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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第56話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:17:04

ビアンSEED 第五十六話 三重狂演奏

 

 ノバラノソノへ迎え入れられたカナード・パルスとキラ・ヤマトの私闘は続いていた。
 互いにおなじ機体に乗り、シミュレーターではあるが五分の条件下、『人類の夢』と言う名の狂気によって生み出され、宿業を追わせられた二人の少年達は、互いの全てを賭けて激突……

 

「いい加減に落ちろ! 生白いモヤシが!!」
「なにを! このロンゲオカマモドキ根暗男の癖にい!!」
「女の様な針金体系の癖に無駄に体力はあるな。はっ、だがそろそろ息切れか、キラ・ヤマト!!」
「君みたいに無駄口を叩いて余計な体力使うほど馬鹿じゃないだけだ!」

 

 ……していたのである。
グレネード付きの57ミリビームライフルとビームサーベル、頭部の75ミリ対空防御システムイーゲルシュテルンと、スタンダードな装備のストライクダガーが、現代に蘇った神話に謳われる巨人の決闘を、鋼の肉体で再現していた。
 既にライフルは潰し合い、サーベルやシールドさえも打ち捨てて繊細な電子機器や部品を詰め込んだ機体の四肢そのもので戦っている。
実戦でこのような真似をすれば一撃で右拳、下手をすれば肩関節や肩のジョイント部分やフレームに支障をきたしかねない。
 振り上げられたキラ機の右拳を、カナード機はクロスカウンターの要領で左拳をその内側に沿うように放ち、キラ機の右頬を掠める。
 あらゆる状況を正確に反映するシミュレーターが、カウンターのダメージをキラ機のストライクダガー右側頭部の装甲を薄皮の如く剥離させて表現した。

 

「貴様、おれより一言多いぞ!! 人畜無害そうな顔をしておいて中身は鬼畜か!」
「いくらなんでも鬼畜は言いすぎだ! ぼくが鬼畜なら君は猪突猛進しか知らない直情バカのバカのバカだ!」
「はっ、盛ったガキが、口を開くよりも腰を振っていろ!」
「だから、君はそう言う下品な所を言うなって言っているだろ!?」
「事実だろうがっ、エロスーパーコーディネイター! いや、スーパーエロコーディネイターか? はははは!!」
「こんの、陰険根性ツイスト捩れ男!」

 

 うん、まあ、その、全力なのは事実だ。MSの操縦と言い合いの両方だけれども。
 旋風の如く身を捻ったカナード機の右足が、鋼の強さと鞭のしなやかさを備えた回し蹴りとなり、咄嗟に頭をカバーしたキラ機の右の二の腕をひしゃげさせる。
 無防備に空中に浮いた瞬間、カナードはスラスターを吹かして二撃目を放つべく機体の姿勢を整える。
 だが、

 

「ちい」
「隙が大きすぎだ!」

 

 それは、『今の』キラを相手には愚行と言う他なかった。キラの魂に宿った幾十、幾百の戦闘経験が、思考さえ追い越して肉体を動かしていた。
 カナード機の懐に飛び込み、ほぼ零距離から左掌握をコックピットに添える。中国武術に言う寸打、あるいはワン・インチ・パンチ――ではなかった。
 いかにシミュレーターならではの高性能を与えられたストライクダガーといえど、そこまで人間同様の動きは出来ない。
 代わりにキラが行ったのは、ストライクダガーの左掌にエネルギー供給用のコネクターから、本来ならビームサーベルやライフルに供給するエネルギーを送り先の無い状態で流出させる事だった。
 ロウ・ギュールが発見したアストレイレッド・フレームのテスト中に偶然発見した球状エネルギーの形成。
 ロウはかつてこれでロンド・ギナ・サハクの駆るゴールドフレームを退けた事がある。
 キラはロウとギナの顛末は知らないが、ビームライフルを装備する機体はコネクターを備え、フリーダム以外のゲイツやストライクダガー、105ダガーなどをチェックした際に同様の事が出来ると発見していた。
 手持ち武器が無い時、それも機体のエネルギーを大量に消費する為、切り札として今まで取っておいた――使うような状況にならなかった――攻撃であった。
 当たれば敵を倒さずにはおかぬ必殺。キラはコックピットに叩きつけた一瞬後の勝利を確信していた。
 時が圧縮された様に、コックピットに迫る光球を見つめるカナードの脳裏にいくつもの思考が閃く。
 生まれ落ち、失敗作の烙印を押されて十数年。その時間のほとんどを本物のスーパーコーディネイターであるキラ・ヤマトを、いずれ倒す為に費やしてきた。
 べったりと心に貼り付いて離れない苦しみも、骨の髄から燃やされてゆくような痛みも、絶え間ない憎悪も何もかもが、カナード・パルスと言う存在の全てのベクトルを、本物のスーパーコーディネイター打倒に向けて邁進させてきた。
 そうして己の時間を捧げただけの価値はあっただろう。カナードは、キラ・ヤマトという名前しか知らぬ存在に勝つという自信を核心と言う巨木の幹の様に、確かなものへと変えていた。
 だが、現実にキラ・ヤマトを前にしてみればどうだ。
 ヘリオポリスの崩壊までMSどころか銃さえ握った事の無い、平和ボケした国の学生だったキラにこうして追い詰められ、実戦であったなら死は免れ得ない状況にまで追い込まれている。
 所詮、自分はスーパーコーディネイターの失敗作。本物に及ぶ事はないのか。
 カナードの脳裏の片隅から徐々に支配の領域を広げて行く諦め。それはある意味でカナードに取って救いでもあった。
 敗北と言う名の鍵で、スーパーコーディネイターと自身の心を縛る鎖を取り払う事が出来る。
 諦めと解放への欲求がカナードの意思の全てを飲み込むまで、時間はかからなかった。いや、かからないはずだったと言うべきだろう。
 澄んだ水を穢す汚水の様な諦観と安易な安らぎを求める自己を、カナードの中のある感情が猛烈に否定し、獣の如く諦観に牙を立て、安らぎに血を求める唸り声を立てて追い払う。
 心地良ささえ感じられる諦めがもたらす安らぎと、脱力に抗う己れの心。
 気付けばカナードの喉からは、刃の様に鋭い大山の頂で、晴れ渡った夜天の月に向かい吠える餓虎の叫びが迸っていた。

 

「舐ぁめぇるぅなああああ!!!」

 

 キラが抱いた勝利の確信を感じ取ったか、カナードの白い喉から迸ったのは怒りにも似た咆哮であった。
 脳裏にフラッシュバックするのは、幼い頃様々な測定器具を体につなげられ、スーパーコーディネイターとして与えられた能力を得ているかどうかを測る実験を強いられていた日々。
 カナードが生まれつき与えられた能力ならばこなせるはずの様々な身体的能力を測るテストや、知能テストの想定値を満たせぬ度に、周囲の人間どもが向けてくる失望と怒りと侮蔑。

 

――あいつらの瞳がいつもおれに告げる。冷たいガラス玉のような目が、折の中の実験動物を見るように。いや、事実奴らにとっておれはモルモット同然の存在だったのだ。

 

 何故この程度の事が出来ない? お前にはそれだけの力が与えられているのに?

 

――おれが望んで手に入れた力じゃない。貴様らが自分達の欲望の為に与えた力だろうがっ!!

