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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第55話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:16:28

ビアンSEED 第五十五話 失敗と完成と

 

 過去か未来か。忘却の白霧の彼方にある過去からは、本来彼女にとって生命を賭ける事を厭わぬ宝達が使者として姿を見せ、現在引いては未来からは、共に笑い、悲しみ、怒りを分かち合い時を重ねてきた家族達が使者として彼女に微笑みかける。
 それは、とても残酷で、とても悲しい選択だった。
 神の慈悲は無く悪魔の誘惑でもない。
 ただ二つの道があり、それを選ばなければいけないと言う事実のみだ。
 二つの道の行き着く先が何なのか、それをただ教えられてはいないだけで――。
 それでも彼女、オウカ・ナギサは行かねばならなかった。
 夢の中の筈なのに、ひどく傷む心が、オウカの足に進むべき道を選ばせた。
 本物の金から誂えたように美しく輝く瞳は、絶える事無く流れ落ちる涙の紗幕に濡れていたが、そこには既に覚悟の光があった。
 過去と現在と、彼女が選んだのは

 

「おい、起きろ。オウカ」
「カナード?」

 

 肩を揺さぶられ、はらりと頬に掛かった髪を無意識に払って、オウカはその瞳にカナード・パルスを映した。
 女性と見間違うほどに長い黒髪を持ち、名だたる職人が彫り上げた彫像のように整った東洋系の顔立ちを、いつも何かに不満を抱いているかの様に険しくしている少年だ。
 確か、ロウ・ギュール達の所に補給物資を受け取りに行って……。
 ああ、と小さく呟き、オウカはようやく今自分がどういう状況にあるのかを思い出して意識をはっきりと覚醒させた。
 あの後、輸送船に物資を満載し、カナードとその仲間達である旧ユーラシア連邦所属の特務部隊Xの母艦オルテュギアを、ノバラノソノへと案内する道中だった。
 輸送船団の船長らにも承認を取り、ノバラノソノの周辺宙域で一度停泊してオルテュギアとカナードらの素性を暗号通信で送り、彼らを招く事の是非を問うている。
 返事を待っている最中に、カナードがオウカの乗っている輸送船に姿を見せたようだった。
 ドリンクサーバー一台が申し訳程度に置いてある待機所で、オウカはどうやらうたたねをしていたらしい。
 自分を見つめるカナードに気付き、自分でも固いな、と分かる口調で聞いた。プレアの命を奪いかけたカナードに対する印象が、良いものである筈がなかった。

 

「なにか用?」
「お前達のアジトへの入港許可が下りたそうだ。それを伝えに来ただけだ。こんな所で居眠りしているとは思わなかったがな」
「そう。カナード、一つ聞いても良いかしら?」
「何だ?」
「貴方にもし過去の記憶が無かったとしたら、これからの未来と、空白の過去と、どちらを選ばなければいけないのだとしたら、どちらを選ぶ?」
「何だそれは? 生憎おれは自分の過去を記憶しているぞ。二重の仮定を踏まえた上で意見を言えと言うのか」
「そうよ。もし、の話。それくらいは答えてくれても構わないでしょう?」

 

 オウカのどこか遠い所を見ているような、まるでここにはいないような危うさに、その場を後にしようとしたカナードの足は止まっていた。
 ロウ達の船リ・ホームでカナードを詰問していた時の強さはどこにも無かった。
 ちっ、と小さな舌打ちのすぐ後に、カナードの答えは続いた。

 

「無くしてしまうような記憶だ。どうせ大した過去でもあるまい。思い出せないのも必要ないからだろう。忘れたくても忘れられない過去と言うものもある。なら、忘れる事が出来る様な過去と言う事だ。それは忘れても良い過去なのだろう」
「そう。……変な質問に答えてくれてありがとう」
「おれは行くぞ」
「ええ」

 

 短く言い捨てて、さっさとその場を後にするカナードの背を、オウカは見送らなかった。
 忘れたくても忘れらない過去。忘れたままでいい過去。では、自分が失った過去は、失ったままにしておいた方がいいのだろうか。
 瞼をおろして瞳を閉じ、オウカはしばらくその場を動かなかった。その閉ざされた瞼から、また一筋二筋と清らかな、けれどとても物悲しい涙が流れ落ちる。

 

「でも、私は……」

 

 その言葉の続きを、オウカは口にはしなかった。

 


 

 ノバラノソノからの許可が下り、オルテュギアを含む輸送船団は無事一人の欠員を出す事も無く帰路を終えた。
 アークエンジェルやクサナギの分だけなら生活物資はおよそ一年分ほどはあり、MSもオーブ脱出当時はキラのフリーダム、ムウのストライクとディアッカのバスターにエムリオンが十機はあった。
 それに組み立てる前の分解状態だったM1が四機と、今はいないカガリのストライクルージュ、アークエンジェルの格納庫の片隅で眠っていたメビウス・ゼロとスカイグラスパーが一機ずつ。これが、CE71年六月の頃。すでに半年近く前の事だ。
 それから、ダイテツのイズモ級スサノオやオーブのアスハ派の兵士達が集い、ラクスとバルトフェルドが強奪したエターネルを筆頭に徐々にラクス派や、ザフト、連合で今の戦争を憂う者達もまたマルキオなどの仲介で集まっている。
 その中にはラクス、カガリらを利用しようという利権の亡者たちの協力もあったが、ノバラノソノの保有戦力は当初に比べれば目を見張るほどの大所帯と化していた。
 メンデルやノバラノソノの生産設備も小規模ではあるがMSの生産を可能とし、今では保有する戦闘可能な艦艇は二十以上、MSの総数は百近い。多くはジンやその改修機にM1だが、中にはザフトの主力量産機となったゲイツやシグーの姿もある。
 ディアッカのバスターやムウのストライクは今の戦場ではやや珍しいと言う程度の存在でしかなかったが、キラのフリーダムにアスランのジャスティスは現時点におけるプラント製MSとしては最強の二種であったし、ニコルの火器運用試験型ゲイツやカーウァイのゲシュペンスト・タイプS、ククルのマガルガ、オウカのラピエサージュ、ウォーダンのスレードゲルミルの性能は正規軍の機体性能をはるかに超えるものばかり。
 実質的には正規兵の少ない烏合の衆でありながら、同数の正規軍相手ならばまず負けは無い戦闘集団と言っても良い。
 そして、そこに新たに加わる船影が一つ。元ユーラシア連邦特務部隊X。
 来るべきスーパーコーディネイター捕獲及びアルテミス司令ガルシアの独断でNJC搭載MSの鹵獲、また来るべき大西洋連邦との戦争に向けて自国MS開発の任を帯びていた彼らの母艦アルテギュアである。
 オルテギュアのブリッジで、徐々に正面ディスプレイに映し出されるノバラノソノを見つめながら、カナードは沈黙のまま視線をまっすぐに向けたままだ。
 カナード自身は、キラ・ヤマトがオーブ近海でザフトと交戦しMIAとなった状態から生還してアラスカから逃げ出したアークエンジェルに合流している、という情報をユーラシア連邦に身を置いていた時に耳にしている。
 そしてその後の活動の最中からも、特務部隊Xに渡されたユーラシア連邦情報部からのデータには逐一目を通し、旧アスハ派と合流したザフト、そしてアークエンジェルの姿を確認している。
 その中には見慣れないMSの姿もあったが、その正体もカナードは知っていた。
 ザフトの開発した核動力MSフリーダムと、そのパイロットが探し求めていたキラ・ヤマトであるという事を。
 それだけに、カナードはオウカの話から自分達の向かう先にそのキラ・ヤマトがいる事をほとんど確信していた。逸る心臓の鼓動が、いやに耳障りだった。

