Top > SEED-IF_CROSS POINT_第8話
HTML convert time to 0.016 sec.


SEED-IF_CROSS POINT_第8話

Last-modified: 2010-01-29 (金) 02:35:34

その日、ルナマリア=ホークは覚悟を決めていた。

 
 

自分の義弟でもあるアスラン=ザラの敗北。
それはこの世界にキラと戦える存在が、もうシンだけだという事を意味していた。
彼は否定しているが、いずれシンは戦場に戻ることになるだろう。それは仕方のないことかもしれない。
だがあの男の事だ。巻き込みたくないとか言って、自分を置いていく可能性が高かった。

 

冗談じゃない。

 

まともな男と巡り合わなかった人生の中で、やっと掴んだ我が純愛。
一度は手を離してしまったけれど、今彼と自分はまたそばにいるのだ。
それを世界の危機ぐらいで失くしてたまるものか。それに自分にはしなければならない事もある。

 

いつかシンの心を自分に向けて、思い出の中の彼女と決着を着けなければならない。
ステラ=ルーシェ。連合のエクステンデッド。
あのシンが命を賭けて救おうとした少女に、自分は勝つと決めたのだから。
だが相手は強敵だ。
向こうは楽しかった思い出プラス守ろうとした存在。時間経過による美化というおまけつき。
一方自分はその頃アスランにコナかけてたという負い目があったうえ、
2人の最終決戦において助けに来てくれたシンではなくアスランを庇うというポカまでやってしまっていた。
あの時はシンを止めたい一心だったが、あれはないと今では思う。
しかも心の拠り所である交際についても、きっかけが傷の舐め合いと言われても
仕方がないものだったせいか、シンは自分との交際については後ろ向きなことが多かった。

 

考えれば考えるほど開いていく相手との戦力差(大半は自業自得だが)。
流石はラスボス、生半可な相手ではない。
これに比べればコニールなんか中ボスがいいとこだ。

 

話がずれた。

 

とにかく今の自分達は、戦いになんて巻き込まれている場合ではない。
それにどうせキラを止められるわけがないのだから、放っておけばいいのだ。
テロやってるやつらがキラに脅えてしまえば、少しは世界も静かになるだろう、
というのが今の自分の考えだった。
でもなんとなく、シンはキラを止めに行きそうな気がする。
そして腹を決めた彼を繋いでおくのはまず不可能だということを、誰よりも自分が知っていた。

 

残された手段は一つ。実力行使のみ。
心も身体も自分に溺れさせてやるしかない。

 

ピンクのパジャマはお気に入り。第2ボタンを外して少し胸元を開く。
化粧は薄く、目立たない程度に。香水も軽く身体に馴染ませた。
ちなみに下着は一番高くて良いものである。
少し露骨かなとも思ったが、今の堅物なシン相手ならコレぐらいで丁度いいだろう。
鏡の前でチェックを済ませる。自分で言うのも何だが、完璧だ。

 

「ん。おっけ」

 

準備は万端。勝算は十分。後は突き進むのみ。
自分の枕を胸に抱いて、ドアを開けた。目指すは隣のシンの部屋。
脳裏によぎるのはシンの体温。意外に厚い胸板。自分を見つめる、紅い瞳。
思い出してぞくりときた。
そういえばシンと別れてからご無沙汰だったから、自分はこういうのはひさしぶりだ。
今夜は眠れないかなあという思考をはしたなく思いつつ外に出ると、
見過ごせない光景が目に飛び込んできた。

 

シンの部屋のドアの前で立ち尽くしている1人の少女。
服装は少し大きめの白いワイシャツのみ。湯上りなのか、ほんのり湿っている髪を下ろしている。
手に持っているのは、ワインボトルにグラスが2つ。
緊張をほぐす為に深呼吸。覚悟を決めてドアを叩こうと―――

 

「何してんのよ、コニール」
「うわあっっ!!!」

 

驚いて後ずさるコニール。今の反応で推測が確信に変わった。

 

―――こいつめ、同じ事を考えてたな?

