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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第30話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 03:05:56

 いつかはこのような時が来るのではないかと予感していた。それは、自分がデュラン
ダルの影武者として噂されるようになった時分から感じていたことである。
 ラクス派がメサイアを奪取する少し前から、デュランダルの行方が掴めないのだとい
う。最高評議会は、これをラクス派の工作であると断定し、彼女らを仮にではあるが反
逆分子として認定した。そして、それに伴い、シャアに正式にデュランダルの影武者と
しての任務を要請したのである。
 それは要請というより、ほぼ命令に近かった。シャアを異邦人と知っている最高評議
会は、それまでデュランダルの庇護下にあり、ある意味で優遇されていたシャアに後
ろ盾がなくなると見るや、強硬な姿勢で迫ったのである。そこには、緊急時にリーダー
を失った彼らの焦りが透けて見えた。
 デュランダルの失踪に関しては、徹底した緘口令が敷かれ、事態は上層部と一部の
者のみが知るところとなった。それは、プラントにこれ以上の混乱を巻き起こさないこ
とと、地球側に付け入る隙を与えないための措置であるが、それは表向きの理由であ
り、本音ではラクスへの対処の問題を、影武者に仕立てたシャアの責任のもとで処理
してしまいたいとの思惑があった。
 ラクスの問題は内患とも言うべきものだった。しかし、平和の歌姫として今も絶大な
人気を誇るラクスへの強硬姿勢には、プラントの国内世論からの猛烈な反発が予想
される。それをかわすために、シャアを人身御供としてデュランダルに仕立て上げ、
彼にラクス問題の全責任を被らせようというのである。
 当然、そんなことを直接口にはしなかったが、シャアにその目論見が看破できない
わけがなかった。政治家人情とは、得てして責任の擦り付け合いに終始しがちである
が、標的を見つけて一致団結した時の囲い込みというものは実に周到で、決して獲物
を逃がさないハイエナのような狡猾さは、一周回って賞賛ものの手際であった。
 シャアは、そういう狸の化かし合いでしかない政治を嫌悪していた。大衆に迎合する
だけになった政治は志を失い、官僚主義に飲み込まれる。それが地球連邦政府の在
り方であり、その腐敗の象徴としてのティターンズであったとシャアは思っていた。そし
て、それが新たな反感としてのエゥーゴを生み出し、かつての反感であった旧ジオン
公国の残党であるアクシズが付け入る隙ともなった。
 シャアは最高評議会の姿勢に、似たような腐敗のにおいを感じていた。
 しかし、だからと言って無碍に断われるほど愚かではないつもりだった。ここでシャ
アが要求を呑まなければ、デュランダルの失踪は遠からず公になり、プラントは更な
る混迷を極める。そうなればラクス派を止めるどころではなくなり、最悪の場合、彼女
たちが何か重大事を起こせば、その責任を追及する手は必ずプラントにも伸びてくる。
そして、オーブを介して秘密裏に模索していた地球との和睦への道は完全に閉ざされ、
最悪、事態は殲滅戦争へと突入する可能性も孕んでいる。
 それは、あくまで考え得る最悪のケースであるが、その可能性が無いとは言い切れ
ないのがラクス派の不気味なところだった。もし、カミーユが言っていたように、本当に
首謀者が他にいるとするならば、ラクスを利用してザフトの一部を寝返らせた真犯人
は、相当な危険人物と言える。その首謀者がメサイアを奪った意味を推察すれば、碌
でもない結論に至るのは自明の理なのだから。
 しかし、それでもシャアは気が進まなかった。事態の深刻さは理解しているのに、心
のどこかで政治の舞台に立つ自分を躊躇う気持ちがあった。それはきっと、一介のモ
ビルスーツパイロットとして一兵卒に甘んじてきた自分を、あまりに当たり前とし過ぎた
からだとシャアは自らを分析した。
 シャアは影武者を引き受けるための条件を一つだけ提示し、それを了承させると、前
向きに検討するとして、その場での即決を回避した。
 最高評議会は、シャアの回答の先延ばしを許しはしたものの、猶予は日付が変わる
までという厳しい条件を突きつけた。このような重大な決断を半日以内に下せというの