 

「皮肉なものだ。あれほど求めたスーパーコーディネイターの成功体に、今更会う事になるとはな」

 

 プレアが命を賭けてカナードに伝えた事。人は誰かになれるわけではない。カナードはカナード自身にしかなれない。
 仮にスーパーコーディネイターの成功体を倒して、失敗作のレッテルをはがす事が出来たとしても、カナードがカナードである事には変わらない。
 おれは失敗作などではないと証明しても、それを誰が受け止める?
 ただこれまでの人生でカナードを縛っていた鎖を自ら打ち砕いた自己満足と、血の赤みを増した手を得るだけだろう。
 いや、それで十分なのだ。人間と言う生き物には。復讐は憎悪と力と熱意を生む。それを成し行く充足感を生む。破壊の快楽を生む。
 故に、人が復讐に手を染めるのはひどく簡単な事だ。
 だから、カナードのキラに対する復讐の炎は、まだ心の奥底で、いやあちこちで燻りどす黒い煙を上げている。
 我知らず、握りしめた拳に気付き、カナードは無言で拳を解いた。
 じっとりと汗ばんだ右手の掌を見つめる。
 連合の月基地から強奪したNJCで核動力となったハイペリオンの暴走から、Xアストレイでカナードを庇ったプレアを、コックピットから助け出して抱えた時の小ささを思い起こしていた。
 クローンであるが故に、人よりもはるかに短い寿命を与えられて生まれたプレア。
 プレアが生み出されたと思しい時期の技術なら、テロメアと呼ばれる人の寿命に関係する細胞の欠点など克服できたと言うのに。
 プレアもまたカナード同様に身勝手な人々の欲望によって作り出され、人の心の闇を嫌と言うほど見せられた者達だった。
 そのプレアはまるでカナードとは違った。人の闇と欲望に生み出された存在でありながら人の良き心を信じ、短い命で人々の為に何ができるかを考えていた。
 プレアなりに、自分の命の使い方を思考錯誤した果てに出した結論だったろう。
 カナードは自分の過去の清算の為に復讐を、プレアは人々の為に自分の未来を捧げる事を選んだ。
 カナード自身、復讐を選んだ道を後悔はしていない。
 ただ、自分の命が何を成す事が出来るのか考えた時、戦う事しかできないと思っていた自分の可能性を思うようになっていた。

 

「だが、キラ・ヤマト。やはりお前とは一度、けじめをつけさせてもらうぞ」

 

 物静かな、それ故に秘められた激情の激しさを滲ませて、カナードは己自身に聞かせる様に呟いた。
 オルテギュアのブリッジの中で、カナードの呟きを聞き取ったのは、メガネをかけた若い女性下士官――メリオルだけだった。
 メリオルの心配そうな視線に気付く事は無く、カナードはしばらく、そこに立ち尽くしていた。

 


 

 オルテギュアの周囲を警戒と監視を兼ねてノバラノソノから姿を見せたM1三機が包囲し、管制からの誘導に従って港湾施設内部にオルテギュアが向かう。
 廃棄されたコロニーの内部構造と、同じく建築途中で破棄されたザフトの要塞を組み合わせたこの施設は、外観だけならば朽ち果てた構造体に過ぎないが、内部に目を通せばよくもこれだけのものを、と唸らずにはいられない設備が整っていた。
 オルテギュアを代表してメリオル他数名の士官と共にカナードは、警戒と期待の入り混じった視線を向けてくるノバラノソノのスタッフ達の視線を受け止めながら、自身は周囲で動くMSや作業用のMAなどに目を向けていた。
 一部の機体の動きは、あのバルサムなんぞよりもはるかにましだと思うものがあり、どうやら噂以上の武装組織らしいなと、心の中で評価を変える。
 ちなみに、バルサムというのはカナードと同じユーラシア連邦製MSハイペリオン二号機のテストパイロットだった男だ。
 『エンデュミオンの鷹』にあやかり、自身を『アルテミスの荒鷲』などと評しシミュレーターでの撃墜記録を自慢げに機体にマーキングしていた。
 カナードからすれば好悪の感情を抱くほどの価値も無い男であった。
 まあ、バルサムの二号機には、カナードの乗っていたハイペリオン一号機の修理部品になってもらった点でだけ感謝しても良いが。
 やがて、施設内部に通されたカナードらを数人の男女が迎えた。
 楕円形のテーブルの周囲に並べられた椅子に地球連合とオーブ、ザフトの軍服が一堂に介して座っている様は、カナードの目から見てもいささか奇妙に見えた。
 不沈艦アークエンジェル艦長マリュー・ラミアスに『エンデュミオンの鷹』ムウ・ラ・フラガ。
 それから『砂漠の虎』の異名を持ったザフトの名将アンドリュー・バルトフェルドと彼の副官マーチン・ダコスタ。
 見上げるほどの上背と逞しい肉体を青のコートに包んだ銀髪の男ウォーダン・ユミル。
 そしてこの場にいる誰よりも存在感に満ちている艶やかなピンクの髪を持った少女、プラントの歌姫ラクス・クライン。
 これにキラやアスラン、今は遠くオーブの正統政府発足に心血を注いでいるカガリを加えたのが、彼らの主要メンバーだ。
 プラント・地球連合との泥沼化した戦争を憂慮して、これを終わらせるべく集った勇士達であった。
 その彼らの目標にはカナードはさしたる興味も関心も抱けなかったが、目の前にしたラクス・クラインの圧倒的な存在感の様なものには興味を抱いていた。
 まだ自分とそう変わらないだろう年頃なのに、周囲の面々を霞ませる何かを持っている。
 転じれば万人を殺す毒にも、ひとしいだけの命を救う薬にもなる何かを、この少女は生まれながらにして持っている。
 簡単に自己紹介を済ませてから、その場の面々を代表してバルトフェルドが軽い調子で口を開いた。勇猛な通り名にはそぐわぬ気さくな調子である。

 

「はじめまして、ようこそノバラノソノへ。歓迎するよ。特務部隊Xの諸君」
「いえ、これはあくまでビジネスですので」

 

