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SEED DESTINY × ΖGUNDAM 〜コズミック・イラの三人〜 ◆1do3.D6Y/Bsc氏_第33話

Last-modified: 2013-10-30 (水) 03:09:54

 ルナマリアはハマーンが特別な人間だと思っていた。出会った当初は、その気難し
い性格や知った風な言動から変人程度にしか思っていなかったのだが、それが特別
だと思えるようになったのは、本物のラクスを看破したことであったり、サイコレシーバ
ーを身に付けるようになったからであった。
 ハマーンには、テレパシーのような力がある。月でルナマリアが逃走を図るジブリー
ルの乗るガーティ・ルーのミラージュコロイドステルスを見破れたのは、それを察知し
たハマーンの思惟をサイコレシーバーが受信したからだった。ルナマリアはそれで、
ハマーンには超能力めいた力があることを実感して、ラクスの真贋を洞察できたのだ
と分かった。そして、その理解はサイコミュシステムやファンネルへと及び、その名を
知らないまでも、おぼろげにニュータイプの存在を認識しつつあった。
 ルナマリアは、ハマーンの能力がハマーンだけのものだと思っていた。同じ世界から
やってきたというシャアからは、そのような感じや気配は窺えなかったからだ。そして、
ハマーンだけが唯一特殊であるということが、どこかルナマリアは誇らしかった。コズ
ミック・イラのハマーンを支えているのが自分であるという自負があったからだろう。
 しかし、今ルナマリアはその認識が誤りであったということを思い知らされていた。耳
で震えるサイコレシーバーが、その現実を容赦なくルナマリアに突きつける。サイコレ
シーバーが受信する二つの思惟は、ハマーンとΖガンダムのパイロットのものだった。
 それは、サイコレシーバーが見せる幻だったのかもしれない。だが、ルナマリアは確
実にそれを知覚していた。網膜を通して視るのとは別の、心の目で見ているような感覚。
ハマーンとカミーユが通じ合う様子が、二人から立ち昇るオーラのようなものが絡まる
イメージとして認識できてしまったのである。
 ルナマリアにはそれを信じることが出来なかった。他人に意識を侵食されるその感覚
は、吐き気を催すほど辛い感覚であることをルナマリアは知っていたからだ。だから、
互いの意識を食い合うように絡み合う二人のオーラが、狂気の沙汰に見えていた。
 「まともじゃない! 何でそこまでやって平気なの!?」
 文字通り気が触れてもおかしくない状況だった。互いの意識を侵食し合うように混ざ
り合う二人の思惟のイメージは、傍から見ているだけでも吐きそうになるくらいにぐち
ゃぐちゃに混ざり合っていく。ルナマリアには、それがグロテスクなのだ。
 だが、それがニュータイプ同士の感応だった。そして、ハマーンとカミーユは、それ
を当たり前の感覚として享受できる人種だった。悲しいのは、ルナマリアにそれが理
解できないことだった。
 サイコレシーバーが見せる幻。その見えざるものを見る目で、ルナマリアは二人の
思惟のせめぎ合いを見ていた――見せつけられていたのかもしれない。
 「嘘よ! こんなの、絶対に嘘よ!」
 複雑な思いが胸の内を去来した。
 単純にどこかハマーンに惹かれる感覚があった。それはレズビアンとしての感覚に
近いかもしれないが、自分はノーマルだという自覚もあった。シンを恋愛対象として意
識できるし、抱かれれば多幸感も絶頂も味わえる。だから、ハマーンに抱く感情は、あ
る種の同姓としての憧れや尊敬に類するものなのだろうとルナマリアは思う。
 そこには畏怖があり、そして少しの愛らしさも感じていた。
 シャアの存在がそう思わせるのだろう。シャアとハマーンの冷え切った関係が、ルナ
マリアの思春期の想像力を強く刺激した。そして、百式の記録映像で知ったハマーン
のシャアへの密かな未練が、ルナマリアをその気にさせる契機となった。ミーアにも
同情や哀れみを抱く気持ちはあるが、ハマーンにはシャアに素直になって欲しいし、
シャアもそんなハマーンを受け入れても欲しいと願っていた。
 だから、この状況が嫌で仕方なかった。ハマーンとカミーユの思惟の絡み合い方は、
そんなルナマリアの願望を無視して、シャアとの関係すら簡単に否定してしまうのでは
ないかと思えるほどにショッキングなものだった。男女のまぐわいのようにオーラ同士
が巻き付く絡み合い方が、酷く官能的に見えて仕方ないのだ。ルナマリアは、それが
許せなかった。たったこれだけのことで、カミーユがハマーンの全てを攫っていってし
まうのではないかという恐怖があった。
 サイコレシーバーが見せる幻は、不幸にもルナマリアに正確な認識を与えてはくれ
なかった。正確な認識を得られなかったルナマリアは、その己のエゴだけで事態を把
握するしかなかった。そして、そうであったばかりに行動に出るしかなかった。
 「こんなの駄目……許せるわけがない!」
 催す嘔吐感を押して、ルナマリアはスロットルを開けた。インパルスが加速して、荷
重が胃を圧迫した。それで戻しかけたが、ルナマリアはグッと堪えてΖガンダムに挑み
かかった。
 しかし、カミーユはハマーンとの感応によって、既にオーバーフローするほどに意識
を拡大させたニュータイプとなっていた。その動きに気付いたカミーユが認識するだけ
で、その思惟を向けられたルナマリアは白目を剥きかけた。脳が情報や感情の洪水
で溺れて、窒息していく感覚である。
 「あーっ!」
 ルナマリアは奇声を上げた。本能的に叫んだのだ。そうして気を紛らわせて、飛びか
けた意識を辛うじて繋ぎ止める。根性だ。
 「離れなさいよーっ!」
 キュベレイから遠ざけるようにビームライフルを連射する。Ζガンダムは飛び退いて、
一先ずはルナマリアの思惑通りに行った。が、しかし、碌に照準も合わせられないほ
ど身体に変調をきたしつつあるルナマリアの攻撃が、カミーユに通用することは無い。
 Ζガンダムの反撃のビームが、インパルスのビームライフルを撃ち抜いた。辛うじて
正気を保っていただけのルナマリアは、その瞬間、ぴんと張り詰めていた緊張の糸が
切れる音を聞いた。
 慌ててトラッシュバッグを引っ張り出し、素早くヘルメットを脱ぐと、構わずにその中に
口を突っ込み、吐しゃ物を流し込んだ。
 「うえっ……えぇっ……!」
 嘔吐の苦しみに、ルナマリアはむせび泣くように吐いた。
 ふと、機体が振動した。その揺れは、サイコレシーバーの振動と無関係ではないだ
ろう。――キュベレイが、インパルスを抱えて守ってくれている。
 「す、すみませんハマーンさ――おえっ……!」
 「だから言ったのだ、小娘!」
 ハマーンの叱責が飛ぶが、吐き気の治まらないルナマリアはそれどころでは無い。
 ファンネルがΖガンダムを囲い、そこへキュベレイが更にビームガンを撃って追い立
てる。だが、認識力がオーバーフローしているカミーユはそれを掻い潜り、ビームライ
フルで反撃を見舞ってきた。
 重金属の加速粒子弾がキュベレイとインパルスを襲う。キュベレイはインパルスを抱
えたまま熱線を回避するも、Ζガンダムの目がそれを追って、更にビームを連射して
くる。
 「ハマーンさん、あたしには構わずに!」
 お荷物になりたくない一心で、ルナマリアは叫んだ。しかし、それでもキュベレイはイ
ンパルスを放そうとはしなかった。
 (どうして……? どう考えても邪魔なはずなのに……)
 そう疑問に思った時、ルナマリアはふと気付いた。
 (え? 嘘、吐き気が……?)
