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SEED-IF_CROSS POINT_第25話

Last-modified: 2010-05-30 (日) 02:24:37
 
 

第25話 『……まだ、終われない……』

 
 

「いいのかねえ。こんなとこでゆっくりしてて」

 

窓の花瓶に活けられた花が、窓から入る風で揺れている。
ベッドに横たわった男はその光景を見ながら力無くぼやいた。
彼の右脚にはギプス。頭と両腕に巻かれた包帯。頬に貼られた湿布。

 

ムウ=ラ=フラガは、未だにオーブ軍の病院に入院中だった。

 

「仕方ないじゃない。貴方怪我人なんだから」

 

すぐ傍から自分を慰める妻の言葉が聞こえた。
不貞腐れた顔の自分に対し彼女は笑顔。ベッドに両肘をついてこちらを見ている。
自分がこんな様なのに何だか嬉しそうだ。
そういえば、娘が生まれてから2人きりの時間が減ってたな。

 

「なに?」
「……いや、いい女だなって」
「あら、ひさしぶりに釣った魚に餌をあげる気になった?」
「あ~……すまないな、最近仕事ばっかで」
「ふふっ、冗談よ」

 

自分をからかえたのが楽しかったのか、微笑を崩さない彼女。
自分も笑顔を返すものの、なんだかこんな幸せな空間にいることに罪悪感が出てきた。
溜息を吐いて自分の身体を見下ろす。
その目に写るのは包帯だらけでぼろぼろな、無様な自分の姿だけ。

 

「……結局、なんにも役に立てなかったよ。2回挑んで、2回とも木っ端微塵さ」

 

エンディミオンの鷹と言われても所詮はこんなもんだ。子供1人止められやしない。
窓から外の景色を見る。ゆっくりと流れる飛行機雲。花から花へと飛び移る蝶。
平和という言葉を体現したような穏やかな光景。
だが、それこそが自分を責める。

 

「………」
「大丈夫よ、ムウ」

 

静寂を嫌ったのか、それとも遠くを見つめたままの自分を見かねたのか。おそらくは後者だろう。
自分を励ますようにマリューが口を開いた。

 

「貴方には知らせなかったけど。ザフトには貴方の知り合いのあの子が……シン=アスカ君が復帰したの。
 つい先日の戦いで、彼1人でキラ君を退かせたって世間は大騒ぎよ。
 流石にボロボロにはなったみたいだけど。
 彼の許にアスラン君も合流したそうだし、後は2人に任せましょう。
 彼らならきっと、キラ君を止めてくれるわ」

 

「―――――何、だと?」

 

シンが復帰。シンが軍へ。そしてキラと戦った。
放たれた言葉を頭の中で繰り返す。数秒経って、ようやくその言葉の意味を呑み込むことが出来た。
自分とアスランが敗れた今、世界に残されたカードはもう残り少ない。
だから彼の戦場への復帰はもう仕方のないことかもしれないとも思うし、
それに彼ならばキラを止められる可能性もある。
だがその瞬間、脳裏をよぎったのは1枚の写真。

 

「ダメだ」
「ムウ?」

 

吐き捨てる様に呟き、拒絶する。それだけは許されない。

 

「それは、ダメだ」

 

その事実を肯定してしまうことは、ムウ=ラ=フラガには許されない。
かつてネオ=ロアノークと名乗った自分には。彼との約束を破った自分には。

 
 

戦後マリューとの間に娘ができたと分かったとき、彼に会って聞いてみたことがあった。
生まれてくる子供の名前を 『ステラ』 にしても良いかと。
もしシンに娘の名にするつもりがあるのなら、彼の方が相応しいと思ったから。
怒られるのを、いや殴られるのを覚悟で聞いてみた。

 

――――アンタが自分に、その名を付ける資格があると思うなら。好きにすればいい

 

静かな声で、彼は返した。

 

――――俺は別に構わない。俺には、その資格は無いから

 

そして踵を返し、そのまま去っていった。小さな背中を自分の目に焼き付けたまま。
あれ以来彼とは会っていない。

 

