまらぬ大儀とは、心外だな」
 サトーは小瓶をテーブルの上に戻し、椅子に座るラクスに歩み寄った。
 迫ってくるサトーからは威圧感が滲み出ていた。それは憤りか憎しみか――本性を
現した今のサトーからは、その黒い感情が溢れている様が目に見えるようであった。
 それを目の当たりにして、ラクスは気付く。ああ、これがハマーンの言っていたことな
のだと。
 サトーはラクスの前に立つと、険しい表情を更に険しくさせて、覆い被さるように顔を
寄せてきた。
 「怨念返しの何がいけないか。我らが三年間、常に心に抱えてきたこの怒りや憎しみ、
止めることなど誰に出来ようものか」
 今にも殺しそうな目で凄まれる。一瞬、その迫力に呑まれそうになりながらも、しかし、
ラクスも泰然自若としたまま一歩も引かない。
 「白状なさいましたね。――プラントと地球の関係は今、新たな時代へと移り変わろう
としているのです。あなた方は、ここに至るまでに払った数多の代償を全て無に帰そう
というのですか?」
 「何を言う。ロゴスもブルーコスモスも詭弁に過ぎぬ。ナチュラル全てが悪なのだ。何
の罪も無いクリスティが、奴らの薄汚い核で焼かれたのだぞ。この恨みの清算が済ま
されずして、何が新たな時代か」
 「あなたは、自分が時代に取り残されていることを知るべきです。あなたと同じ無念を
抱えている人々が他にいくらでもいるということを、なぜ考えようとしないのです?」
 「その者たちも同じ怒りや憎しみを持っているからだ。我々はその者たちの無念も背
負っている」
 「違います。彼らは、直接的な破壊行為だけでは恨みを晴らせないことを知っている
のです。重要なのは事実を忘れず、伝承して、同じ愚を犯さぬようにより良く未来を生
き、世代を重ねていくことです。気付きなさい。あなた方のやっていることは、過去の愚
を繰り返しているだけに過ぎないということを。愚を繰り返す者が義を口にするなど、滑
稽でしかないのです」
 ラクスとサトーの視線がぶつかる。涼しい顔のラクスに対し、それを凝視するサトー
の眉間には深い皺が刻まれている。
 暫時、睨み合いが続いた。しかし、やがてサトーは表情を緩めると、スッと背を伸ば
した。
 「フッ、まこと、クラインの言うことであるな。そのような耳障りの良い言葉であれば、
我々には通じずとも、愚民どもをかどわかすことは容易であろう」
 「わたくしを利用しようとしても無駄です」
 「そうは思わんな。現に、フリーダムとそのパイロットは我々に従っている。それは、
貴様の利用価値が言葉だけにではなく、その御身にもあるということの証明になる」
 サトーは勝ち誇ったように嘲笑した。しかし、ラクスはそれに感化されたりしない。
 「もう一度言います。わたくしを出しに復讐を果たそうとしても、無意味です。自ら滅
びの道を進むことはありません。今ならまだ引き返せます。考え直してください」
 ラクスが言うと、サトーは少しの間固まっていた。が、やがて高笑いを始めた。
 「ラクス・クラインともあろうお方が、その様にして助けを請うとは。――買い被り過ぎ
だったようだな?」
 「何とおっしゃっていただいても結構。しかし、わたくしの言葉は真実です」
 「異な事を……自分のこともよく分からずに、よくも」
 サトーのせせら笑いにもラクスは動じない。その態度がサトーを身構えさせる。
 思い違いか、とサトーは思う。しかし、サトーのクラインに対する侮蔑の念は根深い。
深く考えようとしないのは、ラクスを絶対に認めたくないという思いがあるからだ。
 フン、とサトーは鼻を鳴らした。そして、ラクスを尻目に出口へと向かった。
 「全く、気の強いプリンセスだ。――いいだろう。どうせ一人では何も出来ない。無力
