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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第41話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:53:47

 ビアンSEED 第四十一話(改) 風の魔装機神 復讐の女神 

 
 

 立ち上る黒煙を切り裂き、風に悲鳴を挙げさせて深青の魔王が銀の刃を振う。
 何の抵抗をする間もなく斬られ、胴と泣き別れとなったジンやストライクダガーの上半身を、テンペストの駆るヴァルシオン改のクロスマッシャーが跡形もなく吹き飛ばす。
 二重螺旋を纏う白い光には容赦という言葉が微塵ほども感じられない。
 怒れるテンペストの感情が乗り移ったかの如き一撃は、ゾンビーと化したMS達に容赦の欠片も見せずに襲い掛かっていた。
 テンペストとその乗機であるヴァルシオン改の、パイロットの名にふさわしい猛烈な反撃に、DCの防衛隊も息を吹き返し連携を取り直してゾンビーMSをまた一機、一機と屠り始める。
 散らばる鋼鉄の腕や足は、それでも哀れな犠牲者である自分達の同類を増やすべく蠢いていた。
 千に砕かれて万に散っても、ゾンビーと化したMSとそのパイロット達は永劫に蠢きながら徘徊を続けるだろう。
 明るい日差しの下でも、陽の差さぬ大地の奥深くでも、死風の吹く廃墟でも。
 DCの防衛部隊も、指揮系統の混乱がある程度収まり、秩序だった動きで死霊を撃破していたが、それを上回るペースでゾンビーと化したルオゾールの死兵達は数を増して行く。
 それまで姿を隠していた魔術を解かれて姿を露にするもの、あるいは空間を跳躍して出現するものなど、ルオゾールの手駒はいっかな尽きる様子を見せない。
 ゾンビー達の中には、つい先ほどまでゾンビー達と闘っていたDCのエムリオンやバレルエムリオン、ガームリオンの姿も加わり始めていた。
 機体が撃墜され、パイロットが死した時より、ルオゾールのおぞましき魔術の力によって魂を汚染され、邪なる神の下僕にされてしまう。
 恐るべきその事実にDCの防空司令部を認めるのにいささか時間がかかってしまったのは仕方の無い事と言えた。
 シュウと接したビアンやミナなどはともかく、彼らにとってはそれまで築いていた常識を根底から変えなければならないオカルト、ファンタジーの世界の現象だ。
 死人が軍を成して襲い来る状況に対応できる認識などあろうはずもない。
 実際に前線に出て死霊共を虚無へと帰しているテンペストや一部の指揮官、兵士クラスはそれに気付き、司令部に進言するが、それを認められるほど柔軟な思考の持ち主はいかにDCといえども――いた。

 

『テンペスト三佐のヴァルシオン改などを除き、全機を後退させよ! 死すればその時より大地を焼く悪霊とされてしまうぞ!!』

 

 国防司令部に繋いだ通信のモニター越しに、五十代頃の、後二、三十年くらいは前線で現役を張り続けそうな活力のある初老の男性がソガ一佐にじきじきに意見した。
 フェイルやテューディと共にKCGからDC本土に降り立ち、一佐の階級を与えられたケビン・オールト一佐である。
 彼もまたフェイルやゼオルートと同じく生まれを地底世界ラ・ギアスのラングラン王国とする軍人だ。
 フェイルが死亡した風の魔装機神サイバスターとの戦いに従事し、主と共に死したこの男も、フェイルに誓った変わらぬ忠誠故にDCに所属していた。
 専用の乗機であるC級魔装機ブローウェルカスタムに乗り、両肩に装備した単装レールガンで、襲い来る死霊共を迎撃しながら、防衛司令部に通信を繋げている様だ。
 故郷であるラ・ギアスで目にした事のあるデモンゴレームや、ヴォルクルス教徒の用いる死霊装兵の類であると看破しての、進言であった。

 

「オールト一佐、しかし!?」
『信じられんのも分るが、今この瞬間にも魂を侵され邪神の手先に変えられる者達がおる! 住民の避難と護衛に通常戦力はすべて回せい、ソガ一佐』

 

 オールトの確固たる認識の上に成り立つ進言に、ソガも今DCを襲う非常識な状況を認めなければならないかと、自分の常識の殻を打ち破ろうとしていた。
 それを後押しするように今度はビアン直々に回線が繋げられ、オールトの横にビアンの厳めしい顔が映る。

 

「ビアン総帥!」
『状況はこちらでも把握している。オールトの指示通り、通常戦力は防衛ラインの維持と住民の避難を行え。まもなく私も出る。現実の認識は迅速に、ただ自分がなすべき事、本甲斐の身を第一に考えよ。軍人たる者が考えるべき事は何だ?』
「国民を守る盾であり、剣たる事であります!」
『ならば、その信念に従い己の成すべき事を成せ! ディバイン・クルセイダーズ全兵士に告ぐ! その両肩に民の命と未来とを担っている事を思い起こせ! 諸君らの命は諸君らのものだけではない。諸君らが守るべき国民の命運をも背負っているのだ!! 
恐怖とは乗り越える為にある。絶望とは希望を塞ぐためにあるのではない、希望によって覆される為にあるのだ! 立てよ勇者達、我ら聖十字の軍勢に相応しき勇猛を我が前に示せ!!』

 

 国防司令部、そして今オノゴロとヤラファスで魔闘を繰り広げているDCに全兵士にビアンの声が行き渡る。
 瞬間、DCの戦士達に圧し掛かっていた名状しがたき絶望の暗雲は、世界を揺るがすが如き雄たけびにかき消されていた。
 もし、人の意志を何かの形で見る事が出来たなら、今不安と絶望と苦痛に満たされていた筈の世界を、真っ向から切り裂く人の意志が太陽の如く眩い光を輝かせながら溢れるのを認めただろう。
 ビアンの類希なるカリスマと『英雄』としての資質、もともとオーブ人の持っていた乗せられやすい気質が小気味よく噛み合う音を立てて、理不尽の権化である死霊共を呑みこまんとしていた。
 士気を持ち直した兵士達の様子を、コックピットの小型モニターで見たオールトは感嘆した様子でビアンに声をかけた。

 

『お見事ですな、ビアン殿』
『オールト一佐、前線の様子は?』
『敵の出現が島全域に及んでおります故、すべての場所が前線と言えましょうな。目下テンペスト三佐のいる区域のみ死霊兵の掃討が完了していますが』
『死霊を生みだす大本を断たねばならんか。……そちらはシュウに任せるしかあるまい。
オールト一佐も後方に下がられよ。その量産型の機体では現状の敵との交戦は厳しいだろう』
『御心配めさるな。この老骨直々に調整したブローウェルは魔装機神にも劣らぬものと自負しております故』

 

 自身ありげにいうオールトの様子に、そういえばブローウェルカスタムの解析データを見ていなかったことを思い出したビアンは、今行っているヴァルシオンの起動準備の片手間に、データを呼び出してざっと目を通した。
 ブローウェルは、深い緑色の装甲の人型で青いバイザー状のカメラアイを持ち、両肩にはレールガンが一問ずつ装備された、中~遠距離での砲撃戦を得意とする支援向きの機体だ。良くも悪くも飛び抜けた長所に乏しい。
一見するとオールトの使っているブローウェルカスタムはなんの変化もないように見える。だが、ビアンの口から零れたのは感嘆を隠さぬ吐息であった。

 

「ほう」 

 

