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SEED-IF_CROSS POINT_第3話

Last-modified: 2010-01-20 (水) 02:54:14
 

記憶に残っているのは深深と降り積もる雪の音だった。

 
 

見上げた空に映るのは薄暗い雲と、その合間に見える月。
指先に残るのは微かな感触。
『彼女』 の感触。
涙はとっくに枯れている。喉が渇いて口が上手く回らなかった。
言葉を出そうとしても、ただ力無く空気が漏れるだけ。
手を握っても握り返されることは無く、感じるのは雪にまみれた自分よりも冷たい彼女の体温だった。

 

それは自分の中に眠る後悔の記憶。

 

―――守れなかった

 

あの時はそのことしか頭に浮かんでこなかった。
胸の中に吹き荒れる憎しみの炎に身を任せることしかできなかった。
だが、何千回と見てきたこの夢の中で、自分はそのうち違うことを思うようになった。

 

―――俺は、彼女を返すべきではなかったのではないか?

 

あの時彼女の命を救うには、返すしかなかった。
だが結果はどうだったろう?
自分がしたことは彼女を戦場に戻しただけで、結局彼女はキラに殺され。
死ぬ事を何よりも恐れていた彼女がこの世界に残せた物は、永劫語り継がれる重い罪。
そして、悲しみと怨嗟の声だけ。

 

自分が背負わせてしまった。

 

仕方がないことだったと言ってくれた者もいた。
彼女が乗らなくてもきっと他の人間があれを行っていたと。
そして彼女も連合の実験の被害者だったのだと。
昔は自分もそう思っていた。いや、そう思いたかった。
彼女は悪くないと。あの選択は間違いなんかじゃないと。
でもそれは許されないことだ。その事は虐殺の傷跡が消えぬベルリンの街を見て思い出さされた。
被害者からすれば加害者の事情など何の救いにもならない。
それはシンが一番良く理解している事だったから。
かつて家族を理不尽に殺された自分自身が、一番。

 

沈んで行く彼女の亡骸。

 

『暖かくて優しい世界』 どころか冷たい湖の底にしか連れて行けずに死んで行った。
その身体に抱えきれないほどの罪を背負って。
人間は死んだら何もできはしない。笑う事も、泣く事も。――――そして、罪を償う事も。

 

なら、自分が彼女にしてやれることは――――――

 
 
 

第3話 『雪の記憶と消せない罪』

 
 

「ひどい顔してるな、シン」

 

目を開くと1人の少女が自分の顔を覗き込んでいた。背後の陽光が眩しくて思わず目を細める。
慣れた目に映ったのはポニーテールと褐色の肌。コニール=アルメタ。
少し心配した表情でシンを覗き込んでいる。

 

「うなされてたってほどじゃないけど、少し苦しそうだったぞ。……嫌な夢でも見てたのか?」

 

寝起きなので意識が曖昧だ。周りの光景から、自分は公園のベンチに寝転がっているということがわかった。
少し背中が痛いのだが、なぜ自分はここにいるのかが思い出せない。
なんでだっけ。今日が休みの日だってことはわかるんだけど。
そんな記憶を辿るシンに構わず、コニールは彼の汗に濡れた額に躊躇いもせずに触れてくる。
熱を測るようにそっと額に手を置いた後、手にしたタオルでシンの汗を拭った。
いや気持ちはありがたいが正直痛い。荒っぽすぎだ。
それは拭うではなく擦るになってますよコニールさん。

 

「別になんでもない。それよりコニール、何か用か?」
「何も無いよ。視界に入ったときに苦しそうにしてたから、心配しただけ」
「そっか。夕飯の買い物にはまだ時間があるな。ならもう少し」

 

身体は睡眠を欲していた。再び瞳を閉じるシン。
だが今からまたあれを見るのだろうか。
あの夢は嫌いだ、おかげで自分はすっかり雪が嫌いになってしまった。
だが、絶対に忘れてはいけない事でもある。

 

連合の兵器デストロイによる、ベルリンの虐殺。
焼け崩れた廃墟。人肉の焼ける匂い。助けを求める声と理不尽な世界を呪う怨嗟の声。
それこそが彼女の罪。そして俺の罪と生きるべき道。
解き放たれることなんて期待してはいけないし、あってはならない。

 

だけど、許されるならば願ってもいいだろうか。
自分は一度あの月面で死んだ身だ。
全てを失って、沢山の命を奪って、守ると誓った女の子すら殺そうとした嘘吐きだ。
だからこれから先、自分にどんな苦しみが降りかかっても構わない。
明日を見て。自分にはあの言葉だけで十分だから。
何もかも無くしても、それでもまだ生きていけるから。

