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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第42話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:54:41
 

 ビアンSEED 第四十二話 大魔王光臨 邪神胎動 魔神覚醒

 

 形を残した高層ビルの屋上で、復讐の女神と共に天空を駆ける白い風を見つめていた青年が、感慨深げにその名を呼んだ。
 その名に込められた感情は判じ難い。呟いた本人にも、自分の心が感じているモノを正確に言葉にはできないだろう。

 

「サイバスター……操者を選んだという事ですか。テューディが共に戦っているという事は彼女も認めたのか、非常事態と言う事で妥協したのか……。いずれにせよ、面白い事になったものです」

 

 傍に居るだけで魂を持って行かれそうな、深く暗い奈落の底の様に危険な魅力を纏う冷美な青年、シュウ・シラカワ。
 肩に青い毛並みの文鳥の様な使い魔チカを乗せ、戦火に晒される島を見つめている。いやこれは戦火ではあるまい。絶対の悪意がもたらし邪悪な災いが生んだ炎だ。
 それは人と人との戦いではなく、人と人外との魔戦の狼煙だ。

 

「ご主人さま、ビアン博士のお手伝いしなくていいんですか? けっこうやばそうですよ、グランゾンなら、こうぐばばばばーーっと一網打尽に出来るんじゃないですか?」
「出来ますよ。ですが、まだ本命はこれからですからね」
「本命ていうと、ルオゾール様?」
「ええ。そうでしょう、ルオゾール?」

 

 シュウの視線が中空を睨み上げる。
 その視線の先に渦巻く魔力、人の意志を越えた悪意の感情――嘲り、蔑み、憎しみ、怒り、恨み、妬み。そして人には抱けぬ、揺らがず曲がらず迷わぬ破壊の意思。
 前者は人であるが故に、後者は人ならざるが故に持つ心の動き。
 水に落とした一滴の墨が広がる様に、何もなかった虚空にルオゾールの姿が現れる。
 ラ・ギアスで暗躍していた頃と変わらぬ法衣に身を包み、口元に浮かべる嘲笑も変わりはない。
 ただし――

 

「お気づきでしたか。流石はシュウ様」
「ご、ご、ご、ご主人さま。るるるルオゾールさささまま、なんか前と全然違いますよよよ!?」
「……」

 

 シュウの沈黙は己の使い魔の言わんとする事を肯定していた。
 ルオゾールの総身から溢れ出す魔力の凄まじさは、かの世界で破れて死し、そして蘇った後爆発的に増しているシュウの魔力さえをも上回る。
 ルオゾールの痩せこけた体に満ちるのは生者の生命ではない。悪魔の跳梁する魔界の奥底、死人の集う冥界の深淵で蠢く異界の気であり、常人ならば浴びるだけで骨まで汚辱される異形の息吹だ。
 この世にあってはならない類のモノであった。
 別の世界でシュウが蘇生した後、ラ・ギアスに出現したヴォルクルスの写し身さえも上回るその禍々しさは、確かに人が神と恐れ崇めてしまう他ない凄まじさ。
 対峙するシュウを見やればその頬を伝う一筋の汗に気付いただろう。この魔人に冷や汗を流させている――『かつて』を越えたルオゾールが、今、シュウの前に居た。
 死人の白に染まった肌に年相応の皺を刻んだルオゾールは口元の嘲笑は変わらぬままシュウを見下ろしていた。
 魔人と魔神官の視線が交差する。シュウの肩の上でチカの小さな体が硬直する。
 並の人間ならばこの場の空気に耐えきれずに、即座に昏倒するか血反吐を吐きかねぬ異形の気が満ち溢れ出した。

 

「これが貴方の目的と言うわけではないでしょう? ルオゾール」
「左様とも言えますし、そうでないとも言えますな。この程度は狼煙に過ぎないのですから。ヴォルクルスの教えでは死こそが正しき姿。ならば生ある者は生きている事自体が罪。この地上、そして宇宙とやらに輝く星の全てを正しき姿に変える聖戦の狼煙にね」

 

 信仰するサーヴァ・ヴォルクルスの名を呼び捨てた言葉に、わずかにシュウの眉が確信を伴って寄せられる。
 ルオゾールの中でヴォルクルスに対する意識が確かに変わっている。問題はどのように変わったのか、どうして変わったのか。

 

「そして、もう一つ、クリストフ=ゼオ=ヴォルクルス。ヴォルクルスの教えに背いた背教者たる貴方を、存在の痕跡も残さず滅ぼす戦いの狼煙でもあるのですよ」
「やはり、といった所でしょうかね。では、なぜ私を蘇生させたのです? 元より死していた私をわざわざ蘇生させたのは、自分の手で私を殺したかったからですか?」
「ふふ、そうなりますな。神たる私に残った人間の頃の因縁とでも言いましょうか……。この手で貴方を魂さえも八つ裂きにせずにはおれぬのですよ」

 

 シュウは、このコズミック・イラの世界でルオゾールの手によって蘇生されている。
 シュウよりも先にルオゾールがこちらの世界に転移し、ルオゾールが語ったように自らの復讐心を果たす為にシュウを蘇生させたのだという。
 全ては、自分を裏切り絶対なるヴォルクルス神と共に葬った目の前の男を、絶望と恐怖と後悔に膝を屈させむごたらしく惨めに命乞いをさせてから、恥辱に塗れさせて殺す。
 だが、シュウはルオゾールの復讐にはさしたる興味もない様子だった。

 

「貴方の人間的な感情はどうでもよいのですが、貴方が私に復讐を望むと言うなら、貴方の世界の『私』は、貴方とヴォルクルスに復讐を果たしたようですね。もっとも、今の貴方を見る限り、詰めを誤ったとも言えますが」
「ふふふ、ええ、ヴォルクルスの復活の儀式の場で貴方が行った背信のお陰でえられたものがありましたが、ね」
「……先程貴方がヴォルクルスを呼び捨てにした事、そして自らを神と名乗った事と関係がありますね?」
「左様、このように!!」

 

 ルオゾールが左手で法衣の裾を跳ね上げる。そこから露になったものは黒煙と人々の恐怖の叫びが埋め尽くす空から差し込んだ陽光を吸いこみ、闇に変えていた。
 夜に訪れる人々を眠りに誘う安らぎの闇ではない。恐怖と未知で埋め尽くされた闇だ。その闇の中ではどれだけ泣こうが叫ぼうが、聞き届ける者はいない。
 救いの手を伸ばす者はいない。永劫の暗黒の中で苦痛に苛まれるしかないのだ。
 世界の色彩の全てを浮かべて蠢動する皮膚。粘液にまみれた太さも長さも異なる筋がいくつも絡みあう腕。収縮と膨張を繰り返す瘤。犀の体表の様な硬質の皮膚や蛇の鱗の様なものも所々に配されていた。
 人間のものから異世界の法則に支配されたおぞましい異形と化しているのは左腕だけではなさそうだった。ルオゾールの左頚部にもどす黒く脈打つ血管が浮き上がり、法衣の下でいくつも蠢く何かがあった。
 なにより、シュウの眼にはルオゾールの体内と周囲で蠢く人々の顔が見えた。アレは、この世界でルオゾールの手に掛かった者達と糧とされてしまった人々だ。千、万、いやはるかにそれを上回る数の人々が血の涙を流して慟哭しながらルオゾールに囚われている。
 既に死した人々をも取り込んだのだろう。ルオゾールに弄ばれ、囚われた死者達の声が朗々と、冥界の歌の様に響き渡る。

 

助けて、助けて、助けて、助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助け助けて助けてたすけてたすけてたすけてたすけてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタタタタスウススススウケケケケエッケケケテ……………ダズゲデヨオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 断末魔が、救いを求める叫びが、苦痛を訴える声が世界の全てを埋め尽くすほどに重なりシュウの魂を冒す。
 それは生命への冒涜である。それは世界を冒す悪意である。それはあらゆる秩序への嘲笑である。それは全ての存在への否定であった。
 もし、人には及びのつかぬ力を持つ存在を神と呼ぶならば、まさしく神と呼ぶに値する悪意。さしものシュウもたまらず目をしばたたかせる。

