Top > SRW-SEED_ビアンSEED氏_第23話
HTML convert time to 0.012 sec.


SRW-SEED_ビアンSEED氏_第23話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:00:53

第二十三話 歌姫の刃

 前プラント最高評議会議長シーゲル・クライン。
 ナチュラルとの融和を願う穏健派の代表たる彼が、議長席を追われ、娘ラクス・クライン共々国家反逆者として指名手配されてはや数か月。
 プラント独立の礎として身を粉にして奮闘した、コーディネイターの短い歴史の中でも特筆すべき人物だ。
 だが今は、その身柄を司法局地下に拘束されていた。
 国家反逆者とはいえそこはもと最高評議会議長である。並の高級ホテルが霞んで見える設備の整った一室にいた。
 シーゲル自身には、まったくもって身に覚えの無い、娘ラクスの行った最新型機フリーダム強奪によって、そのとばっちりを受けてこうして監禁されているのだ。
 シーゲル自身は、キラ・ヤマトの事を、マルキオがオーブで庇護したコーディネイター難民であり、天涯孤独の身と言う事もあって、一時的にでも良いからプラントで預かってほしいと伝えられていた。
 まさか連合の開発したGの一機“ストライク”のパイロットだなどとは夢にも思っていなかったのだ。
 正直な話、ラクスの行動は父であるシーゲルにとっても寝耳に水であり、故に彼自身はこうして大人しく自らで司法局に出頭し、彼がいつも気にかけ自由と公平な世界を求めて闘った同胞の作り上げた法の裁きを受ける事にしている。
 彼にとっての誤算は、娘ラクスの影響力と行動力が、予想をはるかに越えて巨大であった事だろう。
 シーゲル自身、ラクスの持つアイドルとしての人気やカリスマ性、ある種異常なまでの求心性をプロパカンダの一つとして利用していたから、娘の力は誰よりも知っているつもりだったが……。
 まさか、これほどの事をやってのける程に力を持っていたとは、彼自身性質の悪い冗談のように思える。
 いわゆるクライン派が、プラント内における戦争・及びナチュラルへの対応において穏健な勢力であるとされている。
 クライン派のトップはその名の通りシーゲル・クラインであり、娘ラクス・クラインはその傍らで常に微笑みを浮かべながら、時に鋭く意見を述べ、その存在を主張していた。
 だが、やはりシーゲル・クラインの娘と言う肩書からは逃れられず、実際の戦場、政治の世界を知らぬ少女であると、父であるシーゲルも見なしていた(逆に言えば、戦場と政治を知らぬという事は、大多数のプラント市民の意見を代弁する存在であると重宝されてもいた)。
 その読みの甘さがこの結果を招いている、ラクスはシーゲルの思惑を超えて自らのシンパを増やし、クライン派を二分するほどの勢力を秘匿していたのだ。
 そうしてラクスがフリーダムを、あの傷ついていた少年に託した事でシーゲルは国家反逆者として手配され、穏健派はその影響力を著しく低下させる事になってしまった。 和平への道が遠のいた事を、シーゲルは痛切に感じていた。

「ラクス、お前はお前なりに平和の道を模索して行動に移ったのかも知れんが、それが間違っていた時の事を考えた上での事か?」

 穏健派の力が衰えたことで、好戦派であるパトリック・ザラを筆頭とする勢力の影響力と発言力は増し、地球連合との戦いが終息する日は遠のいたのではあるまいか。
 プラントは戦線を広げ過ぎた。戦争を長く続け過ぎた。
 理想的な形で勝利する時期は既に失われているのではないか? 地球群が既にMSの開発・実用・生産に入った事はシーゲルの耳に入って久しい。
 所詮、プラントと地球ではマンパワーも国力も違いすぎるのだ。コーディネイターの能力的な優位性はシーゲルとて否定はしないが、ナチュラルとコーディネイターの能力差をもってしても、勝利を妄信出来るほどシーゲルはナチュラルの事を知らないわけでは無かった。
 そもそも、彼らコーディネイターを生みだしたのはナチュラルであり、今も昔もプラントは地球なくしては成り立たない現実を抱えているのだから。
 もう何度目になるか分からない溜息をついて、シーゲルは肩にのしかかる重みが増した気がした。重い罪を神に告げられた信徒の様にうなだれるシーゲルの耳に、扉の開く電子音が聞こえる。
 三度の食事と新聞などの情報媒体を運びこむ以外では今までなかった来客の様だ。いずまいを正したシーゲルの前に、険しい顔をしたパトリックがいた。
 長い付き合いだ、どれ位機嫌が悪いかは、一目で分かる。
 堅く引き絞った唇はかすかにひくつき、こめかみも時折痙攣している。誰が見ても懸命に怒りを堪えていると分る表情だった。
 これは相当まずい事態が起きたかとシーゲルは緊張に身を固くする。
 最悪の場合、ニュートロンジャマーキャンセラーの連合への流出などだ。それに対してはラクスの行動以外にも、シーゲル自身にも身に覚えがあり、その対応策こそ施してあるが、多少どころではなく気になる。

