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SIN IN ONEPIECE 82氏_第08話

Last-modified: 2013-12-24 (火) 03:49:22

 晴れ渡った空の下に広がる光り輝く大海原を、一隻の船が進んでいく。
 それ自体は、これといって不思議な事柄ではない。風を受けるために大きく展開された 帆や天を突くマスト。長旅をするには少し苦しい小船だが、短い距離ならば余裕で走破で きるだろう。
 ……問題なのは、明らかに帆船なこの船が、風もなくオールも下ろしていないのに前進しているという事実だった。加えて、速度が不自然なほど速い。

「うっひょー!」
「おー、こりゃ楽でいいな」
「もっとしっかり泳げよ牛くん!」

『も゛?』

 船の上でのんきに寛いでいた男達が声を上げると、船の先端から低い泣き声がそれに応える。よく見ると、その船は先を進む『何か』に縄で括り付けられ、牽引さ9れていた。
 それは、人魚といわれる生き物の人間部分を、丸ごと牛に置き換えたような奇怪な生物だった。ただ、その体躯はちょっとした鯨ほどはある強大なものだったが……何故かたんこぶこさえて傷だらけ。心なしか、船の中の男達におびえているようにも見える。
 『海獣』と呼ばれる大型の海洋生物だった。海がその地表の大半を占めるこの世界においては絶大な力を誇っているはずなのだが……どうも、船の上のルフィ、サンジ、シンの 三人にはかなわなかったらしい。

「……くっ」
「? どーしたヨサク」
「聞かねえで下せぇ。あっしは、あんたら三人がかりで袋にされたあいつが哀れでならねえんです」

 四人目の男であるヨサクが、その余りに哀れな姿に涙をこらえた。予断だが、ヨサクは この牽引している海獣が三人に襲いかかった瞬間『あ、終わった』と思ったという。自分達ではなく、相手がだ。
 元々は海獣のほうから一方的に食べ物をたかってきて、素直に食わせようとしたサンジごと食おうとした挙句に襲いかかってきたのだが……そっからは一方的だった。そりゃあ もう、虐めか? ってくらいに。シンにいたってはバラティエから拝借してきたという便所掃除用モップ使用だ。

『も゛~』

 同情してくれたヨサクに、ありがとうとばかりに泣き声を上げる海獣。その後姿を見つめていたシンが、ふと漏らした。

「にしても、すっげー怪物がいるもんだなぁ。この海には」

 感慨深いシンの台詞……確かに、強大な牛のような半漁生物はコズミックイラにはいなかった生き物だ。あえて近い系統を上げるとしたら宇宙鯨がいるのだろうが、少し違う気がする。
 『この世界』に対する無知から来たその台詞を、知識が前提にあるものだと勘違いしたらしく、詳しい薀蓄を披露する。

「海に住む大型生物の中でも、獣に近い特性を持つ奴を海獣、魚に近いものを海王類って言いまして……まぁ、海の怪物っていやあたいていこのどちらかですね。
 シンの兄貴が知らなかったのも無理はないッスよ。グランドラインの生物ッスからね。こいつらは」

「グランドライン? なんでそれがイーストブルーに……?」

 グランドライン。
 海賊たちの憧れとしてじられるこの『偉大なる航路』はその知名度とは裏腹に内部の状況に関してはろくな情報が無い。些細な情報ですら手に入れられないほどに行き来が困難な場所……それが、グランドラインなのだ。そんな場所である、たとえ海中の生き物だったとしても、生き物がたやすく行き来できるとは考えにくい。
 ましてや、相手はルフィたち一人でも余裕で瞬殺出来るような手合いである。

「勝手にこっちにやってきたんじゃねーの?」
「いや、そんな筈はないッスよ。海王類や海獣は巣を持つタイプが多いし……第一、こんなのが自由気ままに行き来できるんだったら、もっと大騒ぎになってますって」

 ルフィの発現に釘を刺すヨサク。その一本の釘がシンの脳細胞を刺激して、ひとつの答えをはじき出した。

「なあヨサク」
「何スか?」
「こいつ、ひょっとして『アーロンの戦闘員』とかってオチじゃないのか?」

 ぴ し っ !

 ……はじき出された答えがヨサクに与えた影響は計り知れなかった。彼は返事をしたそのままの体形で白くなって固まり、だらだらと冷や汗を流し始める。

「戦闘員?」
「ああ。だって、アーロンって奴はグランドラインから帰ってきたんだろ? だったら、手土産に化け物の一匹二匹つれて帰っても可笑しくない」
「手土産って……海王類は手懐けるだけで一苦労だぜ。わざわざ戦力にするために連れ帰るかフツー」
「いいや。する」

 自然の動物を、自分の戦闘のために持ち帰る事に懐疑的なサンジに対し、シンは断言した。垣間見えたシンの表情が思いのほか真剣だったのに呑まれ、サンジは絶句してしまう。
 シンの両目が見据えているのは今の世界ではない。以前の世界……それも、彼が守りきれなかった少女達と、それを奪った機体に乗っていた男達だ。

「人間……とりわけ、独善的な輩ってのはありとあらゆるものを犠牲にする。
 たとえそれが『人間』でもな」
「人間……って」
「俺の元いたせか……いや、国じゃあ人間を『平気』で『兵器』にする奴らがいるのさ」

 寒い駄洒落になることを承知で、強調するために繰り返した。
 脳裏に浮かぶ、自分自身で調べた敵たちの記録。
 ブルーコスモスのエクステンデット達や、あきらかに戦闘用のコーディネートを受けているであろう、フリーダムのキラ・ヤマト……そして、ステラ。彼らはある意味、『作られた兵器』なのだ。
 暴走したエゴがモラルを食いつぶし、ついには第三者にまで類を及ぼす……そんな事が延々と繰り返されているのが、彼が元いた世界のあり方だった。

