Top > SRW-SEED_ビアンSEED氏_第54話
HTML convert time to 0.016 sec.


SRW-SEED_ビアンSEED氏_第54話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:15:53

ビアンSEED 第五十四話 惨劇の予兆

 

 ビアン・ゾルダークとエペソ・ジュデッカ・ゴッツォの関係は、一言で語るには難しいものである。
 そもそもコズミック・イラの年号を冠する地球世界に置いて両者は異世界からの来訪者であり、おまけに本来の世界では死人ときている。
 更に二人の関係を語る上でややこしくさせているのは、ビアン・ゾルダークが本来の世界で懸念していた侵略者たる異星人の一種であり、彼の死後地球を侵略したのがエペソ・ジュデッカ・ゴッツォの属する星間国家であった事実だ。
 まだまだ厄介な理由は続く。CE世界を訪れたこの二人がそれぞれ別の世界の出自であり、その世界には極めて似通った類似点が存在している。
 例えば、エペソの属していたゼ・バルマリィ帝国はビアンのいた世界にも存在しており、またエペソの世界にもビアン・ゾルダークは存命していたのである。
 かたや他星の者など歯牙にもかけぬ強烈な人種差別主義が根差す異星侵略者。かたや侵略の魔の手から母星を守るべく、同胞の死さえ厭わぬ非情の手段を用いた守護者。
 水と油、どころかニトログリセリンとウランを瓶に詰めて思い切りシェイクし、最後に放射能を照射して作ったカクテルみたいな組み合わせである。
 この両雄が肩を並べ、形式上とはいえ上司と部下の形を取っているのは、皮肉な事に彼らが息をしているこの世界が、どちらにとっても死後の世界。
 本来生を受けた世界ではない事だろう。
 彼らが身命を賭してでも守ろうとしたものはなく、生前のしがらみは無い。それが、ある程度彼らの心に本来あり得ぬ妥協を産ませたと言える。
 さて、そんな二人は現在、ソロモン諸島に存在したオーブ首長連合国を母体とする地球圏統一を標榜する軍事組織ディバイン・クルセイダーズの総帥と、その宿将という立場にある。
 現在、宇宙にあるプラントを本拠地とする民兵組織ザフトと、月のプトレマイオス、復興したエンデュミオン・クレーター基地を拠点に宇宙中の戦力を結集させた地球連合に対抗すべく、低軌道ステーション『アメノミハシラ』に保有する戦力の大部分を集め、それぞれ重要な立場にある二人は非常に多忙である。
 だが、分刻みで決定していたスケジュールに突然変異の生物みたいにぽっかりと空いた時間があり、たまたまそれは二人のスケジュールの同じ時間にあり、たまたま二人は同じ場所にいた。
 無論、ビアンの周囲には息を殺し気配を消したソキウス達という護衛がいたが。
 二人が遭遇したのは、アメノミハシラの内部にある展望室を兼ねたホールの一角であった。
 ゼ・バルマリィ帝国の為に造り出されたハイブリッドヒューマン(人造人間)という出自からか、ナチュラルの為に徹底的に遺伝子調整を受けたソキウス達に親近感でも感じているのか、エペソは髪の色と同じ翡翠色の瞳で三人のソキウス達の顔を一瞥した。
 だが、それきりである所を見るとさして興味はないのかもしれなかった。ビアンもエペソの目立つ容姿に気付いたのか、足を止めてエペソが腰かけている半円形のソファに腰を下ろした。
 別段話があるわけではないようで、お互い口を開く様子も無い。それぞれが手持ちの情報端末や紙媒体の資料に目を通し始め、無言のまま時間が流れた。たまたま足を止めただけらしい。
 しかし、それまでリラクゼーション効果のある音楽と自然の風景が流れていた立体テレビの画面に、ソレが映し出された時、二人の時間は変わった。

 

「ほう」
「むぅ」

 

 二人の喉から明らかに興味を抱いた声が零れ出た。傍らにいたソキウス達も視線をわずかに動かすほどには驚いたらしい。ビアンとエペソ、この二人の興味を引くものとは一体?

 

 それから三十分ほどしてミナもその場を通りかかった。別件の幼児を終え、ビアンと同じ次の用件を済ませる為に移動している途中だったのだが、ビアンとエペソが腰かけて同じテレビ画面に見入っている風景を、奇妙なモノを見る目つきで見つめ足を止めた。
 長身を飾る黒いビロードのマントが、不意に優雅なダンスの一時が切り取られたような美しさで止まる。
 妖艶とも、あるいはそれを圧する威厳の滲むミナの面貌が、理解に苦しむ表情を浮かべているのはなかなかに美しい。
 ミナが理解に苦しむ視線を向けているのは、テレビ画面を一心に見つめているビアンとエペソの姿であった。
 いや、元からビアンが“ああいうモノ”に対して、子供そのものの好奇心や興味を発揮する事は知っていたが、何故にエペソまで同じ目線を向けているのかが分からない。
 思わず声をかけるのも躊躇われるほど、二人はテレビの中の世界に没入していた。状況の把握を行うべく、無言でソキウスに目を向ける。
 ミナの意を汲んだファイブ・ソキウスがミナの傍らに歩み寄って耳打ちする。
 まだ少年でしかないソキウスでは百九十センチあるミナの耳元まで届かないので、ミナの方で身を屈め、ソキウスの感情が抜け落ちたような声に耳を傾けた。
 美丈夫ともみまごう漆黒の美女が、白磁の人形の如き美少年達の声を聞くある種蟲惑的な光景なのだが、その内容は相応しくはなかった。
 ファイブ・ソキウスが言うには、旧世紀、二百年以上前に当時独立国であった日本で放送されていたアニメのリメイク版が放送されると、突然ビアンとエペソがそちらに釘付けになったのだと言う。
 なんでも、実体を持たぬエネルギー生命体の犯罪者と、それを追う同じくエネルギー生命体の正義の味方の話であり、今や二百作に届く一大シリーズの第一作目のリメイク版であるらしい。
 エネルギー生命体はそれぞれ地球に辿り着き、現地の文化や情報を元にした体を得て、犯罪者側が起こす問題を正義の味方が解決して話を重ねてゆく、基本的な構成だ。今放送されているのはその最終回だそうだ。
 白を主体とした主人公側のロボットは、命が宝だと言い、打ち破った敵のボスを助けようとする。
 だが、それを拒み、ボスは言う。命こそが宝だと言うならおれの命は貴様には渡さん、と。
 そして、宇宙で繰り広げられていた最後の戦いは、敵のボスが太陽に飲み込まれ、自ら命を断つ事で決着が着いていた。
 別に、アニメに夢中になろうが必要な能力を必要な時に発揮し、責任を取る事が出来るのなら、ミナもビアンやエペソに文句を言うつもりはないし、必要も無い。
 だが、こうも熱中している様子を見ると、何か良からぬ事が起きそうで面白いものではない。
 特に自軍の頭に置くビアン・ゾルダークと言う男は、絶大の信頼を置くに値する能力の持ち主ではあるが、時に趣味に全身全霊を注ぐ厄介な欠点とも長所とも言えるモノを持っている。
 エンディングテーマが終わり、放映の終ったテレビ画面から目を離したビアンとエペソの第一声が何か、とてつもなく嫌な予感に苛まれながら、ミナは耳を立てるのを禁じ得なかった。
 二人は唱和した。

