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SEED-IF_CROSS POINT_第10話

Last-modified: 2010-02-05 (金) 04:15:58
 

「負けたんだな、俺は」

 

夕方、病院の受付近くのベンチに座りながらアスランは天井を見上げる。
溜息を吐いたぶんだけ幸せが逃げると言う言葉が本当なら、
今頃俺はとっくに不幸な事故で死んでいるだろうな。
そんな面白くもないことを考えながら。

 

受付ではメイリンが退院の手続きをしているところ。
いやもうとっくに終わっているのだろう、
自分が入院している間に顔馴染みになった同年代の看護婦数名と小話をしている。
時間がゆっくりと流れているかのようなこの空間は悪くない。まるで夢の中のようなこの心地良さは。
陽だまりになっているので自分が座っているベンチは暖かく、
夕日でオレンジ色に染まる建物はどこか心をセンチメンタルな気分にする。
ざわざわとした患者や病院関係者の喧騒も耳に優しく響いているし、
いっそ本当に全て夢の中の出来事だったらどれだけいいだろう。
現実ではキラとも戦わずラクスも生きていて、皆が未来に向かって歩いていっている。
そんな現実なら、どれだけ。
だが痛みを感じる己の身体が、此方こそが現実だと実感させる。

 
 

――――やめてよ、アスラン。

 
 

頭を占めるのは勝負を決めたあの一言。キラがあんな手を使ったことについて怒るつもりは無い。
むしろあんな一言で決意を揺さぶられた己が情けないだけなのだ。
セイバーに乗ってたころから全く成長していないのだろうか自分は。
後ろ向きな思考ばかりを続ける頭を振って、無理矢理現実的な思考に持っていく。

 

「もう傷は癒えたんだ。なら俺にもまだやれる事はある筈だ」

 

無論動けるだけで完治したというわけではない。肋骨にはヒビが入っているし、左足首は捻挫している。
それに額を深く切っているので包帯はしばらく巻き続けることになるだろう……
……今髪薄いからガードできなかったって思ってる奴、あとで男子トイレに来い。
まあMSにチョークスラムとニードロップを喰らってこの程度の怪我で済んでいるのだから、
運が良いと考えても良いかもしれない。
むしろ勢いよく地面に突っ込んだムウさんの方が重傷で、
彼はしばらく戦線には復帰できないだろうとのことだった。

 

ムウさんの戦線離脱に自身の負傷と、どんどん悪化していく周囲の状況。
それに加えて民衆にもキラに賛同する声が増えてきたと聞く。
オーブとザフトが手を組むという話も上がっているらしいが、
この状況下ではあまり明るい話題とは言えない。
このままでは本当にキラを止められないという可能性も浮上してきている。

 

「あいつを止める、か」

 

ふと、思うこともあった。
あいつを止めてどうなるんだろう。そうすれば平和が訪れると決まったわけでもないのに。
むしろキラという抑止力が無くなって世界は混沌となるだけかもしれないのに。
いや、迷うな。その思考はきっと逃げなんだ。
別に行動の見返りを求めているわけじゃない。
例え戻ってくるものがなくったって、失うものばかりだって俺は――――

 

「結局、自分の道を貫く以外の事ができないしな」

 

動かずにはいられない。立ち止まってしまうことは耐えられない。

 

俺は、馬鹿だから。
あいつと一緒にいた時から、ずっと。

 
 
 

第10話 『オレンジ』

 
 

「不味いな、この酒」

 

不機嫌そうに呟きながら、シンはコップに入った酒を煽る。
今の時刻は深夜、誰もが寝静まった時間。日付はとっくに変わっていた。
本来なら明日の為にもう寝なければならない時間だ。なのに何故まだ起きているのか。
シンはその原因である机の上のパソコンに視線を向ける。
受信メールの一番上には
「宇宙で待ってる。報酬はもう払っておいたよ」
とだけ書かれた新着メールが一つ。
誰からなんて言うまでも無い。
キラ=ヤマト。あいつを俺はどうしたいんだろう。

 

『したい事、しなきゃいけない事は分かってるんだろう? なのにいつまでも迷ってさ』
『情けないんだよ。何だそのザマ。本気で殺してやろうか』

 

