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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第59話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:18:54

ビアンSEED 第五十九話 吼えよ獅子王

 

 赤い瞳だった。この世で最も鋭い刃を、やはりこの世で最も腕の立つ剣士に握らせ、はるか太古から降り積もった中でも、最も濁りの無い雪の煌めきを封じ込めた乙女の肌に斬りつければ、同じ色合いの雫が滴るかもしれない。
 赤い。この世に幾十、幾百と飾る言葉が存在する『赤』色とは違う、ただ赤いとしか言いようの無い瞳だった。例える言葉は、それを彩る心の模様しかない。
 血の様な、炎の様な、煮え滾る溶岩の様な、天に君臨する太陽の様な――どれも相応しくはない。どれも"彼"の瞳の色を例えるには、何かが足りない。いや、『ありすぎる』のだ。
 その瞳を見た人々はただこう言えばいい。恐怖でも怯えでも怒りでも憎しみでも、親しみでも友愛でも慈悲でもなく、感情を込めずにこう言えばよい。赤い瞳をしていたと。希望と絶望さえ無く。
 写すモノ全てを血塗れ色に変える瞳に、ゆら、と何かが蠢いた。
 ゆら、ゆら、ゆら。
 風に靡く炎よりもどこか粘ついた、凪ぐ事を忘れた大海の水面よりも重い沈黙の、あまりにも生々しすぎる、人間が人間のままであり続ける最も大きな根本的な所に根差した普遍の理由――感情。
 神の庭を追われたのも、悟りを開いた聖人に一度は教えを理解する事は出来ないと見捨てられたのも、すべては万人が母の腹の中で植え付けられ、外の世界で芽吹かせる『感情』と言う名の花々の所為だろう。
 赤いだけの、それ以外を拒絶している瞳に一輪の花が咲いた。道端や花壇を飾る慎ましい美しさではない。他の全てを拒絶し、ねじ伏せ、その上に傲然と咲き誇る大花の様な感情を、人は『怒り』と呼ぶだろう。
 怒りを瞳に宿し、瞳に花開いた怒りは、全細胞に根を張り、精神にまで蕾を咲かせた蔦を絡ませるのに時間は要らなかった。
 シン・アスカの根源的な、戦士として、また人間としての『力』の最たるものにして最も強大なものは『怒り』だ。
 本来、それは彼にとって唯一無二の家族と言う名の絆を失った事に端を発し、守ると誓った人々をことごとく失って行く過程で育まれる筈だった、あまりにも大きな代償を必要とした悲しみの果ての『力』だ。
 けれど、この世界に置いてシンは失う筈のものを失わず、守ると誓った少女を今に至るまで守り続ける事に成功している。シンを信頼し、またシンに信頼される友や戦友達も数多く存在している。
 ゼオルートを始め、シン・アスカと言う人間と真正面から向き合い、そっと影から成長を見守る様に手を貸す者。あるいは堂々と前を向きあい苦言を呈しながらも、真正面からシンの思いを受け止める者。
 シンの前でも影でもなく、横に立って肩を並べ、同じモノを見、同じモノを聞き、互いの感じた者を分け合う者。
 何人もの人々が、優しく厳しくシン・アスカと共に在る。彼らもまたシンと同様互いに支え合いながら、ここまで時に過ぎ去った過去に思いをはせながら、『今』と言う名の道を精一杯、はるか彼方にある未来を見つめて歩いて来た。
 出会った人々に恵まれた。この一点は、本来の歴史におけるシン・アスカよりも幸福な事であると、断言しよう。例えそれが、二年も早く実際の戦場に立ち、人の命を奪う運命の渦中の只中であったとしても。
 シンを取り巻く人々が作る頑是ない厳しさの中に、人間の持つ根源的な温かさのぬくもりを留めた環境が、十四歳の少年の心を優しく強いものへと育てていた。それは、人の世の最も良い部分が育てた鉱脈の様に、シンの心に根ざしている。
 けれど。けれど。けれど。
 一瞬前にシンの瞳に揺らぎ、今は心の全てを染め上げ泥の様に堆積しているのは、あまりにも原始的で、それゆえに途方も無く凶暴な怒りであった。
 シンが守ると誓い、またシンの知らぬ所でシンを守ると誓っている少女ステラを傷つけた二対四組の青い翼を広げた白い巨人――フリーダム。
 フリーダムへの行く手を阻み、シンの敵として現れた沈む夕日の紅を帯びた緋の巨人――正義の名を持つジャスティス。
 そして、シンにとって大きな意味を持つ人物、ビアン・ゾルダークに託された自分と同じ名を持った相棒『飛鳥』と獅子王の太刀を打ち砕き、シンを完膚なきまでに倒した傷つきながらも、その迫力を微塵も欠く事の無い巨神――スレードゲルミル。
 三者の姿が、ビアンとミナ達の安否定からぬ状況と突然の連合軍襲撃に揺れ動き、年相応の不安定さを残していた心の殻の、小さな罅を押し広げその中で縮こまっていた当り前の感情を爆発させていた。
 容易く憎しみの黒に染まり、他人だけでなく自分さえも遂には傷つけてしまう、悲しいまでに強く、脆い『怒り』を。
 シンの瞳が憎しみを糧に燃え盛る炎を噴く様に細められた。その瞳に捉えしは――

 

「うあああああーーーーー!!!」

 

 小太陽の爆発にも似た感情の介抱を告げるシンの叫びと共に、グルンガスト飛鳥の背にあるメインブースターが巨竜の吐息の如き炎の帯を放つ。

 

「特機型……。キラ、アスラン、奴はおれが引き受ける。お前達は先に行け!」
「了解! 気を付けてください。DCの機体だ。どれほどのものかわかったものじゃない」
「先に行きます!」

 

 迫りくる巨大熱源の正体を、DCの作り出した新たなスーパーロボットと見抜いたウォーダンは反論を許さぬ声で、二人の少年達に告げる。適材適所、MSにはMS。スーパーロボットにはスーパーロボット。
 いかに核動力機、いかに全勢力のパイロットの中でも最強の領域にあるキラとアスランと言えども、特機相手ではかなりの危険を覚悟せねばなるまい。
 この世界に来てから、そしてそれ以前から負い続けた傷の癒えぬスレードゲルミルは、主の意に沿い巨大な青い刃を持った爪先を止め、迫る異界の兄弟を待った。
 ウォーダンの手元に、スレードゲルミルのデータバンクから該当機種ありとメッセージが表示される。視線を巡らしたウォーダンの眼は、グルンガスト壱式型の同型機の可能性が極めて高いと読んだ。
 米国が日本のスーパーロボットに対抗すべく建造し、中断された計画をテスラ・ライヒ研究所が破嵐財閥からの資金援助と無敵鋼人ダイターン3を参考に開発したスーパーロボット。
 あるいは、パーソナルトルーパーでは打倒出来ない敵との遭遇を想定し、超高出力のプラズマリアクターを搭載し、重厚な装甲と絶大な火力、飛行機、重戦車、人型と三つの形態を使い分ける事によって如何なる戦場でもその戦闘能力を遺憾無く発揮する超ド級戦闘兵器。
 二つのルーツを持つグルンガストシリーズだが、シンの場合は後者の零式、壱式、弐式、参式とバリエーションを持つグルンガストシリーズの内、壱式がベースになっている。加えてエペソやシュウ、AI1から提供された異世界の特機などのデータを盛り込んであった。
 グルンガストシリーズの機体の中で、スレードゲルミルは最新鋭のグルンガスト参式を元にした機体だ。自律金属細胞マシンセルによって変貌した参式であるが、元の性能からしてグルンガスト壱式を上回る機体である。
 その参式がマシンセルによって強化されたスレードゲルミルを相手に、いわばデッドコピー機を異世界の技術で改修したグルンガスト飛鳥でどこまで対抗し得るか。
 せめてもの救いは、スレードゲルミルの負ったままの傷が深く、重いものである事か。その傷がスレードゲルミルの超絶の戦闘能力の完全発露を許さないのだ。
 機体越しにも感じる殺気が、熱い熱の波となってウォーダンの顔を打った。この感覚には、覚えがある。そう、あのまだ幼くも滾る魂の情熱を素直に刃に乗せていた、あの少年の闘争の意志。