「何かあったのか、パトリック?」
「……またお前の娘がやらかしてくれたぞ、シーゲル」
「……すまん」

 シーゲルは正直泣きたくなった。ラクスはもはや彼の知る愛らしい娘では無く、彼の想像を超える力を持った女傑なのだ。
 うすら寒くなるような恐怖をシーゲルは娘に抱きつつあった。ラクスの力の増大を看過したのは紛れもなくシーゲルの責任であったから。
 そしてパトリックの語る、ラクスの“やらかした”事とはこうであった。

 アプリリウス市の宇宙船格納デッキには就航を待つ新造戦艦が一隻あった。あわい紅色の、全長300メートルほどの戦艦だ。
 両舷にフロートの様なパーツが突き出し、そこから白い翼が刃の様に鋭く、幾重にも伸びている。
 ナスカ級に似たブリッジの前には単装の主砲が一基、ミサイル発射管が艦のあちこちに、他にも対空機関砲が備えられ、砲撃戦に向いた戦艦ではなさそうだ。
 特徴的なのは艦首両側にドッキングされたミーティアと呼ばれる、フリーダムとジャスティス専用の特殊装備だろう。これ自体はドッキングした状態からも使用可能だが、本領を発揮するのは、核動力MSと組み合わされた時だ。
 エターナル級一番艦エターナルと、ギリシア神話に語られる勝利の女神ニケーのローマ名を与えられた二番艦ウィクトリア他核動力機の量産に合わせて数隻が建造されているが、今後の戦況次第では日の目を見ずに終わるかもしれない。
 核動力MSの専用運用艦であるエターナル級は、それゆえに汎用性に欠け、単艦での火力もやや不足気味なのだ。
 ザフトの正義と自由を永遠とする為の船の艦橋に、その男はいた。日に焼けた肌に強い日差しにやや色がくすんだ茶色の髪。足に障害があるらしく杖を持ち、隻腕で、顔に走る大きな傷が左目をも封じていた。
 だが、それだけの傷を抱えてもこの男の存在感を損なう事はない。傷を負って尚戦場に立つその姿は勇猛な武将を想起させる。悪く言えば海族の親玉だが。
 名前をアンドリュー・バルトフェルドといい、かつて砂漠の虎の異名でザフトのアフリカ戦線を支えた名将だ。
 以前、低軌道会戦の折、アフリカに降下してきたアークエンジェルと戦火を交え、地元のレジスタンスの協力を得たアークエンジェルに破れ、バルトフェルド自身もキラの駆るストライクに、愛機ラゴウを撃墜され生死の境を彷徨った。
 傷はその時のものだ。奇跡の生還を遂げたバルトフェルドは、厭戦気分に覆われていたプラント市民に対する英雄に祭り上げられ、その人気と実力を利用すべくパトリックの命によって、最新鋭戦艦エターナルの艦長を任されていた。
 ある連絡を受けたバルトフェルドは、艦内放送用の受話器を取り上げた。

「あー……、本艦はこれより最終準備に入る」

 どこか悪戯を仕掛ける悪童の響きを含んだバルトフェルドの声が艦内に響き渡った。

「いいか? 本艦はこれより最終準備に入る……。作業にかかれ!」

 いかにも艦長らしい指示に、しかし思い当たる節の無いクルー達は戸惑い、逆にその言葉の意味するところを理解するクルー達は、その当惑するクルー達に銃器を向けてエターナルから追い立てた。
 それを待っていた新たなクルー達が、入れ違いにエターナルの各部署に向かう。エターナルに乗りこんできたのは、クルー達だけでは無かった。バルトフェルドのいる艦橋に、涼やかな声と共に一人の少女が姿を見せた。

「お待たせいたしました」

 例え遺伝子を操作したにせよ、美しいと評するに値するピンクの長髪を後頭部で纏め、旧日本の過去の歴史に登場する武将達が羽織っていた陣羽織と似たモノを着たラクス・クラインだ。
 陣羽織の下には極端に丈を詰めた着物を模したワンピースで、みずみずしい肌の輝きを零す太腿が大胆に露出していた。
 紫水晶から削り出したように淡く紫の色を帯びた瞳は、どこまでも柔和で、傷ついた者、疲れた者を受け入れる母性を感じさせた。
 彼女がプラントの人々に愛される理由の一つの様に思える。
 前プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの愛娘にしてプラントを代表するアイドル――そして、どこの誰とも知れぬ人間にザフトの最高機密たる核動力機フリーダムを与えた国家反逆者。
 ラクスはバルトフェルドと視線を交わし、彼の背後に設けられた一段高い指揮官席に腰を下ろす。