 

「なるほど、ヴォルクルスとの融合ですか。主導権を貴方が握っているのは見事と賛辞を送りますが、それに加えて負の念を抱いた死者の想念も取り込んだのですね? 自らを神と驕るのも無理はないかもしれませんが、それにしても醜い」
「ははははは、所詮神の意を人の身で理解できませぬ。さて、クリストフ。貴方を討つ事で私の中に残る人を消し去る事が出来るのです。貴方の持つ最大の力を、何の小細工もなく真正面から打ち破り、成す術なく神たる私の前に這いつくばらせて差し上げる。
サーヴァ・ヴォルクルスとなったこの私が、すべてに破壊を齎す為の! すべてに破壊神の祝福を、福音を齎す為の! そして神としての栄光の一歩を踏み出す為に! 背教者クリストフ! 貴方には贄となっていただきます」
「……ご、ご主人さまぁ」
「ふ、ふふふ」
「おや、どうされましたかな? 流石に魔人クリストフと言えども正気は保てぬと見え……」
「ふ、ふふふ。いえ、違いますよ、ルオゾール。言った筈です、醜いと。ですが、撤回しましょう。貴方はこの上なく醜悪な上に人間の持つもっとも下劣な品性を晒す愚者以外の何物でもありません。手に入れた力に酔ったどこにでもいる俗人以下の存在ですよ。はっきりいって、貴方の存在そのものが不快です」
「さ、流石ご主人さま! いざとなったらあたしよりも口が悪い!!」

 

 褒めているのかけなしているのか微妙なチカの台詞を尻目に、何時ものように不敵に微笑む魔人の姿に、ルオゾールは驕り切った笑みの仮面を取り払っていた。
 皮肉な事に、シュウの言葉通りに人間のみが浮かべる醜悪な憤怒の相であった。
 流石に、シュウの挑発に乗って怒りをあらわにしてはと思い留まったのか小さな笑みを浮かべ直す。
 純粋な破壊の意志のみを持つヴォルクルスの影響か、若干かつてのルオゾールが持っていた冷徹な理性が薄らいでいる傾向がうかがえた。

 

「ふっくくく、貴方のその余裕の態度。神を前にしてもなお変わらぬその自信。そうです、その貴方だからこそ討ち滅ぼす価値がある! 今はまだ貴方の処刑に相応しい場所ではありませぬのでな。この地を炎と破滅の中に飲み込むは私からの挨拶と受け取っていただきたい。では……」
「あっ、こら逃げるな!」
「良いのですよ、チカ。ルオゾールの言う通り、彼を滅ぼすのに相応しい舞台はこれから整うのですから」

 

 別れの言葉を残し、現れた時と同じ様に溶け消えゆくルオゾールを、シュウはただ黙って見送った。
 来るべき決戦は今に非ず。DCを襲う災厄は、宣戦布告の為の狼煙に過ぎないと言う。
 ヴォルクルスとなったルオゾールは、真実、DCの破滅を皮切りにこの地球だけでなく宇宙の全てに破壊を齎す気でいるのだ。

 

「さて、行きますか。この事態の収拾を図りに行きましょう」

 

 シュウがこれからちょっと散歩にでも出掛けるような気軽さで言うのと同時に、背後に、重壮な威圧感を放つ深い青にも見える紫の鎧を纏った武装機甲士が現れる。
 手の甲や肩のアームカバー同様に、胸部の漆黒の鋼に収めた縮退炉の球状のパーツがシュウの意志に応える様に鈍く輝いていた。
 ルオゾールの死霊軍同様に隠行の術で姿を消していたグランゾンである。
 主である魔人の戦意に応え、グランゾンはコックピットの中へとシュウを向い入れた。
 遂に魔神が戦場へと向うのだ。ヴォルクルスよりも自らこそが破壊の神とばかりに破滅を引き連れて。

 
 

 ヤラファス島にテンペストのヴァルシオン改、マサキのサイバスター、テューディのイスマイル。オノゴロ島にフェイルのデュラクシールとオールトのブローウェルカスタム。
 そして突如出現した正体不明の傷ついた三機の機動兵器達は国防司令部の面々が恐怖を覚えるほどの戦闘能力で一気に死霊達を駆逐しつつあった。
 だが、死霊の撃退と引き換えにするかの様に市街地が軍事施設へのダメージもまた積み重なっており、これ以上の損害は今後の戦争行為へ支障をきたしかねないレベルにまで差し迫っていた。
 誰もが焦燥に駆られる中、元タマハガネの艦長であり、今は国防司令部に詰めていたグレッグ・パストラル少将が、本土決戦を想定して開発されていた防衛ツールの発射準備を整え、即座にフェイルとテンペストに通信を繋げた。

 

『フェイルロード、テンペスト三佐、これよりディバイディングドライバーを射出する! 受け取りたまえ!!』
「了解!」
「承知」

 

 オノゴロ島地下国防司令部から伸びる秘匿発進カタパルトに、先ほどグレッグが名を挙げたディバイディングドライバーがセットされる。
 形状は全長十五メートル近い巨大なドライバーそのものだ。だがこれこそ防衛と言う点においてある種究極点までたどり着いた答え。

 

「ディバイディングドライバー、射出!!」
「DDD1、射出。続けてDDD2、射出!」

 

 マスドライバーの要領で瞬時に加速されたディバイディングドライバーは、予測到達点を伝えられたテンペストとフェイルの元へと音速を超えて飛来する。
 元来ディバイディングドライバーは、エペソが交戦した新西暦世界の戦士達αナンバーズに所属するGGGの保有する特殊ツールだ。
 防衛組織であるGGGを象徴するかのようなこの超技術ツールは、空間歪曲率の操作によってドライバーを打ちこんだ地点を中心に円形の闘技場の様な空間を大地に穿って作り出す。
 周囲の建築物や大地は空間歪曲によって一見圧縮されたかの様な形状となり、ドライバーを中心に外側に広がる。
 そうして外に歪曲された空間には影響を与えずに戦う事の出来る戦場を作り出すのだ。
 それぞれディバイディングドライバーを受け取ったヴァルシオン改とデュラクシール・レイが、腕にジョイントするのではなく携帯式に改造されたディバイディングドライバーを大地に向けて、思い切り良く打ちこんだ。
 テンペストの叫びとフェイルの声が同時に放たれる。

 

「ディバイディングッッッ……」
「ドライバアアアアーーーーーー!!!」

 

 大地にドライバーの先端が接触。同時に設定されていた空間歪曲率に従い、ヤラファス島とオノゴロ島の光景が一変する。
 それはゾンビーMS達を駆除していたヴィガジらにも影響した。

 

「ぬおおお!? 空間の歪みだと? こんな技術を持っているというのか?」
「ちょ、ダーリン大丈夫!?」
「…………」

 

 シカログとドルーキンの方にも特に問題はないらしい。
 ヴァルシオン改とデュラクシール・レイを中心に、直径五キロメートル、高さ百メートルに及ぶ円形の大地が形成され、島で暴れ狂っていた死霊MSとDCの防衛部隊のみがそこに残される。
 ディバイディングドライバーをエジェクトし、フェイルとテンペストは残る敵機を見やった。
 ガルガウやドルーキン、シルベルヴィントの姿もあったが、これは敵対行動を見せていないため目下の優先度は低いと両者ともに判断していた。

 

 上空でディバイディングドライバーによる空間歪曲の様子を見ていたマサキは、突然の事態に驚きを隠さない。というよりは隠せないと言うべきだろう。
 戦う理由だった守るべき街がいきなりわけのわからない現象で、円形のくぼ地に変わってしまったのだ。
 事前にどういった現象が起きるか知らされていなければ感情の処理は困難極まるだろう。

