Top > SRW-SEED_ビアンSEED氏_第50話
HTML convert time to 0.014 sec.


SRW-SEED_ビアンSEED氏_第50話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:09:15

ビアンSEED 第五十話 精霊の紡ぐ縁

 
 

 ここではないどこか、今ではないいつかにア・ゼルスという世界があった。
 太古より錬金術と魔術を礎に一万年以上の時を経てなお繁栄してきた、次元の狭間を漂う巨大な浮遊大陸である。
 ア・ゼルスの歴史は『深淵の穴』ダウスより現れる『異形のもの』と人々との闘争の歴史によって積み重ねられてきた。
 ダウスより現れる異形達に対して対抗する術を持たぬ人々は、身を守る為に小さな集落を作り、それはやがて無数の国家を形成するに到った。
 だが、人々の営みを嘲笑うように襲来する魔物の数は爆発的に増加し、常に人の側に耐える事無き流血を強い続ける。
 暦を重ねるごとに、いずれ人類の命運が尽きるのも時間の問題と希望の灯りは消えていた。
 そのア・ゼルスの絶望の歴史を変えたのは、後世、ア・ゼルスの住人達から『神の腕』と呼ばれる事になった巨大な機械の腕であった。
 突如天空より落下してきたア・ゼルスの技術力をはるかに超越した錬金術と魔術の叡智によって造られた神の腕。
 その機械仕掛けの神の腕を解析し、ア・ゼルスの技術によって応用すれば、ダウスの魔物達に対抗できる術を得られるのでは?
 神の腕とは、人々に希望を齎したが故に与えられた尊称であり、事実神の腕がもたらした数多の技術は、やがて魔装機と呼ばれる機動兵器と言う形で実を結ぶ事になる。
 『魔装機』。テューディがディバイン・クルセイダーズに協力する形で造り上げた新たなカテゴリーの機動兵器。
 そしてテューディやフェイル、オールト、シュウ、ルオゾールらの故郷ラ・ギアスで生み出された人造の機神達の総称。
 『神の腕』。あるいは神の右腕と呼ばれ、旧オーブ首長国連邦時代にビアン率いるサハク家の一派に回収された機械の腕もまた同じくそう呼ばれていた。
 風の高位精霊が宿った神の腕は、間違いなくテューディの双子の妹ウェンディの造り出した風の魔装機神サイバスターの右腕であり、ア・ゼルスに出現した神の腕も同じくサイバスターのソレであった。
 同時に、今はCE世界のマサキ・アンドーの搭乗するサイバスターの右腕である。そして今サイバスターの前に存在するイズラフェールにもまたその腕が使われている。
 CEに出現した神の腕が本来ア・ゼルスに現れるはずだった神の腕なのかは分からない。だが少なくともこの世界には二つの神の腕があり、今、二つの神の腕は敵する者として相対していた。

 

 青い波が揺らぐ大海は鮮血の色に染まり、荒々しい波となって砕け散る。蒼天を塞いだ暗雲は、二度と太陽の光が訪れる事はないと告げるかの如く開ける様子はない。
 夕闇が訪れるには早い時間、天の気性は穏やかな日であった。にも関わらず世界が闇に閉ざされつつあるのは、たった一機の機神の存在の為であった。
 光を吸いこみ闇に閉じ込める暗黒の装甲は、金属の光沢に生物の皮膚や粘液のぬめりを帯び、破壊神ヴォルクルスから移植された細胞は常に蠢動して、一定の形を保とうとはしない。
 古来より宗教画に描かれてきた邪悪な存在――悪魔の背にある翼を持ち、今さっき首を刎ねたばかりの様に血の色に濡れた刃を構えたソレ。
 名をイズラフェール。
 イズラフェールと対峙するは、白銀の装甲を纏った風の白騎士サイバスター。
 清らかな風を纏う白銀の装甲と翡翠色の瞳に眼前の暗黒の機神を映し、背の翼からプラーナを光の燐粉に変えて零しながら、右手に握った剣は心なしか強く握り締められているかの様であった。
 それはサイバスターの右腕に宿る精霊の意志であったろうか。
 グランゾンとアカハガネを除くサイレント・ウルブズの一斉砲火を防ぎきったイズラフェールは、その全身から滲み出る破壊神の瘴気で周囲の風を尽く穢し、サイバスターのみを注視していた。
 変形しつつあるイズラフェールの全身の内、唯一原形を残す右腕に宿る風の精霊の意志によるものか。
 広範囲攻撃魔法兵器であるデスフォッグプリズムを放った後、動きを止めていたイズラフェールの左胸の装甲に肉の瘤がいくつもぼこぼこと音を立てて生まれ始め、それは徐々に人の顔の形を作り出した。
 肉の瘤によって形成された顔の正体を知悉しているシュウとフェイルの顔に、この上ない嫌悪と憎悪の色が浮かぶ。
 イズラフェールの左胸には邪神官ルオゾールの巨大な顔が表れていた。
 神を名乗る人間の傲慢さか、暗黒の装甲から生まれた顔にはありとあらゆる他者全てを見下す愉悦と、傲岸だけがあった。
 傲慢、侮蔑、嘲笑をたっぷりと地獄の釜で煮込み、互いを引き立て合った果ての様な笑みを浮かべている。
 ルオゾールはゆっくりと瘤で造り上げられた瞼を開き、神の先兵の前に立つ愚者共を認めた。

 

『おやおや、シュウ・シラカワを追わせていたはずでしたがとんだ邪魔者もいたものですね。それとも揃って我が忠実なる下僕の刃に掛かる殊勝なお考えか?』
「面白い事をいうようになったものですね、ルオゾール。面白いと言う意味ではあのイズラフェールもですが」
『ただのデモンゴーレムやMS達では貴方の相手にもなりますまい。それに、貴方がかつてなりたいと願った風の魔装機神の右腕を持った機体が相手。多少は趣向を凝らしたつもりでしてな。楽しんでいただけているなら幸いです』

 