脳裏に過ぎるのは、先日自分がアスランへ向かって言った言葉。
かつて自分が言った言葉が自身の胸に突き刺さっている。
まさかここにきて、柄にもなく演説ぶったツケがまわってくるとは思ってもいなかった。

 

「やれやれ。これがブーメランってやつか」

 

皮肉気味に呟いても何か変わることもない。シンはソファに背を預けて目元を右手で覆う。
酔いは全然回っていないが、意識が少しずつ暗闇に沈み込んでいく。しかし思考まで沈むことはなかった。
今まで蜘蛛の巣が張ってた自分の脳をフル稼働させ、シンは物思いにふける。

 

報酬と言う言葉に覚えはない。
でもこの間キラが潰したザラ派の残党が、戦争を再び始めるために
ベルリンを焼く計画を立てていたとニュースで言っていた。
となるとキラの言う報酬はヤツらを壊滅させた事、つまりベルリンを守った事と考えて間違い無さそうだ。
なら自分は借りが出来たということになる。
押し付けるような前払いの報酬だが、助けられたのには変わりない。
おまけに宇宙で戦うなら、先日自分が言っていたような戦いの巻き添えになる人もいなかった。

 

じわじわと真綿で首を絞められるように、戦う理由が少しずつ積み上げられていく。
本来ならばアスランに言った時と同じくスパッと決断しなければならないのだろう。
しかしあいつと自分ではいろいろと立ち位置が違う。
アスランは
「覚悟は決めてるけど自分が納得したタイミングで行くから、それまでお前絶対押すなよ」
と言ったまま動かないので自分がその背中を蹴飛ばしてやったようなものだが、
それに対して自分は……今の自分はどうなんだろう。

 

思い返すのは先日の酒宴。戦場に戻って欲しいと夜の公園でキラはそんなことを言っていた。
その中で彼が説明してくれた理由、 『力を合わせて自分を討て』 にも一理はある。
だがシンには納得が出来なかった。優しい性格に隠れがちだが、キラの本質はかなり傲慢だ。
『世界の為に』 よりは 『自分の望むものの為に』 と考えた方が正解だろう。
となるとラクスの遺言関連の話から考えても、おそらくあれはキラからの救難信号。
止めてくれと自分に助けを求めている。
いや、死にたがっていると言った方が正確かもしれない。

 
 

―――良く見ているな

 

何処かで聞いたことがある声が問いかける。
しかし頭の中で響くその声を、夢うつつの自分が訝しむことはなかった。
気にすることなく声の主に言葉を返す。
銃を向け合った仲だからな。キラの周りにいた人間に見えないものが見えることもあるさ。

 

それにしてもあの男は、こっちの事情も考えずに勝手を言ってくれる。
戻らなきゃいけないってのか。シン=アスカはまた戦わなければいけないのだろうか。
大体戦いから離れた俺ではキラを止めるなんて……いや、その言葉は逃げか。

 

―――やるのかやらないのか。この分岐点だけはどちらの道を選ぶにしても、
    迷い無く行かなければならないだろうな

 

……それは分かってるんだけどなぁ。
でも仮に戦いを選んだとして、俺に何が残る? 何を成す事ができる?
これまで世界は自分に何も与えてくれなかった。勝利も、仲間の命も、戦争の無い未来すらも。
そして紆余曲折あって、今はベルリンで細々と暮らしている。
もし運命というものがあるのなら今のこの状況がそうなのだろう。
戦わず、力も持たず、ただ贖 (あがな) うのがお前の道だ、と。
ならばやはりやめておくべきか。
自分は少し殺しが上手かっただけで、所詮は持たざる者なのだ。
逃げるのは恥じゃない。人には限界が、どうにもならない事がある。

 

―――だが

 

ああ。
だけどかつての俺は、そんな事は気にしなかった筈なんだ。

 

この手では誰も救えない。
だがこの戦いを止めたいと思わないでもない。なんだかんだ言ってもアスランは友人だ。
手を貸してやりたいという思いも何処かにある。

 

ベルリンから離れてはいけないような気がする。
だがルナとコニール、彼女たちはどうする。このまま自分の許に引きずっててもいいのか。

 