「アスランは、どうなりました?」
「ダコスタくんが上手くやってくれたようですよ。途中でこっちに合流するでしょう。所でそっちの彼はどうです?」
「彼は何時もの通りです。黙って、傍に居てくれています」
「彼らしい事で。さて、では行きますか」

 何事かと先程からせっついてくる管制室の呼びかけに応える事はしない。何しろ彼らはこれからザフトの指揮下を離れ、独自に行動しようとしているのだから。
 メインゲートの管制システムのコードが早くも変更され、此方からの操作では開かなくなる。
 バルトフェルドはむしろ楽しそうに笑い、一段高い所にいるラクスを振り返った。

「ちょっと荒っぽい出発になりますな。覚悟してください」
「仕方がありませんわ。わたくしたちは行かねばならないのですから」

 ラクスは白いその細面を揺るがす事無く凛とした声で答える。そう、自分達は行かねばならない。誰よりも自分自身がそう思う故に。
 ラクスの柔らかい声の中に潜む決然とした意志を聞き取り、バルトフェルドは即座に行動に移った。

「主砲、発射準備! 照準、メインゲート! 発進と同時に斉射!」

 ほどなくして、ザフトの最新鋭艦エターナルは、メインゲートを内部から破壊し、無限大に広がる大宇宙の海原に飛び出した。
 闇色の墨をまき散らし、銀の輝きを散ばせた宇宙に、永遠と名付けられた船は、乗せた者達の意思が乗り移ったように勢いよく乗り出した。

「よおし! ――ダコスタくんとアスラン・ザラは?」
「もう間もなく……来ました」

 レーダー手がバルトフェルドの問いに答えるのと時を置かずに、港湾のある個所から飛び出してきた複座式のシャトルが見る見るうちに近づいてくる。

『隊長――!!』
「ほほう、遅からず速からず、良い仕事をするなあ、ダコスタくん。後で一杯奢ってやるぞ!」
『コーヒーなら結構です』
「なんだ、つまらんなあ。それでも僕の副官かい? まあいい、後部ハッチに回れ。機体収容後、機関最大、この宙域を離脱する!」

 ダコスタの隣で、自分の知らぬ戦艦の、正気を疑うカラーリングに困惑しながらアスランは、同時に急激に加わった加速にこの艦がかなりの高速艦であると推測した。
 ナスカ級以上の高速艦だとして、その運用法は何だろう? そういえば艦首の砲台らしき部位も妙だ。
 ほとんど成り行きに身をまかしてプラントから出てきてしまった事に一抹の不安を覚えつつ、アスランはダコスタに先導されて艦橋へ上がった。
 自分が入るのと同時に、一段高い指揮官席から振り返った少女の白い美貌に、アスランは分かってはいたが、息を呑んだ。

「ラクス、本当に君だとは……」
「アスラン、お怪我はありませんか?」

 にこりと、テレビの向こう側で、すぐ傍で何度も目にしたのと同じ笑みを浮かべるラクスに、やはり本物だとアスランは確信する。
 すると、副長席に座っていたバルトフェルドが陽気な声を掛けた。

「いよう、初めまして、アスラン・ザラ君。君の同僚のイザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンとは面識があるが、君とは初めてだよな? ようこそ歌姫の艦へ! アンドリュー・バルトフェルドだ。よろしく頼む」

 アンドリュー・バルトフェルド? 奇跡の生還を果たしたあの英雄? 流石に驚くアスランがラクスを振り返ると、彼女は静かに頷いて肯定した。
 シーゲルの政治力と人望、それに娘ラクスのアイドル性とカリスマ性が描くクライン派の人脈は、アスランの予想を超えて広大だったようだ。
 最新鋭の戦艦を奪い、それを運用するだけの人員を揃え、英雄を取り込む。
 恐ろしいまでの人心掌握と行動力だ。それだけの事を成して見せるラクスを、アスランはつい何度も見てしまった。

「アスラン、わたくし達もまた争いの産む憎悪の連鎖を断つべく立ち上がりました。共に、戦いましょう。そして、この悲しい戦争を終わらせるための答えを共に探しましょう」
「ラクス……。ああ!」

