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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第14話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 20:49:55

SRW-SEED_ビアンSEED氏_第14話
第十四話 夢

 頭でも打ったのか、意識が混濁している様子のパイロットの姿が目に入る。自分とそう変わらない位の少女である事に、別段シャニは驚かなかったが
「へえ、美人だな」
殺すのは惜しいかもしれない。そう思い直して、目の前の機体を持ち上げようとし、レーダーに映った反応にそれを中止した。
「……また敵?」

「何事だ!」
 巡洋艦の艦橋で怒鳴るジーベルにオペレーターが答える。
「レーダーに感! DCの戦艦です。報告にあったスペースノア級です!」
「なんだと? ち、この程度の戦力ではあの戦艦の相手は出来んな。全艦急速回頭。この海域より離脱する。アンドラス少尉、さっさと戻って来い!」
「新たな反応です。スペースノア級から発進したMSが急速接近!」
「おのれ、ここでもおれの邪魔をするか! ……命令は変わらん。急げ、あの戦艦の砲撃はこの艦程度なら一撃で沈めるぞ」 
 ジーベルの切迫した声に、この傲岸な男がこれほど焦るとは、と艦橋にいた全員が肝を冷やしてその命令に従った。
 少なくともこの時は、ジーベルと艦橋のスタッフ達の心は一つだった。

 オウカがエムリオンに乗り込み、シャニのフォビドゥンの戦っている時、オノゴロ島を目指し帰路についていたタマハガネが、救援信号をキャッチし、急ぎアカツキ島へと進路を変えていたのだ。
「急げ、既に友軍の機体は全滅に近い」
 既にコクピットの乗りこんだアルベロだ。しかし、ここまでオーブ本島の近くまで接近を許すとは、こちらの警戒網の穴でも見つけられたか、相手がそれだけ優秀なのか、偶然なのか。
「アルベロ隊長、発進の準備整いました!」
 たまたまこれまでのパーソナルデータを整理していたシンが、もっとも早く出撃の用意を整えていた。
 他の機体を見渡すが、まだ搭乗したばかりの様だ。シンのエムリオンがいまかいまかと発進を待っている。
「……いいだろう。艦長、シンを先行させる! ハッチを」
『分かった。シン・アスカ機を先行させる。続いて発進準備の整った機体から順次発進だ』
 垂直カタパルトに乗せられたエムリオンが、発進シークエンスにそって甲板上に姿を見せる。
「エムリオン、シン・アスカ機。発進どうぞ!」
 まだ二十歳を超えたばかりらしい、青い髪の少女が緊張にわずかにこわばらせた顔でシンに告げる。
 生憎とその緊張をほぐしてあげられるほどシンは人生経験が豊富では無かったので、目一杯明瞭に返事をしておいた。
「シン・アスカ、エムリオン。行きます!!」
 そして帰路の事など考慮しない最高速度で天翔けた鋼の巨人は、かろうじて、オウカの危機に間に合ったのだ。

 骨を軋ませて肉をひしゃげさせるGに耐えたシンは、ぼろぼろのエムリオンを前にニーズヘグを構えるフォビドゥンを認め、即座にビームライフルの照準を合わせた。
 敵が新型のGであると伝えられた為、レールガンやアサルトブレードは外してビームライフルを携帯している。元々大型のブースターと追加の推進剤を積んでいるシンの機体は、装備を減らす事でより機動力を増している。
「こいつが、連合の新型!」
「邪魔だな、お前」
 そろそろバッテリーのゲージが危険領域に近づいているのを視界の端にとどめながら、シャニはわずかに溜飲が下がっていた気分に水を差され、顔を歪めて殺意を露にする。
 幸か不幸かアードラーの施した新機軸の強化手術及び自身の超人化を信じ込ませる暗示、腑分けにも等しいおぞましい外科手術の成果でシャニを含む生体CPU達は、従来よりも長時間の継戦時間と、禁断症状の発作期間の延長、そして理性を残している。
 その成果もあり、オルガ、クロト、シャニらの戦闘能力は上昇している。パイロットとしての技量はシンでは敵わぬ強敵だ。
「味方に当てないように照準を着けないとか」
 シンはパイロットしては近距離、特にビームサーベルなどの武装が活きる距離を最も得意としている。中・遠距離からの射撃戦も不得手なわけではなく、オールレンジで能力を発揮する安定したオールラウンダーだ。
 素質を見ても、アルベロやミナ、ギナらも口にこそしないものの目を見張るものを秘めている。
 精神的に未成熟であるため、その能力を完全に発揮する事は出来ていないが、
 将来的にはこれまでの戦争の歴史にたまさか出現した化け物じみたエース達の一人に数えられるかもしれない。
 ただ、現時点では、まだシンはシャニには及ばないのが現実であった。
 幸い、フォビドゥンの傍らのエムリオンを気にする必要はなかった。フォビドゥンの方からシンに襲い掛かってきたからだ。