 いつの間にか嘔吐感が減退していた。そればかりではない。Ζガンダムから発され
ている強力な精神派の流れも緩和されている。
 耳に、柔らかな温もりを感じた。ルナマリアはハッとして、サイドスクリーンに映るキ
ュベレイに目を向けた。またサイコレシーバーが幻覚を見せているのだろうか。キュベ
レイが微かに発光しているように見えて、その光が自分をバリアのように包んでくれて
いることが認識できた。
 「ハマーンさん……」
 顔を綻ばせるルナマリアの呟きに、ハマーンからの応答は無い。だが、ルナマリアは
こう思った。サイコレシーバーを捨てなくて良かったと。その優しさの片鱗を、ここにき
て知ることができたのだから。
 しかし、インパルスを抱えるキュベレイは不利だった。ファンネルのエネルギーも長
くは続かない。
 それでも、キュベレイは不利を承知でインパルスから離れない。その姿に、カミーユ
はハマーンが他人を拒絶するだけの女性ではないと知った。
 「――そうなのか、ハマーン?」
 攻撃をかわして、頭部バルカン砲を連射する。キュベレイの影からインパルスが飛
び出してきて、自らを盾にしてキュベレイを守る。間髪いれず、その脇の下からキュベ
レイが腕を伸ばし、ビームガンを見舞ってくる。
 「くっ!」
 重なった二つの思惟が、カミーユを一寸惑わせた。咄嗟の反応が遅れて、フライン
グアーマーの翼端部分にダメージを受ける。
 反射的にカミーユはシールド裏のミサイル四発を発射した。
 だが、その瞬間、スクリーンに俄かに光が広がった。それは、カミーユが撃ったミサ
イルが炸裂した光では勿論ない。その光はユニウスセブンの影から差している。
 「あの光は!」
 煮えたぎったマグマのように、膨大なエネルギー量の光球が次々と膨張と収縮を行
っていく。ユニウスセブンとメサイアはその光に照らされて、カミーユの見ている方向
からは逆光になって黒く塗り潰された。核爆発の光だと、カミーユはすぐに理解した。
 その眩い光に乗じて、キュベレイとインパルスがその場を離脱していく。しかし、カミ
ーユはそれを認識していながら、追うことはしなかった。事は、それだけでは終わらな
いということもあったからだ。メサイアが、その核爆発と連携するようにネオ・ジェネシ
スを撃ったのである。
 ネオ・ジェネシスは、ちょうどザフトと連合軍が交戦している空域を穿った。その一撃
で、多くの艦船やモビルスーツが沈んだのだろう。ネオ・ジェネシスの光が通過した後
には、大小様々な無数の光球が、あたかも銀河を形作るように連綿と繋がっていた。
 「死んだ……たくさんの命が、今の一瞬で……!」
 カミーユには、そのことが実感できた。身体を焼かれて肉体を失った多くの死者の断
末魔の悲鳴が、一挙にカミーユに押し寄せてきたのである。その苦しみは、なまじの
ものではない。
 「うっ……」
 カミーユは思わずヘルメットを脱ぎ捨て、催してきた吐き気に口元を押さえた。
 通信機が電波をキャッチしたのは、それからすぐのことだった。
 「聞きなさい、愚かにも再び核を持ち出したナチュラルよ」
 耳を打つその声に、カミーユは眉を顰めた。
 「この声、ラクス……?」
 「わたくしはラクス・クライン。この地球潰しの首謀者です」
 カミーユはその言い回しに違和感を覚えながらも、その言葉に耳を傾けた。
 「わたくしはこれまで、地球圏の平和の為に尽力いたして参りました。しかし、コーデ
ィネイター排斥の野心を隠さないロゴスをのさばらせてきた地球側の姿勢や、たった二
年前の痛みを忘れて武力闘争に明け暮れようとしている現行のプラント政府にはほと
ほと愛想を尽かしておりました。そして、反射衛星砲によってプラントが直接撃たれた
ことで、わたくしの心は決まったのです。このままでは、永遠にナチュラルとコーディネ
イターの憎しみの闘争が繰り返されるばかり。それならば、あの痛ましい“血のバレン
タイン”の悲劇を、プラント、連合の双方に今一度思い知らせるために、ユニウスセブ
ンを地球に落とすしかないと」
 「何を言ってるんだ……?」
 単純におかしいと思った。オーブで少し会話をしただけの関係でしかないが、ラクス
がこんな放言をするとは、とても思えない。
 「言わされてる? でも、これは……」
 妙な胸騒ぎを覚えた。カミーユは、Ζガンダムをウェイブライダーに変形させ、メサイ
ア方面に機首を向けた。
 
 ピースメーカー隊は、第二次ヤキン・ドゥーエ戦役末期に投入された、連合軍の核
兵器部隊の名称である。その流れを汲んだ“クルセイダーズ”は、ブルーコスの母体
であるロゴス主導の下で編成された部隊だった。
 しかし、実質的にロゴスの管理下にあったクルセイダーズは、プラント殲滅のための
主要部隊として戦線への投入のタイミングが図られていたのだが、その間にデュラン
ダルの世論誘導によって情勢が反ロゴスへと移り変わり、月のダイダロス基地陥落と
同時に最後の構成員であったジブリールが死亡したため、その管理権限が自動的に
連合軍総司令部へと移されていた。
 クルセイダーズは、言わばロゴスの忘れ形見のようなもので、その構成員は特にコ
ーディネイターに対して排外的な思想を持つ人員で固められており、核を撃つことを
微塵も躊躇わない凶暴性に、連合軍司令部もその扱いには難儀していた。
 しかし、そんな折にユニウスセブンが地球に落ちるかもしれないと知って、ここぞと
ばかりに切り札として作戦に組み込むことが決定された。
 第五、第八艦隊で陽動を掛け、その隙に低軌道上から攻撃するという作戦だった。
 ところが、その作戦はたった一隻のナスカ級戦艦の舳先に括りつけられた、アンテ
ナのような兵器の光によって頓挫した。
 「やはり使ってきたわね、ニュートロンスタンピーダー!」
 「ニュートロンスタンピーダー……!?」
 肘掛けを叩いて憤りを露にするタリアに、カガリはその聞き慣れない名称の兵器の
詳細を暗に促す。
 核爆発の光が未だに収まりきらない中、タリアが姿勢を正してカガリに向き直った。
 「平たく申しますと、核を自爆させる兵器です。特殊な電磁波を照射し、中性子の運
動を暴走させて強制的に核分裂を引き起こさせるというものです」
 「強制的に? なら、それがあれば核はもう役に立たないということか?」
 「理論的には。ですが、照射装置である量子フレネルは一度で焼き切れてしまいま
すし、同時に搭載艦の機能もダウンするので、連続での使用は不可能です」
 「ということは、第二波があれば――」
 カガリがそう期待を込めた時、「それは望み薄でしょう」とシャアが口を挟んだ。
 「連合の用意した核は、あれが全てだと思います」
 カガリが、「何故だ?」とシャアに向き直った。
 「ユニウスほどのものを壊すには、いくら核と言えども一度に多くの火力を集中させ
なければなりません。恐らく、連合はあの一撃に賭けていた筈です」
 「じゃあ、連合軍にはもうユニウス落下阻止の手立てが無いと……?」