#br 

「……素晴らしい」

 

 しかし、次にはすでに意見を違えていた。

 

「あのボスは」
「あの主人公のロボットは」

 

 彼らが互いに評価したのは真逆のキャラクターであった。ビアンは敵のボスキャラを、エペソは主人公側の正義のロボットを、短い言葉の中に絶賛の意を込めて褒め称えた。
 だが互いに称えた相手が違う事に気付いた二人の視線が交差する。

 

「……」

 

 たちまち作り出されたのは無言の場であった。
 その場に居合わせるのも躊躇われる重圧。宇宙の星々の闇を、数多の戦火で照らし出した侵略者エペソと、屍山血河の果てに星の守護者を育て上げんとした血塗れの守護者ビアン。
 この二人の意識の衝突が生む目に見えぬ『力』は、凡人には言葉を紡ぐ事さえ許さない。が、力強い沈黙を打ち破ったのはエペソからの台詞であった。

 

「貴公は、アレを見てどうする気になった?」

 

 ビアンが答えて曰く

 

「正直に言えば、実際に動く様を見てみたいと思った、とでも言えば満足かね?」

 

 揶揄する様なビアンの答えの中に含まれた、エペソの意を汲んだ響きに、翡翠の将もまた満足げに頷いた。
 復刻された旧世紀のアニメを見て彼ら二人は何を思ったのか。
 だが、実際に動く様を見たくなった、というビアンの言葉が真実であるならばおのずと二人が目指す所が何かは分かるだろう。
 ソレに思い至ったミナは、愁美な眉を盛大に寄せて皺を作った。
 だが、それだけだった。
 どれだけ反対しても、ビアンがこうと決めてしまったら無駄な時があるとこれまでの経験から学習し、今がちょうどその時だと悟ったからだ。
 ミナが諦めの溜息を着いた頃、青い空の下、降り注ぐ陽光を遮って空調の効いた執務室で作業に没頭していたある青年が、雷に打たれたように体を起こした。
 豪奢なデスクには今どきと言われるような紙の資料がうずたかく積まれている。
 青年に向かう形で座り、同等以上の作業をこなしていた五十代頃の、オレンジのサングラスと頭頂部にのみ毛髪が無い容姿が特徴的なウナトが、愛息の様子に顔を上げた。

 

「どうした、ユウナ?」

 

 政治的経験の豊富なウナトと違い、まだまだこれからが成長期の青年――ユウナは、父の気遣う声にやや削げた頬が痛々しい顔を向けて口を開いた。

 

「なんだか、ものすごく嫌な予感がしたんだよ! 総帥がフェアリオンやネオ・ヴァルシオンを作るって言いだした時並に! ああ、なんだか今ちょうど、ものすごくお金のかかる事をするって総帥が決めた気がする! それはもう、猛烈な位に!!」
「……またか」

 

 何度目かになるユウナのビアン・ゾルダーク限定の浪費察知能力の発露に、ウナトはやれやれと重い息を吐いた。
 傷ついたヴァルシオンの修復やスペースノア級の建造の際もそうだったが、ユウナはどういうわけか桁外れの出費に関して確実に的中する直感を働かせる。
 しかもその対象はビアン・ゾルダークに限定されてだ。国家の財政事情を扱うウナトとしては、国民の血税である以上ビアンには多少自重と言うものを覚えて欲しいのだが、いざ出来上がった機動兵器(これまでMSや特機などの開発のみ)は、発生した費用以上の戦果と性能を示している為、そうそう窘める事も出来ない。
 それに、ビアン自身もいくつかのパテントを持ち、それなりの資産を持っている。
 自分の趣味を全開にした機体の開発時は惜しみなく私財を投げ打っているし、ある程度の自覚はあるのだろう。
 とりあえず、これから先自分達の仕事が一挙に増えそうだとウナトは肩をすくませ、息子ユウナの為にとびきり高級な栄養ドリンクの詰め合わせを発注する事にした。
 早く若い世代に後の事を任せて、妻と楽隠居したいというのがウナトの本音であった。

 

「少し、頭を冷やして貰わねばな」

 

 しみじみと呟いたウナトの言葉は、しかし聞く者とてなく虚しく散った。

 


 

 例えば、水を満たした器を乗せた秤があるとする。器に満たされた水の名は『不幸』と『幸福』だ。それが等量である内は無論、秤は動かない。
 だが、ほんのささいな拍子で秤が動いた時零れ落ちた『不幸』と『幸福』は必ずしも等しくはあるまい。
 『不幸』がより多く零れ落ちるかもしれない。『幸福』がより多く零れ落ちるかもしれない。
 秤が傾いてしまった以上は、幸福に不幸にせよ、もう元通りではない。手遅れになってしまったと言う事だ。
 だから、いつもいつも、世界には不幸の方が多く満ちているのだ。手遅れとは取り返しがつかないと言う事。
 そして取り返しがつかない事を起こしてしまうのは、いつも人間の愚かさだからだ。
 今日もどこかの誰かが泣いている。戦争さえなければ旅行先ですれ違ったかもしれない誰か。
 あるいは校舎で出会った学友になったかもしれない誰か。長い時間を共にするパートナーになったかもしれない誰か。
 一生交わる事無く生涯を終えたかも知れない誰か。
 その誰かが常にいなくなり、人間は生きれば生きるほど可能性をすり減らして行く。不幸の可能性も幸福の可能性も。
 生きる以上常に迫られる取捨選択の中で、意識無意識を含め切り捨てて行く他人。そこには痛みもあろう。悲しみもあろう。憤りもあろう。後悔もあるだろう。
 だが、意識してそうしたならばそうせざるを得ない事情があり、切り捨てた事で得られるものがあるだろう。
 無意識に行ったのであるならばそもそも、心を痛める事さえ無い。  
 けれど、己れの意志の及ばぬ所で大切な誰かを失った時、人が選びうるのは常に苦痛の敷き詰められた苦悶の道だ。
 おのれの無力を嘆き運命を呪うか。
 時の流れに心の癒えるのを待つか。
 忘却の果てに心を打ち捨てるか。
 それを繰り返すまいと足掻くか。
 だが、どの道を選ぶにせよ、人はある儀式を通過せねばならない。
 両の瞳から涸れ果てるまで涙を流し、流し切ったならば血の涙を心と魂で流す。涙に濡れ血に塗れて、それからようやく立ち上がる事も蹲る事もできるのだ。
 だから、これから自分に降りかかる悲劇の前に、オウカは血の涙を流さなければならなかった。
 立ち止まるか歩み続けるのか。どこに辿り着くのかどこに落ちてゆくのか。そうなるまで。