な自分を噛み締めつつ、この籠の中で我々の作戦が成就される様を見ていればいい」
 そう言い残し、サトーは貴賓室を後にしていった。
 ドアに外部からロックを掛けられた音が聞こえた。途端、ラクスは大きく息を吐き、顔
を俯けた。額に脂汗が浮かぶ。緊張から解放されたラクスの顔に、憔悴の色が滲んだ。
 (……その通りです。わたくしは一人では何も出来ません。ですからわたくしは――)
 ラクスは物言わぬ絵画の中の少女を見やり、心の中で呟いた。
 
 
 プラントへと帰還したミネルバは、首都であるアプリリウス・ワンへの入港準備に入っ
ていた。
 途中、レクイエムによる惨劇の跡が見えたが、それは酷い有様だった。崩壊したコロ
ニーの残骸は未だ生々しく宇宙に漂っており、木や土などの自然物の他にも、コンク
リート片やガラス片、車のスクラップなどの人工物に加え、服や食器などの日用品も
浮かんでいた。それは、日常が突然失われた光景だった。
 残骸を片付ける作業には、多くのザフトも動員されていた。そのモビルスーツの機械
の手が片付けるのは、人間の遺体も同じなのだろうかと考えると、シンはふとオーブで
家族を亡くした時のことを思い出してしまうのである。
 「やりきれないわね……あたしたちの実家は違うコロニーだったから大丈夫だったけ
ど、一歩間違えばこんな風になっていたかと思うと……」
 舷窓からその光景を眺めていると、いつの間にかルナマリアが横に佇んでいた。
 そのルナマリアが、独り言のように呟く。
 「宇宙で迷子になってしまった人は、どうなるのかな? 誰にも見つけてもらえずに、
この暗い宇宙を永遠にさまよい続けるのかしら……」
 「ルナ……」
 センチなことを言う。シンはルナマリアを見やり、慰めるように肩に手を置いた。ルナ
マリアはそれに甘えて、もたれ掛かるように身を寄せた。
 「ゴメン……でも、大丈夫よね? だって、もうジブリールは死んだんだし、ロゴスは
潰れたんだもの。もう、こんなことは起きないよね?」
 縋るようにルナマリアは言う。
 しかし、シンは答えられなかった。ミネルバに下された召還命令の意味を、シンは薄
々とではあるが察していたからだ。それは、ルナマリアも察しているはずである。
 「大丈夫って、言ってよ……」
 ルナマリアは弱々しく呟く。酷く感傷的になっている様子は、いつもの彼女らしくない。
 ダイダロス基地の攻略作戦後、ルナマリアが医務室で検査を受けたという話を、彼女
の妹のメイリンから聞かされていた。特に異常は見られなかったようだが、シンはそれ
が何とはなしに気に掛かっていた。
 シンはルナマリアの肩を抱いた。が、宥める言葉が見つからない。
 「――まだ終わってないさ」
 ふと聞こえたその声に、顔を上げる。――レイだ。
 レイは無重力を流れてくると、二人の近くに足をつけた。そして、舷窓から見える惨劇
の跡を一瞥してから話を続けた。
 「プラントがこんなことになっている時に、火事場泥棒をやらかした不届き者がいる。
ルナもそれは知っているだろう? 連中をどうにかしない限り、俺たちの戦いは続く」
 「そんなこと、分かってるわよ」
 ルナマリアは人差し指でサッと目尻の涙を拭うと、シンから離れてレイに向き直った。
 「なら、弱気は禁物だ。俺たちは、これから奴らを排除しに行くのだからな」
 「弱気じゃなくて、ちょっと疲れてただけ! 出撃したら、ちゃんとやるわよ!」
 苦言を呈するレイに、打って変わって勝気な態度でルナマリアは口を尖らせた。
 シンはそれを見て、内心でホッとしていた。
 (大丈夫みたいだ……)
 元気の無いルナマリアが些か気掛かりだった。しかし、杞憂だったようだ。