か、とシャアは腹を立てたものの、この気忙しさがプラントの現状なのだと理解すれば、
従う他になかった。
 
 「――どうしてあの場で引き受けなかったの?」
 ミネルバへ戻る道すがら、タリアのそんな質問にシャアは眉を顰めた。
 「私に議長の代わりが務まるかどうか、自信が無かったのです」
 「嘘ね」
 タリアは、ぴしゃりと言う。
 「あなたは、どこかでギルを下に見ていたわ」
 「艦長、それはいくら何でも――」
 シャアは苦笑を浮かべた。しかし、タリアの目は、至って本気だった。
 「分かるのよ、隠しても。あなたと関係を持ったことがある女は、みんなそういうことを
知っているんじゃないかしら?」
 見透かしたかのようなタリアの眼差し。アクセルを踏む足に力が入る。車が加速し、
車内の揺れが少し大きくなった。
 「私は、そんな破廉恥な男ですか」
 「そうね」
 臆面も無く言い切るタリアが、シャアは気に入らなかった。
 「それを可愛いと思えるかどうかは人によるでしょうけど、少なくとも、あなたのような
人が振り向いてくれている限りは、許せそうな気がするわ。――でも、ハマーン・カー
ンはまだそういうことすら教えてもらえてないんじゃなくて? だから、許せない」
 タリアの言葉が、ちくりと刺さる。異論を挟みたかったが、シャアは運転に集中した。
 「――私はただ、プラントの命運を左右する決断に物怖じしているだけです」
 「あなたが、そんな男かしらね?」
 そう言って、タリアはころころと笑った。
 「買い被り過ぎです……それに、艦長も私が代わりでは、お嫌でしょう?」
 シャアが仕返しをするように問い掛けると、タリアは微笑みつつも少しだけ表情を曇
らせた。タリアの中に残された、微かなデュランダルへの未練。半ば形骸化していな
がらも、それは良い思い出としてタリアの心の中で静かに息づいている。
 シャアは思った。それが健全な未練の残し方なのだと。
 「私はいいのよ。ただ、レイがね……」
 「レイ?」
 「話しておくわ、あなたには」
 それからミネルバに戻るまでの間に、シャアはレイとデュランダルの関係について聞
かされた。
 デュランダルは後見人として、レイが幼い頃から親身になって面倒を見続けていたの
だという。それ故にレイは甚くデュランダルを慕っており、タリアはそんなレイにデュラ
ンダル失踪の事実を伝えるべきかどうかを迷っていた。
 「しかし、いずれ判明することです。ならば、早い内に」
 シャアが提言すると、タリアは少し躊躇いながらも「そうね」と返した。
 「下手に後回しにするより、まだ表沙汰になっていない今の内に話しておく方が、レ
イにとっては良いかもしれない」
 「はい。多少の救いにはなると思います」
 「救いか……」
 タリアは言葉を止めて、一呼吸置いた。
 「残酷な救いよねえ……」
 深い嘆息が車内に響いた。
 
 ミネルバに帰着すると、いの一番にレイを呼び出し、そこでデュランダル失踪の事実
を告げた。
 「まだ死亡が確認されたわけではないわ」
 タリアはそう言って慰めたが、レイは尋常ではない困惑振りを見せて、シャアを驚か
せた。
 レイは椅子にうな垂れて座り、頭を抱えて何度もかぶりを振った。「嘘だ……」と繰り
返し呟くその様は、シャアの予想を遥かに超える狼狽振りだった。
 よもや、ここまでとは思いもしなかった。普段は冷静沈着なレイが、まさかここまで取
り乱すとは想像だに出来なかった。レイのデュランダルへの依存度の高さを甘く見て
いた自分を、シャアは認めざるを得なかった。
 (裏目か……)
 タリアに肩を抱かれるレイを見やりつつ、シャアは心の中で呟いた。これでは、自分
がデュランダルの代わりを最高評議会から持ちかけられたことなど、とても口に出せ
そうにない。
 しかし、なかなか切り出そうとしないシャアを見かねたタリアが代わりに告げると、途
端にレイは「分かってました……」と言って立ち上がった。
 「指揮系統の乱れ、俺たちへの艦内待機命令、そして、クワトロさんの評議会への出
頭命令……嫌でもその可能性を想像してしまう……」
 鼻を啜ってから口を開いたレイは、口調こそハッキリしていたが、声は微かに震えて
いた。
 「あなたには、一番に知らせるべきだと思ったのよ」
 「お気遣いは分かっているつもりです。でも……!」
 長い前髪がレイの目元を隠した。固く握った拳が震えている。その震えが、やがて全