 

 オウカ・ナギサ。記憶無き異世界からの招かれ人。まだ十代後半の青く若い身空ながら、生まれた世界では機動兵器のパイロットを人工的に養成するための特別機関に属し、記憶や精神操作による能力増加を目的とした実験の被検体だった過去を持つ。
 元の世界でもこの世界でも極めて高い性能を誇る機動兵器ラピエサージと共に、本来妹と弟たちを守る為に死したはずのオウカが如何なる運命の采配によるものか、この世界に降り立った時、彼女の心に命を賭けて守った姉妹達の記憶はなかった。
 あるいはそれも、この心を操られ続けた少女の悲劇を憐れんだ誰かの救いの手であったかも知れない。
 本来いた世界へ戻る事が叶わないのならば二度と会えぬ大切な誰かの記憶を忘れ去り、何のしがらみもない新たな命を生きる事が出来る。
 何も描かれていない真白いキャンバスに新たな絵を描こうとする画家の様に、オウカはそれまでの人生と言う題の絵を捨て新たな絵を描き始めていた。
 オウカを引き取ってくれたマルキオ導師の孤児院で、戦災や事故で家族を失ってしまった孤児達と過ごす静かで穏やかな時間は、オウカの心の中に根付く記憶の無い不安や恐怖をやわらげ、忘れさせてくれていた。
 それが、今は

 

「……なんだか、随分昔の事みたいだわ」

 

 孤児院を離れてまだ半年もたっていないと言うのに、突然襲ってきた懐かしさに、オウカは少し自分にあきれて溜息を吐いた。
 まっすぐに伸びる艶やかな、としか評し様の無い黒髪。
 風に舞い散る桜の花の一片を思わせる小ぶりな唇。決めた事は何としてでも貫きとおす意思の強さが伺える。時折その深い色合いの金瞳によぎる影も。
 ただそこに佇んでいるだけで絵になる程の美少女なのに、その姿から伝わるのは悲劇的な、悲しいまでの儚さだった。
 手で包むつもりが、力加減を誤って握りつぶしてしまった小さな花を見た時の様な、そんな儚さだ。

 

「マサキやプレア、導師達はどうしているかしら? みんな風邪を引いたりしていないと良いけれど」

 

 共に宇宙に上がったプレアも今では行方が知れず、時折近況を伝えるメールが届いていたが、ここ最近はすっかりそれも絶えている。
 孤児院の幼い妹や弟達も元気にしているだろうか?
 オウカが宇宙に上がって以来、旧オーブ本土が戦火に見舞われたと言う話は聞いていないが――オウカはヴォルクルスの襲来を知らない――、いつ連合の大部隊に襲われるか分かったものではない。
 少しでも早く戦争を終わらせ、平和な暮らしを取り戻す一助になればと、こうして機動兵器のパイロットなどしているが、果たしてそれがどれほど役に立っていると言うのだろう。
 それどころか、

 

「ステラ……」

 

 メンデルでの戦いで知らなかったとはいえ銃火を交えた少女の顔が、オウカの脳裏に浮かんでは消える。
 ステラ・ルーシェ。まだ地上にいた頃に短い間ではあったが親交を持った少女だ。
 ほんの十四、五歳位だがそれよりももっと幼い印象の守ってあげなければと思う女の子だった。
 そのステラもまた、オウカ同様に機動兵器のパイロットとしてこの宇宙にいた。しかも、オウカと敵する者として。
 ステラがそうである以上、アウルやスティング、シンもDCに所属している。オウカにとってはあの少年達もまた家族同様に守りたい存在だった。
 なのに、自分が選んだ道は彼らと戦わねばならぬものだった。
 オウカの苦悩を、キラやアスラン、ラクス達は具体的には掴めずとも察しているようで、なにくれとなく気を遣ってくれている。
 一緒に宇宙に上がったククルには既に事情を話してあるが、オウカと対をなす白銀の美貌の少女は何を考えているのかじっと押し黙り、オウカに何か声をかけるわけでもなかった。
 守りたい者の為に自らの意思で戦っていると言うステラの言葉が、オウカの胸の奥深くまでを突き刺している。守りたいから、それはオウカも同じだ。
 なぜか機動兵器の操縦に長けた自分が、その望みを果たす為に選んだはずの道なのに、守りたい者の為に戦う者同士で戦わなければいけないのか。
 誰も彼もが自分と同じ想いで戦っているのなら、自分が選んだ道は一体何なのだ? そもそもなぜ戦争など起きる。

 

「うっ……」

 

 考えても考えても答えの出ない問いに苦しむオウカの脳裏に、また、いつも見るヴィジョンが浮かんだ。
 シンやステラと同じ年頃の少年少女だ。誰もが悲しみに染めた顔で自分を見つめ、名前を呼んでいる。
 だが、それに答えようと彼らの名前を言おうとしても、オウカの唇は凍りついたように動かず、彼らの名前を呼ぶ事さえできない。
 それが失われた自分の記憶の中のものだとぼんやり分かる程度だ。

 

「最近、頭痛が……ひどい」

 