後でアスランから聞いた話だが、彼はステラと 『守る』 という約束をしていたらしい。
しかし結果として彼女は死んだ。資格が無いとはおそらくその事だろう。
最後まで約束を守ろうと足掻いていた彼に資格がないのなら、彼女を死なせた自分になどある筈も無い。
結局、娘の名前はマリューに決めてもらった。
妊娠中の彼女は本を片手にとても楽しそうに考えていたので、その事については後悔は無かった。
ただ彼の冷めた瞳と小さな背中が、自分の心に影を落とした。

 

アスランの持っていた写真を見て、心に浮かんだのは喜びよりも安堵だった。
相変わらずの仏頂面。何故か顔中傷だらけ。おそらくアスランとガチで喧嘩でもしたのだろう。
だが目に宿っていたのは温もりだった。
一緒に写っていたザフトにいた赤毛のお嬢ちゃんと、ポニーテールの勝気そうな女の子。
おそらくは彼女らのおかげか。
嘘をついた自分のせいで苦しんでいた少年が今、やっと人としての幸せを掴んでいたのだ。
だからもう彼には何も失って欲しくなんか無かった。
だが今、彼は戦場に戻っている。何の為かは分からないが、キラを倒すつもりのようだ。

 

ならば。自分がするべき事は一つだけだろう。

 
 

ベッドから身体を起こす。引き攣るような身体の痛みを精神力で抑え込む。

もう間に合わないかもしれないが、それでもこのまま寝ているよりはマシだった。

 

「ちょ、ちょっとムウ!! 安静にしてないとダメよ!! 身体を休めなくちゃ」
「休めてどうなる? どっちが勝つにしても、俺の身体が治った頃には全部終わってる。それに」

 

ステラの件。ベルリンの件。そして今度のキラの件。
自分は彼に借りしか作っていない。

 

「あの坊主が戦場に戻って、しかもボロボロになったっていうんだ。
 溜まった借りを返すのは今しか無さそうなんでな。
 それに、ただの一般人だったキラを最初に戦わせたのは俺だ。
 ―――ここで寝ているわけにはいかないんだよ。世界の誰よりも、俺は」
「ムウ………」

 

盾でも囮でも構わない。やれる事があるなら行くべきだ。
怪我がどうした。危険がどうしたというのだ。
自分は不可能を可能にする男だ。命の危機なんて、そんなものは軽く蹴り飛ばして生きていける。
けれどこの胸の中の空虚をそのままにしたまま、残りの長い人生を生きていけるほど自分は強くない。
だから邪魔はしないでくれとベッドから立ち上がる。

 

しかし、押し退けようとした手は彼女に掴まれた。

 

「残念ね。それを聞くわけにはいかないわ」
「なに?」
「だって、私も行くから」

 

妻の顔を見上げる。冗談を言っているようには見えない。
かつて共に戦場を駆けた時と同じ顔をしている。

 

「私もキラ君を巻き込んだうちの1人だもの。
 それに2人の事を貴方がそこまで背負い込んでいるのなら、その荷物を私も持つわ。妻なんだから」
「マリュー……すまない」

 

彼女の手を借りながら軍服に袖を通す。ギプスがあるので下が穿けない。
これも後でなんとかしなくちゃいけないな。

 

「一緒に行こうかマリュー。例え行き先が、地獄の果てでも」
「オーケー、付き合いましょう?
 ただその心配はしていないけどね。だって貴方は 『不可能を可能にする男』 なんだから」
「ははっ、そう言えばそうだったな……あの娘はどうしようか? また泣くぜー」
「ソガさんの所に預かってもらうしかないかしら……?
 あの娘食べ方の行儀悪いから、あんまり他所に出したくないかも」
「お前が甘やかすからだよ」
「それは貴方でしょ」

 

かっこいいシーンから急激に所帯じみた話へ。松葉杖とって。はい。
この場にはお互いの良いところもかっこ悪いところも見尽くした2人しかいないので、
シリアスな雰囲気はそうも続かないのだ。
軋む身体に脂汗を流しそうになりながらも耐え、ゆっくりと歩き出すムウ。
マリューはそんな夫よりも先に進み、病室のドアを開けた。
その目の前にはいかつい顔の元ランボー。

 

「夫婦水入らずの所を邪魔して悪いが、我々も共に行かせてもらおう」

 

