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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第07話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 19:44:13

SRW-SEED_ビアンSEED氏_第07話
第7話 幕間

 人殺し、人殺し……。お前は人殺しだ……。
 光の全てが飲み込まれてしまうような暗闇から、連合のパイロットスーツを着た骸骨達が、何度も繰り返し囁きながら迫ってくる。煤に汚れた骨が剥き出しの手が、自分の首を絞め……。
「うわああ!?」
 べっとりと体に張り付くいやな汗で全身を濡らして、シンはベッドからはね起きた。額から流れた汗が目に入り、かすかな痛みが意識を覚醒させる。
「そっか。おれ、戦場に出たんだっけ……」
 シンの撃墜スコアはスカイグラスパー2、ストライクダガー4、一度の実戦で既にエースの条件を満たす結果を残している。
 それだけの数の人を殺めた、あるいは殺めかけたという現実が、シンの精神に重くのしかかっていた。初陣の兵がよく発症する戦場神経症の、二歩手前、と言ったところか。
 ベッドのわきに置いてある水差しを取り、コップ一杯に注いだ水をガブ飲みした。
「……気持ち悪い。シャワー浴びよう……」
 初日の戦闘を終えたシン達ナカジマ小隊は、現在モルゲンレーテの工廠で待機している。
 幸い、小隊員全員の機体の損傷は軽微で、負傷者も無い。特にテンザンとシーエムリオンで洋上の連合艦隊を攻撃していたアウルの戦果は凄まじく、味方から喝采を浴びていた。
 この二人だけで20機を超すMSを撃墜し、アウルが撃沈した艦艇は3隻に昇る。スコアで言えば間違いなくDCのトップエースだ。マップ兵器を持つミナシオーネとヴァルシオンは別として。
 それから、あてがわれた個室から出て、自分の愛機となっているエムリオンの所へと足を向けた。メンテナンスベッドに横たわるエムリオン達をなんとはなしに見て行く。
 溶接や指示の怒鳴り声が響く工場で、つなぎを着た整備員がせわしなく動き回り、エムリオンやバレルエムリオンの整備に勤しんでいる。
 少しでも完璧に修理し、パイロット達が生きて帰って来れるように。それが彼らの戦争なのだから。
「生き残れたんだな。おれ」
 ぽつりと呟き、シンはその場を後にした。モルゲンレーテ社屋内にあるリラクゼーションルームで、ドリンクサーバーからオレンジジュースを選んで口を着けていたシンに、ステラやアウル、スティングらエクステンデットが通りかかった。
「よう、シン。もう調子はいいのか?」
 機体から降りるなり、吐いたシンを気遣って、スティングが明るく声をかける。もともと戦闘用に調整されていたエクステンデットの三人の中で、スティングが最も人間らしい情緒を残しているから、シンの精神状態をよく理解していた。
「シン、平気?」
「う、うん。大丈夫さ。ステラ達は何してたの?」
「体の調子を見てもらってたんだよ。おやじのおかげで大分ましになったけど、時々調整しないといけないからさ。おれらって」
 やや不満げに言うアウルが、シン同様サーバーからドリンクを取って近くのソファに腰かけた。
 三人のうち、アウルとステラは殺人に対する禁忌がほとんどない。かろうじて常識は持っているが、とくにステラは戦闘となると凶暴性や破壊衝動が発露し、とかく暴走しがちだ。
 ただ、ビアンやミナらと接触している時間が長く、治療の甲斐もあってか、先の戦いでシンを止めたように理性的な判断ができるようになり、一般的な常識や情緒も学んでいる。
「シン。そんな気にすんなって、戦争なんだからさ。向こうだってこっちを殺す気で来てるんだぜ? だったら殺される覚悟だってあるさ。だから気にしないのが一番」
「……そうなんだろうけどな。しばらくは無理かもしれない」
「まあ、人殺しに慣れるってのも気持ちの良いもんじゃないだろうさ。シンが今感じている気持ちは、忘れない方がいい。アウルの言う事も一理あるけどな」
「スティング。うん、少し苦しくて重たいけど、そうするよ」
「シン」
 いくらか気分は晴れたが、それでも暗いものは拭えないシンを慰めるように、ステラがそっとその傍に座り、シンの頭を赤子を抱くように優しく抱きしめた。
 シンがラッキースケベの称号を得た例の事件の時は、手加減なしのフルボッコな目にあわせたアウルとスティングも、今回ばかりは見逃すつもりらしく、黙ってステラの胸に顔を埋めるシンを、肩を竦めて見守っていた。
 あいにくと警戒は続いているため、街に出る事も、オノゴロ島から離れる事も出来ないシン達だが、幸いモルゲンレーテやDC基地内には兵士達のストレスを緩和する事を目的とした娯楽施設もあり、シン達はそこで時間を潰した。

 DC基地内、地下ドックの一つで、ビアンはある機体を見上げていた。
 他にもいくつか存在する開発中の機体のなかの、ただ一機を見ていた。
 これを見事乗りこなせる事が出来るだろうか、あの少年は。彼の身にこれから降り注ぐ数々の試練は、シンにいくつもの心の傷を造り、命の危機に晒すだろう。
 なんと罪なことだろう――。
「若者を死地へと向かわせ、その為の道を敷くか。ふふ、私の業かな、これは」
「護送任務、ですか?」
「ああ。まだオーブだったときに保護しといたザフト兵を近くの基地まで連れて、置いて行って帰ってくるってだけだ。シン、お前護衛としてついてけ」
「おれだけですか?」
「スティング達は調整中だからな。無理させらんねえんだよ。おれは警戒待機だし、DCに余計な戦力なんざねえからな」
(じゃあ、おれが余計な戦力?))