 処方された痛み止めのカプセルを含み、オウカはひと眠りする事にした。
 クエルボの治療と孤児院での生活、皮肉なことに記憶を失った事によって安定していたオウカの精神が、止む事の無いジレンマに軋む音を立て始めていた事を知る者はいない。
 オウカは、今補給物資の受け取りの護衛として小さな輸送船の中に居る。小規模な補給を幾つものルートから受け取り、痕跡を残さぬようにして必要な量を確保していた。
 ラピエサージュ以外にもジンが二機、シャトルの護衛に付いており、マルキオ導師を介してジャンク屋からの補給物資を受け取る道中だ。
 ザフトと連合、そしてDCを加えた戦争が嵐の前の静けさを帯び、小規模な哨戒部隊の小競り合い程度になっているとはいえ、どの陣営にも属さぬジャンク屋への風当たりは強く、海賊と同類扱いをされて肩身の狭い思いをしている者も多いが、それでもジャンク屋と言う人種は逞しい。
 目を覚ましたオウカはブリッジに向かい、ジャンク屋との合流地点まであとどれくらいか聞きに行こうと思い立ち、与えられた個室を出たオウカだったが、すぐにその思いつきはアラートのけたたましい音に遮られてしまった。

 

『前方で戦闘の爆発を確認した! パイロットは搭乗機で待機していてくれ!』

 

 スピーカーを通し船長のガラガラ声が船内に響く。

 

「戦闘!? 連合かザフトの部隊と交戦しているの?」

 

 これからオウカ達が補給を受け取りに行くジャンク屋は、色々と曰くありげな運命にあるらしく、所持しているMSやこれまで関わってきた仕事の内容から、ザフトや連合の特務部隊とやたらと交戦している事が多い。
 ジン二機に加え、並のパイロットとMS相手なら一個中隊以上の戦力と見なされるラピエサージュとオウカが護衛に選ばれたのも、そういった物騒な事情を鑑みた為だ。
 先にジンに乗り込んだザフト兵達に続き、オウカも格納庫の中のラピエサージュにコックピットに乗り込む。
 DCで修復され、メンデルで改修を受けて以降ラピエサージュもほとんど本来の性能を取り戻しており、フリーダムやジャスティスを相手にしても性能面ではまず負ける事はない。
 オーバー・オクスタン・ランチャー、背部ウィングユニットの小口径レールガン、両腰側部のクスフィアス・レールガンとM1から流用した70式ビームサーベル、メガ・プラズマカッターにHスプリットミサイル、左手の四連マシンキャノン(本来五連装だが銃身を一本減らしている)に右手のマグナム・ピーク。
 全武装のチェックを終え、開かれたシャトルの後部ハッチからゆっくりとラピエサージュを冷寒な宇宙へと飛び立たせた。
 合計五隻の輸送船からもジンとMAミストラルが出撃している。オウカ達がここに来る前から戦闘は行われていたようだが、反応は極めて小規模で部隊レベルでの戦闘ではないようだ。

 

「船長、先方と連絡は?」
『いや、NJの障害がひどくて取れてない。熱源反応からしてMSが二機戦闘を行っているみたいだな。近くにジャンク屋の船があるから、やはり合流予定の連中であるのは間違いないようだが』
「分かりました。では私が先行して連絡を取ってまいります。船長達はこちらで待機を」
『すまんな。お嬢ちゃんを頼るぜ。アンタの腕前は信頼できるからな』
「それでは」

 

 船長の賞賛には答えず、オウカはすぐさまラピエサージュを前方の宙域に向かわせる。
 新西暦世界でアルトアイゼン、ヴァイスリッター、ビルトファルケン、ビルトビルガーと言った高性能PTのデータを参考に開発されたラピエサージュは、その重厚な外見に反し優れた機動性や運動性、加速能力を持つ。
 広げた分厚い刃の様な翼から宇宙の闇を切り裂く光を撒き散らし、輸送船やジンをあっという間に後方に置いてけぼりにして、直にモニターの向こうに黄色いカラーリングの輸送船を捉えた。
 スパナを組み合わせたジャンク屋ギルドのマークを船体に確認し、やはり『彼ら』の船である事は間違いないと確認する。
 以前にも何度か顔を突き合わせた事はあるから、仮に海賊か何かに乗っ取られていても搭乗員の違いで判断できるだろう。
 ただ、ラピエサージュがここまで近づいてもこれといったリアクションを起こさないのも気にかかっていた。
 こちらの名前は無効にも通していると言う認識から、オウカは自分の名を告げた。

 

「こちらはオウカ・ナギサ。リ・ホーム、応答を願います」
『……おう、おれだ。オウカ、ごくろうさん』
「……様子が?」

 

 帰ってきたのは宇宙一の悪運と自称するジャンク屋ロウ・ギュールであったが、低く抑えられたような声のトーンに、オウカは違和感を覚えていた。
 底抜けに明るく人懐っこいあのロウ・ギュールとは思えない沈んだ声だ。あまりにも図々しい、いっそ呆れるほどに裏表の無いこのジャンク屋の事が、オウカは嫌いではなかった。
 何かクルーにあったのか? 不吉な予感に襲われオウカは少し口早になっていった。

 

「着艦の許可をいただけますか」
『ああ、いまハッチを開けるから少し待っていてくれ』

 

 待つ間ももどかしく、いまかいまかと待っていたオウカはすぐにラピエサージュをリ・ホームへ着艦させた。
 なにか、とてつもなく嫌な予感がオウカの胸の中で息づき始めていた。
 行くな。
 行くな行くな。
 行くな行くな行くな。
 自分ではない自分が、まもない未来で訪れる絶望に、拒絶の声を上げていた。
 ラピエサージュを着艦させたオウカの目に移ったのは、赤と青の双子のアストレイ。
 それにロウの仲間であるリーアムの使っているワークスジンや樹里のバクゥ。ブルーフレーム・セカンドがリ・ホームにいるのは珍しい。
 あれは最強の傭兵と目されるサーペント・テールのリーダー叢雲劾の乗機だ。ロウとは浅からぬ因縁の持ち主だが、彼も何か用があったのだろうか。
 次いでオウカの目に留まったのは灰色の装甲にGタイプの頭部を持った機体だ。
 機体の多くにゲイツと共通する箇所が見受けられていたが、灰色に落ちた装甲はPS装甲であろうし、背中のX字型のパーツは見た事の無いものだ。
 戦闘の後であると証明するかのように機体のあちらこちらに損傷の跡が見受けられる。輸送船が捉えた戦闘の爆発は、この機体が起こしていたものなのだろう。
 そしてオウカの目はその機体の足元でストレッチャーに固定された人影に縫いとめられた。。

 

「う、そ……どうして?」

 

 ストレッチャーに固定された人影が誰であるかを認め、オウカの瞳が揺れる。
 いや、心が揺れた。純金よりもやや白みを帯びた金髪に飾られた幼い顔。
 今は安らいだ表情で瞳を閉じ、ほほ笑んでいるかの様に眠っているのは……。

 

「だって、そんな、プレア……」

 

 しどろもどろに呟くオウカの様子は正常な思考を果たせていない事をつぶさに表していた。
 確か、風花という名前の十歳にもなっていない少女がプレアの傍らで泣きじゃくっていた。
 ロウやリーアム、それに風花の母親であるロレッタが気遣うように風花とプレアを見守っている。
 少し離れた所にはサーペント・テールの劾やイライジャ、リードとオウカの見知らぬ少年の姿があった。何が、どうして、プレアが、あんなに傷ついているのだ?