 

 やはり失敗作だ。コレではとうていスーパーコーディネイターの完成品とは言えない。破棄するほかあるまい。
 なあに、今更失敗作の一つや二つ、本物のスーパーコーディネイターを作ればどれだけ失敗作が出来ても、チャラにできるさ。

 

――失敗作。それがおれがお前達に破棄される理由か。勝手に造り、勝手に与え、勝手に捨てる! おれを人間扱いさえしない! スーパーコーディネイター、それが全ての理由か!!

 

 スーパーコーディネイター、その成功体、完成体。いずれ生み出されるべく約束された至高のコーディネイター……そいつが、今、目の前に居る。

 

「キラ・ヤマトオオオオオオ!!!」

 

 おれはまだ生きている。生きている内は負けじゃない! キラには、カナードの怒りの咆哮がそう言っているようにも聞こえた。
 カナードの心の中で燻り、その存在を小さなものに変えようとしていた積年の怨念が地獄の業火にも勝る勢いで燃え上がった。
 現実に存在すれば全てを燃やしつくす烈火は、カナードの心を占めんとしていた諦めを瞬く間に灰に変え、カナードの全細胞に力と憎悪を満たす。
 叫び終えるよりも早くカナードは機体のバックパックのスラスターをわずかに吹かす事に成功し、キラ機の左腕がエネルギー球を作る寸前で露出したコネクターをその巨体が押し潰していた。
 飛び出す先を潰されたエネルギーが両機の間で白い雷の様に、ばちばちと音を立てて暴れるが、二人はそれに構う余裕を持っていなかった。
 正真正銘零距離になり、しかもお互いに後ろに下がるとか左右にずれると言う考えはないのか、ここで負けてなるものかと執念をぶつけ合うようにして互いの機体の額を押し付け合い、頭部のイーゲルシュテルンから75ミリの弾頭をばら撒いていた。

 

「貴様に、貴様にだけは負けられん。どれだけの屍の上に貴様が造られたと思っている! 貴様と言う存在の為に、おれが、おれ達がどれだけ造り出され、まるでゴミの様に捨てられ死んでいったか、貴様は知らんだろう!!」
「っ、それは」
「安い同情など要らん。犬にでも食わせろ。憐憫の情も要らん。口から吐き出してドブに捨てろ。貴様が負い目を感じると言うのなら、その所為で全力を発揮できんと言うのなら、このおれに負い目を力に変えろ。貴様の全ての力でおれの前に立ちはだかれ! 
おれ達の犠牲がどんなものを生み出したのか、その価値があったのかを示せ! おれが知りたいのは、貴様がどんな心を持っているか、どんな人間かではない! 貴様が、メンデルの兄弟共を踏み台にしただけの価値があるかだけだ!」
「……」

 

 キラが沈黙の中にある決意を固めた時、互いの機体のメインカメラがイーゲルシュテルンによって破壊され、サブカメラに切り替わる間暗黒の帳が落ちる。
 その闇に遮られた刹那の時でさえ、二人の闘争は停滞と言う言葉を忘れ果てていた。

 

「おれより弱いのならこの世界から消え果てろ、キラ・ヤマト!」
「カナード・パルス!!」

 

 咆哮は重なり反響し手を取り合って二重奏となる。
 これまでの自分を支えていた怨念を込めたカナードの咆哮。知らずに過ごせたならどんなに良かったかと、万人が思わずにはいられぬ重く暗い業に耐えるキラの叫び。
 シミュレーターである事さえ忘れ、実戦となんら変わらぬ気迫に満ちた世界が、二人の戦意の衝突点を境に生み出された。
 まるで入念に打ち合わせたかの様に二人は同時に機体を退かせた。わずかに一歩。
 二人共に仮初の肉体と化したストライクダガーの五指を揃え、手刀を形作る。拳が二度と使い物にならない代わりに、装甲の貫きその内部を破壊するただ一撃のみの手刀。叩き込み、抉りこみ、貫き、穿ち、それで決着だ。
 退いた一歩を、二人は倍の反応速度で前に出る事で帳消しにした。MSを開発した誰もが想定していなかったであろう超・超近接距離戦闘。
 死闘に終わりを告げる幕を支える綱を切るのは、果たしてどちらの一刀であるか。

 

「――――」

 

 言葉にならぬ獣の絶叫にも似た二人の叫びが、勝利の女神の祝福がどちらに与えられたのかを告げた。

 

「キラ」

 

 死闘の始まりからずっと見守っていたフレイが、小さく祈るようにキラの名前を呟いた。
 シミュレーターのモニターが黒に染まり、機能を停止する。息が荒い。心臓の鼓動が痛いほどに大きい。びっしりと首筋から額にまで浮いた玉の汗が、不愉快だった。
 顎先にから滴る汗を乱暴に手の甲で拭い、カナードはシミュレーターを降りた。戦いの始まりから見守っていたラクスやフレイ達は、一声もかけずカナードを見つめる。

それぞれの視線を引き千切り、カナードはキラのいるシミュレーターに足を向けた。

 MSのコックピットブロックを模したシミュレーターの上半分が開き、カナード以上に疲弊した様子のキラの姿が見えた。
 二人の死闘は数時間を数え、その一瞬一瞬、一秒たりとも神経の休まる事の無い緊張が強いられていた。
 実戦さながら、いやそれ以上に肉体を疲弊させたシミュレーションに流石のキラも根を上げかけていた。
 そうならなかったのは、カーウァイやウォーダンと言った超人連中のしごきに耐えた成果だろう。

 

「やはりモヤシだな」
「本当に、口が、悪いね、君は……」

 

 思い切り息を吐き出し吸い込みたいのを全力で堪え、カナードはとびきり憎たらしく見えるように笑みを作り、うなだれるキラを見下ろしながら言う。
 キラも、かろうじて首を動かし、これ以上ない嫌味ったらしい笑みを浮かべるカナードに途切れ途切れに言い返した。

 

「カナード、ぼくは」
「そこから先は何も言うな。……貴様とて望んでそう生まれてきたわけではないんだろう?」
「そりゃ、そうだけどさ。やっぱり、気になるじゃない? スーパーコーディネイターなんてものを作ろうとしたのは、ぼくの……本当の父さんに当たる人なんだからさ」
「ユーレン・ヒビキの事か。ふん、今更死んだ奴の事など恨もうが愚痴を言おうがどうしようもない。おれもメンデルの子供だのなんだの、言ったがこれといった知り合いがいたわけじゃない。貴様を動揺させられればと言う程度のものだ」
「そうは、いうけどね」

 

 心のどこかで、ずっとスーパーコーディネイターとして自分が生み出されるまでに犠牲になった命に対し、罪悪感を拭う事が出来なかったキラがその思いを吐露するように、小さく呟いた。
 面倒な奴だ、とカナードは眉を八の字に寄せた。こんなにもメソメソとする奴だったとは。戦闘(シミュレーターだが)の時とはまるで別人だ。

 

「……貴様がつまらん奴になり下がったら、いつでもおれが貴様を殺してやる。せいぜい、おれに殺されんように自分がつまらん奴ではないと証明してみせろ」

 