 くくっとルオゾールの巨大な唇の端から、音だと言うのに粘ついた笑い声が零れ落ちた。
 その顔の醜さと声に満ちる邪悪さに、シュウ以外の全員が眉を寄せて生理的な嫌悪感と根源的な恐怖を駆りたてられた。
 数十、数百の肉瘤が形作る唇から零れ落ちた笑みの一つが、歴戦の猛者達に恐怖の念を抱かせていた。それも無理の無い事ではあった。ルオゾールが一体となっているのは仮にも“神”として崇め立てられた存在なのだから。

 

『このイズラフェール、次元の狭間を漂っている所を私が見つけたものでしてな。私共同様にここではない異世界の一つ、ア・ゼルスと呼ばれる世界で敗れ破壊された機体。すでにお気づきでしょうが、サイバスターの腕を元に造り出された異世界の魔装機神と言った所でしょうかな。
風の精霊の意思は私とヴォルクルスの魔力に加え、ギアスによって封じてありますのでな、存分にその力を味わってください。ああ、そうそう、オマケの方々にも相手を用意して差し上げましょうぞ。では、縁があればまたお会いしましょう。それまで貴方方が生きていれば、ですが』

 

 ラ・ギアスにおいてギアスとは、契約を強制・抑制する呪術の一種である。風・炎・水・土の精霊達はそれぞれ相克の関係にあり、サイバスターやイズラフェールに宿る風の精霊は、炎の属性に対し不利な属性だ。
 精霊としての格が隔絶しているならばともかく、ルオゾールとヴォルクルスの魔力も加味されているならば、イズラフェールに宿る精霊の意志を屈服させる事は決して難しい事ではないのだろう。
 出現した様子を巻き戻す様に、ルオゾールの顔は無数の瘤に分かれて目鼻が埋もれて行き、小さな瘤や肉の粒となってイズラフェールの装甲の中に埋もれて行った。
 ルオゾールの顔が消えるのと同時に、ヴィガジやテューディの相手をする為にルオゾールが呼びだしたらしい機体が、次々とイズラフェールの周囲に漆黒の渦を巻いて姿を現し始める。
 十に及ぶ数の機動兵器を、空間を超越して顕現させる魔力の凄まじさは、仮にも神を名乗る狂人ならではであろう。
 イズラフェールを守る守護騎士の様に姿を見せたのは、赤い仮面を被った暗い紺色の翼騎士達であった。MSとほぼ同サイズのそれらはどことなくイズラフェールに似ていると言えなくも無い。おそらくは魔装機の類であろう。
 イズラフェールが手にしているのと酷似した曲刀――バニティリッパーを持つ翼騎士の名は、魔装機サタナギーア。イズラフェールのコックピットでヴォルクルスの細胞に捉われし操者ソッドがかつて搭乗していた魔装機である。
 イズラフェールと共に消えゆく寸前だったソッドに、ヴォルクルスの細胞を移植して支配下に置いた際に、彼の記憶を見たルオゾールが、ヴォルクルスの細胞とゾンビーとして配下に加えたMSのパーツを組み合わせて作ったレプリカ機だ。
 だが、ヴォルクルスの細胞の再生能力と邪悪な魔力を併せ持ったその戦闘能力は、内実をある程度似せただけの機体出であっても、魔装機の名に恥じぬ代物になっている。
 灰色に濁った霧の如き淀んだ魔力を全身から噴き出しながら、サタナギーア達が一斉に背の翼を広げてサイレント・ウルブズ各機へと襲い掛かる。
 サタナギーアより一回り大きな第十七番目のオリジナル魔装機イスマイルや、ブローウェル・カスタムならば性能では引けを取るまいが、ヴィガジらのスマゥグやジャメイムではいささか厳しい相手と言わざるを得ない。

 

「ちい、ガルガウさえあればこの程度の連中などに!」
「ガルガウだって空は飛べないんだからこの連中とは相性悪いじゃないのさ!」
「……」

 

 バルディッシュやロングソードでサタナギーアの振う邪剣と切り結びながら、異星の死人達は彼我の機体の戦闘能力の差を痛感していた。
 今彼らが乗っている機体も決して悪くはないが、本来の愛機と比べればどうしようもなく目劣りしてしまう。

#br 
「言っても始まらんか!」

 

 性能の差は力量と連携で補う他ない。胸中で彼らがその結論を出すのに、時間はかからなかった。
 ルオゾールの意志が去った事で自由を取り戻したのか、イズラフェールの赤い双眸に破壊の意志が宿り、機体に満ちる魔力が高まる。
 元来イズラフェールの装甲は暗黒の色ではなくまたその四肢も機械のものでは無く、痩せこけた死人の腕と足に、紫の肌と悪魔の爪を与えた魔神の如きものであった。
 龍のそれに似た尾を持ち、腹部も血に濡れたような赤い爛れた肉の形状をしていたのだ。
 全身に纏った装甲はルオゾールが与えた鎧か、あるいは神の腕に宿る精霊の意志と、操者であるソッドの意志を封じ込める為のモノやも知れぬ。
 イズラフェールの背の漆黒の翼は赤い輝きを零して疾風となり、再び双子の兄弟機とでも呼ぶべきサイバスターへと吹く。
 一度は反応しきれなかったイズラフェールの一刀を、マサキは確かに瞳の中に映してこれを受けた。
 涙に濡れた瞳には、マサキ自身にも分らない感情の渦が胸に湧き起こりそれが涙となって零れ落ちていた。
 マサキの心に伝わるサイバスターの、サイフィスの意志がマサキに涙を流させる。
 怒り、悲しみ、憤り、言葉にして表すべき感情はいくつもある。
 だが、今はそれを考える時ではない。一刻も早くイズラフェールを邪神の魔の手から解放しなければならない。マサキは、ただそれだけを考えていた。
 それは果たしてマサキの意志か、それともサイバスターの意志か? 受けたバニティスラッシュを跳ね上げ、ディスカッターで右から左への横一文字を描く。
 風をも切り裂く一刀は、しかし漆黒の残影を切り裂いたに終わる。
 手応えの虚しさを知るよりも早くマサキは、残像を残すほどの神速で後退したイズラフェールを睨みつける。

 

「よくもソイツにそんな真似をしやがって。おれの手で救ってみせる! そうだろう? サイバスター!」

 