「来るのか!」
「落ちろよ、お前」
 ゲシュマイディッヒ・パンツァーを再び頭からかぶり直したフォビドゥンが、降り注ぐ雨粒を弾いてシンに迫る。
 しとどに濡れるエクツァーンの砲口から放たれた弾丸を搔い潜り、シンは自分の得意とする接近戦に持ち込もうと、機体を加速させる。
「鎌をもったMSと闘うのは初めてだけど、あれの間合いに気をつけないとか」
 牽制としてマシンキャノンの弾幕を張り、それを細かいスラスターの機動でかわすフォビドゥン目掛けてビームライフルの照準を合わせてトリガーを引く。
 おおまかに回避先を予測し、そこへ逃げ込むようマシンキャノンと合わせてビームの矢を放ち、三本のビームのうち一本がフォビドゥンを捉える。
 だが、それは勿論偏光され本体を傷つけるには及ばない。
「ゲシュマイディッヒ・パンツァーだっけか? 連合も厄介なものを造る。けど、ビームサーベルは防げないんだろう!」
 勝機は接近戦にある。そう判断したシンはこちらに迫ってくるフォビドゥン目掛けて機体を走らせる。振り上げられたニーズヘグが風を切って横一文字に振われる。
 背から抜き放ったビームサーベルの光刃がニーズヘグの鋼と噛み合い、赤熱化させる。アンチ・ビームコーティングされているわけでもないニーズヘグだ。長時間交差させればビームサーベルに焼き切られるだろう。
 交わした刃をつっぱずし、わずかに距離が開いた瞬間にフレスベルクの砲口にプラズマが集束する。
 脳が認識した脅威を即座に理解したシンは機体の左半身を逸らし、同時に至近距離からビームライフルを撃ち込む。
「この距離でかわすのか?」
 必殺のつもりで放ったビームはわずかにフォビドゥンの左シールドの表面を焦がすのみに留まった。
 だが驚きに思考を割く余裕はない。エムリオンの左腕に握らせたビームサーベルをフォビドゥンの胴体めがけて突き込む。
 上昇しかわしたフォビドゥンが、エムリオンの頭部めがけてニーズヘグを振う。テスラ・ドライブに唸りをあげさせて機体を前方に直進させて、かろうじてかわす。
 バックパックのウィングの一部が切り飛ばされ、多少機体の重量バランスが傾ぐも、すぐさまOSがそれを補正する。
 直進の勢いを利用し、シンはスラスターの出力を瞬時に捜査して機体をその場で旋回させ、後ろ回し蹴りをフォビドゥンの胴体に叩き込んだ。
 コクピットを盛大に揺らされて、シャニが苦痛に呻く。
「ぐが、こいつうぅ」
 機体を揺さぶる衝撃に脳を怒りで沸騰させながら、後退したフォビドゥンを立て直す。
 前腕部のアルムフォイヤーとエクツァーンをシンのエムリオンに向けて撃ちこむが、弾丸の事如くはエムリオンの疾駆した後を虚しく通り過ぎる。
 一方でエムリオンの中のシンも、フォビドゥンの正確な射撃に肝を冷やしていた。重量を減らし身軽なエムリオンでなかったらそれなりに被弾していただろう。
「こいつ、今までの連合のパイロットは違う!」
 ともすればジャン・キャリー級の相手だと悟ったシンは、奥歯を噛み締めて、自機の無茶な機動に耐える。
(一か八かの勝負に出るか? いや、あいつを撃墜するのが目的じゃない。危険な事は出来ないか)
 間もなく後続のクライウルブズのMSが到着するはずだ。危険な賭けに出る必要はない。シンの頭の中で理性が告げる。
 オウカの乗るエムリオンは今のところ内部動力源の故障などによる爆発の心配もなさそうだ。なら、このままフォビドゥンを相手に時間を稼いでいればそれで済むはず。
 それまでフォビドゥンを中心に円を描いていた軌道が緩やかに歪み始め、シンのエムリオンが回避行動のパターンを変えているのにシャニが気付いた。
「仕掛ける気? いいぜ、来いよ」
 面白い。ひどく愉快なゲームに興じているような気分だった。アルムフォイヤーとエクツァーンの残弾ももう残り少ない。後二斉射もすればなくなるか。
 図ったかの様に二機は対峙し、フォビドゥンはニーズヘグを両手に持ち、エムリオンは右手にビームサーベルと左手のプラズマ・ステークを腰だめに構えた。
 ジャン・キャリーの時と似た状況。あの時は半分、いやほとんど運で勝ったが、果たして今度はどうなるのか。シンの口元は緊張に固く結ばれ、シャニはうすら笑いを浮かべている。
 シンは心臓が早鐘のようになるかと思ったが、驚くほどに静かに脈動し、一定のリズムを刻んでいる。
 対峙して一分も経ったような気もするし、五分が経ったようにも感じれた。
 だが、実際にはわずかに二秒程度の間であった。研ぎ澄まされた感覚があまりに鋭敏になった為に周囲の時間の流れが遅くなってしまったかのように感じられたのだろう。