 と切り返したのはメリオルだ。ユーラシア連邦の管轄下から離れるに際し、メリオルらオルテギュアのスタッフはとりあえずは傭兵として当面の生活をやり過ごす事に決めていた。
 何人かのクルーは途中で船を下りる事を希望し去っていったが、それでも大半のクルーは残っていた。
 加えて、メリオルの声がやや冷たくオルテギュアのメンバーの数人がバルトフェルドに厳しい視線を向けているのにも理由があった。
 バルトフェルドが砂漠の虎の異名を持つきっかけになった戦いは、ユーラシア連邦のエース『月下の狂犬』モーガン・シュバリエ大尉の率いていた戦車隊が、バルトフェルドのバクゥ隊にさんざっぱらに敗れた戦いだったのだ。
 自然、目の前の隻眼隻腕の男に向ける感情の温度は低い。

 

「やれやれビジネスライクな事だ。まあ、それでも仲間としてやっていくんだ。よろしく行こうじゃないか。なあ、君?」

 

 バルトフェルドの矛先はカナードに移っていた。
 睨み殺すような視線で周囲を見回していたカナードの様子が、砂漠の虎の興味を引いたらしい。
 これにカナードは珍しく質問を黙殺するのでもなく答えた。

 

「悪いが、おれ達はお前達に雇われた憶えはない。これはあくまでおれが受けた個人的な依頼と言う形だ。オウカ・ナギサを守ると言うな」
「ほう? オウカくんを守る、か。しかし大したものだな。少女一人の護衛に戦闘空母一隻を付けるなんてな。彼女はそんなに大物だったかな?」

 

 なお、とうのオウカはノバラノソノに戻るのと同時に体調不良を訴え、今は医療室で休んでいる。
 これは精神的な面が大きいが、実際彼女の肉体も戦闘や精神に引きずられるようにして不協和音を奏で、かつての世界での投薬による負荷が蘇り始めていた。

 

「正当な報酬は得ている。それ以上は余計な詮索は止してもらおうか。貴様らの指示にもある程度は従ってやる」

 

 あくまで攻撃的な様子を崩さぬカナードに、バルトフェルドはやれやれと肩をすくめて傍らのダコスタに、頑固者が来たぞと目配せする。
 面倒は止してくださいね、とダコスタもアイコンタクトで返した。
 アイシャとバルトフェルドですらなしえていないアイコンタクトでの完璧な意思疎通は、ダコスタという苦労性の副官との間でのみ成立する。
 苦笑で済まされようとしていた質問は、ムウが引き継いだ。

 

「そうは言ってもなあ。君らだってつい先日までは連合側だったんだろう? そうほいほい陣営なんて変えられないだろう?」
「私達は元々はユーラシア連邦の軍人です。貴方がたもアラスカでの攻防戦に参加していらしたのならご存知でしょう。今の地球連合は実質大西洋連邦に牛耳られていますし、このままでは良いように利用されて食い潰されるのがおちでしょう」

 

 ユーラシア連邦も当初は特務部隊Xの様な部隊を運用していた事から、大西洋連邦への反抗も考えていたようだが、ストライクダガーを始めとしたMSの供与を受けて大西洋連邦主体の流れに乗る事に決めている。
 Xのメンバーは、直属の上司であったガルシア司令への失望や不信もあってかユーラシア連邦への信用も低い。
 メリオルの言葉を、母国への不安と取ったか、ムウはまだ納得はしていない様子だった。
 母国を信頼できないからと言って、戦場で肩を並べていた事もあるかもしれない者達と戦う道を選ぶ事が、容易な筈がない。

 

「それだけかい?」
「それ以上何か必要ですか?」

 

 似たような事をアスランにも聞いたが、あの青い少年と比べれば随分と割り切った返答だった。
 メリオルとアスランの性格の違いによるものか、それとも軍人として身を置いて来た環境の違いだろうか。
 ナチュラルとコーディネイターが共に手を取り合える未来と言う希望に突き動かされた自分達に比べれば、ずいぶんと現実的な奴らが来たもんだとムウは思う。
 いや、コレでも自国の軍勢に弓を引く事を選んだあたり、軍人としては失格の類だろうか。
 どちらにせよ、ここにいる連中は常識的な軍人と言う範疇からは逸脱したものばかりなのは間違いない。
 それまで黙ってカナードとメリオルを見つめていたラクスが、ようやく口を開いた。

 

「カナードさん。先程から何かお探しのご様子ですが、わたくし達の所にお探しの何かがおありなのですか?」

 

 飾らないラクスの言葉は、カナードの懐にいきなり切りこんできた。余計な口は利かず、鉄仮面の表情を被っていたカナードの、微細な感情の表れや探るような仕草を見逃さなかったのだろう。
 『何か』という表現は、カナードの探モノが人なのか物なのか、それとも情報なのかまでは分からないと言う曖昧な表現だったが、カナードはラクスの質問を逆に都合がいいと解釈して、歌姫を真正面から睨んだ。
 はっきりという女だ。目端も効くらしい、と胸の内で呟き

 

「依頼とは別のおれの、個人的な事だが、ここにキラ・ヤマトがいるな?」

 

 カナードの口から出たキラの名に、その場にいたノバラノソノ側の人間達の空気がやや険しいモノに変わった。
 キラ・ヤマトの名は、今はまだ軍部の末端や民間には浸透してはいない。連合側にしても奪われたXナンバーを尽く撃破したストライクのパイロットが、コーディネイターの少年であるなどと知られるのは都合が悪いと隠蔽している。
 プラント側からしても、ストライクのパイロットがキラ・ヤマトという少年だと知っているのはラウ・ル・クルーゼくらいだ。
 ましてや今は強奪されたフリーダム一号機のパイロットである事を知る者など、まず居はしない。
 となればキラの名を知る連合の、カナードの場合はユーラシア連邦上層部からなにがしかの特命を受けていた人物だろう、という推測を立てるのは容易だった。
 必ずしもそうではない可能性も、考慮しなければならないが。

 

「はい。キラは確かにここにいます」
「ラクスさん?」

 

 キラの存在をあっさりと認めるラクスに、マリューはいいのか? という響きを含んだ声を上げ、バルトフェルドやムウは目線で同じ質問を投げかけた。
 ウォーダンだけは変わらずいつでもラクスの盾になれる位置から動かない。

 

「隠し立ての一つもせんとはな。正直な事だ。キラ・ヤマトに一つだけ用事がある。それを済ませたいだけだ」
「キラは、ほんの一年近く前まではただの学生だったそうです。ヘリオポリスの崩壊からはずっと戦場にいますが、それでも本当に心の優しい方ですわ。見ているこっちが心配になる位に。
けれど、貴方はキラの名前を呟く度に炎の様な憎しみを瞳に宿らせています。なぜ、キラの事をそこまで?」

 

 心でも読めるのかそれともプレアの様に勘が鋭いのか、カナードは自分の感情を見透かすように読み取るラクスに、不快感を覚えていた。
 自分の感情や考えをこうもあからさまに告げられて気分が良いはずも無い。
 ラクスもそれは承知なのだろう。青味を帯びた水晶を磨き上げたかの如き瞳には、カナードの嫌悪を真っ向から受け止める強さと包容力がありありと浮かんでいた。
 傷ついたキラも、戦争に倦んだプラントの人々も、ラクスの歌とこの瞳に心惹かれたのかもしれない。
 だからこそ、カナードはラクスの瞳を受け入れる気にはならなかった。最も、面白い女だと気に入る気にはなったが。