キラからの依頼はどうする。
ザラ派を潰してくれた借りは確かにあるが、戦場で敗れてしまえば死ぬかもしれないのに。
死んでしまっては 『彼女』 の贖罪どころではなくなる。

 

同じところだけぐるぐるとまわっていく思考。吐き出したいのに吐き出せない結論。
YESとNOの2択なのに、簡単に答えの出せない自分が情けない。

 

アスランのことはどうする。ルナのことはどうする。
コニールのことはどうする。ベルリンのことはどうする。
キラのことはどうする。
どうすりゃいい。

 

俺は、どうしたい?

 

『忘れることができないんだ。衝撃が強すぎて』

 

さっきから頭の奥底に引っ掛かているのは一つの言葉。
彼のその言葉が本当なら、死にたくなるその気持ちもわからないではない。
自分も未だにあの雪の夢を見ているし、トラウマとなった光景もある。
ひしゃげた両親の死体に残された妹の片腕。
もし自分がその光景を毎夜鮮明に夢に見続けてしまったら、間違いなく発狂するだろう。

 

―――そうか。厄介なことを聞いてしまったものだな

 

ああ。おかげで参戦と傍観、その天秤が一気に五分にまで戻っちまった……
いやもう認めよう、今は逆転しちまってる。
あの時は断ることが出来たけれど、正直これ以上今のキラの姿を見たくなかった。
今のあいつは昔の俺と同じだ。
怒りとか破壊衝動とか、心を燃やすようなものに縋らなければ生きていけないんだ。
そして過去の無様な自分の姿を見せられるという、そんな古傷抉るような真似されて
平気なほど自分は強くない。
一歩間違えれば自分がなるかもしれなかった、泣きながら返り血に塗れる復讐者の姿も見たくはない。

 

あれさえ聞かなければキラの願いなんて切り捨てられただろうに。
この胸のもやもやも無かっただろうに。
……なあ、俺はどうすれば良いと思う?

 

―――お前に出来ること。お前が望むもの。それはお前自身が1番良く知っている筈だ。
    俺がどうこう言えることじゃない。

 

声の主も簡単に答えはくれない。そして暗闇が少しずつ消えていく。
どうやらこの時間も終わりらしい。
だが闇が晴れていく瞬間、彼はもう一度口を開く。

 

―――だが一つだけ言うとするなら。
    どんな道を行くにしても、お前にはもっと自由に、迷いなく生きて欲しい。
    俺が見たかったお前の明日は、今の様に自分を卑下し続けるものじゃないんだ。

 

最後に聞こえたのは優しい声。それと同時に自分の意識もクリアになっていく。
あれ、でもこの声って確か……

 
 
 

「ん……」

 

額に置いた右手を離す。閉じていた目に天井の照明が眩しい。
机の上の時計を見ると短針はさっきまでの時間から2つほど動いていた。
どうやらしばらく意識が跳んでいたようだ。
友人と会っていた夢を見ていたような気もするが、何を話していたのかはあんまり記憶にない。
先ほどまでよりは気分が楽なので悪い夢ではなかったようだ。
シンは机の上を片付けようと酒瓶に手を伸ばし…やめた。
寝る時間はかなり削られているが、毒を喰らわば皿まで。手にした瓶の中の酒をコップに注ぐ。
明日の仕事が辛くなるがまあそれも仕方あるまい。キラのせいで寝る気にもならないし。

 

「不味い……」

 

そう言いながらも再びコップの中の酒を煽る。頭がこんがらがっているのは相変わらず。
いくら飲んでも酔えやしない。
ただひたすらに胸がむかつくだけだ。
もしかしたらこの一件にケリが付くまで、
しばらく自分はこんな気分を抱えていかなければならないのだろうか。
それは正直勘弁願いたいが―――

 

「まいったな。そんな理由で良いのか、俺」

 

それでいいのだろうか。
ただ酒が不味い。理由はそれだけでもいいのだろうか。
運命に、抗う理由は。

 

「なあ、いいのかな?」

 

ここにはいない友人に問う。当然の如く答えは返ってこない。
迷いは尚も継続中。
だけどこれ以上立ち止まっているわけにはいかないと、シンは心のどこかで気付いていた。

 
 