 差し出されたカナードの手をぼうっと見つめるキラ。
 ひょっとしてひょっとすると、カナードはカナードなりに自分を励ましているのだろうか? カナードがキラの命を狙わない内は、まだ生きていても良い価値が、キラにはあるのだと。
 だとしたら随分と曲解しなければ理解できない励まし方だ。キラは苦笑と共に差し出されたカナードの手を握ろうとし、その寸前でカナードの手がさっと引き戻された所為で立ち上がろうとしていた体のバランスを崩して、派手に前のめりになってこけた。
 カナードの行為に唖然としたのはキラばかりではなかった。ラクスが元から大粒の瞳を少し驚いて見開き、フレイはキラ、と心配そうな声を上げる。
 ウォーダンはむ、と小さく零したきり。

 

「ははっ、こんな子供だましに引っ掛かるとはどこか抜けているな。キラ・ヤマト! 行くぞ、メリオル」
「え、あ、待ってください。カナード」

 

 初めて見るカナードの子供じみた行為に、唖然としていたメリオルが慌ててカナードの背を追いかけ、その横顔を見て更に唖然とした。
 一方、カナードに肩透かしを食らわされて、床に前のめりに倒れ込んでしまったキラも、遠ざかるカナードの背を見つめ、その表情を変えていた。
 失敗と成功とに分かたれたメンデルの子らが浮かべていたのは、共にどこか晴れ晴れとした、当たり前の笑顔だった。
 十数年の月日が刻み、築き上げた怨念が一日でどうにかなるわけではない。
 だが、それがゆっくりと別のモノに変わりつつあるのだと、カナードの浮かべた微笑が、何よりも雄弁に物語っていた。

 

 

 ノバラノソノでの一件より時の短針をいくらか巻き戻そう。
 カナード・パルスとユーラシア連邦所属の特務部隊Xがノバラノソノへ向かい入れられる数日前の、サイレント・ウルブズとクライ・ウルブズの希望の種達が出会った時にまで時は遡る。
 ディバイン・クルセイダーズの象徴的戦艦スペースノア級二隻がアメノミハシラのドックで、仲良く帆を並べていた時の事。
 クライ・ウルブズ所属のシン・アスカを始めとした幼年組がサイレント・ウルブズ母艦アカハガネの見学に赴き、思わぬ再会や見知らぬ機動兵器の姿を見ていた時。
 より細かくいうならばヴィガジ、アギーハ、シカログらと別れ、シン、ステラ、アウル、スティング、ユウ、カーラ、ゼオルートの七人の大所帯でサイバスターの付近で何か話し合っているらしいテューディとマサキに出会った場面である。
 地球圏脱出船に改造されたコロニーKCGに身を寄せていた時とは別人のように明るい表情のテューディに、妙なものを見たと言う視線を向けていたゼオルートは、赤髪の美女の横に立つ少年の姿に、内心で驚きの声を上げていた。
 少年、つまりマサキ・アンドーである。ゼオルートが生前養子として向い入れた地上からの招かれ人。ちょうど、今目の前にしているマサキと年格好は同じ位というよりもそっくりそのままだ。
 まさか、自分が死んだあとすぐにマサキも死んでしまい、こちら側の世界に呼び込まれたのか?
 一抹の不安が稲妻のように閃いたゼオルートの表情の変化に、テューディは気付いた。
 そういえばゼオルートにマサキやサイバスターの事、またヴォルクルスの存在に着いては連絡が言ってなかったのだろうか、と今更な疑問符を抱いた。
 アカハガネの格納庫で再会した大人二人の様子は知らず、シンはとりあえず自分と年が近いマサキに声をかける事にした。
 それにしても派手な色の頭と瞳だ。染色とカラーコンタクトだろう。
 そうでないなら、派手好きな両親にコーディネイトを受けたに違いあるまい、とシンは感想を抱いていた。
 それに、DCの軍服を着ていない。民間のジャンク屋か、雇われたばかりの技術屋だろうか?
 いやいやそういう類の人種にしては随分と子供のままの雰囲気を纏っている。
 ようするに、どういう素性の人間か分からないな、というのがシンのマサキに対する第一印象だった。

 

「こんにちは。おれ、シン・アスカ。クライ・ウルブズの隊員だ。あんたらサイレント・ウルブズの人達だろう? ちょっと見学させてもらってもいいかな?」
「ああ、別に良いだろう、テューディ?」

 

 とマサキは、一度シンの腰のベルトに差し込まれている木刀・阿修羅に目を向けてから、傍らのテューディに聞いた。
 マサキ自身、サイレント・ウルブズには自分より年上のものばかりだから、一つ二つくらいしか年が違わない様に見えるシンが、クライ・ウルブズの隊員だと告げて来た事にはいささか驚いていた。
 コーディネイターは能力の高さからナチュラルに比べて随分早く成人と見なされていると言うから、こいつらはみんなコーディネイターなんだろう、とぼんやり思う。

#br 
「そうだな。だが、無暗に機器に触れるなよ。ここにあるのはMSよりもデリケートな部分の多い機体ばかりだからな。特にサイバスターとザムジードは人を選ぶ。リカルドやマサキ以外の人間が下手にシートにでも座ったら機嫌を損ねかねないからな」

 

 まるで気難しい生き物を相手にするみたいな言い方だな、とシンは心で思う。
 まさか機体自体が意志を持ち搭乗者を自らの意思で選抜しているなど、まっとうな科学技術の世界の住人であるシンには思いも寄らない。
 ま、DCにはまっとうな、とは言い難い技術が集中しているのも事実なのだ。

 

「そういや自己紹介してなかったな。おれはマサキ・アンドーだ。このサイバスターの操者だ。で、こっちがテューディ。魔装機と魔装機神の開発者であっちにあるイスマイルのパイロットだぜ」
「じゃあ、サイレント・ウルブズの機体のほとんどはテューディさんが開発に関わったのか。所で、魔装機ってなんだ? スーパーロボットでもMSでもないのか」

 

 MS自体まだ存在が定義されてからほんの数年しか経っていない新しい兵器だ。
 さらにDCの発足によって新たに登場した特機――スーパーロボットと、人型機動兵器のカテゴリーは極めて狭い。
 また、同じDC組織内でも魔装機は比較的秘匿性の高い分類であり、前線での戦闘の多かったシンに耳に入らなかったのも無理はない。
 そのくせ、十機も無いDC製魔装機の内の一機『水』系のカーヴァイルが他国に供与されていたりするが。

 

「きれいだね」

 

 ステラが照明の灯りを白銀の煌めきに変えて反射しているサイバスターを見上げ、小さく笑った。
 初対面の相手に対して多少は警戒を抱くのが常だが、今は家族同然のメンツが周囲に居るからリラックスしている。

 

「そうだな。おれもサイバスターを初めて見た時は兵器だなんて思わなかったな」

 

 つられてサイバスターを見上げたマサキが、乗る事になるとも思わなかったと、誰にも聞こえない小さな声で呟く。
 多少は吹っ切れたが、時折あの時にサイバスターに乗らなかったらどうなっていただろう、と考える事はあった。
 どこか武骨なラインを残し兵器としての機能性を匂わすMSと違い、戦場で人の命を奪う兵器と言うには華美に過ぎ、煌びやかな装飾を施されたサイバスターは戦争の為に生み出された道具としてはふさわしからぬ『華』がある。
 デュラクシール・レイやイスマイルに比べても見た目の華麗さが目立つ機体だ。ステラの反応も当然の事かもしれない。