 

「シン、シン・アスカか……。だがこの気迫、何かあったのか?」

 

 シンの戦意の濁りとその心に根を張った暗黒色の負の感情を、皮肉にも敵として立ち塞がったウォーダン・ユミルが、他の誰よりも感じ取っていた。
 スレードゲルミル目掛け、モニター越しにどんどんと巨大な姿を露にするグルンガスト飛鳥。巨人の相貌は罪人を責める地獄の悪鬼のソレに似て見えた。

 

「ウォーーーダンーー!!」
「来るか、シン・アスカ!」

 

 シン・アスカ対ウォーダン・ユミル。たった一度、しかし濃密な死闘を繰り広げた因縁を交わした両者は、極めて似たルーツを持った機体を相棒とし、今一度相見えた。

 

 ラクス・クライン一党の出現、ビアン・ゾルダークDC総帥と会見中だった基地司令が、居室ごと爆破されたらしいという情報が錯乱し、混乱の坩堝と化すザフト中継ステーション基地『ベルゼボ』中継室にて。
 指揮系統の混乱を正そうと奔走中の同僚達を横目に冷笑を浮かべていたクルーゼは、手近なオペレーターに声をかけた。
 まだ若い、十七、八と思しいアラブ系の少女は、名将と名高いが人格は冷淡と評される自軍のトップガンに、緊張に強張らせた顔を向けた。

 

「君」
「は、はい」

 

「機体の用意をするよう連絡を入れてくれたまえ。状況がやや芳しくない。ラクス・クライン一党の位置は連合と我々を挟撃するのにもってこいの位置だ。よもや、とは思うがそうされたら非常にまずい事になる」
「れ、連合と手を組んでいると?」

 

 ラクス・クラインが国家反逆罪で指名されてから数か月が経過しているが、やはりプラント国民皆に愛されていた歌姫への幻想は根強く、本物のラクスと言葉を交わした事も無い人々は、彼女が犯したとされる罪を受け入れる事ができずにいた。
 父である前評議会議長シーゲル・クラインが大人しくパトリック・ザラの命に従うように、淡々と職務をこなす姿が、ラクスの罪状が確かなものであると証明してはいたが、このオペレーターの少女の様にラクスに罪の無い事を信じる――というよりは一方的に願う者は多い。
 もっとも当のラクスは自身が途方も無い罪人である事を自覚し、罪悪感と自責の念に駆られているのだが。
 クルーゼは、形だけは優しげな笑みを浮かべてオペレーターに甘く見せかけた毒の囁きを吐いた。

 

「なに、常に最悪の状況を予想して動くものだ。その心掛けは覚えておきたまえ。それに、この場には私がいなくとも問題あるまい。他の隊長達でも指揮は十分に取れる。私は現場の方で動かせてもらおう。
君は君の職務に誠実でありたまえ。油断と傲慢さえなければ、コーディネイターがナチュラルに劣る事など無いのだからな」

 

 安心を誘うクルーゼの声に、オペレーターは強く頷いた。そうだ、コーディネイターがナチュラルに負ける筈など無いんだから、とそのブラウンの瞳が言葉の代わりに物語っていた。
 クルーゼは一見、自分の言葉に安心した部下を見守る上官の風を装っていたが、内心では冷たい笑みでオペレーターを嘲っていた。

 

(だから君らはここまでずるずると、劣る筈のナチュラルを相手に戦争を続けているのだよ)

 

 オペレーターの返事を待たず、他の白服や黒服に気付かれる前にクルーゼは自分の新たな愛機の待つ格納庫へと足を向けた。

 

「しかし、存外しぶといなDCの諸君は。そろそろこちらの駒も尽きるが、まあ、それはそれで構わんがね」

 

 再び差し向けた刺客が返り討ちにあったという報告を受けたクルーゼは、それさえも想定の内と、氷から削り出したような仮面の笑みを唇に貼り付けた。この男が、本当の意味で笑みを浮かべた事など、生涯に数えるほどしかあるまい。
 クルーゼの笑みは人以外の何かが人を真似ているような、そんな生気の無い虚ろなものだった。

 
 

 角を曲がれば、展望室に出るはずだった。メック・ウェアを着こんだ強力な助っ人二人を加えたミナ達は目的地を目の前にし、歩む足をより早いものに変えていた。
 刺客の陰も成りを潜め、刀身にこびり付いた刺客の返り血をびゅっと、ひと振りして払ったステラが、足を止めて後ろの面々を制止した。
 空調が機能し、血の匂いや硝煙や火薬の匂いこそ無かったがその耳に重なる銃撃の音が届いたからだ。ほどなく後ろの全員もステラと同じ者を聞く。

 

「この先はアウル達のグループが通ったルートだ。どうやらあっちでも敵と遭遇したみてえだな」

 

 四足を着いた獣の姿勢のまま、スティングがそう告げた。豹を模したメック・フード越しに聞こえる声はわずかにくぐもっている。声帯が人間のものから豹のものへと変わりつつあるのではないかと、有り得ない想像がミナの脳裏を過った。

 

「ミナお姉ちゃん達は後から来て」

 