 そして
「!? スティングのガームリオン、間に合ったのか」
「ちっ、お仲間の登場かよ」
「シン、無事か!」
 全速力で機体を飛行させたスティングのガームリオンをはじめ、アルベロやステラの機体の反応もある。流石にタマハガネのクルーは仕事が早い。
 戦況が一機に不利になった事を悟ったシャニはありったけの煙幕と閃光弾をばらまき、即座フォビドゥンを母艦に向けて飛ばす。
 バッテリーの残量も危険なレベルを指示している。シン一機を相手にするのにも限界が近づいていたようだ。
 そしてそれを理解する程度に、シャニには理性が残されていた。アードラー・コッホ。人格と所業はともかく、専門知識においては優秀である事は事実だった。
「今日は殺せない奴が一杯だな。……あのパイロット、名前なんて言うんだろう?」
 それまで戦いを繰り広げていたシンのエムリオンなど気にも留めず、シャニは離脱するフォビドゥンのコクピットの中で、撃墜した機体の中にいた少女――オウカの事を、ぼんやりと考えていた。

「あいつ、逃げるのか」
「よせ、シン。おれ達の目的は敵の殲滅じゃない」
「スティング、でも!」
「それよりもあのエムリオンのパイロットの安否を確かめる方が先だ」
 飛びだそうとするシンをスティングが制止し、シンはなんとかはやる気持ちを抑えて眼下のアカツキ島に膝を突く友軍機の傍らに、自機を着陸させた。
 既にアルベロとステラがパイロットをコクピットから連れ出し、様子を見ているようだ。
「アルベロ三佐。パイロットの様子はどうですか?」
『多少頭を打っているのと、パネルの破片が腹部に刺さっている。止血は済ませたが、あまり時間の猶予はない。問題はもう一人だ』
「もう一人?」
 アルベロの言葉にシンは首を捻った。複座式のエムリオンがあっただろうか?
『ステラ、スティング。お前達は機体とパイロットをタマハガネに連れてゆけ。シンは周辺の他の友軍機を見て回って来い。すぐにアウルやギナ達も駆けつける』
「三佐は、どうするんです?」
『おれは少し話をせねばならん相手がいるのでな』
 抱え上げたオウカをステラに渡したアルベロは、その視線の先、孤児院の入り口に立つ盲目の男と、その足に縋りつく幼い子供達を見つめていた。
 その後、撃墜されたエムリオンのパイロット一人と機体の残骸を回収し、シンはタマハガネに帰艦した。
「あれ、アルベロ三佐。その人は?」
 シンの視界に入ったのは、アルベロが連れているマルキオだった。マルキオの手にした杖と閉ざされた両目から、この人は目が見えないのかという事は分るが、なぜそんな人が、という疑問が湧く。
「こちらはマルキオ導師だ。お前も名前くらいは聞いた事があるだろう。先程の戦闘があった島で孤児院を開いていてな。戦闘に巻き込まれそうになったので、孤児たちを含め安全な場所に送る事になった」
「なるほど」
 とは言うものの、民間人を軍艦に乗せていいのか、ディバイン・クルセイダーズとなったオーブのどこに安全な場所があるのか、など色々と聞きたい事もあったが、それは押し殺しておいた。
 誰かに答えを聞くのは、自分で考えてからにしろと、ビアンやアルベロ、ミナ達に何度か注意された事がある。
「声からしてずいぶんとお若い方ですね。マルキオです。子供達と短い間ですが、お邪魔させていただきます」