 「でも……」
 そのルナマリアは、また態度を変え、今度は怪訝そうに首を捻った。
 「どうしてそのまま追撃じゃなくて、一度本国に戻したのかしら?」
 シンは、機嫌がころころ変わるルナマリアを見て、女とは忙しいものだなと思ったが、
発言の内容については同じく気になっているところだった。
 ダイダロス基地の攻略戦では、先にアークエンジェルが仕掛けていたお陰でミネル
バの消耗が少なくて済んだ。それ故、わざわざ本国にまで戻って補給を受けなくても、
そのままメサイアを追撃することも十分に可能だった。それなのに、最高評議会は追
撃が遅れることを承知の上で、あえてミネルバに召還命令を下したのである。そこに
は、何かしら理由があるのだ。
 「それは多分、指揮系統が鈍くなっていることと関係があるのだろうな」
 レイが見解を述べる。
 シンはレイに同意し、頷いた。それは、シンも薄々感じていたことだ。
 「確かに、ダイダロスを落とした後、召還命令が下るまでに結構時間があったよな?」
 「シンも気付いたか。――そう、何かがあったから、議長は俺たちを呼んだんだ」
 それを聞いたルナマリアが、「何かって何よ?」と訊ねる。
 「それはまだ俺にも分からない。だが……」
 レイはそう言って、二人に背を向けた。
 「もしかしたら――」
 ポツリと呟いたレイの言葉は、入港のサイレンの音に掻き消されて二人の耳には届
いていなかった。
 舷窓の景色は、宇宙空間とプラントコロニーの外観から、無数のパイプと鉄の壁に
仕切られた宇宙港の内部へと変わっていた。
 やがて接舷の振動が伝わり、入港が完了したことを告げるアナウンスが流れる。
 クルーたちは、久しぶりのコロニーを懐かしみ、上陸を待ち切れない様子でそわそわ
していた。
 だが、そんな彼らに告げられたのは上陸許可ではなく、厳格な艦内待機命令だった。
 
 「――最高評議会から出頭命令ですか?」
 シャアは思いがけず告げられた内容に眉根を寄せた。
 それを告げた相手、タリア・グラディスは、シャアとミネルバの通路を歩きつつ、周囲
に気を配りながらそっと耳打ちをするように言う。
 「どうも、上の方で何かあったらしいのよ」
 「緊急性が高いので? ――しかし、それでグラディス艦長が呼ばれるのは分かりま
すが、私まで呼ばれることの意味が分かりません」
 「議長は何も言ってきてないわ。きっと、余程のことなんでしょうけど……」
 二人はミネルバを出ると、物資運搬用の直通エレベーターに予め用意されていた車
に乗り込んだ。
 運転席にはシャアが座る。エレベーターが動き出して下まで降り切ってドアが開くと、
エンジンをスタートさせてアプリリウス・ワンの内部へと入った。
 アプリリウス・ワンの街並みは、流石に首都というだけあり、美しかった。しかし、どこ
となく漂う重苦しい空気が、シャアには気になっていた。
 議会堂の前では、既に出迎えの職員がシャアたちの到着を待っていた。車を入り口
の前に付けると、その出迎えに手早くドアを開けられる。何とはなしに急かされているよ
うで気分が悪かったが、それだけ緊急性が高い案件なのだろう。二人は車を任せ、足
早に議会堂へと足を踏み入れた。
 議場では、約一名を除いて勢揃いした評議会議員が、今や遅しと首を長くしてシャア
たちの到着を待ち侘びていた。
 シャアは、そこで殊更に重苦しい空気を感じた。そして、何とはなしにその理由が分
かったような気がした。それは、居るはずの人物が存在していないことと関係があるの
ではないかと推察した。
 
 そして、二人は議員たちから告げられた。デュランダルが、その消息を絶ったのだと
いう。