 右手の複合兵装防盾に折りたたまれていたハイ・チタン鋼のブレードを展開させたステラが、背後のミナを振り返る事無く告げた。戦士としての本能と兵士として骨身に刻み込まされた直感が、前方に待ち受けるモノの危険性を告げていた。
 じわ、とメック・ウェアに包まれた掌に汗が湧くのを感じ取れるほど神経が緊張によって鋭敏化されている。アウルは、無事だろうか?
 既に強敵と剣交しているはずのアウルの事を考え、ステラは踏み出す足にそっと力を込めた。ステラの左隣に来たスティングも、バンテラのフィードバック機構で強化された五感に緊張を漲らせつつあった。
 二人、いや一人と一匹は同時に駆けだした。展望室に繋がる自動ドアまで百メートルその先に待つ死の使いを打ち倒すべく、二人は死の運命に抗う風となって駆けた。
 百メートルをおよそ三秒――時速百二十キロほど駆け、スティングが先に展望室に飛び込んだ。踊りこんだ直後を狙っての銃撃を予測し、壁を蹴る複雑な軌道で展望室へとマックススピードで飛び込む。
 床に倒れ伏した兵士達の姿が確認できた。ボディ・アーマーを着こんでいる何人かは味方、DCの兵達で、ザフトの緑服姿はおそらく全員が刺客だろう。見知った者も混じっている倒れた者達の中に、アウルがいない事を確認して十分の一秒安堵する。
 続いて、前方で争う二者の姿を認める。一方は心配したばかりのアウルだった。全身を黒いタイツにしか見えない三着目のメック・ウェアを着こみ、その上に厚さ五ミリの耐刃・耐弾・耐衝撃・耐電・耐熱の特殊金属を繊維状に編み込んだ戦闘服を引っ被っている。
 これまた染色する時に墨をぶちまけた様な黒色で、傍目には質素な黒のロングコートか羽織みたいに見える。臍の辺りで同じ素材の紐で適当に縛ってあったが、既に何度か被弾しているのか裾はほつれ、獣の牙に噛みつかれたみたいに無残に破れていた。
 右手には巨大な、それこそ一メートル半もある出刃包丁。柄は無く、首切り台の刃よりもよく斬れそうな刃は、この世で最も鋭い分子一つ分の厚みしかもたない単分子ブレードだ。
 開発当初は『フラガラッハ』の名称が与えられるはずだったが様々な経緯があって、今は『ムーンスラッシャー』に落ち着いている。
 天上の世界で星と共に闇の中で輝く月をも斬る刃、とはあまりに大仰な名前であったが、PS装甲やTP装甲を除けば戦艦の装甲だって叩っ切ると保障された出刃包丁の威力は、対人戦闘で用いればオーバーキルを約束する化け物だ。
 その出刃包丁と人造の超人を生み出すメック・ウェアを着こんだアウルが、敵を相手に攻めきれずに悪戦苦闘していた。こちらの方がスティングには問題だった。
 アウルが相手にしているのは高さ三メートルほどのドラム缶の様な機械だった。下半身と呼べそうなのはキャタピラを装備した四脚が担当していて、あらゆる地形でも問題なく踏破する事を想定しているのだろう。
 上半身はやはりドラム缶と言うのが一番適切な形だった。一応頭部に相当する四角い箱みたいなのが着いており、無情に輝く赤いカメラアイをスティングは認めた。武装は手に相当する四本のマニュピレーターだ。
 無薬莢の一二・七ミリ弾頭を毎分三千発で発射する重機関銃、小型高性能バッテリーが付随したレーザー砲、直径五ミリ長さ五センチの五十連装ペンシルミサイルボックス、最大十メートルまで伸びる三千度の炎の舌を伸ばす火炎放射器。
 場合によっては戦車よりも厄介な殺戮マシンが、アウルの前に立塞がった敵だったのだ。
 MSが搭乗する以前から存在していたパワード・スーツはいわば『ロボットを着る』兵器であり、とくに脚部にローラーを装備したタイプの機動性が戦車や通常の歩兵たちの天敵となった。
 それに対抗する為に同じパワード・スーツを用いる他に検討されたのが、この殺戮マシンだった。元は二十世紀末の米ソ時代に研究され、二十一世紀初頭には実用化されていたコンピューター制御の無人武器搭載車だ。
 AI制御か遠隔操作による血の通わぬ殲滅者に搭載された無数のセンサーは、時速数百キロで動きまわるパワード・スーツをやすやすと捕捉し、アサルトライフルやマシンガン、四〇ミリ溜弾砲の直撃にも耐えた。
 しかし、命令に何処までも従順な鋼の殺戮者が、命じる者によっては容赦なき無常の恐怖となり、とくに市街地で運用された時のおぞましさが問題視されている品だ。敵国の市民ならばと許容される無差別大殺戮の事だ。
 重要施設や、政府や軍部、あるいは国家経済を支える要人や無辜の市民達を、不意を突いて襲い、時速百キロ以上で市街地を走りまわるロボットの姿をイメージすればそれがどれほど恐ろしいものか分かるだろう。
 出動を要請された軍隊が到着するまでに無数の死を生み、血と屍で埋もれた路地を走りまわり、装甲車やヘリの入り込めぬ路地を逃げ回って破壊と殺戮を続けるのだ。
 それを命じた者が停止を命じるか、破壊し尽くされるまで。
 ムーンスラッシャーを振り上げたアウルが、メック・ウェアに強化された脚力で一気にロボットの懐に飛び込もうと足を踏み出す。時速二百キロを超えんとした瞬間にロボットの右上腕の重機関銃が火を噴いた。
 腹の底から震わせる重低音は無く、精々クラッカーを鳴らした程度の音が連続する。
 銃身内部によほど高性能な消音機構を搭載しているのだろう。だが外れた弾丸が穿った床の穴の巨大さは、巨大な銃口に相応しい破壊の証明だった。後ろに跳び、更に横に動きまわって銃弾をかわすアウルがようやく白豹の姿に変わっているスティングに気付いた。
 メック・ウェアのセンサーがその存在を告げてはいたが、極度の集中から気付かなかったようだ。

 

「スティング、なんでこっち来てんだよ!」
「総帥を確保したんだよ。襲ってくる奴ら全員返り討ちにしている内にここに来たってだけだ!」
「無事だったか!?」
「ああ!!」

 

 言い合う間も続く一二・七ミリ弾をやり過ごしながら、二人が怒鳴り合う。ビアンの生存を告げられたアウルは喜びに女の子に間違われる事もある顔を輝かせたが、続けて襲ってきた銃撃にたちまち邪魔をされた。

 

「ステラも来ている。あいつをぶっ壊して先に進むぞ」
「ああ!? 医療室に行くんじゃねえの? こっから先だと遠回りだぜ」
「そこまで手が伸びてる可能性が高いだろ! だから別の所に変更だ。……タイミングを合わせろよ」
「あいよ!」

 

 まさに阿吽の呼吸、アウルとスティングはロボットを左右から挟みこむ形で同時に駆けだした。ロボットの左方から迫るスティングに対し、向けられた火炎放射器は毒々しい炎の舌を伸ばす。
 轟と燃え盛る炎の舌は、床に倒れていた兵士達の幾人かを燃やし、展望室の長椅子やめるテーブルを炎を舐め取っていた。視界の全てを埋め尽くす炎を、余裕を持ってかわしたスティングの姿は、天井にあった。
 跳躍しざま、身を捻り天井に手足を着いた姿勢でロボットを睨みつけ、ミサイルボックスから発射されたペンシルミサイルを縦に横にと細かい挙動で回避する。スティングが一瞬前までいた天井を、立て続けに連なるミサイルの爆発。
 一発の威力は人間の上半身を丸ごと吹き飛ばすくらいの代物だ。メック・ウェアでも一発が耐久力の限度だろう。
 地上から飛び上がりさかしまに天井を奔ったスティングは、四肢をたわめて一挙にロボット目掛けて飛んだ。両手両足都合二十本の特殊鋼の爪が、その刹那に輝跡を描いて煌く。
 アウルは何度も撃ちかけられてきた重機関銃の銃雨を前に、怯む様子も無く漆黒の風となって駆け抜けていた。人の目に残像さえ残すほどの高速の疾走は黒い鱗の大蛇が這いずるような、一連なりの軌跡を残していた。
 メック・ウェアに搭載されている小型ジャマーが、ロボットの正確無比なロックオンを妨害している効果もあるだろう。頬の数ミリ横の空間を貫いたレーザーの白光が縦に振り降ろされるよりも早く、アウルは手にした出刃包丁の隠しスイッチを押した。
 開発に関わった者の誰かがいたずらに『彗星突』と名付けた出刃包丁の、たった一度きりの隠しギミックを使う。柄に内蔵されたスイッチを指で押しこむのと、出刃包丁の補強フレームに空いた穴から、炎が噴き出してざっと時速五百キロで射出されるのは同時だった。
 最大幅五十センチの、ムーンスラッシャーの巨大な刃がそのまま弾丸となって敵に向かい放たれるのだ。なるほど、確かに一回こっきりの隠し札だ。
 内蔵された特殊加工の推進剤を使いきり、巨人が振うような巨大出刃包丁がロボットの右マニュピレーターの付け根にずぶりと突き刺さった。
 金属と金属とが擦れ合う甲高い音が展望室を満たし、断ちきられたコードやフレームが断面から覗き、重機関銃とレーザーを装備した二本のアームがごとん、と重々しい音と共に落ちた。
 出刃包丁のギミックを使うと同時に、メック・ウェアを高機動モードへのシフトを命じていたアウルは、先程までの倍の速度で一気に床を蹴った。フィードバック機構の増加効率が変えられ、剥き出しの頭部を保護する為のフードと仮面がアウルの頭部をまるまる覆う。
 黒一色に染まったメック・ウェアに対して、白い髑髏の仮面に赤黒い化粧を施したような、禍々しさを強調する異様な仮面だ。右手に残っていたムーンスラッシャーの柄からは、色を除けば尋常な刀剣が一振り残っていた。
 ムーンスラッシャーの刀身の中に隠されていたもう一つの刃である。柄も鍔も切っ先に至るまで、闇の深奥で鍛造した様に暗闇の色を閉じ込めていた。

