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SEED-IF_CROSS POINT_第36話

Last-modified: 2010-11-21 (日) 10:58:24

飛び散る火花。月面でぶつかり合いすれ違うのは紅と蒼の光。
その正体はフリーダムとデスティニー。担い手の名はキラ=ヤマトとシン=アスカ。
2つの存在が命をかけてぶつかり合っている。
いつ終わるとも知れない戦いを、自分の手で終わらせるために。
そして己の道を貫き通すために。

 

嵐の様に吹き荒れるデスティニーの長剣。
その中の一太刀に狙いを定め、フリーダムは両手でアロンダイトを受け止めた。
だがそのままレールガンを叩き込もうとした瞬間、長剣を手放したデスティニーが両掌を輝かせる。
剣を放り捨てて左右に跳ぶことで放たれる光を回避。閃光が機体を僅かに掠め火花が散った。
宙を漂う長剣を再び手に取り、デスティニーが再び距離を詰める。
キラは襲い掛かる機体から目を逸らさずに口を開いた。

 

「負けない。負けられない」

 

己の口から吐き出された言葉を、もう卑下することはない。
自分に対しての失望は既に済んだ。後ろを振り返り続ける日々は終わったのだ。
だから負けるわけにはいかない。だって

 

「僕にはまだ、帰る場所がある……!!」

 

はっきりと認識したんだ。自分が今、なんでここにいるのかを。
戦っているその理由を。
そう。自分はただ、一緒にいたいだけなんだ。
あの子と。ラクスと。自分の最愛の娘と。

 

「僕にはまだ、待ってくれている人がいる……!!!」

 

小さい夢だと自分でも思うよ? 世界に宣戦布告した男の言うことかって。
だけど、今の僕にはそれが一番大事なことなんだ。

 

「だから―――」

 

死にたくないんだ。生きて帰りたいんだ。
もう一度あの子を抱き締めて、頭を撫でてやりたいんだ。
頭を下げて生き延びれるものならそうしよう。命以外なら全てを差し出しても構わない。
だけど、もうそんな段階ではないから。

 

「いくら君相手でも、負けるわけにはいかないんだぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
『こんの、馬鹿がぁぁぁぁっっ!!!』

 

この歩みを貫き通す。
それが例え、君の屍を踏み越えることになったとしても。

 
 
 
 

第36話 『今この声涸れるまで願いを込めて』

 
 
 
 

「これが、力の行き着く先か」

 

キラとシンの戦いを遥か遠くに見ながら。グフのパイロットである青年、サトーは小さく呟く。
その声に含まれるのは羨望でも恐怖でもなく、ただ悲しみだけ。
痛々しくて、見ていて辛い。それ以外には何も感じることは無かった。

 

不意に思い出すのは場違いな記憶。アカデミー時代に習った現代史。
かつてキラ=ヤマトは親友であるアスラン=ザラと殺しあう事になったと授業で習ったときのことだった。
戦争が親友2人を引き裂き、お互いの仲間を殺し合い、最後は自身が殺しあうまでに至る。
その話を聞いた同じクラスの女たちは皆言っていた。2人とも可哀想、と。
そして最後にはそれを乗り越え、再び手を取り合った2人は本当に優しい人だと。
中には感情移入し過ぎて涙を流しそうなものまでいた。

 

一緒に聞いてた自分としては、若干ご都合主義とか予定調和的なものは感じられた話ではあった。
確かにその話は悲劇であり、または美談であるだろう。しかし感動して泣くほどではあるまいに。
あの時はそう呆れながらその光景を見ていたが、
そんな思考をした自分にどこか引っかかったものを感じていた。
それがなんなのかは当時の自分では分からなかった。しかし今になってやっとわかることができた。
それを美談と評したことに、当時の自分は引っかかっていたのだ。

 

どんな悲劇も自分が絡まなければ所詮は他人事。しかも実際に見ず話に聞く程度なら、いくらでも酔える。
きっと今日の戦いだって、それらと似たような話として後世に語り継がれていくのだろう。
多くの人間の悲しみを呼び、同時に憧れを生み出す英雄譚として。
感動なんて自分の妄想で補完すれば誰にだって出来ることだ。それが真実であろうとなかろうと。

 

『今更気付くな、馬鹿がぁ!!』
『君も似たようなもんじゃないか!!』

 

確かに凄い戦いだ。
彼らの動きの一つ一つは、紅である自分の遥か上を行く高等技術の集まりだということが今ではわかる。
目の前に映るものは、かつて自分の渇望したものの完成形であることは間違いない。
だけど。

 

『馬鹿野郎があああああっっ!!』
『帰るんだあああああっっっ!!』

 

この戦いの何処に美しさがある?
この戦いの何処に憧れればいい?