 あくまで穏やかで静かなマルキオの物言いに、シンもつられてこちらこそ、などと言ってしまった。
 シンが知っているマルキオ導師と言う人は、なんだか知らないけど連合やザフトに顔が利く不思議な有名人という事だ。
「そうだ。フォビドゥンと闘っていたエムリオンのパイロット、無事でしたか?」
「うむ……。マルキオ導師」
「構いません。ビアン殿が目を掛けた少年と言うならば」
 神妙なアルベロの様子に、シンはわずかに困惑した。なにか機密に関わるような事を聞いてしまったのだろうか。
「ここでは人の目がある。シン、こっちへ来い。導師は子供達の所へ行ってやれ。案内はいるか?」
「いえ、子供達の声が聞こえますから。それでは」
 小さく会釈して、アルベロとシンから離れてゆくマルキオの背を見送り、シンがアルベロを見つめる。
 アルベロは野生の獣みたいに刺々しく生え揃った顎髭を一度、ぞり、と撫でてから苦渋に近い表情を浮かべて近くの通信室にシンを連れて行った。
「この話はビアンも交えた方がいいのでな、連絡は付けておいた」
「総帥が一枚噛んでるんですか」
 AI1に連絡を入れさせておいたため、通信室でアルベロが指示を出すのと同時に、メインパネルに行政庁にいるはずのビアンの顔が映る。
『久しぶりだな。シン。皆無事なようで何よりだ』
「ビアン総帥も。あの、それでエムリオンのパイロットがどうかしたんですか?」
『報告はAI1から届いている。お前がフォビドゥンと戦う前に交戦していたエムリオンを操っていたのはDCのパイロットではない。以前に私とウズミ、マルキオで話し合い預けておいた者なのだ』
「え、じゃあ、民間人なんですか?」
 流石に軍事訓練を受けていない民間人がDCの誇るエムリオンを駆っていたと聞かされて、シンも驚く。だが、すぐにそれを自分で否定した。
「でも、それなら総帥やウズミ様が話し合うわけもないし」
『うむ。そのパイロット、名前はオウカ・ナギサと言うのだが――彼女は強化人間なのだ』
「! じゃあ、ステラやアウルと同じ?」
『……そうなるな。最も本人は記憶を無くしていてな。今は自分が強化人間であると言う事も忘れている。ならば余生を民間人として暮らす方が良いだろうとマルキオの孤児院に預けたのだが、今回は裏目に出たようだな』
 ビアンは小さく溜息を吐いた。
「そうだったんですか。ステラ達はその、オウカさんの事は知っているんですか?」
『いや、あの子たちとは別の研究機関に所属していたからな。ステラ達にとっても初対面になる。オウカだが、久しぶりの戦闘が刺激となって体調を崩している。
タマハガネの設備では本格的な治療は出来んのでな、マルキオの所の孤児たちと共に、こちらまで来てもらう事になった』
 それまでビアンとシンの会話に口をはさまなかったアルベロが、口を開いた。腕を組み、厳めしい表情を拵えている。
「いいか、シン。この事は他言無用だ。口を滑らせたらどうなるか、分かるな?」
「こんな事、そんなペラペラ喋ったりしないですよ!」
「ならいい。というわけだが、ビアン。治療の用意はどうだ?」
『こちらにつき次第すぐ取りかかれるように整えてある。最初のショック状態を超えれば後は数日休むだけで問題はなかろう』
 オウカの怪我そのものは大した事はないらしい。それは不幸中の幸いというべきだろう。