 

「マサキ、君がサイバスターの操者ということは他の魔装機神には誰が乗っているのですか?」

 

 何とマサキに声を掛けるか迷い、当たり障りの無い事を口にしたのはゼオルートであった。
 目の前のマサキが、彼の知るマサキかこちらの世界のマサキか分からなかった事も理由の一つだった。
 まあ、自分の顔に反応しない事からおそらくこの世界のマサキだろうとは予想はついたが。
 なお、この時アメノミハシラ内にあるバーカウンターで、ホステスを口説いていた元ミラージュ乗りが盛大なくしゃみをして、思い切り顔面に唾と霧状のマティーニを吹きつけられたホステスに怒りのビンタを食らっていた。
 大地の魔装機神操者の運命など知らぬゼオルートの予想を裏切らぬように、マサキはゼオルートに特に反応を見せず、代わりにテューディに顔を向けた。
 魔装機神を二機知ってはいるが、他にあるかどうか傍らの美女に聞いた事は無かったからだ。
 マサキの視線を受けて、テューディは面倒なとごちりながら目の前に居る七人の大人・子供の入り混じった集団に説明をはじめた。
 ジャメイムやイスマイルに目を向けていたユウやカーラ達も耳をこちらに傾ける。

 

「現在ある魔装機神はサイバスターとザムジードだけだ。他に二機計画はあるが、操者の問題もあるから、あまり優先されてはいない。資材も特殊なものが多いし、コストもかかる。量産型の設計位は一応任されているがな」

 

 との事である。今から新型機の開発を新規に計画しても、ロールアウトにまでこぎつけるのは無理がある。
 それに既存の主力MSも十分にザフト・連合の機体と渡り合える高性能機だ。既存機の数を増やす事を優先し、生産ラインや資材のほとんどはエムリオンやリオンの量産に費やされている。
 戦局が再び膠着状態に陥りでもしない限りはそうそう新型機がロールアウトする事もあるまい。
 ヒュッケバインやグルンガスト飛鳥、そしてビアン・ゾルダークの新たな乗機であるネオ・ヴァルシオン。どれひとつとっても敵対した者全てを恐怖に凍てつかせる機械仕掛けの悪魔達であった。
 これらの機体の力を持ってすれば百単位の数の不利を覆す事も可能とさえ言われている。
 サイレント・ウルブズに配備された機体もそれらに劣らぬ超絶の機神ではあったが、彼らの場合それに見合う異界の侵略者との交戦を念頭に置いている為、ザフト・連合との戦闘に参加するかどうかは難しい。
 彼らが追う相手である破壊神の使徒もまた世界を破壊しうる魔物である以上、放置する事は出来ない。
 しかもその存在自体が全ての生命に対する根絶を求めるほどの破壊欲求と、憎悪、悪意に満ちているときた。
 放置し続ければもはや手に負えぬ絶対の悪意と力を兼ね備えた破壊の具現そのものと成り果て、青き星と虚空に浮かぶ人造の大地全てを破壊し尽くし、やがては大宇宙に破滅をまき散らす存在となるであろう。
 ここでちら、とゼオルートがテューディに目配せした。異世界からの死人という境遇の二人で話したい事があるという意図を読み取り、テューディも小さく頷いて返す。

 

「マサキ、私はまだここで整備に残るからこいつらと一緒に食堂かレクルームにでも行ったらどうだ? お前と年の近い連中と会うのは久しぶりだろう。それにクライ・ウルブズは長い事宇宙にいたからな。お前の探し人を知っているかも知れんぞ」
「そうか。それもそうだな。よし、シン、この後空いてるか? おれはアメノミハシラに来るのは初めてだからよ、案内してくれねえかな?」
「いいよ。それ位の時間なら空いてると思うし。ユウキさんとカーラさんはどうします?」
「いや、すまないが、ラーズの調子と申請していた武装の確認をしないといけない時間だ。またの機会に取らせてもらおう」
「じゃあ、あたしはシン達に着いていこうかな」
「お前のグリーズも一緒にだろう」
「あれ? そうだっけ」
「お前がわざわざラーズと同じ時間にずらして来たんだろう」

 

 やれやれと溜息をつくユウに、カーラはそうだったっけ? と舌をチロリと出して誤魔化した。
 どこか悪戯を咎められた子供のような仕草は、根っから陽気なカーラにはとても良く似合っていた。
 ユウとなるべく一緒にいたい為にそのように申請したのだが、つい忘れていた。

 

「私もテューディと少し話がありますから、ここに残りますね」
「そういえばゼオルート先生はテューディさんと一緒に、KCGに居たんでしたっけ」
「ええ。少しお互いの近況の報告でもしようかと」

 

 いつもの柔らかな笑みを浮かべるゼオルートとテューディを残し、ユウとカーラと別れてシン達はアメノミハシラの中へと足を向けた。
 遠ざかるその背を見送り、ゼオルートとテューディは向き合った。

 

「テューディ、今のマサキは」
「安心しろ、というのも変かもしれんが、この世界のマサキだ。私達の知っているマサキが死んだと言うわけではない。第一、お前が死んだあともマサキが少なくとも私と出会うまでの二年は生きた事はフェイルからも私からも伝えた筈だ。あのマサキはお前が出会った頃のマサキと同じ位だろう? 年の違いに気付くべきだったな」
「少し慌ててしまったようですね。しかし殿下も意地が悪い。マサキの事を私に伏せておくなんて」
「お前の驚く顔が見たかったのだろう。それよりももっと驚くモノがあるぞ」

 

 テューディが格納庫の片隅に向けた視線を追い、ゼオルートは既に気付いていたその存在を、改めて見直した。
 全体的に優美な曲線を描くシルエットのサイバスターに対し、重厚な直線によって構成されるシルエットを描くのは

 

「グランゾン。クリストフですね」
「今はシュウ・シラカワで通しているがな。そういえば、お前の死因だったな」
「こうして息をしているのに、死因と言われるのもおかしなものですけどね」

 

 ゼオルートの笑みは苦い。こうして自分が死を決意し戦いを挑んだ相手を目の前にするのは、確かに愉快な感情を呼び起こしはしなかった。

 

「それで、彼はどうなのです? こうしてアカハガネに同行させていると言う事は、ある程度の信を置いているとは思いますが」
「本人の話では、地上でマサキに倒されるまでの奴はヴォルクルスに意識を支配されていたらしい。今は死んでから蘇った事が原因で本来の人格が戻っているらしいぞ。フェイルロードも昔のクリストフだ、と零していたな」
「そうだと良いのですが……」

 

 かつて対峙した時に感じた言葉にしつくせぬ禍々しさと邪悪な気配が、グランゾンに無い事を確かに感じながらも、ゼオルートの胸に小さいが薄まる事の無い黒色をした不安の塊が一つ生まれていた。

 

「それにしても、破壊神ヴォルクルスです、か。しかもルオゾールと一体化しているとか。こちらはこちらで途方も無い問題が出てきたものですね」
「そちらの担当は私達だ。グランゾンがこちら側に着いたのも私達の戦力を利用するつもりだからだろう。できれば、ビアンのネオ・ヴァルシオンもこちらに回して欲しい所だがな」

 