 

自分には2人の姿が、泣くのを我慢して殴り合ってる子供の姿にしか見えない。

 

「くそったれが!!」

 

吐き捨てるように叫び、キーボードを叩く。自分が居る宙域は未だ戦闘中だ。
ぼんやり見ているばかりではいられない。
漆黒の愛機が光を宿し、活動を再開した。

 

ナイフ。銃。MS。FAITHなどの軍の地位。それら全てを含めて、今まで力と名の付くものに憧れてた。
仮にそれに伴う悲劇なんてものがあったとしても、力を手に入れた自分なら
簡単に乗り越えていけると思ってた。
とんだ思い違いだ。頭が冷えた今ならわかる。
―――ブレイク・ザ・ワールド。叔父さんが犯した大罪。
それを成そうとした時、叔父さんは心が苦しかっただろう。
残された自分たち身内のことを思うと悲しかっただろう。
けれどそれを飲み込んでしまうほどの怒りと憎しみをあの人は抱えていたのに。
自分はそんな上辺や断片だけを見て、叔父さんの行為を尊敬すると言っていたのだ。
それを聞いた、おそらく全てを理解しているであろう父の悲しそうな顔を気にすることなく。

 

恥ずかしかった。悔しかった。そしてそれ以上にムカついた。
叔父さんが自分たち家族に最も見て欲しくなかったであろう傷口。
それを尊敬するという言葉の下で晒し続けた過去の自分を、助走つけてぶん殴ってやりたくなった。

 

『砕けろ!!』
『断る!!』

 

そしてあの人は言っていた。英雄という名の付く者はこういうことをしないといけないと。
それは精神だろうと肉体だろうと、辛い戦いでもしないといけない、逃げられないということなのだろう。
そんなことも知らずに、自分はあの人をくだらない嫉妬で 「英雄もどき」 と呼んだ。
自分を殴る理由がもう一つ増えた。

 

「止めないと。どんな形でもいい、あいつらを止めないと」

 

呟きながらグフのバーニアを噴かす。
叔父さんの罪の償いと言う気はない。過去の自分の無様さをフォローする自己肯定でもない。
今からの行動は自分のために行うものじゃない。
今頃気が付いた馬鹿な自分の他に、この場には未だに気付かない馬鹿共がいるのだ。
なら止めないと。悔やむ暇があるなら動かないと。
そう思った。ただそれだけのこと。

 

「誰か援護頼む……ボルテール隊、サトー。ディーヴァに突貫します!!」
『馬鹿か、敵の本陣にゃまだあんなに敵がいるだろうが!! まだそのタイミングじゃない』
「見りゃわかるさ! でも、後でなんて言ってられないんだ!! 今やらなきゃいけないんだ!!
 きっと俺が、今まですげえ馬鹿だった俺が!! 同じ馬鹿なあいつらを止めなきゃいけないんだ!!」

 

自分を制止する声に叫び返す。早く止めるには有象無象に構ってる時間は無い。
その声を受けたガナーのパイロットは一瞬驚いた表情を見せていたが、そのうち小さく笑って言った。

 

『……グゥレイト、熱くなっちゃってまあ。つくづく突撃バカに縁があるのな俺は。
 OK、道は俺が作ってやるから行って来い!! ただし途中でくたばったら承知しないからな!!』

 

返事もせずに機体を飛ばす。格好をつけたはいいがディーヴァまではまだ少し距離があるか。
そう考えた瞬間アストレイ2機が左右から現れ、自分を挟み撃ちにしようと襲い掛かってきた。
こんなのに時間取ってる場合じゃない。そう舌打ちしつつテンペストを抜き放つ。
次の瞬間背後から2つの紅い閃光が自機を追い抜き、吸い込まれるように命中した。
後に残ったのはアストレイの残骸だけ。

 

『動きを止めんなバカ!! 道は作るって言っただろ!!』
「お、押忍!!」
『マジか……おいお前ら、コーディのガキがディーヴァに突っ込むってよ!
 ザフトでもオーブでも連合でも誰でもいい、手の空いてるヤツは援護してやれ!!』
『おっしゃ任された!! 若いねぇ坊や。いいぜ、雑魚は引き受けといてやらぁ!!』