 

冗談じゃない。
彼女のことは嫌いじゃないが、シンとずっと一緒にいたのは私だ。
それを横から掻っ攫われてたまるものか。
ちなみに2人で共有、なんてのも論外だ。どこぞのギャルゲじゃあるまいし。

 

「抜け駆けしようだなんて、ちょっとズルいんじゃない?コニール」
「……それ、お前が言うことか? しかもなんだよその格好。枕まで持ってさ。
 アピールが強すぎだっつーの。発情期じゃないんだから」

 

カチンときた。中ボス風情が生意気な。
大体発情期は自分じゃないか。ワイシャツと下着しか着けてないくせに。
てかそのシャツはシンのじゃないか。この女いつの間にそれを手に入れやがった。

 

………やはりコイツとは一度はっきり白黒つけなくてはいけないようだ。

 

「あら、恋人同士が夜を共にするのは当たり前だと思うけど。
 あんたはとっととガルナハンにでも帰って地元の脳筋どもとよろしくやってなさい」
「『元』恋人だろ!! ルナこそプラントに帰って議員のどら息子どもに口説かれてりゃいいじゃないか!」
「いらないわよ、あんな男たち!! だいたい私はシンと正式に別れた覚えは無いし」
「―――ここに来るまでほっとかれてたくせに」
「なっ!? ……こんのぉ、そんな貧相な身体で私と張り合おうなんていい度胸してるじゃない!」
「大きくして貰うから別に構いやしないね! 豚マリアに心配してもらわなくても結構だよ!」
「なんですってぇ!?」
「やるかぁ!?」

 

息を荒くしながら睨み合う2人。思わずぶっ飛ばしそうになるが思い留まった。
自分は元軍人のコーディネーター。コニールはガルナハンで鍛えられたとはいえ、ナチュラルの素人。
勝敗はあきらかだ。
そして敗れたコニールに駆け寄るシンの姿も想像できた。
そうなったら最悪だ。自分は悪者、対してコニールは二人っきりの治療タイムへ突入。
シンが何かするとは思わないが、万が一間違いが起こった場合、彼の性格上責任は取ろうとするだろう。
それだけは避けたかった。

 

「……こうなったらシンに決めて貰いましょう。
 どっちが魅力的か、どっちと朝までドッグファイトしたいか」
「上等だ。負けた方は手を引くんだからな」

 

結論を出してからドアに向き直る。
そう言えば、あれだけ騒いでいたのに部屋からは何の反応も無い。
ノブを捻る。何の抵抗も無くドアは開いた。
2人して中を覗く。
部屋の電気は点いたまま。机の上には開いたままの医学書。コップに残っている冷めたコーヒー。
だが、部屋の主の姿は何処にも見えず―――

 

「………」
「………」

 
 

「「シンは?」」

 
 

聞こえてくるのは、低く響く冷蔵庫の音だけだった。

 
 

第8話 『君と僕は、少し似ている』

 
 

ベルリンの中心部にある公園。
かつての悲劇を表す慰霊碑が置かれているその公園に、1人の男が立っている。
変装のつもりなのか、夜にも関わらずサングラスをかけているその青年。
近づいて行くシンからは距離はあるが間違いない。
かつての宿敵。一時期は共闘。
アスランとは別の意味で因縁深い相手がそこにいた。
ここに来るまでの疑問が再び浮かび、シンは足を止める。
何故今になって。自分の組織にでも誘うつもりだろうか。
クライン派の情報網なら、自分が戦いに興味がないことなどとっくに知っているだろうに。
いや、まさかこのベルリン全てを人質に取るつもりなのでは。
そうこう考えているうちに青年がこちらを向く。お互いの視線が合った。
仕方が無いので考えるのをやめて、彼の目の前に立つ。

 

「やあシン。元気してる?」

 

気さくな挨拶に思わず力が抜けた。

 