 
 

「もう、復興はここまで来ちゃったのか」

 

夕焼けで紅く染まっている、ベルリンの街外れにある廃墟。
コニールはその広い空き地の中心に立ち尽くしていた。

 

「もう少ししたら、この街ともお別れなんだな………」

 

ここに来た頃はまだ復興が思うように進んでおらず、
何時になったら終わるのかなんて考えたこともなかった。
だが自分の部屋から近いこの場所にまで進んでいるとなると、復興作業はもうじき終わってしまうだろう。
それは、自分がこのベルリンに留まる理由がなくなる事を意味しているわけで。

 

空き地に転がっているいくつかの軟球。コニールはその中の一つを拾う。
視線の先にある壁にはチョークで書かれた不恰好な円。
その周囲には汚れたボールの跡が幾つか残っていた。
それは残された思い出の残骸。
少し前まではシンと一緒に、この場所で避難民の子供たちとよく遊んでやっていたのだ。
男の子たちと走り回る自分と女の子たちに纏わりつかれるシン。
自分たちの立ち位置が逆のような気もするが、大切な記憶には違いない。
けれどそれは既に終わった話。
彼らは既に家族と共に復興された中心部へと戻っており、今ではもうここには誰も来ない。

 

目線を円の中心に向けたまま、左掌の中でボールの握りを確かめる。
ちなみに彼女はサウスポー。もちろん魔球はハリケーン……なんて投げられはしないが、
キレのあるストレートぐらいなら造作も無い。

 

「――――それっ!!」

 

大きく振りかぶり、的に向かって思い切りボールを投げる。
リリースが甘かったのか左手から放たれたそれは円の中心から外れ、
跳ね返った白球は彼女の右脇を抜けていった。
転々と転がるそれをぼんやりと目で追うコニール。不意にその視線が止まる。

 

ボールの先には見知った顔。夕日を背後にして1人の青年が立っていた。
彼は転がって来たボールを拾い上げ、手の中で軽く転がす。

 

「よう。こんな寂しい場所に1人きりか」

 

呆れた様な口調で、けれど優しく笑うシン。
眩しく感じたのは背後の夕焼けのせいなのだろうか。コニールは思わず目を細める。

 

「シン? どうしてここに?」
「さてな。……それよりほら、受け取れ」
「受け取れって何を―――ちょっ、わっ」

 

何も言わずに手にしたグローブを放ってくるシン。続けてボールも。
あわててそれをキャッチする。
もしかして、自分とキャッチボールでもしようというのだろうか。

 

「なあ、どういう風の吹き回しだ? お前皆と一緒に誘ってもやんなかったじゃないか」
「やらなかったんじゃなくて他の子から離れられなかっただけだよ。それよりコニール」

 

疑問を口にする。目の前のシンは既にグローブを嵌めて構えていた。
なんだこいつ。いつもと違うけど。夕日を見てセンチな気分にでもなったのだろうか。
まあそれならそれでいいけども。

 

「どうした。投げないのか?」
「………投げるともさ」

 

女の子らしくは無いが、キャッチボールは嫌いじゃなかった。握りを整えて振りかぶる。
指先からボールが解き放たれ、シンの手元でぱすんと情けない音が鳴った。
使い古されすぎてボロボロのグローブだ。いい音なんて出やしない。
そのまま間を置かずに返球するシン。コニールも何も考えずに再び投げ返した。
地面には自分達と同じ様に動く、長く伸びた2つの影。どうしてだろう、ひどく懐かしい。

 

思い出すのは故郷の夕焼け。まだ戦争なんて思いもよらなくて、無邪気に友達と走り回ってたあの頃。
がやがやと騒がしい街に幼い自分を呼ぶ母の声。隣の家から匂う夕食の香り。
故郷を出たばかりの頃はホームシックでよく思い出して、
自分の考えが浅かったかと内心後悔していたのに。
いっその事帰ろうかと何度か思ったのに。

 

『あ、あんた確かシン=アスカ!? こんなとこで何やってんだよ!?』
『………見りゃ分かるだろ。復興の手伝いだよ』

 

それを思い出さなくなったのはいつからだろう?