 父パトリックが自分の予想とは違い、妄執に取りつかれてはいない事に安堵したアスランだが、前線の兵達の凶行を知る故に、ザフト全体への危機感は残っている。そして、今自分の前には、同じ道を選らず闘う事を選んだ人々がいる。
 その事はアスランの心に新たな希望と活力を与えていた。
 希望を乗せた船は凄まじい加速を見せて見る見るうちに、アプリリウスから放れ、暗黒の宇宙に一筋の輝かしい彗星となって飛ぶ。
 だがその飛翔を妨げる者達は、間もなく現れた。コンソールから鳴り響く警告音に、オペレーター席に着いたダコスタが、鋭い声を挙げた。

「前方にMS、数はおよそ五〇!」
「ヤキンの部隊か……。そりゃまあ、出てくるよな。主砲発射準備! CIWS(近接防空システム)作動!」

 驚く様子を見せず、バルトフェルドは次々と的確に指示を出し、目の前に展開する数十分前までの友軍達の動きを見ていた。
 宇宙で温存されていた精兵だけに、その動きは素早く、まだまだザフトも戦えると思える。
 その事がうれしくもあり、今は厄介でもある。父に申し訳ないと思いつつ、アスランは口を開いた。

「この船にMSは!?」
「あいにくと出払っていてね。――こいつはジャスティスとフリーダムの専用運用母艦なんだ。君と彼が持っていってしまったからね」

 フリーダムとジャスティスの為の艦……だとすると、キラにフリーダムを渡したのも、こうなることを予測しての事だったのだろうか? ラクス達の先見性には驚かされるが

(それはつまり、自分達がこうするような事態になる事を止められないと諦めたという事か? それても最悪の場合、ザフトにNJC機という突出した力を残さないため?)

 だとしても、少なからずアスランはラクス達の行動に疑問と不安を覚えないではない。それだけの力があるのなら、なぜわざわざ監視カメラの目の前で堂々とキラにフリーダムを与えたのか。
 キラの素姓を誤魔化せる位なら、監視カメラの記録だって弄れるだろうに。なんとなく、クライン派は、ここ一番という所でミスをする集団なのかも知れないと、アスランはこっそり思った。
 とはいえ、今はエターナルだけでヤキン・ドゥーエの防衛網を突破するという無茶に同乗しなければならない。MSが無ければ、自分はあまりいる意味がないのが、もどかしい。
 眉を寄せ、モニターを睨むアスランの耳に、ラクスの声が聞こえた。

「全チャンネルで通信回線を開いてください」
「了解! さて、歌姫の歌ならぬ言葉に、どう答えるね? ザフトの諸君!」

 愉快そうにバルトフェルドは、ラクスの意図を読み取って通信機器を操作し、ラクスに頷き返した。

「わたくしはラクス・クラインです。願う未来の違いから、わたくしはザラ議長と敵対する者となってしまいました。――ですが、わたくしはあなた方との戦闘を望みません」

 アスランは思わず吸い込まれるようにラクスの横顔を見つめた。柔らかな声の中に一片の媚を含む事無く、凛と鳴らされた鈴の様に心地よいラクスの声。
 そして言葉に込められた決意は、いやおうなく聞く者を惹きつける――なにか言葉にできない魅力の様なものがあった。
 目の前のラクス・クラインは、かつて自分が接した争いなどとは無縁に思える無邪気で、守るべき人ではないのだと、アスランは理解していた。
 ラクスの言葉は続く。

「どうか、船を行かせてください。そして、皆さんももう一度、わたくし達が本当に戦わなければならぬものは何なのか……考えてみてください……」

 アスラン達からはうかがい知る事は出来なかったが、ラクスの言葉に心揺らされた兵士達は少なくはなかった。
 それでも、彼らはザフトの兵であり、民兵上がりの軍事組織とはいえ、彼らは軍人として訓練されていた。
 撃てと言われれば、肉親や友でさえも撃てる――それが軍人と言うものなのだ。

「ま、難しいよな。いきなりそう言われたってよ。だがまあ、こちらもやられるわけには行かんのでね。こちらのエスコートはどうした!」
「……来ました! 前方MS隊の後方から急速接近中、“シュリュズベリイ”です!」

 間に合ったという喜びを滲ませるダコスタの声に応じるが如く、一隻のナスカ級高速艦が、猛スピードでエターナルに迫りつつあった。
 シュリュズベリイ――盲目の偉大なる魔術師の名を冠したナスカ級は、通常の艦に比べ改修が施されているようで、突き出た三つ又の鉾の様な船首の中央が膨れ上がっており、赤子を抱えた母魚か虫の様だ。
 中央のカタパルトから、四機のMSが出撃しエターナルに迫るヤキン・ドゥーエの防空部隊に襲い掛かる。
 ザフトの最新鋭機ZGMF-600“ゲイツ”だ。
 濃緑の装甲にザフトMSの特徴であるモノアイとGタイプに似た口部で構成される頭部、ジンの背部スラスターを洗練したデザインのスラスターに、腰部に装備された有線ビーム・クロー“エクステンショナル・アレスター”、
 二振りのビーム・クローを装備したシールドに、ザフト製MSとは初となるビームライフルを正式に装備した意欲機だ。