「………やあ、って言われてもなぁ…。何しに来たんだ、アンタは」
「何しに来たんだはないんじゃない? わざわざ君に会いに来たってのにさ」

 

見りゃわかるわ。俺が言いたいのはそんな事じゃない。

 

「アンタ自分が今どんな立場かわかってんのか? それに何をしたのかも」
「天然とか鈍感って言われたことはあるけどね。ボケた覚えはないよ?
 まあ、今回君にちょっと頼みごとがあってきたんだけど」
「頼みごと?」
「まあ今はそんなことよりも」

 

あきれ半分で言葉を返すシンを遮り、キラはバッグから何かをを取り出し―――

 

「飲まない?」
「………いや、キラ。アンタがそんなやつだったのは知ってたけどさ」

 

酒とコップを見せながら微笑む青年に、シンは返す言葉を持たなかった。

 
 

慰霊碑の前で酒を酌み交わす、かつての悪の手先と堕ちた英雄。
だがその話の内容は、その辺りにいくらでもいる青年たちとそう大差はなかった。

 

「へえ、じゃ今二股かけてるの? ルナマリアさんとそのコニールって娘で?」」
「今まで何聞いてたんだアンタは。違うっての。それに今の俺にそんな資格はないしな。
 ―――――誰かと幸せになるなんて」
「またまた嘘ばっかり。ダメだよ二股なんて。ルナマリアさんなんかずっと君に一途だってのにさ。
 君が居なくなった後、彼女の周りって凄かったんだから。
 あの脚線美に誘蛾灯のように群がった男たちを、ちぎっては投げちぎっては投げ」
「何してんだアイツは」
「それだけ君の事を想ってたんじゃないか。なのに君ときたら他の子とよろしくやってるなんてさ。
 良くないよそういうの。なんだってそんな君らしくない事を……ハッ!? そうか!!
 ルナマリアさんは年上で、そのコニールって子は年下……
 つまり君は姉と妹という両方のシチュエーションが欲しかったんだね!?」
「歯ぁ食いしばれコノヤロー」

 

なんかこのバカをぶん殴るものはないか。できれば鈍器。

 

「なるほど、やっぱりシンという名前はシスコンの略だったのかってゴメンゴメン
 今のは失言だったから瓶はやめて瓶は。
 いや~、でもやっぱり男性は誠実じゃないとダメだよハハハ」
「酔うのが早いっての。ったく、弱いくせに飲みたがるんだから。
 そんな事言ったらアンタだってよりどりみどりだったんじゃないのか? 英雄って呼ばれてたんだから」
「いや実際そうだったんだけどね。でもハートはかなり前から嫁さんに盗られちゃってるから」

 

気持ち良さそうに笑うキラの言葉の中に、引っかかる言葉が混ざる。
嫁さん。ラクス=クライン。
キラの最愛の人で、かつて世界を支配していた女性。

 

今はもう、いない。

 
 

「なあ、キラ」
「ん~? お酒ならまだあるから心配しなくてもいいよ」
「いや、そういうんじゃなくて」
「え~、もう飲まないの?」
「聞けや」

 

高かったんだよコレという声を無視して言葉を続けた。

 

「アンタの口から聞きたい。何であんな事してるんだ?」
「あんな事って?」
「とぼけるなよ。そんなの一つしかないだろ。
 争いを続けるやつらを片っ端から潰して、恐怖で抑えたところで何も変わりゃしない。
 アンタが居なくなったらまた再開するだけさ。
 昔の仲間を薙ぎ払ってまで続けることじゃないと思うけど」
「………」

 

酔いが醒めたのか、キラの表情が少しずつ変わっていく。
もしかしたら最初からあまり酔っていなかったのかもしれない。
コップに残った酒を一気に飲み干し、言った。

 

「……聞かれるとは思ったけど、もう少し後にして欲しかったな。
 その話をしたら、もう笑い話はできそうもないから」

 