 ネオ・ヴァルシオン。ただ一度だけしか実戦に出てはいないビアン・ゾルダークが作り出した新たなヴァルシオンである。
 バルマー、ラ・ギアス、AI1に記憶されていたあらゆる技術、コズミック・イラ世界の技術を高いレベルで融合させた果てに産声を上げたDC最強の機動兵器の一つである。
 カタログスペックと実戦での戦闘記録で比較してみても、テューディは自身が乗るイスマイルやフェイルのデュラクシール・レイと同等以上の評価を下していた。
 少なくとも魔装機神、超魔装機クラスの戦闘能力は確実に有している。

 

「それほどルオゾールは強力ですか?」
「口惜しいが、それは認めざるをえまい。数でどうにかなる相手ではない。奴との戦いに置いてはどれだけ奴に迫る、あるいは超えうる質を揃えるかが勝敗を決するだろう。そちらも険しい道だがこちらも、負けず劣らずに峻険な山を登っていると言う事だ」
「なるほど。しかし、知れば知るほど、この世界は不思議ですね。私や陛下、それに別世界のマサキ達に、ヴォルクルス。それにビアン総帥を始めエペソ艦長といい、この世界に無い異分子が入り乱れているのは、普通あり得るのでしょうか?」
「さあ、な」

 

 有り得るわけはない。だがその答えが分からぬ以上、テューディはそう言うだけであった。
 ゼオルートの言う通り、テューディからしても異常としか言えぬ世界の有様であった。
 ラ・ギアスでかつてフェイルやカークス将軍が起こした、地上人の大量召喚事件との共通点の様なものも見受けられたが、それほどの事を意図的に成せる存在は、まず間違いなく人の範疇を超えているに違いないだろう。

 

「よもや、本物の神なぞ出てきたりはすまいが」

 

 確信を伴わぬテューディの声は、不安に震えるが如く虚しく散るだけだった。

 

「なにぃ!? オウカと闘っただあ!!」

 

 アメノミハシラの中にある食堂でこのような大声を上げたのはマサキであった。
 シン達と同じテーブルに腰掛け、地上と宇宙での話を互いにしてゆくにつれ、ステラがメンデルでオウカと交戦したと言う話にいたり、叫びを上げたのである。
 一方でマサキは、実際にオウカと戦場であったと言うステラの言葉に、頭を抱えて緑色の髪をぐしゃぐしゃと掻いていた。
 しかも聞けばシンはククルと一戦交えたと言うではないか。
 探すべき相手が二人一緒に行動しているのは探しやすくありがたいが、二人揃って戦場に居るとなると、命の危機に瀕する場面もあるだろうという心配が二倍になり、精神的にきわめてよろしくなかった。

 

「くそ、本当にプレアの言う通りになっちまった。しかし、どうりでステラやシン達の名前に聞き覚えがあると思ったぜ。オウカがお前達の名前を口にしてたんだ」
「どんな風に?」

 

 知れば戦場で出会った時戦いにくくなる、と自分が頭の中で主張しているのを知りながら、スティングがあえてマサキに聞いた。
 スティングやアウルからすれば、オウカは交流した時間の短い相手だったが、エクステンデッドという素性を知らないにしても気さくに自分達に接してくれて、好印象を抱くには十分な相手だった。
 ステラや自分を相手に姉めいた言動をするのも、スティングは嫌いではなかった。
 このメンバーでは自然に兄貴分的な役割を果たす事が多いスティングにとっては、新鮮な経験であった事も大きい。

 

「……いい子達だ、てな。戦争の所為で傷つく事がないと良い、って言ってたぜ。おれ達のいた孤児院は戦争の所為で親が死んじまった子供が多いからな。普段そいつらと接している分、お前達に同じ目にあって欲しくなかったんだろう」
「そうか」

 

 重く沈んだマサキの言葉に対するスティングの返事は短い。
 まるで鉛を飲んだ様に沈んだ声音は、自分達が戦場に出る事でマサキ達のいた孤児院の子供らと同じ境遇の子供を増やしている事を再認した所為もある。
 ステラやスティング、アウルには親がいない。いや、どうしているか分からないと言うべきか。
 今もどこかで生きているかもしれないし、あるいは既に死んでしまっているのかもしれない。
 ブルーコスモスの出資していた研究所で施された多種多様な強化手術や催眠暗示が、とっくの昔に過去の記憶をスティング達から奪い去っていた。
 だが、今は親代わりのビアンがいるし、口にはしないが友達だと思っているシンもいる。
 クライ・ウルブズの大人達も、なにくれとなくスティングらを気遣う者達が多いから、今の環境をスティングらは気に入っていた。
 ずっとこいつらと居られればいい。そんな風に思う事も、少なくは無かった。
 そう言う意味では、救いだすべき相手が敵になるかもしれないと言う境遇に陥ったマサキは、ある意味スティングらよりも不幸かもしれなかった。
 スティング達が重い沈黙を選んだ時、ヴィガジが焼いてくれたたこ焼きを、冬に備えて食いだめするリスみたいに柔らかな頬一杯に食べていたステラが、ソースと青のりが着いた口を開いた。
 春風とぬくもりに満ちた陽射しに揺れるたんぽぽみたいな、ぽやっとした雰囲気はなりを潜めて、ステラにしては極めて珍しく真面目な顔をしていた。
 しかし口元の鰹節や青のりがすべてを台無しにしている。手元には山と重ねられたたこ焼きのパックが置いてあった。屋台で焼いていた味を寸分違わず再現したヴィガジ印のたこ焼きである。
 焼いた当人は、携帯たこ焼き板を厨房で鼻歌交じりで丁寧に洗っていた。どうも本気でたこ焼きを焼くのが好きになっているらしい。
 良くも悪くもこの星の文化に染まっている。
 そんなヴィガジのご機嫌の良さは知らず、ステラは真面目な表情のまま話だした。

 

「だったらステラ達がマサキの手伝いをする。マサキがオウカお姉ちゃんを助けるっていうんなら、手伝う。ステラもアウルもスティングもシンも、オウカお姉ちゃんが好きだから」

 

 ステラの言葉は常にシンプルだ。思った事を思ったように口にする。
 時折理解するのに時間がかかる事もあるが、そもそも言葉を飾らず感情のままに口を出た言葉は、時に迷う周りの大人達の心を突く。
 この場合は全員が子供であったが。
 ステラの言葉にいの一番で同意したのは、ナイトガームリオンを手に入れて以来ご機嫌のピークを維持し続けていたアウルだった。
 ステラ同様に口元をたこ焼きの残骸で汚していた。
 座っていた椅子から勢いよく立ちあがり、周囲の目線を気にも留めず、腕を振り上げて、

 

「へ、そう言う事だって! オウカねーちゃんを助け出すのがお前の目的だってんなら手伝ってやるぜ! おれ達全員つえーからな。当てにしとけよ、マサキ!」

 

 とマサキを指さしながら宣言した。

 

「まあ、そう言う事だな。一応おれらにとっても顔見知りだしな。おれ達でできる事は何だってするさ」

 

 アウルの元気の良い声に、スティングも手に持ったドリンクを勢いよく飲みほしてから続けて言った。
 アウルもスティングも誰かを助けるという、研究所で教えられたいかに効率よく人を殺すかと言う事とは真逆の行為に、むず痒いような感覚を覚えていたが、それは決して不愉快なものではなかった。

 