 フェイルやテューディが提供してくれたラ・ギアスの機動兵器のデータにある通常のブローウェルに比べ、耐久力が十倍以上、装甲が三倍、機動力も一・五倍近くにまで跳ね上がり、おまけに光学兵器を吸収する機能まで搭載されている。飛行機能が無い事と、火力がやや欠ける事が欠点だろう。
 ここまでのとてつもない強化が出来るのなら、案外パイロットよりも開発畑の方に才能があるのかもしれない。だが、これならよほどの事が無い限りは撃墜されないだろう。

 

『了解した。では、私とヴァルシオンが行くまで任せるとしよう』
『大船に乗ったつもりでおられよ』

 

 国防司令部とビアンとの通信を終え、オールトはプラズマソードを愛機に握らせ、眼前で群れ成す死霊達に憐れみの目をやった。
 死後の安らぎを許されず邪神の走狗とされた者達へ向ける憐憫の情位はある。

 

「せめて、二度と利用されぬよう徹底的に破壊する事位しかできぬこの身を恨んでくれて構わん」

 

 魔装機神にも劣らぬという評価に相応しい、常識を逸した性能を誇るオールト専用ブローウェルカスタムは、ストライクダガーの群れへと真っ向から斬りこんだ。

 国防司令部の指示に従い、後方へ(といっても島全域で戦闘が行われているが)部隊を下がらせるDC軍。
 ルオゾールの死霊部隊はそれを許さぬと一糸乱れぬ不気味さが溢れた行進で追撃に移る。
 半ばから崩れ落ち瓦礫の山と化したビルの群れ。炎で焙られ赤々と燃える街並み。死肉と血で埋もれる道路。
 何の前触れもないおぞましい死人の軍勢は、人々の営みを呑みこんで魔女の大釜の底の様な、悪夢の光景を作り上げていた。
 だが侮るな、死霊共。調子に乗るなよ、魔神官。ここを何処だと思っている? ビアン・ゾルダーク率いる聖十字軍ディバイン・クルセイダーズの本拠地。
 このままおめおめと敗れ去るほど優しい場所でも軍勢でもない。
 オノゴロ島地下ドックにある医療設備の一室に、エメラルドをそのまま加工したような煌びやかな緑の髪に、落ち着きはらった中に強い意志を秘めた端麗な容貌の青年がいた。
 先程からスピーカー越しに繰り返される現状の危うさに、ふだんは穏やかな光が満ちている瞳に鮮烈な闘争の光が宿っていた。
 フェイルロード=グラン=ビルセイア。かつてコロニー・KCGに身を寄せて地球圏からの脱出を望む人々の盾となっていた異世界にして地球の内部世界ラ・ギアスのラングラン王国の王子。そしてこの世界に転生してきた死人。
 この世界に来る以前から修行と投薬などの無茶な処置によって廃人間近だった肉体にわずかでも延命の時を与える為に、医療設備の整った本土に、お供のオールトとテューディと共に移送されていた。
 治療の効果はあったのか、臨終間近の病人のように憔悴し青白かった肌は艶を取り戻して溌剌とした陽性の活力を漲らせていた。
 フェイルの他に、数人の白衣を着た医師らしい人影がある。
 部屋の中には、貯水槽によく似た高さ三メートルほどのタンクや、太いパイプが無数に繋げられたベッド、いくつものグラフを移すパネルや端末がある。
 それまで寝かされていたベッドから上半身を起こしたフェイルは、傍らの医師から手渡された上衣に袖を通した。DC軍の軍服だ。階級章は特に見当たらない。
 一瞬だけ、渡された軍服にそでを通すのをためらう素振りを見せただけで、何も言わない。
 フェイルの傍らに控えていた女医が、淡々と口を開いた。青い口紅を刷いた唇は、機械の様に正確に動いた。人間的感情に乏しいのかと疑いたくなるような動きであった。

 

「行くの?」

 

 立ち上がるフェイルの動きが答えだった。扉を目指し歩き出そうとするフェイルに、女医は事務的に告げる。人間が人間に掛けるべき声とは言えない冷たさだ。

 

「貴方の調整はまだ終わっていない。人体を余す事無く模倣すると言う無茶な注文に答えたせいで、普通の義体の連中よりもはるかに性能で劣っているのが、今の貴方。生身の部分との拒絶反応もまだ残っているはず」
「私は、私のすべき事をする。戦う為の力を持っているのだから」
「シンプルね。主治医としてはもう一週間くらいは調整を要するものとして、貴方を引き留めたい所だけれど、貴方の希望をかなえる様に総帥にも言われているし、勝手になさいな」

 

 ひらひらと手を振り、フェイルに興味はないと告げる女医。フェイルも、背を向けたままだ。良好な関係は築けなかったらしい。

 

「そうさせてもらおう」
「一応、言っておくけど、頑張って。サイボーグ・マン?」

 

 フェイルの答えは無く、その姿は既に開かれた扉の向こうへと吸い込まれていた。

 

 テンペストのヴァルシオン改が獅子奮迅の活躍を見せているとはいえ、撃墜された友軍の機体まで死霊として操られてしまう現状では、下手に部隊を展開させて被害を出すわけにも行かず、本土を蹂躙するゾンビー共は増減を繰り返し、総数はむしろわずかずつ増えていた。
 一分一秒でも早くビアンの究極ロボ・ヴァルシオンやミナシオーネなどを投入せねば、いずれその不死性と増殖性によって支えられるルオゾールの死霊軍団相手に、DC側の戦力が底を突くのは目に見えていた。国防司令部にもその現実に焦燥感が漂い始めていた。
 いや、投入してもどうにかなるのだろうか? どうやったらこの状況を覆せるというのか。
 そんな考えが、司令部の誰もの脳裏に浮かんだ時、歯噛みするソガの耳に、オペレーターの分けが分からないという叫びが届いた。
 死霊だのなんだのが出ている現状以上に分けが分からない事があってたまるか!
 半ば叫ぶようにソガがオペレーターを追求した。

 

「何があった! 報告は正確にしろ!」
「は、はいっ! イザナギ海岸に、大型の熱源を感知、映像正面モニターに映します」

 

 ソガの一喝に背筋を正したオペレーターが手早く彼の度肝を抜いた代物を大型モニターの一角に映し出した。
 それを見たソガや他の将校たちの目が見開かれる。それはどう見ても、

 

「か、怪獣だと!?」

 

 ソガ達DC国防司令部の面々の度肝を抜いたのは、恐竜をそのまま巨大化させた様な大怪獣であった。

 

 時は数分ほど遡る。ゾンビーMS達が展開していたイザナギ海岸の沖に、海面からなにか巨大な物体が出現しようとしていた。
 水中から溢れる気泡が海面を慌ただしくかき乱し、接近する熱源に気付いたゾンビーMS達の持つライフルや重機関銃、レールガンの銃口がその一点に向けられる。
 あふれかえる泡の激しさはより一層増す。徐々に、海面に海底から浮上してくる巨大な物体の影が黒々と映りはじめた。
 海面を引き裂き白い水しぶきを挙げて白い背びれが現れる。うねる金色の長い尾が海面を強くたたく。緑の双眸は凶暴さを満と湛えていた。
 瞬間、数多のビームが、銃弾が、レールガンが殺到し、海面を沸騰させ、砕き、撃ち抜いてゆく。
 盛大に屹立する水柱の向こうで、海底からの来訪者は苛烈な歓迎に千に散り、万に砕けたかと思われた。
 自ららの破壊の成果を確認するように、合計六機のゾンビーMS達の動きが止まる。水柱が徐々に重力に支配されて海面に落ち始めんとした、その瞬間!