 

周囲にいたウインダムやゲイツが道を作り、黒いガナーザクから放たれる援護射撃が幾つもの敵を屠る。
そんな名も知らぬ仲間たちの意思を受け継ぎ、かつて馬鹿だった少年は
ディーヴァに向かって突っ込んでいった。
集中しろ。こんな所で落とされてはいけない。ここまでされといて下手打つわけにはいかない。
自分が今日まで鍛えてきたのは、きっとこの時の為だったんだから。

 

ディーヴァから放たれたミサイルの群れ。右手のトラウブニルで弾幕に穴を開けて飛び込む。
正面に立ち塞がる白いストライク。すれ違いざま一瞬で切り捨てる。
進行方向を覆いつくす機銃の掃射。盾を前面に構えて押し通る。
紅い閃光。ギリギリで避け―――面倒くさい、テンペストで叩き落す。

 

それで終わりだった。立ち塞がるものはもう何も無い。
サトーはディーヴァのブリッジに取り付き、中へとトラウブニルを向ける。
この位置ならばもし撃たれてもブリッジを巻き込む形になる。そうは撃てない筈だ。
そう判断する思考も惜しい。サトーは回線を繋ぎ、声の限りに叫んだ。

 
 

「戦闘を停止させろ!! お前ら十分怒っただろ。十分撃ったろ! ……もう十分殺しただろう!!」

 

届け。
この声、マジで届け。

 
 
 
 

守備隊を振り切り目の前に現れたMSの巨体。バルトフェルドは艦長席から動くことなくその姿をみつめる。
通信から聞こえる叫びは若さの奔流。思わず自分が出会ってきた少年たちを思い出してしまった。
意思を乗せたこの声、敵ながら嫌いではない。

 

『何を馬鹿なことを! ラクス様が殺された時の怒り、悲しみ、絶望。こんなものでは……!!』
『ふざけんな!! 1人の女に、死んでまで縋りつくのかあんたたちは!!』

 

もう十分殺しただろう。
その言葉が気に喰わなかったのか、ディーヴァの隣に展開していたナスカ艦のクルーが
グフのパイロットへ怒鳴る。
それに怒鳴り返したのは目の前の少年ではなくミネルバからだった。
褐色の肌をしたポニーテールの少女が男の言葉を切り捨てる。それはラクスへの依存だと。

 

『なんだと!? 子供が、わかったような事を……!』
『誰だってさ』

 

自軍の行動を侮辱するその発言。
ナスカの男性が再び声を荒げようとした瞬間、グフの少年は再び話し出す。
今度は感情を抑えるように、ゆっくりと。

 

『誰だって生まれたとき、周りは笑ってそいつだけ泣くもんだろ。
 だったら、死ぬやつが笑って周りの皆が泣いてくれりゃ、
 そいつにとっての人生はきっとそれで良いんだよ。
 お前らの大好きなラクス様はどうだった? 苦しんで死んだか?
 キラ=ヤマトに世界を託して、安心して笑ってたんじゃないのか?
 今のお前らのその姿が、本当にラクス=クラインが見たかったものなのかよ!!』
『それは……』

 

糾弾の声に少年と言い争っていた者が口ごもる。今の銃を手にした己の姿が、彼女の望んだものなのか。
それは自分たち反乱軍の多くが最も目を背けている部分だ。
答えられぬのも無理は無い。

 

『我々は、我々たるべく生きるために行動してきた。我々ではない何かに縋るのはもう、やめませんか』

 

空いた間に続きの言葉が飛び込んでくる。発信先はボルテール。
サングラスを付けた男性も会話に参加した。
彼は諜報部のデータで見たことがある。確か艦長だったか。

 

『彼女の差し伸べた手に引かれて、幼子のようにその後をついていくためではない。
 その横に並び立ち、共に歩んで行く為だった筈だ。
 彼女の死を悲しむのもいいでしょう。怒りもまた否定はしない。
 しかしいくら彼女のためだとは言え、人々の歩みを止める事は許されることではない』

 

人の歩みを止めるな。数年前には自分たちが敵対者に言っていた言葉だ。
まさか自分たちが言われる時が来るとは、あの頃の自分たちは想像すらしなかっただろう。
そう、自分たちは変わってしまったのだ。
平和を求め、戦いを始めたばかりの頃の己に顔向けできないほどに。
自分たちの力は世界を変えることが出来る。そう思ってしまった。
だから再び銃を取った。平和の歌姫の名の許に。自由の聖剣を手にとって。
自分たちに世界を変える資格があるとは限らないのに。