悲しそうに呟き遠くを眺めるキラ。その表情を見て少しだけ申し訳なく思った。
空気読めないなぁ俺は。どっかに空気リード機能とか売ってないんだろうか。絶対買うのに。
まあ目の前にいるフリーダム王子のド天然には敵わないだろうが。

 

「戦争が終わってさ。僕達はその後、平和が訪れると思ってた。
 ラクスは正式に議長になって、カガリはオーブの代表に戻れた。
 アスランとカガリは地球で、僕たちはプラントで頑張ればいつかはって。
 君も手を貸してくれたし、不安要素なんて見つからなかったんだ。
 何かあっても皆が揃えばできないことはないって思ってた」

 

俺もそう思ってた。
好き嫌いはともかく、自分たちの周りには力があるヤツばかり集まってたから。
けど世の中、力や想いだけでそんなに上手くいく訳もなく。

 

「でも、争いは終わらなかった。
 コーディネーターは力の劣るナチュラルを見下すことを止めないし、
 ナチュラルはコーディネーターを間違った存在として根本から否定する。
 理解しようとする人も当然いるんだと思う。
 でも、一部の過激な人たちの暴走でその想いは吹き飛ばされてしまうんだ。
 そして、溝だけが深くなっていく。

 

 ラクスが……彼女が殺された件もそうなんだ。
 犯行はブルーコスモスの生き残りだけじゃなかった。コーディネーターにも協力者がいたんだ。
 それを知ったとき僕は思った。

 

 このまま世界が進んだところで、きっと永遠に人々は解り合えない。言葉だけじゃ、届かない。
 でも共に戦うことでなら理解できることもある。
 ロゴスを倒すために、一部の連合とザフトが手を結んだようにね。
 だけどそのためには共通の敵がいるんだ。それも強大な。
 コーディネーターとナチュラルが力を合わせてやっと倒せるような。
 でも今じゃそんな存在はもうどこにもない。

 

 ―――――僕を除いては」

 

顔の前で拳を握るキラ。他の奴が言った言葉なら笑うところだが、キラは別格だ。
現に今、世界はコイツ1人に振り回されている。

 

「だから、コーディネーターとナチュラルが力を合わせて僕を倒してくれれば、それでいい。
 それにもし世界が僕の考えに従うなら、このまま戦争を裁く執行者として君臨し続けるだけの話だしね」

 

成程な。クライン派の連中の納得しそうな――喜びそうな――理由だ。
他の連中も、例えば 『英雄』 キラ=ヤマトを崇める者や、
キラ本来の優しい性格を知っている者なら納得することだろう。
英雄は戦い続けることに疲れ、自分を生贄に平和を呼ぶ。民衆に受けそうな悲劇の出来上がりだ。
だが。

 

「なあ、キラ」
「ん?」
「嘘だろそれ。俺はそんな建前聞きたいんじゃない」
「………なんで、そう思うの?」
「アンタらしくないからさ」

 

コップの中の酒を意味も無く廻す。
確かにいい酒なのだろう。味の違いなど判りはしないが。

 

「アンタもクライン議長も、世界とか自由とか平和とか耳障りのいい言葉を使う割りに、
 最終的には必ず自分の都合を優先させてきた。
 いや、少し違うか。
 自分たちの目的は正しい事。だから自分たちがその為に行った負の部分なんて知らない。
 気付きもしない。そんな感じか」
「………手厳しいね。何が言いたいの?」
「悪いな。でも事実だろ。
 アスハの結婚式への乱入やいろんな戦闘への介入。
 核MSとかの戦力も隠し持ってたし、いきなり空港襲ったこともあっただろ。
 でも一度も裁きや糾弾を受けずに、英雄だ平和の歌姫だと崇められる。
 自分たちのする事はは常に正しいって思うのも無理はないさ。

 

 ――――――そんな人間がさ。最愛の人を理不尽に殺した世界を、
 自分を悪にしてまで救おうとするかな?」
「………」

 

少なくとも自分は無理だった。悲しみ、怒り、そして驕った。

 