 

「なにを呆けている鉄屑共! その程度でこのガルガウを仕留められると思うなあ!!!」

 

 水柱を真っ向から割って金色の大怪獣が襲い掛かった。下半身を海面に浸しまま、右手に備えた巨大な推進器と爪を兼ねたアイアンクローが火を噴き、ガルガウと呼ばれた鋼鉄の大怪獣に砲弾の如き加速を与える。
 迫りくる異形に、ゾンビー達はすぐさま火器を集中させ、戦艦でも落とせそうなほどにビームと銃弾が集中する。
 通常の兵器なら明らかにオーバー・キル――殺し過ぎと言える砲火を、先程の声が嘲笑った。

 

「木偶が、この、ガルガウとおれを止めるには足りんわあ!」

 

 いくつもの直撃弾は何の痛痒も与えていないのか、ガルガウの勢いも操縦者の猛りも止まらない。
 風を切り海面を割いて迫るガルガウは、ゾンビー達の真っただ中に降り立つと同時にストライクダガーを踏み潰し、右手のアイアンクローでジンの上半身を挟み、斬り落とす。
 機体を捻ると同時にしなった長い尾が横殴りにジンとシグーを強かに打ち、あまりの衝撃に二機は空中でばらばらに分解し爆発する。
 残る二機はストライクダガーとエムリオンだ。超至近距離となり、共にビームサーベルを抜き放ちガルガウの懐に飛び込まんとしていた。

 

「ガルガウの咆哮を聞けええ!!」

 

 その懐の装甲が左右にスライドし、巨大な砲口が姿を見せた。ガルガウの最強の砲撃装備メガ・スマッシャー。 
 CE世界の技術では到底実現できないほどの莫大な出力のビームは、大地を抉り、融解させながら二機のゾンビーの痕跡を欠片も残さずこの世から消滅させた。
 ガルガウの鋭角な恐竜そのものの顔が、天を仰ぎ、轟く咆哮を挙げた。
 だが、その姿は万全とは言い難い。胸部の装甲には機体を横断する斬痕が走り、左手のアイアンクローは失われ、各所の装甲には亀裂が入っている。
 ここまでのダメージを追いながらもこれほどの戦闘能力を維持している事自体が、このガルガウの性能の凄まじさを証明していた。
 ガルガウのコックピットでパイロットは分泌されるアドレナリンがもたらす高揚感に浸っていた。

 

「ふ、ふふふふ、はははははは!!! 地球人共め、このガルガウの力を目に焼き付けるがいい!!」

 

 傍から見れば色々と吹っ切れたらしい、たこ焼き屋台の店主ヴィガジである。
 しかし折角の見せ場もステテコに腹巻き、頭にはねじり鉢巻きで足元は草履ときてはいささか決まらない。この男、オーブの文化に大分染まっていたらしい。

 

「ふふふ。……そう、これは地球人共の危険分子を排除するための行為であって断じてDCに助力するわけではない。
地球人共は度し難い戦闘種族だが、まだDCの連中は御せる手合い。
 然るに、今この島を襲う連中はわけのわからん技術によって蠢く危険分子! 文明監査官としては、これを見過ごすわけに行かん! 危険な要因は隔離ないしは、殲滅してしまうに限る!あくまでこの介入行為は監査官としての職務に準ずるもの! そうだ、そういう事にしておこう!」

 

 とぶつぶつコックピットで誰に言うでもなく――というよりは自分自身に言い聞かせていた。実際の所は割と吹っ切れてなかったらしい。良くも悪くも根が頑固で融通が聞かないのだろう。

 

「そこまで自分に対して言い訳する位ならいっそ、開き直った方が潔いんじゃないかい?」
「何ィ!? その声はアギーハか」

 

 モニターで確認すると、上空で疾風の如く空の戦場を駆け抜ける40メートル弱の、淡い緑に水色を溶かした装甲色の機体があった。
 連合、DC、ザフトのどの系統にも含まれない、脚部を排し空戦能力を徹底的に追求した機体シルベルヴィント。
 鋭角な装甲を幾重にも重ね合わせたような機体の両手に装備された高周波ソードで、空中で編隊を組んでいたディンやスカイグラスパーを切り裂き、制式仕様レイダーを胸部のフォトンビーム砲で跡形もなく吹き飛ばしている。
 ガルガウ同様に機体各所にダメージを負った姿ではあったが、アギーハの卓越した操縦技術とゾヴォークの保有する機動兵器の中でも最高の機動性と運動性能を持つシルベルヴィントは、ルオゾールの支配下に置かれた地球製兵器達を嘲笑うように翻弄し、葬って行た。
 その様を見ていたヴィガジに、ゾヴォークで用いられる通信用回線を通じて馴染みの女の声が割り込んできた。
 同時に、ガルガウの上空に展開していたディンやスカイグラスパーがまた新たに真っ二つにされた姿で墜落し、大地に落下した衝撃で微塵に砕け散る。
 蠢くディンの頭部をガルガウの足で踏み潰し、ヴィガジは追及の声を挙げた。

 

「シルベルヴィントだと! アギーハ、貴様どこにそれを隠していた」
「あんただって、ガルガウを隠していたじゃないさ。何、前に屋台の倉庫に隠してないのか、て聞いたのって図星だったのかい?」
「むっ」

 

 それを言われると弱い。確かに、あの時倉庫に隠しているのではないかと問われて口を濁した事は事実だ。
 良い反論が思いつかず、小さく唸りながらモニターを見返したヴィガジは、しかし、硬直した。
 正確に言うなればヴィガジはモニターに移ったアギーハの格好にあんぐりと口を開いていた。

 

 肩に掛かる少し上で切りそろえられた青い髪に埋もれるようにちょこんと置かれた白いカチューシャ。
 黒い生地のそれは機能性を追求しながらも一部の人間の感性に強く訴えかけるフェティシズムを備えたデザインの――メイド服。
 腰に白いエプロンを巻き、半袖ミニスカ、胸ポケットにはアギーハと書いてあった。

 

「おま、ててて低俗な地球人の文化に染まるなど、貴様それでもゾヴォークの……」

 

 そこまで言って、自分の格好を思い出してヴィガジは黙りこんだ。他人の事言えないという見本そのものだったからである。着替えておけばよかったと心底思った。

 

「これかい? ウチの喫茶店のせ・い・ふ・く。バイトの娘達にも可愛いって評判なのさ。カラーバリエーションも豊富でね。っと、人が話してんのに邪魔すんじゃないよ! 礼儀知らずは消えちまいな!!」

 

 どうやらアギーハに襲いかかったらしいスカイグラスパーの編隊がまとめてフォトンビーム砲で撃墜されたようだ。
 なんだかもう色々悩んでいた自分がばかばかしくなったヴィガジは、残る同胞についてアギーハに聞く事にした。

 

「シルベルヴィントがあると言う事は?」
「もちろん、ダーリンのドルーキンも健在。ちぎっては投げちぎっては投げの大活躍! ますます惚れ直しちゃった」
(なにが惚れ直しちゃった、だ!)