 

「っ!」

#br 
 すぐさま体を固定していたベルトを外し、コックピットのハッチを開き、ラピエサージュの装甲を蹴った反動でプレアの元へとダイブする。
 すぐそこにいるプレアの所へたどり着くまでの時間が、まるで永劫の様に永く感じられた。
 オウカのその様子に、事情を知らぬロウやリーアムがやや驚いた表情を浮かべこちらを見上げていた。
 ロウ達がどいてできた隙間に降り立ち、プレアの顔を覗き込んで名を呼んだ。

 

「プレア!」

 

 オウカの声にはっと風花も振り返るが、オウカが今この瞬間誰よりも聞きたいと願った声が答える事は無かった。
 プレアの閉ざされた瞼は開かず、穏やかな寝顔のまま動く事は無かった。
 それが、何を意味するのか、オウカには『良く理解』できた。できてしまった。
 まるで何十、何百と見慣れている風景のように、どういう意味を持つ事なのか知っていたのだ。
 オウカとプレアの関係を知っているわけではないが、その様子からプレアにとって大切な人なのだろうと察した風花が涙まみれの顔で、言葉に詰まりながら口を開いた。

 

「プレア……は、自分がクローンだって言って。施されたクローニングが不完全だから、細胞が崩壊を始めていて、薬で抑えているけど……もう、保たないって」
「それで……でも、どうしてこんな、戦闘があったのは一体?」
「おれだ。おれがプレアと戦っていた」
「貴方が」

 

 長い黒髪の端正な顔立ちの少年――カナード・パルスが、オウカ達の背後から声を掛けてきた。
 オウカは、一瞬何を言っているか理解できないと言う顔をしたが、すぐさま怒りの朱色に顔を染めてカナードの顔を見据えた。
 カナードの顔に、なぜ悲しみの色があるのか。それを考える余裕はなかった。

 

「なぜ、プレアと貴方が戦っていたのです?」

 

 鋭いナイフを突きつけるのと同じように冷たいオウカの言葉を受けて、カナードは一つ一つ、自分の素姓とプレア達を追っていた理由を語りはじめた。
 自らがスーパーコーディネイターの失敗作である事。ユーラシア連邦に所属し、スーパーコーディネイターの成功体であるキラ・ヤマトを追っていた事。
 その途中でロウ・ギュールや叢雲劾と出会い、核動力を積んだMS一号機ドレッドノートのNJCを、マルキオ導師に届ける途中だったプレアと出会い、そして敗れた事。
 その後、ユーラシア連邦から離反し、愛機であったハイペリオンにも核動力を搭載してプレアの乗るドラグーンシステムを搭載したドレッドノート“Xアストレイ”と先程まで砲火を交えていた事を。

 

「では、貴方は自分が失敗作などではない事を証明する為に戦い、そしてその途中でプレアと出会ったと? その為にプレアと戦ったと?」
「そうだ。おれに貼られた失敗作と言うレッテルをはがす為に、そしてプレアに敗れた以上、おれはこいつを倒さなければ前には進めなかった。だから、戦った」

 

 その結果が、これだ。ハイペリオンの暴走による爆発からカナードを守り、そこでプレアの命の灯火はいよいよ限界へと差し迫った。
 少なくともプレアとの戦いでカナードには何かの変化があったのか、今オウカが目の前にしているカナードからは狂気の欠片は見えない。
 自分が殺そうとした相手であるプレアの悲劇に悲しみを心底覚えているようでさえあった。

 

 ――プレアを殺そうとした癖に!
 どす黒い物が、自分の胸の中で業火の如く燃え上がるのをオウカは感じ、それを抑える気にはなれなかった。

 

「駄目です。オウカ……さん、憎しみに捉われては……」
「……プレア? 貴方、生きて?」
「勝手に殺されると、困ります」

 

 小鳥の羽ばたきの様に弱々しい声は、確かにプレアのものだった。瞼を開けるのさえ辛そうなのに、ガラス細工の様な透き通った笑みを浮かべていた。

 

「駄目だよプレア。ちゃんと寝てなきゃ、薬もまだ飲んだばかりだし」
「大丈夫、だよ……。風花ちゃん。少し、話を、する位なら」
「おれが言えた義理ではないが、無理をするな、プレア」
「カナードさん。ありが、とうございます。心配してくれて」
「お前に死なれては困る。まだ借りを返していないからな」

 

 どうやら、プレアの命の灯火はまだ小さな灯ではあるが灯っているようだ。早々と勘違いしていた事に気付いたオウカは、そのまま脱力してへなへなと床に座り込んだ。

#br 
「……良かった」

 

 良かった、プレアが生きていて良かったと何度も呟きながら。

 

 その後、カナードの母艦であるアガメムノン級オルテギュアとラクス軍の輸送船も合流し、予定通りロウ達から補給物資の補給作業に入った。
 プレアがメディカルルームで風花に付き添われて穏やかな眠りに落ちるのを見届けてから、オウカはラピエサージュの元に戻ろうとしたが、リ・ホームの格納庫でカナードと出くわした。
 どこかで見た事があるような既知感を覚えながら、オウカはちょっといいか、と声を掛けてきたカナードの後に続いた。
 人気の無い廊下の突き当たりで二人は向き合った。オウカの瞳やわずかな体のこわばりからは警戒と敵意が少量滲みだしていた。

 

「何のご用でしょうか?」
「……お前は、プレアとどういう関係だ」
「家族です」

 

 わずかな間も置かずに返されたオウカの言葉に、カナードは珍しくキョトンとした表情を作ったが、すぐにそれを無表情で糊塗した。
 プレアに家族がいる、その事実に喜びを覚えたなどと、自分でも認めるのは難しかった。

 

「そうか、なら、謝らせてくれ。おれの所為でプレアを危険な目に合わせた」

 