 サイバスターの答えは心臓たる永久機関の挙げる、神鳥の如き嘶きであった。翡翠の瞳はイズラフェールの紅の瞳に呼応して輝きを増す。
 虚しく空を切ったディスカッターは、マサキとサイバスターの戦意に高まったプラーナを乗せ、光の軌跡のみを残してイズラフェールの左頚部へと奔っていた。
 風切る音の凄まじさはそれが音の壁を越えた神速であった事を証明していた。故に、それを受けたイズラフェールの紅刃の速さもまた等しく神速。
 刃と刃が噛み合っていた時間は刹那にも満たない。
 弾き合った刃は、邪と聖に分かたれた風の騎士達の手の中で幾合も噛み合い、切り裂き合い、互いを否定し合い続ける。
 黒白の軌跡を描き合って風の魔装機神は互いを滅ぼすべく刃を振り続ける。
 右袈裟に振われた白銀の直刀を弾いた曲刀が半弧を描いて反撃の刃とし、サイバスターの左胴へと振われた時、装甲に食い込む寸前で金色の三爪を持ったサイバスターの左足が辛うじて蹴り飛ばした。
 サイバスターの背に搭載されている四基のファミリアレスの内一基が起動し、わずかに開いた両機の間に飛び込む。
 イズラフェールを相手にサイバスターの操縦とファミリアレスの操作を両立させるのは一基、それも短時間が限度とマサキは咄嗟に判断する。
 両機の間に飛び込んできたファミリアレスに対し、イズラフェールは判断に迷う様子は欠片も無く駆け抜け様に両断して見せた。
 Eフィールドを展開していたファミリアレスを何の抵抗も無く切り裂いて見せた。
 振り抜いた刃を振り上げ、瀑布の勢いで叩きつけられる紅刃。

 

「くそ、足止めにもなりやしねえ!?」

 

 はたして何度目かイズラフェールの刃を受けるサイバスターであったが、機体の生み出すパワーはイズラフェールの方が上なのは事実なようで、両手で剣を握るサイバスターを片手一本で握ったイズラフェールが徐々に押し下げ、サイバスターの右頚部に迫るバニティスラッシュ。
 砕かんばかりに歯を噛み締めるマサキのこめかみを、ひどく冷たい汗が一筋流れた。
 ヴォルクルス分身体との戦いでも感じなかった絶命への確実な予感が、体の内側からじわりじわりと浸透していた。
 その悪寒を上回る警戒の思念が、風と共にマサキの脳裏に吹き抜けた。
 その時マサキの脳裏に走った思考とも言えぬ思考を、あえて言葉にするならば『ここにいたら死ぬ』。これが最も適切であったろう。
 匂いがあるのならば嗅げたであろう程に濃厚な、見えるのならばはっきりと色彩を認識できたであろう程に明確な『死』の予感。
 それを回避しようと言う本能的な動作を成し得たのは神技に等しかった。
 イズラフェールに抗しようとサイバスターの両腕に込めていた力を虚脱し、赤い刃がサイバスターの首を刎ねるよりも早く、機体前面に風を集めてカロリックミサイルを爆発させる。
 カロリックミサイルの爆風を風で指向性を持たせ、この場を離れる推進力として利用し、イズラフェールから一瞬でも早く、わずかでも遠くへと離れる。
 サイバスターがイズラフェールとの間にほんの数メートルの開きを作ったその瞬間に、コックピットのモニターに警告を告げる表示が無数に開いた。
 警告を発したのは、蒼紫の魔神グランゾン。そして、自由に束縛された操者――シュウ・シラカワ。
 カロリックミサイルの爆発とサイバスターが離れた事で崩れた機体バランスを立て直すのに、一秒にも満たぬ時間を浪費したイズラフェールは、既に無数の死刑執行人に囲まれ避けられぬ死の判決を下されていた。
 見渡せば天にも地にも穿たれた、底の窺えぬ虚ろな洞の暗黒よ。その暗黒の彼方からやってくるのは破滅の使者だ。
 破壊こそが慈悲と心得た破壊の使徒だ。空間を超越し距離が意味を成さぬ牢獄に放たれる、獰猛な猟犬共の群れだ。

 

「ワームスマッシャー発射!

 

 グランゾンの胸部に抱かれた異能の源が放つ輝きが、いっそ残酷なまでに美しく、苛烈なまでに強くなり、前方に開かれた黒く塗りつぶされた鏡の様な暗黒へと輝きを無数に撃ちだす。
 輝きは全て触れるものを撃ち砕く魔弾となり、それはイズラフェールの周囲に開かれた洞を通じて異界の魔装機神へと襲い掛かった。
 咄嗟に飛び退ったマサキの眼前で、目を開ける事が出来ないほどの光芒が爆裂し、イズラフェールのおよそ三十メートル前後の機体を呑みこむ。

 

「ご主人様、このままいけそうですよ!」
「だったらいいのですがね。この程度で敗れる相手ならば、私達がわざわざ逃げていた意味が無かったというだけで済みますが……」

 

 このまま決着が着くかと心なしか浮かれた調子のチカと、微塵もそうは思っていない調子のシュウ。
 このやり取りの間にもグランゾンの胸部から放たれるワームスマッシャーの光弾は、途切れる事はない。
 この光が輝き続ける限り、世界のどこかで破壊が産まれている事を意味している。だが、世界にある者全てが破壊を享受する者ばかりではない。
 シュウに対し、おれ達ごと巻き込むつもりかこの野郎! と怒鳴ろうとしていたマサキも、ソレに気付き口を噤んだ。
 無敵の機動兵器であるはずのグランゾンのコックピットの中で、シュウは達人が世に一度振う事を許された筆で描かれたような眉を歪め、ワームスマッシャーを受け続けるイズラフェールの姿をその魔眼に捉えた。
 ここで言う魔眼とは、視神経に魔力を通し、この世ならざる事象を捉える霊的な視界を持つ眼の事だ。
 一睨みするだけで他者の命を奪う、石と変える、本名と残りの寿命が見える、などの能力は無い。
 普段から、見つめられた者が存在の全てを見透かされたような悪寒に襲われる、魔的な威厳を持ったシュウの瞳であったが、今その瞳に映っているのは過去にわずかな例しかない強敵の姿であった。

 