 指揮官機用カラーの白いゲイツを中心に二機のゲイツが左右につき、見事なコンビネーションで次々と迫るジンの戦闘能力を奪って行く。
 ジンのパイロット達もそれなりの腕前のはずだが、ゲイツのパイロット達はそれ以上の様だ。

「マーズ、ヘルベルト、ラクス様の乗っておられるエターナルにミサイル一発撃たせるんじゃないよ」
「お、名前で呼んでくれたねえ」
「言わずもがなだな、ヒルダ」
 
 指揮官機のゲイツに乗った、右目に眼帯をはめたオレンジの髪の女性ヒルダの声に、メガネと左目に走る傷が特徴的なヘルベルト、爪の様に整えられた髪と顎髭が印象的なマーズがそれぞれ応える。
 彼らはいわゆるクライン派のザフト兵の内、とくにラクスへの信奉と忠義の厚いパイロット達だった。しかもMSパイロットとしての実力も折り紙つき。
 赤服はリーダー格のヒルダのみだが、実戦経験に裏打ちされた確か実力を持つヘルベルトとマーズは、下手な赤服などよりよほど頼りになる。
 ヒルダのゲイツを先頭にして、三位一体のコンビネーションで、ヒルダ達三人は破壊の使徒と化して戦場を駆け抜けた。
 突如戦場に駆け付けたナスカ級とMS達が味方と知り、アスランは思わぬ援軍に一息つこうとしたが、それでも数で勝り、次々と出現するヤキンの防空隊に包囲される現状に焦りを覚えている。
 エターナルもバルトフェルドの指示の下、ラクスのコクピットは外してくださいね、という途方もなくハードルの高いお願いを叶えながら必死に迫るミサイルやMSを追い払って行く。
 残る一機のゲイツが、エターナルの護衛に付き、ビームライフルと腰部に装備したレールガンでジンを戦闘不能にしてゆく。
 これは火器運用試験型と呼ばれる機種で、ジャスティスやフリーダムの装備を、ゲイツで試験的に運用しデータを取る為のものだ。
 背にはジャスティスのファトゥム00の原型となるリフターを装備し、ザフトMSとしては初めてPS装甲も装備している。
 ただし動力は従来のバッテリーパックであるため、PS装甲とビーム系の火器を並行して使用するとリフター内の補助バッテリーを使用しても稼働時間は10分程である。
 動力の問題をどのように解決したのかなどといった事はアスランにとってはどうでも良い事だったが、そのパイロットは大問題だった。

『大丈夫ですか、アスラン、ラクスさん』
「な、ニコルか!?」
『はい、僕です』

 モニターの片隅に映し出された少女めいた少年の顔に、アスランはつい声を荒げてしまった。
 彼の見つめる先には、ストライクとの戦いから奇跡的に生還したニコル・アマルフィがいるではないか。
 アスランがキラ達と合流する前に別れた、弟の様に思っていた少年が選んだ道が、自分の道と交差したことがうれしくもあり、同時に戸惑いを覚えていた。
 言いたい事はいくらもあったが、話し合う事の出来る状況でない事は確かだ。
 開きかけた唇を閉じ、アスランはニコルの瞳を見つめた。

「ニコル、お前もこの道を選んだんだな」
『はい。また貴方と一緒に戦えて、嬉しいです』
「そうだな」
『とにかく、今はここを切り抜けないと。また話は後でしましょうね』

 ニコルらしい、優しい笑みを残して通信は切られ、火器運用試験型ゲイツは戦いへと戻る。
 エターナルに迫るミサイルを、ニコルが火器運用試験型ゲイツに装備されたライフルとレールガンで的確に撃ち落とし、暗黒の空間にいくつもの火球を作り出す。

「ブルーアルファ及びチャーリーより、ジン七、シグー二!」

 ダコスタの報国に素早くバルトフェルドが指示を飛ばし、四機のゲイツとシュリュズベリイ、エターナルは、六〇を超し始めたMS達の包囲網を突破すべく不殺の激闘を繰り広げる。

「流石にプラント本土を守る最後の砦の兵だ。質も量も悪くないな!」
「隊長、感心している場合じゃないですよ!」
「はっはっは、そう慌てるな、ダコスタくん! 男たるものどんな状況でもどんと構えていろ。それに歌姫の剣殿も、ようやく動いてくれそうだぞ?」
「剣?」