 シンが携帯ゲーム片手にテンザンからザフト兵の護送任務を伝えられたのは、翌朝の事だった。連合からの通達があった時に開放するなり返還しておけばよかったのだが、政権転覆のいざこざと連合との戦闘で収監したままになっていたそうだ。
「じゃまあ、エムリオンに乗って行ってこい」
「……適当過ぎません?」
「良い意味での適当だ」
 だめだこりゃ、とシンは折れた。テンザンはどうにも尊敬を抱くのには向かぬ上司であった。
 いまいちサイズの合わないDCの軍服を、着ているというよりは着せられている感じで、シンは自分のエムリオンが置かれているモルゲンレーテの工廠に向かい、ガンルームでパイロットスーツに着替える。なんとかシンの体格にもあう特注だ。
 向かう先はオーブ領海に最寄りの小規模なザフトの補給基地だ。そこに10人ほどのザフト兵を連れていけばいいそうだ。
 MSの輸送も出来る輸送機にエムリオンを積み込み、到着まで自分が出撃する必要がないといいなあ、などと思う。すぐさま出撃できるように格納庫から出る事はないが、緊張を強いられる待機状態だ。
「そういえばザフトの捕虜ってどんな連中なんだろう」
 まだオーブだった時に、領海付近でアークエンジェルとザフトの戦闘が行われてニュースに流れたのを見た事はあったが、直接ザフト兵を見た事はない。もちろん同じ人間なのだろうけど、なんとなくテレビの向こうの存在めいて、はっきりとしたイメージが湧かない。
 といっても格納庫で待機しているシンには、今回のザフトに返す捕虜と接点など持ちようがないのだが。
「そう言えば、あの赤いエムリオンて誰のだろう?」
 エムリオンのコクピットから出て、キャットウォークに腰かけてぼんやりそんな事を考えた。エムリオンはパイロットの精神的重圧――ストレス緩和を目的にコクピットの空間が広く取られ、私物を置くスペースもある。シンの場合は漫画やお菓子などを積んでおいた。
 中には着替えや化粧品を持ち込んでいる女性パイロットまでいるという話だ。実情はどうあれ、これはDCはパイロットの数が少なく必然的に一人一人の出撃回数が増え、疲労が積み重なる事を想定し、
 少しでも疲労とストレスを緩和し長時間の戦闘と短期間での連続戦闘において、パイロット達の負担を減らす為の措置である。
 最大三機までMSを搭載できる輸送機の格納庫の中を改めて見回したシンの眼に、シンのタイプFとは別の真っ赤なエムリオンが鎮座している。機体の各所にし制御バーニアやアポジモーターが増設された運動性強化型のタイプVだろうか。
「どうした、シン・アスカ。捕虜の様子でも気になるのか?」
「え、えっとローレンス三佐」
「ふ、私の名前を覚えたのか。感心な事だ。テンザンの部下だから、もっと野放図な野生児かと思ったがな」
 淡い笑みを浮かべて、金色の三つ編みの顔を揺らしてシンに声をかけてきたのは、DC幹部の一人ローレンス・シュミット三佐だった。本来ならこの様な瑣末な任務に関わる人物では無い。

それ位はシンにも分るので、多少訝しむ表情になる。
「私がここにいるのがおかしいか?」
「そんな事は……。あの、赤いエムリオンは三佐のですか?」
「そうだ。一応私もMS乗りでな。それと、私がここにいるのは少し、ザフトと話をする事になったのだよ」
 シンが口を開くより早くローレンスが不意を突くように言った言葉に、その意味を考えて、シンが驚きに目を見張る。
「それって、ザフトと?」
「いや、挨拶と窓口造りだな。まだ大きな話には行かないし、少し伝言を頼まれてね。それと今回の傷病兵返還は人道的な観点に基づくものだ。
 連合の通告があった時にはザフトから援軍を出すという魂胆の見えた、それでもうれしい話はあったから、そのお礼の意味も兼ねているかな?」
「あの、なんでおれにそんな話を?」
「総帥が目をかけている少年というのが一つ。大人の世界は奇麗事だけでは済まないという実例を示すので二つ。そんな話を聞かされた君が、どう判断するのかが三つ。そんな所だ。 シン・アスカ。できれば君の出番がないと良いな。この任務」