 

「はあっ!」

 

 仮面越しにやや重い響きを孕んだアウルの気合いの声と共に、白い仮面に暗黒の衣と刀を手にした異形が、殺戮ロボットめがけて踏み込んだ。さながら吹く場所すべてに災厄を撒き散らす、魔界の風のよう。
 赤黒い刃が半月を描くのと合わせ、白い豹の二十の爪もまた殺戮ロボットの装甲に深い刻印を残していた。厚さ三センチの特殊合金の装甲を縦に斜めに走る爪痕は、跳躍しざまに振った爪の威力を物語る。
 このまま一気に! 必然的に止めを意識する二人の視界に、胴体の装甲が開き内部から覗いた銃口が映った。

 

「!?」

 

 二人分の驚愕が意識のみで空間に放射され大気をどよもす轟音が響く。
 眼前三十センチの距離から三つの銃口から合計七十二の散弾を食らったアウルは、咄嗟に翻した戦闘服の裾で三分の二をはたき落としたが、残る二十四発の内十発を胴から胸部にかけて喰らっていた。
 音の壁を突き破り翻った戦闘服の生地は、悪魔の翼の如く触れた散弾を叩き落として見せたが仕損じた残りの散弾にしこたま打たれてアウルは、後方への跳躍を余儀なくされる。
 エレファント・ライフルにウェザビー・マグナムクラスの貫通も許さぬメック・ウェアの耐久力のお陰で、ヘビー級ボクサーの右ストレートをもらった程度のダメージで済む。メック・ウェアの自己診断プログラムも骨折は無しと告げている。
 一方のスティングは左胸部から肩にかけて斜めに走る赤熱したメック・ウェアの表面を意識していた。視線外さず殺戮ロボットに向けられている。網膜に投影されたデータが、スティングに向かって放たれた攻撃をレーザーと告げた。
 メック・ウェアの耐熱能力では同箇所への連続照射にジャスト二秒しか耐えられない。焦点温度は万の単位だろう。二秒、たったの二秒。だが、今や大自然の生んだ勇猛な芸術、豹と化したスティングには十分な時間だった。
 キリキリ、とわずかに零れ落ちた殺戮ロボットの内部から響く金属音が、第二ラウンドの開始を告げた。もはや常人には視認不可能の、軽妙極まる神速で白い獣と黒い人型は動いた。
 床を蹴り天井を蹴り、人間の思考の埒外にある惑いを誘う虚実入り交えた動きでロボットへと迫るスティング。
 ただただ己の神速のみを持ち、黒い殺意を刃の形に変え死へと誘うのではなく破壊を生み出す死神として駆けるアウル。
 迎え撃つは人の歴史が生みだし、人の争いが求め、人の英知が形とした血の通わぬ鋼の殺戮者。いわば、人の業。アウルもスティングもまた人によって尋常ならざる人の姿をした兵器として作り変えられたもの。
 人間の都合によって造られ求められた存在と言う意味では、ある意味兄弟とも呼べる存在であったかも知れない。
 殺しあえ兄弟達。それが君らの生まれた意味ならば。
 左マニュピレーターと内部から展開したレーザーの照準を即座にスティングに合わせ、アウルに対しては散弾銃とさらに搭載していた四〇ミリ溜弾砲三門の砲口が覗く。撃つが早いか斬るが早いかの一刹那。
 だが、その一刹那よりも早い六徳間、なおより細い虚の瞬間に殺戮ロボットの胴体に優しく静かに差し込まれた殺意が二つあった。
 レーザーナイフ。対パワード・スーツを想定した個人携帯刀剣群『セブンソード』の内の二振り。スティングとアウルは残る三人目、自分達の妹分の参戦を悟った。今この時代に置いても単発的な動作の速さに置いては人間の方が機械に勝る。
 レーザーナイフの二撃を受け、新たな標的をロックオンするだけの時間が、殺戮ロボットに破壊の運命を齎す致命的な隙になっていた。
 既に上半身を屈め、両手に超振動ブレードの大小二振りを抜き放ったステラは、メック・ウェアが増加した身体能力を最大限に発揮し、瞬く間にその懐へと潜り込んでいた。
 ロボットの頭部の両脇から覗いた七・七六ミリ機関銃の弾丸を恐れる様子も無く、時折肩や頭に命中する弾丸だけを右手の盾で弾くのみ。
 ステラが吼えた。今こんな所で足を止めている余裕などないのだ。ビアンとシン、ステラにとって大切な二人を守る為に、こんな所で、こんな奴に、邪魔など!!

 

「私達の!」

 

 逆手に握った超振動ブレードをロボットの頭部両脇に突き刺し、腰のレーザーソードを抜き放つ、白く輝く刃はドラム缶型のロボットの装甲をものともせずに、胴に横二文字を描いてみせた。

 

「邪魔をっ!!」

 

 スティングがステラの叫びに唱和し、人の手で作り出された豹の爪は獲物の腕を根元から引き裂いた。上方へと切り裂かれた勢いをそのままに舞う殺戮ロボットのマニュピレーター二本。

 

「するなああ!!!」

 

 アウルの手に握られた黒刃はそれ自体が生き物のように縦横無尽に走り、再び弾丸の雨を見舞おうとしていた散弾銃と新たな銃口の全てを切り刻んでいた。単分子ブレードはまさしくこの世で最も鋭い刃と化し、殺戮ロボットの脚部である四つのキャタピラも全て斬り飛ばした。

 

「消えろろぉぉおお!!」

 

 残る最後の七つ目の刃、右手に折り畳まれていたハイ・チタン鋼製のブレードを展開し、全身全霊の一撃で、殺戮ロボットを縦に一刀両断して見せる。切り裂かれた断面も鮮やかに、ロボットを制御する超高性能AIは自身が破壊された事を知るよりも早く機能を停止させた。

 

 ストライクを駆るムウは、オーブ軍のマーキングを施したエムリオンを駆るジュリ、アサギ、マユラの三人とフォーメーションを組み、連合の部隊を砲火を交えていた。
 時折ザフトのMSもちょっかいを出してくるが、これはなるべく撃墜しないように、という制約が着き、相手をする面倒を考えなるべく無視している。
 パイロットとしては一流には手の届かなかった筈の、オーブ三人娘も、流入した終焉世界での戦いの記憶と度重なる実戦ですっかり、並のエースクラスとなら戦えるほどの腕前になっている。
 その三人に加えて、高い空間認識能力と、ムジカ・ファーエデンとの接触で新人類と呼ばれた人々の片鱗を目覚めさせたムウの指揮は極めて高い能力を発揮し、数で勝る連合の部隊を面白いように撃退していた。
 空になったミサイルコンテナをパージしているジュリも、多少息は荒いが余裕のある声音だった。