身に伝播していった。
 「……なぜ、即決しなかったのです?」
 不意な質問は、シャアに向けられていた。
 「あなたなら、今のプラントがギルを失うことの意味を理解しているはずだ……」
 「だから迷っている。私にプラントの未来を左右する資格があるかどうか」
 「あなた、まだそんなことを言ってるの?」
 タリアの目がシャアを睨む。シャアはそれを甘んじて受けた。
 「資格云々の話じゃないでしょ……!」
 レイは静かに言う。
 「あなたには、ギルから受けた恩義に報いなければならない義務がある。……やっ
てもらうしかないんですよ、あなたに――あなた以外に誰がやれると言うんです?」
 「声が似ているからというだけで代わりが務まるのなら、ミーアは今でもラクス・クラ
インであり続けただろう。影武者をやるには、相応の資格を持ち、その人となりも熟知
していなければならない。私はそこまでデュランダル議長のことを知っているわけで
はないよ」
 「詭弁を……!」
 シャアの言い訳に近い抗弁に、レイは当然納得を示さなかった。
 シャアは、そんな厳しい表情のレイに向けて更に続けた。
 「それに、いいのかな? 議長の代わりとして私が表舞台に立てば、君は議長の失
踪を認めなければならなくなる」
 「クワトロ! それは――!」
 シャアの言葉を聞いて、タリアが血相を変えて口を挟んだ。しかし、シャアはその制
止を振り切り、追い打ちを掛けるようにレイに問い掛けた。
 「事情を知ってしまった君には、それを受け入れなければならない義務がある。私に
デュランダル議長をやれと言うならな。……その覚悟は、あるかい?」
 シャアは、遠まわしにレイにデュランダルの死を認識しろと迫っている。タリアの目が、
そんなシャアをむごいと責め立てた。
 レイは暫し沈黙した。前髪で隠れた表情が、何を思っているのかを窺わせない。
 「……それでも」
 やがて、レイはポツリと呟くように言った。そして、徐にシャアに顔を振り向けた。
 「それでも……今、プラントはあなたに縋るしかないんです……!」
 レイの頬には、幾度も熱い雫が伝った跡が残されていた。そして、今もそれは流れ続
けている。
 レイは泣いていた。泣きながらシャアに請うていた。
 仕向けたこととはいえ、ここまで言わせたのだ。私を捨て、公のために言葉を搾り出
したレイの覚悟には、応えなければならない。――シャアは決心した。
 「分かった、レイ」
 シャアは一言だけ答えた。
 
 数分後、ブリーフィングルームにクルーを集め、デュランダル失踪の件と、それに伴
って要請された影武者の件を伝えた。
 動揺は思ったよりも大きくなかった。皆、不可解な艦内待機命令である程度は事態
が想像できていたのだろう。
 「それで、どうするんです?」
 一同を代表するように、シンが訊ねた。
 シャアは、それを待っていたかのように一同の前に歩を進めた。それを、固唾を呑ん
で見守る一同。シャアは軽く一同を見渡すと、徐に口を開いた。
 「……正直、自信があるわけではない。皆も知っての通り、私はこの世界の人間で
はない。しかし、プラントが危機を迎えているこのような時に、ただ指をくわえて傍観し
ていたのでは、私やハマーンを拾ってくれた君たちにも申し訳ないと思う」
 シャアが言及すると、部屋の隅で興味なさげに佇んでいたハマーンが、軽い舌打ち
をした。
 「だから、私にできるだけのことはやってみようと思う。そして、何とかこの危難を乗り
切るためにも、是非とも君たちの力を貸してもらいたい」
 シャアはサングラスを外し、頭を下げた。
 まばらな拍手が、やがて一つに纏まって大きくなる。
 シャアは姿勢を戻し、サングラスを掛け直して、もう一度一同を見渡した。
 (これで私は道化か……)
 シャアは内心で自嘲すると、逃げるようにブリーフィングルームを後にした。
 
 各々のタイミングで、各員がブリーフィングルームを後にする。その中でも、一際早
いタイミングで出て行こうとする女性がいた。ルナマリアは、メイリンやシンの誘いを断
わり、急いでその女性を追った。
 「ハマーンさん!」
 早足で歩くハマーンは、随分と先を行っていた。ルナマリアは少し強めに呼び掛け
て、駆け足で追い掛けた。
 ハマーンは一度だけこちらを見やるも、その足を止めようとはしなかった。それがハ
マーンの基本であることを知っているルナマリアは、連れない態度も気にせず隣に並
んだ。
 「何の用だ?」