「……俺は許せなかった。救うことなんか考えもしなかった。
 正義は自分たちにある。議長の言うとおりにすれば平和になるのに、何故邪魔をする。
 ステラみたいな子供を作った連合は悪だ。救いなど無い。許してはいけない、ってな。
 んで、立ちはだかるもの全て落としまくってたんだけど」

 

そう言いながら彼の方を向いた。キラは視線を外し、会話を打ち切る様に呟く。

 

「つまり君は 『裏の裏は表』 だと、そう言いたいの?
 世間で言われてるみたいにただの八つ当たりだって」
「どうなんだろう。やっぱり、そういうことになるのかな」
「………まあ、僕はさっきの問いには答えたからね。それをどう思おうと君の勝手だよ」
「そっか。まあ、そうだな」

 
 

話が終わってしまった。お互いなんとなく黙ってしまう。
することがなくて、手の中の酒を呷る。あっという間に空になった。
キラが視線を向けずに瓶を差し出してくる。僅かに頷いてそれを受けた。
器を満たす琥珀色の液体を見ながら思う。
もしかしたら、こいつもこの時間をまだ終えたくないのかもしれない。

 

そういえばさっき、こいつ何か言ってたな。
なんだっけ。確か頼みごとがあるとか言ってた。

 

「なあ。結局さっき言ってた頼みごとって何だったんだ?」
「ん? ああ、大したことじゃないよ。君に戦場に戻ってもらえないかなって思っただけなんだけど」
「……何、だと?」

 

頼みごと。戦場に戻って欲しい。その言葉が意味することは一つ。
自分に、シン=アスカに戦いを挑んでいる。

 

「アンタ、本当に死にたいのか?」

 

思わず声に出てしまった。そんなシンをキラはきょとんとした目でみつめてくる。
そしてプッと吹き出した。
何か変なことを言っただろうか、俺。

 

「――――すごい自信だよね、君」
「何がさ?」
「気付いてないの? 今の発言、俺と戦いたいなんて、死にたいのか? って感じじゃないか。
 まあ確かにさっき僕は、皆で協力して僕を倒せみたいな事言ったけどさ」
「え!? あ、いや、そういう意味じゃないんだけど……」
「ハハハ、わかってるよ。ちょっとからかっただけ」

 

ニヤニヤとからかうようにこちらを見るキラ。
楽しそうなのは結構だが、笑われるこちらとしてはその態度はいただけない。

 

「アンタなぁ……まあいいや。でもなんで俺と戦うって発想が出てくるんだ?
 大体俺は実戦から離れてるんだぞ。アンタと戦えるなんて過剰評価以外の何者でもないだろ」
「多分そう思ってるのは世界で君だけだよ。
 アスランを倒してから、ザフトや連合の軍の内部情報を集めてみたんだけどね。
 君は最後の希望らしいよ?
 英雄の復活か、毒をもって毒を制すかの違いはあったけどね。
 だからその君が戦場に戻れば、それが最後の戦いになる。僕の願いもどちらかが叶う」
「なんだ。八百長でもやれってことか?」
「ガチだよ。本気で殺しに来て良い」

 

お互い視線を合わせる。キラの瞳からは真意を読み取れない。
しばらくそのままの2人だったが、シンは肩をすくめて視線を逸らした。

 

「……やめとくよ。自分の事で精一杯だし」
「そう? まあ今は無理強いはしないよ。君の本質は戦士だから、いつか戦場に戻るだろうしね」
「勝手なこと言うなよ。誰の本質が戦士だって?」
「ああごめん、ジゴロとシスコンが根底なんだよね」
「よし、お望み通り決着つけてやるよ。今ここで」
「ハハハ、怒んないでよ」

 

怒るシンをのらりくらりとかわし、笑いながら酒を飲むキラ。
だが彼が呟いた最後の言葉だけは、シンに聞こえることはなかった。

 
 