 

「な、なんだこりゃあ!? 街が、テューディ、これは一体何なんだ?」
「ディバイディングドライバーだな。噛み砕いて言えば、防衛対象が街や基地であった場合に被害を極力抑える為の特殊装置だ。あの円形の中でならばどれだけ暴れても元の街に被害を与えずに済む」
「要するに、あの中でなら好きなだけ暴れていいって事か」
「随分乱暴な言い方だが、まあ、そうなるかな」
「よっしゃあ、それなら下を気にせずに戦えるな!」

 

 マサキの前で猫を被るのを止めたらしいテューディは、苦笑と共に典型的な体育会系であるマサキにも分る極めて簡便な説明をした。
 この様子では『なぜなにDC』か『なぜなにタマハガネ』は期待できそうにない。
 サイバスターは勢いよく飛び出し、残るスカイグラスパー、ディンを風が木の葉を散らすように吹き荒ぶ白い風は、操者の高まるプラーナに従いその力を高めてゆく。
 その様は荒々しく吹く風、烈風の如し。疾くはやく行く風、疾風の如し。魂の熱い衝動を孕む風、熱風の如し。
 荒々しき烈風を纏い、疾風の如く速く、魂の咆哮のままに熱風となって高まりゆくマサキのプラーナが、サイバスターを隅々まで満たして行く。
 冥府の刃を名とする白銀の直刀は、この世界で造られた装甲をものともせずに切り裂き続けている。相手が人間ではないと言う事も大きな理由の一つだろうが、戦闘を続ける中でマサキの感情は高ぶり、サイバスターとの一体感がもたらす感覚は、急激にマサキの操者としての魔力とプラーナを高めていた。
 マサキのプラーナを受けた銀鍵守護神機関はそれを最大効率でエネルギーに変え、サブ動力である対消滅炉は安定した出力で風の騎士の四肢に力を満たす。
 サイバスターの傍らで、テスラ・ドライブとプラーナの変換によって高速の飛行能力を得たイスマイルのコックピットで、かつて戦ったオリジナルサイバスターを彷彿とさせる戦いぶりに、テューディは感嘆していた。
 おそらく、唯一オリジナルサイバスターを上回ると断言できる機能が、マサキとサイバスターを強く結びつけて、風と人との力を引き出し合っているのだろう。
 『神の腕』とDC内で呼ばれているオリジナルサイバスターの、ディスカッターを握っていた腕に使用されていた精神感応金属オリハルコニウム。
 魔装機神をはじめ一部の機動兵器に使用されていたラ・ギアスでもっとも兵器の装甲に適した装甲素材だ。
 産出量が少なく加工が難しい為、大変希少なもので、加えて異世界の地上であるこのCE世界では新たに入手する事はほとんど不可能と言っていい。
 オリジナルサイバスターの腕から入手した分をテューディは己がサイバスターのコックピットと心臓である銀鍵守護神機関、頭部の黄金の脳髄に使用している。
 オリハルコニウムの持つ精神感応の特性と、金属粒子のレベルで施されたた魔術防御を、操者と機体のもっとも重要な所に配したのである。
 これには、もう一つ別の狙いもあった。ビアンに見せられた異世界のデータの中から、フレームの中に脳波感知系の特殊なセンサー類を埋め込んだ『サイコフレーム』に着目し、カルケリア・パルス・ティルゲムの応用と合わせて、操者とサイバスター――ひいてはサイフィスとの交感性を向上させている。
 理論上では、テューディのサイバスターは、オリジナルのサイバスター以上に精霊と操者との融合性が高い筈だ。
 それ故に、初めてサイバスターに乗ったにもかかわらず、目の前のマサキはテューディの知るマサキを彷彿とさせるほどに戦えているのだろう。
 だが、いささか調子に乗り過ぎたようであった。
 制式仕様レイダーのTP装甲にさしものディスカッターも阻まれ、レイダーごと周囲の敵機の集中砲火がサイバスターに集中したのだ。

 

「マサキ!?」

 

 地上の敵をイスマイルの最強の武装であるオメガブラストで跡形もなく吹き飛ばしていたテューディの反応は遅れた。
 スカイグラスパーの対艦ミサイルや320mmインパルス砲アグニ、更にはエール105ダガーのビームライフルの飽和攻撃が作り上げた爆炎の中から、木粉微塵に破壊されたレイダーと美しい純白に無粋な黒の斑を散らしたサイバスターが現れる。
 ダメージこそあるものの、致命傷にまでは至っていないのだろう。ズフィルードクリスタルの強度と、搭載したエネルギー・フィールドに間一髪命を救われたようだ。
 サイバスターのコックピットの中で、マサキは機体のダメージを確認しハイになっていた頭に、冷水を浴びせかけられた気分になっていた。
 自分さえしっかりしていればサイバスターがこんなダメージを負う筈など無いのだから。

 

「くそっ! 礼はたっぷりするぜ」

 

 サイバスターの後ろ腰部に搭載された遠隔誘導兵器ファミリアレスを起動させ、全高
 4メートルほどの、二基のファミリアレスは淡く緑色の光を纏いマサキのイメージに従って敵の群れに体当たりを敢行した。
 元来、サイバスターを始めとした四機の魔装機神にはハイ・ファミリアと呼ばれる特殊な遠隔誘導兵器が搭載されている。
 操者の無意識から造り出した使い魔(ハイ・ファミリア)がこれと融合し、自由自在に敵に襲い掛かると言う強力な、CE世界で言えば無線式のガンバレル、ザフトで実用化されつつあるドラグーン・システムに相当する武装である。
 しかし、テューディにはその使い魔を作り出す技能が無かったため、サイバスターに装備されているのは錬金術と魔法の応用で造り出した脳波コントロール系の無人兵器ポッドを積んである。それがファミリアレスだ。
 超小型の金属誘導端子を内蔵し、ガームリオンやガーリオン同様にソニックブレイカーの使用が可能で、プラーナの変換による光学兵器も装備してある。
 MS程度なら十分に破壊可能な火力を持っている。
 ファミリアレスがマサキのイメージに従って空中に緑の軌跡を描きながら炎の花弁を咲かせ、サイバスターの主力砲撃兵装であるアートカノンが次々と放たれる。
 それらの火砲を避けた敵機は、疾風の騎士がすれ違いざまに振ったディスカッターに両断され、空中で散華してゆく。
 プラグマティックブレードを改良した大型の鎌プラグマティックサイトを振い、迫る敵機を両断し、踏み潰し、灰燼に帰していたテューディも、負けじとイスマイルに装備させた高出力光学兵器バスターキャノンを、全方位に向けて発射してゾンビー共の駆逐に拍車をかけた。
 イスマイルから放たれた膨大なエネルギーは触れる端からゾンビー共を蒸発させ、死者への憐れみは消滅させることとばかりの暴威を知らしめている。
 連合にしろザフトにしろ、いやDCの兵ですら背筋がうすら寒くなるほどの鬼神の如き苛烈な戦闘能力。
 オノゴロとヤラファスで戦っている機体だけでどれほどの戦力に相当するというのだ。
 DCの目指す世界征服を鼻で笑っていたものも、この戦いを見れば少なくとも軍事的にはそれが可能なのではないかと、焦燥に駆られるだろう。
 それほどまでに馬鹿げた戦力が揃っているのだ。
 天にも地にも死霊達が操るゾンビーMSが滅ぼされる爆炎が無数に生まれる。
 ディバイディングドライバーの造り出したバトルフィールドの中で猛烈果敢に反撃を始めたDC部隊。
 その士気を維持しているのは、軍神か鬼神の類かと思わされるほどの武力を示すヴァルシオン改、デュラクシール・レイ、ブローウェルカスタム、サイバスター、イスマイル、ガルガウ、ドルーキン、シルベルヴィントだ。
 これらの超常的な力が、非現実的な事態に遭遇した兵達の心に希望と言う名の光明をさして平静を維持させている。
 だが、それが、この事態を引き起こした神を名乗る狂人にとって面白いはずもなかった。
 空に展開していたゾンビーMS達を蹴散らしていたサイバスターに、胴から横に両断されたディンが組みついていた。
 飛行能力を失い、後は地表に落下して爆発するだろうと思っていた機体が、込められた怨念のなせる業か、マサキの心の油断を突いて来たのだ。