 目も合わせずに聞く様は、まるでこれからルナマリアが聞く内容を知っていて、遠回
しに拒絶しているかのようだ。
 かつてなら、そんなハマーンの態度に怯み、めげてしまうところであったが、それも
もう慣れたものである。ルナマリアは臆せず、あえて聞いた。
 「凄いですね、クワトロさん? デュランダル議長の代役なんて、普通できることじゃ
ありませんよ」
 「シャアには本来、それだけの力と器がある。今までは、それを隠して逃げていただ
けだ」
 さらっと言ってのけるハマーンに、本当に二人は険悪なのだろうかと疑った。
 「そ、そうなんですか? ――でも、そう言えるのは、ハマーンさんがあの人のことを
良く見ているからだと思うんです。だから、クワトロさんもそれを知っていて、さっきチラ
ッと言ったみたいに、ハマーンさんのためにもあんな大役を引き受けたんじゃないでし
ょうか」
 水を向けるように言うと、ハマーンはふと足を止め、ルナマリアを嘲笑するかのような
薄笑いを浮かべた。
 一瞬だが、ムッとなった。自分は、こんなにも二人の関係を心配しているというのに、
その人を食ったような態度は何だと憤りたくなった。
 しかし、すぐに思い直した。ルナマリアは、ハマーンのその薄笑いの中に、どこかシ
ャアに向けた冷めた思いが垣間見えたような気がしたからだ。
 「めでたいな、お前は?」
 「な、何ですか? だって……」
 「シャアがあの後、何処に行ったか分かっていないようだな?」
 「何処に……? 何処だって言うんです?」
 ルナマリアはやや食い気味に問う。ハマーンは、そんなルナマリアの焦燥を楽しむ
かのように笑った。
 「ミーアのところだよ。シャアはあの娘を手篭めにして、ラクスに対抗させるつもりな
のさ」
 言い捨てて、ハマーンは再び歩き始めた。
 「今さらあの人を?」
 ルナマリアもそれを追い、ハマーンの横に付く。
 「まだ、ミーアを正式に偽者だと認めたわけではない。現状は、ラクスが自分を本物
だと自称しているだけに過ぎん。それに、あの娘は見た目よりも胆力がある。その気に
させられれば、あの娘がこの騒動を解決する鍵になるやも知れん」
 「それで、あの人はそれを頼みに行ったって言うんですか? ――それ、大丈夫なん
ですか?」
 「ミーアはシャアにぞっこんだよ。何も問題はない」
 ルナマリアの懸念に対し、ハマーンはしれっと言ってのけた。ルナマリアには、それ
が面白くなかった。
 ジレンマがある。ハマーンは、ルナマリアのやきもきする気持ちを分かっていながら、
あえてピント外れの回答をしているように見えた。それは卑怯なことだと思ったが、し
かし、逆に言えばハマーンはその核心について露骨に避けているとも言える。
 それは、ハマーンの女としての矜持だろうか――そんなルナマリアの心の霧を払う
かのように、ハマーンは徐に言葉を継いだ。
 「勘違いしているようだな」
 「勘違い?」
 ルナマリアが問い返すと、「そうだ」とハマーンは答えた。
 「もし私がシャアと同じ立場だったら、同じことをしたということだ。そして、奴がミーア
を担ぎ出すことを思いつかなかったとしても、その時は私がそうするように奴に仕向け
ていた。――分かるな? つまり、そういうことだ」
 平然と言ってのけるハマーンが、ルナマリアには理解できなかった。もし、ハマーン
が言うとおりのことをシャアがやっていると言うのなら、今、シャアがミーアと何処で何
をしているのか、ハマーンには分かっているということになる。
 (気にならないの……?)
 ルナマリアには、ハマーンが湛える笑みが強がりであるとしか思えなかった。
 「……私には、分かりません」
 百式のデータベースで偶然に知った、ハマーンの純粋なシャアへの思い。あれを、
シャアを油断させるための嘘だと邪推できるほど、ルナマリアは成熟していない。なま
じそう思い込んでいるだけに、ルナマリアは小さく呟いて抵抗するのが精一杯だった。
 ハマーンの目が、表情を曇らせるルナマリアを横目で見やった。
 良くも悪くも直情的なのだろう。シンに当てられでもしたのか、感情を隠すのが本当
に下手だとハマーンは思う。だから、ルナマリアが隠しているもう一つの嘘も、何とは
なしに分かってしまう。
 「――それよりもルナマリア。お前は、私の言いつけを守って、ちゃんとサイコレシー
バーを処分したのだろうな?」
 唐突に話題を切り替え、不意打ちをかけるようにわざとらしく聞く。それだけでルナマ