 

だから、どうか。
彼女にいつか、笑える日が来ますように。

 

「まだ寝るのか? そんなとこで」

 

意識は傍らの少女の声によって再び起こされた。
恥ずかしい思考をしてた自分が恥ずかしくなって、思わず視線を外す。
何を自分に酔っているのか俺は。野郎の自己陶酔なんて碌なもんじゃないってのに。

 

「いいだろ別に」
「そりゃいいけどさ。身体痛いだろ? 首とか」
「……そんなもん気にしないよ」
「気にしろ、明日からまた仕事なんだし。ったく……ほら、頭こっちに持って来い」
「おい……?」

 

強引にシンの頭を抱え、自分の膝の上に置く少女。
いわゆる膝枕というものだ。

 

「なあコニール。こういうのってさ、相手を選んでやったほうが……」
「今更何を言ってるんだバカ。それに、こんな美人にされてるんだから断るのは失礼ってもんだぞ」
「……美人?」
「何か言ったか?」
「いや、何も」

 

特に断る理由も思い浮かばなかったので、現状を受け入れる事にした。
目を閉じ衣服越しに彼女の体温を感じる。
膝枕自体はそこまで寝心地が良いというわけではない。
だが、誰かと触れているとひどく落ち着くというのも事実だった。
陽だまりやぬるま湯に似た、居心地のいい空間がここにある。
だがシンには、素直にそれを楽しむ事が出来なかった。

 

俺は何をしているんだろう。贖罪の為にこの街に来たはずなのに。
過去ばかり見ている自分みたいな男に、彼女たちを付き合わせてはいけないと思っているのに。
振り払うことが、捨てることができない。

 

そしてわかってしまう。
贖罪どころか、今救われているのは俺だということに。

 
 

「なあシン、一つ聞いていい?」

 

思考を中断させられた。閉じていた目を開ける。彼女の言葉より優先される事項はあまりない。
こちらを覗き込むコニールは真剣な顔をしていた。

 

「なんだよ?」
「お前、アイツと戦いに行くつもりなのか?」
「……は? アイツって?」
「キラ=ヤマトだよ。この前ザフトのやつが勧誘に来たじゃないか」

 

もしかしてコイツはこれを聞くためにこんなことをしたのだろうか。
頭を抑えられたこの状況、逃げることはできなさそうだし。

 

「……まさか」
「本当か?」
「ああ」
「……ならまあ、いいんだけどさ」

 

子供にするかのように優しく髪を撫でる手をどける。
それを気にした様子も無く、コニールは言葉を続けた。

 

「そうだよな。シンはもう、十分戦ったもんな」
「………」

 

「――――もう戦わなくてもいいんだよ。シンは」

 

もう戦わなくてもいい。自分に言い聞かせる様に呟やかれたその言葉。
だが、何故かシンは言葉を返すことはできなかった。

 
 
 
 
 

また、今日も敵を落とした。

 

殺してはいない。いない、筈だ。
彼女は争いが嫌いだった。そして自分はその彼女の道を引き継いだのだ。
ならば失われる命は最小限でなくてはならない。

 

「――――いつになれば、この世界は変わるんだろう」

 

此処に来るまで沢山のMSを落とした。沢山のテロ組織や海賊を潰した。
力で平和を乱そうとする者達に、底知れぬ絶望を与えてやった。
どうせ敵わないのなら、力を振るうことを止めようと。もしくは化物を倒すために力を合わせようと。
どちらでもいい、そう思わせるために。
だが何も変わる気配がない。倒しても倒しても、次の日には必ず別の場所で争いが起こる。
自分の手の届かない、遠い何処かで。
自分のやり方が間違っているのは解っている。その望みが逃避であることも理解はしている。
その上で歩き続ける果ての無い道。だが世界も自分も、未だ戦いの連鎖から抜けられていない。

 

ふと思う。終わりの始まりはいつからだったのだろう。

 

説得に来たカガリ達オーブ軍を薙ぎ払ったあの日からか。
復讐のために、ブルーコスモスどもを基地ごと消し炭にしたあの日だろうか。
それとも、物言わぬ彼女を抱き締めたあの時か。

 

どれも違うような気がする。
ならばおそらく、あの時から既に始まっていたんだろう。

 

彼が――――シン=アスカが自分達から離れていった、雪の降る夜から。

 
 
 

「―――軍を抜ける、と仰るのですね」

 

今から1年ほど前。ヨーロッパのホテルの、とある一室。
シンと向かい合うラクスの机の上には、彼に渡した筈のFAITHの徽章が置かれていた。
先日視察したベルリンの復興作業に、彼も参加するのだと言う。

 