 

「おれがキラ・ヤマトという成果を生み出す過程で生み出された失敗作だったからだ。おれが失敗作などでは無く、完成体でもなく『おれ』という個である事をはっきり自覚する為には、どうしても奴と一度けじめをつける事が必要だ。だから、キラ・ヤマトをおれは求めている」
「失敗作……?」

 

 マリューの呟きを耳聡く聞いたカナードは、自嘲の笑みを唇の片端を吊り上げて浮かべ周囲の面々を見回した。
 オルテギュアのクルーだけが、痛ましげな表情をしていた。
 メンデルでキラと共にその話を聞いていたムウだけが、それが何を意味するのか気付き、わずかに憐憫の情を瞳に映した。
 それにカナードが気付いていたなら、ムウに対して怒りを覚えていただろう。
 クルーゼの事があるにせよ、ムウがカナードに向けたものは安い同情の類であるのは確かだろう。

 

「キラ・ヤマトから聞いていないのか、それとも奴自身も知らないのか? お前達が潜伏していたコロニー・メンデルで研究されていたスーパーコーディネイター、その失敗作がおれであり、成功体こそがキラ・ヤマトだ」
「……そのスーパーコーディネイターとはなんだね?」

 

 元々キラの、コーディネイターとしても異様な一部の能力に疑問を抱いていたバルトフェルドが、それまでとは打って変わって重い口調でカナードに問う。

 

「コーディネイターは遺伝子操作か、あるいはコーディネイター同士の婚姻によって生まれる。だが、遺伝子操作は今もなお完全な技術ではない。
親の希望した能力を満たさぬ者、瞳や髪、肌の色が異なって産まれてくる者、いずれも母体と言う不安定な要因により操作した通りには生まれてこない事がある。
 それでも子は子だ。普通なら親として愛するだろう。だが……」

 

 カナード自身親と言う存在には縁がない。何しろ彼もまた人工子宮で育まれた命なのだから。
 故に、親として愛するなどと口にしても、何の感慨も浮かばぬ絵空事との様にしか感じる事は出来なかった。
 そして『だが』、という言葉に続く人間の醜さに容易く思い至ったラクス達は、暗い色をその表情に乗せていた。

 

「高い金を払って折角作った優秀な子だ。思い通りに生まれてきてくれなくては困る。そう言う連中もいた。そいつらの要望に応える為に考えついた結論が、母体などではない完璧に管理された人工の子宮と、そこから生まれてくる遺伝子操作を完璧に反映したコーディネイター。それがスーパーコーディネイターだ」
「では、貴方が失敗作と言うのは?」
「おれはおれを生んだ連中の要求を満たす能力を持っていなかった。それだけの事だ。コーディネイターとして最高の能力を持っているからスーパーコーディネイターと言うわけではないが、キラ・ヤマトの戦果を見る限り、奴はMSパイロットとしては破格の能力を持っているようだな」
「キラくんが、普通のコーディネイターとは違う存在だと言うのね。彼はこの事を知っているのかしら?」
「知っている。何しろ、メンデルでクルーゼの野郎が丁寧に嫌味ったらしく教えてくれたからな」

 

 キラの素性よりもキラ自身がそれを知っているのか、知ったら傷つくだろうか、そんな風に心配するマリューに答えを教えたのはムウであった。
 隣の女性の優しさを温かい気持ちで見守りながら、既にキラは自身の素性を知り、その衝撃を乗り越えている事もまた口にした。

 

「やれやれ、メンデルでザフトやDC、連合とドンパチやっている時にそんな話をしていたとはねえ。まあ、キラの高い能力の説明もそれで着くと言う事かねえ? 
遺伝子操作を完璧に反映すると言うなら、キラはかなりグレードの高いコーディネイトを施されたんだろう。これも一応親心と言うのかね? メンデルの連中の」

 

 未だに体力はモヤシだがね、とオチを付けてバルトフェルドはカナードの話に対する感想を告げる。
 ある種コーディネイターの完成形とも言えるキラの素性を、この男なりに受け止めているのだろう。
 自分達が頼りにし、戦争に巻き込んだ少年がコーディネイターの理想形であると知ったマリューは、複雑そうに、それでもやや悲しげに表情を歪めていた。
 キラ同様にマリューも戦争に向いた人物ではない。優しすぎる、あるいは割り切ると言う事が苦手なのだ。

 

「ふん、あいつらにそんなものがあるかどうかはどうでも良い事だ。もっともキラ・ヤマトの親がスーパーコーディネイター製造の第一人者だったからな。親心もあったかも知れんがな。無駄話はこれ位で良いだろう。キラ・ヤマトを呼び出せ」
「そうしなければ、貴方は前に進めないのですね」

 

 自分の事のように、いや自分の事ではないからこそ悲しげにラクスは呟いた。
 それがカナードの感情を逆撫でると分ってはいたが、彼女もまた自分の弱さと同じものをカナードの声の中に見出していたのだ。
 こうして、各勢力から集った勇士達のリーダーの一人として認められ、人の前では凛とした態度と気丈なふるまい、そして全てを包み込むような笑顔を絶やさぬラクスだが、所詮十六歳の少女に過ぎない事を、誰よりもラクス自身が理解していた。
 あらゆる重責を背負うには、あまりに若く、ラクスの心に蓄積する疲れと重圧はとても重いものだった。
 その弱音を吐けるのも、ウォーダン・ユミルただ一人だった。
 時折、ただのアイドルでいられた、いやそれ以前の一人の少女でいられた頃がひどく懐かしく思い出していた。
 ラクスの方針は基本的にナチュラルとコーディネイターの緩やかな融和と理解、そして共存である。
 コーディネイターがコーディネイターである事を隠す事無く、またナチュラルがナチュラルである事に劣等感を抱かず、共に手を取り合える世界を目指す事。
 が、同時にそれが少なくとも数年単位では実現不可能――極めて困難なものであると認識している。
 特に開戦以来互いに対する憎悪が頂点を極めている現状を考えれば、最悪互いを滅ぼし尽くす事を前提とした殲滅戦の勃発もあり得る。
 事実、虚空に浮かぶ百二十基のプラントを破壊し尽くす核を連合は手にし、地球の生命を滅ぼし尽くす事も可能な破壊の光をザフトは手に入れている。
 それを手にした人類の理性を上回り最悪のシナリオを選ぶ兼ねぬほどの感情が、今の地球圏には渦巻いている。

