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SEED-IF_CROSS POINT_第17話

Last-modified: 2010-03-22 (月) 02:40:40

用意された自室の壁にもたれながら、シンは閉じていた目を開ける。

 

また今日も、夢を見ていた。
深深と降り積もる雪。
薄暗い雲と、その合間に見える月。
手に残るのは 『彼女』 の感触。
そして、湖の底へ沈んで行く亡骸。

 

「また、この夢か」

 

別にこの夢を見ることを嫌っているわけじゃない。
忘れてはいけないことであり、今の自分の原点の一つでもある。
それでなくても今は、キラのせいで寄り道をしているのだ。
現在に流されすぎないように過去を思い出すのは悪いことではない。

 

だけど今朝ばかりはいつもと違っていた。
まるで全身に砂鉄でも擦り付けたかのように身体が重く、
しかもそれが消えるのには時間がかかりそうなのだ。
おかしいな。ここしばらくはこんな事にはなっていなかった筈なんだけど。
そんな言葉を呟きながら今までを思い出す。
確かにこの夢を見た後に起きると、倦怠感で身体が重いことは少なくなかった。
寝癖のついた頭を掻いて、身体を引き摺るように洗面台へ向かう自分の姿は簡単に思い出せる。
だが紅い髪とポニーテールが勝手に自分の部屋の鍵を開けて朝食の準備を始める頃にはもう――――

 

「なんてこった」

 

今更ながらに気付く。俺はあの2人に救われてただけじゃない。守られていたというのか。
そんな状態でキラと戦うとか強がってたくせに、2人の手を自分から放した途端このザマか。
それは男として、いや1人の人間としてどうなんだろう。

 

「ここまで弱かったのかよ、俺は」

 

言葉にするとその想いが強くなる。認識してしまうと自分に嘘がつけなくなる。
ルナマリアとコニール。
自分は手放したものの大切さを分かっていたつもりで、全然分かっていなかった。

 

選んだのは自分自身だ。その決断を否定する気は毛頭無い。
多分何度時を繰り返したとしても、あの時点でのシン=アスカはこの選択を選ぶだろう。
だけど。

 

「なんて、無様だ」

 

つくづくそう思う。自己陶酔じみた自嘲なんて趣味ではないが、今回ばかりは仕方が無い。
客観的に見ても、今の自分は無様としか言いようが無いのだから。

 

頭を過ぎるのは過去の思い出。
料理から漂う湯気の向こう。美味しいでしょと自慢気に笑うルナマリアの笑顔。
医学書片手に勉強する自分に、休みの日くらいどっかに連れてけと拗ねるコニールの顔。
両手に抱えた買い物袋。その半分を自分から奪い、
お互いの余った腕を組み合った時のルナマリアのぬくもり。
膝枕をしながら自分の頭を撫でる、コニールの優しい手。

 
 

もう手遅れなのは分かっている。

 

だけど俺は、2人に会いたかった。

 
 
 

第17話 『かなしみよりそのぬくもりを』

 
 
 

鏡の前で赤服を身に纏い、少年は首元を止めながら己の姿を確認する。

 

今日は少年にとって初めての任務の日である。
物事は最初が肝心とは良く使われる言葉だし、外見だけでもバッチリ決めていった方が良いのは間違いない。
そんな事を思いながら母譲りの自慢の金髪を湿らせ、手に多めのムースを乗せ髪に馴染ませた。
手を幾度か後ろに流してきっちりしたオールバックにしたあと、中指で前髪を僅かに下ろす。
鏡でいろんな方向からの見た目をチェックしてセット完了。

 

「こんなもんかな」

 

少し早いがもう配置場所に行こうか。そう思いながら洗面台を後にした少年のパソコンに通信が入った。
通信室から転送、送信先は実家。おそらく、いや間違いなく父親だろう。
反抗期は過ぎているがまだ親とは距離を保ちたい年頃なので居留守にしようかとも思わないでもないが、
もうすぐ作戦開始だ。
時間はまだあるし次に連絡を取れるのは何時になるかわからない。なのでとりあえず取ってみる。
画面に映ったのはいかつい顔。
元軍人で鍛え上げていたとはいえ、自分には全然似ていない父親の姿だった。