 「どう考えても時間が足りませんでした。癪ですが、テロリストたちの電撃作戦を褒め
るしかありません。後は、我々のメテオブレイカーによる作戦の成功を祈るしかないで
しょう」
 核爆発の光が弱まっていく中、アークエンジェルのブリッジの空気はより神妙さを増
した。そんな中、メサイアは立て続けにネオ・ジェネシスを発射して、一同はその光景
に戦慄した。
 「作戦の失敗を見せ付けると同時に、戦術兵器で本隊へ大損害を与え、追い打ちを
掛ける……」
 肘掛けを固く握るラミアスの瞳には、憤りの色があった。
 「鮮やかなものね……これでは、連合とザフトの士気はガタ落ちだわ」
 ラミアスの言葉は、その通りだとシャアは思う。そして、今のネオ・ジェネシスの一撃
で、ザフトにも相当の被害が出たと予想できる。だからこそアークエンジェルと連携し、
早期にメサイアのラクス派を鎮圧しなければならないと思った。
 シャアは、一刻も早くタリアにアークエンジェルと協調する決断を促そうと、スクリー
ンに顔を上げた。だが、「グラディス艦長」と声を掛けた時、不意に始まったラクスの声
明が、そのシャアの行為を遮った。
 「……わたくしたちの行為を止めようなどと思わないことです。ユニウスは地球に落
ちます。それを阻もうとなされば、今しがたのような目に遭うものと知ってください」
 「これは、どういうことなのです?」
 挑発的なラクスの言葉に、メインスクリーンのタリアの目が釣り上がる。アークエン
ジェルの一同は動揺して、タリアの追及に対して答えられるような雰囲気ではない。
 不穏な空気を感じる。シャアは、咄嗟に「艦長!」と今一度強く呼び掛けた。
 「アークエンジェルとは、相互不干渉の立場を取ることを提案します」
 「クワトロ……!?」
 眉を顰めるタリア。シャアの提言に不快感を隠さない。
 だが、シャアは強引に進める。
 「今の宣言で、ラクスを救出すると言う彼らの動機は怪しくなりました。しかし、彼ら
の動揺は明白です。ならば、我々はアークエンジェルの行動に対し、一先ずは静観
の構えを見せることが望ましいと考えます」
 「……それは、今は些事にかかずらっている時ではない、という解釈でいいのね?」
 「そうです」
 シャアが力強く応じると、タリアは小さく深呼吸して「分かりました」と首肯した。
 「――アスハ代表も、それでよろしいか?」
 「……え? あ、ああ……」
 カガリはまだ動揺が抜け切っていないようで、しどろもどろになりながら了承した。そ
れでも、その後に「貴官の配慮に感謝する」と付け足せた辺りに、シャアは感心した。
 「――ミリアリア君、前線の部隊への連絡は?」
 シャアは、ふとオペレーター席に振り返り、訊ねた。
 「電波障害が起こっているようで、不通です」
 ミリアリアは即答した。シャアたちのやり取りから察して、予め試していたのだろう。
 シャアは「了解」と答えると、ブリッジの出口へと流れた。「どちらへ?」とラミアスが
振り返る。
 「私が直接伝えに行きます」
 シャアはそう言い残すと、ブリッジを飛び出していった。
 
 格納庫まで降りて百式へ向かっていると、下の方から「カタパルトを使え!」という
野太い声が聞こえた。
 「艦長から話は聞いている! できる範囲で補給と修理もさせてもらった!」
 がっしりとした体躯の男が、シャアに向かって叫んでいた。アークエンジェルのメカ
ニックチーフであるコジロー・マードックである。
 シャアは百式のコックピットに取り付きながら、「すまない!」と大声で返した。
 「急ぐんだろ?」
 「ありがとう!」
 シャアは吸い込まれるようにコックピットへと乗り込んだ。
 エンジンを始動させて、百式をカタパルトデッキへと移動させる。その間にもラクスの
声を流す電波は続いていたが、ちょうどカタパルトに足を乗せた時、「お待ちください」
とラクスに舌戦を挑む声が入った。
 「ミーア……」
 それは、全く同一の声であると言っても差し支えがない。ラクスが急に一人芝居を始
めたと勘違いしても不思議ではないやり取りである。
 だが、シャアはそれに惑わされることなく、その実態を把握していた。ミーアが、乱入
を仕掛けたのだ。
 「しかし、ミーアに彼女の相手が務まるか?」
 スクリーンに発進シークエンスの表示が出て、通信機から「発進どうぞ!」というミリ
アリアの号令が届く。
 「出るぞ!」
 操縦桿を引いてスロットルを開くと、カタパルトレールに乗った百式は加速を始め、
再び宇宙へと飛び出していった。
 
 ミーアがブリッジに入った時、既にアークエンジェルとの通信は終わっていた。
 ドアが開く音に気付いて、ブリッジクルーの目が一斉にミーアに集中した。ミーアは
一寸、その視線に怖気ながらも、前へ進み出てタリアの傍らへと向かった。
 「な、何だ?」
 アーサーが席を立って、当惑した声で言う。ミーアはそれを一瞥すると、タリアに目
を戻した。
 「こっちからラクス様の電波に割り込むことはできませんか?」
 問うと、タリアは鋭い眼差しをミーアに向けた。ミーアはその眼差しに気圧されかけた
が、キュッと口を結んで足を踏ん張った。
 「あなたがラクス・クラインに対抗しようと言うの?」
 タリアは懐疑的な物言いでミーアに迫った。でしゃばった真似は止めなさいと言いた
げな眼差しである。
 ミーアは目を閉じ、一つ深呼吸した。ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐き出す。そうして
気持ちを整えて瞼を上げると、スクリーンの中のラクスを見据えた。
 「――大丈夫です」
 静かに、だが芯のある声でミーアは答えた。
 タリアは、その瞬間、ミーアが醸す雰囲気が変質したと感じた。凛とした佇まいから
滲み出る空気に、スクリーンの中のラクスと同じ感じを受けたのだ。
 「あなた……」
 タリアは、においを感じた。それは、きっとシャアのにおいだろう。
 (やあね、あたしって……)
 こんな時でも無粋な想像力が働く本能が、軍人に徹したいタリアは疎ましかった。
 ミーアは、明らかに今までとは違う。しかし、まだ確信は持てない。
 タリアは気を取り直し、「分かっているの?」と問い掛ける。
 「彼女を打ち負かすことが出来れば、離反していったザフトの目を覚ますことができ
るかもしれない。そうなれば、テロリストたちに動揺が広がって、ジュール隊の突入も
容易になるでしょう。でも、それが失敗した時は……」
 説明するように言って、それとなくプレッシャーを掛ける。もし、ミーアが返り討ちにあ
うようなことになれば、逆にザフトの方が痛手を被ることになるという意味である。
 タリアはその覚悟を試していた。ここで怖気づいて心を乱すようであれば、ミーアの
意見は却下するつもりだった。
 しかし、ミーアは動じることなく、「やらせてください」と迫った。タリアは、それで覚悟
を試されているのは自分の方なのだと気付いた。
 「ふぅ……」