「はあ。ローレンス三佐、ザフト兵ってどんな連中なんですか? 変な質問かもしれませんけど、プラントのコーディネイターってどんな人たちなのか気になって。おれもコーディネイターです。
 オーブはナチュラルとコーディネイターの共存を謳ってたからプラントや他の国とは違う環境なんでしょう? 同じコーディネイターでも所属する国が違うだけで、そんなナチュラルを憎むもんなんですか?」
「……君も、知っているだろう? オーブでもコーディネイターに対する差別がないわけでは無い事を」
「それは」
 オーブはコーディネイターとナチュラルの共存を謳う。それは紛れもない事実であり、政策にもそれは反映されている。だが、やはり人は己より優れたモノに嫉妬し、排斥しようとするのもまた事実。
 ナチュラルがコーディネイターを嫌い、吐く言葉の一つに『あいつらは生まれた時からずるをしているんだ』というものがある。
 これは特に幼年期の子供達で言われる言葉で、いまはDCに所属しているエリカ・シモンズも幼いころに言われた言葉だ。そしてコーディネイターの子供達はコーディネイターであるが故に、その優れた頭脳から投げかけられる言葉が真実である事を認め、なにも反論する事が出来ない。
 人は感情で動く生き物だ。理念や論理、道徳を謳っても限度はある。人の心に完全な戒めを敷く事は出来ない。シンも、多少不愉快な思いをした経験がないわけではない。
「そりゃあ、すこしは。でもよその国に比べたらマシなんじゃないですか? それに自分で言うのもなんですけど子供同士の悪口です」
「そうだな。それで済むならいいが、プラントの連中の場合それが武力行使に出るほどひどかったという事さ。プラント理事国に自分達の仕事の成果を絞りとられ、
 人間として最低限の権利を要求しても認められず弾圧され、独立を目指して行動すれば同胞のいたプラントを核の炎で焼き尽くされた……。
 “血のバレンタイン”。ユニウスセブンの破壊は、やはり決定打だったな。
 自分の家族が戦争には何のかかわりもないのに、理不尽な殺され方をすれば、いやがおうにも人は怒り、憎悪を募らせる。それを押しとどめる理性や、『何か』がなければな。
 極端かついやな例えですまないが、君のご家族に、そうたとえば、オーブに連合が核を打ちこんだとしたら、君はどうする?」
「……連合を、絶対に許さないと思います」
「その気持ちが、ナチュラル全体に向けられているのがザフト兵さ」
「……」
「半分くらいはな」
「じゃあ、残り半分は?」 
「至って人間的な理由だ。自分の家族や祖国を守りたい、謂われなき暴力から戦う力の無い人を守りたい、自分が戦って、少しでも早く戦争を終わらせて、平和な世界を……。
 誰かの為、守りたい人の為に戦う。それが残り半分の連中だろう」
「それは、誰だってそうなんじゃあ?」
「戦争をする理由なんて大抵似通っているものだよ。なぜなら戦争をするのは何時だって人間なのだから」
「それでいうと、ナチュラルもコーディネイターも変わらないっていうのがローレンス三佐の考えなんですか?」
「根の所はそう変わらんだろうさ。話が長くなったが、要するにザフト兵も私達も連合の兵も突き詰めれば五十歩百歩の範疇におさまる。それだけだ」
「でも、それでも戦争をするんですね。人間は」
「人間だからな」
 ローレンスは軽くシンの肩を叩いて、格納庫を後にした。悩めるシンを見守る様に一度だけ振り返ったが、うつむいてローレンスの言う事を自分なりに解釈しようとしているシンは、それに気付かないままだった。

 ジンが6機ほど配備された小規模な基地に、シンを乗せた輸送機は到着した。一応、付近に近付いた段階で不測の事態に備えて、シンはエムリオンで輸送機の護衛についている。
 前回の反省を活かし、ビームライフルとビームサーベルは置いてきて、ミサイルコンテナの代わりに追加バッテリーとブースターを背負っている。