 

「何!?」

 

 一瞬動きを止めるサイバスターに、連合やザフト製の戦闘機や戦闘ヘリが次々と体当たりを敢行する。
 片道覚悟の万歳アタックですらない、死者による死への恐怖の無い機械的な特攻だ。
 立て続けに飛行機の体当たり攻撃を受けたサイバスターが、Eフィールドを突破されてディンの体当たりと自爆を直撃で受けてバランスを崩す。
 機体装甲強度はまだ余裕を見せているが、内部機器へのダメージとパイロットであるマサキの脳が揺らされ、数瞬、無防備な時間を作り出した。
 真っ逆さまに地面に向かい落下するサイバスターのバランスを、意識を取り戻したマサキがとり直した時には、ランチャー105ダガーやバスターダガー、500mm無反動砲を構えたジンの砲口がいくつも狙い定めていた。

 

「っ!?」

 

 脳裏に、砕け散るサイバスターの白銀の煌めきをマサキは想起した。
 それを、冷たく揶揄する声が遮った。失望と期待とやはりと言う思いをそれぞれ等しく抱いた声だった。

 

「やれやれ、慣れない機体とはいえ、それでは魔装機神操者の名折れですね」
「なんだと!」

 

 サイバスターに砲を向けていた全ての機体に限らず、ヤラファス島上空に展開していた全てのゾンビーMS達の近くに、空間にぽっかりと穿たれた穴が開き、次いでそこから高出力のエネルギーは溢れ出した。
 数十を超す機体を捉えた空間の穴は、その数と等しいだけの破壊をばらまき、それまでの喧騒が夢幻だったとでも言うように静寂を生み出した。
 死者達の怨念毎打ち砕いてしまったのだろうか。
 漆黒の猛威はそれだけでは終わらない。空に蠢いていた鋼の怨念達が消滅したのと同時に、上空から巨大な重力レンズによって拡散・発射された無数の重力球が降り注ぎ、DC防衛部隊と銃火を交えていたゾンビーMS達を尽く圧壊させてゆく。
 直接重力波を照射し、範囲内の機体を無差別に破壊するグラビトロンカノンを、弾丸状に出力調整した重力で対象を選択して破壊するように改造したのだろう。
 目に捉える間こそあるものの、紙人形を幼子が踏み潰してしまうように呆気無い破壊の光景が、ヤラファスのみならずオノゴロにまで続いていた。
 死霊達を屠った攻撃が何か悟ったテューディが低く呻いた。その声には畏怖の響きが強い。

 

「ワームスマッシャー、それにグラビトロンカノン……シュウか」
「シュウ? 知り合いか、テューディ」
「一応な」

 

 あまり好意的ではなさそうなテューディの声音とシュウの名に、なぜか愉快とは言えぬ感情が掻き立てられた。
 テューディの呻きに応える様に、上空に展開した重力レンズを消し去ったグランゾンが、すべてを睥睨する帝王の如き威厳を伴ってゆっくりと降下してきた。
 我知らず、サイバスターの操縦球を握るマサキの指に力がこもる。何故か、猛烈な敵愾心を掻きたてられた。――それと、なぜか奇妙な既知感も。

 

「つれない返事ですね、テューディ。さて、初めまして。サイバスターのパイロット、私は愁・白河。これは私の愛機グランゾンです」
「……正樹・安藤だ」

 

 サイバスターのコックピットに映し出された怜悧な美貌に向かい、マサキは自分にもわからない嫌悪感とも憎悪ともつかない感情に突き動かされ、ぶっきらぼうに答えた。 シュウ・シラカワと言う名前に、なにか引っかかるものがあり、その声にはなぜか怒りの感情が湧きあがっていた。
 対してシュウも、まだルオゾールの蘇生術が不完全だった影響で失った記憶を完全には取り戻していないせいで、マサキの声と顔にどこかで見知ったようなデジャ・ヴュに襲われていた。

 

「これは随分と若い。しかし、あんな戦い方ではせっかくの風の魔装機神も宝の持ち腐れと言うもの。貴方の乗るサイバスターは最強の可能性を秘めた機体です。その力の重みを知る事からお勧めしますよ。マサキ?」
「へっ、あんたにとやかく言われる筋合いはねえぜ。あんた、DCの軍人か何かだろう? 勝手にクーデター起こしといて、その結果この様だ。戦争したいんなら他所でやってくれ! おれ達の生活を無茶苦茶にするなよ」
「ビアン博士には耳に痛いでしょうが、ね。ですが、マサキ、貴方は感じないのですか? サイバスターが教えてくれているのではありませんか? 今この島を覆っている悪意を。この災いが、ただの人間の手で起こせるものだと思いますか?」
「……」

 

 シュウの言葉は、サイバスターが見せたゾンビーMSを駆る死霊達の姿を思い出させた。いくらなんでもあんな代物が尋常な技術や考えの下で生み出される筈がない。
 そう言った分野に関して――軍事や兵器開発など――素人のマサキでも、あれは普通ではないと心底から分かる。
 故に、シュウの語る世界を覆い尽くさんとする悪しき意志を否定する事は出来なかった。
 確かにマサキ自身、これまで体験した事の無い名状しがたい悪寒に襲われているのだ。
 特にサイバスターに乗ってからは怖い位に感覚が研ぎ澄まされ、普段では気付かないようなことにも気付いている。
 風が淀んでいる。空が濁っている。大地が呻いている。海が震えている。
 自然と遠く隔絶された人間には分からない異変を、風の精霊の加護を受けたマサキは理解しつつあった。
 それはナチュラルやコーディネイターの確執とは異なる超自然的な異常事態に違いなかった。

 

「うるせえ、あんた何を知っているって言うんだ。何でMSがこんな映画のゾンビみたいに変わって、しかもこの島を攻撃している!? こんな事、どこの誰が出来るっていうんだよ」
「……その下品な物言い。やはりどこかで聞き覚えがあるのですが……。正樹・安藤、マサキ……?」
「人の話を聞いてんのか!」
「やれやれ、吠えずにはいられない性分の様ですね。安心なさい。その答えは私ではなく本人の方が提示してくれるでしょう」

 

 マサキとのやり取りが、失われた記憶の中の何かを刺激したのか、シュウは端麗な眉を寄せてしばらく思案したが、分けのわからぬ苛立ちを募らせていたマサキが癇癪を起して荒げた声に、思考を中断した。
 下品な物言いに、粗暴な挙措――やはり覚えがある。
 一方で声を荒げたマサキ自身にもよく分からない感情の動きだった。面識もなく、会うのも言葉を交わすのも初めての筈のシュウに対して、警戒心がちっとも静まらず、また彼の乗るグランゾンに対しても胸が苦しくなるほどの圧迫感を感じていた。
 どうしておれは、こいつをこんなに警戒している?
 誰よりもマサキ自身が理解できずにいた。
 無言の対峙が続くシュウ達の元に、先程まで闘争の神の如く暴れていたヴァルシオン改が現れ、テンペストが双方に通信を繋いだ。
 すでにシュウとテューディとは面識があり、それぞれの機体も味方として登録してある。
 ただし、サイバスターは別だ。生前に新西暦世界で戦ったサイバスターと全く同じ機体であり、また操者が決まっていないと言う話は聞いていた。
 ならば、サイバスターを動かしているのは誰なのか?
 イスマイルと共闘しているようだから敵の可能性は低いか――テンペストはそう判断してサイバスターにも通信を繋いでいた。