「死にたいのか、か。いつもは空気読めないくせに、こういう時に限って君は核心を突くんだね……」

 
 

「せっかくだから、今度は僕が質問するね」
「何だよ? 言ってみな」
「うん。……君はさ。僕が、憎くないの? 僕は、君の大切なものをたくさん奪ったって言うのに」

 

正直、聞かれたくないことを聞かれてしまった。考えないようにしてたのに。その想いに蓋をしていたのに。
だが聞かれた以上答えないわけにはいかないだろう。

 

「……憎いさ。憎くないといったら嘘になるよ。だけど、被害者ぶって誰かを憎む資格は俺にはない。
 俺の憎しみに誰かを巻き込んで、また悲しみを増やすようなこともしたくない。
 どんなに誰かを憎もうと、それだけは絶対に許されない」

 

嘘は言わない。奇麗事でもない。そんな事を口にする資格は自分にはない。

 

「そっか。そうだよね。普通は、それが当たり前なんだよね。
 でも僕は……僕は、無理だよ。頭の中から消えない。衝撃が強すぎて忘れることができないんだ。
 ……スーパーコーディネーターになんかなるもんじゃないね。
 どんなに楽しかった彼女との思い出を思い出そうとしても。
 いっそのこと彼女との思い出を消してしまおうとしても。
 真っ先にあの時の光景が頭に浮かび上がってしまうんだ。
 血塗れで僕に 『世界を頼む』 って懇願するラクスの姿を」
「アンタ、あの人にそんな事言われちまったのか」

 

此方を見ずに話すキラ。言ったそばから思い出しているのか、手の色が変わるほど拳を握っている。
多分キラは今、少しだけ本音を漏らしたのだろう。そうシンは思った。

 

スーパーコーディネーター。どの分野でも努力さえすれば、必ず一番になれる存在。
それは記憶力についても同じ事が言える。
忘れられない。どこにでもあるシンプルな言葉だが、キラにとってそれはそのままの意味で。
大切な人との無残な別れの光景。その映像は月日は流れても消えずに、彼の中で流れているのだろう。

 

だけど、そんな今のキラを見て思った事が一つだけあるのだが。

 

「なあキラ。それってさ」
「ん、何?」
「………いや、なんでもない」
「……そう。お酒もなくなったし、僕はこれで失礼しようかな」

 

結局言えやしなかった。
少し気になったのかシンの言葉を待っていたキラだったが、そのうち諦めて立ち上がった。
シンに背中を向けて歩き出す。
多分、コイツとこんな時間を過ごすのはこれが最後だろう。去っていくその背中にシンは声をかけた。

 

「あのさ。なんだ、その。………酒、ごちそうさん」
「どういたしまして。今日は楽しかったよ、君と話せて。
 ルナマリアさんとコニールって子によろしく言っといて」
「言えるわけないだろ。心配されちまう」

 

それもそうだねと呟いてキラは去っていった。
公園にいるのはシンだけ。なんとなく寝転がって星空を見上げた。流れ星が一つ、流れて消える。

 

とても綺麗だった。

 
 
 

寝転んだシンを遠くから見つめながら、キラはほっと一息吐く。
悩んでいるのだろう、視線の先の青年は綺麗な夜星を見ているというのに表情は晴れない。

 

「迷ってくれてるのか。なら期待できそうだな」

 

付き合いはそう長くはなかったが、シンのことはそれなりに知っている。自分の判断は正しかった。
NOと言えるコーディネーター。
そんな彼が悩むということは、ほぼこちらの意向に傾いているということだからだ。
信念や理想を語りかけ、一緒に戦おうと誘う。君にならできると彼の実力を褒めちぎる。
そんな誘いの言葉よりも彼は助けを求める声に強く反応する。
そしてシンは、自己の悩みは時間の経過を待つのではなく行動で打破するタイプの人間だった。
磔が効いたのか今の地上に動きはないので、これからキラはしばらく宇宙で戦うつもりである。
だから戦いに民間人などを巻き込むというシンが心配する理由も無い。
ここまで彼の思考を誘導したのだから、自分の目的が果たされる可能性は高いだろう。