リアは狼狽し、わざわざ言葉に出さずとも、その態度だけで自ずと答えを教えてくれる。
 「そ、そりゃあ勿論ですよっ! あたしがハマーンさんの言いつけを守らなかったこと
なんて、ありました?」
 思わず足を止め、身振り手振りで潔白を表現する。上擦った声があまりに滑稽だっ
たので、ハマーンも足を止めて付き合った。――ルナマリアは、どうにも感情の制御が
下手すぎる。
 (こんなことで、よくもラクスのことを隠し通せたものだ……奇跡だな……)
 そういう手合いは嫌いではないが、自分に対して嘘や隠し事をしているとなれば話は
別である。ハマーンは軽蔑するような眼差しで一瞥した。
 「従順なお前は好きだったのだがな……どうなっても知らんぞ」
 動揺するルナマリアを置き去りにし、ハマーンはそう言い捨てて歩を進めた。
 しかし、歩きながらハマーンは思う。失望したような口を利いておきながら、完全には
ルナマリアのことを突き放しきれなかった。ハマーンはそれが、ルナマリアに気を許し
かけていることの証明だとは思いたくなかった。
 (ルナマリアには、まだ使い道があるかも知れんのだ……)
 ハマーンはそう自分に言い聞かせ、通路を歩いていった。
 
 私室を訪ねたシャアを、ミーアは快く迎え入れてくれた。女性の部屋であることを意
識して、足を踏み入れるのを躊躇っていたシャアを腕ずくで引き入れ、強引にベッドに
座らせるほどの歓迎振りだ。
 しかし、デュランダルの失踪の件を告げると、ミーアは存外な落ち込み方をした。
 「デュランダル議長は、あたしにチャンスを下さった方ですから。色々と良くしてくれま
したのに……」
 シャアの言い方が悪かったのか、ミーアは既にデュランダルが物故したものだと思っ
たらしい。そこで、まだ死亡が確認されたわけではないことを付け加えると、ミーアは
慌てて「あ、そうなんですか」と恥ずかしそうに繕った。
 「あたし、てっきり……。無事であってくれるといいんですけど……」
 デュランダルの身を案じる神妙な面持ちには、生存の可能性も残されていると知っ
てか、微かな安堵も混じっていた。
 ミーアの私室の照明は、少し暗めに調整されている。シャアは、それがミーアの今の
心境の写し鏡なのだと察しつつも、あえて切り出した。
 「実は、それに伴って私がデュランダル議長の影武者として代役を務めることになっ
たんだ」
 「クワトロ様がですか?」
 隣に座るミーアが、咄嗟に顔を振り向けた。驚いたようにシャアを見るその表情は、
しかし、どういうわけか少し嬉しそうでもあった。
 シャアは苦笑混じりに問う。
 「そのリアクションは、どういう意味かな?」
 「あたし、ずっと思ってました。あなたなら、きっとデュランダル議長以上に立派に大
役を務めてくれるんじゃないかって」
 大袈裟なミーアに、シャアは少し照れ臭そうに「買い被り過ぎだよ、ミーア」と返す。
 「私は、君が期待するほど大した男ではないさ。――それに、忘れたのかい? 相手
は、あのラクス・クラインなんだよ?」
 「あ、そうでした。ごめんなさい、あたし、つい浮かれちゃって……」
 そう言って、ミーアは赤面した顔を俯けた。すぐに自重したあたり、ミーアの中にはま
だラクスへの憧憬と畏怖が確かに残っているようだ。
 (さて、どうしたものか……)
 シャアは考えながらも、自然と手をミーアの腰に伸ばしていた。
 「そんなに気にしなくてもいい」
 優しく慰めるように大きく背中を擦る。ミーアは無言で小さく頷くと、ゆっくりとシャアに
身を預けてきた。
 「……」
 肩を抱こうとする手を、思わず躊躇う。これからミーアをたらし込もうとしている自分
の姿が、ふと姿見に映っているのが目に入ってしまったからだ。
 「……すまない」
 シャアは一言断りを入れると、堪らず一旦ベッドを離れて、適当な布で姿見を覆い隠
した。
 それを見たミーアが、クスクスと子供のように笑った。
 「意外と恥ずかしがり屋なんですね。でも、そういうところ、何て言うか……素敵だと
思います。ギャップというか、あなたのような人が? って感じで」
 「そうかな……」
 深くは勘繰らないミーアの優しさに救われる一方、それを逆手にとって利用しようと
していることに対する罪悪感のようなものもあった。
 しかし、シャアはその気持ちを押し殺し、再びミーアの隣に腰掛け、今度はしっかり
と肩を抱き寄せた。ミーアはいつになく積極的なシャアに少し戸惑いながらも、それに