 

『あんたが泥棒猫ね。悪いけど、そいつは私のなの。今度からは自重してね』
『んだと……? 後から出てきて偉そうに。それで私がハイそうですかって言うと思ってるのか?』
『おい2人とも落ち着けって』
『『―――あんたは黙ってろ!!』』

 

後悔しなくなったのはいつからだろう?

 

『熱高いな……無理するな、今日は寝てろ』
『なんだよ、今日1日付き合うって前からの約束だろ。これでも結構楽しみにしてやってたんだぞ』
『そいつはどうも。でも今日は駄目だ。次の休みにいくらでも付き合ってやるから』
『………わかった、約束だからな?
 でもそれはそれとして、退屈だからしばらく話し相手になってくれるとありがたい』
『ワガママなやつだな、俺に風邪移ったらどうすんだよ。
 ……ったく、わかったから頭の濡れタオルよこせ。替えてやるから』

 

故郷に帰ろうと思わなくなったのはいつからだろう?

 

―――家に帰るぞ、コニール
―――あいよ

 

自問するまでもない。
答えなど目の前に転がっている。

 

ちくしょうこのバカ。こいつがこんな所にいやがるから。
ガルナハンに帰るのはたまにで良いか、なんて思っちゃうほど、
私はベルリンが大好きになっちゃったじゃないか。
ここに留まる理由なんて無いのに。いつかは違う場所に行かなきゃならないのに。
ずっとここにいたいって。

 

………いや、違う。その想いは少し違う。
もう認めよう。この想いはベルリンへの愛着なんかじゃない。
きっと自分は何処か別の場所に行ったとしても、その場所が大好きになってしまうんだろう。

 

そう、シンが傍にいるなら。シンさえ傍にいれば。
私はきっと、どこでだって笑えるんだ。
だから―――

 

グローブを軽く上げて返球を促すシン。大して離れていないのに、彼の姿が良く見えない。
理由は簡単、自分の目から溢れる熱いナニかが彼の姿を歪ませているからだ。
それを隠す為に額の汗と共に目を拭いながら、コニールは思う。

 
 

ああ。こいつ。
ずっと私の傍にいてくれないかなぁ。

 
 
 

自分は夕焼けが眩しいから目を細めているのか。
それとも鼻の奥がツンとするから反射的に目を細めているだけなのか。
多分両方だろうなと思いながら、ルナマリアは坂の上からキャッチボールをしている2人を見下ろした。

 

「やっと見つけた。……たく、2人して何してんのかしら」

 

シンの部屋でテレビを見ているうちに日が傾いているのに気付き、さて夕食でも作るかと思っていたのだが。
食料が少なくなっていたので買出しにシンの手を借りようと探していたところ、
近所の空き地で彼を見つけた。
コニールもいたので2人に声を掛けようともしたのだが、何故かこの空気を乱すことができなくて。

 

「日が沈んじゃうわよ、もう……」

 

今は声を掛ける事もせずに、彼らのキャッチボールを眺めている。

 

「…………」

 

夕焼けの中、言葉も交わさずに黙々とキャッチボールを続ける両者。
どうしてだろう。しばらく眺めているうちに、何だか泣きたくなってきた。
きっとコニールがあんな顔をしているせいだ。
あの莫迦娘があんな泣きそうな顔をしているから、釣られて自分まで滅入ってしまっているのだ。

 

「あいつ、あの子が泣いてるの気付いてるわね。まああの距離じゃ当たり前だけど」

 

だがコニールの方は気付いているのだろうか。気付いていないのだろう。
自分のことで精一杯だろうから無理も無いか。
だから見ているのは自分だけだ。
申し訳ないような目で、この光景を覚えていようと言わんばかりに
周囲を見渡している彼の姿を見ているのは。
不意に、彼女の脳裏に深々と降り積もる粉雪の音がよぎった。

 

………多分そういう事なのだろう。その予測を受け入れたくは無いけれど。
コニールの表情に気付かないふりをしている彼を眺めながら、ルナマリアは思う。

 
 

ああ。この男。
また私の前からいなくなるんだろうなぁ。

 
 

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