 

『おはよう、元気にしているか?』
「おはようさん、なんだよこんな時間に。つかもうすぐ出航なのによくここに繋げて貰ったな」
『なんだとはなんだ。そちらのスケジュールは把握しているし、
 ちゃんと規約を守って連絡してるんだから文句など言われる筈も無いだろう。
 それより初陣前くらい母さんに連絡を取ってやれ。軍人にするのは反対だっただの、
 なんであなたはあの時折れたのだのと愚痴られてたまらん。
 あいつときたら自分から電話もかけないくせに機嫌ばっかり悪くなって』

 

げんなりとした表情で愚痴る父親。無理も無い。
世界がどれだけ進歩したと言っても、女の説教や愚痴以上の音波兵器はまだ開発されていないのだ。

 

「母さんまだ怒ってるのかよ」
『軍人なんかになって心配しない親なんていないさ。父さんが一線を退いたのは戦場での古傷が原因だしな。
 ……それにお前の叔父さんだって軍に入って力を得なければ、あんな事をしなかっただろう。
 お前にはああいう道を歩んで欲しくないと思うのは母さんじゃなくても思うだろうさ』
「そういう言い方、やめろよ」

 

眉間に皺を寄せて父親の言葉を切り捨てる。
あんな事。前大戦の発端であるブレイク・ザ・ワールド。
父の弟、つまり自分の叔父さんはその事件の主犯格だったのだ。
妻と娘を失い、偽善の果てに手を取り合った世界に絶望し、世界を文字通り破壊しようとした。
今では暗躍して戦争を広げたとされるラウ=ル=クルーゼと同様、
世間ではその存在は侮蔑の対象となっている。
だけど。

 

「いつも言ってるだろ。皆は叔父さんを犯罪者だ人殺しだと蔑んだりしてるけど、俺はそうは思ってない。
 死んだ人には悪いけど、むしろ未だに尊敬してるくらいさ。
 奇麗事でそれまで失ったものを無かったことにしようっていう世界に、
 キツいのぶちかましてやったんだから」
『……お前がそう思うのは自由だ。だが、決して家族以外の者の前で口に出すな』
「言われなくてもわかってるよ、そんなこと」 

 

だからと言って親族である自分までもが否定する理由にはならない。
叔母さんといとこの死は、当時ガキだった自分ですら連合に怒りを覚えずにはいられなかったのだから。
父もそれについては思うことがあるのだろう、その叱責は弱めだった。

 

「……ところで父さん、父さんも前大戦まで軍人だったんだからシン=アスカの名は知ってるよね?」
『勿論だ、有名だからな。レクイエム攻防戦の映像を見たことがあるし、実際に会ったこともある。
 ……確かザフトに復帰して、お前の艦に乗ったんだったか」

 

2人して湿っぽい空気を作っても仕方が無い。無理矢理話題を変えてみる。
内容があの男だというのは気に入らないが、他に咄嗟に浮かばなかったから仕方が無い。
父は何かに気付いたのか、自分をからかうような目をしながら言った。

 

『なんだ、つっかかって痛い目でも見たのか?』

 

鋭いなこのおっさん。軍で鍛えられたその眼力だけは健在か。

 

「うるさいよ」
『図星か。やれやれ、短気なのは誰に似たんだか』
「間違いなくあんたですよ。……ねえ、父さんはそいつをどう評価してたの?」

 

司令部に所属しメサイアでデュランダル議長の近くにいた過去を持つ父なら、何か知ってるのかもしれない。
そんな軽い考えで投げかけた言葉だったが、自分が思っていた以上に真剣に受け取ったらしい。
少しの間考える素振りを見せ、そして口を開いた。

 

『……では一つ聞くが、CEで最強の戦士は誰だと思う?』
「なんだよいきなり」

 

なんか予想も付かない質問をされてしまったが、父の真面目な目に思わず考えを巡らせる。
答えはすぐに出てきた。こんな問題、脊髄反射でも正解することができる。

 