 

「これでザフトが仕掛け来なければもっと楽なんですけどね」
「そりゃねえ。でも私達って連合からしてもザフトからしても敵だし。DCの人達はこっちに手を出してこないからいいけど」
「本家本元のエムリオンを相手にするのはちょっとね」

 

 リオン・パーツの右腕部に装備したレールガンのマガジンを交換しながらのアサギと、その間周囲の敵機を牽制していたマユラも同調した。
 彼女らが搭乗しているのは初期生産型のエムリオンだが、この時点で既に105ダガーやゲイツと互角以上に戦える性能を誇る(もともとのM1自体が例に挙げた二種と同等以上の性能だ)。
 トールが乗ってきた後期生産型のエムリオンともなれば核融合炉の装備や機体全体に使われている技術の向上などもあってさらに上を行く性能となっていて、相手にするのは御免蒙りたい相手なのだ。

 

「随分余裕だなあ、お嬢ちゃんたち。そこで悪いが、こっからはおれは別行動を取るぜ」
「フラガ少佐?」
「そんな、独断行動は駄目ですよ」
「悪いって言ってるだろ。どうやら、おれに因縁のある相手が来てるみたいなんでな。三人は一度艦に戻って補給して来い。それにエターナルとアークエンジェルの直衛の数が心許無い」
「後で問題になっても知りませんからね!」
「ああ、早く行けって!」

 

 渋々機体をひるがえずアサギ達を見送り、ムウは先程から脳裏に走る、いや差し込まれるような殺意を感じていた。氷海の様に冷たく、光の届かぬ深海よりも暗く閉ざされた純粋な憎悪。
 しかも、これを意図的に自分に対して向けてくるとなると、相手はただ一人に限られる。

 

「貴様か、ラウ・ル・クルーゼ!!」
「そうだ、私だよ。ムウ・ラ・フラガ!!」

 

 通信ではない思念の放射で、二人は互いの存在を感じ取っていた。耳の聴境でも舌の味境でも目の視境でも鼻の香境でも、身の触境でもない。
 それは、心の思境で感じ取る領域の交差。
 ムウのストライクのメインカメラが、ほどなくしてベルゼボから出撃した新たなザフト部隊の機影と、宿敵クルーゼの姿を捉える。

 

「新型? メディウスなんとかじゃない機体か」
「プロヴィデンス――神の意志と覚えてくれたまえ」

 

 重く厚い、直線ばかりで構成された黒みの強い灰色の機体だ。いわゆるGタイプのデュアル・アイに、左右に伸びたアンテナ。
 右手には腕よりも巨大な取り回しの悪そうなMA-M二二一ユーディキウム・ビームライフル、左腕にはMA-M〇五A複合兵装防盾システムを装着している。
 背には円形の独特の形をしたバックパックを備え、五つの砲口らしき突起部分が見受けられ、同様の装備は腰回りに更に六つあった。
 大型三基、小型八基で構成されるそれらはこれまでに幾度か名前が出た"ドラグーン"――分離式統合制御高速機動兵器群ネットワーク・システムである。連合のメビウス・ゼロの装備していたガンバレルと同様の装備だが、有線式であったガンバレルに対してこちらは無線式だ。
 実働テストを終え、ロールアウトした六番目のザフト製ガンダム、ZGMF-X一三Aプロヴィデンスだ。背に負ったドラグーンシステムが、優れた空間認識能力を要求する装備である為、クルーゼの乗っている一号機の他に、二号機、三号機までしか生産されていない。
 ザフトの質で量を圧倒する思想を実現した一対多を想定したMSだ。そしてドラグーンシステム同様にプロヴィデンスに搭載された機能で特筆すべきは、Nジャマーキャンセラー。核の復活を約束する禁断の装置だろう。
 プロヴィデンスはフリーダム、ジャスティス同様に核動力MSであった。
 核エンジンとドラグーンシステム、この二つが想定通りの能力を発揮すればプロヴィデンス単独で一部隊、いやそれ以上の戦力に相当するはずと、開発陣は太鼓判を押している。
 互いに剥き出しにした神経を撫でられるような、痛みだけを伴わない不愉快な感触に、クルーゼとムウは互いの闘志を冷たく燃やす。

 

「親父のクローンとして作られ、その上未来さえも碌に与えられなかった、だから憎むのか! おれを、いや、人間全てを!」
「私のような歪んだ存在を求め、生み出し、こうして今も互いに喰らい合いつぶし合う生命だ。滅んだ方がよほどすっきりするだろう? 人類の居なくなった地球と宇宙はさぞや静寂で安寧な世界だろうさ」
「それを求めてもいないくせに」
「だが人の滅びだけはこの目見届けさせてもらうさ! その後の世界の事など貴様の言う通り知った事でも求めたわけでもないがな!!」

 

 クルーゼの発する生のままの感情が、ムウをつかの間飲み込んだ。人が持つ闇、負、マイナスとされる感情を濾し取り、更なる腐臭を放つ様に醸造したような感情。手を伸ばせば掴み取る事が出来てしまいそうなほど、密度を高めた破壊への衝動と破滅の欲求、憎悪の嵐。
 これが、クルーゼを支えるモノ。ムウの父がクルーゼの与え、育てさせてしまったモノの結果!

 

「貴様とて、最初からそうだったわけではあるまいに――!」
「この様にしかならなかったさ! 私の知る人間とはそういうモノだよ、ムウ!」

 

 互いに突きつけたビームを、閃光の速さで迸った殺意の思念を読み取りライフルの引き金を引く時には既に避けている。それでも互いに理解できる相手の殺意をより早く、より先を読みあい、ライフルの引き金を続けて引いた。
 エンデュミオン・クレーターの邂逅以来お互いに感じていた超直感的な知覚を更に上回る名状しがたい感覚が、二人の中で急速に成長していた。フラガ家の血脈に連綿と受け継がれてきた超直感とはまた異なる思考の理解。
 ある世界の者達はそれをこう呼ぶだろう『ニュータイプ』と。
 アンチ・ビーム・コーティングの施されたシールドでライフルを受けつつ、ムウは自機であるストライクとクルーゼのプロヴィデンスの基本的な性能の差を感じ取っていた。下手をすればシグーとメビウス・ゼロ以上に機体の差が開いてしまっているかもしれない。
 プロヴィデンスの背と腰の特殊武装が切り離され、ドラグーンシステムの本領を発揮すべく個別に動き始める。現代の戦闘では放つと同時に目標に命中しているビームを見切る事はほとんど不可能に近い。
 加えてクルーゼの操作によるものとは言え縦横無尽に宇宙を立体的な軌道で動きまわる各砲塔を狙い撃つ事のはもはや神技と言っていい。
 弱点があるとすれば、機体そのものに加えてドラグーンの操作を行わなければならない為、数が多ければ多いほど、また操作する時間が長ければ長いほどパイロットに蓄積する疲労が馬鹿にならない事。
 また、各砲塔に蓄えられたエネルギーと推進剤にも限りがあるから、頻繁にプロヴィデンス本体に再装着してエネルギーを補充しなければいけない事だろう。それとて、推進剤の補充までは出来ないのだ。
 三百六十度ありとあらゆる方角からの射線を、ムウはクルーゼの殺意をそのニュータイプ的な思考の理解能力とフラガ家の直感力とを合わせて回避し続けていた。極めて高度なコーディネイトを受けたコーディネイターといえど、到底同じ芸当はできまいと見える。