 ミーアは本気だ。タリアも腹を括らざるをえない。
 「……分かりました。あなたに全てを賭けます」
 タリアは少し間を置いてから短く答えると、艦長席をミーアに譲り、メイリンを呼んだ。
 「ラクス・クラインの放送に電波ジャック、掛けられて?」
 「前に電波ジャックされた時の意趣返しですね!」
 メイリンの鼻息も荒い。彼女もかなりやる気だ。
 (若いっていいわねえ……)
 タリアは内心でぼやきながらも、「そうよ!」と力強く返した。こうなったら景気付けが
肝要だ。タリアはメイリンの軽口に乗じて、ミーアを盛り立てるつもりでトーンを上げる。
 「お構い無しにこちらの電波をねじ込んでやりなさい!」
 「了解っ!」
 メイリンが景気良く返事をする。その一方で、ミーアは実に落ち着き払った様子で艦
長席に鎮座していた。心を鎮め、凛とした佇まいには、頼もしささえ感じられる。タリア
はその時、影と光が入れ替わる瞬間のイメージがふと頭に思い浮かんだ気がした。
 「……キューです!」
 少しして、メイリンから合図が出た。ミーアは立ち上がり、第一声を発した。
 
 艦隊の後方、メサイアのネオ・ジェネシス近辺にエターナルは位置していた。
 ラクスは、そのエターナルのブリッジの中で最も高い席に腰掛け、語り続けていた。
 だが、話し始めて数分が経った頃、突如自分の様子をモニタリングしているスクリー
ンが乱れたかと思うと、次に映像が回復した時には画面が二分割されていて、そこに
は自分と同じ顔の女性が並んで映っていた。
 「お待ちください」
 ミーアの第一声。介入だ。ラクスはその時、人知れず口元に笑みを浮かべた。
 スカートの裾からピンク色のハロが静かに転がり出て、口の部分からコネクターケ
ーブルを伸ばす。ラクスの目が、確認するようにその様子を一瞥する。
 「あなたは間違っています」
 シンプルなミーアの批難。ラクスは顔を引き締め、射るようにミーアを見据えた。
 「いきなり何の真似ですか? わたくしは、わたくしの名を騙るような偽者と話す舌な
ど持ち合わせておりません」
 「わたくしとあなた、どちらが本物でどちらが偽者か……今更、それを論じる意味は
ありません。今はただ、ユニウスを地球に落とそうとしているあなたと、それを止めよう
としているわたくしと、どちらが正しいか……それだけです」
 ミーアの瞳には、刃物の煌きのような光が宿っている。強い光だ。
 「それがはっきりした時、わたくしとあなたのどちらが本物のラクス・クラインであるか、
自ずと判明するでしょう」
 「……無礼な」
 ラクスも声のトーンを落として、反論を開始する。
 「それは既に決したことです。デュランダル議長と共に演説を行っていたあなたは、
あの時、わたくしの言葉に何も反論できなかったではありませんか」
 ラクスがそう詰め寄ると、画面の中のミーアは言葉を詰まらせた。
 ハロが静かに転がって、他のクルーに気付かれないように、慎重にケーブルをラク
スの席のコネクター部分に伸ばす。ラクスはもう一度それを一瞥してから、再び画面
の中のミーアを見据えた。
 「何も言い返せないことが、あなたが偽者である証拠です。デュランダル議長はわた
くしを利用しようと、あなたをわたくしに仕立て上げ、悪用してきました。それは、許され
ることではありません」
 「そうでしょうか?」
 即座に切り返すミーア。ラクスはコネクターにケーブルを接続する直前のハロに向
かって、咄嗟に手で一時停止の合図を出した。
 「デュランダル議長は、少なくともロゴスの存在を世界に示し、コーディネイターとナ
チュラルの争いの根源を断とうとなさいました。わたくしは、そのお手伝いをして平和
な時代になるように力を尽くして参ったつもりです。わたくしは、わたくしが本物のつも
りですが、では、もしあなたも本物と主張なさるのなら、再び表舞台に現れるまでの二
年間、あなたは何をなさっていたのでしょう? そもそも、何故オーブのアスハ代表と
一緒だったのですか?」
 「デュランダル議長の野心が透けて見えたからです。ロゴスの打倒に乗じて、デュラ
ンダル議長は戦乱を呼び、助長してきました。わたくしはそれを見守っておりました。
そして、オーブへの侵攻作戦を目の当たりにし、覇権主義に囚われた方とは行動を共
にすることはできないと思い至りました。だからわたくしは、平和志向のオーブと手を
携える道を選んだのです」
 「それは詭弁です」
 ばっさりと切り捨てるミーアに、ラクスは身動ぎした。
 「詭弁?」
 「デュランダル議長に関しては、あなたとわたくしの見解の相違に過ぎません。です
が、あなたが仕掛けたユニウス落しは、多くの罪の無い人々を虐殺する行為です。そ
れで平和志向などと、笑止千万、恥をお知りなさい!」
 鋭く見据えるミーアの眼差しは、少しも気後れしてはいない。
 ミーアから並々ならぬ気迫を感じる。ラクスはこっそりと手でケーブル接続中止の合
図を出した。ハロのセンサーに当たるゴマ粒のような目がそれを認識して、パパパッと
瞬く。
 ハロはケーブルを収納すると再び静かに転がり、誰にも気付かれることなくラクスの
スカートの中へと潜り込んでいった。
 「……恥を知るのはあなたの方です。あなたが何をしましたか? デュランダル議長
の言いなりになるだけで、戦火の拡大を傍観していただけではありませんか。――わ
たくしは違います。ユニウスは、人の争いの業に対する戒めのために地球に落ちるの
です。その痛みを知った人類は、ナチュラル、コーディネイター問わず未来に平和を
誓うでしょう」
 「愚かな……そんな独り善がりな思いで、関係のない数多の人々を巻き込むという
のですか」
 「わたくしには大儀があります。人類の争いの歴史に終止符を打つため、わたくしは
あえて大きな十字架を背負う覚悟をいたしました。この覚悟を、何人たりとも止めるこ
とはまかりなりません」
 「ならば、わたくしたちがそれを止めることで、あなたの過ちを正して見せましょう」
 「結構です。先ほどあなたがおっしゃったように、わたくしとあなた、どちらが本物のラ
クス・クラインか、それで決まるでしょう」
 互いを見据えるように、二分割された画面のラクスとミーアは眼光を鋭くした。だが、
二人の視線は決して交わることはない……
 
 対峙する二人のラクスに、電波を受信してそのやり取りを視聴していた者たちは当
惑した。ハマーンはサブ表示の別窓でラクスとミーアのやり取りを見守りながら、「始
まったな」と呟いた。
 「これ、どっちがどっちか分かりませんけど、本当にミーア・キャンベルがやってるこ
となんですか?」
 訝るルナマリアの気持ちは、分からないでもなかった。ミーアにラクスの演説が流れ
たら介入するように指示したのはハマーンであったが、のっけから渡り合えるとは思っ
てなかった。だから、ミーアの存外な健闘は、ある意味、誤算だった。
 (だが、これで奴も変に気を使わなくて済むというもの……)