 聞き慣れぬ言葉に、思わず訊き返すアスランに不敵な笑みを向け、顎をしゃくってシュリュズベリイの大きな格納庫を示した。
 バルトフェルドの後ろで、ラクスが万の信頼を込めた視線を向けていた。

「頼みます。“―――――”」

 ラクスの呟いた名前を、アスランは聞き逃した。

 シュリュズベリイの中央カタパルト上部に、改装されて備え付けられ上部展開式ハッチが開かれ、ソレが姿を現した。
 青いシュリュズベリイの船体を足元に、星々の煌めきを背後に雄々しく立ち上がる。
 五十メートルを超す巨躯は、大きくせり出した丸いショルダーアーマーや二の腕、足の付け根などは白く、胴や腕部は黒い装甲だ。
 各所に、菱型の赤い水晶状の物質が埋め込まれている。背には巨大な赤いドリルを装着していた。
 サイズもデザインもMSの常識から外れているが、とくに人面を模した鼻と口を持つ頭部の額から生えた巨大な赤い角などはインパクトが強い。
 ただ、装甲の所々にはひびが入り、左眼のカバー付近は大きく裂けて、眼球を模したカメラ・アイが剥き出しになっている。
 逞しい男性の胸の様な胸部にも横一文字に斬り裂かれた跡がうっすらと残っていた。
 まるで、神代の戦いに向かわんとする歴戦の巨人の戦士の様だ。
 猛々しさを強調する傷が戦の火に照らされ、巨人の厳しさをたたえた瞳が、戦場を見渡したような錯覚をアスランは覚えた。
 殆ど確信に近い思いでアスランは巨人を見つめた。あのサイズの機動兵器を開発・実用している勢力は唯一つ。あの奇抜に過ぎるデザインにもどこか通じるものがあった。 論理的な根拠にはかけるが、アスランの直感は正解であると訴えている。
 しばし、その威容にアスランは見惚れていたが、バルトフェルドを振り返った。

「バルトフェルド艦長、あれは一体なんですか。まさか、ディバイン・クルセイダーズの!?」
「さてねえ? 僕もあれが何で、あれに乗る彼が何者なのかは知らないよ。ただまあ、とんでもなく頼りになる味方ってことくらいしか言えないかな? 彼を連れて来たのはラクス嬢なんでね。詳しくは彼女に聞いてくれ」
「ラクスが? ラクス、あれは一体」

 困惑に彩られたアスランに、ラクスは変わらず優しく、どこまでも見透かしたような不思議な眼差しで答えた。

「彼は“剣”ですわ、アスラン。どこまでも真っ直ぐで折れることも曲がることも知らない、不器用な生き方しかできない人です。とても、頼りになる方ですわ。アスラン」
「剣?」

 それは一つの比喩であり例えに過ぎなかったが、あの巨人の主を語るにはそれ以上ない、的確な言葉であった。
 エターナルを包囲しつつあるザフトのMSのパイロットたちも、アスランと同じようにシュリュズベリイのカタパルトから立ち上がった巨大な人型兵器に注意を奪われ、幾人かはラクス・クラインがDCとも手を結んでいるのかと、いぶかしむ者もいた。
 血気に逸ったか、数機のジンが突撃銃を撃ちかけながら巨人に、ひいてはシュリュズベリイに迫る。

「おのれ、ラクス・クライン! フリーダムだけでなく新造戦艦、ひいてはこのような機動兵器を隠していたのか!」
「反逆者め、そこまでプラントが憎いのか!?」
「ラクス嬢、大人しく投降してください! 我々は貴方を撃ちたくはありません!」

 クライン派ではないらしく、口ぐちに紡がれる言葉はラクスへの愛憎が混じるものだった。
 プラントの皆に愛される歌姫の行いに戸惑い、なぜ、どうしてと憤り、敬慕の情は怒りや拒絶に取って代わられる。
 だがその時、口々に上げられる不信・疑惑・憤懣・困惑の声を、ただ一つの言葉が斬り捨てた。

「黙れ!!!」

 全周波チャンネルで戦場の全てに響き渡ったそれは、聞く者の心臓をわしづかみ、時を止めさせてしまうほど迫力に満ちていた。それは紛れもなく心を断つ意志の刃。
 それはシュリュズベリイの青い船体に仁王立ちになり、古の戦神の様に鋼の人形達の戦いを睥睨していた巨人から――いや、その操者が放った一声であった。
 たった一語。それに込められし意志の強さよ。聞く者の心にある邪心を打ちのめす迫力よ。
 誰も彼も、ラクスもアスランもバルトフェルドも、ヤキンの防空隊も、すべての者が巨人に心奪われた。