 そんな中(地球連合が核の力を取り戻す前だが)、ラクスが取った手段は俗に言うクライン派を一掃し、ザラ派でプラント首脳部を固め一枚岩にして連合との決戦に備えさえるというものだ。
 軍官両方でクライン派とザラ派に割れたプラントでは地球連合に抗しえないという判断を下し、また同時に父シーゲルが最高評議会議長の席を退いた時、その席に座る事は間違いないパトリック・ザラが、まともな戦争指導をするだけの理性を残している事を看破した上で行動に出た。
 まずはわざわざ監視カメラに姿を残し、同志達の脱出ルートを確保した上でキラにフリーダムを奪わせた。
 無論父シーゲルは監禁され、クライン派であった評議会のメンバーや軍人達にも懐疑の目は向けられたが、むざむざプラントとザフトの力を削ぐ真似をパトリックはせず、戦時を建前に厳罰を下さずにラクスの行動以前とさして変わらぬ状況を維持している。
 狂信的なクライン派――というよりはラクス自身にも理解できぬほどラクスを信奉していた面々は、エターナル強奪時にラクスと行動を共にしていたし、プラントに残ったメンバーもシーゲルの呼びかけで大胆な行動に移るような事も無い。
 シーゲルが積極的に最高評議会議長に就任したパトリックを補佐している姿は、プラントの民衆とザフトの兵士達双方に連帯感を与え、派閥の垣根を超えてプラント防衛に命を掛ける思いを抱かせている。
 また、フリーダムや専用の運用艦エターナル、最新鋭機であるゲイツ他ナスカ級などを失った分も、ラクスがマルキオやジャンク屋ギルドから入手した情報を元にラクスらが連合側へ攻撃を仕掛け正規軍では取りえぬ行動でもって埋めている。
 他にもラピエサージュやスレードゲルミル、ゲシュペンスト・タイプS、マガルガ、エムリオンなどから得られた核融合炉やテスラ・ドライブを始めとした各種のデータを密かにプラントに送っている。
 ザフトの命令系統に属さず、独自かつ即座に行動に移れる大規模な独立部隊、あるいは義勇軍めいた性格を持つに至っていた。
 ラクスの行動方針が最終的にはナチュラル・コーディネイタ―双方の未来を見据えたものであっても、基本的にはプラント寄りである事はキラやマリュー、カガリ達も承知の上だ。
 平和主義の中には、戦争を行っている国の片方に肩入れして早期に戦争に決着が着くようにするものも含まれるが、ラクスの行動はプラントに肩入れする事で今の戦争を早期に終わらせる事を狙っている。
 地球で勃発した南アメリカ共和国の独立運動と、北アフリカ共同体が南アフリカ統一機構及び地球連合軍に仕掛けた統合戦争の影響もあり、連合は宇宙での早期決着を狙っている。
 このタイミングで宇宙にある地球連合の戦力が一挙に失われれば、連合とザフトとの間で休戦か終戦にまで持ち込むことは可能だとラクスは予想していた。
 パトリック・ザラもザフトの継戦能力の限界と言うものをきちんと見据えているなら、戦争の落とし所を模索しているはず。
 パトリックの傍らに居るシーゲルもそれは承知しているはずだから、強硬派と和平派のトップが揃って休戦なり停戦なりを提案すれば、最高評議会もその意見に落ち着く筈だ。そうなれば今の戦争もひとまずの決着を迎える事が出来るはず。
 未来の目標に向けて、まずは目先の戦争を終わらせねばなるまい。もっとも火種をさんざんに抱えた状態での結末となるであろうから、平和な時はあまり長くはあるまい。 戦争を終わらせる事は難しい。だが、平和を維持する事はさらに難しい。ましてやこんな時代では。
 ともかく、どんな形にせよ戦争が終わったら、ラクスは自らプラントに出頭して法の裁きを受け、自分に着いて来てくれた兵達の温情を嘆願するつもりでいる。
 自分自身は国家反逆罪で投獄されるか処刑されるのは間違いないだろう。
 だが自分に着いてきてくれてきた兵達の処分に関しては、可能な限り温情を得る為にも戦争の早期決着に貢献する様な実績を残さなければなるまい。
 今の所地道にプラントへの輸送船団を襲う連合の艦隊への襲撃や、中継ステーション、補給基地の壊滅などに終始し、派手な戦果と言うものが無い。
 そう意味では、ラクスにも焦りがあった。兵達の罪を不問に処すとまではいかないが軍籍の剥奪か投獄で済む様にはしたい。
 それ以外にも悩みの種はあった。ディバイン・クルセイダーズである。
 今はザフトと共に軍靴を並べてはいるものの、連合との開戦当時に放送されたビアン・ゾルダークの宣言を鑑みるに、彼らはいずれザフトにも牙を剥く存在だろう。
 数々のオーバーテクノロジーを持ち、連合とザフトとの三勢力の中で最も貧弱な国力でありながら、メンデルでの戦いとオーブ解放作戦の折に全世界に示された彼らの保有する戦力の凄まじさは記憶に焼き付いて離れない。
 手元にある核融合炉搭載のエムリオンやラピエサージュ、ゲシュペンスト・タイプS(どちらも旧オーブ時代にビアン主導で開発された試作機であると説明されている)の解析データから、現行のMSを圧倒的に凌駕する性能の報告は受けている。
 果たして連合とザフトの戦争が終わった時、DCはどのような行動に出るのか。
 ビアン・ゾルダークの読み切れぬ真意が、ラクスに黒い不安を与えていた。
 また、ラクスは知らなかったが、ある意味ラクスの取った手法は新西暦世界でビアンが痛みを強いてまで行った手段と似ていた。
 話を戻そう。ラクスは未来への展望の不安と恐怖と自分の判断に対する不信、迷いや何人もの人々に期待と信頼を寄せられる事の重圧に常に圧迫され、自分は皆が期待する様な人間ではないと叫びたいと何度も思ってきた。今も、だ。
 ラクスはそれを笑顔の下に隠し、凛然とした態度で糊塗してようやく前に進んできたのだ。
 内面に隠し持った自分自身の脆さが、キラとの決着をつけなければ前に進めないというカナードの思いに共感めいたものを覚えていた。

 

「おい、キラと会わせる気かよ?」
「あら、いけませんか?」

 

 ラクスの意図を読み取ったムウが慌てた声で制止するが、ラクスはそれこそ大輪の花が咲いたような笑顔で、あっけらかんと言い返した。
 華やいだ笑みだが向けられた相手に有無を言わさぬ迫力と威圧感を持っていた。
 その笑顔の前にムウは、あ、いや……と口を濁すばかりだった。もう、と隣のマリューがムウの肘を突いたが、どうみてもいちゃつく大人のカップルであった。

 

(ラクス・クラインといい、ずいぶんと変わった連中だ)

 

 カナードがそう思ったのも無理はなかった。そういうカナード自身変人の領域に片足を突っ込んでいる事を、自覚してはいなかったが。
 食堂でサイやフレイ、トールにミリアリアと食事を取りながらくだらない話に花を咲かせていたキラが呼び出しを受けたのは、それから間もなくのことだった。

 


 