 機動性はグンと増したが、並のパイロットでは扱えないじゃじゃ馬の仕様になってしまった。
 そこは、ロンド姉弟とビアン直々に扱かれて天性のセンスを開花させつつあるシンが、きっちりと手綱を握っていた。おそらくジンなら4機位は相手にしても引けは取らないだろう。
「あれがザフトの基地か。補給用の小規模な基地だって話だけど。大丈夫かな?」
 輸送機が無事着陸するのを見届けてから、シンもエムリオンを滑走路の近くに着陸させ、ぐるりと周囲を見渡す。
「ん?」
 すると、ジンとは別になにか格納庫に別の機体があるのが見えた。赤い装甲の、シャープな機体だ。背に何か大きい装備を背負っている。
「ザフトの新型? にしても無防備過ぎないか? せめてシートで隠すとか、完全に引っこめるとかすればいいのに」 
 とりあえず映像の記録は残しておくか、とカメラをいじっている時に、ローレンスから通信が入る。
『シン』
「あ、三佐」
『私はこれから傷病兵を引き渡してくる。君はそのまま待機だ。大丈夫だとは思うが、油断するなよ。我々にとっても彼らにとってもお互い、これからどうなるか分からない相手だからな』
「はい」
 そっか、そうだよな、と気を引き締め直したシンは、いささか気負いすぎた表情で周囲のジンやザフト兵をモニター越しに睨みだした。ま、良くも悪くも単純だ。
 シンの意気込みに反してローレンスと基地司令との間では、傷病兵の引き取りはスムーズに行われた。お互い腹に一物あってもおかしくはないのだが、まだプラント本国がDCにどのような反応をするか明確な方針を決めていないし、こうも目と鼻の先にある武装集団を下手に刺激したくないのだ。
 DC側にしても、連合とザフトを一度に相手をする体力と戦力と資金と人材と、と挙げればきりがないほど不足しているものがあるのだ。
「旧オーブが保護していた傷病兵を無事お返しできて幸いです」
 凛々しい眼差しを受けて、黒服の基地司令は重々しく頷いて答えた。どことなく敬意めいたものが浮かんでいる。
「確かに。しかし南アメリカ合衆国の最高のコーディネイターと謳われた“ヘル・ファイター(地獄の戦士)”ローレンス・シュミットが、オーブに潜伏していたとは」
「古い通り名です。今の自分はディバイン・クルセイダーズのローレンス・シュミット三佐ですので」
「いや、失礼。同胞としては噂に名高い貴方が、味方でない事が残念でならない」
 ローレンスは曖昧な、しかし好もしい笑みを浮かべて司令室を辞した。滞りなく傷病兵の変換がすみ、彼の肩の荷も下りたと言ったところか。
「さて、もう一つの肩の荷を下ろすとするか」
 基地の食堂で、わかめうどんにトッピングとしてわかめの天ぷらを追加したわかめ天うどんを食べていたアスラン・ザラは、自分の前に座った相手の着衣が見慣れないものであると気付き、名人の書いたような秀麗な眉を寄せた。
「失礼、ここは空いているかな?」
「構いませんが、貴方は?」
「ディバイン・クルセイダーズ、ローレンス・シュミット三佐。本日は旧オーブで保護していた貴官らの同胞を返しにお邪魔させてもらってね」
「DCの!」
 がた、と音を立てて椅子から立ち上がるアスランを、ローレンスは隻眼で押さえた。あくまで敵意の浮かばぬ瞳だった。
「せっかちだな。先程言ったとおり傷ついた君らの同胞を返しに来ただけさ。誓って言うが、彼らに暴行など加えてはいないし、尋問もしていない。立場は違っても同じコーディネイターとして、世間話位はしたがね」
 落ちつき払ったローレンスの言葉と物腰に、どうやら嘘は、少なくとも嘘を吐く理由はないと判断したアスランは、態度を軟化させる。
「そうでしたか。しかし、まだ我々ザフト、ひいてはプラントとDCの間には明確な条約もなにも無く、それ以前の問題では? それがこうして食堂まで入ってきて良いので?」
「はは、気真面目だな。君は。別に君らの新型兵器を覗いたわけじゃないんだ。そう気色ばまなくてもいいだろう? 何、少し君への伝言を頼まれていてね」
「おれに?」