「そうだな。ああ、おれ達で力になれるんなら手伝うよ。これから先戦闘も激しくなるから、マサキだけじゃ大変だろうしな」

 

 とシンもステラ達の言葉に頷いた。故郷を発ってから随分と会っていないマユと一緒に、オウカや孤児院の子供達と遊んだ記憶は、色あせる事無くシンの心に残っていた。
 そう言いながら、シンはポケットから出したハンカチで、ステラの口元を拭いてあげた。
 ステラはシンにされるがままにしている。ん、と小さく声を上げてシンの吹きやすいように首に力を固定してあまり動かないようにしていた。
 薄い桜色に染まった造りの小さな、柔らかい唇を汚していたこげ茶色のソースや濃緑の青のりは瞬く間にきれいに拭われた。

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「シン、ありがとう」

 

 固くなに蕾のままであろうとする花も思わず綻ぶ、にぱっという擬音でも付いていそうなステラの笑みに、シンは短く答えた。

 

「どういたしまして」

 

 ステラの面倒を見るのが当たり前になったシンであった。
 そんな二人を、こいつら付き合ってんのかな? とマサキは見つめていた。
 すでにこう言った光景に慣れたアウルやスティングと違い、同年代の色恋沙汰と言うものにちぃっぴり気を惹かれたらしい。
 自分の場合は倍ほど年が上の相手と言う事もあるだろう。
 サイバスターに乗りたての頃なら、お前達には関係ねえ、と言いかねないマサキであったが実際の戦場を知り、破壊神に支配された闇の魔装機神との戦いなどを経て、自分一人の無力と力を振う事の恐怖が、少なからずマサキを変えていた。
 たった一人の人間が出来る事の小ささ、そして強大な力を得た自分が小さな人間の肩には重すぎる荷を背負う事の重圧は、マサキ自身の弱さを受け入れるしなやかな強さを与えていた。

 

「悪いな。おれ一人じゃ出来る事はたかが知れてる、て最近思ってた所だからよ。お前らがそう言ってくれるのは正直、助かるぜ。その代わりってのもなんだけどよ、おれもお前達に出来る事があったらできる事はさせてもらうぜ。まあ、サイバスターで一緒に戦う事くらいだけどな」

 

 程よく肩の力が抜けたマサキが浮かべた優しい笑みは、憎しみに凝り固まった女の心を溶かす事が出来ると誰もが認めただろう。

 

 

 アメノミハシラのある一室に、ビアン、マイヤー、シュウ、エペソ、フェイルロードら異界からの訪問者が顔を突き合わせていた。
 ヴォルクルス並びにザフト・連合への対処を含めた話をしている所だ。
 ミナやロレンツォが不在なのは、アメノミハシラに結集させた戦力の再編などに追われている為だ。
 たった五人。しかしそれぞれの立場を考えれば人類の未来、あるいは地球の命運さえも左右しかねぬ五人であった。
 二つのディバイン・クルセイダーズ総帥ビアン・ゾルダーク。
 元コロニー統合軍総司令であり、現ディバイン・クルセイダーズ宇宙軍総司令マイヤー・V・ブランシュタイン。
 元ゼ・バルマリィ帝国士帥にしてディバイン・クルセイダーズ特殊任務部隊クライ・ウルブズ母艦タマハガネ艦長エペソ・ジュデッカ・ゴッツォ。
 第288代神聖ラングラン王国国王、そして今はディバイン・クルセイダーズ特殊任務部隊サイレント・ウルブズ司令フェイルロード=グラン=ビルセイア。
 元ヴォルクルス教徒であり、フェイルの従兄弟でもある『善意の協力者』シュウ・シラカワ。
 誰ひとりを取っても現在のコズミック・イラと呼ばれる地球圏に多大な影響を与える直接的な力か権力を持った五人である。
 本来ならこの世界の住人で無い彼らがこれほどの力を持ち、本来の住人達が築き上げた歴史を大きく動かすような行動は、非難されて然るべきものであろう。
 それを自覚した上でそれぞれがそれぞれの事情でもって行動し、今ここに至っていた。
 世界はほんの一握りの天才が動かしている。その言葉を証明するかのような五人の集いであった。

 

「さて、パナマ制圧戦とヴォルクルスに対する情報は以上の通りです。パナマに関しては特に私から述べる事はありませんが、ルオゾールの手駒はヴォルクルスの分身体、デモンゴーレム、死霊を用いたゾンビーMS。
さらに異世界の魔装機神を呪術的に支配た機体が新たに確認されました。たとえDCといえど通常戦力では勝機の見えない相手です」

 

 淡々と告げるシュウの言葉に動揺する者はいなかったが、歓迎する雰囲気でもなかった。
 いずれ自分達が戦う事になるであろう敵の強大さを語られて嬉しがるバトルマニアは、この場にはいない。
 傍目にはまったく動じた風の無いビアンが、元の世界では片腕として見ていたシュウの意見を求めた。
 一応、別の世界の住人同士ではあるのだが、話をしてみると全く同じ状況で行動を共にしていたらしいので、元の世界のシュウに対するのと変わらぬ態度である。

 

「サイバスターではないサイバスターか。幾重にも異世界の産物が入り混じるこの世界ならではだな。で、シュウ、お前はこれらを打倒するのに我らの力を利用すると言うわけか」
「ええ。無論、私にできる限りのお手伝いはさせていただきますよ。最も、私はビアン総帥ほどこの世界に干渉するつもりもありませんから、ザフトや連合との戦闘に直接手を貸すつもりはありません。ただ、ヒュッケバインのブラックホールエンジンやネオ・ヴァルシオンの調整のお手伝いなら、喜んでしましょう」
「どちらもリューネ以上にじゃじゃ馬なので、お前の知識と技術があれば大いに助かる。ヴォルクルスがこの世界に対して脅威となるのなら、やはり異世界の存在である我々がそれを防ぐ盾となり、また切り裂く刃となるべきであろうな」
「この世界で生きる事への代償というつもりか?」

 

 ビアンの傍らに座した美髯の威丈夫マイヤーだ。
 流石にオカルトとも思える破壊神云々の話に即座に理解を示す事は出来なかったが、確たる証拠を提示された今ではその危険性を理解している。
 状況に対する適応の速さは、コロニー統合軍きっての名将の頭脳が、非現実世界の出来事を受け入れる柔軟さを持っていることを証明していた。
 まあ、今は自分そのものが異世界への来訪と言う体験をしているし、なによりあの兄弟の父親だ。少しくらい常人とは頭のネジの締め方が違うだろう。

 

「そうかもしれん。だが、いずれにせよネオ・ヴァルシオンはヴォルクルスの様な手合いを想定して作り上げた機体だ。だがその目的を果たす機会に恵まれた事は、人類にとっては不幸な事であろうな」

 

 『ヴォルクルスの様な』。それはどういう意味であったか。
 大破状態から修復されたヴァルシオンだけでも、このCE世界純正の兵器では比肩しうる存在の無い、絶対的な存在だ。
 それをさらなる高みへと押し上げた超絶の機神がネオ・ヴァルシオン。
 人間同士の戦争に勝つ事が目的であるならば、あまりにも強大すぎる力は、一体何に対して振われるべくして与えられたのか? 
 太陽神の籠った岩戸の様に固く閉ざされたビアンの口に変わり、美貌の魔青年がどこか底知れぬ笑みと共に答えた。