 

 こめかみに青筋を浮かべながら、ヴィガジはシカログの乗るドルーキンの姿を求めてオノゴロとヤラファス島をスキャンした。
 どうやらシカログは港湾施設で戦闘を行っているようだ。
 イージス艦や駆逐艦、哨戒艇を始めとした洋上艦が係留された施設にも、ゾノやグーンといった水中用MSの群れがぞくぞくと姿を現し、フォノンメーザーやその爪と巨躯で次々と施設を破壊していた。
 そこに踊りこんだのがシカログのドルーキンだった。如何にも重厚そうな太く分厚い五体の機体で、カラーは緑を基調に、胴体や額など一部には金の装飾がされている。
 両肩に巨大な砲を備え付けてはいたが、右腕は肘から先が無く肩のジョイントが不具合を起こしているのか動く様子を見せない。
 のっぺらぼうの様に平面的な頭部の奥底で、金色のカメラアイが鈍く輝く。

 

「…………」

 

 この静寂の巨漢の怒りを表すかの様に。
 岩から削り出したような荒々しく頑健な肉体をウェイター風の衣装に身を包み、硬く口を閉ざしたシカログの体から静かなる怒りが陽炎の様に立ち昇っていた。
 ぐんとドルーキンが左腕を引くと、その手に握られていた巨大な鉄球が唸りを挙げて浮き上がり、たちまちそれは小規模な嵐の様な勢いで旋回を始める。
 元々は旧式化した砲撃支援用の機体に、アギーハの意向で装備させた大型ハンマーだ。

 

「……!」

 

 横殴りに振われたハンマーはその鉄球のみならず鎖の部分に触れたゾノやグーンを触れる端から粉砕してゆく。防げるものなど無いと言わんばかりの大破壊だ。
 距離を取って砲撃を加えようとしたゾノに、ドルーキンのバニシングレーザーとフォトンビーム砲が容赦なく襲い掛かる。
 ドルーキンは元をただせば砲撃支援用の機体である。
 異星の、はるかに優れた技術を用いて作られた機体に搭載された狙撃用モジュールや射撃補正を担う各種のセンサーは、ドルーキンの強烈な火力を余す事無く精密に敵機に叩き込んで行く。
 また、砲撃の中を搔い潜り、懐に飛び込んでも装備された巨大ハンマーが蛇の如く変幻自在に襲いかかり、また機動性でもって攪乱しても、ドルーキンの重装甲の前では生半可な火力など何の意味持たない。
 飛行能力と運動性・機動性には欠けるがそれを補って余りある性能の機体とそれを使いこなすパイロットの組み合わせだ。

 

「……」

 

 港湾施設に展開していた十機以上のゾンビーMS達がわずかに蠢く鉄塊に変えられるまで、十分もかからなかった。
 シカログの奮闘を確認したシカログは、そのままレーダーに映る敵影を目指してガルガウを動かした。
 もっとも、ルオゾールの施したと思しい魔術の影響とNJの干渉でレーダーの画面にはノイズが混じっている。

 

「おれはこのまま海岸線付近の敵機を殲滅する! 空は任せたぞ、アギーハ」
「そりゃ構わないけどさ。DCの連中はどうする?」
「……こちらから仕掛けなければそれでよかろう。火の粉として降りかかってきたなら容赦せんがな!」
「ふーん、ま、反対はしないけどね。あたいだって、折角上手くいってた店が流れ弾で潰されちまって頭に来てんだ。容赦なんかしてやらないね」
「お前達もか?」
「ヴィガジ、あんたの屋台もなのかい?」

 

 無言でヴィガジは頷いた。アギーハはその様子にヴィガジの心に襲い掛かった絶望を推し量り、この女傑には珍しく同情していた。
 同時に今襲い来る正体のわからないゾンビーどもに対する怒りは、二人の間でシンクロした。

 

「おおおおののれええええええ、もはや同情の余地なし! このような真似をしくさった者共は一人残らずガルガウで磨り潰してくれるわあああ!!」

 

 それまでのどこか言い訳がましかった態度を捨て去り、ヴィガジは怒りに任せて吼えた。
 こうなるとこの男は止まらない。更なる敵を求め、ガルガウは猛烈な勢いで駆けだした。

 

「なんだい、あんたが一番地球に馴染んでんじゃないさ。まあ、人の事は言えないけどね」

 

 呆れたような苦笑と共に、アギーハは空の戦場を支配すべくシルベルヴィントで天空を飛んだ。

 

 ブリキのおもちゃの様にどこかぎくしゃくとした動きで更新を続ける死霊の機械巨人たちが、また新たに白亜のビルを切り崩し、高層ビルを打ち抜いて破壊の使徒の務めを果たし続けている一角があった。
 幸いにも住人達の避難が終わった地区であり、ある程度の破壊が街を蹂躙しても人命の損失にはつながらないといった程度にはなっていたのが救いだろうか。
 崩れ落ちた街並みから立ち込める黒煙と揺らぐ炎に赤々と照らされる装甲が毒々しく映るゾンビー・モビルスーツ達を、飛来した無数の白い装甲に緑の宝玉を埋め込んだ縦に長い板の様なものが襲った。
 装甲板から放たれた光はMSの装甲を容易く貫く膨大な出力で、死せる鋼の群れを四方八方から撃ち抜き徹底的に破壊して見せた。
 後方から姿を見せた新たな死霊達が、飛来した装甲達が戻ってゆく先に一つの機影を認めた。MSの倍以上はある巨大な人型機動兵器である。
 Gタイプによく似た頭部を持ち、先程の装甲が肩に連なっている。鈍く輝く灰銀の装甲を飾る深緑の装い。頭部の赤い瞳が、苛烈な戦いの意志に輝く。
 オノゴロ島・モルゲンレーテ社地下ドックにてテューディの手によって改修されたフェイルのデュラクシールだ。
 コロニー・KCGで気休め程度に補修がされていた各所の破損も完璧に仕上げられ、ラングラン王国でも随一とされた錬金術師ウェンディと同等の知識と技術を持つテューディによって改修されたデュラクシールが、今、死霊溢れる地にその威容を示さんと降り立った。
 壮麗とも言える灰銀の機体は、眼には見えず感じる他ない重圧を放っていた。搭乗者であるフェイルの怒りが機体にも伝播した物だろうか。
 コックピットの中で、フェイルは生身の血肉と鋼のそれらが混在する肉体の把握に努めていた。
 すでに使い物にならないほどに傷ついていた肉体の一部や内臓諸器官を機械で代替した半サイボーグとでもいうべき状態になっている。
 女医の言っていた拒絶反応はまだないが、定期的に反応を抑制する薬を服用しなければならない。
 また、従来のサイボーグ技術に依るものよりもフェイルのサイボーグの箇所の性能は低い。
 これはフェイルの希望で限りなく人体を再現・模倣、また有機的な――培養した人体の細胞や人体を構成する物質で造った内臓諸器官など――パーツを使用した為だ。
 性能に反比例してかかった費用は莫大と言える。
 フェイルが限界を迎えた肉体を取りかえるにあたり人体を模すことを希望したのは、ひとえに魔力と魔術の使用を考慮した為だ。
 ラ・ギアスでサイボーグないしは錬金術によって肉体の欠損などを補った魔術師や神官の例はフェイルも知らないが、ラ・ギアスでも随一の魔力の主であるイブン大神官が機械のサポートによって術を行使する例を鑑み、肉体に機械を用いても魔力を生成する事が出来た方が良いと判断し、生来の肉体と変わりのない肉体を望んだのだ(もっとも、魔力が生成できるかどうかはなかば賭けだったが)。
 また生命エネルギーの一種とでもいうべき『プラーナ』を増幅する事は出来ても、生み出す事は機械にはできない。
 肉体に機械と言う異物を招く事がどのような結果を齎すにせよ、可能な限り人体を模す事でプラーナの生成が可能となるか、という実験的な意味合いも含んでいる。
 元の肉体を治療できればそれに越した事はなかったが、フェイルの肉体が迎えていた破滅は、CE世界の医療技術では治癒しきれぬものだった。
 フェイルは、確かめる様にデュラクシールのコントロールスティックを二度三度と握り直す。

 