「そして聞け!! 我は……」

 巨人の右肩の装飾が外れ、旋回しながらその姿を変えてゆく。
 見る見るうちにその装飾から、水の様な液体金属が零れ出し、緋色の柄と青い両刃の刀身を形成する。その全長は巨人と同じかそれ以上の長さにまで届いた。

「ウォーダン、ウォーダン・ユミル! ラクス・クラインの剣なり!!! 闘いの憎悪に飲み込まれ、平和を望む声に耳を閉ざす者よ! 我が斬艦刀で、その心を断つ!! 吼えよ、スレードゲルミル!! 唸れ、斬艦刀!!!」

 風車の様に長大な斬艦刀を両の手に握って振り回し、ウォーダンがスレードゲルミルと呼んだ巨人の眼差しは、鬼神さえも怯ませる苛烈さで砂漠の魔神の名を与えられたモビルスーツを睨みつける。
 ジンのモノアイが恐怖に揺れる――錯覚に見えて、誰しもがそれを事実と疑わなかった。なぜならば、誰もが等しく恐怖していたからだ。
 常軌を逸した大刀を振りかざす原初の巨人の姿に。その巨人に魂を吹き込む漢の叫びに。

「おおおおおおお!!!」

 瞬間、その巨体からは想像できぬ爆発的な加速でスレードゲルミルはシュリュズベリイから飛び立ち、否、踏み込みあまりに非現実的なその巨大な刃“斬艦刀”を雷光の速度で閃かせた。
 それは人間の潜在能力を人為的に開放させたコーディネイターであるジンのパイロット達も、ニコルもアスランもその刃の斬撃の軌跡をわずかに捉えるのが限度だった。
 あまりに速く、あまりに鋭く、あまりに重く、あまりにも現実離れした刃の一閃は、刹那の時で四機のジンの両足を断ち、四肢のバランスを逸したジンは離脱する。
 ヤキンの防空圏内ならば、宇宙で遭難し苦しみにもがいた顔で死ぬような事はあるまい。
 距離を詰められる事の絶対的な敗北を悟った他のジンやシグーは、距離を取って射撃戦によってスレードゲルミルにダメージを与えようと試みるが、スレードゲルミルに注意を奪われた者にはヒルダ達が襲い掛かってはその卓越した技量で瞬く間に戦闘能力を奪いさる。

「煌け、斬艦刀・電光石火!! 貫け、ドリルブーストナックル!!」

 スレードゲルミルの上半身を捻り斬艦刀から迸った雷光は、神の裁きにも等しい非情さで次々と立ちはだかるジン達の四肢や頭部、スラスターのみを慈悲深く破壊する。
 さらに背の巨大なドリルが背を跨る形で機体前方にせり出し、スレードゲルミルの両腕部に装着される。大気があったなら鼓膜を貫く擦摩音が鳴り響いただろう。
 鋭く太いドリルが急速に回転し始める。
 ドリルブーストナックルというのがその武装の名前なのだろう。ドリルを装着した腕部はそれだけで二十メートルをやすやすと越す。
 射出されたドリルブーストナックルは、それぞれ衝突を繰り返しながら赤い軌跡を零して暗黒の宇宙を穿つ。
 赤い竜巻の様に飛ぶドリルブーストナックルは、かすかにそれに触れるだけであらゆるものを破砕し、防ぐ事叶わぬ天災に似た暴威を振う。
 瞬く間に六十余のMS達は戦闘能力を奪われて、高速で進むエターナルから引き離されてゆく。
 あまりに圧倒的なスレードゲルミルの戦闘能力に、アスランは声を失っていた。
 ひょっとしたら、この巨人ならばDCのあの真紅の魔王とでも呼ぶべき機体に勝利しうるのではないか?
 世界最強の機動兵器を、今アスランは目の前にしているのかもしれない。
 その時、ヤキンの防空部隊とは別の方向から一機のMSが飛来した。青い翼をもった白い機体。
 ラクスが一人の少年に託した新たな意志ある力――フリーダム。モニターにアスランが思い描いた少年の顔が映し出される。

「こちらフリーダム、キラ・ヤマト。これは?」

 キラも、自分が駆け付けるまでの間に繰り広げられた圧倒的な武力の顕現に目を見開いていたが、キラの声と姿に喜びの声を挙げたラクスに気付いて別の驚きを顔に浮かべた。
 突然現れたフリーダムを警戒していた、ヒルダやニコルのゲイツ、ウォーダンのスレードゲルミルも二人のやり取りに警戒を解く。