「なんだ!? サイバスターとイズラフェールの悲鳴が急にでかくなりやがったぞっ。何が、何が起きている、サイバスター、サイフィス?!」
「ここまでやるとは、ルオゾール。見くびっていたと言うしかありませんねっ」

 

 驚きと、畏怖さえ交えた二人に、アカハガネの艦橋からデュラクシール・レイのある格納庫へ向かおうとシートから腰を浮かしたフェイル、そしてイスマイルでサタナギーアを葬ったばかりのテューディも気付いた。
 その唇は同じ想いでそれぞれ言葉を産み落とした。否定と、絶望を交えた言葉を。

 

「馬鹿な……」
「まさ、か!?」

 

 群がる飢狼の如きワームスマッシャーの全てを弾き飛ばしたイズラフェールは、傷一つないその体を苦痛に悶える人間の様に仰け反らせ、両手の指を鉤爪の如く広げ、サイバスターに酷似した顔は天を仰ぎ絶叫しているかの様。
 否、事実絶叫していた。喉が裂け、血が口より溢れてなお叫びを絶やす事の出来ぬ叫び。
 すべては魂を切り刻み、咀嚼し、束縛し、焼却し、凍てつかせ、打ち砕く、この世のありとあらゆる苦痛を与えられているが故に。
 それは正しくイズラフェールと風の精霊の挙げる、死による解放以外救いの無い永劫の地獄を呪う叫びであった。
 シュウは一切の表情を取り払った鉄と氷の仮面を被り、イズラフェールの苦痛と引き換えに増して行く桁外れの邪気を感じ取っていた。
 シュウの脳裏に蘇っていたのは、失った記憶の中から蘇った敗北の記憶。かつてグランゾンを圧倒したサイバスターの、あの現象。

 

「チカ、形態変化の用意を」
「ええ!? ネオ・グランゾンをここで消耗させちゃうんですか!! まだルオゾールの腐れワカメの奴とも対峙していないんですよ」
「早くなさい。グランゾンでは一蹴されるだけです」

 

 チカの嘴は一時動くのを止めた。自らの主が怒りさえ込めてグランゾンでは負けると、明言したのだから。

 

「わ、分かりました」

 

 風が集う。風が吹く。風がうねる。 
 風が叫ぶ。風が呪う。風が啼く。
 風が淀む。風が濁る。風が穢れる。
 風が、風が、風が風が風が風が風が、狂う、壊れる――――クルッタ、コワレタ。

 

「ポゼッション(精霊憑依)……だと!?」

 

 フェイルの口から零れたポゼッションこそ、今イズラフェールに起きている現象の名である。
 本来、物質界とは次元の壁を隔てた精霊界に存在する魔装機神の守護精霊と、操者の心が一つになり一体となる事を言う。
 だが、イズラフェールの操者ソッドはもともと精霊に選ばれた人間ではない。
 加えて、イズラフェール自体も守護精霊との間に正式な加護の契約を結んだ機体ではない。
 精霊側からのコンタクトがあればともかく、ポゼッションが起こる可能性は極めて低い機体と操者だ。
 ポゼッションは、その現象を引き起こすのと引き換えに操者のプラーナを、時に生命が危険なレベルまで消耗する危険性に加えて、精霊と言う不確定極まりない要素が中核を成す極めて曖昧な現象なのだ。
 ラ・ギアスで製造されたオリジナルの魔装機神四機とその操者達でさえ、これを行った例は限りなくゼロに近い。
 無論、イズラフェールに起きている現象も完全な形のポゼッションではない。いや、不完全なポゼッションでさえ無い。
 ヴォルクルスの魔力とルオゾールの魔術によるギアスを更に高度・複雑化した術式で精霊界に在る筈のサイフィスを、神の腕を媒介に強制的に降霊させているのだろう。
 立ち込める暗雲を切り裂く白雷は群なる龍の如く荒れ狂い、鮮血の大海は世界の全てを呑みこまんとしているかの如く狂乱している。
 見よ、イズラフェールの周囲の風は渦を巻いて天に昇る龍の如き竜巻となって、海水を吸い上げ、機神の周囲で大小無数の竜巻が生まれては互いにぶつかり合い、食らい合ってより巨大な竜巻となってゆく。
 ポゼッションによって得られる力はこの物質世界においてはほぼ無敵と称しても過言では無いほど絶大だが、強すぎる力と引き換えに操者の生命を脅かすほど多量のプラーナを必要とする。
 だがソッドは本来、すでに肉体を失った思念体に近い存在の様なものだ。それを封じ制御しやすくするためにヴォルクルスの細胞で造り出した肉体の檻に封じてある。
 故にプラーナの喪失による操者の死亡という事態はまず起こりうる事はなく、またルオゾールが食らった死者の魂は軽く億を超す単位である。
 その死者達の怨嗟、嘆き、苦痛、絶望、憎悪、狂気、救いを求める声の何もかもがヴォルクルスの糧となっている。
 である以上、ルオゾールが持つ魔力もまた半永久的に尽きる事はない。
 理論上は可能とされていたポゼッションを、破壊神と融合した存在となった事でルオゾールは制御可能な技術へと変えたのだ。

 

「エエエ、エセポゼッションの割になんかすごくないですか、ご主人さま!?」
「精霊の意志を無視してはいますが、無限とも言われる精霊の力を行使している点は同じですからね。端的に言えば精霊の力を引き出す方法が違うだけの話ですよ。さて、こちらの用意も……」

 

 グランゾンの本来の姿であるネオ・グランゾンへの変容を行おうとしたシュウの思考を止めるモノがあった。
 それはグランゾンに搭載した精霊レーダーに揺れては消えるかすかな反応であった。
 一辺十センチほどの投影スクリーンをすぐさま手元に表し、それに映る反応に目を通す。
 サタナギーアやジャメイムらの反応の他に強大な反応が二つ。テューディのイスマイルとフェイルのデュラクシール・レイだろう。
 更にレーダーの半分近くを埋め尽くす程の極めて強大なプラーナ反応を撒き散らしているのがイズラフェール。
 しかし、そのイズラフェールの反応の中に紛れて、時折イズラフェールに匹敵するかそれ以上の力が観測されている。
 反応の上下幅があまりにも大きく、最大時にはイズラフェールにも匹敵しながら、低い時にはプラウニーにも劣っている。