 ハマーンはメサイアに目を向けた。前方のスクリーンの半分ほどを埋めるメサイアを
凝視して、その周辺を弄るように知覚を働かせる。人の存在が、木々のざわめきのよ
うに認識できた。
 ハマーンはその思惟の人ごみを掻き分けて、ラクスに迫ろうとした。しかし、距離があ
る。それっぽい感覚は感知できても、それがラクスであるかどうかの確信は持てなかっ
た。
 感応によって認識力をオーバーフローさせていたのは、カミーユだけではない。だが、
それ故に余計な思惟も拾うようになってしまって、その中から特定の人物を選り分ける
ことは難しかった。
 (接近するしかないか……)
 その結論に至ったハマーンは、ルナマリアにミネルバへ戻るよう告げた。
 「こういう状況になれば、ミネルバを手薄にしておくのは得策ではない」
 「ミーアが狙われるから、ですか?」
 「先ほどのメサイアの攻撃で、ザフトの動きも鈍くなっている。テロリストどもの足取
りは軽いだろうな」
 「それは分かりますけど……ハマーンさんは?」
 「……」
 キュベレイはジッとメサイア方面を凝視していた。ルナマリアは、その態度から、漠
然とハマーンがメサイアに向かうつもりなのだと察した。
 「行くならあたしも!」
 咄嗟に言ったが、ハマーンは「駄目だ」と言って許さない。
 「カミーユもメサイアへ向かっているようだ」
 その名を出された途端、ルナマリアは急に吐き気を感じた。
 (何これ……! トラウマにされている……!?)
 条件反射的な身体の変調。無意識の内に、カミーユへの拒絶反応を植え付けられ
ている。ルナマリアは、そのことに今になって気付いた。
 「サイコレシーバーを外せないお前では、足手纏いだ」
 ハマーンの、全てを見通しているかのような言葉。しかし、それでもルナマリアはサ
イコレシーバーを外せない。外したら、ようやく気持ちが通じ合えそうなハマーンとの
繋がりが、断ち切られてしまうような気がしていたからだ。
 キュベレイは、葛藤するルナマリアを尻目にメサイア方面へと向かっていく。
 「まっ……!」
 追いかけようとしたが、スロットルレバーを奥に押し込むことはできなかった。
 吐き気とカミーユへのトラウマが、無意識にルナマリアの身体を縛っている。
 「こんなことなんかで!」
 抵抗を試みるも、やはりレバーを押すことができない。何度もトライしたが、結局、ル
ナマリアはメサイアに向かって加速することはできなかった。
 キュベレイのテールノズルの光は、とっくに見えなくなっていた。
 「んっ!」
 ルナマリアは唸って、コンソールに拳を叩きつけた。
 レーダーが友軍の接近をキャッチしたのは、それから少ししてからだった。ルナマリ
アは首をもたげ、その方向に目を向けた。
 金色のボディは、黒い宇宙空間によく映える。狙ってくれと言わんばかりの自己主張
の強さは、ルナマリアには到底理解できない。
 「クワトロさん!」
 百式はインパルスに接近してくると、挨拶をするように赤く双眸を瞬かせた。
 「一人か?」
 「クワトロさん、ハマーンさんを追ってください!」
 ぶしつけなルナマリアに驚いて、百式が少したじろいだ。
 「追う? ハマーンを?」
 「早く!」
 じれったくなって、思わず怒鳴る。ハマーンに無関心なシャアは許せないとばかりに。
 「ハマーンさんはメサイアに向かったんです! きっと、ラクス・クラインに会いに行く
つもりなんですよ!」
 「ラクスに? しかし、それは――」
 「あたしには分かるんです! クワトロさんには分からないんですか!?」
 シャアには、ルナマリアが分からなかった。ルナマリアはハマーンに都合よく利用さ
れている節がある。その彼女が、ここまで必死になるのが理解できなかった。
 しかし、ここまで強く言うからには、何か心を砕くようなことがあるのだろう。
 (気に留めておく必要はあるのかも知れん……)
 女性の勘は、意外と侮れない。シャアは、「分かった」と答えた。
 「どの道、ハマーンにもアークエンジェルと停戦を結んだことを伝えなくてはいかん。
ラクスは、利用されている可能性がある」
 「え? アークエンジェルと停戦? 利用……って、この放送もそうなんですか?」
 「多分な」
 シャアは答えつつ、メサイア方面に目をやった。
 「ジャミングも掛けられているようだ。私は、これからそれを前線のシンたちに直接伝
えに行く。ルナマリアはミネルバまで後退して、守りを固めてくれ。敵の襲撃がありそう
なんだ。今、連中にミーアの邪魔をさせるわけにはいかん」
 「わ、分かりました。――あの、ハマーンさんをよろしくお願いします」
 「無論だ。了解していると言っている」
 しつこいルナマリアに、シャアは辟易した様子で返した。
 百式のノズルが点火し、加速を始める。ルナマリアはそれを見送ってから踵を返した。
 「ハマーンさん……シン……」
 ルナマリアはふと二人の名を呟き、背後を映すスクリーンに目を向けた。ユニウスセ
ブンは開戦当初よりメサイアから遠ざかり、より地球へと接近していた。
 
 鉢合わせになったのは、クルセイダーズによる核攻撃が失敗に終わる少し前のこと
だった。メサイアも近くなってきた頃、最も突出していたシンとレイは、少し先を行く四
体のモビルスーツを発見していた。
 識別は、ドム・トルーパーが三体と、インフィニット・ジャスティス。
 「何でこんな所で孤立してるんだ……?」
 シンは最初、そんな感想を抱いた。まるではぐれてしまったかのようなジャスティス
とドム・トルーパーの編隊飛行の姿に、不可解さを感じたのである。
 そのシンとレイの接近を、先を行くアスランたちも察知していた。アスランは、デステ
ィニーとレジェンドが迫ってくる方向に反転すると、ヒルダたちに先に行くように促した。
 「あなたたちのドムなら、少しはサトーの目を欺けるかもしれない!」
 だから、デスティニーとレジェンドを食い止めている間にラクスを救出してくれ、とアス
ランはヒルダたちを急かした。ヒルダたちは、「かたじけない」とアスランに告げて、メサ
イア方面へと先行していった。
 レーダー上のジャスティスの反応が止まる。一戦交える構えだ。が、シンはカメラが
拡大したジャスティスの姿を見て、思わず眉を顰めた。
 「ミーティアじゃないし、フリーダムも見えない……何でだ?」
 事情を知らないシンには、その理由を窺い知ることは出来ない。ただ、その不可解さ
にひたすら疑問符を浮かべるだけだ。
 しかし、レイは違った。レイがシンより明らかに優れている点は、同じ情報量からでも
より深く相手の事情を洞察できる部分にある。
 レイは、ジャスティスとフリーダムが何らかの事情で別行動を取らなければならない
状況に追い込まれているのではないかと推察した。ジャスティスとドム・トルーパーが
メサイアに向かっていたのは、その窮境からの脱出を図ろうとしていたからではない
か、と。
 (ならば、今ならフリーダムはジャスティスの援護を受けられない……?)