身を委ねた。
 暫く寄り添っていた。そして、やがてふと時間に目をやったシャアが、徐に口を開い
た。
 「……君に、一つ頼みがあるんだ」
 「あたしに、もう一度ラクス様の真似事をしろとおっしゃるのですね?」
 シャアは驚き、思わずミーアに顔を振り向けた。対し、ミーアはまるでそんなシャアの
反応を知っていたかのように微動だにせず、身体を寄せたまま。
 「クワトロ様がデュランダル議長の代役をやると聞かされた時に、もしかしたらここに
来たのはそのためなんじゃないかって思ってました。――図星、だったみたいですね
?」
 勝ち誇るように言うと、ミーアはころころと笑った。
 女とは本当に怖い生き物だと思った。時々、理屈では説明できないような洞察力の
鋭さを見せることがある。このような、一回り近くも年が離れている少女でさえ、こうな
のだ。
 シャアは、誤魔化すように含み笑いをするのが精一杯だった。
 ミーアが、チラとシャアの顔を見上げた。その、喜色に溢れた目は、あたかもシャア
の動揺を知って楽しんでいるかのようだ。しかし、その色はやがて消え、代わりに打っ
て変わったように神妙な光が宿った。
 「――本当は、怖い。あの時、本物のラクス様が急に現れた時、あたしは全てが終
わったと思いました。みんなを騙し続けたあたしへの批難は、今でも耳に残ってるん
です。どこかに消えてしまいたかった……とても心細かった……あたし、一人で……」
 消えそうな言葉尻に合わせるように、ミーアはシャアにしがみ付く。
 「でも、今こうしてあなたの存在を感じていると、不思議と安心できて、まだ頑張れそ
うな気がしてくるんです」
 「ミーア……」
 「例えあたしを道具として使うためだったとしても、それであなたが手に入るなら、あ
たしはどんなに傷つこうとも構わない。あなたのために、どんなことでもして見せます」
 ミーアの頭の中には、ハマーンに言われた内容が残っている。その意味を、こうして
いることで理解できたような気がした。シャアはきっと、理由が無ければ女性を愛せな
い人なのではないか――ミーアは、ふとそう思えた。
 シャアは、ミーアを見つめ返した。ミーアが全てを理解していたとしても、今自分がや
ろうとしていることは、パプテマス・シロッコがレコア・ロンドに対してやったことと同じな
のではないかという葛藤があった。
 (私は、そこまで落ちぶれたつもりは無い……)
 そうは思いはしたものの、この状況を否定することはできなかった。同じことなのだ。
女の情を利用して、男の野心の糧にする――シャアは、認めるしかなかった。
 「だから、我侭だなんて言わずに、最後まであたしをその気にさせてください……」
 ミーアは目を閉じて、シャアに向かって首を伸ばした。先ほどから気になっていた、
本能を刺激するような香水のにおいが一層強くなったような気がする。
 シャアは腹を決め、軽くミーアの顎を持って角度を調節すると、徐に口を重ねた。
 乾きかけたミーアの唇が、小さく震えている。
 不意にミーアの手が、シャアの目元に伸びる。その、しなやかで細い指がサングラス
のアームに絡まり、口付けを終えて顔を離すシャアの顔面からそれを引き剥がした。
 「――だって、良く見て欲しいから……」
 ミーアはサングラスをサイドボードの上に置くと、そこの調節装置で部屋の灯りを落と
し、枕もとの照明だけを残した。
 暗がりの中に、一点の灯り。その灯りに照らされて、ベッドの上に身を投げ出したミー
アの姿はよく映えた。メリハリの強いグラマーな肉体を、陰影の強さが余計に引き立て
ている。
 サングラスは、知らぬ間にシャアの理性の象徴になっていたのかもしれない。それを
外された時、明るくなった視界の中のミーアを目にして、シャアは何かが解放されたよ
うな心地になった。仮面の人生を歩んできたシャアにとって、素顔を晒すという行為は
本性を晒すことと同義なのかもしれない。
 シャアは、ゆっくりと仰向けに横たえたミーアの上に跨った。両手をミーアの顔の両
サイドに置き、顔を近づける。
 紅潮したミーアの表情には、大きな不安と微かな期待が入り混じっていた。勇気を振
り絞った瞳は、震えるように潤んでいる。
 「――あまり、無理はするな」
 囁きかけると、ミーアは小さく身動ぎをするように首を横に振った。
 「あなただから、大丈夫です。――それより、“キャスバル”って呼んでいいですか? 