「ルオゾールか、おそらく我々同様に死人となってこの世界に来たのだろうが、異世界に来てまでヴォルクルスの使徒たらんとするか」

 

 だが、狂信者とは元来そう言ったものなのかも知れない。それにしても、太古にヴォルクルスに施された五つの封印はラ・ギアスにある。この地上でどれだけの負の感情を生みだしてヴォルクルスに捧げようと破壊神の顕現は不可能な筈。
 それはルオゾールも知っているだろう。では、ヴォルクルスの復活が目的ではない? あるいは復活させる手だてを見つけ出したという事だろうか。
 いずれにせよ、力無き民を蹂躙するこのような真似を許すつもりは毛頭、フェイルにはなかった。
 燃える街並み、動かぬ死体となった人々が倒れ伏す路地、天を覆う黒煙。その光景に。かつて、ラングランの王都を襲ったある災厄が脳裏をよぎった。
 あの日、シュテドニアス連合の襲撃を受け、父を始めとした王国の首脳陣は魔力弾の直撃を受けて遺体すら残らず、魔装機神隊でも死者が出た。
 フェイル自身重傷を負い、それがもとでカークス将軍の台頭と自分自身の暴走を招いてしまった。そしてそれを引き起こした遠因にはヴォルクルス信者の影があった。
 フェイルの従兄弟に当たるクリストフ――シュウもまたその時の災厄を齎した者の一人だったが、この世界で再会した彼はその時に目にした邪悪を纏った魔人然とした雰囲気ではなかった。かつての、心優しい少年だった頃の雰囲気が戻っていた。
 だからこそ、彼を前にしても怒りの感情はあっても憎悪の念は浮かばなかったのかもしれない。
 計り知れない瞳の奥底に隠してはいたが、シュウの瞳に悔恨の様なものを見たからかもしれない。

 

「どちらにせよ、これ以上この世界を好き勝手させるわけには行かん。ラングランでの借りを返す為にも、今は戦うのみか」

 

 デュラクシールに搭載されたフルカネリ式永久機関と対消滅炉が唸りを挙げる。
 搭乗者のプラーナを利用し、オルフェウス式永久機関をはるかに上回る出力を生み出し、対消滅動力炉がそれをサポートし、エネルギーの流れがデュラクシールの体内を満たして行く。
 テューディによって新たに装備された背中にまで連なった装甲板、遠隔操作誘導兵器『タオーステイル』を再起動させ、背に二振り装備されたGシュベルトゲベールを抜き放つと同時に、デュラクシールはその巨体からは信じ難い速度で一歩を踏み出した。
 Gシュベルトゲベールの一振りでゾンビーMS達の上半身が蒸発し、デュラクシールから飛び立った灰銀の下僕達はぎくしゃくと動く死霊達に無慈悲こそ慈悲とばかりに光の雨を降り注ぐ。
 市街地故、後の復興作業も考えればデュラクシールに搭載された大火力の装備は迂闊には使用できない。
 テューディの意見を基本に、未知の技術に瞳を輝かせたビアンとエリカ・シモンズ、更にはシュウの手が加わったデュラクシールは、フェイルの妹姫セニアの設計思想と外観を残しながら、背に装備されたレーザー砲塔にもなる40メートル対艦刀Gシュベルトゲベール二振りとそれを装着するジョイント兼用大型スラスター、タオーステイルの装備の他、機体各所に小型テスラ・ドライブを内蔵、グラビコンシステムの搭載などの目に見えぬ形での改修も多い。
 特に目立つのは、この世界に来た時にはほとんどフレームが剥き出しだった左腕だ。大幅な改修が施され、タオーステイルの装甲の代わりに、ブローウェルの様に一門の巨大な砲が肩に備え付けられていた。
 光を呑みこむ漆黒の砲身を彩るのは立塞がる万物を、平等な無慈悲さで焼き尽くし染め上げる苛烈な赤。
 殺意が漆黒の砲身となり、破壊の意志が赤い装飾となったような長く太い一門の砲。穿たれた奈落の如き砲口から解き放たれるは破滅を告げる魔獣の叫び。
 超高出力プラズマ砲『クトゥグア』。
 スペースノア級の艦首モジュールの一つとして検討されていた超破壊力の装備を、錬金術と精霊の力を借りる事でデュラクシールの装備として使用できるサイズにまでコンパクト化する事に成功した並外れた威力を誇る殲滅兵器だ。
 理論上は最大出力で放てば数億度にも届く火力を放つ事が出来る。もっともこの状況下では使えないので宝の持ち腐れの様なものだ。
 新たなデュラクシールは、フェイルによってラ・ギアスで『新しい』を意味する『レイ』の二文字が与えられ、デュラクシール・レイとして登録された。
 フェイルの妹であるセニアとモニカも、自分の機体を改修した際には同じくレイの二文字をつけている。ここら辺は兄妹だと言う事だろう。
 空を飛ぶ灰銀の下僕を引き連れたまま、大剣を右手に携えた地底世界の巨人は、燃えるオノゴロを駆け抜けた。

 

 崩れ落ちたビルの成れの果てを背に、一人の少年が走っていた。
 DCの本拠地になったとはいえ、オーブ国民のそれまでの生活形態が多く聞く変わったわけではなく、何時も通り通っているジュニア・ハイスクールの部活動に汗を流すべく、自宅から向かっている途中だった。
 両親を反コーディネイターのテロで早くに亡くし、今の孤児院に預けられて随分と経つ。決して裕福ではないが満足できる日々を送っていたのに、今日になって唐突にそれが炎の中に奪われてしまった。
 院長は大丈夫だろうか? 弟分や妹分、学校の友人たちの安否も気に掛かる。

 

「くそ、なんでこんな事になっちまったんだ!」

 

 発色の良い明るい緑の髪の少年だ。年の頃はざっと十五か十六。東洋系らしいが気の強そうな、悪く言えば生意気そうな顔立ちは二枚目の片鱗を見せている。
 負けん気の強そうな所や意志のはっきりしている、髪と同じ色の瞳の輝きはシンに似ていた。
 目に映るのは燃える街並み、倒れ伏した人々。耳に届くのはどこかで轟いた爆音、建物が崩れ落ちる音。何よりも注意を引くのは暴れ狂う薄気味悪いMS達。
 まったくもって分けが分からない。確かにDCは地球連合と敵対しているし、こうして攻め込まれてもおかしくはない。
 だが、それにしてもこれほど攻め込まれるまで何もできずにいたのは、一般人である少年にしてもおかしいと思える話だった。
 かつてはあれほど圧倒的な戦力で連合を退けたDC軍が、今は良いように翻弄されているように見える。

 

「くっ、どうする? どこに行けば……!」

 

 天を焦がす炎と覆い尽くす黒煙に心を押し潰されそうな不安を与えられていた少年の耳に、誰かの呼ぶ声がした。
 世界の穢れを知らぬ無垢つけき少女の声の様に聞こえた。人が経験する悲しみも喜びも全て味わい尽くした老婆の様な声に聞こえた。
 ただ、呼ばれた。

 

「なんだ? おれを呼ぶのは誰だ!」
<…………>

 

 優しく、静かに声が呼ぶ。その声に耳を傾ける気になったのは何故だろうか。自分にも理解できない衝動に駆られ、少年は声のする方に向かって走りはじめた。
 呼んでいる。伝えたい事があると、声が告げる。

 

<…………、……>
「何だ? 何をおれに伝えたいんだ? 呼ぶだけじゃないのか?」

 