不意打ちに度肝を抜かれたのかびくりと肩を震わせる己の妻。振り返って声にならない声を出す。
ぱくぱく、ぱくぱくぱく。……うん、全然わかんないから。
とりあえずそこの水差しから水でも飲みなさい。
ドアから妻が離れ、何人かの屈強な男たちが立ちはだかっているのがムウの目にも写る。
レドニル=キサカ率いる5人のオーブ軍人。
かつて自分と共にキラにやられた、5本槍の異名を持つ男たちだ。
全員自分と同じく身体中包帯だらけのひどい有様だが、その目には強い意志が宿っている。

 

「今の状況、とても寝てはいられないのでな」
「アンタら……」

 

立っているのも辛いくせに格好つけやがって。つくづく体育会系な奴らだ。
だがそういうのは嫌いじゃない。

 

「いいぜ。死にたい奴だけ付いて来い」
「死ぬ気は無いが付いていこう」

 

ドックにはアークエンジェルがある。今すぐお嬢ちゃんを説得すれば決戦には間に合うだろう。
物資援助のみで討伐軍に合流するのがアスラン他数名だけなんて、
責任を果たしているとは言えない―――そう言えばなんとか

 

「代表に無断で行くつもりか? お前たち」

 

廊下の先には、金髪の女性が腕を組んでまま壁に背を預けていた。
カガリ=ユラ=アスハ。言うまでも無く自分たちの主である。
キサカたちも驚いているので一緒に来たわけでは無さそうだ。
やれやれ、まずいタイミングで見つかってしまったな。いや、ここは手間が省けたと考えよう。

 

「申し訳ありません代表。ですが我々は」
「もういいキサカ、皆まで言うな。―――――ムウ=ラ=フラガ一佐!!」
「ハッ!!」

 

キサカが話しかけるものの、カガリはそれを遮りムウを呼んだ。反射的に敬礼を返す。
身体中の痛みに思わず顔を顰めてしまった。

 

「貴官に討伐軍への合流を命じる。アークエンジェルで宇宙に上がれ」
「は?」

 

宇宙へ上がれって、それって。

 

「聞こえなかったのか? 宇宙に上がってザラ少将のサポートに廻れと言ったんだ」
「了解致しました!! ……でも良いのか? 俺たちが皆宇宙に行っちまったらオーブが」
「オーブの事は心配しなくていい。ザフトや連合には話を通してあるし、こちらは私とソガで十分だ。
 治安維持の最低戦力は確保したから残りを率いて宇宙へ上がってくれ。
 大した数ではないが、編成は済ませておいた。
 あとフラガ一佐の子供のことだが、私が預かろう。マーナに面倒を見てもらうから」
「いいのかい、代表さん。彼女に迷惑かかっちまうけど」
「いや多分、本人凄く喜ぶと思う」

 

だから心配するな、と笑うカガリ。

 

「いやそれはありがたいんだが、本当に良いのか? 説得はするつもりだったが、俺たちは所詮軍人だ。
 ここまで思い通りになっちまうと逆に不安になるんだが」
「気にすることは無い。私の考えはお前が説得しようとしていた事と同じだ。
 アスランたちだけ送ってハイ終わりじゃ、責任は果たせていない。
 軍の派遣についての問題もクリアしたんだからするべきことはしないと。
 ……それに、シンが戦ってくれてるんだろ? だったら見捨てるわけにはいかない」

 

人を突き動かす何かを持った、力強い瞳。ムウはなんとなく眩しく感じて目を細める。
いつのまにこんな目をするようになったのやら。子供はいつまでも子供ではいられない。
男子3日会わずば克目して見よというやつか。女だけど。

 

「オーブは…いやアスハもあいつには借りがあるんだ。私が代表でいるうちに返しておかないとな」
「了解いたしました。これより軍を率いて、ザフトとの合流にかかります」
「頼んだぞ」

 

そう言ってくれるのならありがたい。
ならその言葉に甘えて、自分は己の進むべき道を進みますか。

 

「善は急げだ。さっさと行くとするか」

 

自分の主に完璧な敬礼を返した後、ムウは周囲を見回す。
その言葉に仲間たちが力強く頷いた。

 

キラを止める。アスランに手を貸す。シンやザフトを守る。
……この戦いを終わらせる。
やるべき事は多々あるが、言葉で表すと一言で済んだ。
それは自分の代名詞的な言葉。

 
 

「不可能を可能にするんだ、俺たちで」

 
 
 

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