(ろくでもない世界、か)

 元いた世界の記憶から、芋づる式に引き出されたゼフの言葉が重くシンの心に圧し掛かる。彼の手は無意識に、ゼフから手渡された一本の槍へとのび、それを握り締めていた。
 ……シンの纏う重い雰囲気に気を使い、サンジはそこには深く突っ込まなかった。その代わりに、シンが手にした槍について口を開く。

「そういやお前、うちのクソジジイからもらったそれ……『ネバーエンディング』だろ?」
「今は『インパルス』だよ」
「どっちでもいいさ……あのジジイ、一体どういう風の吹き回しだ?
 大切にしてたそいつをあっさり他人に渡すなんて……」
「ればー? 肉の話か!?」
「レバーじゃなくてネバー! ……前の持ち主と俺が同郷だったのさ。それで、俺が故郷の話をした礼だって」
「俺、骨の付いた肉のやつ!」
「聞けよ人の話! ……それにしちゃあ」
「 う、う わ あ あ あ あ あ あ っ ! ! ! ! ! 」

 交わされていた麦わら一味の会話を引き裂くように、ヨサクが絶望したといわんばかりの悲鳴を上げる。その余りの声量に、話に花を咲かせ始めていた三人がぎょっとそちらを振り返る。
 話に水を差されただけではなく、不意打ちだった事で驚かされたサンジは、いらだたしげに、

「おら、何叫んでんだよ」
「だ、だって! この状況どう考えてもヤバイじゃないッスか! アーロンっていやあ、極端な種族至上主義者で、少しでも一味に逆らう人間がいたら、村ごと皆殺しにするような奴ですよ!? このままアーロンパークに向かったら……!」

 種族至上主義――その下りでシンの表情が少し変化したが、ヨサクはそれに気付かずに、必死でまくし立てた。

「それに! 思い出したんですよ!」
「何を」
「アーロンは、確かにシンの兄貴の言うとおり海獣を戦闘員にしてやす……けど! それは一匹じゃなくて二匹! しかも、常に二匹ワンセットで動き回ってて、片方を傷つけると片方が怒り狂う!

 特に危険なのは赤い蟹の海獣『ブローム』! こいつは凶暴すぎて専属の飼育員にしか懐かず、アーロンにすら牙をむいたことのある化け物なんです!」

 いわく、町ひとつをたった一匹でつぶした。
 いわく、グランドラインでは海軍本部の佐官相手に圧倒した。
 いわく、戦いが終わると、その両手が必ず返り血で真っ赤に染まる。
 覚えているほうが褒められそうな量の逸話が、次から次へとヨサクの口からこぼれる。
そんな彼に対し、シンはとりあえず一言、

「ヨサク、蟹だとどっちかっていうと海王類……」
「 揚 げ 足 取 ら ん で よ ろ し い !
 ともかく! アッシ達がこいつをぶっ飛ばした事が敵に知れたら……!」
「その、『ブローム』ってのが黙ってないと?」
「そう! こんな小船なんて、一撃で、沈め、られ……」

 断言するヨサクに、シンは無言で手にした槍を置いた。そして、立てかけてあったモップを手にし、立ち上がる。
 無言で立ち上がったその姿に気おされ、尻すぼみになってくるジョニー。そんな彼をよそに、シンはそのまま船首に立つと、

「なら、見つからないよう急がないとな」
「へ?」
「おい牛くん」

 シンがささやきかける。異常なほどに迫力のある声で。

「 便 所 ブ ラ シ で 歯 磨 き さ れ た い か ? 」

 ……どう聞いても嫌がらせだった。海獣のサイズならありえないとも言い切れないところがまた微妙な嫌がらせである。抵抗しても無駄な事は、先の戦闘で既に分かっている。

 海獣君、あんまりなその言いように急停車してしまう。
 冷たい、余りにも冷たい間をおいて……

 ずばばばばばばばばばばっ!!

 そして、恐ろしいほどの急加速だった。
 呆然とするヨサクに向かって、シンは親指を立てて、

「加速させてみた」
「鬼かあんたぁっ!!?」

 確かに方針としては間違ってはいないが、手段が余りにあれである。ヨサクは全力全開で叫んで突っ込んだが……生憎と、この船に彼と海獣の味方はいなかった。
 サンジに同意を得ようと振り返ったヨサクは、それをまじまじと実感する事になる。
 なぜなら、彼はヨサクが振り返ると同時にこう切り出したのだ。

「ルフィ。レバーってのは新鮮じゃねえとうまくねえ。逆に新鮮なら、この上なく美味い部位だ」
「おおーっ! ホントか!? サンジ!!」
「ああ。特に、牛のレバーはな」

 サンジさん、恐ろしいほどに冷徹な、『食材』を見る目で海獣を一瞥し、

「 な ぁ、牛 」

 ズ バ バ バ バ バ バ バ バ バ バ ッ ! ! ! ! 

 哀れ海獣。更なる恐怖に目をナルトにしながら超加速開始。

「どーせ加速させるなら、このくらいやれクソ赤服」
「おお。料理人ならでは」
「サンジー! レバーまだか~!?」
『も゛、も゛~!!』

 しかも、船長が無邪気に追い討ちかけるもんだから溜まったもんじゃない。
 グランドラインでアーロンにボコられ無理やりつれてこられて、その果てに捕食の危機に晒された哀れな海獣。彼の悲痛な叫びが、イーストブルーの空に吸い込まれて消えていった。

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