今だけでいいんです。あなたのことを、誰も呼ばない本当の名前で呼ばせてください
……」
 「……君の、好きなように」
 自分でも忘れかけていたような本名を、どうしてミーアが知っていたのかなど、最早
どうでも良いことだった。震えているミーアの前では、そんなのは瑣末なことに過ぎな
いのだから。
 シャアは理性を殺し、今この一時だけだと言い聞かせ、本能に身を委ねた。
 
 日付が変わる一時間ほど前に、シャアはミーアの私室を出て行った。
 ベッドに横たわったまま、乱れた髪を直そうともせずに、ミーアはサイドボードの上に
置かれたままになっているサングラスをぼんやりと眺めながら、初めての痛みの余韻
に浸っていた。
 わざと置いていってくれたのか、それとも単純に忘れていっただけなのか。ミーアは
身体を引き摺り、シーツの中から腕を伸ばしてサングラスを手に取った。
 「痛みは今だけ……でも、これがあれば夢じゃなかったことの証明になってくれる…
…」
 サングラスを掛けてみる。視界に黒いフィルターが掛かる。それは、かつてファッショ
ンや変装で身に付けていたどのサングラスよりも暗く感じた。
 それが、シャアが見ていた世界なのだとミーアは思った。シャアの見る世界は、深い
闇のように限りなく暗い……
 「こんなにも違うものなの……? あの人とあたしの住む世界は……」
 何人たりとも触れることのできない聖域が、シャアの中にはある。それは、自分如き
では決して手の届かないものなのだと、その時ミーアは悟ってしまった。
 だから、ミーアはもの悲しくて、溢れる涙を止めることができなかった。
 
 
 用意された衣装を身に纏い、カツラを被ってカラーコンタクトも入れた。背格好が近く、
元々整った目鼻立ちをしていただけあって、即席の変装にしては驚くほど完成度の高
い仕上がりになった。
 デュランダルの代役としてシャアに与えられた任務は、反射衛星砲の発射に端を発
した一連の事件で低下したザフトの士気を高揚させるための演説だった。最高評議会
が用意したシナリオに沿って話すだけの、簡単な仕事である。
 壇上に立つ。演台の上には、それとなくカンペが置かれていた。内容は既に頭の中
に入っている。だから、シャアはカンペを手に取ると、余計なものは目に入れたくない
とばかりに適当に丸めてポケットに突っ込んだ。
 マイクの向こうには、数万人とも取れる整列された兵士たちが並ぶ。
 シャアには、恥を晒しているという自覚があった。こうして偉そうに演壇に上がっては
みたものの、所詮は最高評議会の傀儡に過ぎないのだという自虐がある。その自分
が壇上でふんぞり返っている様が、酷く滑稽に感じられて恥ずかしいのである。
 しかし、一方でその自覚が自身のちっぽけな感傷でしかないことも理解していた。
 どこか統率に欠ける兵士たちが象徴しているように、ザフトの士気は有事とは思えな
いほどに低下してしまっている。デュランダルへの不信もあるだろう。だが、その大部
分は、ラクスが大きく影響していることは間違いなかった。そして、それは非常に危う
い立場にある現在のプラントにとって、致命的と言えた。
 (どこまでできるのやら……)
 シャアは内心で自嘲すると、マイクの角度を調節し、それからそれらしく一同を見渡
すと、徐にマイクに向かった語り始めた。
 「……現在、プラントを取り巻く状況は非常に危機的であると言わざるを得ない。反射
衛星砲を撃つというジブリールの愚かな行いによって六基ものコロニーが沈み、二百
万近くにも上る尊い命が犠牲となった。その数は、未だに増え続けている。しかし、こ
の未曾有の危機は、それだけに留まることは無かった。この混乱に乗じて、メサイア
を奪取するという賊までもが現れたのだ。そして、その際に賊にかどわかされ、少なか
らずの離反者までも生み出す結果となってしまった」
 兵士たちの間から、微かなどよめきが起こった。シャアはその意味を理解しつつ進
める。
 「私は、あえて“彼女”のことを賊と呼んだ。ラクス・クライン……メサイアを奪った賊
の首謀者は、自らをそう自称している。その名前が持つ意味は、諸君も良く知っている
ことだろう。勿論、私も良く知っている。彼女は、確かにヤキンを終結に導いた聖女だ。
その彼女の言葉を信じ、付いて行きたくなる気持ちは、分からなくはない。だが、良く
考えてみて欲しい。この国難の時に、傷口に塩を塗るような真似をする人物が、果た
して本当にラクス・クラインであったのかどうかを」
 群衆のどよめきが大きくなる。シャアはそれに目を配りつつ、続けた。
 「彼女は、なぜ文書ではなく、自らの声で声明を出さなかったのだろうか。もし、彼女