 声はより明確に、しかし人の言葉にはできない意志の様なものが少年の心に直接沁み渡る様に伝わる。
 その度に、少年の心には安らぎと、早くこの声の下に辿り着かなければならないという使命感が湧き起こる。
 この声を、ずっと昔から知っている。ずっと、ずっと昔から――そんな気がした。
 どこを走ったのか、どこを曲がったのか、階段を上ったのか降りたのか?
 息が切れるほどに走りながら、少年は夢の世界に紛れたようにはっきりとしない感覚に包まれ、ただただ自分を呼ぶ声に導かれていった。
 自分の足が硬質の床を踏む音に気付けば、そこは軍事施設の中らしい場所だった。MSが立って歩けそうなほど巨大な空間だった。
 被害が出ていない事から地下の施設らしいという事は分る。
 おそらく、ここに至るまでいくつものセキュリティと警備員、ドアのロックをクリアしなければならないはず。生憎と少年にはそんなスキルはない。
 だが声に導かれるままに走った結果、ここに辿り着いていた。数々のセキュリティが沈黙を伴侶に選んでいたのは、声の主の不思議な力だろうか。
 少年の目の前で、厚さ一メートルの特殊鋼の扉を三重に連ねたロックが開かれ、徐々にその奥にあるモノへと少年は惹かれてゆく。
 薄闇に閉ざされた格納庫の中へと少年は足を踏み入れる。
 少年の姿が薄暗闇の中に飲み込まれるのと同時に設置された照明が点灯し、闇に慣れた少年の目をきつく射しながら、そこに眠っていたモノを少年の瞳に映した。
 通常のMSより十メートル近く巨大な白銀の機体。
 黄金の鍔と柄を持ち、白銀に輝く刀身の美しい直刀の柄尻に両手を重ねた姿の壮麗さに、少年は見惚れたように息を呑む。
 人造の光に煌くその装甲は白銀。人跡未踏の霊峰に降り積もる雪があったなら、かように白く輝くか。
 大地の奥底に眠る銀を、神の手で精製したならかく輝くか。穢れる事などありはしない。傷つく事はない。そんな白銀。
 白銀を繋ぐは紫。騎士を包む白銀の眩さを、四肢を彩る紫が神秘的な気品を与えている。
 優しい曲線と雄々しい直線で構成された機体のその背には、神話に描かれるような霊鳥の翼を三枚重ねたモノが一対あった。
 右の腰には白銀と蒼銀に彩られた銃身を持った拳銃が下げられている。銃身には流麗な魔法文字がいくつも綴られ、それが魔術的な兵装である事を示していた。
 騎士の二の腕ほどもあるサイズで、形状は回転式拳銃。穿たれた漆黒の銃口から放たれるのはいかなる魔弾か。
 反対の左腰には両手で支える直刀を納める為の鞘があった。
 金色の鞘を色とりどりの宝石が飾り、それは決して互いの輝きを損なわぬよう繊細に心を砕いてなされた装飾であると一目で分かる。
 これを手がけた者は神に愛された才と美意識を持って生まれたに違いない。
 美しい。そして雄々しい。兵器と呼ぶにはあまりに華麗。あまりに壮麗。あまりに荘厳。人ならざる者の手で生み出された芸術品、神界の秘宝が何かの間違いで地上に落ちてしまったのだろうか。
 未だ見ぬ主を待つようなその姿はおとぎ話の中の騎士の様でもあった。

 

「こいつは……」

 

 言葉を無くす少年の前に、不意に一つの影が生まれる。少年の目がそれを捉える。少年の腹位に頭が来る小柄な、青い髪に白いワンピースを着た十歳頃の少女であった。
 絹の光沢と繊細さを持った長い髪の青に、少年はたゆたう雲の映える蒼穹の空を思い描いた。自由に風の遊ぶ、何処までも果てしない空の青色だ。
 この少女が、声の主だろうか。少女は、少年の顔をまっすぐ見つめると恥じらうように顔を赤らめて微笑んだ。夢にまで見ていたあこがれの人を前にした少女の純粋さだ。 何故だろう、ひどく懐かしいモノが少年の胸に湧き起こった。

 

「お前は」
<……………>

 

 少女はまた少年に語りかけながら背後の白麗の騎士を振り返る。少年は、少女が何を言いたいのか理解できるが故に驚いた。

 

「おれに、乗れって言うのか!?」

 

 少女は頷く。それに答えるように騎士の装甲の一部が開かれ、コックピットが姿を見せる。騎士は今こそ主を迎え入れようとしていた。

 

「冗談はよしてくれ! 運動神経には自信あるが、ロボットの操縦なんてできるわけないだろう」
<………………………>
「なに? 自分に出来る事から目を逸らすな? おれにしかできない事?」

 

 少女はか細い首を縦に振った。蒼窮の瞳は、鏡の様に澄んで少年を見つめていた。少女の蒼い瞳の中で、少年の瞳は等しく澄んで輝いていた。

 

<…………>
「もっと多くの不幸な人々を生み出さない為に、守りたい人がいるのなら、戦え? 今さっきまでただの中学生だったんだぞ、そんなおれに闘えって言うのか? 闘えるって言うのか、お前は?」

 

 少女はまっすぐな瞳のまま頷く。なぜか、初めて会った筈の少年に対する信頼があった。少年は頭をバリバリと搔き毟る。それは内面の葛藤の表れであった。
 確かに少年には守りたい人達がいる。
 孤児院の先生や血の繋がらぬ兄弟達、学校の友人、バイト先の同僚達、ボクシングや空手の大会で知り合ったライバル達。それに、顔も名前も知らない人達でも、あんな理不尽な暴力が振るわれるのを許せるわけがない。
 生まれ持った正義感と、両親をテロという理不尽で失った経験が少年に答えを選ばせた。

 

「くそ、分かったよ! だけどな、言っとくがロボットの動かし方なんて本当に知らねえぞ!」

 

 少女はもう一度はにかむ様に微笑んだ。その微笑に、なんだかなあ、と少年は零しながら目の前の騎士のコックピットへと続く階段を駆け上った。
 体よく言いくるめられたような気分だった。
 覗きこんだコックピットは、広く空間のゆとりが取られていて、ロボットの操縦席と言うよりは何か神秘的な儀式を行う祭壇のような趣があった。
 一歩足を踏み入れただけで、灰の中を清浄な空気が満たす。
 頬を、優しく風が撫でていった感触がした。
 シートに腰を落とし、改めてコックピットの中を見渡す。コントロールスティックの代わりに白い半球のモノが、座席を囲む円形のフレームの中に埋め込まれていて、スイッチの見当たらないそれで細かな操作をどうやって行うのか少年には見当もつかない。
 コックピットの座席に座る直前、少年はふと少女の名も知らぬ事に気付いた。
 今も騎士の足元でこちらを見上げている少女に、声を張り上げる。

 

「おーい、おれは正樹、安藤正樹だ! お前の名前は?」

 

 少女は答えた。大好きな人と会う時の為に取っておいたとびっきりの笑顔と共に。

 

<サイフィス>
「サイフィスか、なんだか懐かしい名前だな? 初めて会ったのに不思議なもんだぜ。サイフィス、とりあえずこいつを動かしてみるから、どっかに隠れとけ!」

 

 サイフィスはマサキの言葉に素直に頷き、とことこと歩いて格納庫の片隅の影に隠れた。
 置かれていた騎士用のパーツを収めたコンテナの影に隠れ、ひょっこりと顔を覗かせている。
 マサキの視線に気付いたのか、にぱっと笑って左手をマサキに向かって振る。幼いその仕草に、マサキの口元に笑みが浮かぶ。

 