 貴方がそれを口にするのか、一瞬激昂のままにそう言おうとしたがオウカはそれを飲みこんだ。
 マルキオ導師に何を託されたのかは知らなかったとはいえ一緒に宇宙に上がりながら、プレアの行動を黙認していた自分とて無責任のそしりは免れない、と思い到ったからだ。
 激情を両手の拳を強く握り締める事で抑え、オウカはカナードの言葉の続きを待った。

 

「おれは、プレアに借りがある。一つだけだが途方も無く大きな借りがな。お前がプレアにとっても大切な家族であると言うなら、おれはお前を守る事でその借りを返したい。お前たちも何か事情があるようだからな」
「貴方が私達に協力すると? ……それは私一人では判断できませんが、所で、プレアが求めていたものとは、一体何なのです?」

 

 宇宙に上がって以来別行動を取っていたプレアが求めていたものが何なのか、今の今まで知らずにいた事から、興味を抱き、オウカはカナードに問うた。

 

「ニュートロンジャマーキャンセラーだ。プレアの乗っていたドレッドノートは核動力機。当然、核エンジンの使用を可能とするNJCが搭載されている。どういう伝手を使ったのかは知らんが、プレアはそれを地球に持ち帰りエネルギー問題解決の為に使うつもりだったようだな」

 

 もっとも、既にメンデルでの戦いに置いてアズラエルの手元にNJCのデータが渡り、アズラエル財団の利潤を追求する形でNJCのコア部分をブラックボックス化したものが地上各国に提供されている。
 NJCの本格的な構造解析は大西洋連邦以外では行えずにいる為、現行の地球製NJCのほとんどは、発電施設に用いるには問題ないが、MSなどの機動兵器に搭載可能にするには大きすぎるものだ。
 これがアズラエル財団に莫大な富をもたらし、技術独占とバックアップしているブルーコスモスやロゴスに富とより強い影響力を与えている。
 DC側もそれ以前から核融合発電施設などを各国に提供していたが、既に建設されていた各電力施設の復旧が容易なNJCの方を求める国も多い。

 

「NJC!? そんなものをどうしてプレアが。いくらマルキオ導師でもそんな事が可能だなんて」

 

 盲目の穏やかな恩人の笑みには、マルキオがそれほどの大人物だと思わせる凄味は無かった。
 オウカの知らぬ所でマルキオはナチュラルとコーディネイター双方の仲介役をこなしており、講和案提出の使者を行った事もある大物だった。

 

「とにかく、既にNJCは連合、ザフト双陣営にとって既存の技術になり下がった。それでも地球の民間レベルで行き渡っていない以上、それなりの価値はあるだろう。プレアの体の事もある。あいつはもう地球に帰るべきだ」

 

 それにはオウカも賛成だった。DCの医療陣から渡された遺伝子劣化抑制剤は、本来の運命より長く生きる力をプレアに与えていたが、それとていつまでもつかは分からないと言う代物だ。あの心優しい少年が何時まで戦場に居るなど、オウカには許容できる事ではなかった。
 そう言った意味では、プレアが反抗できぬほど衰弱していると言うのも都合が良いと言えなくも無い。

 

「どうして、プレアの事をそんなにまで心配するのです? 貴方はそれほどプレアに大きな借りを作ったのですか?」
「ふん。何度もそう言っている。ただあいつに言われただけだ。おれはおれ。命に成功も失敗も無いのだとな」

 

 今この胸に残る憎しみを消し去る事はまだできないが、と心の中でカナードは継ぎ足す。
 これまでの彼の全てを支えていた嘆き、怒り、憎しみはそう簡単に消えるものではない。
 だが、それらをより前向きなモノに変えてゆく事は、ゆっくりとではあるができそうだった。

 

「それで、おれを連れて行くのか行かないのか、どっちだ女?」
「……分りました。とりあえず貴方を連れてゆきましょう。ですが彼女達が貴方の力を必要とするかどうかは、貴方の心構え次第でしょう。あの子たちはただ純粋に強大な力を求めてはいません。想いを持った力を求めているのです」
「暴力ではなく武力と言いたいのか? 他者を傷つける事でしか表現できんのならそう変わりもあるまい」
「そうかもしれませんね」

 

 嘲るように言ったカナードの言葉は、オウカの心の暗い部分を突いた。
 それまでのどこか高圧的な、怒りに支えられていた様子から一変して弱々しげなオウカの様子に、根本的な所で迷いを抱えているとカナードは察したが、それを口にはしなかった。
 迷いを払うかどうかはオウカ自身でする事だ。それが理由で戦場で危険な目にあうかもしれないが、危険からは自分が守ってやればいいのだ。もっとも、自分の心との決着にまで口を出すつもりはないが。

 

「まあいい、了承したと取るぞ。おれはメリオルに貴様らに着いてゆく事を伝える。出発になったらオルテギュアに通信を送れ」
「待ちなさい」
「何だ?」
「私は女ではなくオウカ・ナギサよ。貴方の名前は?」
「カナード、カナード・パルスだ。オウカ」

 

 どこかぶっきらぼうに自分とオウカの名前を呼んで去って行くカナードの背を見送り、ふと、オウカはカナードがどこかキラに似ているなと思った。
 カナードが求めて止まなかった怨敵こそがキラだとは気付かぬまま。

 


 

 パナマ基地のマスドライバーで打ち上げられた鋼の船体が、天と地を繋ぐべく建造された天の社に辿り着いた。建造が放棄され、低軌道ステーション兼大規模な軍事工廠に役目を変えた当初に比べだいぶ規模の大きくなったアメノミハシラだ。
 クライ・ウルブズに続く特殊任務部隊サイレント・ウルブズとその母艦アカハガネである。
 そのままタマハガネが係留されたドックに入り、二隻の兄弟艦は初めて同じ場に会する事になった。
 当然、お互い初めて見る同型艦に両艦のクルー達は興味津々となりちらちらと互いの艦に好奇心と興味を乗せた視線を向けている。
 こういった時に素早く行動を起こすのはタマハガネの幼年組だ。
 空いた時間に、ゼオルートをお目付け役にしてアルベロから許可を取り、アカハガネの見学にそそくさと出かけたのである。アカハガネはタマハガネと同じ艦首モジュール『ムゲンシンボ』を搭載しており、そう言った意味では見る楽しみが一つ減っている。
 もっとも搭載する兵器がジャメイムなどの魔装機以外はMSを軽く超えた大型の機体ばかりだから、他のモジュールでは対応しきれないと言う事情もある。
 サイレント・ウルブズはアメノミハシラで大規模補給と今度の作戦スケジュールの打ち合わせを行い、その後はシュウ・シラカワを囮にルオゾールの捜索を行う予定である。
 搬入作業の真っただ中のアカハガネはほとんどタマハガネと変わりの無い様子で、見慣れた光景である事に不謹慎かもしれないが、シン達はややがっかりした。シンに頼まれて保護者役を任されたゼオルートが、近くの整備員に声を掛け、格納庫への出入りの許可を取ってもらうよう交渉していた。
 さほど待たずしてアカハガネの船内に足を踏み入れ、メンテナンスベッドに並べられた初めて見る機体達に見入る。
 シン達以外にも好奇心の強いカーラと、放っておくと何をするか分からないから、と言う理由でユウも一緒だ。
 シン、ステラ、アウル、スティングにカーラ、ユウ、ゼオルートの七人組はキャットウォークの上から見た事の無い機体の姿に身を乗り出すなりして見入っていた。