 

「ビアン総帥の世界のご友人から聞かされたと言う異次元からの侵略者ですね。幾多の世界を破壊し、幾億幾兆幾京もの生命体と同化し膨張し、進化し続ける存在」
「そう、恐るべき破壊者にして侵略者、その名をダークブレイン。私がEOTI機関の所長を務めていた時分に、そのダークブレインと敵対していた人物を保護し、ダークブレインの情報を知ったキサブロー・アズマから教えられた存在だ。
 キサブロー自身、そのロアなる人物から全てを教えられたわけではないようだったが、ダークブレインの危険性はロアに次いで理解していただろう。そして私は来る異星からの侵略者に備えるべくDCを創設し、キサブローは異次元からの侵略者に備えるべくEOTI機関を離れた。私が基本設計したDGGシリーズ四号機のパーツと共にな。
 そのダークブレインとやらがいまだ健在なのか、それとも既にいずこかの世界で倒されたのかは我々に知る術はない。だが、キサブローがロアから聞いた話では次元をまたいで世界に破滅をもたらす存在はダークブレインのみではないと言う事だった。故に、私はヴァルシオンに更なる力を与えた。世界を異にする侵略者に対抗する為の剣としての力をな」
「余の存在した宇宙では聞かぬ名だな。だが、ムゲ・ゾルバトス帝国は異次元からの侵略者であった。そのキサブロー、いやロアなる者の言葉通り、いくつもの世界が互いに干渉しあい侵略と争いを繰り広げている事は否定できぬ。
そして、異次元あるいは異星から悪意を持って地球を訪れる者あらば、ナチュラルとコーディネイターなどと母星の中でくだらぬ争いをするこの星の住人に、勝ち目などはあるまいな」

 

自分自身が、数多の辺境銀河の文明を制圧してきた経験があるだけに、エペソの語る言葉にはその場にいる誰もが反論できぬ威圧感と説得力があった。

 

「地球圏の争いの中で、世界そのもの規模の話をしているとは、ザフトや連合の上層部は思いもしていないだろうな。もっとも私自身、スケールが大きすぎると言うか、どうにも実感が湧かないが」

 

 どこか苦笑いのような響きを含んでいたのはフェイルであった。
 ラ・ギアスという世界に、良くも悪くも価値観や思考が収まる自分と比べて全方向に無限に広がる満天の星空にまで飛躍するスケールに、どうにも馴染めないのが正直な所だった。
 ラ・ギアスと地上とで生まれた者との間にある、世界観に対する認識の違いの様なものを感じていたのだ。
 とはいえ、ビアンやマイヤーが地上人の中でもとりわけ変人――失礼、常人離れした人物である事は確かだ。
 フェイル自身柔軟な思考と明晰な頭脳の持ち主だ。本質的に力を信奉する軍仁的な面を持ってはいるが、いずれ今感じている違和感も、そう時を置かずして解消される事だろう。
 やや方向のずれた話を、シュウが直した。目下はヴォルクルスに対する対策が優先だ。

 

「さて、話を戻しましょうか。実物を確認していないので推測の話になって恐縮なのですが、おそらくルオゾールはアストラル・シフトを常時行っているでしょう。
これは幽星界と我々の存在する物質界とに同時に存在し、どちらか片方の属性しか持たぬ存在ではダメージを与える事が出来ない状態です。実質無敵に相当するものと思って頂いて構いません。
核ミサイルを何万発撃ち込もうが、ブラックホールクラスターを喰らわせようが傷の一つもつかないのです。以前のルオゾールでしたら大量に魔力を消耗し、いずれシフトを解かねばならなかったでしょうが、今のルオゾールに魔力切れを期待しても無意味です。本人の言葉を借りるなら、仮にも破壊神ですからね」
「それで、対策はどうするのだ? 策がないなどとは言うまい?」
「ええ。アストラル・シフトも詰まる所は人が編み出した魔術の産物。ならば同じ人が知恵を凝らせば破る術を見出すのが道理です。フェイルはもう知っているでしょうが、こちらも同様に物質界と幽星界に存在すればよいのですよ。
 アストラル・コーティングという処置を施せばダメージは与えられますし、アストラル・シフトそのものを崩壊させることも可能なはずです。取り敢えずは地上やDCにいた魔術師達に色々と知恵を借りまして、これなら、と言う程度には術式は完成しています。後はこれを装備する機体を選ぶだけですよ」
「順当にいって攻撃力の高い機体が望ましいな。まずはグランゾン、それにネオ・ヴァルシオン、デュラクシール・レイ、イスマイル、サイバスター、グルンガスト飛鳥、といった所か」
「フェイルの上げた候補が確かに妥当ですが、時間のかかる代物ですし、もともと魔術的な要素を持った機体の方が望ましいのは確かです。まあ、選定は私の方で行いますから、ヴォルクルス対策はこんな所でしょう。それで、DCとしては今後どのように動かれるのです?」
「ふむ。この後サイレント・ウルブズにはギナが制圧したアルテミスを拠点に動いてもらう。連合がボアズかヤキン・ドゥーエに仕掛けるまで、もうそれほど時間はないだろうから、ギナにもいろいろと動いてもらうついでに、サイレント・ウルブズの拠点役も担ってもらうつもりだ」
「それで、総帥ご自身はいかがされるのです?」
「一部の艦隊をつれてプラント本国に向かう。途中でザフトの要塞に寄ってから、ザラ議長と直接会談をする予定がある」
「このタイミングで、ですか? 何を目的にするにせよ、総帥とプラントの議長が会談するのも今更な気もしますが」
「パナマを制圧し、アフリカも時間の問題となった今だからこそかもしれん。ザフトとしては我々を代理人に仕立てあげてオペレーション・ウロボロスを完遂させたいのだろう」

 

 ビアンの言うオペレーション・ウロボロスというのは、元はザフトが地上に存在する大規模マスドライバー施設を全て封鎖し、地球連合を地球に閉じ込める、という目的を持った作戦の事だ。
 現在はビクトリア、カオシュンをはじめとしてケネディや種子島といったマスドライバーも完成しているから、ウロボロスは成功を目の前にして失敗している。
 だが、DCが連合が宇宙に戦力を集中させている隙に、パナマ制圧と言う戦果をあげ(正確には南米独立軍だが)ウロボロスの再度発動を期す企みがあるとしてもおかしくはない。
 だからといって会談を要求するプラントもプラントだが、それを受けるビアンもビアンだ。
 常人と一線を画す分、やはりどこかのネジが足りないか、締め方を間違えているのだろう。ビアン・ゾルダーク、後の世の歴史家の一人が例えて曰く『天才バカ親父』。

 

「DCの動きに干渉するつもりはありませんから、私は構いませんがね」

 

 シュウの笑みが湛える、冬の風のような冷たさだけは、破壊神の鎖から解き放たれても変わらないようだった。

 

 

 アメノミハシラを遠く離れた資源衛星を元にした宇宙要塞のとある一室で、二人の男がモニター越しに会話していた。
 どこか、森の奥深くの屋敷の地下で、夜な夜な繰り広げられる血塗れの儀式の様な妖しい雰囲気が漂う。
 この二人が交わしているのは、悪魔との密約かもしれぬ。

 