 

「ちい、厄介なもンを。だがな、それはお前の専売特許じゃねえ!!」
「なに!?」

 

 ムウの叫びに自棄の響きもハッタリも含まれていない事を、通信と思考の両方で読み取ったクルーゼの目の前で、ストライクの背にあったX字に伸びた紡錘型の突起部分が四方に展開し、それぞれ九つの砲門を開いて見せた。

 

「ドラグーン!? いや、有線だからガンバレルかっ」

 

 クルーゼの目が、わずかにストライクの背と射出されたパーツを結ぶワイヤーを認め、それをガンバレルと認識したが、実際にはそれはドレッドノート=Xアストレイに装備されていたロウ・ギュール製のドラグーンに他ならなかった。
 ドレッドノート本体はカナードの乗機となっていたがカナードが使いこなせない事と、重要な軍事機密であるドラグーンの処置を論議していた際に、ガンバレルを使いこなしていたムウならば、と白羽の矢が立ったのだ。
 ドラグーンの使用には、Nジャマーの発している様々な電波障害を無効化するNジャマーキャンセラーが必須であったが、幸いラクス達の元にはフリーダム、ジャスティス、プラスプラント本国に残った同志達から送られてくる情報と物資があった。
 核動力こそ搭載していないが、ムウの機体にはドラグーンの仕様に最低限必要な機能だけを持たされたNJCが装備されているのだ。
 NJCの実装はラクスや、プレアが反対するだろうと思ったカナードらが難色を示したが、既に連合側にNJCが渡っているという現状を踏まえ、製造に踏み切っていた。
 有線を通じてドラグーンそのものにもPS装甲を展開させている為、ムウのストライクには改良型のバッテリーの他に、腰部やシールドの裏側にもカートリッジ型のバッテリーが装備されている。

 

「ふっふっふ、はははははは! 良いだろう、私ばかりが優位な立場で決着を付けても面白味に欠けると思っていた所だ。対等の立場で殺し合い、滅ぼし合い、そして否定し合おう! ムウ!!」
「てめえの趣味に付き合うつもりはないんだよ!」

 

 明らかに歓喜と分かる狂気の笑いを聞きながら、ムウはクルーゼをそうさせた男の息子として一抹の責任を感じてもいた。すでにムウの父はクルーゼが起こした火事によって死亡している。
 だが、自らを生み出した男を抹殺してもなおクルーゼの憎悪は止まる事も飽く事も知らずにいる。
 ならば、血の因縁を持つ自分が、せめてクルーゼを倒す。義務感と闘志の中にクルーゼに対する憐憫の情が含まれていると、ムウ自身さえ気付いてはいなかった。

 
 

 呪うように怒り――

 

「づああああああ!!」

 

 濁った怒りの咆哮と共に、飛鳥は巨大と言うのも愚かな鉄拳を目まぐるしくスレードゲルミルに叩きつけていた。メカニズムによるとは思えぬ流れる動作、加えてその精密なまでの連撃のコンビネーション。
 グルンガスト飛鳥に登録された格闘モーションの一つ『爆連打』と呼ばれるタイプだ。飛鳥の原型機がいわゆるグルンガスト壱式と呼ばれるタイプだからさしずめ壱式爆連打と呼ぶべきであろうか。
 ピンボールの様に大きく後方に仰け反ったスレードゲルミルの頭部が戻るより早く、腰の捻りをたっぷりと効かせ、自重を乗せた左拳がスレードゲルミルの鳩尾部分を正確無比に捉えた。
 胸部と腰部が大きく、それを繋ぐ胴部が極端に細いのがグルンガストシリーズの特徴だが、その捉え難い箇所が同時に変形機構や機体構造上重要な個所でもあり、ダメージの蓄積は致命的な事態に陥りやすい。
 意識してか無意識にか、シンはそれを狙うかの如く飛鳥の豪拳を叩きつけていた。

 

 謳うように怒り――

 

 くの字に折れたスレードゲルミルの側頭部へ、『インパクトヘッド』という打突部位を備えた飛鳥の右回し蹴りが、突き刺さった。
 大きく左に流れるスレードゲルミルの右頬を、左膝が捉え、わずかに五メートル弾いた瞬間に飛鳥の右肘と右膝がスレードゲルミルの頭部を挟みこんだ。
 空手の挟み受けの変形型だろう。人間なら後頭部と鼻柱を盛大に打ちつけられ、達人の技であったなら顔面と後頭部に窪みが出来る殺人技だ。

 

 泣くように怒り――

 

 爆連打から始まった一連の連撃の止めに、右拳をスレードゲルミルに叩きつける。ミシリ、とグルンガスト飛鳥の巨拳越しにも聞こえる、装甲と内部の構造が軋みを立てる幻聴。
 早く、早く早く早く早く、早くビアン達の安否を確認しないといけないのに。助けに行かないといけないのに。
 目の前のこいつは、どれだけ打ちのめしても、どれだけ叩きつけても、どれだけ痛めつけても倒れない。膝を屈しない。何度でも立塞がる。
 何故? なぜ? ナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼ!!!???
 理解の出来ぬ敵を前に、シンの不純物を交えた怒りは、焦燥に焦がれ、不安に塗りつぶされ、疑問は恐怖を呼び起こす。

 

「なんで、なんで倒れないんだよ!!!」

 

 ――許しを乞うように怒っていた。

 

 スレードゲルミルの両肩を抑え、飛鳥の星型の胸部に金色の輝きが灯る。グルンガスト飛鳥の弐番目に強大な火力『オメガレーザー』。淡い輝きが瞬く間に強烈苛烈な烈光に変わるその寸前、それまで黙して語らず、拳さえ振り上げなかったスレードゲルミルが動いた。
 上を向き、勢いよくその頭部を、振り下ろした!
 巨大な角の如きドリルを生やしたスレードゲルミルは、しかしその赤い水晶から削り出したようなドリルを回転させる事は無く、ただ全力を込めた頭突きを飛鳥に喰らわせただけであった。
 頭突き一発で大きく体を吹き飛ばされた飛鳥の機体を立て直し、僅かに開いた距離を確認するのと、目の前にスレードゲルミルの姿を恐怖と共に確認するのは同時だった。

 

「シン・アスカ!!」
「うっ」
「なんだ、その無様は!」
「なにを!?」

 

 突然のウォーダンの言葉に困惑を覚えつつもシンは迫るスレードゲルミルに狙いをつけ、迫る巨体にカウンターを狙っての左正拳中段突き。拳がスレードゲルミルの大海の荒波に削られて尚厳然と聳える岸壁の如き腹筋を叩く寸前、その左肘の関節が火を噴いた。
 ほぼ零距離からのブースト・ナックル!
 どおん、と地上であったなら鼓膜を破る巨音を鳴り響かせる。だが、それを、その豪拳を。

 

「ぬるい! なんだこの拳はァ!!」

 