「それは……キラ=ヤマトだよ」
『なんだ、お前が大好きな叔父さんじゃないのか? 過去の人間でも良かったんだぞ?』

 

からかう様な、いや少しばかし拗ねてんのかなこの目は。
もしかして嘘でも良いから現役時代の父さんだと言ったほうが良かったのだろうか。
いや~でも幼少時の自分の前で実の弟にナイフでも射撃でも全敗する様を見せ付けられれば、
そんなヨイショは浮かばんわなぁ。
まあ叔父さんも後で「お前の父さんは人を使いこなす才のある人だ」とか下手なフォロー入れるくらいなら
一度くらい空気読んでジョバーやってやれって今では思うけれども。
まあいい、今はそんな話をするのではなく。

 

「……何でもありなら叔父さんだよ、そりゃ。だけど」
『MS戦だとキラには勝てない、か』

 

何も言わずに頷く。
ナイフに銃撃、人には戦い方はたくさんあるが、現在一個人が最も力を得ることができる手段はMSである。
ならば最強の戦士はキラ=ヤマトで間違いない。
確かに父の言う通り、叔父さんもMSの扱いはかなりのレベルだった。
軍に入ってから、あの人の模擬戦のデータやユニウスセブンを落としたときに撮られた戦闘の映像も
見させて貰った。
憧れの存在だったとはいえ、最新鋭機を旧式のジンで容易く切り倒していくその強さに魅入られたのは
1度や2度では無かった。

 

しかし、それでもキラにはまだ遠い。

 

会話を続けてその言葉の真意を知ろうと口を開いた瞬間、船内にアナウンスが流れた。
出航30分前。各員は所定の配置につけ。
どうやらここまでか。無駄な話で時間を潰してしまったな。

 

「ごめん父さん。今から宇宙に出るから、しばらく連絡は取れないと思う」
『そうか……気をつけろよ。無事に帰ってきて、母さんに顔見せてやれ』
「考えとく」

 

自分たちの任務内容は知っているだろうに、自分を追い込むまいといつもの様に送ろうとする父。
その気持ちに少しだけ感謝する。口には出さないが。
軍人らしく敬礼してから通信を切ろうとして

 

『そうだ、質問に答えてなかったな。シン=アスカってのは』
「ん?」

 

思い出したように続けた父の声にそれを止める。

 

『そのキラ=ヤマトをMS戦で倒せる男だ』

 

「え………」

 

だからお前の命も守ってくれるだろう。
そう言葉を続けた画面の中の父親は、自分に敬礼を返して通信を切った。
がくんと落ちる自分の肩。あのクソ親父、最後の最後であんな事言わんでもいいだろうに。
何だか出航前なのに疲れてしまった。

 

「キラをMS戦で倒せる、ねぇ……」

 

シン=アスカ。
ザフト軍人の憧れであるFAITHの座。それを捨てて一般人やってた筈なのに、
しれっと軍に戻って最新鋭機を手に入れた挙句、戦艦の中で女をはべらせて調子に乗っているような奴だ。
シュミレーションで自分が完敗したのは事実だから、ヤツのMSパイロットとしての実力は認めても良い。
あれほどの腕なら、キラに対する次の挑戦者としての資格もあるのだろう。
だけど、本当にそこまで期待できるのか?
民衆やボルテールの女性クルーだけでなく、父や艦長、ジュール議長まで期待するほどの男なのだろうか。

 

キラ=ヤマトの強さは本物だ。
ザフトに属していたころは英雄と呼ばれ、敵に回れば悪魔だと恐れられているが、
決してそれは言い過ぎではない。
しかし自分が接したシン=アスカには、キラのような人外じみたものが感じられないのだ。
英雄もどき。かつて自分がそう嘯いたのは決してひがみだけではない。あの男は、人間だ。
英雄と渡り合えるのは別の英雄か、もしくは化け物。修羅の前に立てるのは鬼。
物語の相場的にそう決まっている。それ以外の者では勝てはしまい。