「キラ!」
「え、ラクス? なんで君が!?」

 アスランと別れた場所で待機していたキラは、先程の戦闘とアスランを結びつけて考え、こうして駆けつけたのだろう。
 出番はなかったが、友の誠実にアスランは感謝した。
 と――副長席のバルトフェルドが、無事残された右腕を挙げて、あくまで軽く陽気な調子でキラにモニター越しに呼び掛けた。

「よお、少年! 助かったぜ」

 そう言えばバルトフェルドは地球に降下したアークエンジェルと交戦したのだ。だが、一体どこでストライクのパイロットだったキラと出会ったのだろう?
 だが、バルトフェルドを前にしたキラの驚きはアスランの比では無かった。
 キラは、この世にあるはずの無い人を目の前にした反応だった。確かに死んだはずの――幽霊でも見たような顔で絶句したのだ。

「――バルト……フェルド……さん!?」

 かくて、ラクス・クラインはザフトに帰還し拘留される筈だったアスラン・ザラと母国の英雄アンドリュー・バルトフェルドを傘下に加え、一部の将兵達と共に新造戦艦エターナルを奪い、姿をくらましたのだった。

 パトリックにラクスの所業を聞かされたシーゲルは、一歩間違えればその場で首を吊りそうな位に落ち込んでいた。ようやく痛切な声を絞り出す。

「……ラクスがそんな事を」
「そうだ。お前がどういう育て方をしたのか、実に興味があるぞ。シーゲル。もっともアスランもアスランだが。あの馬鹿者め」
「アスランか。意志が強いようで妙に脆い所があるからな。存外、なりゆきでそうなっただけかもしれんぞ、パトリック」
「否定できんのが頭の痛い所だ。だが、シーゲルお前にも多少働いてもらうぞ」
「……いいだろう。内容にもよるが、お前が私が拒絶するような事をさせるという無駄を踏むとは思えんしな」
「話が早いな。お前にはクライン派の兵達がこれ以上お前の娘に着かぬよう働きかけてもらう。彼女の行動に兵ばかりか市民も動揺しているのだ。エザリアの演説も結果には結びつかなかったしな。ならば穏健派のトップであるお前が訴えかける手だ」
「ラクス、我が娘ながら末恐ろしいものだ。分かった。お前の頼みは聞こう。パトリック、一つ聞きたい」
「何だ?」
「いつまでプラントは闘い続けるのだ? 火種を投じた私が言えることではないが、戦争の終わりが見えなくなって随分と長くなった。国も民も疲弊しているのは、とっくの昔から分っていた事だ。憎しみで始めた戦い故に、終わらせるのは難しい」

 憔悴の色をかすかに刷いたシーゲルは、エイプリルフール・クライシスを引き起こしたかつての所業を思い起こしながら、盟友でもある男に聞いた。
 ユニウスセブンを焼かれ、その報復と核の脅威を封じる為に地球に落としたNJ。だが、それが招いた結果はどうだ?
 人類の一割を死に至らせ、今もなおあの星に住む人々に未曾有の災厄を齎してしまった。
 そこにはナチュラルもコーディネイターもなく、この上ない平等さで苦しみを与え憎悪を滾らせてしまった。
 ユニウスセブンをはるかに上回る人命の喪失と、それを行ったものに向けられる憎悪。
 それを、『ナチュラル』から進化したと謳う『コーディネイター』が予測する事は出来なかったのか?
 わかっていてNJを投下したというのならば、コーディネイターの精神性は、残虐で無慈悲なものだろう。己ら以外を顧みぬ傲岸さを土台としているのだろう。
 だが実際コーディネイターがそうというわけではない。ただ、あの時はユニウセブンを焼かれ、二十万を超す同胞の命が理不尽に奪われた怒りに、誰もが心を曇らせていたのだ。
 今思えば、取り返しのつかない愚行というにも程がある事をしてしまったとシーゲル自身思う。
 そして、今なお地球の人々は――ナチュラルも一部のコーディネイターも――プラントのコーディネイターを憎んでいるのだ。
 パトリックは、戦いの始まりを思い出したのか、一瞬瞑想する様に瞼をおろしてから口を開いた。

「アスランにも聞かれたぞ、シーゲル。戦争の終わりが互いの滅亡などと、どこぞのSF染みた事は言わんよ。いくら怒りに心奪われてもな、それ位の理性は残さねば一国の代表なぞ務められるものか。……私はそこまで危なく見えるか?」
「……まあ、演説の内容も旧世紀の独裁国家そのままだからな」

 盟友と息子にここまで言われてしまい、流石のパトリックも眠る前に真剣に悩んだそうな。