 

「こちらはDC親衛隊ラストバタリオン、テンペスト・ホーカーだ。シラカワ博士にイクナート女史に間違いないか?」
「ええ、ご苦労さまです。ホーカー三佐」
「間違いはない」
「二人とも無事なようで何よりだが……では、そのサイバスターのパイロット、貴様の所属と姓名を述べろ。これは警告だ。返答は速やかに」
「なんだと!」
「マサキ! ホーカー三佐。サイバスターに乗っているのは民間人だ。アクシデントでサイバスターに乗り込んだ所に、私が協力を願った。詳しい事情は後で話すし、責任は私が負う。取り敢えず今は味方として扱ってもらいたいのだが」
「……イクナート女史がそう言うならば。貴様、名前は何と言う?」
「正樹・安藤だ」
「マサキか、良かろう。事情は後で聞く。今は残る敵機の掃討が優先だ。シラカワ博士、総帥は?」
「もう、間もなくだと思いますよ。何しろあのヴァルシオンは少々手を加え過ぎたきらいがありますから、起動させるのにも一苦労でしょう。目覚めればこの上ない味方ですがね。さて……そろそろ次が来ますよ、皆さん」
「何?」

 

 シュウの言葉を肯定するように、円形のバトルフィールドの壁から地面からぼこりぼこりと、土そのものが盛り上がり、それは手となり足となり、つながった足や胴、肩を生んで行く。母なる大地から生まれいづるのは、しかし怨念に取り憑かれた悪しき巨人達であった。
 かつてジブラルタルを始めとしたザフトの精鋭たちを恐怖の底に沈めて葬った土くれの巨人――デモンゴーレム。ルオゾールが魔術で生み出した増援部隊だろう。今やゾンビーMS達はグランゾンの猛撃とテンペストやフェイル達の猛攻でほぼ壊滅している。
 それに業を煮やしたか……?

 

『やれやれ、人間如きにしてはなかなかにやるもの。我が手を煩わせる存在はシュウ・シラカワばかりではないようですな』
「なんだ!? 頭の中に直接聞こえてくる?」
「ルオゾール。貴方の用意した茶番はここまでですか? ならば三文芝居にも劣る茶番でしたよ。次は主演の貴方に出てきてもらいたいものですが」
『それはそれは、謝罪しなければなりませぬかな? では、せめてもの誠意として、我が力の一部をご覧ください。それを打ち破れぬようならばシュウ、貴方もDCとやらも私の力を振う価値もありませぬ。もし、打ち破れたならば、我らに相応しき舞台で雌雄を決しましょうぞ』
「こんにゃろう、自分だけ楽しようって魂胆ですよ、ご主人さま!」
「チカ……来ますよ」
「へ?」

 

 ゾンビーMS達が現れた時とは比較にならぬ巨大な空間の歪みが、オノゴロとヤラファスのバトルフィールドに渦巻く。
 そこから、来る。生まれてはならぬ魔物が来る。破壊神の悪意が来る。未知の恐怖が来る。蠢く邪悪が来る。醜い魔肉が来る。心持たぬ破壊が来る。

 

「なんだい……ありゃ?」

 

 国防司令部のオペレーターの中の誰かが呟いた。誰もが思っていた。それは、今一度常識と正気の壁を破壊される異形の怪。地底世界から冥府を乗り越えて顕現した怨念の妖。
 地に落ちた魔は、全長100メートルを超すと見える異形の生物であった。
 爬虫類の特徴を多く残しながら無数の節足を持ち巨大な顎を開き、巨体の中央に人間の女の様な箇所があった。開いた口からは常に、聞くに堪えぬ魔物の咆哮を挙げている。
 天に飛んだ邪は、頭部と思しき箇所に左右と前に湾曲した角を持ち、巨大な翼を開き、千切られたような胴からは無数の節足や触手がおぞましく蠢き獲物を待ち構えているかの様だ。
 破壊神ヴォルクルスの、上半身と下半身に分かたれた分身体。
 空を飛ぶヴォルクルスはヤラファスに一体。地を這うヴォルクルスはオノゴロとヤラファスに一体ずつ。
 これがルオゾールの言う破壊神を気取る人間の誠意なのだろう。
 唯でさえ倒しても倒しても這いずり襲い掛かってくるゾンビー達との戦闘で麻痺していた神経が、今一度恐怖に突き動かされる異形共の出現に、国防司令部は沈黙に包まれた。誰もが口にすべき言葉を見つけられずにいたからだ。
 一方でヴォルクルス分身体を目の当たりにしたテンペスト達は対照的に即座に行動に移った。
 特に、既に一度ヴォルクルスとの戦闘経験を持つフェイルと、その正体を知悉しているシュウの動きは早い。
 
「陛下、あれは!」
「ヴォルクルスっ。先程の声といい、ルオゾールの仕業だろう。クリストフの言っていた通り、こちらにも奴が来ていると言うわけか。……オールト」
「退けなどとは言ってくださいますな。この老骨、御身の盾となる事にためらいも恐れもございませぬ」
「退けなどとは言わぬさ。援護を任せる」
「はっ!」

 

 目の前のヴォルクルス分身体の魔形を前に、フェイルはかつての戦いを思い出し感情の水面をわずかに揺らした。
 同時に、モニターの一つに映し出された純白の風騎士に視線を送る。
 戦友でもあり、頼もしき仲間でもあった少年が運命を共にしていた風の魔装機神サイバスター。
 どのような経緯でかは分からないが、この島に落下してきたと言うオリジナルサイバスターの腕を元にテューディがサイバスターを造り上げたと言う話は耳にしていたが、操者はまだ決まっていないはずではなかったか。

 

「サイバスターか。まさか、この世界のマサキが操者と言う事はないだろうな」

 

 小さな苦笑と共に呟き、フェイルは眼前の破壊神へと向き直った。この戦場ならばクトゥグアの使用も問題はないだろう。
 かつてはレイとなる前のデュラクシールでも妥当出来た相手だが、あのルオゾールの事だ。
 どのような力を与えられているか分からない以上、油断など出来ようはずもない。仮にも神と崇め奉られた存在の分身なのだから。
 真っ向からの体当たりをデュラクシール・レイは受け止め、破壊の神と魔装機を超越した鋼の巨人の力比べは拮抗を維持する。
 対消滅エンジンは臨界近くまで稼働して零距離からメガドライバーキャノンをヴォルクルスの巨体に直撃させる。
 莫大な緑の光はデュラクシール・レイの装甲にも傷を穿つが、直撃を受けた分身体は、紫の体液と穿たれた肉片を撒き散らしながらおぞましい叫び声を挙げて離れる。
 すかさずオールトのブローウェルカスタムの単装レールガンが的確に分身体の節足部分に撃ち込まれ、数瞬その巨体の足止めに成功する。
 そこに続けて無数のミサイルが飛来し、ヴォルクルスの巨体を抉り、止めとばかりに真上から巨大なハンマーが叩きつけられ、ぼきぼきと巨大な骨が折れ砕ける音が木霊した。
 ブローウェウカスタムでもデュラクシール・レイでもない二連撃に、オールトがスイカの声を挙げる。

 

「何奴!?」
「手助けしてやるのだ! ウダウダ文句を言うな地球人!」
「……」
「むう!? 例のアンノウン達か」

 

 共に傷ついた機体で激闘を繰り広げていたシカログとヴィガジだ。
 アギーハも含めこの三人も先程のルオゾールの言葉を耳にし、突如出現した異形をなによりもまず倒さねばならぬ敵と判断したのだ。

 