 

「あれ以上の爪か牙でも隠してるってのか……? あんな男が」

 

ドアを開き部屋から出る。目の前を焦った表情で友人が走り抜けていった。
自分に気が付き、足を止めて振り返る。

 

「こんな所にいたのか。何してるんだよ、とっとと配置場所に行こうぜサトー」
「わかってるよ」

 

記念すべき初陣。出てくるのは鬼か蛇か。
一つだけわかるのは、この作戦の勝敗は自分の嫌いな男次第だということだけだった。

 
 
 
 

また、夢を見ていた。

 

風を浴びて目を細めるのは意識だけ過去に戻った自分。
その視線の先にいるのは壇上に立った最愛の女性。
幼い少女が関係者らしき女性から花束を受け取り、妻に向かって嬉しそうに走っていく。
それはこれまで何百回と見てきた光景。そして自分を苦しめてきた記憶。

 

絶望の光景を拒絶しようとする意思とは裏腹に、自分の身体は動かない。
過去を変える術は無い。そんな事はこの繰り返し見た経験でわかっている。
だがそうやって達観している場合じゃない。目の前にいるのはまだ生きているラクスなのだから。

 

『わたしもらくすっていいます!!』

 

時間が無い。爆発まであと僅か。ちくしょう、何をぼんやりしているんだキラ=ヤマト。
彼女を助けられるのは自分だけなんだ。のんきに目を細めている場合じゃないだろうが。
動け、動けよこの身体。動いてあの女を取り押さえないと。ラクスから花束を奪わないと。
失ってからじゃもう遅いんだ。
冷たくなった身体にすがっても、もう。

 

花束の中の異物に気付き、ようやく動き出す己の身体。
今度こそ間に合うようにと彼女へ向かって必死に駆け出す。
けれど、間に合う未来を手に入れたことは今までに1度も無く。

 

炎に焼かれて彼女は倒れた。

 
 

服が汚れるのも構わず、急いで彼女を抱き起こす。
その身体には既に力はなく、自分が手を放せば彼女の命の灯火は消え去ってしまうように感じた。
しかし自分たちの許に医者は来ない。周りには誰もいない。彼女を救えるようなものは何も無い。
このまま、今回も彼女が死ぬのを待っているだけなのか。

 

誰か。誰か助けてくれ。彼女を助けてくれ。
キラは泣き声のような絶叫を上げた。

 

平和を……自由を………争いの無い世界を……

 

血に塗れた妻の顔が目に焼きつき、焼ける肉の匂いが鼻を衝き、彼女の喉から漏れる空気が耳を蝕む。
目の前で力尽きようとしている彼女の全てが、自分を責める。

 

何故、守れなかった?

 

抱き締めていた彼女の肉が腐って落ち、そして骨へと変わった。
異臭を放つ醜悪な姿は美しかった生前からは想像もできない。
しかし彼女はそんな姿になってもまだ、自分へ何かを語り続けていた。
髑髏が顎を動かし言葉を発する。
自分を何処かに縛り付けるように。

 
 

平和は、まだですか?

 
 

吐き気がした。体中を虫が蠢く様な悪寒がした。これは夢だという思考も意味を為さなかった。
もうやめてくれ。なんでいつもこんな夢を見せるんだ。
気を抜いて彼女を守れなかったのは確かに自分だ。未だに平和を掴めないのも自分だ。
だけど、こんな彼女の姿を見せ続ける必要はないじゃないか。

 

―――わかった。わかったよ。争いの無い世界は僕が作る。約束する。だから

 

あの時と、そしていつも見ている夢と同じように彼女の亡骸に誓う。
すると彼女の身体が光に変わり、空へと飛び立った。
同時にキラの周囲が闇に包まれる。ただ寒いだけの漆黒の空間。
今のキラ自身の様に、何も無い場所へと姿を変える。
これまで自分のものだと思っていたものは、全て彼女のものだった。彼女こそが自分の全てだった。
だからこの状況に疑問はなかった。彼女が消えれば自分に何も残らないのは道理だ。だけど―――