 そう仮定したレイは、デスティニーのアロンダイトとジャスティスの脛のビームブレイ
ドが激突した瞬間、単身メサイアへと向かう姿勢を見せた。
 だが、アスランの目がそれを逃さない。
 「行かせるか!」
 蹴りを振り抜いてアロンダイトをいなすと、立て続けにデスティニーに体当たりをかま
して突き飛ばし、背を向けたレジェンドにビームライフルとフォルティスビーム砲による
弾幕を浴びせた。
 「――チィッ!」
 レイは大きく上下左右に振られ、足止めを余儀なくされる。
 「邪魔するな!」
 ドラグーンを全放出し、ジャスティスに全方位攻撃を加えた。しかし、ジャスティスは
その砲撃を潜り抜けて、更にビームライフルでレジェンドを狙撃してくる。
 狙撃をビームシールドで防ぎ、迫るジャスティスに銃口を向ける。だが、その時、デ
スティニーが横合いからジャスティスを急襲し、アロンダイトで斬りかかった。
 ジャスティスは咄嗟にシールドを構えて、アロンダイトを防いだ。しかし、加速の勢い
に乗せて振り下ろされた重量級の一撃は、防御をものともせずにジャスティスを力任
せに吹き飛ばした。
 すかさずデスティニーが高エネルギー長射程ビーム砲を構えて、ジャスティスを狙
う。だが、シンがトリガースイッチを押そうとした刹那、不意にジャスティスの背中のリ
フター、ファトゥム01がパージして、デスティニーへと突撃してきた。
 「これかよっ!?」
 その突飛さに動転したシンは、反射的に射撃モーションを解き、回避動作に切り替
えていた。急襲するファトゥム01を、デスティニーは車にはねられるようにしてかわす。
 棘のようにビームブレイドを伸ばすファトゥム01が、猛スピードですぐ脇を掠めていく。
回避が間に合わなかったらと思うと、シンは背筋がゾッと寒くなった。
 「百式の戦闘記録で見ちゃいたけど――!」
 アスランの技量の高さが覗えた。ターゲットを絞った瞬間を狙われたのだ。だから、
ターゲットが二つに分離した時、シンは一瞬、照準の混乱の修正に手間取った。それ
故、その分だけ回避が紙一重になった。
 「確信犯的にこういうことができる奴……アスラン・ザラか!」
 ヤキンの英雄の一人として、フリーダムのキラ・ヤマトと並び称されるその名前を意
識する。なまじではない。シンはデスティニーのバランスを立て直し、気合を入れ直し
た。
 レジェンドのビームライフルが、ジャスティスを狙う。しかし、ジャスティスはそれをす
いすいとかわし、あまつさえシャイニングエッジを投擲した。見事な手並みだ。レジェン
ドは空いている左手にビームサーベルを抜いてそれを弾いたが、その間にジャスティ
スは自走状態から帰還したファトゥム01と再びドッキングしていた。
 ――クルセイダーズによる核攻撃が行われたのは、そんな時だった。サトーが準備
していたニュートロンスタンピーダーが照射され、核弾頭は全て自爆。ユニウスセブン
の影で膨張していく凄まじい光に、三者は一様に目を奪われた。
 核の圧倒的な光の前に、思わず我を忘れる。が、そんな中、いち早く我を取り戻した
レイが、その間隙を縫って単身メサイアへと加速を始めた。
 「むっ……!」
 その動きに気付いたアスランが、すぐさまレジェンドの妨害へと動く。だが、更にその
動きを感知したデスティニーに凄まじい加速で迫られ、阻止された。
 「お前は!」
 「何だ!」
 核爆発の光が収束していく。ジャスティスは二本のビームサーベルを交差させて、デ
スティニーのアロンダイトを防いだ。
 互いの双眸が、気合を発露させるようにグリーンの光を瞬かせる。その時だ。背後の
メサイアが、噴火する火山のようにネオ・ジェネシスを発射した。
 宇宙を穿つ光の帯の中を、いくつもの光球が瞬いては消えていく。互いに弾かれるよ
うにして間合いを取った両者は、昇天の光を背景に幾度も切り結んだ。
 デスティニーは背部のスラスターから紅に光る翼を広げ、仄かに発光しながら飛び
回り、残像を見せる。スピードと運動性で、デスティニーはジャスティスを凌駕する。
 しかし、豊富に揃えた近接武器が悉くシンのアタックを防ぐ。アスランは複数の武器
を駆使し、デスティニーを完封する。
 少し、ジャスティスを侮っていたのかもしれない。フリーダムを倒したことがあるとい
う自信が、シンの中で無意識の内に増長となっていた可能性は否めない。フリーダム
に比べれば――そんな油断が無かったとは言い切れないのだから。
 付け入る隙を与えないジャスティスは間違いなくフリーダムに匹敵する強敵だった。
ゴールの無いマラソンを走らされている――そんな気分だ。
 ところが、そのジャスティスの挙動が急に乱れた。
 「何だ?」
 緩慢な挙動は、明らかに集中を欠いている。
 それは、ラクスの声が流れ始めてからのことだった。シンにとっては耳障り程度のも
のでしかなかったが、ジャスティスにとってはそうではないようだ。しきりにメサイア方
面を気にして、デスティニーへの警戒も緩くなっている。
 ラクスの言葉はいつになく過激で、挑発的だった。シンは、それがラクスの本性なの
だろうとしか考えない。
 しかし、アスランにしてみれば、ラクスのその言葉はとても信じられるものではなかっ
た。何かの間違いだとしか思えなかったのだ。
 その惑いが、モビルスーツの操縦にまで影響した。
 相手が並大抵であったならば、それでも何とかなっただろう。しかし、今アスランが対
峙しているのはデスティニーのシン・アスカである。ほんの少しの甘えも許されない敵
を相手に、アスランの動揺は致命的であった。
 デスティニーの振るうアロンダイトに、僅かに反応が遅れた。シンは確信を、アスラン
は不覚を悟る。殴りつけるようなアロンダイトの一撃が、ジャスティスのシールドを弾き
飛ばした。
 「貰ったあっ!」
 シンはカッと目を見開き、ジャスティスの胴体目掛けて突きを繰り出した。
 アスランは、その切っ先がジャスティスを貫いているコンマ数秒先の未来を想像して、
心が凍りついた。
 (やられる――!?)