「とは言ったものの、工業科の連中ならミストラル位は動かせんだろうけど、おれはスポーツ科だしなあ。どれが電源だ?」

 

 とりあえず目に付いたスイッチから適当に押してみるか、と思い、まさか自爆スイッチじゃあるまいなと恐る恐る指を伸ばした時である。
 突然唸り声の様なものが騎士の中から響いたかと思うと、それまで沈黙を維持していたモニターに無数の光が灯り、騎士のメインカメラが捉えた映像を結んでゆく。

 

「なんだ!? 勝手に動いているぞ、こいつ」

 

 暗黒に閉ざされていた騎士の瞳に翡翠の輝きが灯る。それは生命の火が灯されたことを意味する。
 騎士の全身に廻らされた腐銀の管の中をアゾート(水銀)の血流が、テューディによって改修されたフルカネリ式永久機関“銀鍵守護神機関”と対消滅動力炉から供給された不可視の魔力のエネルギーを乗せて流れ、錬金術の粋によって加工されたズフィルード・クリスタルの機体に命の火を灯して行く。
 魔装機神や魔装機に搭載されたラプラス・デモン・コンピューターの代わりに、あらゆる時空に満ちるエーテルを高濃度に圧縮して収めた騎士の純金で造られた脳髄に、意志の光が宿る。
 人体のチャクラを模して機体に設けられた七つの螺旋の環は、ゆるやかに、徐々に回転数を挙げて周囲から取り込む魔力と機体の内部で精製されるエネルギーの純度をひたすらに高め続ける。
 騎士の心臓を動かすのは操者であるマサキ。同時に騎士の意思を体現するもマサキ。
 騎士が目覚めると同時にマサキの脳裏に、この騎士の操縦法、武装、機体構造が次々と流れ込む。騎士がマサキに己の全てを伝えているのだ。
 それは誓いだ。騎士が常に操者の傍らにある為に。操者が騎士の信に応える為に。騎士と主とが、精霊の祝福の元に結ばれる。吹かぬ筈の風が、格納庫の中に優しく吹いた。

 

「C……Y……BA……STER? サイバスター? それがお前の名前か!」

 

 白銀の騎士サイバスターは、マサキにその名前を呼ばれた歓喜故か、その心臓の鼓動がどくんと強く波打つ。
 マサキは、なぜか良く馴染むシートに不可思議な一体感を覚えながら、脳に直接プリントされた様に鮮明に理解できる操縦法に従い、サイバスターにゆっくりと一歩を歩ませた。
 機体に伝わるわずかな振動。よほど優秀な衝撃緩和装置でもついているのだろう。シートの上のマサキに伝わる揺れは極めて小さい。
 サイバスターの動かし方が、自分の肉体の様に分かる。

 

「これなら、いける! そうだ。サイフィス、危ないからお前はここにいろよ!」

 

 ごく自然に外部スピーカーのスイッチを入れて、格納庫に居る筈のサイフィスに告げる。
 心に直接呼びかけるサイフィスの返事はなかったが、マサキにはサイフィスの笑顔が思い浮かんだ。
 何故だか、彼女は大丈夫だと確信できた。
 サイバスターの起動に合わせ、格納庫の上方が次々と開かれ、まもなくマサキの心に重くのしかかっていた黒煙に閉ざされた空が覗く。
 サイバスターの視線が天空を見上げる。マサキは、サイバスターが死霊の悲痛と憎悪に淀む風を悲しんでいる様な気がした。

 

「行くぜっ、サイバスターGO!!」

 

 マサキの声と共に、サイバスターの背にある三枚一対の翼から青白い光が零れる。エーテルを推進力に変換し、風の衣を纏い、サイバスターが飛ぶ!
 格納庫の開かれた隔壁を超え、サイバスターは瞬く間に天空にその翼を広げた。
 サイバスターのコックピットの中で、マサキは風を感じていた。世界のどこへでも行ける自由な風。それはどこへも行けない不自由に等しいとある者は言う。だが、マサキはそれは違うと否定する事が今ならできた。
 風はどこへも行けるから、どこへ行こうかと胸をときめかせながら迷っているにすぎないのだ。何にも縛られず、真に自由であるが故に自由を思う事が無い。それが風だ。自由を求めないのはすでに自由だからだ。今、マサキはサイバスターと共に風となっていた。
 おれが風だ。サイバスターが風だ。おれはサイバスターだ。サイバスターはおれだ。おれ達は、自由な風だ!

 

「っ!」

 

 忘我するマサキを、スカイグラスパーのビームが襲いアラートの音に我に返ったマサキは、咄嗟に機体を翻してかわす。

 

「っと、あぶねえ」

 

 咄嗟にサイバスターの右手に握られた直刀ディスカッターを構える。
 スカイグラスパーはサイバスターの脇を掠めて後方に飛び去る。あれには人が乗っている。ならばそれを落としたら……。
 その時だ。サイバスターのモニターがにわかに輝き、モニターに映るゾンビー達の正体を露にする。機体に纏わりつく黒い靄。
 マサキが目を凝らして見つめると、それは血の涙を流す人々の顔に変わった。
 叫んでいる。苦しいと。
 慟哭している。助けてと。
 泣いている。解放してくれと。

 

「なっ! なんだよ、これが、あいつらの正体だってのか、サイバスター!?」

 

 答える様にサイバスターの唸りが一際強くなる。モニターの表示される永久機関の出力が一人でに上昇する。なすべき事をサイバスターがマサキに伝えているのだ。

 

「あいつらを討てって言っているのかサイバスター。それが、あの人達を救う事になるんだな?」

 

 サイバスターは答えない。だが、それが答えだとマサキには分かっていた。

 

「すまねえ、あんた達を倒す事しかおれには出来そうにねえ。許してくれとは言わないぜ、せめて安らかに眠ってくれ!」

 

 サイバスターが一陣の風となる。白き聖風は刃のきらめきを乗せて二機のディンの胴を鮮やかに断ち、上空から撃ちかけられるエール105ダガーのビームを風そのものの俊敏さで回避し、胸部から熱素を用いたカロリックミサイルの反撃で撃墜して見せる。

 

「おおおおお!!」

 

 銀の弧月がスカイ・フィッシュに乗ったストライクダガーの脇を駆け抜けざまに両断する。
 空中で爆発したエール105ダガーは、二度と蠢くまい。今自分が手に掛けた人々が、救われていて欲しいと、マサキは心から祈った。

 

「案外なんとかなるもんだな」

 

 ともかくなんとか戦闘をこなせた事に安堵の息を吐くマサキに、厳しい詰問の声が投げかけられた。

 

『サイバスターに乗っているのは誰だ!』
「うおっ!?」

 

 怒りを露にしたテューディが、サイバスターのモニターに映し出された。厳しい表情でこちらを睨む美女の顔に、マサキも多少たじろぐ。
 反対に、マサキの顔を見たテューディの心には動揺と何故と言う疑問、そして喜びの感情が吹き荒れた。
 ビアンやシュウとの会合から、死霊達の襲撃を感知したテューディは、即座に反撃の用意を整えるビアン達を見送ってから悠然と自分専用に与えられたハンガーに向かった。
 かつて――差しのべられた手を拒絶してしまった故に陥った孤独の闇。
 誰も見向きもしない。誰も知ってくれない。誰も聞いてくれない。誰も見てくれない。誰も分ってくれない。
 だが、自分は本当に誰かに理解してもらおうと努力しただろうか。声を張り上げただろうか。誰かに訴えかけただろうか。
 誰かに愛されたいのなら、誰かを愛する事から始めるべきだったのか。
 今度は、今度こそは誰かが差し伸べてくれた手を拒絶しないで済むようにしたい。その為に、今できることをしたい。
 遠く隔たれた双子の妹も、そうすれば微笑んでくれるような気がした。
 テューディが目的としたその場所には鋼に闇の衣を刷いたような色彩の人型があった。
 テューディと共にこの世界に来たラ・ギアスはラングラン王国17番目の魔装機イスマイル。イスマイルとはラ・ギアスの神話において復讐の女神の名である。
 直線と鋭角によって構成されるイスマイルの機体は、かつてテューディの怨念によってばらばらに引き裂かれても復元する能力を持っていた。
 かつてKCGでの戦いでイスマイルが出撃しなかったのはデュラクシールの応急処置に追われていたのと、資材が無かったためだ。
 フェイルとオールトと共に地上の降り立ち、ビアンの協力もあって復元されたイスマイルを、テューディは心穏やかな瞳で見上げた。