 

ここは、怖い。

 

誰もいない。返事はない。身体の震えが止まらなくなった。
ここから出たい。誰かに会いたい。自暴自棄になって暗い世界の中を走り、否、もがく。
自分に残されたものはただ一つ。ラクスが去っていった遥か遠く、かすかに見える光のみ。
この暗闇の中、縋れるのは彼女が残したそれしかない。キラはそれに向かって必死で手を伸ばす。
けれど幾度も繰り返した夢の中で、キラはとっくに気付いていた。
いくら必死に手を伸ばそうと、その光には絶対に届くことはないということを。
気付きながら叫んだ。助けは来ないことを知りつつも、それでも叫ばずにはいられなかった。
最初は妻の名を。返事が無ければ友人の名を。それでも駄目なら、名も知らぬ誰かを。

 

ラクス……ラクス。ラクス!!
アスラン、カガリ、シン、イザーク、バルトフェルドさん、ムウさんマリューさんルナマリアディアッカミリィ―――誰か。
そう、もう誰でもいい。もう嫌なんだこの夢を見るのは。
僕を照らしてくれ。僕を責めないでくれ。
この苦しみから解き放ってくれ。

 

どうか僕を―――――

 
 

たすけて

 
 

絶望の嘆きと共に自分の意識が覚醒していく。今夜の夢もこれで終わりか。
この後起きた自分は最悪な気分で1日を始め、世界に怒りをぶつけるのだろう。
自分を照らしてくれていた筈の光に灼かれながら。

 

「ラクス………」

 
 

しかしこの日は少し違った。
もう一度彼女の名を呼んだ瞬間、伸ばしていた手に何かが宿った。

 

「え……?」

 

驚きと共にその手をみつめる。こんなの、今までの夢にはなかったことだ。
微かに輝く小さな光。そこから感じるのは僅かなぬくもり。
まるで、壊れた己の心を暖めるかのような。

 

眠りから覚め閉じていた目蓋を開ける。目の前にはラクスと同じピンク色の髪。
寝巻きを身に着けた少女が隣に寝転びながら、自分の顔をみつめていた。
未だに震える自分の手を、その小さな両手で優しく包み込んだまま。

 

うぅ
「………なんで、君が」

 

ここにいるのという続きの言葉は真っ直ぐな少女の視線に遮られた。
自分が寝ているのは自室のベッドで間違いない。そして彼女と一緒にベッドで寝た記憶は無かった。
そもそもオートロックはどうしたんだってああそういえばこの間この子は無条件で入れるようにしたっけ自分で。
まあそれはそれで良いとして、この子は自分に何か用でもあったのだろうか。
1人じゃ寝れないとか? まさか、この子が此処で暮らすようになってから随分時間は経ってる。
それは無いだろう。

 

「……もしかして、1人じゃ寝れない、とか?」

 

でも他に思い浮かばなかったのでとりあえず聞いてみた。
自分の予想に反してこくりと首を縦に振る少女。
どうやら正解だったらしい。当たった所で景品も何も無いけど。
この間から自分に心を許すようになったとは感じていたが、
この子がこんな事をする様になるとは思わなかった。
しかし、 「一緒に寝て欲しい」 か。
悪い気はしないというのは事実だったし、一緒に寝てやるくらい大したことは無いと思うが。

 

「一緒に寝るのは……構わないんだけど。この部屋には深夜でも通信とか平気で入ってくるんだ。
 こんなところじゃ、きっとゆっくり寝られないと思う。
 君が寝付くまで一緒にいてあげるから、君の部屋に行こう」

 

この子にこんなに話しかけるのは初めてだなと思いつつ、少女の願いを断る。
口から出た言葉に嘘は無い。役職上自分の部屋には通信がよく入るのは事実だった。
それは育ち盛りの子供には酷だろう。そう判断して身体を起こす。
空調が効き過ぎてるのか少し肌寒かったので寝巻きの上から上着を羽織ると、
少女は浮かない顔で歩き出した。
ガラにもなく手を繋ぎ、少し離れた少女の部屋へ向かう。
何故か眠気も寝起きの際に必ず起こる倦怠感も無かった。
悪いことではないので気にしなかったが。