 仲睦まじげにフレイを傍らに連れて、キラがシミュレータールームに顔を出す。
 メンデルで救出して以来、フレイとキラとの仲は急速に修復されていた。いわゆる雨降って地固まる、と言う奴だ。
 一度キラがMIAになり、自分の気持ちを見つめ直した事や、クルーゼに誘拐されてしばらく監禁生活を送った事が多少なりとも狭隘で、偏りを持っていたフレイの心境に変化を与えていたらしい。
 無論キラ自身の成長も大きい。アスランとの和解や、ウォーダン、カーウァイと言った頼りになる大人の存在が、ヘリオポリス崩壊以降常に自分が何とかしなければいけないという重圧に苛まれていたキラを解放し、精神的負担を減らしてもいた。
 一時、フレイとサイとキラとの三人で気まずい空気が流れる事もあったが、もともとキラとサイとが和解していた事もあって今では特に禍根の様なものも無い。
 まあ、もともと親同士が決めた婚約関係で、本人達同士での恋愛関係では無かったのも大きな理由だろう。
 アークエンジェルで地球に降下した時に、キラに対して憎悪の感情を抱いたのも、自分の婚約者を友人に取られた、という劣等感と嫉妬に苛まれた果ての事であった。
 それでもキラがアラスカでフリーダムと共に舞い降り、生きていた事が分かった時は友人が生きていた事に喜びを覚えた。
 サイもキラも、結局は心の優しい普通の少年なのだ。ただ彼らとフレイの置かれた状況が、彼らに友人同士である事を困難にし、複雑な関係を作らせる要因を与えてしまっただけで……。
 ウォーダンとムウ、それにラクスとバルトフェルドらが既に待っていたシミュレータールームで、キラは異様にぎらついた眼で自分を見つめてくる少年に気付いた。自分が呼び出されたのは、この人が理由だからだろうか。

 

「ラクス、ぼくに用って?」

 

 いつもの男を魅了してやまぬ白い肉と脂肪を乗せた足を大胆に晒したミニのワンピースに陣羽織という、他に誰も着る者はいないであろう組み合わせのラクスは穏やかな瞳で隣の少年――カナード・パルスに告げた。

 

「彼がキラです」
「こいつが、キラ・ヤマトか」

 

 それまでのカナードの口ぶりや抑えていた激情からは想像もつかぬ低く抑えられた声であった。
 深い大地の亀裂の底から風に乗って届いたみたいに、どこか不気味な響きを乗せて自分の名を呟く少年を、改めてキラは観察した。
 不意に、キラの後ろで足を止めたフレイがぽつりと呟いた。

 

「なんだか、少しだけキラに似てるかも」
「ぼくに?」

 

 ごく自然に疑問を口に乗せたフレイを一度振り返り、うん、と可愛らしく首を縦に振るフレイを、可愛いなあと思いつつカナードをもう一度失礼にならない程度に観察してみる。
 腰に届くほどに伸ばされた黒髪に、やたらと鋭い目線の黒瞳。黒い合成皮のへそ出しジャケットとパンツを身につけ、見事に割れたへそ辺りの腹筋はきっちりと割れていた、キラとは違って長い間厳しく鍛え上げた事が分かる。
 髪も瞳も服も黒で統一したその姿は、どことなく不吉なものを連想させた。

 

(言われてみれば似てない事も無い……のかな?)

 

 別にいちいち鏡で自分の顔を観察するナルシスト的な趣味は無いので、キラはカナードと自分の顔立ちにあまり共通点を見いだせない。
 まあ、フレイがそういうならそうなんだろうな、位にキラは考えた。

 

「おれはカナード・パルス。貴様に用があってきた。貴様は、自分がどういう存在か知っているのか?」
「どういう、意味?」

 

 ドクンと心臓が強く跳ね上がった。『自分がどういう存在か』。あの仮面の男の憎悪の入り混じった嘲笑が脳裏に蘇る。
 あの笑い声が、皺に覆われた顔が、冷たく復讐に燃える瞳が、キラの心を抉る。
 どれだけ自分が罪深い存在か。どれだけの犠牲の上に成り立つ存在か。そうして生み出されて置きながら、これまで自分が成して来た事は……。

 

「キラ」

 

 そっと優しいぬくもりが、キラの左手に絡みつき包み込んだ。心配そうな瞳でキラを見つめるフレイの右手だった。
 キラ自身は気付いていないが彼の顔はやや青ざめ、血の気が引いていた。
 フレイにはキラがどうしてここまで衝撃を受けているかは分からない。
 ただ。今にもキラが崩れ落ちてしまいそうで、胸が締め付けられた。苦しみキラは、傷つくキラは見たくない。
 それが、フレイ・アルスターの本心だった。
 そこにキラを戦場に駆り立てようと言う、自分の体を代償にまでした思いはもう無かった。
 優しく存在を確かめる様に自分の手を包むフレイの手のぬくもりに、不意にキラは泣きたくなった。
 なんて暖かいんだろう。なんて小さいんだろう。なんて愛おしいんだろう。
 言葉にしてしまえば意味を失い、そのまま消えてしまいそうな気がして、キラは涙ぐむのを必死にこらえてフレイに精一杯の笑顔で頷き返した。

 

「大丈夫だよ。ありがとう」

 

 フレイの手を小さく、それでも確かに握り返し、凛々しささえ帯びてキラはカナードを振り返った。
 バルトフェルドやムウなどは、そんな二人のやり取りを少し気恥ずかしく見守っていた。
 良くも悪くも少年少女は、互いをよりより意味で支え合う関係になりつつあったようだ。
 カナードは、特に反応する様子は表面的には無い。そこはあまり問題と見てはいないらしい。

 

「スーパーコーディネイター。どういう意味か分かるな」
「うん。ぼくもその事を教えられたのは最近の事だけど……」
「おれは……その失敗作だ」
「君、が……」
「そうだ。お前と言う存在を生み出す為に数多生み出され、廃棄されたスーパーコーディネイターの失敗作たちの内の一人がおれだ。ずっと、お前に会いたかったぞ、キラ・ヤマト。おれ達の兄弟の骸の果てに生み出された狂気の夢の産物」

 

 スーパーコーディネイターの失敗作。そして憎悪がしたたり落ちそうなほどに淀んだカナードの声に、ウォーダンが万が一に備えてわずかに重心を傾けた。
 万が一となれば、カナードが腰に下げた銃に手を伸ばすより早く、ウォーダンの腰の鉄鞘から白刃が唸りを上げるだろう。
 それを、たおやかなラクスの手が制した。
 記憶が無く人間ですらない自分を救ってくれた恩人であり、それ以上に守ってやりたいと願う少女の制止に、ウォーダンは既に突かに添えていた右手を元の位置に戻した。
 静けさを湛えながら、刃の鋭さと鉈の重さを併せ持った瞳がラクスに問う。

 

「良いのか」
「はい。多分、こうする事がキラにとってもカナードさんにとっても良い事なのだと思います」
「そうか。……おれもそう思う」
「まあ」

 