 

『だが世界は、ラクス様を失ったのだ。他に何を指標にして歩んでいけば良いというのか!
 この十年の間に数々の悲劇を起こし続けてきた我々人類が!
 彼女の想いすら世界には届かなかった。目指した道は途中で途絶えた。
 彼女の何処に殺される理由があった? 間違っているのは彼女ではなく、世界の方ではないのか』
『何が正しくて何が間違ってるとか、そんなの簡単に言えるものじゃないですよ。
 そう、正しい道なんてそうありはしないと思うんです。
 だから私たちは、今歩いている道を正しくしていかなければならないって。
 ラクス様だって強く想い続けてきた。誰よりも前で歩き続けて、信じ続けてきた。
 私たちがするべきなのはあの人の目指したものに固執することじゃない。
 あの人が信じ続けてきた 「人は分かり合える」 って想いを引き継ぐ事こそが、
 私たちがすべきことなんじゃないんですか?』

 

オペレーターの少女の声の後には、続く言葉も割り込む言葉も無かった。
会話が止まる。声を荒げていた者たちも黙ったまま。それが意味することは何なのか。
彼らの言葉に胸を打たれたというのか。
強者の言葉を聞くことで死までの時間を延ばす生存本能か。
己の歩みを止められ、今までの道を振り返っているからか。

 

いや、どれも多分違う。

 

きっと皆、本当は言われずとも気付いていた。
怒りだとか慢心だとか、そういったもので目が曇っていただけなのだ。
しかしその曇りは晴れた。晴れない訳が無かった。

 

『うわああああああっっっ!!!』
『だあああああああっっっ!!!』

 

CEの聖剣。自由の翼。歌姫の伴侶。青年に架せられた様々な二つ名。
キラ=ヤマトはこれまでの戦いにおいて、英雄と呼ぶに相応しい成果をあげてきた。
だから知らずのうちに皆、彼が本当の英雄だと信じ込むようになってしまった。
自分たちの荷を背負ってくれる存在だと。
彼の妻であった、歌姫ラクスのように。

 

けれど自分たちの戦う理由を押し付けてきた青年の、あんな泣きそうな声を聞いてしまっては。
果て無き翼の重みで潰されそうな彼の姿を見てしまっては。
これ以上、誰が夢へと浸れるというのか。

 
 

「なるほど、想いですか……。綺麗な言葉ではありますが、それだけでは世界は変えられません」

『……何が言いたい、マルキオ導師。
 あんたが偉そうに語れる事なんて、この世にあるとは思えないけどな』

 

いや、夢想に浸れる人間ならまだいた。
マルキオ導師。ジョージ=グレンやSEEDといった概念に溺れた夢想家が。

 

「人間は安定と不安定の狭間でしか生き甲斐を見出せない、愚かな生き物です。
 そんな存在が果たして想いなどで未来を指し示すことができると、
 貴方たちは本当に思っているのですか?」
『なんだと……!?』

 

画面に映るポニーテールの少女が表情を歪ませる。
しかし男はそれを気にした様子もなく言葉を続けた。

 

「力無き者が説く優しさほど残酷なものはなく、力無き者が使う力は最終的には暴力となる。
 そんな存在が未来など照らせはしない。照らせたところで明るいものである訳が無い。
 彼らは足の引っ張り合いに終始する生き方しか知らないからだ」

 

時代を作るのはいつだって強者であり、弱者が勝者たり得たことは一度もない。
満ちている者は余裕に溢れ、足りぬ者は妬む。
それは確かに真理だ。言っていることは間違いではない。しかし

 

「ならばどうするのか。簡単だ、選ばれし者が世界を照らせば良い……それは誰か?
 イザーク=ジュールでは足りない。連合やブルーコスモスでも足りない。
 ロゴスでも、オーブでも、それこそギルバート=デュランダルでも足りなかった!!
 当たり前だ。彼と同じSEEDを持つ者でなければ世界の導き手にはなれないのだから」

 

いつかも思ったが。SEEDを持つ者が神で、さしずめ自分は神官だとでも言うのだろうか。
この男こそ、1番ラクスを否定しているのではないのだろうか。

 