「ああ。『自由は禁忌のガラス筒へ。ガラス筒はかつて人の根幹を覗いた場所』。洒落た伝言だろう?」
「何を……。自由? まさか!」
「さあ? 私はメッセンジャーボーイでね。では、アスラン・ザラ君。戦場以外のどこかでまた会えると良いな」

 自由が示すものに思い至り、立ち上がるアスランを置いてけぼりにして、ローレンスはそそくさと食堂の出入口まで動いていた。いつの間にか、という他ない早業だ。
「ああ、それと。君の新型、もう少し隠そうとしたらどうだね? 輸送機から丸見えだったよ」
 軽く片手を挙げて別れのあいさつにして、ローレンスはアスランの目の前から姿を消した。
「フリーダム……。キラ、か。しかし、誰がその事を?」
 このままローレンスを追いかければ問い詰める事も出来たのに、なぜか、アスランはそうはしなかった。理由は自分にも分らない。
「だが、簡単に信じていいものかどうか。禁忌のガラス筒……何を暗示している?」
 ローレンスの残した言葉に迷いを覚えながら、アスランは新たな乗機であるジャスティスの所へと足を向けていた。ロールアウトしたばかりで色々と調整を細かくしなければならず、また動力源の関係上、そうそう簡単に基地の整備員に手を出させるわけにもいかない。
 基地のフロアを歩いていたアスランに、二度と聞く事の出来ない筈の声が聞こえて、アスランはそれまでの思考を完全に停止させた。だって、この声は……。
「アスラン!」
「ニコル!?」
 少女とも見間違う線の細い顔に、翡翠の様な色の髪をしたアスランより年下の少年が、反対側の通路からアスランの所に小走りに近づいてくる。アスランと同じザフトレッド
 ――アカデミーにおいて卒業成績上位十名にのみ着用が許される赤服を着ていることからして、可愛らしい外見にそぐわぬ実力の持ち主らしい。
 額や腕に包帯を巻き、頬や首筋にガーゼが当てられているが、体を動かすのに支障はないようだ。
「お久しぶりです、アスラン。こんな所で会えるなんて思いませんでしたよ!」
「それはこっちの台詞だ! だってニコルはあの時」
 それはアスラン率いるザラ隊が、足付きと呼ばれてたアークエンジェルとオーブ近海で死闘を繰り広げ戦いの事だ。
 キラ・ヤマトの駆るストライク一機に、アスラン達四機のG兵器は劣勢になり、遂にはなかばアスランを庇う形でニコルは乗機であるブリッツと共に倒されたはずだった。
「どうも運が良かったみたいです。かろうじてストライクの対艦刀はコクピットを外れていて、後はセーフティーシャッターのお陰としか言いようがありません。
 それと、オーブの迅速な対応です。ブリッツをサルベージする為だったらしいですけどね」
「そうなのか。あの状況でよく助かったな。でも、なによりニコルが生きていてくれてうれしいよ」
 思わず熱くなる目頭を押さえてしまったアスランに、ニコルは微笑みかける。
「確かに、十中八九は死んでしまう状況でしたから仕方ありませんけれど。でも、アスランはいま一人なんですか? イザークやディアッカは別の隊ですか?」
「あ、ああ、そうだな。積もる話もある。今から時間はあるか?」
「ええ。別の基地のシャトルに行く予定なんですが、近くのオーブ、今はディバイン・クルセイダーズと連合が戦闘していますから、下手に動けないそうです。それでしばらく時間はありますよ」
「そうか、おれもこの基地に来て間もないが、ここのコーヒーは美味いぞ」
「アスランがそう言うなら」
「ニコルが生きていると知ったら、君の父上も母上も、なによりも喜ぶだろう」
「死んだ息子が、実は生きていた、ですからね」
 自分で言っておいてなんだが、ニコルも苦笑を浮かべる。思いがけぬ再会に、アスランはしばし陰鬱になっていた気持ちを忘れ、遅くまでニコルと話しこんだ。ただ、ニコルがアスランと別れた後、こう呟いたのを聞き取る事は出来なかった。
「アスラン、ナチュラルとコーディネイターの構図は、地球とプラントと等しいわけではないようです。僕たちプラントのコーディネイターは、地球のコーディネイターに憎まれている。