 

断っておくが、別に彼に嘘を言ったわけではない。
酔ったことも飲んで楽しかったこと。自分の目的や夢のこと、そして彼との戦いを望む心など。
先ほど彼に喋った内容は全て本当のことだ。
ただしいて言うならば、此処に来たとき本当は彼を脅すことを考えていた。
キラもシンにとってベルリンがどれだけ大切な街か知っている。
ザラ派がこの街で行動を起こすかもしれないという情報をキラは入手していたので
その事実をちらつかせつつ一言 「次はベルリンだ」 とでも言えば、
彼はすぐに自分の依頼を受けてくれただろう。

 

しかし彼の言葉を聞いた途端、そんな気分はなくなってしまった。
被害者ぶって誰かを憎む資格は俺にはない。
俺の憎しみに誰かを巻き込んで、また悲しみを増やすようなこともしたくない。
思い出すのはそう言ったときの彼の目。
彼の大切な人たちを殺したのはほとんどが自分なのに。そんな相手を目の前にしてなお、自分を抑えている。
実は少しだけ彼が羨ましかった。
悲しみや憎しみを過去のことにできるという自分よりはマシな境遇もそうだが、
それを抑え込む彼自身の心の強さにも。
それは自分にはとてもできないことだから。

 
 

「バルトフェルドさん。キラです」

 

ポケットに入っていた携帯サイズの通信機を取り出し、ディーヴァへ連絡を取る。
流石はクライン派の作った特注品、向こうは宇宙でこちらは地上だと言うのに映像はクリアだ。

 

『聞こえている。何かあったの……少しろれつがまわってないな、どうした?
 シンと会うんじゃなかったのか』
「少し飲みすぎました。久しぶりに楽しかったもので」
『……そうか。そりゃ結構なことだ』

 

困ったように笑いながら、バルトフェルドが自分の頬を掻く。
そして傍らに置いてあるドリンクの容器を手にした。
その中身は間違いなくコーヒーだろう。背後のミリィが呆れた目で見ていたし。
休憩を邪魔したのは悪かったが長話をする気にもなれなかった。単刀直入、本題に入る。

 

「ザラ派の残党がベルリンで何か狙ってる、って話がありましたよね? あれはやっぱりクロなんですか?」
『ああ。さっき入手した諜報部からの情報によると、
 ベルリンをザフト軍の正規MSで破壊して再び戦乱を巻き起こすつもりのようだ。
 そうなればナチュラルもコーディネーターへの復讐を考えるだろうし、
 焼かれたベルリンには復興目的で滞在中の多数の元連合軍兵士がいる。
 怒りに燃えた戦意高揚な兵に報復という開戦の理由。
 彼らが望む望まざるに関わらず、連合に戦争の条件が揃うわけだ。
 そしてプラント評議会の一部にザラ派が接触したという情報もあるらしいし、
 彼らの主な狙いは前大戦の焼き増し、及びその混乱に乗じての捲土重来というのが予想されるかな』
「でしょうね」

 

キラもバルトフェルドと同じ予想をしていた。
ナチュラルだろうがコーディだろうが、地位を失ったものの考えなど変わらない。
ローリスクハイリターン。目的の為に安全な場所から人の命をおもちゃの様に扱うと相場が決まっている。

 

『一応言っておくが、彼らを放置するという考えもあるぞ。
 いくらシン=アスカが戦いから距離を置きたがると言っても、ベルリンを焼かれては黙っていまい。
 ザラ派の情報と引き換えに此方に引き込むという策も考えられるが、どうする?』

 

本来なら苦労せずに最強の敵が味方になるのだから、それが定石だろう。
しかし彼を味方に引き入れる、そんなことになっては此方が困る。
それでは今日、何のために彼を煽ったのかがわからない。

 