 思わぬ所からの賛同者に、ラクスは最近の彼女には珍しい無邪気な笑みを向けた。
 ぽやぽやとしてどこか掴み所の無かったラクスを思い起こさせる笑みであった。それもまたラクスの一面であったが、最近では滅多に見せる事の無くなった部分だ。
 ウォーダンにとってラクスが特別である様に、ラクスにとってもウォーダンは特別なのだ。
 そんなラクスの反応をどう思ったのか、ウォーダンはキラとカナードを見つめながら、擦れた声で呟いた。錆びた鉄扉が挙げる軋みの様な声であった。

 

「なぜか、カナードの気持ちが分かるのでな」

 

 “『おれ』という個をはっきりと自覚する為には”。カナードの言葉がウォーダンの耳にこびり付いて離れない。
 キラ・ヤマトという存在に至る為に生み出されたカナード。
 そのキラを超えなければ己を確立できないのだと言うカナード。

 

「おれも、奴を、ゼン……ゾンボル、トを倒さねばおれという、個を。いや、違う。奴に、おれは敗れ……。おれは、……ガーに、メイガスを、ソフィ……を」
「ウォーダン、どうかなさったのですか?」

 

 唐突に、とぎれとぎれに何かを呟きだしたウォーダンを心配して、ラクスがウォーダンに歩み寄ってその顔を見上げた。
 常に何かに耐えている武人の様な顔には、苦悶の色が浮かんでいた。
 脳裏に走る自分と同じ顔と、ひどく胸を焦がす女性の顔が交互に浮かび上がりウォーダンの意識を千々に斬り裂いていた。
 オウカ同様に失った記憶が、ウォーダンの脳裏にリフレインしていた。
 ラクスがそっとその逞しい胸板に手を置いてもう一度、静かに彼の名を呼んだ。

 

「ウォーダン」

 

 大切な人の為に心に残していた言葉の様に、ラクスは優しくウォーダンの声を呼んだ。
 いつも自分を守ってくれて、支えてくれる無口で、不器用で、それでいて深い優しさを持った男を。
 ウォーダンはそんなラクスの声に打たれ、焦点のズレていた瞳に光を取り戻して、自分を見上げている青い瞳に気付いた。

 

「ラクス? いや、なんでも……ない」
「大丈夫ですか?」
「ああ」

 

 短く応えたウォーダンの声には鉄の響きが戻っていた。この声の主となら地獄の底の様な戦場でも大丈夫だと思える声であった。
 確かに、ウォーダンの顔からは苦悶の色は抜け切り、普段の今は絶滅したと思われる古めかしい武人の雰囲気が戻っていた。
 まだかすかな不安を残しつつも、ラクスはウォーダンの顔をもう一度だけ見つめてからそっと手を離した。
 自分は、この男に支えられていなかったら、ここまで来れただろうか? ふと、そんな思いがラクスの胸の中をよぎった。
 ウォーダンとラクスのやりとりなど露知らず、カナードとキラもまた緊迫した空気を滾らせたままだった。
 周りのムウやマリューも止める様子は見せない。
 実際こうしてキラと対面してみると、カナードもカナードでどうすればいいのか迷っていた。
 かつての自分なら容赦なくMS戦を挑み、どちらかの死のみを持って決着としただろうが、今のカナードの心はプレアとの出会いで変わっていた。
 カナードの心の中に憎しみの炎は確かに高々と燃え盛っていたが、それだけではなかった。自分という存在を自分で認め、新たな道を進む為にキラと会う。
 本当にそんな気持ちが強かったのだ。
 スーパーコーディネイターの失敗作だからといって成功体を憎むばかりが道ではない。
 それでは本当に心の底まで失敗作である事、成功体に対する思いだけで縛られてしまう。自分は、それだけで終わりたくないと、カナードは思うようになっていた。

 

「ふん、ここで睨みあっていても始まらん。単刀直入に言う。キラ・ヤマト、おれと闘え。失敗作のおれと成功体であるお前との違いを、おれは知りたい」
「どうしても、戦うの?」
「ああ、そうしなければおれは今までの自分にけじめをつける事が出来ん。おれがカナード・パルスと言う人間である為にも、スーパーコーディネイターの失敗作と言う烙印を自分自身ではがす為にも、な」
「分かったよ。何で戦うんだい?」
「実機で、と言いたい所だが、何の為のシミュレータールームだと思っている? 条件は五分でやるぞ」
「うん」

 

 そっと握っていたフレイの手を離し、キラはカナードに続いてシミュレーターへと向かって歩き始めた。
 好戦的な笑みを浮かべるカナードに、負の感情の少なさを見て取ったキラは、少しだけ安堵した息を吐いていた。

 

「キラ、なんて言えばいいか分からないけど……頑張ってね」
「ありがとう、フレイ。頑張るよ」

 

 掛ける言葉を見つけられず、組んだ指を口元に持ってきたフレイが、揺れる瞳を上目遣いにしてキラに精一杯の声援を送る。
 それを聞いたキラが浮かべたのは、どこまでも優しい、キラ・ヤマトだからこその笑顔だった。
 シミュレーターに乗り込んだ二人は同じストライクダガーを選び、戦場はコロニー内部の低重力状態だ。
 ストライクダガーは、地球連合構成国のユーラシア連邦に所属していたカナードはもちろん、鹵獲機で訓練していたキラも扱いには慣れている。
 装備はグレネード付きのビームライフルとイーゲルシュテルンにビームサーベルと、スタンダードなものだ。
 ラクスやフレイ、メリオルを観客にして二人が乗り込んだシミュレーターのモニターに仮想の風景が映し出される。
 黄塵吹き荒ぶコロニーの中だ。ぐるりと天地を人造の大地が覆い尽くしている。
 障害物は無く、彼方に研究施設らしき建造物が見え、時折モニターを風に乗った砂嵐が覆う。

 

(メンデル? カナードが選んだのかな)

 

 そんな疑問を抱いていると、カナードが通信を繋いできた。極めて事務的な口調である。

 

『カウントが0になったら戦闘開始だ』
「うん。分った」

 

 そういう間にも二人の正面モニターにでは5……4……とカウントが進んで行く。
 3……2……1

 

『行くぞ、キラ・ヤマト!!』
「!」

 

 両者のストライクダガーは互いを真正面に置き、距離は五百メートル。
 まったく同時のタイミングで二機は右手に持ったビームライフルの照準を向けあう。
 速い。並のパイロットならば、機体にライフルを握らせた時には既に撃ち抜かれている。

 

「こいつ!」
「……」

 