 
 

「ここか」
「………」

 

ドアの前で立ち止まる。部屋の主は相変わらず晴れない顔のままだ。
そういえばこの子を拾って数ヶ月経つが、部屋に入るのも初めてだったな。
そんな事を思い出しながらドアを開き、そして立ち止まった。

 

「これは……」

 

明かりを消しているのか真っ暗な部屋。ようやく闇に慣れた目に写ったのは大きめのベッドと机。
それでお終いだった。
キラは思わず手を放し、少女に向かって問いかける。

 

「ここが、君の部屋で良いんだよね?」

 

質問は頷きで返された。分かりきった問いだったが、思わず少女に聞いた自分を誰も責められまい。
なんだここは。子供らしいものはおろか、人が住んでいると感じさせるものがほとんどないじゃないか。
ミリィは何を―――いや彼女も自分の仕事で忙しいし、何より便宜上とはいえこの子の保護者は自分だ。
ラクスを思い出すため距離を取っていたのは事実なので、責められるべき人間は自分自身しかいなかった。

 

「………」

 

頭を掻いて溜息を吐く。項垂れた少女の握る手が、少しだけ強さを増した。
自分を此処に置いていって欲しくない、言葉を話せるならそう言いたいのかもしれない。
再び部屋に視線を向ける。子供1人には十分すぎるほどの、
いや広すぎるからこそ見ていて悲しくなってきた。
親の愛情とやらに飢える、甘え盛りの年頃だ。こんな寂しい場所では寝るのも辛いだろう。
こんな、誰の帰りも待たない部屋では。

 

「わかったよ」
「……?」

 

言葉はすんなりと出てきた。この子も1人か。
なら、まあ。

 

仕方が無いか。

 

「今日から僕の部屋で寝よう。一緒に」

 

ただし通信とかで起こされても知らないよと続ける自分の言葉にこくこくと頷く少女。
そして自分の腰に抱きついてきた。
苦笑と共にその頭を撫でてやったあと、キラは少女と共に自分の部屋へと戻った。

 

ベッドに倒れこんだ少女に布団を被せ、その隣に寝転がる。
自分の方に身体を向けた少女は嬉しそうな表情を隠そうともせずに此方を見ていた。
早く寝たほうが良いと思うんだけど。

 

「今度、あの部屋に飾るものをミリィと一緒に買いに行くと良い……」
うう

 

服の裾をぎゅっと掴まれる。何だか言葉が無くてもこの子の言いたいことがわかってきた。
これもスーパーコーディネーターとやらの力なのだろうか。

 

「……僕も行くの? まあそれくらいの時間なら作れるだろうし」

 

別に良いよ。そう言おうとしたキラだったが、脳裏に1人の男の姿が過ぎる。
紅い瞳の青年。今の自分には彼との先約があった。
下手をすれば――上手くいけば――ここには帰ってこれない可能性がある。

 

「でも、約束はできないな……」

 

気落ちした様子の少女の頭を撫で、キラはその目を閉じた。
軽く裾を引っ張られたままの感触がなんだか心地良い。
もしかしたら。本当にもしかしたらだが、今夜はもう悪夢を見ないで済むかもしれない。
子供好きなラクスなら、うなされる自分によって子供が起こされるなんてことは望まないだろうし。
そんな馬鹿らしい事を考えながら意識を手放す。

 

そして数分後、静かな部屋に2人分の穏やかな寝息が聞こえるようになった。

 
 
 

その夜に起こった出来事は、言葉にすればそんなに大したことではない。
似た者同士の傷の舐め合い―――いや、そんな言葉にも満たないだろう。
悪夢にうなされる青年が、被保護者と共に寝るようになった。
家族を失った少女が、新しい保護者と一緒に寝るようになった。
その夜に起こった出来事は、結局それだけの話なのだから。

 
 

そう。
ただ、それだけ。

 
 
 

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