 帰還したシャニ達のデータを見つめる人の皮を被った、老いた獣が一匹。
 第四洋上艦隊を主力とするオーブ解放作戦、いや、DC討伐艦隊旗艦『アイアロス』の研究室で、アードラーは今回の生体CPU達の戦闘データを整理していた。
 深く腰掛けた椅子の背もたれに背を預け、満足のいく結果に自然と笑みが浮かぶ。
 己の欲望の為なら他人の犠牲などいくらでも強いる事が出来る人の心を置いて来た人間の笑み。
「戦闘時間の延長も考慮に入れれば前回の作戦時より12パーセント戦闘能力が上昇したと言った所じゃな。もっとも機体の方は変わらずか。アズラエルめ、もっと強力な機体を寄越せば良いものを」
 パイロットの方の強化は進むものの、肝心の機体の性能に変化がない。これではDCの繰り出すMSやヴァルシオンシリーズに勝てるかどうか。
 いや、連合の物量をもってすればヴァルシオンを無視してオーブ本島やオノゴロ島を蹂躙する事は容易い。
 だが、ヴァルシオンを筆頭に女性型の機体と三機のみょうちきりんなMSならば、あれらだけで艦隊群を突破して旗艦や艦隊中枢部を叩ける。
 それがアードラーには気がかりだった。
 まあ、あれでビアンは民を見捨てる事は出来ぬ性分だ。市街が戦火に晒されれば、動きは鈍るだろう。……おそらくだが。
 彼我戦力はアードラーの把握している限り3:1にまで広がっている。正面から押しつぶすだけで勝敗は決しているようなものだ。
 ここであれやこれや気を揉んでも仕方がない。そう結論付けてアードラーは更なる強化の方法を模索すべく作業に没頭した。
 アードラーによって着々と強化されるシャニ、オルガ、クロト達。
 本来の世界よりも戦闘能力が増大し、破壊衝動と闘争本能を強制的に開放され、γ―グリフェプタンのみにとどまらぬ数多の薬物、脳内に埋め込まれたインプラントの改良・数の増加とが施されている。
 皮肉にも統合的な戦闘能力の上昇を目指したが故に、ある程度連携も出来るように理性を残し、禁断症状や人格崩壊の訪れが遅れるようにも調整されていた。相反する強化人間の製造は、アードラーがいなければ実現しなかっただろう。
 オルガ達以外にも、能力は劣るがより安定した強化人間達が続々と連合の部隊に配備され、DC討伐後は一気にザフトの地上戦力を殲滅し、宇宙に浮かぶ砂時計に攻め込む計画が立案されている。
 MSの数もパイロットも、徐々にではあるが連合は整えていた。

 オウカをオノゴロにある強化人間用の治療施設に収監し、その様子を見守っていた人影が三つある。
 先程までいたマルキオは、オウカの容態が安定し快方に向かっている事を告げられて安心し、今は孤児達の所にいる。
 今ここに残っているのは時間を作ってこの施設に足を運んだDC総帥ビアン・ゾルダークとビアンの右腕的存在であるDC副総帥ロンド・ミナ・サハク。
 ミナはここにいる必要はないのだが、ビアンと行動を共にする事が多く、DCのメンバーもこの二人はセットで考えている者が多い。
 円形のカプセルの中でまどろむオウカを見つめていたビアンが、残る三人目に声を掛けた。オウカに関してはビアン以上に詳しい男だ。
 金色の髪にややたれ気味の瞳。左目の下にはほくろが一つ。やや気弱だが温厚そうな雰囲気の青年だ。身につけた階級章や来ている白衣から医療スタッフである事が分る。
「クエルボ、彼女の様子はどうだ?」
「一時的なショックです。戦闘行為での刺激と頭部を打った事が原因の一部でしょうが、総帥の見立て通り軽傷というほどですらないでしょう」
 どこか安心した様子でクエルボは目の前のコンピューターの画面に映るオウカのメディカル・データから目を離した。
 クエルボ・セロはビアン同様新西暦世界からこのCE世界へと転移してきた死人だ。
 ビアンとは死期が半年以上異なるが、ビアンのDC結成準備を行い始めた時期に接触し、DCに属している。
「これなら今日一日治療カプセルで眠れば明日の昼頃には目を覚ますでしょう。数カ月ぶりの機動兵器での戦闘をこなしても、大事に至らず幸いといった所でしょう」
「不幸中の幸いか」
 これはミナだ。無感情な響きだが押さえた感情がわずかに滲んでいる。
 ステラやスティング、アウルの他にもエクステンデッドやソキウス、強化人間の例を知っているから、彼らと同様の処置が施されている(厳密には異なるが)オウカを前にして胸の奥で憤りを覚えているのだろう。
「クエルボ、彼女を頼むぞ。お前の方が私よりもオウカに関しては詳しいだろうしな。彼女は覚えていなくても、お前が覚えている事が重要なのだからな」
「はい。それが私の贖罪でもあります」
 口にした言葉を命を賭けてでも実現する――そんな決意が込められたクエルボの言葉にビアンは首肯して、ミナと共に医務室を後にした。
 ビアンの背を見送り、クエルボはもう一度安らかに眠るオウカの穏やかな寝顔を見た。おとぎ話の眠り姫は毒のリンゴを食し、あるいは魔女の呪いで醒めぬ眠りに落ちたが、オウカもある種それに近い。
 記憶をいじられ、人格を消去され――戦いの道具とされて。
 それにはクエルボもまた大きく関わっていたのだ。
 はたしてどんな夢を見ているのか、うら若い美貌に眠り姫の仮面を被ったオウカの寝顔には悪夢の欠片も見つける事は出来ない。
「オウカ……。君までこの世界に来ていたとは。いや、せめてこの世界では君は君の幸せの為に生きる事が出来るように手伝おう。それがきっとこの世界に私がいる大きな意味なのかも知れないな」

