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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第64話

Last-modified: 2009-03-16 (月) 22:29:06

 ビアンSEED 第六十四話 『盟主王降臨』

 
 

 母艦ヒュプノシスの轟沈を確認したモーガン、グレース、アーウィン三人のガンバレルダガー三機は、搭載していたMSをすべて失った他のアガメムノン級に乗艦して、なんとか月基地まで生きて帰りつくことができた。
 エンデュミオン・クレーターに戻ってから一晩が立ち、詳細なデータとして報告された友軍の目も当てられぬ惨状に、いつもはマイペースを崩さぬグレースも心持ち美貌に翳を差し、言葉を見つけられない様子だった。
 しゅんと肩を落とすグレースの様子に、なんだか胸がモヤモヤする……とまではいかぬが不快な気持ちになっていたアーウィンは声をかける決意を固めた。
 エントランスにある長椅子の上で、購入したドリンクパックを握ったままのグレースの隣にさりげなく腰を下ろす。
 床に目を落としていたグレースが、大粒の宝石みたいな瞳をあげた。夜の海に瞬く星の光のようにきらきらと輝く瞳を、アーウィンは時と場所を忘れて美しいと感じていた。

 

「ウィン?」
「ん、いや、隣、いいか?」
「……どうぞ~。というか~もう座ってますぅ」
「そ、そうだったな」
「あ、ウィンも~飲みますか~? まだ口はつけてないですから~間接キスにはならないですよ~。残念でしたぁ」
「遠慮しておく。……グレース」
「はい?」
「その、あまり気を落とさないでくれ。君にそんな顔は似合わない」
「あは、ウィン、私の事気にしてくれていたんですねぇ~。でも大丈夫ですよ、ウィンが励ましてくれたから、いつもの私にすぐ戻りますから」

 

 夏の日差しの下で、涼風に揺れるひまわりみたいな笑顔を浮かべるグレースを、しかしアーウィンは痛ましげに見つめていた。
 この青年にはわかるのだ。グレースが浮かべる笑みに影のように貼り付いた不安や後悔が。
 あのベルゼボを巡る戦いにおいて、連合側のエースだった自分達は、結局ザフトのWRXチームに抑え込まれて、十二分に戦う事が出来なかった。より優れた装備を与えられ優遇されるのはそれに見合う戦果を挙げるエースだからだ。
 傾いた戦況を覆し、困難を打破して友軍に活路を見出させるのがエースと呼ばれる者の義務であり責任ともいえる。
 ならばあの時自分達はエースの宿業を果たせなかった。あの時自分達が抑え込まれることなく、もっと寄せられる期待に見合う戦いができていたならば、今ここにいない者達の何人かは助かったのかもしれない。
 あるいは、そんな事を考えるのは傲慢で、たかがMS三機が最大限に機能したところで助けられる命は知れたものだったかもしれない。それとも、逆に自分達が命を落とす事になっていたかもしれない。
 戦場で、いや、生きていく上で過ぎ去った過去に“もし”という夢想を重ねても意味はない。過ぎ去り、取り戻せぬから過去なのだ。取り返しがつかないから人間は後になってから悔む。

 

「グレース、おれ達はあの時ベストを尽くした。その結果、おれも君も生き残った。シュバリエ大尉や他の皆もだ。死んでしまった者達の事を忘れろとは言わない。ただ、今は生き残った人達の事を考えよう。過去を振り返るのは、未来をつくってからだ」
「……ふふ、ウィンらしくないお説教ですねえ」
「そうか」
「ん~~でもぉ、そういうウィンも素敵ですう。そんな風に慰めてくれるのは、ひょっとして~ウィンが私にメロメロだったりするからですか~?」
「……ノーコメントだ」
「あ、ウィンたら耳まで真っ赤っ赤です~。か~わいい~」
「だ、誰が可愛いんだ。誰が!」
「ウィンですよ~」

 