 腹筋に力を入れる人間の動作と同じスレードゲルミルのたった一度の挙動で、呆気無く弾かれて極近距離を飛んだ拳は、すぐに元の形へと接続される。その現実を前にして、シンの眼は驚きに目を見開いた。
 機体のスペック以上の、ある種物理的限界を超えた現象を目の前で行われたのではあるまいか。そう、呆けた瞬間には、あまりにも強烈なスレードゲルミルの右拳が飛鳥の顎を捉えていた。
 機体の質量自体にはさして違いはあるまい。プログラムされたモーション自体にも大きな相違はあるまい。では、なにがこれほど互いの一撃に差を作る? まさか、搭乗者の気迫とでもいうのか?
 バカな、だが、確かにウォーダンの気迫を乗せたスレードゲルミルの拳は、あまりにも重すぎる。あまりにも鮮明な衝撃を飛鳥とシンに叩き込む。

 

「怒気・瞋恚・憤怒・憤懣・鬱憤・義憤・痛憤・悲憤・憤激・憤慨・立腹・激怒・癇癪・逆鱗。
 その全てをかつて戦った貴様なら素直に力に変えただろう。だが!」

 

 振り上げた隙だらけの――おそらくはわざと――テレフォンパンチが、飛鳥の頭部を真上から打ちのめした。十分な余裕を持ってかわせるはずの言葉は、動かぬ的に振われた様に、あっさりと飛鳥を打ちのめす。

 

「なんだ、今の貴様は! 憎悪に心を曇らせ、怒りに翻弄され、本来ならば振るえるはずの力さえ満足に出し切れていない。……怒りを捨てるな、とは言わん。
 だが、怒りを支配するのではなく支配された貴様では、このおれの、そしてスレードゲルミルの敵足り得ると、思うな!!」

 

 打ち降ろした拳のその後に昇龍の如く伸びた左拳。顎を痛烈にかち上げられたグルンガスト飛鳥の極はそのまま二百メートルほど吹き飛んで漂っていた岩石に衝突してようやく止まる。
 シートに思い切り叩きつけられた姿勢のまま、シンは顔を俯かせた。
 道を誤らんとした弟子を救うべく拳を振るった師の様なウォーダンの言葉は、果たしてシンの心にどう響いたか。

 

「……るさい」
「…………聞こえんな。自分の意志さえ語れぬか?」

 

 俯かせていた顔を上げ、シンは両肩を震わせながら叫んだ。

 

「うるさい、うるさいうるさいうるさい、うるさいんだよ! 敵のくせに、おれが倒さなきゃいけない敵のくせに! さっきからぐちゃぐちゃ、何でそんな事言うんだよ。お前は、おれの、おれは、お前の、敵だろうがあああああ!!」

 

 怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒り怒りい怒りいいかかか怒りりりい怒りいイイイいカカカリリリイリ。
 ここに到り、グルンガスト飛鳥に搭載されたカルケリア・パルス・ティルゲムが増大させたシンの中の怒り、憎悪、不安、困惑は最大限に高まり一体となって濁りを増す。
 カルケリア・パルス・ティルゲム。万人が持つ"念"の力を増幅させ伝達するバルマー星のテクノロジー。現在、地球連合でイングラム・プリスケンが開発したT-LINKシステムと同一のモノと言っていい。
 これによって、本来『強念者』には至らぬシンの念を増幅させ、実戦に耐えるレベルにまで引き上げている。
 T-LINKシステムとカルケリア・パルス・ティルゲムの大きな違いの一つは、T-LINKシステムには、システム搭載機のパイロットを保護するリミッターが設けられているのに対し、カルケリア・パルス・ティルゲムにはそれが無く、
強制的にパイロットの思念の力を引き出し、ともすれば精神を破壊しかねない危険なシステムである事だろう。
 ただし、T-LINKシステムにもウラヌスシステムという暴走誘引のシステムは存在している。言い方を考えれば常にリミッターを外したT-LINKシステムがカルケリア・パルス・ティルゲムと言えよう。
 無論、DCで実用化されるにあたりエペソから提供されたデータを元にリミッターが数段階にわたって設けられている。現在シンがクリアしたリミッターは第一リミッター『カイーナ』。すでに第二リミッター『アンティノラ』に移行している。
 だが、今、グルンガスト飛鳥に搭載されたカルケリア・パルス・ティルゲムはリミッターを無視した機能を発揮し、シンの感情の混沌をそのまま増幅して力に変えていた。シンらしからぬ狂気的な怒りの発露もまた暴走したカルケリア・パルス・ティルゲムの影響であろう。
 だが、それもまたすべての答えでは無かった。リミッターを無視したシステムの暴走は、感情を持て余し、噴き出す先を見失ったシンの思念が引き起こしたものなのだ。システムを暴走させるほどに強力なシンの思いを褒めるべきか、単純馬鹿の極みと呆れるべきか。
 背のウィングから覗いた柄を、飛鳥の右腕が握りしめた。

 

「斬る! シシオウブレードおおおお!!」

 

 じゃ、と冷たく凍えた鞘鳴りの音を立て、虚空に輝く銀の三日月を描いたのはグルンガストクラスの特機に見合うよう鍛造された紛れも無き獅子王の太刀。かつての愛機初代飛鳥の携えていたMSという巨人の為銘刀中の銘刀。
 獅子王の刃はシンの殺意を乗せて冷たく妖しく、冴え冴えと輝いていた。
 かつてシンと初代飛鳥の振るった獅子王の太刀が、悠然とたたずむ百獣の王を表すならば、今の二代目飛鳥の持つ獅子王は満たせぬ飢えに狂い、生ある者全てに牙を剥く狂乱のケダモノだ。
 ウォーダンは黙して語らず、スレードゲルミルに左肩の装飾を外させ、回転を始めた装飾を瞬く間に鍔へと変わり、柄を生やし、唯一正常に機能するマシンセルが巨大な蒼天の色をした超規格外の刃を生み出す。
 古代に語られた巨神が携えるに相応しき巨剣『斬艦刀』。初代飛鳥を切り裂き、獅子王の太刀を切り砕き、星をも薙ぐ刃を持って星屑の道を薙ぎ払った超常の剣。
 スレードゲルミルの構えは常と変らず右上段に振りかぶったまま。
 対してグルンガスト飛鳥は、濁った怒りに染まりながらも変わらぬ青眼の構え。
 天が知る。地が知る。星が知る。月が知る。人が知る。双方の機体に握られた刃が知る。グルンガスト飛鳥が知る。スレードゲルミルが知る。誰よりもウォーダン・ユミルとシン・アスカが知る。
 これより放たれる一斬の末路が、いかなるものか。それでもシンは動いた。刃を振るわずにはいられなかった。刃を抜き放ったままでいる緊張に耐える心のしなやかさを、シンはすでに失っていた。
 いっそ哀れ。獅子王の太刀の刃に濁り昇るシンの激情を読み取ったウォーダンは、むしろ悲しげに眼元を引き締めた。人の心の機微を知る。それがウォーダン・ユミルには有り得ぬ筈の事である事には気付かずに。

 

「きええええーーーい!!」
「チェストトオオオオオーーーー!!」

 

 独特の気合いを喉から迸らせ、衝突した岩石から離れて虚空を踏み締めたグルンガスト飛鳥が駆けた。背後の天さえも斬り裂くと見える刃を両手に握りしめたスレードゲルミルが、背の巨大回転衝角から紅蓮の飛沫を零して動いた。
 凝。剣気の凝集、闘気の圧縮、殺気との凝固。荒れ狂う獅子の顎が限界まで開かれ、戦巨神の喉笛めがけて襲いかかる。迎え討つのは艦を斬るという言葉でさえ到底足りぬ絶殺の刃だ。
 凶獅子の牙と巨神の剣と、切り裂かれるのは牙か貫かれるのは刃か。
 いや、問うまでもあるまい。その答えなぞとうに分り切っているのだから。
 斬られた勢いをそのままに先程叩きつけられた岩石に今一度巨体をぶつけたのは、やはりグルンガスト飛鳥。
 振るったシシオウブレードはついぞスレードゲルミルに触れる事無く、飛鳥の胸部に刻まれたあまりに鋭利な斬痕はVG合金製の装甲を水に濡れた薄紙の様に抵抗なく切り裂いていた。