 

「あんまり見た事の無い形だな。リオンタイプとかM1とも違うし、中世の騎士っぽいデザインなのな」

 

 アウルがそう評価したのは、ジャメイムやスマゥグ、プラウニー、サイバスターと言った魔装機達だ。確かに新西暦世界のAMやMSの流れを汲んだDCの主戦力機とは異なる意匠の機体だ。
 シンの乗るグルンガストやビアンのネオ・ヴァルシオンらも一線を画すデザインの機体だが、それらともまた別系統と思わせる外観だ。
 反対側には五十メートル前後の巨体を誇るデュラクシール・レイやイスマイルなどもあり、シン達の興味を惹いていた。
 クライ・ウルブズに配備された機体には多くのCE系技術が入っており共通したディテールを見出す事もできるが、サイレント・ウルブズの機体は全く異なる技術体系を主にした機体ばかりが配備されている為、同じ機動兵器による特殊任務部隊といってもまるで別もののような印象を覚える。

 

「なんだ貴様らは。見物なら他所でやれ」

 

 ひび割れた鐘のような重い声は、シン達の左方から聞こえた。
 休息を与えられたアカハガネのクルーだろう。乱暴な物言いに短気なアウルがすぐさまむっとした表情を作るが、肩に手を置いたゼオルートがそれを制した。

 

「すいませんね。何ぶん珍しいものでしたから、貴方達がサイレント・ウルブズの隊員の方々ですか?」

 

 シン達に声を掛けてきた三人組の戦闘にいた禿頭の巨漢ヴィガジは、ゼオルートの穏やかな笑みに何を見たのか、一瞬見定めする様な視線を向けたが、すぐに荒々しく鼻息を一つ吐き出して、高圧的な口調に変える。

 

「そう言う貴様らは随分ガキが多いな。学徒兵か何かか?」
「お生憎様、これでも立派なMSのパイロットだっつーの、おっさん」
「アウル、よせ」
「そういう態度はガキのままだな」

 

 スティングがヴィガジの一尉の階級章に気付いてアウルの肘を掴んで制止したが、アウルは構わずヴィガジに向けて歯を剥いて言い返す。
 ヴィガジは意外にもその挑発には乗らず、小さく吐き捨てただけであった。
 嫌なのにつかまっちゃったなあ、と内心で溜息をついていたカーラはさっきからヴィガジの顔を見て首を捻っているシンに気付いた。

 

「どうしたの、シン? ひょっとして知り合い?」
「う~ん、どこかで見た事があるようなないような………………思い出した!! たこ焼き屋のおじさんに、『愛の巣』のマスターだ!!」

 

 シンが何を思い出すのか耳を傾けていたカーラがひゃっと小さく悲鳴を上げる位の大音量で、シンはヴィガジらを指さしながら叫んだ。
 なんだなんだと、他のメンツもシンに顔を向ける。
 一方で指さされた方のヴィガジとアギーハも、シンの顔をじろじろと見つめるとそれぞれの顔に、あ! という驚きの表情を浮かべる。
 ヴィガジは良くたこ焼きを買いに来た客の一人として、アギーハは家族連れでよく店に来ていた常連兼ご近所さんとしてのシンを思い出していた。

 

「アスカさんとこのシンかい? あんた何やってんだい!」
「アギーハさんこそ、シカログさんも」
「……」

 

 なんだ知り合いか、とアウルやスティングが目線で問いかけそれに気付いたシンが慌てて説明を始めた。

 

「ええっと、おれの実家の近所で喫茶店やってたシカログさんとアギーハさん。それに、近くの公園でたこ焼きの屋台をやってたおじさんだよ。三人とも知り合いなんですか」
「まあ、同郷のよしみでね。そうそう、このたこみたいな頭をしているのが、たこ焼き屋のヴィガジだよ。うちのダーリンと髪型は同じでも男前っぷりが随分違うでしょ?」

 

 シン以外の事情が分からない者達の為に、アギーハがヴィガジの名前を告げるがあまりにぞんざいな紹介の仕方に、ヴィガジが一瞬声を荒げようとしたが、それもシカログの無言の目線に黙殺された。

 

「あたい達はこの前の戦闘で店を壊されちまってね。それで食べてく手段がなくなったから軍に入ったのさ。そしたらこんな特殊部隊に入れられちまったけどね。第一それをいったらシンの方こそどういうわけなんだい。アンタを見かけないな、とは思っていたけど軍に入ってたなんてねえ」
「ま、まあ、色々とありまして。でもアギーハさん達もお店を失くしたからってそんな簡単に特殊部隊に入れるものじゃないでしょう?」

 

 と自分の事は棚に上げてシンが言うが、周りの面々もおおむね同意見だった。
 もともと強化人間であるステラ達はともかく、ただの市井の人間がいきなり特殊部隊の隊員に配属されるなど、世界中のちょっと変わった美少年を集めて世界征服を狙っていた暗殺団くらいなものだ。
 アギーハはちょっとした悪戯を思いついたと言う表情になって、口元に立てた人差し指を添えた。内緒だよ、というジェスチャーだ。

 

「実はあたいやダーリン、ヴィガジは別の国のスパイなのさ。だけど今の暮らしの方が気に入ったんで情報と引き換えに今の地位をもらったのさ」
「それ冗談になってないですよ……」
「あはははは、まあ、気にしない気にしない。こんな所でアンタに会う羽目になるとは思わなかったけど、マユちゃんやご両親にもまめに連絡入れな。心配ばっかりしてたよ。そうそう、機体の事が知りたいんなら、あそこの赤い髪の女の所に行きな。あたい達の機体のほとんどは彼女が手掛けているからね」
「あれ、どこか行くんですか?」
「久しぶりの休みだからね、ダーリンとデートさ。ヴィガジは一人寂しく休憩だけどねえ」
「余計な事は言わんでいい!」