が本物だったとすれば、自らが直接話した方がより効果的であったはずだ。ならば、
何故か? ――その答えは、現実を直視することで自ずと見えてくる。断言しよう。今
ここにいる諸君らの判断は正しかった。何故なら、本物のラクス・クラインは依然とし
てここにいるのだから!」
 シャアが紹介すると、ラクス=ミーアが壇上に姿を現した。
 どよめきが一段と大きくなった。その中を、ミーアは泰然自若とした態度で歩き、シャ
アと目配せを交わすと、代わってマイクの前に立った。
 一同が固唾を呑んで、ミーアの第一声を待った。
 「……皆様、ラクス・クラインです」
 バイオリンを奏でたような、優しくも力強い透き通った声がアプリリウスの空に響き渡
る。その途端、聴衆の耳はミーアの声に吸い込まれるようにして惹き付けられた。
 「まず、この度の騒動に関して、わたくしの至らなさが無用な混乱を招いてしまったこ
とを、深くお詫び申し上げます」
 一歩下がり、深々と頭を下げる。そして姿勢を戻すと、再びマイクに向かった。
 「皆様の中では、まだわたくしを疑っておいでの方が殆どであるかと存じます。しかし、
それは正しいものの見方です。何故なら、わたくしが何人いようとも、本当に大事なの
は、地球圏の安寧を願う心なのですから。ですから、その意味においては、もう一人
のわたくしが先日オーブで語ったこともまた、正しいと言えます。――しかし、残念な
ことに、その彼女が行ったメサイアの奪取までは肯定することはできません。ロゴス
が倒れ、これからプラントと地球が歩み寄ろうとしていた中でのこの暴挙は、いたずら
に地球の方々の不信を煽る結果となってしまいました。メサイアが地球へ向けて動き
出したことで、地球連合はプラントの自作自演による謀略の可能性を疑い、警戒感を
強めています。そして、連合軍も誤解からわたくしたちへの牽制とも取れる布陣を展
開しています。――何故でしょう? 多くの人々の犠牲の上に、ようやく成り立とうとし
ている平和を前にしながら、彼女たちはそれを踏みにじろうとしているかのように見受
けられます。どんな思いが彼女たちを突き動かしているのかは、分かりません。もしか
したら、それはわたくしたちでは分かってあげられない痛みなのかもしれません。です
が、彼女たちの行いは、これまで平和に尽力してきた全ての人々の努力を水泡に帰
す愚挙です。どんな理由であれ、それだけは許してはなりません。皆様、彼女たちを
止めましょう。そして、すぐそこに近づいているはずの平和を、今度こそ実現させるの
です。わたくしも、皆様と同じ平和を願う一人の人間として、共に戦わせていただきた
く存じます」
 ミーアはお辞儀をし、言葉を締めた。
 場内は水を打ったように静まり返っていた。だが、やがてぱらぱらと手を叩く音が聞
こえてくると、それは次第に連鎖していき、瞬く間に万雷の拍手へと変わった。――方
々に散っていたミネルバのクルーが、サクラをやってくれた効果でもあった。
 歓声までが起こる中、シャアは再びマイクの前に立ち、言葉を引き継いだ。
 「諸君には分かるはずだ。ラクス・クラインは、決して諸君を裏切ったりなどはしてい
ない。今メサイアを奪って逃亡している人物こそが偽者なのだ。――見よ! 本物の
彼女は偽者の暴挙に心を痛め、深く悲しんでおられる!」
 シャアが言うと、それに促されるようにミーアは顔を俯け、沈痛な表情を浮かべた。
 聴衆の歓声や拍手は、そんなミーアを励ますようにますます大きくなった。ミーアが
目尻の涙を拭う小芝居をして微笑むと、それを写していたカメラの映像が大型のスク
リーンに映し出されて、更なる快哉を呼んだ。最早、ミーアを偽者と疑う者はいないよ
うだった。
 ラクスの影響力がどれだけ大きいかが良く分かる、割れんばかりの歓声だった。シ
ャアは、それを更に煽るように、歓声に自分の声を重ねた。
 「そして、その偽者の言葉にかどわかされてプラントを離れた者がいる! 彼らは、
言わば被害者なのだ! ならば、その彼らの目を、我々は覚まさせてやらねばならな
い! ――諸君、先に述べたように、プラントは今、非常に苦しい時にある! しかし、
ラクス嬢がおっしゃられたように、平和はすぐそこまで来ているのだ! 地球圏の明日
のため、平和を信じて散っていった者たちのため――諸君! 諸君よ! いま少し、諸
君に死力を尽くして貰いたい! そして、平和を邪魔立てする不穏分子を排除し、数多
の人々が願う平和を我々の手で掴み取るのだ! 私は、プラントの代表として諸君ら
と共に戦い、期待するものである!」
 熱弁に呼応するように、兵士たちが鬨の声を上げた。
 兵士たちの士気は上がっている。シャアはそれを認めると、身を翻して壇上を後にし
た。