 

「が、はっ……あぐ」
「……未熟。シン・アスカ、ここでおれに斬られるか?」

 

 くそ、くそ、と忌々しげにつぶやくシンの耳にウォーダンの声は届かない。モニターにはかろうじて継戦可能を告げてはいた。だが、シンの心は……。
 機体は動く。刃はまだこの手にある。心も……まだ戦える。だが、今のまま何十回と戦った所で結果は同じ物にしかならない。

 

「くそ、くそ、くそ」

 

 それは呪いの言葉の様に。システムを暴走させ暴走したシステムに増幅されたシンの怒りが、憎悪の産声を上げようとしていた。
 おお、見よ。感じよ。聞くのだ。呪いを乗せた呻き声と共にグルンガスト飛鳥の機体を彩る暗黒の輝きを。薄靄の如く機体の関節から噴きあげ、その巨体に纏わりつき飲み込む暗雲よ。
 高まったシンの感情の混沌は、物理的形状さえ持ってこの世に現れんとしていた。混沌と負の感情の申し子よ、今生まれん。

 

『……シン』
「っ!」

 

 だが、それを、たった一人の言葉が止めた。

 

「ビアン総帥!」
『シン、刃を心で振え。……お前の、本当の……心でだ。苦しみの中にあっても……お前が何故そこに立っているのかを、忘れるな。本当の自分の心と共に剣を振え。……そう、すれば、お前は』
「ビアンおじさん!」

 

 擦れた声、途切れ途切れの声には苦痛がむざむざと現れ、ビアンが苦痛と戦っている事を伝えていた。それでもビアンの言葉は止まらない。自分が戦争に巻き込んだ少年の為に、せめてもの言葉を止めない。

 

『シン、忘れるな。……お前が戦う、理由……を。心で刃を、握るのだ』
『ビアン! シンか? 私だ。ビアンの命に別条はない。我々も無事だ。我々の事は気に病まず存分に戦え』
「ミナさん。……はい!」

 

 通信機の向こうで苦痛の呻きを挙げて気を失ったビアンを抱きとめたらしいミナが、ビアンの代わりにシンに自分達の無事を告げた。シンの心が音を立てて変わる。怒りと焦燥と不安の原因が解決され、ビアンの言葉を聞きそれまでの濁りが嘘のようにシンの心が研ぎ澄まされ――

 

「変わったか」

 

 ウォーダンの目にも明らかにグルンガスト飛鳥の雰囲気さえ変える程に清澄なものに変わる。噴き出し漂っていた暗黒の靄は消え果て、今は透き通った闘志が陽炎のように立ち上る。
 右手一本で握られたシシオウブレードは右下段。
 自分が戦場に居る理由。憎いから敵を倒す為ではない。怒りのままに敵を打ちのめす為ではない。守る為。なにから? だれを? どうやって? いつまで?
 その答えはいまだシンの心の内にはない。だが、その迷いもまたシンの力であり強さだ。迷い、悩み、打ちひしがれ、嘆く。その人間の弱さこそがシン・アスカを突き動かす思いとなる。
 クン、とシシオウブレードの切っ先が動く。瞬間、ナノカーボン製の人工神経を通過した電気信号に突き動かされ、ウォーダンは斬艦刀を振り上げていた。
 電光石火。もはやそれしか例える言葉は無い。MSであった初代飛鳥を雄に上回る超速の踏み込みと共に切り上げられたシシオウブレードが斬艦刀と噛みあっている。
 二つの刃の交差点で散った火花が、スレードゲルミルと飛鳥の顔を一瞬、赤赤と照らした。

 

「ウォーダン・ユミル……。待たせて悪かったな。ここからが、本当のシン・アスカだ!!」
「ふ、その意気や良し。ならば聞け! 我はウォーダン! ウォーダン・ユミル!! 我が斬艦刀を前に、立塞がれる者無きと知れっ!」

 

 弾き合い離れる二つの刃。それは愛し合う恋人の別離にも似て、再び惹かれあった時には別離の時間を埋めるかの如き激しさで交り合う。
 ぎん、という音は一繋がりの旋律の様に奏でられた。互いの刃は全てが特機の装甲さえ切り裂いてしまう魔剣。堅牢無比な筈の特機の装甲が意味を成さぬという超異常な剣撃戦闘。
 上段から振り下ろされた獅子王の刃を斬艦刀が弾いたその六徳後には、銀の煌めきが右胴を薙ぐ横一刀に変じている。あまりに巨大な斬艦刀では受けるにはあまりに速く、ウォーダンは斬艦刀の柄でこれを受けた。
 刃と柄が触れ合う時間は一秒を十に分けた瞬間だけ。跳ね上がり翻り猛然と突きこみ、烈風の如く吹き荒れるや瀑布の如く叩きつける。
 一個の嵐と化したかの様な猛烈な獅子王の太刀の連撃連撃連撃連撃!!
 特機でありながら軽妙精密、疾風迅雷、霞の如く無数の太刀筋に変じるかと思えば雷の如く猛烈苛烈な一刀の冴えを見せる。

 

「見事!!」

 

 メンデルでの戦闘からのわずかな短期間でこれほどまでに技を磨き、心を研ぎ澄ましたシンに、ウォーダンは賞賛を惜しまない。
 だが、毛頭破れるつもりなどない!

 

「喝!!」

 

 密林の王者たる猛虎さえも震え上がらせる一喝と共に走る斬艦刀の一閃。機体にこそ触れざるも、大きく機体を弾きグルンガスト飛鳥を後退させる。
 弾かれた刹那、追撃をかけんと斬艦刀を大上段に振り上げたウォーダンは、爛と輝く飛鳥の瞳を見、それを通じてシン・飛鳥の赤い瞳を見た。
 右後方に弾かれたシシオウブレードの柄尻を左手で握り止め、ぎゃり、と手の中のシシオウブレードの柄が音を立てる。

 

「――展開」

 

 旋風の如く右後方に流されたシシオウブレードが大上段に振り上げられた時、瀟洒な飾りを施された鍔に開いた穴から流体が流れて優美な波紋を持った刀身を覆い尽くす。
 ウォーダンが斬艦刀を振り上げたままに気付く。あれは、間違いない!

 

「獅子王斬艦刀!!」

 

 グルンガスト飛鳥が両手で握りしめたのは、特機用の巨大なシシオウブレードをさらに上回る常識はずれの刃。鍛え上げた者の魂が込められた一振りの業物。美しき波紋はそのままに。弧月の如くわずかに沿った刀身は変わらず。
 しかし、展開された鍔から伸びる刃はスレードゲルミルが手にした斬艦刀にも届く長大・巨大・分厚い日本刀。最も美しい刃物、芸術品と謳われる日本刀を特機でさえ扱いきれぬと見える巨剣へと変える。
 初代飛鳥が手にしていた獅子王の太刀とはまた異なる獅子王の太刀。『獅子王斬艦刀』。
 互いに振り上げた純銀の斬艦刀と蒼い斬艦刀は、稲妻を纏うが如き一撃となって振り下ろされた。