「この世界にはシン=アスカやアスラン=ザラといった選ばれし者たちがいる。
 その力は今皆の前で証明されている最中だ。異論を唱える者などいまい。
 そして彼らをも凌ぐSEED因子を持ち、世界を統べるに値する者もこの場にいる。
 それが誰なのかは私が言わずとも判るだろう。そう、キラ=ヤマトこそが―――」

 
 

『『『 謳ってんじゃねえよ!!! 』』』

 
 

ミネルバ。ボルテール。そして目の前のグフ。
己の言葉に酔った男の言葉を切り捨てて、子供たちの叫び声が重なる。

 

『SEEDだかなんだか知らないけど、そんなもんがどうした。
 シンもアスランも、ただの人間だ……人間なんだ!!
 楽しかったら笑って、悲しけりゃ泣いて、キツいことがあったら苦しんで……何も皆と変わらない。
 何が世界の導き手だ―――お前なんかが私の大切な人たちのことを勝手に言うな!!』
『高みから人を見下ろして悦に浸りたければ、どうぞ好きにすりゃ良いさ。
 けどなぁ、そんなあんたの周りにゃ誰もいないってことにいい加減気付け!!』
『力がある者と無い者、その存在にどれだけの違いがあると言うんです!
 貴方が力の無い誰かを否定するということは、それは自分自身をも否定しているということに
 何故気付かないんですか!?』

 

3人の怒声の後に言葉を発する者はいなかった。沈黙がブリッジ内を支配する。
盲目の男はしばらく黙っていたが、やがて拍子抜けしたような表情で呟いた。
高まった気分を台無しにされたのが気に入らなかったのか、ひどくぶっきらぼうな言葉遣いで。

 

「愚かな……」

 

まったくだ。そしていいかげんに飽きてきた。
こんな茶番劇、愚かにも程がある。
バルトフェルドは通信席まで跳ぶとマイクを手に取り、戦場の全ての人間に話しかけた。

 

「こちらはクライン派旗艦のディーヴァ艦長、アンドリュー=バルトフェルドだ。
 連合、ザフト、オーブ、そしてクライン。この宙域にいる全ての兵に告げる。
 ……戦闘行為を一旦停止せよ」

 
 

一瞬、全てが止まったような気がした。
無理も無い。自分が今言った言葉は事実上の戦闘放棄である。
しかし、もう限界だったのだ。

 

未来に溢れた子供たちと相対し、部下が死んだのに悲しむ事さえしない自分。
夢想家の自慰じみた脚本に流され、さんざん見せられ続けた人の業。
その想いとは裏腹に、運命によって無様に踊らされていた自分たち。その全てが。
そして何より、今この男と同じ艦に乗っている無様な現状が。

 

「デスティニーとフリーダム……あの戦いを見届けよう。
 キラが勝てばディーヴァに構わず、従来の作戦通りレクイエムの破壊にかかれ。
 もしキラが敗れた場合は……」

 

もしキラがシン=アスカに敗れた場合、捕らえられるであろう自分の処刑場行きは間違いない。
勝ったとしても目の前の機体がディーヴァを放置するとは思えないが、
まあこの少年に殺されるならそれもまた有りだろう。
そう、己の命など惜しくはなかった。元々この命はキラの為に使うと決めているし、今までそうしてきた。
元々自分の為に始めた戦いではない。キラの心が壊れるのを防ぐためにはそれしかなかっただけだ。
自分ではあの青年を救うことができなかったから、救ってくれるものが現れるまでの時間稼ぎとして。
しかし救いの主が現れた今となっては自分が彼にしてやれるのは露払いと盾くらいでしかなく、
そしてその役が自分でなければならない必要性はどこにも無い。
若干情けない幕切れだが、グフに取り付かれた時点で自分の戦いは終わってしまったのだ。

 

「その時は全ての責任は僕が取る。
 戦いを続けてもいい。撤退して残った者を集め、再起を図ってもいい。降伏しても構わない。
 ……各員、好きなように生きてくれ。己が決めた道を」

 

そこまで言ってマイクのスイッチを切った。
驚いた表情の通信士の肩を叩くと、彼は目線を落として僅かに頷く。
それを見たバルトフェルドは再び画面に視線を戻した。
映っているのは自分を射抜く3つの眼差し。

 

「どの子も真っ直ぐな目をしているな、本当に……」

 