「はい」
「…………ベルリンが貴方にとってどんな場所かは、失礼ですがわたくしもお聞きしました。
 そして貴方がそこで何をするつもりなのかも、なんとなくわかるつもりです。
 ですがこの世界には貴方の力がまだ必要なのです。考えを改めるわけにはいきませんか?」

 

世界にはまだ平和が訪れているとは言い切れず、景気対策から内乱の鎮圧まで問題は山の様にある。
今ここで、実力や各方面への影響力 (主に元デュランダル派に) を持っているシンに
抜けられるのは痛手だった。

 

「議長、買いかぶりすぎですよ。俺が居なくなった所で何か変わるもんでもないでしょう」
「当事者でもないのにこのような事をいうのは憚られるのですが…… 
 その女性のような悲劇を繰り返さないためにも、戦争によって悲しむ人を出さないためにも。
 平和を守るために一緒に戦っては頂けませんか?」

 

鈴の音の様なラクスの声。自分ならばすぐに首を縦に振っていると思う。
だが、シンの気持ちを変えることはできなかったようだ。

 

「クライン議長。俺はもう世界の平和を守るなんて大それたこと、言えません。
 だって俺はこれまでの人生で何かを守れたことがないんですから。
 家族も、仲間も、友達も、守ると誓った女の子も。
 それに、戦争とはいえ恩人であるトダカさんを殺してしまった。
 ルナですらもう少しでこの手に掛けるところだった。
 今の俺がMSに乗ったところで、憎しみの種をばら撒くことしかできませんよ。
 ……それが今日まででよくわかりました」
「シン、貴方は……」

 

溜息を吐き、視線を落とすラクス。諦めたのが傍目からでも判る。
彼の気持ちは固い。止めることはもう、無理だろう。

 

「わかりました。最後に一つだけ、聞いておきたい事があるのですが」
「……何でしょう」
「ルナマリアさんにはこの話は……」
「しましたよ、もう。何発か殴られましたけどね」
「………そうですか。でしたら、わたくしが言うことは何も無いようです」
「では、失礼します」

 

一礼し踵を返すシン。ドアの側に立つ自分の横で不意に立ち止まった。
目線も合わさずに彼は口を開く。

 

「じゃあな。もう、会う事もないだろ」
「本当に行くんだね、君は」
「ああ。もう、決めたことだから。世話になったな、いろいろと」

 

部屋を出て行く彼を思わず追いかけて外に出る。
シンが歩いていく廊下の先には、立ち止まって動かない赤毛の女性。
言葉を交わしたのか、彼女が視線を落とした。前髪がその表情を隠す。
一瞬、彼女が止めてくれることを期待した。だがシンはそのまま通り過ぎていく。

 

何か言わなくてはと思った。
だが去っていく彼の背中に、何も言うことはできなかった。

 

窓の外の雪だけが、静かに音を立てていた。

 
 

それからだ。自分達の周りから、次々と仲間が居なくなっていったのは。

 

カガリとアスラン夫婦、ムウさん夫婦はオーブにいるためあまり会えず、
マードックさん達アークエンジェルのクルーも、それぞれの道を歩いていった。

 

ディアッカはフリーのジャーナリストとなって軍を辞めていった。
彼は当初アカデミーの校長になるという話が上がっていたけど、
軍人の教官に何度も軍を裏切った者を選ぶのはいかがなものかという周囲からの反対の声が多く、
立ち消えになった。
彼に気にした様子が無かったのがせめてもの救いだった。

 

バルドフェルドさんも「やるべき事はやった」という言葉を残してザフトから去っていった。
これからは若者の時代だ、とも。
あの人もまだ働き盛りだと思ったけど、あの時は止めることはしなかった。

 

イザークは軍人から再び議員になった。
今でこそ議長代行として腕を振るっているものの、
当時は彼自身の真っ直ぐすぎる気性とザフトを裏切った過去から議員の間では孤立していた。
その為、人脈を作る目的であちこちに足を運ぶうち、僕達と会う事も少なくなっていった。

 

ルナマリアはしばらく、ラクス直属のFAITHとしてしばらく僕たちと行動を共にしていた。
シンの事を忘れられないのか、言い寄る男性たちに目もくれずに仕事に没頭して。
おそらくいつか彼がザフトに戻ってきてくれると信じていたのだろう。
でも、ベルリンに行ったディアッカからシンの現状
(隣の部屋の女の子が通い妻してるとか、かなり大げさな内容だったが) を聞いた途端、
速攻でラクスに暇を貰って彼のところへ向かい、そのまま居座ってしまった。
何でも 「伏兵とはいえ、中ボス程度に負けるわけにはいかない」 との事。
その時は僕達も状況は把握してたから、2人で笑ってしまったけど。