「いえ、その案は却下でお願いします。
 戦争の種が芽生えるのを知っていて見逃すというのは僕たちの大儀に反しますから。それに―――」
『それに?』
「……いえ、なんでもありません」

 

それに。今日の酒はせっかく久しぶりにできた楽しい思い出なのだ。
この公園が炎に包まれるなど、考えたくもない。

 

『ま、君ならそう言うとは思っていたがね。聞いておきたい事はあるかい?」
「ザラ派のアジトの情報は入手していますか?」
『本拠地からダミーまで全て把握している。表立った動きをしていなかったから
 今までは相手にはしなかったがね。この情報が本当ならお痛が過ぎた』
「では2度とそんな事を考えられないよう、ディーヴァに戻り次第そこを強襲します。
 ヒルダさんたちにも準備するように伝えてください」
『わかった』

 

通信を切る。軽く吹いた風に思わず目を細めた。
酔いで火照った身体にに冷たい夜風が気持ちいい。

 

自分の今の立ち位置も理解はしているし、柄にもないことをしている自覚はある。
シンの甘さがうつっちゃったかなと思わないでもないが、
だがまあこれからのことに比べれば大した投資でもない。
彼はもうすぐ戦場に戻ってくれるのだ。他ならぬ自分のために。

 

「……報酬は前払いだよ、シン」

 

また今夜も自分は悪夢を見る。それは避けることができないだろう。
しかし道の遠くに明かりは見えた。
先ほどの酒も悪夢の前には気休めと呼べる程度だが、それでも楽しかった。

 

ならばこれくらいはしてもいいだろう。
自分に残された数少ない友人に対する礼として、これくらいのことは。

 
 
 

自分の部屋に戻ると鍵が掛かっていなかった。一応注意しつつドアを開ける。
我ながら無用心だ。まあ、この部屋には大して盗まれる物など有りはしないのだが。
目に飛び込んできたのは大量の酒瓶と散らかった食べ物の残り。
それと、床に寝ている酔っ払いが2人。言うまでもない。ルナとコニールだ。

 

「人の部屋に来てまで、何やってんだか……」

 

起こそうかとも思ったが、気持ち良さそうに寝ている2人を起こすのもしのびない。
ベッドにでも寝かせるか。やれやれ、今日自分はソファで寝らねばならんらしい。
だがそれにしても。

 

「何つーか、2人共すごい格好してるな……」

 

ルナマリアは可愛らしいピンクのパジャマ。体のラインがはっきりとわかる格好だ。
コニールが身に纏っているのは大きめの白いワイシャツのみ。すらりとした脚を惜しげもなく晒している。
しかも2人共酔っている為か、ほんのり顔が紅くなっていた。
シンとて年頃の男性だ。2人のこの姿には正直クるものがある。
自分色に染めてしまえ―――そんな己の声も聞こえた。

 

頭を振って煩悩を払う。
今の自分が手を出したところで、誰も幸せにはならないだろう。

 

2人を抱えてベッドに寝かせた。少し寒かったのか、寝たまま2人はお互いもぞもぞと寄り添い合う。
普段喧嘩が絶えない2人だが、こうしてみると何だか姉妹のようだ。
苦笑しながら布団をかけてやり、部屋を見渡した。
人の部屋なのによくもまあ散らかしてくれたものだと思う。
軽く溜息を吐き、散らかった部屋を片付ける。
もう夜も遅い。電気を消してソファに横になる。天井を見上げながらキラとのやりとりを思い出した。

 

世界を頼む、か。
平和を求め続けた歌姫が、伴侶に最期に託した想い。
多分キラはその遺言を忠実に守っているだけなのだろう。
ただ、彼女が納得してくれるやり方が解らないから、かつての自分たちと同じ方法を取ってるだけで。

 

だが、やはりシンは思うのだ。あの時キラには言えなかったけれど。
死者の言葉が生者を苦しめ縛る。それは、世間一般では。

 
 

呪い、と呼ばれるものではないだろうか、と。

 
 

 戻る