 ――刹那、サトーの嘲笑と、カガリの寂しそうな笑みが脳裏を過ぎる。
 (俺には、まだ――!)
 込み上げてくる激しい憤りと未練。死を意識する中で生への執着を爆発させた時、
アスランは目覚めた。
 突きを繰り出したアロンダイトの切っ先が腹部に迫る。だが、見開いたアスランの目
がそれを冷静に見極め、ジャスティスは素早く身を仰け反らせた。
 「……っ!?」
 シンは思わず目を丸くした。アロンダイトのレーザー刃部分が、擦るようにジャスティ
スの胸部を焼く。が、装甲を薄く掠っただけで大したダメージにはならない。
 「かわしたっ!?」
 その奇跡的な回避に、シンは驚愕して一瞬固まった。そこへ、ジャスティスの脛のビ
ームブレイドが急襲し、アロンダイトを蹴り上げた。
 「しまっ――!」
 慌ててアロンダイトを掴もうとしたが、その前にジャスティスが撃ったフォルティスビー
ム砲がアロンダイトを破壊していた。
 「――何て奴っ!」
 シンは右手にビームサーベルを、左手にビームライフルを握らせ、間合いを取った。
 ジャスティスが変質した――シンがそう感じたのは、ジャスティスの挙動にフリーダ
ムのような底冷えするような緊張感ある鋭さを見たからだ。
 「何なんだよ、こいつ! いきなり変わって――くっそぉっ!」
 ジャスティスは、殆ど減速することなくシンの迎撃を掻い潜って肉薄してくる。そして、
柄尻を合わせて両端からビーム刃を伸ばすアンビデクストラスハルバート形態のビー
ムサーベルを振り回し、デスティニーを追い込んできた。
 攻守逆転。シンもビームサーベルとビームライフルを駆使して抵抗したが、バトンの
ように振り回すアンビデクストラスハルバートを凌ぎきれず、右肩と左外脛に切り傷を
負った。
 「こんのぉっ!」
 焦りがシンの気持ちを逸らせる。攻めなければ、という強迫観念に突き動かされ、強
引に前に出てビームサーベルを振りかぶった。
 しかし、そのタイミングを見計らっていたジャスティスが、再びファトゥム01を発射した。
 「あっ……!」
 ハッと息を呑んだ。それは、死神の鎌が喉元に宛がわれているかのような悪寒。
 前掛かりになったところでの、ファトゥム01のカウンター。思考が凍りつき、一寸、頭
が空っぽになる。
 ――それは、生存本能が働きかけたものだったのだろう。白く消し飛んだ脳裏に、ふ
と一つのイメージが浮かんだ。シンは、そのイメージに生命への強い執着心を抱いた。
 (ルナ……!)
 ベッドに横たわる裸のルナマリアがフラッシュバックした。こんな時に何を思い出して
いるんだ――しかし、勃起する股間と同時に停滞していた思考が加速を始め、シンを
至高の境地へと至らせた。ゲルズゲーとの戦いで目覚め、フリーダムとも互角に渡り
合えた、あの境地だ。
 ファトゥム01がデスティニーの眼前に迫る。だが、ファトゥム01のビームブレイドが貫
いたのは、デスティニーの残像だった。
 「――こんなことなんかでえっ!」
 それは、一瞬の出来事。デスティニーはファトゥム01の下側に潜り込むと、そこに掌
底を突き込んだ。手の平に仕込まれている短距離ビーム砲、パルマフィオキーナが火
を噴き、ファトゥム01を貫く。そして、デスティニーが素早くその場を離脱すると、墜落
寸前の航空機のように煙を噴いて流れていくファトゥム01は、岩に衝突し、爆砕した。
 「ファトゥムが……!」
 愕然とするアスラン。
 しかし、ファトゥム01を失ったことを悔いている暇は無い。ファトゥム01の喪失でジャ
スティスの戦闘力が落ちていると睨んだデスティニーが、速攻を仕掛けてきたのだ。
 抉るような逆水平の斬撃をかわしつつ、先ほど弾かれて漂っていたたシールドを回
収する。
 デスティニーがビームライフルを構える。鋭い連続ビームがジャスティスを襲う。が、
シールドで全てをシャットアウトした。
 「チッ!」
 アスランの耳に、シンの舌打ちが聞こえる。
 「何でヤキンの英雄だったアンタたちが、今になって地球潰しなんか!」
 デスティニーは高速で移動し、一瞬にしてアスランの視界から消えた。
 「――そこ!」
 振り返りざまにアンビデクストラスハルバートを薙ぐ。肉薄していたデスティニーは
急制動を掛けてその切っ先をかわし、ビームライフルを構えた。だが、トリガーを引く
より先にジャスティスが前に出て、逆袈裟切りを繰り出した。
 デスティニーはジャスティスを飛び越えるように前方宙返りをして、その斜め後方か
らビームライフルを撃った。しかし、鋭く反転したジャスティスがシールドで防ぐと、デ
スティニーは咄嗟に間合いを開いた。
 「こんなことして、何になるって言うんだ!」
 「誤解だ! 俺たちじゃない!」
 「言い逃れを!」
 通信回線からは、まだラクスの声が流れ続けている、ミーアとの論戦という形に移り
変わっていたが、ラクスのものと思しき言葉の内容は、相変わらず過激で挑発的だ。
ラクスは、その中で明言しているのだ。ユニウスセブンを地球に落とすと。
 ラクスは人が変わったようだった。しかし、アスランは事の真相を知っている。
 「言い逃れなんかじゃ!」
 デスティニーの鋭い射撃がジャスティスを襲う。アスランはその光に目を細めながら、
無線の向こうの少年に訴えかけた。
 「ユニウス落しを画策したのは、サトーという男だ! 奴がラクスを人質にして組織を
乗っ取り、仕掛けていることだ!」
 「信じられるか!」
 デスティニーが再び迫る。凄まじい速度だ。ジャスティスはフォルティスビーム砲で
迎撃するも、デスティニーは幻惑するように残像を発生させ、ビームを掻い潜って肉
薄してくる。
 その手に持った高熱の刃が、一陣の風のようにジャスティスを斬りつけてくる。鋭い
一閃。だが、今のアスランに見切れないものはない。
 デスティニーのビームサーベルの軌道を見極める。光の刃の軌跡を追い、アスラン