僕達はコーディネイターの為に戦っているつもりでも、本当は全然違った。アスラン、僕はいろいろな事を知りました。貴方は、この戦争で何を知りましたか? 何かが変わりましたか?」
 アスランの知らないニコルが、寂しげに、そう呟いたのを。

「シン」
「あ、はい」
「引き渡しは無事済んだ。帰るぞ」
「もうですか? なにもトラブルはなかったんですね」
「お約束も、必ずというわけではないらしい」
「お約束?」
「気にしなくていいさ」
 要は、こういう場面では敵の来襲やら裏切りやらなんやらが起きるのが、軍人として生きたローレンスの経験則であるらしかった。既に輸送機に戻ったローレンスに、シンは撮影しておいた機体の映像をまわして知っているかどうか聞いてみた。
「三佐、この機体なんですけど、心当たりありますか?」
「ふむ。これはおそらくジャスティスだな。オーブに寄港していたアークエンジェルに積まれていたフリーダムの兄弟機だろう」
「じゃあ、ザフトの最新型なんですね。その割にはおおざっぱな扱いでしたけど」
「まだこの基地に来たばかりなのかもしれんな。本来ならこんな場所にあっていい機体ではあるまい。さしずめ、奪われたフリーダムを追ってきたと言った所かな」
「最新型って大変なんだなあ」
(お前の乗ってるエムリオンも最新型なんだが)
 現在DCの主力であるエムリオンには、OS、バッテリーともに最高基準のものが使われているし、特に推進機関であるテスラ・ドライブなぞはこの世界の技術ですらないのだから、他の勢力からすれば垂涎の品なのだ。
 フリーダムとジャスティスもまた別の意味で世界に影響を及ぼす代物だけれど。
 まあ、ローレンスも大人なのでそこまで突っ込む気にはなれず、黙って輸送機のシートに腰かけ、次の連合との戦闘がいつ頃かと、しばし残った左目を閉じて考えにふけった。
(しかし、シン。どうしてDCの私がザフトの最新鋭の機体の事を知っているとか、そういう疑問は持たないのか?)
 ローレンスは素直すぎるシンの将来が軽く心配になった。なんというか、良いように言いくるめられて利用されそうな気がするのだ。DCに所属している今も、大して変わらないかもしれないが。
 なお、ローレンスがジャスティスについて知っているのは大した事情があるわけではない。基本的にザフトの情報関係のセキュリティは目が粗いザルみたいな部分がある。
プラントもザフトも、国家として軍事組織としても未成熟なのだから無理もないかもしれないが、それでも民間人の情報屋に基地のメインコンピューターをハッキングされたりする位だから、やはり少し情けない。
 今回、DCに興味をもったその民間人の情報屋ケナフ・ルキーニ経由でDCにザフトの最新鋭機についての情報を伝えてきたのだ。最もフリーダムに関してはアークエンジェルがオーブに寄港した際に骨の髄、もといフレームの髄まで調べ尽くしてある。
 そんな風に人の好い心配に耽っていたローレンスだが、慌てだした輸送機のパイロット達の様子に、緊急事態を察して顔を軍人のそれにする。
「連合か? まさかザフトじゃあるまい」
「はい。連合の戦闘機が三機編成でこちらに向かってきます。どうやら偵察部隊に引っかかったようです」
「シンに用意をさせろ。いざという時は私も出る」
「了解」
 輸送機からの連絡に、高カロリービスケット・カシス抹茶味をぽりぽり齧っていたシンは、慌てて手元に置いておいたボカリスウェットで飲みくだす。ごくんと音を立ててから、急いでヘルメットをかぶり、エムリオンの機体ステータスのチェックと同時にOSを立ち上げる。
「これが三佐の言ってたお約束か? 面倒だな!」
 輸送機の後部ハッチから飛び出したエムリオンのモニターに、高速で迫りくるスカイグラスパー一機とスピアヘッド二機の計三機が映る。
『シン。手間取ると続々と連合の連中がやってきかねん。速攻で片付けろ。もちろんこちらの護衛も忘れるな』