 

「これは、サイバスターですか。ですがこの反応は……よもや」
「ご主人さま、サイバスターの反応超特大です! 該当データあり!? ままま真逆、あっちもポゼッション!? でも、どうして、イズラフェールにサイフィスが降りているならサイバスターに憑依する事なんて」
「さて、それはどうでしょうか? 如何にヴォルクルスとルオゾールといえどもサイフィスの意志全てを屈服させているわけではないでしょう。むしろ神の腕を媒介に、あくまで高位精霊の力のみを抽出していると考えるべきところ。
本来のサイフィスの意思は、あくまで精霊界とサイバスターと共に在るのだとしたら? それならば、同じ精霊の加護を持った機体が二体存在していてもポゼッションが同時に発生しうる可能性はでてきます。イズラフェールの場合は、ポゼッションとは言い難いですがね」
 この時、シュウの浮かべた笑みは果たしてどのような意味を持っていただろうか? 
 無意識に好敵手と認める男と同じ存在が、高みに足を掛けた事に対する喜びか。
 己を魂まで利用した仇敵に対する復讐の、新たなカードが生まれた事に対する驚きか。
 最強の切り札を伏せたままにしておける事に対する安堵か。
 それとも、それとも、それとも? いや、この魔青年の胸の裡を真に理解できるものがそもそもこの世にいるかどうかさえ分からぬ。
 だが、確かにシュウが抱いている感情の一つは、不可思議な事に喜びに近かった。
 天も海も何もかもを席捲している嵐の中で、サイバスターは、淡く光を放ちながら佇んでいた。
 ハッチを開けば人どころか家屋も容易く吹き飛ばすほどの強風が吹き荒れ、何もかものを打ち砕く雷が雨の如く注ぐ世界だと言うのに、コックピットの中は静謐そのものだった。
 世界の終りに祈りを捧げる聖人の様に瞼を閉じていたマサキは、細胞の一つ一つに漲ってゆく力を感じながら、ゆっくりと瞼を開いた。

 

「聞こえているぜ、サイバスター、お前の声が。力を貸してくれるんだな? ありがとよ。おれの心が言っている。イズラフェールは一刻も早く破壊しなきゃならねえってな。それが、サイフィスを救う手段だってな。
 この為におれは選ばれたのかもしれねえ。……サイバスター、おれのプラーナが必要だってんならいくらでも持って行け! お前にはおれの命をくれてやる! その代わり、目の前のあいつを、イズラフェールを救う為の力をおれに、おれに与えてくれ!!」

 

 球形のコントロールスフィアを握るマサキの手の上に、小さな少女の手が重ねられた。マサキにはその手は見えてはいない。
 だが、小さな手のぬくもりを感じたような気がした。
 そのぬくもりに、マサキはサイバスターの守護精霊と同じ名を持つ少女の無垢な笑みを思い出した。

 

「サイフィス?」

 

 マサキがその名を呟いた時、未だ絶叫上げ続けるイズラフェールに応えるようにサイバスターもまた吼えた。
 その咆哮は、異界の存在たる精霊の狂乱に翻弄される世界に響き渡り、風騎士の声の届く所全てがことごとくあるべき姿へと戻ってゆく。
 邪神に囚われ隷下にある精霊の力を振う闇の魔装機神イズラフェール。
 邪悪に囚われし己を救う為に、自ら選んだ操者と共に目覚めた風の魔装機神サイバスター。
 サイバスターの全身から翡翠の輝きを帯びた風が吹き、漆黒の狂気に塗れて堕ちた風を浄化してゆく。機体に憑依し、操者の心と一つとなったサイフィスの力による清め。だが、それだけではイズラフェールには届かない。
 浄化の風が清らかであればあるほど、邪悪の風はそのどす黒さを増し、密度を、闇を深く暗く冷たいモノへと変えてゆく。
 互いに力の源たる精霊は同種。精霊憑依によって引き出し得た力もまた互角。決着は精霊の力をこの世に顕現する祭器たる機神の破壊を持って決する。

 

「■■■■■■■―――――――!!!」

 

 イズラフェールの咆哮と共に装甲各部を侵食していたヴォルクルスの細胞が一気に活性化して機体を呑みこみ、世に災いを告げる凶鳥の如き頭部を形作る。
 サイバスターに組み込まれたプログラムの一つが稼働し、サイバスターの機体構造を変形させ、巡航形態であるサイバードへと姿を変える。
 サイバスターの頭部が胴体の中へと引き込まれ、脚部がそのまま雄大な神鳥の爪へと変わり、まるで尾のように機体後方を向いていた長いパーツが、機体前方へとスライドし神鳥の頭へと変わる。
 互いの翼から世界を飛ぶ為の力を放ってから、音速を超えるのに一秒とかからない。
 肉と装甲の入り混じった忌まわしき凶鳥と化したイズラフェールはその全身から紫に燃える炎を纏い――。
 白銀の煌めきと共に、神鳥ディシュナスを模した人造の神鳥となったサイバードは、イズラフェールへと向かうその前方の虚空に描かれた炎の魔法陣へと突っ込んだ!

 

「アアァカシックゥバスタァアーーーーー!!!」 

 

 不滅の炎を纏った不死鳥と化したサイバスターと邪炎を纏った凶鳥と化したイズラフェールは、寸毫の躊躇いも停滞も無く、真っ向から激突し、そして――。

 

 

 熱に浮かされている時よりもはるかに気だるく、神経そのものを抜き取られてしまった様な喪失感が、体の中を満たしていた。身体が何か柔らかな物に乗せられている。
 何も見えない。真っ暗だ。伸ばした自分の手さえも見えない、鼻をつままれても犯人を見つける事も出来ない位に闇に閉ざされている。
 そこまで考えてから、ああなんだ、と自分の世界の全てが真っ暗な理由に気付いた。何の事はない。瞼を閉じていたから。ただそれだけの事。
 心の中だけで呟いた苦笑と共に、マサキはゆっくりと瞼を開いた。

 

「目が覚めたか」
「テュー、ディ?」

 

 マサキが開いた瞼の先の世界を確認するよりも早く、もう随分と聞きなれた気のする、倍近く年の離れた妙齢の美女の声が掛けられた。淡々としている風を装いながら、根底では心配でしようがないのを押し殺している。
 もっともマサキにはそれを聞き取る能力は無い。
 声のした方に顔を向け、マサキはようやく自分がベッドに寝かされている事に気付いた。寝かされている? どうして?