「ええい、アインスト共に似ていなくもないが、奴らともどこか違うようだな。どこの生体兵器だ!?」
「……………」
「私はフェイルロード=グラン=ビルセイア。DCに助力している者だ。貴兄らは友軍として考えてよろしいか?」
「……ふんっ。取り敢えず貴様らと事を構えるつもりはないとだけ言っておく」
「そちらも同じか?」
「…………」

 

 とシカログ。サウンドオンリーの為、ドルーキンの首を縦に振らしている。
 随分と機体にダメージは積み重なっているが、戦力と見て問題はない様だとフェイルは判断し、ヴォルクルスに向き直る。

 

「気を付けたまえ。アレはヴォルクルスの分身体。知能を持たず破壊のみしか知らぬ化け物だが、それゆえに凄まじい力を持っている。特に厄介なのが再生能力と増殖能力だ。見ろ」
「ぬ!?」
「!」

 

 つい先ほどデュラクシール・レイに、ブローウェウカスタムに、ガルガウに、そしてドルーキンに与えられたダメージが、見る見るうちに新たに肉から生まれる肉に、血から溢れる血に埋め尽くされ、時間が巻き戻る様に再生してゆく。極めてグロテスクな光景に、さしものヴィガジとシカログも一瞬息を呑む。
 いや、それで終わらず、散らばったヴォルクルスの肉片が蠢き集い合い、一つに溶け合っては収縮と膨張を繰り返してまた新たな分身体になろうとしている。蠢いていた肉片をタオーステイルで焼き尽くしたフェイルが、インスペクター四天王の二人に警告を発した。

 

「あのように、肉の一片でも残せば時と共にヴォルクルスは復活する。後でナパームなどで焼き尽くすにしても跡形も残さぬつもりで攻撃してくれ。特に直接機体で攻撃を仕掛ける様な真似は控えた方がいい」
「七面倒な相手だな。まあいい、ガルガウの咆哮で跡形もなく吹き飛ばしてくれるわ!」
「……」
「よろしくお願いいたしますぞ。お二方」

 

 第二ラウンドのゴングは、ヴォルクルス分身体の発した万物を破壊する衝撃波が鳴らした。

 
 

 ヤラファス島に出現した飛行型ヴォルクルスと地上型ヴォルクルスも、無数のデモンゴーレムと共にDC防衛部隊に襲い掛かり、それをテンペストやテューディ、マサキ、シュウらが抑えていた。
 巨体に見合わぬ俊敏さで飛び回り、不可視の衝撃波を放ってくるヴォルクルスに、サイバスターの背の翼の先端を削られ、マサキは小さな舌打ちと共にモニターの向こうの邪神を睨みつけた。心なしか、サイバスターもヴォルクルスに対して敵意を抱いているような感覚を覚えていた。

 

「なんだこいつは!? さっきの陰気な声の言ってた奴か」

 

 先ほどから驚きっぱなしのマサキを嘲笑うように、とまでいかぬが冷笑の響きを交えたシュウが一応答えた。

 

「ええ。ヴォルクルス分身体といった所でしょうか。本命には程遠い破壊衝動に突き動かされるだけの化け物ですが、今の貴方には荷が勝ちすぎる相手でしょうね」
「なんだと!」
「いちいち突っかかるなマサキ。だが、手強いのは確かだ。デモンゴーレム共も土と死霊の怨念、それに魔力さえあれば無限に生み出せる。こいつらに割く時間は少ないぞ」
「ち、分かったよ、テューディ。MSだけじゃなくてなんでこんなバケモンまで出てくるんだ? 一体どうなっちまったんだこの世界は!?」
「ぼやいても仕方あるまい。マサキと私は空のヤツを斃す。シュウ、ホーカー三佐には地上のを任せる。デモンゴーレムは後回しだ」
「了解、シラカワ博士、構わないか?」
「ええ。元教導隊の実力、拝見させていただきますよ」

 

 空のヴォルクルスをサイバスターとイスマイルが。地上のヴォルクルスをヴァルシオン改とグランゾンが殲滅に掛かる。
 強いて言えば無数のデモンゴーレムがひしめく地上の方がいささか戦いにくくはあろう。

 

「行くぞ、テューディ」
「ああ」

 

 清らかな風を纏いサイバスターは復讐の女神を共に天を塞ぐ邪神に挑みかかった。
 白銀の軌跡からはプラーナを変換した砲撃――アートカノンが無数に放たれ、それに合わせてイスマイルからも、装備したスプリット・カロリック・ミサイルの雨が降り注ぐ。
 アートカノンを数撃受けながら、ヴォルクルスはまるで痛痒も見せずに、その巨体から衝撃波をサイバスターとイスマイル目掛けて放つ。
 ほとんど不可視のそれを、風のささやきと精霊レーダーによって感知したサイバスターとは、風の如く衝撃波の射程範囲内から離れ、イスマイルは組み込んだ広域防御帯を前面に展開してこれを防ぐ。

 

「遅いぜ!」
「邪悪を防げ、エルダーサイン<旧神の紋章>!」

 

 クトゥグア同様にスペースノア級の艦首モジュールとして検討されていたエルダーサインを、イスマイルの防御システムとして組み込んだのだろう。
 イスマイルの機体前方に輝く魔法陣は、清浄な輝きでもって邪神の咆哮を寄せ付けない。

 

「行けえっ、天空斬!!」

 

 風を巻いて迸るディスカッターの一閃。振りかぶった一瞬にディスカッターの刀身に白き風が渦を巻いて集う。
 操者のプラーナとサイフィスの力が集約された刀身は、より厚く鋭く清廉な姿へと変わる。風を纏ったディスカッターは、サイ・ブレードへと強化され、暗雲を切りはらい天空の青を覗かせる一刀に変わる。
 ヴォルクルスの翼を大きく切り裂き、その巨体のバランスが崩れた一瞬に、イスマイルの背負った砲身と腹部の装甲が展開され、巨大な砲口がそこから姿を見せた。
 さながら獲物を咀嚼すべく顎を開いた悪魔の様なその姿は、とある未来において猛威を振るった二体のガンダムの片方を想起させるものだった。
 三門のオメガブラストは、金属粒子レベルで魔術文字を刻んだ龍脳車<スペルモーター>が回転する度に属性を帯びた魔力を充ち溢れさせてゆく。
 背に負った二門の砲には<風>と<火>。イスマイルが契約を結び、聖位にまで強化した土の精霊の力を最も活かせる、開かれた顎の様な腹部にはむろん<土>が、そしてプラグマティックサイト内部に仕込んだ龍脳車も呼応し、大鎌には<火>の魔力が宿る。

 

「原子も残さん。消えるがいい、邪神! マー・ノー・ウォー<皇竜破>!!」

 

 四門の火砲から放たれた精霊の力を帯びた光は、ヴォルクルスの巨体のほとんどを飲み込み、呆気無いほどにその姿を爆光の中に飲み込んでいた。
 一気に機体エネルギーの半分近くを持って行き、操者であるテューディのプラーナも多大に消費する為に乱用はできない装備だが、威力は見ての通りだった。
 ヴォルクルス相手ならば非常に有用な装備と言えるだろう。
 軽い疲労感を感じながら、テューディは細く息を吐いた。出力がいささか不安定で、発射時に機体制御に支障を来していた。まだまだ調整が必要だろう。

 

「やったか?」
「いや、まだだ!」
「くっ、二体目か」

 

 一体目の飛行型ヴォルクルスを呑みこんだ光の向こうに、歪められた空間が生じ、その向こう側から先程屠ったばかりの邪神の分身が姿を見せているではないか。
 マー・ノー・ウォーの使用により疲弊したテューディは、ヴォルクルスの放った衝撃波をまともに受け、イスマイルの中で衝撃に揺さぶられた。

 

「っ!? く、怨念の産物如きが」
「この野郎!」

 