「そんな、無茶言われても」
『やれと言われたらやるのが軍人だ。任せるぞ』
「あ、三佐! 自分だってMS持ってきてるくせに!? ええい、こうなりゃ出たとこ勝負だ」

 前回よりは軽い機体を、シンは多少の違和感と共に空中に踊り出させてレールガンの照準を引き絞る。
「戦闘機ならイーゲルシュテルンとマシンキャノンの方がいいかもしれないけど。まずは輸送機から引きはがさなきゃ」
 リオン・パーツ右腕部分のレールガンが立て続けに三射し、スカイグラスパー達が散開してそれを回避する。左に旋回したスピアヘッドに狙いを着けて一気にエムリオンを加速させる。
 MSサイズながらもテスラ・ドライブによって戦闘機を上回る空戦能力を有するエムリオンは、シンの芽を咲かせ始めた素質によって性能を引き出され、あっという間にスピアヘッドの背後を取る。
「よし!」
 トリガーを引き絞る一瞬、スピアヘッドが右旋回でロックオンから外れる。それに合わせシンもエムリオンを動かし、頭部のイーゲルシュテルンの75ミリ弾をばらまいた。
 ザフトのMSジンの武器の一つである重突撃銃とわずか一ミリしか違わない口径だ。数を当てればジンさえも撃墜出来る。ましてや航空機ではひとたまりもない。
「当たれば落ちるのに!」
 巧みな操縦でスピアヘッドが背後からのイーゲルシュテルンをかわし続ける。
『シン、輸送機から離れているぞ!』
「あ!?」
 慌ててこちらに戻ってくるシンのエムリオンを苦笑と共に見つめるローレンスに慌てる輸送機のパイロットの声が聞こえた。「三佐、落ち着いてないで出てください! シンくん一人ならともかく本機を守りながらでは彼も実力が出せないでしょう!」
「分るかね? 彼は素質に恵まれ努力を怠らず、腕もいいが、まだまだ視界が狭く経験が足りない」
「喋ってないでさっさと出撃してください!」
「それもそうだな」
 どうも危機感の基準が人よりずれているらしいローレンスが、ようやく重い腰を挙げて格納庫に向かった。
「ええい、当たれええ!!」
 レールガンとイーゲルシュテルンでスピアヘッドの逃げ道をふさぎ、一気に加速してあろうことかすれ違いざまにアサルトブレードを叩きつける。戦闘機との空中戦では滅多にお目にかかれないであろう超接近戦であった。
「よし、一つ。ってそんな場合じゃない!?」
 シンがスピアヘッドを落す間にスカイグラスパーと残るスピアヘッドが輸送機に取りつき、ビーム砲やミサイルを撃ち込もうとしている。
「やばい!」
 間に合うか、脳内で誰何する己の声より早くレールガンがスピアヘッドをとらえる。だが、その瞬間にスカイグラスパーのビーム砲が輸送機をとらえるだろう。逆もまたしかり。
(それでも撃たないよりは!)
 シンがトリガーを引くのと同時に、スピアヘッドとスカイグラスパーがそろって爆発した。
「え?」
「一対一に固執しがちだな。これからのDCの戦いでは一対多の戦い方を覚えねば辛いぞ」
 シンのエムリオンと向かい合うようにして、赤いエムリオンがレールガンの銃口を、さきほどまでスカイグラスパーの存在した空間に向けていた。
「ローレンス三佐? 遅いですよ! 何やってるんですか!!」
「助けられてそれかね? まあビアン総帥が気にかけるのもわかる気がするな。君は危なっかしい」
 器用に赤いエムリオンが肩をすくめる様子に、シンはなんて無駄な技量の高さ何だと軽く呆れた。しかし自分がさんざん苦労した相手をたったの一撃で沈めて見せた実力は認めている。にしてもDCでの自分の上司にはこういう癖のある連中しかいないのだろうか。
 ミナといい、ギナといい、テンザンといい、目の前のローレンスといい。
「さて、シン。そろそろ我らDCの防空圏内だ。基地に戻るまでが任務だ。気は抜くなよ」
「……分りましたよ」

 ローレンスのザフト基地への傷病者返還から時を置かずして、アスラン・ザラのジャスティスが宇宙へと上がったのだが、それが何を意味するのか、シンには分からぬことであり、また知るよしも無かった。