 

「おれは、イズラフェー……ルと?」
「ああ、待て。まだろくに口を利けないだろう? 順を追って説明してやる。まず、お前とサイバスターがイズラフェールと一騎討ちをしていたのは覚えているようだな。サイバスターのアカシックバスターとイズラフェールの同質の攻撃は、相討ちに終わった。
 サイバスターは今ここの格納庫で修理中だ。あれの装甲には特殊な素材を使っているから、ある程度の損傷なら放っておいても勝手に直るけれどな。イズラフェールはあの場から撤退したよ」
「そう……か。助けて、やれなかった、か」
(助ける、か)

 

 サイバスターの守護精霊とマサキとの間になんらかの意思の疎通があったのは確からしいな、とテューディはマサキの呟きから確信した。
 なら、あの場で左腕と左上半身を失ったイズラフェールが撤退したのも精霊の意志の介入があったからだろうか。
 ぼんやりと、考えごとを始めたらしいテューディの美貌をマサキは見つめた。燃え盛る炎の赤を移し取った髪は、窓から差し込む太陽の光を宝石のようにいくつも纏っていた。 
 白く照らし出された知的な香りの漂う美貌も、見慣れた筈なのに見つめれば今でも胸が高鳴る。

 

「どうかしたか?」
「いや、なん、でもねえ、よ」

 

 マサキの視線に気付いたテューディに途切れ途切れの答えをした。

 

「ここは、どこだ?」
「南米の独立軍の基地だそうだ。お前がイズラフェールを退けてから二日たっている」
「そんなに?」
「私から言わせればたったの二日だ。ポゼッションをした影響がその程度で済んだのは僥倖だろう」
「?」
「あの時、サイバスターの声が聞こえただろう? 魔装機神と契約を結んだ守護精霊と操者の心が一つとなり、精霊が魔装機に憑依する事で人と機械が精霊の無限の力を振う事が可能となる。
一応、低位精霊と契約を結んだ魔装機でも理論上は起こりうるが、ポゼッションとは、まあおおむねこういうものだ。
ただし操者のプラーナを、生命の危険が及ぶほどに消費する。だから、お前がたった二日寝ただけで目を覚ましたのは運が良かったと言うのさ。そうそう、グランゾンとシュウ・シラカワはまた姿を消したぞ」

 

 そう言う事かと、マサキはテューディのたったの二日という発言の意味を理解する。確かにあの時は全身の細胞に力が満ちる充足感を感じていたが、同時に命を危機にもさらされていたようだ。強すぎる力の代償。それが自分の命であった事を、今ようやく知った。
 だが、マサキにはさほど命の危機に晒されていたという実感はなかった。イズラフェールに対してアカシックバスターを放ったあの時は、むしろサイバスターとサイフィス、マサキ自身が三位一体となって互いの力を引き出し合い高め合った様な感覚だったからだ。
 とはいえ、それを語るにはあまりに体は重く、思考は泥濘の如くぬかるんでいる。プラーナを消耗した事は事実で、ベッドから体を引き起こす事も出来ない位に疲れきっていた。
 マサキのそんな様子に気付き、テューディは柔らかな笑みを浮かべてそっとマサキの瞼を自分の手で閉ざした。

 

「テューディ?」
「ゆっくり眠れ。お前がどうしようもなく疲れている事は皆が知っている。他の事は忘れてただ眠っていろ」
「そうか。でも、テューディも疲れてるだろ? 見りゃ、わかる、ぜ」
「なに、お前の壊したサイバスターの修理と、ある男への届け物を用意するのに徹夜続き……。眠ってしまったか」
「……」
「おやすみ、マサキ」

 

 瞼を閉じて静かな寝息を立てるマサキ。寝顔だけ見れば年相応に十五の少年だ。
 この少年のどこに自分が惹かれているのか、テューディ自身が一番分からない。だが、この少年を恋しく愛おしく気持ちは確かにテューディの胸の中にある感情だった。
 深い眠りに落ちたマサキの頬に優しく自分の唇を寄せて、テューディは音を立てぬように気を使いながら腰かけていた椅子から立ち上がり、マサキに宛がわれた個室から立ち去った。その頬は、心なしか薔薇の色に輝いているようだった。

 

 

 南米独立を目指して地球連合に反旗を翻した独立軍が奪取した港湾施設の一つに、アカハガネの姿があった。
 延々と続く切り立った断崖を、その一帯を半径三キロに渡って半月のすり鉢状に抉り取り、人工的に造り上げた施設である。
 海を正面と見た場合、背後には欝蒼とした密林が生い茂っている。今だ近代文化の流入を嫌う部族や、生態系を維持し続けている数多の生命が生殺を繰り広げているジャングルだ。
 余談ではあるが、地上に降りたコーディネイターを大きく苦しめたのは、プラントには一切いなかった虫達の鳴き声であったらしい。
 プラントにはせいぜい益虫がほんのわずかと、昆虫博物館くらいでしかお目にかかれなかったのが理由だ。
 さて、話を戻すとこの施設は現在南米独立軍の主力が駐留している基地でもあった。
 アカハガネの他にもキラーホエールやストーク級空中母艦、旧南米海軍の艦艇などが所狭しと肩を並べていた。
 施設の周囲には少数のストライクダガーとエムリオン、ジンやザウートの姿がある。
 マサキが収容されているのはアカハガネの医務室ではなく、こちらの施設の個室である。
 既に重要目標であるポルタ・パナマの制圧を目前に控え、戦力の集結を図り南米各地の戦線から余剰の戦力が集い、大規模な作戦を行う前特有の緊張感めいたものが濃厚な緑の匂いの中に紛れていた。

 

「虫やらなんやら鳴き声が凄いけど、コーヒーは良い物が手に入るんですよ。イケるでしょ?」
「そうだな。確かに良い香りだ」
「ははは、そいつは良かった。数少ないこの基地の自慢なんスよ」

 