 即座にアートカノンで出現したばかりの分身体に砲撃を浴びせかけるマサキだが、不意にサイバスターを衝撃が襲い、外部からの圧迫によって機体の制御を奪われてしまう。即座にステータスモニターをチェックすると、なにか小さな無数の物体がサイバスターの機体各所に取り付いている。

 

「こいつは、さっきのヴォルなんたらの肉片かよ!? 冗談だろ」

 

 イスマイルの四連装オメガブラストの砲撃で滅した先の分身体の、わずかな肉片達が、サイバスターの発するエネルギーに惹かれたのか間接や装甲の隙間にこびり付き、ゆっくりと増殖しながらサイバスターを侵食し陵辱しようとしている。
 既に深い所まで入り込んだのか、サイバスターは思うように動かずにいる。
 なによりマサキの癇に障ったのは、こんな醜い破片共がサイバスターに触れていると言う事実だった。
 テューディが造りあげ、サイフィスが導いたこの、サイバスターに! 脳漿が沸騰する様な怒りが瞬時にマサキの心を占め、同時にこの状況を打破する装備がある事をサイバスターがマサキに伝える。

 

「こいつなら、行くぜ!! サイフラーーッシュ!!」

 

 サイバスターの純白の装甲をなお白に染める苛烈でいながらどこかやさしい光が、サイバスター自身から溢れ出し、巨大な鉤爪を風の騎士に振るおうとしていたヴォルクルスや機体にこびり付いて蠢いていたヴォルクルスの細胞、更には地上に居たデモンゴーレムをも破砕する。
 それでいながら、サイフラッシュの効果範囲内に居たイスマイルやDCの部隊には一切ダメージを与えていない。
 ミナシオーネに搭載されたサイコブラスター同様に敵味方の識別システムが搭載されているのだろう。
 迫っていたヴォルクルスがサイフラッシュの輝きに弾かれる様に、マサキは得意げに笑みを浮かべたが、唐突に貧血に見舞われたような感覚に、コックピットの中で顔を青褪めていた。

 

「くっ、なん、だ? 急に力が……」
「サイフラッシュを使ったのか。……マサキ、サイバスターはプラーナという操者の生命力の様なものを使って動いている。特にサイフラッシュはプラーナの消費が激しい。二度目は撃つな。下手をすれば命にかかわるぞ」
「なにぃ? そんなにヤバイもんだったのか。でも結構数は減らせたな。今度は油断しねえ。テューディ!」
「分かっている」
「どきな! 邪魔だよ、サイバスター!」
「今度は何だよ!?」

 

 彼方からサイバスターのお株を奪うほどの高速で接近してきたシルベルヴィントが、すれ違いざまにヴォルクルスを高周波ソードで切り裂いた。
 機体各所に装備されたバーニア・スラスターの内何割かは機能不全だが、まだ継戦は可能な状態である。
 邪神の上げる苦鳴の声に、顔をしかめながら、アギーハは正面から地底世界の魔物を睨み据えた。
 ヴィガジ同様アインストを彷彿とさせていたが、あれらとはまた違う系統の化け物だと勘が告げていた。

 

「なんだよ、あんた!」
「(はん? マサキ・アンドー? こっちの世界のかい?)……あたいはアギーハ。この化け物を倒すのを手伝ってやりに来たのさ。礼を言われる覚えはあっても文句を言われる筋合いはないと思うけどね」
「テューディ、知り合いかのこの年増?」
「と、としまあ!? このガキ、言うに事欠いてそれかい! あたいはまだ二十代だよ!!!」
「じゃあ、四捨五入したら? おれはそれでも二十だぜ」
「うっ!?」
「へっ、やっぱり年増じゃねえか。なあ、テュー……ディさん?」

 

 マサキの語尾があやふやになったのは、ひとえにモニター越しのテューディが、笑みを浮かべながらその背後に地獄の奥底で燃える業火の様な怒りの重圧を背負っていたからだ。
 マサキの年増発言が、この女史の触れてはいけない一線に触れてしまったらしかった。
 テューディの美貌に浮かぶ微笑はこの上なく美しい。ともすれば女神と見違うほどの慈愛に溢れた淡い笑み。
 時と場合を選べばマサキはそのまま見惚れていただろう。
 しかれども、その笑みが意味する者は慈愛や友愛の情とは遠く隔たれた感情だった。
 今マサキが感じるのは脊髄を洪水の様に行き来する恐怖を伝える電気信号だ。
 まずい。非常にまずい。今はどこかへ行ってしまったらしい、孤児院の家族のオウカやククルを本気で怒らせた時の感覚に等しい。
 下手をすれば命が危うい――それほどの重圧。

 

「マサキ?」
「はい!」
「女性に対して年齢をとやかく言うのは感心しないな。以後は口を慎め」
「はい!!」
「…………」
「…………」

 

 シルベルヴィントとイスマイルが互いを見つめあう。この瞬間、テューディとアギーハは紛れもなく同志だった。
 共に芳紀漂う御年二十九歳。三十路まであと一歩となった二人であった。
 そんなやり取りに置いてけぼりにされていたヴォルクルスが、我を忘れるなとばかりに咆哮と共に衝撃波を放ち、三人はようやく闘争の現実に帰還した。
 マサキは、むしろ救われた思いでヴォルクルスに向き直った。
 テューディとアギーハのプレッシャーに晒されるよりはこの破壊神の分身と戦う方が気が楽に思えたからだった。

 

 ヤラファス島の地上では、無数のデモンゴーレムを通常のDCの防衛部隊が、ヴォルクルスの分身体ニ体をグランゾンとヴァルシオン改が相手取っていた。グランワームソードとディバインアームを構えた両機は、互いの機体を上回る巨躯の地上型ヴォルクルスを前にひるむ様子を見せずにいる。紫紺の魔神グランゾンと深青の魔王ヴァルシオン改。それを駆る操者諸共に破壊神の魔貌を前に恐れる様子は微塵もなし。
 テンペストはヴォルクルスの振るった巨大な鉤爪をディバインアームで弾き、クラスターAP弾『アーマーブレイカー』を無数に浴びせかけ、続けて左手のクロスマッシャーを超至近距離からヴォルクルスの巨躯に打ちこんだ。そのままクロスマッシャーに押されて後退するヴォルクルスは、斑に色が散った不浄な体液を零しながら苦悶の悲鳴を挙げる。
 聞く者の耳と脳と心を腐食させる悪意の咆哮だ。

 

「こんな化けものまで出てくるとはな。バン中将にアインストとやらのデータを見せてはもらったが、あれに近い類のものか?」

 

 だが、結局のところ敵が何であれテンペストがする事は一つっきりだ。愛する妻と娘のいる場所を守り抜く以外にすべき事があろうか。
 それを考えれば敵が異形の魔物だろうが神を名乗る狂人だろうが、テンペストには瑣末な事だった。

 

「テンペスト三佐。ヴォルクルスは強力な再生能力を持っています。確実に滅ぼすにはまるごと消滅させるような大火力が必要ですよ。こんな風にね」

 

 テンペストと同じく地上型ヴォルクルスを相手取りながら、いつもの余裕を崩さぬシュウが、見本を見せると言外に告げて、グランゾンの胸部装甲を展開させた。
 本能的に(本能があればだが)ソレの危険性を察知したらしいヴォルクルスの体当たりを、容易く空間歪曲場で受け止め、シュウはその口元に一際冷たい笑みを浮かべた。
 自分の自由を奪い、支配し利用した愚か者への復讐の幕が、ようやく上がりつつあるのだ。暗い愉悦は、冷笑となってシュウの口元に淡く翳っている。

 

「ブラックホールエンジン出力良好! 新型の対消滅エンジン、縮退炉共に機関正常! 一発かましてください、ご主人さま!」
「もう少し品よくお願いしますよ、チカ? ……では、ブラックホールクラスター発射!」

 