 

 いちいち気にしている事を突っ込まれて、いい加減ヴィガジも切れたらしく、ハゲ発言の分も加えて怒鳴った。
 それも軽くいなしてアギーハはシカログと腕を組んでその場を後にした。
 ヴィガジはそれでも収まらないらしく鼻息を荒くしていたが、不意に自分を見つめるステラの視線に気付いた。

 

「なんだ?」
「たこ焼き……」
「む?」

 

 どうやらたこ焼きが食べたいと言う意思表示らしい。
 強面である事に加えて先程からの怒声もあってかなりヴィガジに対して警戒心を抱いているようだが、それでもステラは頑張って勇気を振り絞ったと評価すべきか。
 無垢な瞳で自分を見上げているステラの無言の訴えをどう受け取ったのか、ヴィガジは無重力の床を蹴ってその場を立ち去りながら言った。

 

「……食いたければ後で焼いてやる」
「うん!」
「ステラ、そんなに腹が空いてたのか?」
「うん。朝ご飯、食べたけどお腹減っちゃった」
「ステラは一杯食べる割には太らないんだよねえ。ちょっとっていうかかなり羨ましいよ」

 

 とやや気恥ずかしいのか舌をチロリと出して、素直にステラはスティングに答えた。
 食べ盛りだが食べても太らない体質らしく、ステラはダイエットと言う言葉とは無縁であり、カーラの言葉通り羨ましげな女性陣の視線を集める事が多い。
 まあ、小さな口で一生懸命もふもふと食べているステラの様子は愛らしく、タマハガネの食堂では実に微笑ましい光景が食事の都度見受けられる。
 ヴィガジらが去ったその背をしばし見つめてから、すぐにシン達はアギーハの教えてくれた赤い髪の女性の方に向かって移動を始めた。
 その姿を認めてから、ゼオルートの顔には奇妙な者を見た表情が浮かんでいた。
 赤い髪の女性テューディはサイバスターを前に緑の髪の少年マサキと、何か打ち合わせをしている所だった。
 マスドライバーで宇宙に上がる前後からかつてないほどマサキを拒絶していたサイバスターのご機嫌取りか何かの話し合いだろう。
 それがいわば恋しい相手を取られてしまった少女の反応めいたものであろうとは、流石に彼等も分る筈もない。
 テューディの傍らの少年の姿を見て、ゼオルートの表情が強張った事に気付いたのは、スティングとユウだけだった。

 

「すいませーん」

 

 気軽に声をかけたシン達を、テューディとマサキの二人が振り返った。
 強くなる事、力を欲する少年と、強大すぎる力を与えられた少年。啼き叫ぶ狼と静かなる狼の力たる少年達の、初めての出会いだった。

 

 そして運命の少年と別れ、失敗の烙印を押された少年と行動を共にする桜の花を名前とする一人の少女は、仲間達の所へ戻る道中眠りについていた。
 その精神は今や徐々に疲弊し、断末魔の悲鳴を上げつつある。だからだろうか。堰が決壊したダムの様に、かつての記憶が夢の中で現れたのは。

 

――ここは?

 

 ぼんやりとした意識のまま、オウカはそこに佇んでいた。いつもと違う服装であるのに、今更気付いた。
 普段の私服は質素なワンピースやジーンズにタートルネックのセーターなど地味で実用的な服を好んできている。
 今日も淡い桜色のパジャマを着て眠りに落ちた筈であった。
 なのに夢の中の自分は胸元の空いた黒い生地の袖無しのワンピースと、肩や手首に金属製の鈍い銀色の装飾を身に付けている。
 記憶の中に無い服だが、どこか良く馴染んだ感触をおぼえていた。また失った記憶の中の産物なのだろうか。
 明瞭としない思考の中でオウカはそんな感想を抱いていた。時折夢や白昼に見る夢の中によぎる見知らぬ人たちの顔や言葉。
 今のこれもその類だろうとオウカは判断していた。
 ぽつんとなにも無い世界に立つオウカの周りは柔らかい白い光に満たされていた。
 時間の間隔を失くしてしまいそうな世界だったが、いつの間にか自分を中心として左右に何か人の形をした者が現れた。
 右には孤児院の皆やプレア、シン、ステラ、キラ、ラクス、ククル達の姿あがる。左には今まで何度も夢に見て来た三人の少女達の姿があった。
 外に跳ねる癖のある紫の髪の少女と、銀色の左前髪を編み込んだ豊かな胸の少女に、快活そうでちょっと能天気なそうな少年達だ。
 今まで何度も夢に見ては思い出す事ができず、涙と共に目覚めれば夢を見た事さえ忘れていた彼らの名前を、我知らぬうちに呟いていた。

 

「ラト、ゼオラ、アラド……」

 

 音も無く頬を伝うものは涙だった。思い出せたのはただ名前だけ。それがどんな意味を持っているのか。
 何故その名前がこれほど自分の胸を締め付けるのか。それは今も分からない。

 

「どうして、貴方達の姿を見ると、名前を呟くとこんなにも苦しいの? 胸が暖かくなるの? どうしてこんなに辛いのにうれしいの?」

 

 ラトゥーニもアラドもゼオラもオウカの問いに答える事はない。
 ただ、穏やかな微笑と共にオウカを見つめていた。限りない慈愛と優しさでオウカを見つめている。
 失った記憶と、築き上げてきた今と。どちらかを選べと選択を迫られているのだろうか?
 ただ、こうして涙を流しながら立ち尽くす事は許されないと、オウカはそれだけを理解していた。
 金色の瞳から流れ、頬を伝ってゆく涙を拭わぬまま、やがてオウカは意を決して顔を上げた。彼女が選ぶのは過去か現在か。
 そして、この選択が彼女にもたらすものは?

 
 

 ビアン・ゾルダークとエペソ・ジュデッカ・ゴッツォがなにやら結託しました。
 ユウナ・ロマ・セイランのSP(サタニティ・ポイント)値が危険値に入りました。

 

 カナード・パルスがラクス・旧オーブ軍に加入しました。
 ドレッドノートがラクス・旧オーブ軍に加入しました。

 

 →『過去を選ぶ』
 →『未来を選ぶ』
 のルート分岐が発生しました。