 自室に招いた客人であるフェイルに薫り高いコーヒーを振舞いながら、男が陽気に笑った。
 イズラフェールの襲撃から二日。燃え滾る太陽の光を遮る物の無い晴れ渡った午後の事である。
 フェイルにコーヒーを手渡したのは、青みを帯びた黒髪に濃い褐色の肌の男だ。精悍な顔つきだが、陽気な表情は親しみやすそうな印象を男に与えている。
 年の頃は三十半ば頃であろうが、元気の良さは二十代にも引けは取りそうにない。
 エースとして名を知られつつある南アメリカ合衆国空軍のリカルド・シルベイラ中尉だ。
 元々は戦闘機乗りの傭兵として独立軍に参加していたが、現在はDCからの供与品の一つ、新西暦世界の最新鋭戦闘機F-32シュヴェールトを母体とするリオンに乗り換えている。
 親しげな二人の様子からは、この基地に来る以前からの知り合いであったような雰囲気があった。やはり、というべきであろう。リカルド・シルベイラもまた異世界の死人である。
 それもフェイルやテューディらと同じラ・ギアスで死んだ人間だ。ただしラ・ギアスで生まれ死んだ彼らに対しリカルドは元々は地上の人間であり、魔装機操者確保の為に召喚された人間なのだ。
 見事最初の魔装機神の操者となったリカルドであったが、ヴォルクルス教団と隣国シュテドニアス連合の引き起こしたラングラン王都襲撃の折に、テュッティ・ノールバックという恋人を守るために撃たれ、死んでいる。
 フェイルが死亡するおよそ二年前の事だ。

 

「あ~、所で殿下。テュッティはあの後元気にしていました?」
「ああ。ひどく落ち込んでいたが、少なくとも私が死んだ時にはもう彼女なりに立ち直っていたよ。君の事も含め、ラングランの事もね」
「そうですか。そいつは良かった……かな? まあ、いつまでも死んだ男の事が忘れられないんじゃあ、折角の天使の笑顔が勿体ないしな。
しかし、驚きましたよ。DCから応援が来るとは聞いてましたけど、蓋を開けたら殿下とウェンディの死んだ筈の姉貴に、こっちの世界のマサキなんすから」
「それは私もだよ。君がこちらにいた事も含めて驚いたけどね。ここは、君の故郷と同じ大地ではあるが別世界だろう? 命がけで戦う義理は無いんじゃないのか?」
「それもそうなんですけどね。もともと、ラ・ギアスに呼ばれて魔装機のパイロットになった連中ってのは地上に対する未練みたいなモンが薄いっておれは思っていたんですが……。まあ、この世界で自分の出来る事をやろうと思ったらこうなってましたよ」
「成り行きで戦っているわけはないみたいだな。なら私から言う事は何もないよ」
「所で、グランゾンの姿がありましたが、大丈夫なんですか?」
「……ああ。あれからシュウにも色々とあったみたいでね。少なくとも今は大丈夫だろう」
「……」

 

 シュウが背教者クリストフとしてラングラン王国に反旗を翻した場に出くわしたリカルドが、今のシュウを信用しきれないのも無理はなかった。
 それはフェイルも理解できる。フェイル自身あの場にいたし、今も心のどこかではシュウを信じ切れずにいる自分に気付いてもいた。
 既にグランゾンと共に姿を消しているから本人に詰問する事も出来ない以上、二人に出来る事は無かったが。

 

「とにかく、いまは目前に迫った作戦の事を考えないとな。それとリカルド」
「はい?」
「殿下は止してくれ。今の私はDCの一軍人だよ。そういえば、この世界のマサキには会ったのか?」
「いや、まだですよ。まあ、会うのは楽しみなんですけどね」
「複雑なのは確かだな。私もそうだったよ。では、お邪魔したね」

 

 そう言って、フェイルはリカルドの部屋を後にした。

 

 マサキが仮初の目覚めから今一度眠りに落ちて更に三日後。リカルドは基地の格納庫の一角に呼び出されていた。
 アカハガネの中から大量の物資や設備が運び込まれ、それ以前からもDC本土と南米を経由するアイドネウス島からの輸送船団から、機動兵器のパーツらしきものが運び込まれていた。
 MSも収納できる広大な格納庫の入口で、リカルドは呼び出した張本人であるテューディと合流した。
 美貌の番人が守り、分厚い扉に閉ざされた格納庫の中にはどんな宝が待っている事やら。
 柔らかく清楚なウェンディの美貌とは正反対の妖艶で挑発的な美貌を初めて見た時は驚いたが、その素性にはもっと驚いたものだ。
 かつて彼も知りあっていた希代の錬金術師ウェンディ=ラスム=イクナートの幼少の頃に亡くなった姉だと言うのだから。おまけにウェンディの潜在意識に潜み、ラ・ギアスの滅亡を狙って様々な活動をしていたとかいないとか。
 まあ、実物を目にしたリカルドの印象としてはそこまで大層な事をしようと言う覇気は無い様子だった。
 なによりもマサキに対する献身的な態度が面白い。あれではまるで恋する乙女だ。
 腕を組み、険しい顔で待っているテューディの元へ小走りで駆け寄る。

 

「悪い悪い、待たせたかな? そんな怒った顔をしない方がいいぜ? チャーミングな顔が台無しだぜ。いや、怒っても美人だけどな」
「誰も怒ってなどいない。生まれつきこんな顔つきで済まんな」
「そうかい。まあ、マサキならそんな顔でも美人だっていうだろうけどな」
「……なぜマサキの名前が出てくる」
「さあてね」

 

 口笛を吹きながらソッポを向くリカルドを、睨み殺せそうな視線を一瞥だけくれてから、テューディは入口のスリットに胸元から取り出したカードを通し、脇にある通行用の出入り口から中に入る。リカルドもそれに続いた。

 