 胸部の装甲が展開し露となったグランゾンのメイン動力であるブラックホールエンジンとチカが名を挙げた対消滅エンジン、縮退炉が連動し、球形の中心部前方に漆黒の禍玉を生み出す。
 グランゾンが両手で捧げ持つ様に上方に掲げるや、漆黒の球は瞬く間に巨大化する。
 グランゾンが生成した小型のブラックホールは、周囲の重力を狂わせ地磁気や電磁波に異常が生じ始める。
 グランゾンの空間歪曲場に阻まれていたヴォルクルスが、恐怖を感じたかは分からない。
 だが、魔神が掲げる暗黒球を前にした時、わずかに後退する様な挙動を見せたのは確かだった。
 やはり、それは恐怖と呼ばれるべき感情であったろうか。大地を削り空を渦巻かせる暗黒球はヴォルクルスに直撃し、有象無象の全てを呑みこむ奈落に変わる。
 その先にあるのは無窮の宇宙の中心にあると言う大暗黒星か。はたまた今で人の英知届かぬ未知の世界か。いずれにせよ、ヴォルクルスにとっては破滅に違いなかった。
 見よ。魔神の放った暗黒が姿を消した時、汚穢な邪神の力の一部は跡形もなくこの世から消滅していた。
 まだ余裕さえ見せるシュウの様子に、テンペストは彼がとりあえずは味方である事に確かに安堵した。
 DCに来てビアンと接触して以降、グランゾンもまた更なる進化を遂げているようだった。
 負けてはいられぬと、メガ・グラビトンウェーブに続けてクロスマッシャーを叩き込み、多大なダメージにのたうちまわるヴォルクルスが放つ衝撃波を空間歪曲場で受け止める。
 さすがに邪神・破壊の神と信奉されるだけのことはあり、空間歪曲の出力を最大にしなければ打ち破られかねない。

 

「流石の生命力だがな!」

 

 振われた鉤爪に左肩の装甲を抉られるが意に掛けずにヴァルシオン改を突っ込ませ、出力を臨界近くまで上げた特大のクロスマッシャーを見舞う。

 

「ヴァルシオンクラスならともかく、通常のMSでは歯の立たん相手か……」

 

 これだけの攻撃を加えてなお傷を再生し、ヴァルシオン改の前に立ちはだかるヴォルクルスの姿に、テンペストも異怖に近いモノを覚える。
 その耳に、シュウの淡々とした声が届いた。憎たらしくなるほどに揺らぎと言うものが無い。

 

「追加が来ましたね」

 

 マサキ達の元に飛行型ヴォルクルスが出現したのと同時に、テンペスト達の前に――後ろに地上型のヴォルクルスが二体出現していた。
 円形のバトルフィールドの境界近くであり、エムリオン部隊のど真ん中だった。
 咄嗟に反応して見せたエムリオンのパイロット達は優秀と判子を押す事は出来たが、オクスタンライフルの集中砲火も、ヴォルクルスには何の痛痒とならぬようで、せわしなく節足を動かし、巨大な鎌の様な腕や、胴体中央部の女性体の放つ歌の様な衝撃波が、Eフィールドを突破してエムリオン隊を蹴散らしてしまう。
じきにディバイディングドライバーが形成した決戦場から逃れると言うその瞬間、天空から三体の鋼の妖精が舞い降りた。

 

「フェアリオン。ソキウス達か!」
「W-l³inkシステム起動。駆動システムオールグリーン」
「ターゲットロック。コード確認『ヴォルクルス』」

 

 黒白と金に飾られた少女を模した超音速の妖精たちは、手に携えた火器を雨の如くヴォルクルスに降り注がせ、絶え間ない火線は三人のソキウス達ならではのコンビネーションとW-l³inkシステムの恩恵あればこそだろう。倍の数のMSを用意しても到底まねできるとは思えぬ攻撃であった。
 そしてワン、ファイブ、トゥエルブのソキウス達を傅かせ従える存在はDCにもただ一人。
 レクタングルランチャー、オクスタンライフル、M90アサルトマシンガン二丁を携行するフェアリオン達を従えて、人造の戦女神が天に君臨していた。
 艶やかに輝きながら揺れる黒髪。血の赤にも劣らぬ鮮やかな唇。冷たく全てを睥睨している瞳は宝石のように美しく冷たい。ヴァルシオーネ・ミナ――ミナシオーネである。
 マガノイクタチを収めた四枚のテスラ・ドライブから伸びる翼から緑の光を零しながら、凍えるような声で破壊神に告げる。

 

「醜い汚物が我が民と国を蹂躙しようなどと……。万死に値する」

 

 月夜の荒野に吹く冬の風よりも冷たく、故に妖しいまでの響きを持った声。そこに含まれるは苛烈な怒りであった。
 こちらを見上げるヴォルクルスの爬虫類に似た頭部めがけ、ミナシオーネの両肩の宝石上のパーツから溢れた光を合わせた両手の中で納める。
 それは赤と青の螺旋に彩られた破壊の光である。何度もこの国を守るために放たれた一撃が、今、破壊神へと降り注いだ。

 

「砕けよ。クロスマッシャー!!」

 

 破壊神としての超知覚故か、ミナの一撃を察知したらしいヴォルクルスはその巨躯を捩り、ダメージを左胴の側面にある節足を吹き飛ばされるに止めた。
 すかさずフェアリオンから無数の砲火が降り注ぎ、ヴォルクルスの背で爆ぜる。
 肉片と体液をまき散らし、蹂躙したエムリオン達の破片を踏み砕きながらヴォルクルスはあたり構わず衝撃波を放ち続けていた。
 エネルギー・フィールドによる防御があるとはいえ、フェアリオンやミナシオーネの装甲では一撃で粉砕されかねない邪神の反撃である。
 それぞれの機体ならではの機動性でかろうじて指向性を持たされた衝撃波を回避して見せるが、既にフェアリオン三機の与えたダメージは再生し、蠢く肉片を分厚い皮膚や鱗が覆いつつあった。
 追撃で畳みかけようとするソキウス達を、ミナシオーネの優美な手が制する。
 その意図を測りかねたソキウス達だったが、レーダーの反応から即座にミナがなぜ自分達を止めたのか理解した。
 あのヴォルクルスを追う必要がないからこそ、ミナは自分達を止めたのだ。
 直立する土壁に触手を伸ばし、ディバイディングドライバー作り出した大地から離れんとする地上型ヴォルクルスの周囲に無数の奈落の如き穴が穿たれる。
 グランゾンのワームスマッシャーに酷似した空間の穴からあふれ出したのは、しかし青と赤との二重螺旋が描く破壊の光――クロスマッシャーであった。
 四方八方から放たれるクロスマッシャーに全身を穴だらけにされたヴォルクルスに、上空から超重力の波が襲い掛かり細胞の一辺まで残さぬと圧殺してのける。
 ミナとソキウス達がそれを行った存在を見つめた。
 今だ邪神の放つ邪気と黒煙に遮られた天を背負うが如く悠然と姿を見せたソレ。
 見るものに恐怖と畏怖を抱かせる威圧的な風貌を更に増したようで、血染めのような真紅の装甲は、触れるだけで切り裂かれそうなほどの鋭利さを維持し、施された金の装飾は覇王の威厳を彩る気品を醸し出していた。
 機体の中央には金色に輝く球形のパーツ。大きくせり出した両肩に鋭く尖った五指。宗教画に描かれる魔王や悪魔のような湾曲した角を持った頭部。
 全高57メートル、全備重量550トン。聖十字を掲げる軍勢の旗頭であるその真紅に染められた鋼の名は――

 

「このネオ・ヴァルシオンの調整に手間取り歓迎が遅れたな、ヴォルクルスとやら。貴様の誠意とやらは充分に見せてもらった。返礼は盛大にやらせてもらおう……受け取り給え!」

 

 厳かな物言いの中に煮えたぎる怒りを内包したビアンの宣言が、残る地上型ヴォルクルスに向かい放たれた。