『ほう、ではビアン総帥自らお出ましになると?』
「そうだ。思ったよりこちらに都合の良い展開になった。うまく立ち回ってくれたまえよ? その為にアズラエルに艦隊を動かすよう依頼したのだからね」
『ふふふ、それはそれは御苦労さまです。私にとっても好もしい展開になりそうで嬉しい限りですよ。クライアントの意志は最大限尊重しますよ? ラウ・ル・クルーゼ隊長』
「だから君に依頼したのだよ。アーチボルト」

 

 波打つ金の髪に顔の鼻から上を隠す白い仮面。ザフトに身を置く者なら知らぬ者はいないトップガン、ラウ・ル・クルーゼであった。
 そしてクルーゼと対面しているのは、ノバラノソノでラクスの陣営に身を置く傭兵アーチボルト・グリムズ少佐であった。
 頬の皮を引き攣らせるような、皮肉めいたアーチボルトの笑みに、鮮血を求める殺人狂の歓喜を垣間見て、クルーゼもまた静かな微笑を暗いモノに変えた。

 

『ふふふ、歌姫のあの白い肌を染める血の赤はさぞや美しい事でしょう。今から楽しみで仕方ありませんよ。ああ、今日は眠れそうにありません』
「肝心な時に睡魔に負けないでくれたまえよ?」
『おや、これは失言でしたかね。さて、長話になりましたが次にお会いするのは戦場ですか』
「そうなるな。できるだけ手加減してくれたまえ」
『御冗談を』

 

 氷から削り出した笑顔の仮面の様な表情で、アーチボルトはモニターの向こうの暗黒に消えた。
 その寸前までアーチボルトが浮かべていた人間の醜悪な面を凝縮した笑顔。
 あれこそが、クルーゼの知る人間だった。あれしか知らぬ。あれ以外を知らぬ。
 他者の苦悶を望み、他者の不幸を持って自らの幸福とし、傲慢さを恥じもせず振りかざし欲望を満たさんとする。その為にはどんな犠牲も厭わぬ、なんという醜い生物。

 

「そうだ。私はそれしか知らぬ。だから、人間など滅びても構わないのさ。私の知る人間とは、その程度の存在なのだからな」

 

 笑顔という形だけを貼り付けたクルーゼの顔には、そこに込めるべき感情が無かった。
 笑顔を浮かべた形で造られた人形よりもなお、血が通っている分より一層心に抱えた虚無が際立った笑みであった。
 人間の醜悪さのみしか知らぬというクルーゼの独白。それはどこか、己れの知らぬ人間を渇望しているような響きが、ほんのわずかに混じっていた。

 

 

 プラントからも月からもアメノミハシラからも遠く離れたアステロイドベルトに、かつてメンデルと呼ばれた廃棄コロニーがあった。
 すでにシャフトから外装に至るまで自律金属細胞に覆い尽くされたソレは、周囲の鉱物資源を含む岩石や時折漂うMSや宇宙船のジャンクなどを取り込み、己れの一部へと変えていた。
 その常に変貌を続ける異形の円筒の、最も奥深く罪深い場所に、ここで唯一の人間がいた。
 だが、姿形こそ人間のソレだが、その内面まで人間の情緒を残しているとは限らない。人は容易く鬼となり、魔となり、それらを超越する邪悪にさえなれるのだ。
 かつては一輪の金属製の薔薇であったソレ――アウルゲルミルが、床との接合面にまるで薄い翡翠の天街に覆われた玉座の様なものを形成し、そこには一人の女性が腰かけていた。
 生前着用していた大胆に胸元や両肩が露出したドレスを纏い、編み上げた薄い水色の髪の艶も元通りだ。
 その女性を前に、かつてラクスの元でスレードゲルミルとウォーダンの調整を行っていたイーグレット・フェフが、求める者の為なら魂まで悪魔に捧げる事の出来る人種の笑みを浮かべた。

 

「未来でも貴女がメイガスのコアとなったか。ソフィア・ネート博士。くっくっく、ザフトと連合とDCの戦争も直に終わる。後はおれの子らとその機体の数さえそろえば、この地球圏はおれの造り出した子らのものとなり、ゆくゆくはあまねく宇宙の全てを子らが満たす。
おれの生み出したマシンナリー・チルドレンがどこまで高みを昇り行く事の出来る存在なのか知る為に、貴女の力を利用させてもらおう。ネート博士、いやメイガスよ!」

 

 床、壁、天井のあらゆる方向から降り注ぐ白い光に落とされたイーグレットの影は、まるで影の国の奥底から姿を現した魔性の者の如く歪んでいた。
 だが、イーグレットは気付いてはいなかった。花開く寸前の薔薇の如く成長したアウルゲルミルの胎内に宿ったソレの双眸が、嘲笑うかの様に哄笑するイーグレットを映している事を。
 イーグレットは知らぬ。自分の懐に途方も無い、彼の想像をはるか越えた存在を抱えている事を。それこそ、諸刃の剣などでは済まぬ存在だと言う事を。
 ソレは、イーグレットの狂気に飽いたのか瞼を下ろす様に双眸から光を失わせた。

 

 

 プラント本国、およそ百二十基の新世代型コロニーとその防衛の要ヤキン・ドゥーエに程近い巨大構造物の中、密かに運び込まれたソレは、ゆっくりと、萌芽した樹木が大地に根を張る様に、自分自身を構造物に浸透させ誰にも気づかれぬよう細心の注意を持って徐々に、徐々に構造物を支配下に置いていた。
 唯一ソレがここにある事を知る女は、ソレの足元で抑えきれぬ喜びの笑みと共に見上げていた。女はエルデ・ミッテと言った。
 見上げるソレ――オリジナルのメディウス・ロクスの構造物との一体化を、まるで子の成長する様を慈しむ母の様に見守っていた。
 オリジナルメディウス・ロクスをここに運び込む為に調達した関係者達は既に全て始末しおえた。
 今はまだ怪しまれずにいるが、そう遠くない内にエルデに懐疑の目が向けられるだろう。
 その優れた頭脳で、専門ではないがその程度の推理をエルデはしていたが、まるで意に留めてはいなかった。
 彼らが自分に疑いを向けた時には、もう既に全てが終わる頃であろうから。

 

「さあ、貴方の無限の可能性を、未来を、成長を私に見せて。可愛い私のAI1。メディウス・ロクスのラズナニウムと私が集めたデータ、そして失敗作のAI1が残したプールデータとコレを利用して、貴方は産声を上げるのよ!」

 

 自分の下腹部を我知らず撫でながらエルデはメディウス・ロクスの巨体に収めた、彼女にとって真のAI1に語りかける。
 かつて自分の意志に反した、今はアルベロと行動を共にしているAI1を、エルデは既に失敗作と見なして、興味の欠片も抱いてはいなかった。
 下腹を撫でる自分の腕に気付き、エルデの狂笑が一瞬凍りつき、忌々しげに腕の動きを止める。

 

「そうよ、もうあんな間違いは起こさないわ。私は、私の手で、今度こそ私の子供をこの世に産んであげるのよ……」

 

 それまでの真正の狂気はなりを潜め、そこには心のどこかを病んだ母親の様な人影が残されたきりであった。
 メディウス・ロクス、そして仮に――便宜上AI1セカンドと呼称する――は生みの親の言葉など知らぬと、沈黙のままであった。