グフのパイロット。ミネルバとボルテールのオペレーター。
彼らからは隣にいる男の言葉よりよほど、未来というやつが見えた。
それは自分にとっての敗北宣言と言っても良いのかもしれない。
己は、誰にしろ避けられぬものがあるという事を悟るほどには歳を重ねている。

 

「負けだな、僕の」

 

一度生き返ってからというもの、自分は成長を見せる子供たちに弱くなった。
父性本能とでも言うのだろうか。アイシャを失ってからは家庭を持つ気など無くなってしまったけれど。
ラクスにキラ。自分を追い越していく若者の背中を見るのが嬉しくなったものだ。
しかしそれでも、今だけは絶対に微笑みたくなどなかった。
今笑えばきっと自分は穏やかな表情を浮かべてしまうだろうとすら思った。
そのこと自体に悪い気はしなかったが、あの親子の事を思えばそんな気分にはなれなかった。

 

「貴方は何を馬鹿なことを口走っているのです。
 キラ=ヤマトは健在であり、シン=アスカが彼を上回ることは無い。まだ戦いは終わったわけではない。
 貴方が此処に留まり続けるというのなら、私だけでも他の艦へ」
「生憎だが戦場に観覧席は無い。あんたには僕と運命を共にして貰う。
 何、死んだ後のことは心配するな。オーブで君を待っている筈の恋人は、
 随分前から若い男性と逢瀬を重ねている。
 君が2度と帰らなくなっても悲しむことはないだろう」
「何を馬鹿なことを……それに今はそんなことはどうでも良い。私は彼が作り出す未来を見届ける義務が」
「その未来ってやつは、もっと可能性に溢れた若い連中が手にするもんだ。
 資格だとか義務だとか……そんなものは最初から無いのさ。自分の意思で戦争を再開させた僕たちにはね」

 

余韻を潰すかのようなマルキオの言葉。それをばっさりと切り捨てる。
以前は嫌悪感しか湧かなかったこの男の声だが、少年たちの声を聞いた今となっては
おもちゃを取り上げられた子供の声にしか聞こえない。今まで彼に固執していたのが馬鹿らしくなるほどに。
自分も背負わなくて良いものを背負い込んでいたのだろうか。あまり他人の事は言えないかもしれない。

 

しかし、ケジメだけは付けないといけないだろう。

 

「それと、これは忘れ物だ」

 

そう言うや否や、握り締めた拳で思い切り殴りつける。吹き飛び壁に叩きつけられた盲目の男。
何をされたか理解できていない、そんな表情で顔を押さえる手の間からは血が見えた。
バルトフェルドは意外そうな目で零れ落ちるその赤い雫を眺める。なんだ、やっぱり流れていたのか。

 

「目の見えない人間を殴りつける。あの子はそんな事が出来る人間じゃないからね。
 ……今の一発はキラの分だ。
 ったく、大人らしいことがこんなことしか出来ないなんて、砂漠の虎も堕ちたもんだ」

 

自分の言葉を聞いている様子は無いが、マルキオは脱出を諦めたのか動こうとしない。
それならいい。逃げないのならこんな男に割く思考は無い。
クルーの1人に視線を向けると、彼は頷きを返した後入り口にロックをかけた。
バルトフェルドは艦長席に戻りブリッジクルーにも同様の命令を出した後、
画面に映し出された全体図をみつめる。
いくつか敵と戦闘を続けていた部隊もあったが、周囲が戦闘を停止しているのに気付くと
お互い距離を取るようになった。
自分の言葉を聞く気になったのか、それともただ身体を休めようとしているだけなのか。
流石に個人の意思までは読めないが、2人の戦いの決着に意識が向かっているのは間違いない。
無理強いをさせるつもりは無かったが、ブリッジクルーも脱出しようとする者はいないようだ。

 

『それでも、守りたいものがあるんだ!!』
『アンタって人はぁぁぁ!!!』

 

だとすると、もう自分は何も背負わなくてもいいだろう。
いずれ訪れる死を受け入れることを代償に、バルトフェルドは画面の映像以外の全てを意識から外す。
今はただ、ひたすら彼のことを想いたかった。彼ら2人のことを想いたかった。
少しだけ、自分の子供の様に思っていた彼らの為に。

 

「がんばれ、キラ」

 

声にならない言葉を吐き出す。涙が零れても瞼を閉じることは無い。
彼の戦いを見届けるために。目を見開き前を見続ける。

 
 

「そして生きてくれ。頼むから……」

 

自分の息子の戦いを、最後に焼き付けるために。

 
 
 

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