は素早く正確にジャスティスをコントロールする。
 ジャスティスとデスティニーのビームサーベルが、一瞬かち合う。突発的に強い光が
広がって、すぐに収束する。ジャスティスがデスティニーのビームサーベルを受け流
したのだ。
 デスティニーはその速度を維持したまま駆け抜けていく。アスランは咄嗟に振り返り、
デスティニーの姿を追った。
 「本当のことなんだぞ! こんな無意味な争いをしている間にも、ユニウスは――!」
 「なら、今すぐラクスを黙らせてみろよ!」
 デスティニーが高エネルギー長射程ビーム砲を構えた。ジャスティスはビームシー
ルドを構えて、その一撃に備える。
 だが、その時だ。「待て、シン!」と制止する声と共に、一体のモビルスーツが介入し
てきた。
 金色のモビルスーツだ。それは、シャアの百式である。
 百式はデスティニーに接近すると、高エネルギー長射程ビーム砲の砲身を掴んで
制し、ジャスティスに対してもマニピュレーターで制止のジェスチャーを示した。
 「クワトロさん!」
 「双方、一先ず矛を収めてもらう。ミネルバとアークエンジェルは、停戦を結んだ」
 「停戦……って!? どういうことなんですか!」
 食って掛かるようなシンに、正面スクリーンの中の百式が顔を向けた。通信回線が
繋がっている事を示す光が、百式の黒いサングラスに走る。
 「ジャスティスのパイロットが言っていることは、あながち間違いではないかもしれん
ということだ」
 「本気なのか……? だったら、このラクスの言葉はどう説明をつけるってんです?」
 回線からはラクスの過激な言葉が流れ続けている。「ユニウスが地球に落ちなけれ
ば、本当の平和はやってこない」――こうのたまう彼女が首謀者でないとは思えない。
 「ラクス・クラインについては、まだ何とも言えん」
 シャアもまだ確信は持てていない。だから、シンが疑問に思う気持ちを、一概に否定
したりはしない。
 「だが、オーブの識別を出している三体のドムとジャスティスは、間違いなくアークエ
ンジェルから出たものだ。アークエンジェルは月で別れた後、ラクスの艦隊とは接触
していない。それに、彼らは寧ろメサイアに仕掛けようとしている」
 アークエンジェルは“シロ”だというのがシャアの主張だ。
 「でも、だからって……」
 渋るシン。シャアもその心情は理解できる。だが、従ってもらわなければ困る。
 「納得できないかもしれないが、グラディス艦長の判断でもある。テロリストたちにと
って、ジャスティスの彼を含む一部の人間は、邪魔な存在だったのだろう」
 不満げなシンを諭すようにシャアが言うと、「その通りです」とアスランが会話に参加
してきた。
 「サトー……テロリストたちは、対ナチュラル強硬派だった旧ザラ派の面子で固めら
れています。ユニウスを落とすのは、そういう思想的な事情からでしょう」
 「――アスラン・ザラ君だな?」
 シャアが確認すると、「はい」とアスランは答えた。
 「クワトロ・バジーナさんとお見受けします」
 アスランは言いながら、本当にデュランダルの声とそっくりだ、と思った。
 カミーユの証言から、何とはなしに知っていた。だが、いざ耳にしてみると聞き分け
られないほどに似ている。
 言葉を交わしたことは無いが、互いに戦場で面識がある間柄である。が、それは今
は気にすることではない。
 シャアは、そのまま話を続けた。
 「ザラ派というと、君の父上の派閥ということになるのだろうが――」
 「そうですが、自分は心情的にはクライン派……と言うよりもラクスに同調しています。
最初はそういう人間の集まりだったのですが、そこに目を付けて取り入ってきたサトー
にラクスを人質に取られ、ご覧の有様です」
 「その辺りの流れは承知している。だから、無用な争いを避けるために私が来た」
 シャアは言うと、シンに向かって「レイはどうした?」と訊ねた。
 「さっき、交戦中にメサイアに向かったみたいですけど……」
 「そうか……ジュール隊がアタックを掛ける時間が迫っている。私はこのままジュー
ル隊のサポートに回りたい。――任せられるか?」
 聞くと、シンは「分かりました、行きます」と答えた。
 「ハマーンもメサイアに向かっているようだ。彼女を見かけたら伝えておいてくれ」
 「……了解!」
 デスティニーは背中のスラスターを鳥の翼のように広げ、紅く光る羽根を散らしなが
ら加速していった。
 「俺もラクスの救出に向かいます」
 アスランも告げる。ジャスティスはメサイア方面に方向転換し、緩やかに加速を始め
ていた。
 「彼女は脅迫されています。そう考えなければ、この主張はあまりにも不可解です」
 「変心の可能性は?」
 「……あり得ないと思います。クライン派は融和路線で、父の派閥とは思想的に相容
れませんでしたから。洗脳でもされてない限りは……」
 「やはり、無理矢理に従わされている可能性が高いというわけか」
 「そうです。そして、ラクスを救出できれば、彼女の安全を担保に従わされているキラ
……フリーダムのパイロットも、くびきから解き放てるはずです」
 「ほお。フリーダムを味方に出来れば確かに心強い。――了解した。健闘を!」
 シャアがエールを送ると、ジャスティスは双眸を瞬かせて応じ、メサイアへと向かっ
ていった。
 「さて……」
 シャアは時間を確認して、後方に目をやった。
 ジュール隊の艦隊は、近辺の宙域を通過する予定になっている。少ししてレーダー
に機影が表示され始めると、肉眼でも行軍する艦隊の光が確認できた。
 「あれか……むっ!?」
 シャアが確認するように呟くと、そのジュール隊を攻撃するビームの光が見え始め
た。まだ数は少ないが、メサイア方面から複数のテールノズルの光がジュール隊の
艦隊に向かって伸びていくのが見える。
 「目敏い! 気付かれたらしいな!」
 シャアは操縦桿を引き、ジュール艦隊に向けて百式を加速させた。