「お前が南米独立軍にいる事を知ったフェイルの要請で、お前用に突貫で造り上げた機体だ。オノゴロで基本構造の組み上げと外装の準備は終わっていたが、外装の取り付けと武装の調整は昨日の今日終わったばかりでな。実動テストもまだ終わっていない」
「おいおい、そんなヤバイものに乗れってのか? 実験台は勘弁してくれ」
「ふん。お前の方から乗せてくれと言ってくるさ。まあ、正直な所ほんの数か月で開発したにしてはなかなかの性能だぞ? カタログスペックの上ではな」
「なんだか、聞き捨てならない言葉が聞こえたが?」
「気のせいだろう。知っているか? ザフトの核動力MSは、ヘリオポリスで強奪されたGのデータから造られたらしいが、ほんの五ヶ月かそこらでロールアウトしたのだそうだ。その癖問題なく稼働し実戦にも投入され戦果を挙げている。
 プラントの連中に負けるつもりはないのでな。この私が碌に睡眠も取らずモルゲンレーテのスタッフを大動員して作り上げたのだ。お前に預ける機体も、ザフトの核動力MS以上に問題なく稼働する」
「良く言いきれるなぁ」

 

 テューディの自分と妹ウェンディとで共有している技術と知識への絶対の自信からか、問題ないと言い切る様子に、リカルドも呆れたのか文句は出なかった。
 テューディが言っているのはキラが使用しているフリーダム一号機とアスランのジャスティス一号機を筆頭にした、宇宙各地で地球連合の部隊と砲火を交えている量産されたフリーダム、ジャスティスの事である。
 実際にはキラとアスランの機体以降にロールアウトした機体は、十分なテストを経たものであるため、テューディの台詞は屁理屈のようなものである。

 

 格納庫の左右に並べられた機体の間を通り、奥に隠されているかのように鎮座するそれの前に辿り着いた。
 黄銅色を主とした装甲を持った重厚な機体である。機体の多くを四角形で構成し、大きく張り出した肩や通常のMSの胴ほどもある太い腕を持ち、胴に埋もれたような頭部には小さいが白い角のようなアンテナがあった。
 一見すると旧日本国のおとぎ話に出てくる鬼のような外見をしている。
 両脇にはこの機体の為の装備らしいバカでかい砲や、ポールアクス、ツヴァイハンダーやブーストハンマー、ドリルなどが飾られていた。
 その機体を前にして、リカルドは凍りついたように動きを止めた。見開かれた瞳はまっすぐに目の前の機神を見つめている。
 そのリカルドの様子を横目に見てテューディは、思った通りの反応に実に楽しげな笑みを口の端に登らせていた。

 

「どうだ? 気に入ったか」
「……ああ、気に入ったぜ。こいつなら確かにおれの方から乗せてくれって言うかもな。なあ、ザムジード!」

 

 くしゃりと前髪を掻きながら笑顔を浮かべ、リカルドは目の前の機体をラ・ギアスでの相棒の名で呼んだ。
 大地の魔装機神ザムジード。大地の高位精霊ザムージュと契約を結びし世界守護の為の機神の名であった。
 目の前にあるのは、第一次魔装機計画で開発したプラウニーを踏襲しつつ、テューディの記憶とデュラクシールのメモリーにあったザムジードのデータを元に組み立てたCE版のザムジードだ。

 

「にしても、随分外見が違わないか? 見間違えるほどじゃないが」
「こちら側の技術との融合の結果だな。実際、本来のザムジードに比べれば性能は一、二段下がるな。なによりザムージュとの契約をようやく結んだばかりでな。機体も精霊も互いにまだ馴染み切れてはいないから、お前が乗っていたザムジードと同一視すると痛い目を見るぞ」
「なんだか、乗る気が失せてきたな……」
「そう言うな。これでもいい所もあるのだぞ? マサキのサイバスター同様にある程度の自己修復能力を持った装甲を使っているし、動力源もフルカネルリ式永久機関に対消滅エンジンを併設しているから単純な出力ならザムジードより上だ。武装は魔法兵器がメインに変わっているしな」

 

 その後も長々と続いたテューディの説明はおおよそマサキの乗っているCE版サイバスターと共通するものだった。
 ただ、もともとサイフィスとの契約を終えていたオリジナルサイバスターの腕を持ったCEサイバスターに対しザムジードはオリジナルのパーツを一切使えなかった為、精霊との契約も一から始めなければならなかった。
 第一次魔装機計画の為に呼び寄せた世界中の魔術師やシャーマン達にも助力を乞い(それ相応の対価を払わなければならなかったが)、なんとかザムージュとの守護契約を結んだのが、アカハガネが出港する直前の事。
 それからお空の上を南米目指して進む日々、一日も欠かさずザムジードの調整に時間を費やし続け、今日ようやく乗り手として選ばれていたリカルドに見せても問題ない程度にまで仕上がったのである。
 マサキが気付いたとおり、テューディの疲労もかなりのもので気を抜けばその場で寝込んでしまいかねないほど蓄積している。
 いつもよりやや濃い目の化粧は、それを隠す為のものだろう。

 

「乗ってみるか?」
「いいのか?」
「構わんさ。だがエンジンに火を入れるだけにしておけよ」
「それ以上したらヤバイと聞こえるんだが?」
「気のせいだな」

 

 微妙に危険なにおいのするテューディの返答だったが、取り敢えずリカルドは深く考えない事にして、昇降用のエレベーターに乗りザムジードのコックピットを目指す。
 すでにコックピットハッチは開かれており、ひょいと顔だけ出して中を覗き込んでから身軽な動作でシートに腰掛ける。
 リカルドの身体データに合わせて調整されたシートの向きや硬さは、この上なく快適な座り心地を約束している。
 かなり広くスペースが取られていて、後二、三人が乗っていても支障はなさそうだ。
 操縦桿ではなく球形をしたモノがあり、それが操縦桿の代わりを務めるようだ。

 

「へえ、中も似せてあるのか。はは、懐かしく感じるな」

 

 自分の「匂い」「癖」が染みついていないまっさらなシーツにも似たザムジードのコックピットの中、リカルドは小さく笑い声を挙げた。記憶の中にあるオリジナルザムジードと同じ配置に、至れり尽くせりだなと思ったからだ。

 

「こっちでもお前の世話になるとは思わなかったぜ。さあ、お目覚めの時間だぜ、ザムジード。 ……………うん?」

 

 何度か始動させる手順を繰り返すがザムジードはうんともすんとも言わない。更にその手順を繰り返し続け、リカルドは結論を出した。

 

「テューディ……」
「うむ。調整不足だな」

 

 テューディは悪びれる事無く堂々と言い切った。