 

「復讐の女神に私は相応しくないかも知れんな。そうであると思いたいからだが」

 

 イスマイルのコックピットの中、問題なく起動を終えたテューディは、まもなく別の驚きに襲われる事になる。
 何かあればすぐに自分に以上が知らされるように設定していたサイバスターのセキュリティに反応があったからだ。
 それは既にサイバスターの心臓が脈打っていることを示す段階だった。

 

「馬鹿な! 格納庫の第一ブロックに入った時点で連絡が来るはずだぞ」

 

 遠隔操作でサイバスターの駆動システムをロックしようとするが、エラーの表示が出るばかりで、いっかな制作者であるはずのテューディの停止コードを受け付けない。

 

「まさか、サイバスター自身が拒絶しているとでもいうのか! サイフィスの意志なのか?」

 

 人には理解できぬ精霊の考えだ。テューディの思惑を超えて何かをしでかしているのだろうか。
 元々サイバスターは、テューディがDCに与する以前にオノゴロ島に落下したオリジナルのサイバスターの右腕――『神の腕』とラオデキヤ艦隊が残したサイバスターのデータなどを元にビアンが作成したものだ。
 基本的なフレームなどは出来ていたそれを設計者であるウェンディの技術と知識を併せ持ったテューディにより、完成されたのがDCのサイバスターである。
 未完の状態で保存されていたサイバスターを完成させたのは、元の世界でサイバスターの操者であった少年に対する強い想いの故だったろう。
 生まれてすぐ死んでしまったテューディは妹ウェンディの魂の中で眠り続け、その記憶と知識、技術を共有している。
 そしてそれは、感情――たとえば恋慕の情もだ。
 その思いが原動力となって造り上げたテューディのサイバスターを、いくら精霊が認めたからと言ってどこの誰とも知らぬ馬の骨が乗っているなど、テューディは許せない。
 ルオゾールの死霊共の影響か、サイバスターへの通信が阻害されて繋がらない。
 ならばと、イスマイルの全推進機関を最大限にしてハンガーから飛び立つ。
 背に負った砲身のようにも見える推進機関兼用のブースターから爆発的な光の燐分を零し、イスマイルはさかしまに飛ぶ流星のようにサイバスター目掛けて飛翔した。
 どこの馬の骨か知らないが、ろくでもないのがサイバスターに乗っていたなら

 

「跡形もなく滅ぼしてくれるっ!」

 

 サイフィスがそのようなモノを選びはしないと分ってはいるはずだが、その事を忘れるほどにテューディの思いは深かった。
 そして、テューディは出会った。彼女が彼女のサイバスターに最も乗ってほしいと思っていた少年が。
 テューディの剣幕に驚いたのかマサキは所在なさげに視線を逸らしている。
 どうしよう? まさか、だって、なんでこんな時に? いや、目の前のマサキは自分が知っているマサキでないはずだ。多分、この世界のマサキ。
 だったら、彼は自分が求めたマサキではない。……待てよ? この世界のマサキだというのならウェンディとリューネもいない。
 …………………………私色に染める絶好の機会か? マサキはやっぱりマサキだし? 
 意外にこの女傑、頭のねじが緩いか世間知らずらしい。
 精一杯生涯(?)初めてと言える優しい笑みを浮かべようと努力し、テューディは瞬時に髪や襟を整える。神業と呼べる早さだ。恋の成せる技であろう。

 

「怒鳴ってしまってすまな……ごめんなさい。私はテューディ=ラスム=イクナート。貴女が乗っているサイバスターの設計者だ――よ。貴女は?」

 

 自分でも胸の内で舌を出してしまうような猫撫で声だった。できれば二度としたくはない。
 だがしかし、そうせずにはいられない。何しろマサキをモノにする大チャンスなのである。
 テューディ=ラスム=イクナート。恋愛経験ゼロは伊達ではない。
 対してマサキはどこかぎこちない調子で返事をした。

 

「えっと、安藤正樹、です。その、すいません。勝手にサイバスターに乗ってしまって」

 

 借りてきた猫の様に大人しい。記憶の中のマサキとの違いに、テューディは首をかしげる。
 ウェンディとの初対面でもこうだったのだが、その頃はまだテューディの影響力はあまり強くなかったので、憶えが無い。
 マサキに年上趣味のケがあるのを、テューディは知らない。
 想定外の反応にテューディもあたふたしてしまうが、ここで主導権を放すわけには行かない。
 今いるのが戦場だということは少しばかり忘れていたが。

 

「い、いいのよ。ただ、貴方が乗っているサイバスターは強大な力だ……よ。そしてサイバスターは自らの操縦者を選ぶ特別な機体。どういう事情でそれに乗ったかは知らないけれど、サイバスターに乗った以上、貴方は戦いを運命づけられたと覚悟して」
「サイバスターが戦いを齎すってのか?」
「少し違う。魔装機神の操者達にはある誓いが課せられるのよ。それを守り抜くのならば闘いは尽きる事無く続くかも知れない。でも、今はその話は後回しだ。この死霊共を片づけるのが先決。サイバスターに心を開け、マサキ。サイバスターがお前の力になる。お前がサイバスターの力になる」
「お、おう! ていうか、テューディさん。それが素か?」

 

 本人の知らぬうちに猫被りの限界を超えていたらしい。あ、とテューディの妖艶な唇が、艶やかさに反して可愛らしく開かれた。やはり性分に合わなさすぎる。

 

「……あ。ま、まあ気にするな。それと、マサキ」
「うん?」
「テューディでいい。その、さんづけはしないでくれないか。お前には、名前で呼んでほしい」

 

 いいっ!? とマサキが息を呑む。ややきつめの美貌を誇るテューディが恥じらいを持って、横を向きながらマサキに懇願するように囁く。
 これはイケナイ。美人でなかったら美人の八割は美人でなくなると言われるウェンディと等しい美貌のテューディが、そんなウブな少女の反応をしてみせる。
 しかも意識してではない。心の底から、この恋に関しては純真なのである。やはり一度怨念ごと葬られたのが、テューディの心を素直にしていた。
 テューディの言葉と仕草は確実にマサキの精神のど真ん中を打ち抜いていた。さっと赤くなる頬を意識しつつ、マサキはなんとか声を絞り出した。

 

「あ、ああ。てゅ、テューディ。これでいいか?」
「ああ。ありがとう」
「いや、そんな名前くらいでそこまで喜ばなくても……なんだか、おれの方が照れちまうぜ」

 

 花の蕾も綻ぶテューディのあどけない童女の笑顔に、マサキはどうすればいいのか分からず、頬を掻いた。なんとなくサイフィスが頬を膨らませて不機嫌そうにしている気がした。