 
 

そうして、僕達にはお互いしかいなくなった。

 

今にして思えばあの頃まではまだ、幸せな結末ってやつを信じていられた。
争いを少しずつ減らしていって、次の世代に託すべき土台を作り。
愛すべき人と子供を作り、その子を育て。そして子や孫に囲まれながら穏やかに息を引き取る。
そんな当たり前の夢を自分は信じていたかった。
だがそんなささやかな願いは炎が焼き払ってしまった。
明日へ飛び立つ筈だった翼は、あの照りつける太陽が焼いてしまったのだ。

 

もう、あの頃のような夢は、見ることができない。

 
 

そしてまた、今日も敵を落とした。

 

目の前の胴体だけになったゲイツを、彼らの基地の方に向かって軽く蹴る。
破壊したのは基地の武装とMSだけ。運が良ければ助かるだろう。
尤も彼らが生き残る事ができたとしても、もうパイロットとしてはやっていけないだろうが。
不意にフリーダムに通信が入る。

 

「こちらディーヴァ。キラ、終わった?」

 

コックピットに響くのは聞き慣れた女性の声。ミリアリア=ハウ。
初陣からここまで長い間共に戦ってきた、自分に残された数少ない友人だ。
平和に暮らせばいいものを、何故か自分に付き合ってくれている。

 

「ああ、今終わった。これより帰艦します。誘導をお願いします」
「了解。お疲れ様」

 

ミリアリアの言葉が終わると同時に、何も無い宙域に白色の巨大な宇宙空母が現れる。

 

 ディーヴァ。

 

舞姫の名を持つこの艦は、ラクス=クラインの母艦として造られた大型宇宙空母。
ザフト最大の宇宙空母であるゴンドワナに匹敵する巨大さを誇り
陽電子砲こそ装備していないものの、陽電子リフレクターやミラージュコロイドといった装備も
施されているそれは、本来ならプラント議長ラクス=クラインの旗艦となるはずの艦だった。
一度も主を乗せることのなかったこの艦は現在、キラの母艦兼移動拠点として使われている。

 

ストライクフリーダムを着艦させて一息つく。
いつものことだが少し疲れた。
肉体的な話じゃなく、精神的に。

 

こきこきと首を鳴らすキラの元に通信が入る。画面に映ったのは隻眼の男。
アンドリュー=バルトフェルド。
この艦の艦長であり、自分達の実質的な指揮者でもある。

 

『ご苦労だったな、キラ』
「バルトフェルドさん」
『いろいろ話はあるが、報告や打ち合わせは後にしよう。今は部屋でゆっくり休んでくれ』
「でも」
『いいから。大した事は起こっていないし、別行動中のドムトルーパー隊も直にこちらと合流する。
 ある程度のことはこちらでやっておくから、お前は休むんだ』
「……わかりました」

 

気持ちはありがたいが、正直気が重い。
自分は寝ることがあまり好きではない。夢見が良くないのだ。
彼女を失ってから今日まで満足に寝れたことがない。

 

整備士と幾つか話したあと彼に機体を任せ、キラはバルトフェルドの指示に従い部屋へと戻った。
扉が開かれる。
中にいたのは5歳くらいの幼い少女。ベッドの上で座ったまま、暇そうにブラブラと足を振っていた。
部屋に入ってきた自分と目が合い、こちらにトテトテと近寄ってくる。
服の裾をそっと握りながら顔を上げ、自分を見つめる。絡み合う2人の視線。
だがその口からは何も出てこない。迎えの言葉すらも。
別に自分もそんなもの、望んではいないけれど。

 

「………」
「………」

 

しばらくそのまま見つめあう。喋れない彼女と喋る気が無い自分。沈黙が続く。
自分はこの娘に特別な感情は抱いていない。愛情も、親愛すらも。
当然だ。少し前に気紛れで拾った子供に過ぎないのだから。
両親を失い孤児院では虐められて追い出されたという情報を偶然耳にし、
出会った時には道路の脇で転がっていた。
それを見ても自分の心には何も響かなかったが、
自分の傍に 『彼女』 がいればきっと助けるだろうと思って拾っただけ。
愛情など湧くわけもない。精神的なショックによる失語症だと判明しても憐れみの気持ちすら起こらない。
むしろその娘の名前とピンクの髪が 『彼女』 を思い出させるので、あまり視界にも入れたくなかった。
だが迎えてくれた小さな女の子を無視するというのもひどい話で。

 

だから彼女の頭を軽く撫で、感情を感じさせない声で呟いた。

 
 

「――――ただいま、ラクス」

 
 

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