 夢を見ていた。見知らぬ場所だった。見知らぬ子達がいた。最初は白身を帯びた薄い紫色の髪をした小さな女の子がいた。五歳位だろうか? 
 旧アジア地域の中国風の服を着て、バースデーケーキを両手に持って頭の上に持ち上げている。蝋燭が五本に、苺を乗せたケーキだ。HAPPY BARTHDAY! と書かれたチョコ板が乗っている。
 この小さな女の子の誕生日なのだろう。今日の為におめかしした服は丈が長く、袖に小さな手は隠れてしまっている。
 恥ずかしいのかうれしいのを隠す為か、ふっくらとした愛らしい顔はほんのり赤く染まっている。
 夢の中には今よりも幼い自分も出てきた。紫地の、スリットの深いチャイナドレスを着て両手に扇を持って女の子の誕生日を祝福している。
 頬を赤らめた女の子ははにかみながら、嬉しそうにしている。
 例え夢の中でも女の子の笑顔は、なぜかオウカの胸に暖かいものを宿らせていた。
 一瞬白い光があふれて風景が変わる。先程の女の子が幾分成長し、11、2歳位の姿になっていた。オウカもまたその場にいたが、他に二人の登場人物がいた。
 紫の癖っ毛に緑色の瞳をした明るい雰囲気の、ちょっと軽い感じの男の子に左側頭部を編みこんだ銀髪のショートカットに青い瞳の女の子だ。
 二人とも最初の女の子よりは年上だが、オウカよりは年下だ。オウカを含めた四人の雰囲気は、そう今オウカがいるマルキオの孤児院の様な、家族の雰囲気がある。
 夢の中の自分も優しい顔をして男の子や女の子達と何か楽しげに話をしている。
 男の子がなにかねだっているらしく、それを銀髪の女の子が窘めているのか、愛らしい目元を少しだけ吊り上げてまくしたてている。
 小さな女の子はちょっと困った顔で視線を、二人の顔の間でいったりきたりさせている。
 夢の中の自分は仕方がないな、と優しい苦笑を浮かべて言い合う男の子と女の子に声を掛けて何か言っている。
 夢の中のオウカは、どうやらうまく二人の間を取り持ったようで、男の子は顔を喜び一杯にし、女の子も仕方がないなあ、とオウカ同様の表情を浮かべている。
 表面的には口喧嘩をしていても、今夢の中にいる四人は誰もがかけがえの無い家族なのだろう。
 夢の中のオウカはどこまでも穏やかで、優しい顔をしている。誰が見ても幸せそのものの風景だった。

「ラト……アラド、ゼオラ」

 いつも思い浮かぶ思い出せない名前。夢の中でその名前が夢の中の男の子と女の子たちだと理解できる。
 けれどそれは夢を見ている間だけの事。目を覚ませば埋める事の出来ぬ喪失感が胸の中に見えぬ穴を空けてしまう。
 オウカは閉じた瞳からいくつもの大粒の涙を流し、清らかな輝きを残してオウカの頬に幾筋も残す。失ってしまった過去の幸福な記憶。取り戻せない過去。
 オウカはただただ涙を流し続けた。目を覚ませば、なぜこんなにも悲しいのかさえ分からなくなる夢を見ながら。