 ベテランパイロットでも気付かぬほどの速さの違いを、カナードとキラだけは理解していた。
 わずかに、ほんの数百分の一秒の差ではあるが、キラの方が機体の操作が早かった。
 本来ストライクダガーはキラとカナードのパイロットとしての能力を完全に反映しうる機体ではないが、そこはシミュレーター。機体の反応速度と関節などを始めとした箇所だけはキラとカナードの、超人レベルの能力に耐えられるように調整されている。
 なお、OSは基本的にDC製のTC-OSが使われるのだが、これはここのパイロットのデータを蓄積して最も適したパターンを選択するという特性上、今回の決闘には相応しくないとされて、極端にパイロットに依存するザフト製のモノに変えられている。
 これもカナードはアルテミス所属時にテストとして何度も使用した経験があるのでどちらかに不公平と言うものではない。
 キラは左サイドステップ一つで回避し、カナードはアンチビームコーティング済みのシールドを斜めに掲げてライフルの一発を受け、そのまま正面に向けて加速する。
 ハイペリオンという防御に特化した機体を愛機としてきた分、カナードは防御と言うもの熟知していた。
 なまなかなパイロットでは、ギナとギナシオンに敗れたハイペリオン三号機のパイロットの様に、アルミューレ・リュミエールという絶対的な防御に頼りきり、防御をおろそかにしてしまう。
 だがカナードはバッテリーを大量に消費するアルミューレ・リュミエールの特性を考慮し、左手に三角形のシールド型にのみ発生させて電力消費を抑える戦い方を行っていた。
 その為、ハイペリオンとストライクダガーではシールドの強度や特性は随分と違うにせよ、防御技能に優れている。

 

「反応の速さでは貴様が上かも知れんがなぁ、それだけで勝敗はつかん!」

 

 サイドステップを続けるキラのストライクダガーに向け、単調なライフルの連射を見舞う。
 左へ左へとかわし続けるキラは、あえて単調な攻撃で回避パターンを安易な物にさせようと言うカナードの意図を読み取っていた。
 五射目のライフルをこれまでと同じように左ステップで回避した時、キラはストライクダガーの足場が大きく窪んでいた事に気付いた。
 ここに誘い込む事が目的か?
 普通ならそのまま足を取られる所を、キラは直前でスラスターを吹かして上昇と同時に反撃にライフルを放つ。
 絶えず移動しながらライフルを撃ち続けていたカナードが、一瞬前までいた空間をビームは薙ぎ、返礼にカナードはグレネードを放つ。
 空に飛びあがったキラに向かい、時速数百キロメートルで飛来する弾頭をイーゲルシュテルンで撃ち落とし、グレネードに対応した時間の隙を突いて放たれたビームのABCシールドで受け止める。

 

 反応が良すぎる為に、回避ではなく迎撃を選択すると読んだカナードの連続攻撃であったが、キラもそれを読み切り、見事凌いでみせた。
 本来の歴史を辿ったキラ・ヤマトであるならば、『SEED』の有無を除けば後天的な努力により高い能力をえたカナードはキラの戦歴の中でも三指に入るだろう強敵だ。だが、終焉を乗り越えた世界の記憶が魂に息づく今のキラにとっては、そこまでの強敵ではない。
 無論、油断など出来る相手ではないが。だが、純粋な能力で劣るカナードがキラに勝りうるものがあった。
 メンタル面における戦意の違い。もはや怨念にまでなろうかという執念である。
 プレアとの出会いと戦いによって変化したとはいえ、カナードの人生の根底を支えていた執念は、ついにキラ・ヤマトと対峙したという今の状況に、実力以上の力をカナードに与えていた。
 例えそれが、互いの命を奪いあう実戦では無くシミュレーターの中の戦いであってもだ。

 

「ちっ」
「カナードは、強いっ!」

 

 防御に優れながらも烈火のごとく激しい攻撃性を備え、精神的な安定に問題を抱えるカナードは、そのまま直線的にキラのストライクダガーに向かい自機を加速させる。

 

「はん、女といちいちお手手繋ぐ様なませガキにしてはやるじゃないか、キラ・ヤマト!」
「っ、フレイの事か!? 君だって、あの眼鏡の女の人とどういう関係なのさ」

 

 キラのストライクダガーが撃ってきたビームをシールドで二度三度と受け流し、互いにミリ単位の操縦桿操作とフットペダルの操作で機体を動かしている。並でない一流クラスのテクニックが、骨の髄まで沁み込んだ二人だ。

 

「メリオルか。メリオルがどうかしたか!! あいつが好みか? ええ!」
「くっ、随分君の事心配そうに見てたじゃない。君こそどう思っているのさ!!」
「はっ、そんな感情、生まれてこのかた誰に対しても抱いた事も無い。今は、お前を倒す事がおれにとって何よりも重要なんだからなあ!」
「こんの、根暗男! そんなんじゃあ、あの人に捨てられるよ!!」
「貴様こそ、女の前で格好をつけたいのだろうが、ここでおれに負けたらさぞ無様だろうな! ベッドの中で慰めてもらうのか?」
「品性を疑うね! その言葉は!」

 

 あながち嘘ではない所が問題だろう。なお、メンデルでの救出以来、キラとフレイとの間にそういう類の交渉は無い。
 一度心の整理が着いた為に、かつての行為がひどく気恥ずかしいモノに思えているからだ。何気にフレイも頬を赤らめていた。

 

「ははは、図星か! このエロスーパーコーディネイターが!!」
「そういう言い方は、良くないって言ってるだろ!」

 

 カナードのストライクダガーの懐に一気に入り込んだキラは、カナード機のビームライフルをシールドでアッパー気味にすくい上げて銃身を『へ』の字に折り曲げる。
 グレネードは単発だから爆発の心配はない。
 そのままコックピットのライフルの銃口を押し当て、引き金を引く――寸前でカナード機の左手のシールドがキラ機の右側面を思い切り叩いて機体を吹き飛ばす。
 吹き飛ばされ、再現された衝撃にシートの上で揺らされながら、キラの瞳はカナード機を捉えて離さずにいた。
 銃口から迸った緑の光は、カナードが投擲したABCシールドにあたり霧散する。
 カナードはそのままシールドの影に隠れて機体を加速させ、その途中で投げたシールドを掴み取り、一気にキラの機体に飛びかかった。
 抜き放ったビームサーベルが光の弧を描き、咄嗟に手放したキラ機のライフルを真っ二つにする。返す刃が飛燕の如くキラを追うも、これはキラのかざしたシールドが受けた。

 

「女だけじゃなくMSの扱いも上手いな、キラ・ヤマト!」
「いちいちいちいち、君は黙って戦えないの! それとフルネームで呼ぶな、鬱陶しいじゃないか!」

 

 高レベルなMS戦闘が目の前で繰り広げられているのに、なんとも言えないダメな雰囲気がシミュレータールームに蔓延していた。
 あらあら、とラクスは心底楽しそうに二人の遣り取りを聞き、メリオルはカナードの発言にピシッと音を立てて固まっている。
 ウォーダンは、二人の言い合いに、あれだけの動きをしながら余裕があるのだな、と妙な所で感心していた。この男もどこかずれている。

 

「なんだか」
「うん?」
「子供のケンカみたいね」

 

 マリューの呟きを聞いたムウがシミュレータールームに映し出される二人のストライクダガーの激戦と、それぞれのシミュレーターでムキになって言い合う二人の顔が映し出されている。それを見つめて、

 

「全くだ」

 

 とムウは溜息をつきながら言った。