 惚れた弱みか、口でアーウィンがグレースに勝てる見込みは果てしなくなさそうだった。
 周りの連合の兵士達が、呆れたような、からかうような、羨むような、と様々な視線を寄せているのにアーウィンが気付き、グレースの手を握ってその場を後にしたのはそれから三分後の事だった。
 そして自分の手が力強くグレースの手を握っている事に気づいたウィンが、これまた顔を赤らめて手を離し、にこにこと満面の笑みを浮かべていたグレースは名残惜しそうに、握られていた自分の手とウィンの手を交互に見ている。

 

「ウィン~、もう一回だけ~ぎゅって握ってください」
「だ、だめだ」
「え~? 私の意見なんか聞かずにあんなに激しくしておいて……きゃっ」
「人聞きの悪い事を言うんじゃない!」

 

 グレースは『きゃっ』のあたりで頬を両手で挟み、もじもじと軍服に肉感的なラインを浮かび上がらせる体をくねくねと揺らす。言葉の内容に頬を染め、なんだかんだでグレースには勝てないウィンは、目の前の女性に反論の一欠けらもできそうになかった。
 廊下の真ん中で堂々と夫婦漫才とでも揶揄されるようなやり取りをしている二人に、声が掛けられた。

 

「あ~、うぉっほん。もういいか? お前達。第三者の目というものをだな、もう少し気にした方がいいぞ。まあ、お前らもまだ若いから仕方ないが」
「あ、シュバリエ大尉~、どこ行ってらしたんですか~?」
「こ、これはグレースが」
「……アーウィン。グレースになら尻に敷かれ甲斐もあるとおれは思うぞ」
「大尉!!」
「やだもう、大尉ったら。セクハラですよぉ~?」
「お前らは見ている方が目の毒だ。もう少し場所を考えろよ。それよりもお前達二人に新型機が回されるそうだ。ついてこい」

 

 そういってモーガンが背を向け、流石に惚気ていたグレースや、頬の赤みを維持し続けていたアーウィンも、言い合っている場合ではないと上官の背を負った。
 尤も、グレースはちょっとやりすぎちゃいましたね~、と心の中で小さな赤い舌を出していたが。
 グレースにさんざんからかわれ憤懣やるかたないアーウィンだったが、クールだ、クールになれ、と自分に言い聞かせて思考を切り替える事に務める。

 

「新型機か。GAT-Xナンバーですか? シュバリエ大尉」
「いや。特機と試作のMSだ。アーウィンがMS。グレースが特機を任される」
「特機を? いったい何時の間に」
「特機の方は鹵獲機だそうだがな」
「えぇ~? 中古ですかぁ~?」
「文句を言うな。実物を見ればもっと文句は言えなくなるぞ」

 

 と、モーガンもなにか含むような言い方で釘を刺し、アーウィンとグレースは黙って上官の後を追った。
 モーガンが二人を連れて案内したのはエンデュミオン・クレーター基地の最深部にある巨大な格納庫の一つだった。特機級の整備・開発を目的に急増された区画で、ヒューゴ・メディオに任されたガルムレイドなども同区画内でメンテナンスや補修を受けている。
 厳重なセキュリティをいくつも越え、モーガンが目的の格納庫の扉の向こうへと入るアーウィンとグレースも間をおかずモーガンに続き、自分達の目の前に立つ機動兵器の姿に息を呑んだ。
 天井や床、壁に設置された照明の中に五十メートルを優に超す巨大なシルエットと、こちらは通常のMSとそう大差の無いサイズの人型が映し出されていた。
 見つめる瞳さえ染めてしまいそうな深い青に、金色の装飾が施された巨躯。背からのぞく巨龍の爪、あるいは魔鳥の嘴の様なパーツ。巨躯に見合わぬ細い胴に可動部分が多いとはいえぬ両の手足。
 今は瞳を暗く闇に閉ざしたその、青き鋼の魔王の如き巨人の名は

 

「ヴァルシオン!?」

 

 驚きを微塵も隠さずにアーウィンは呼んだ。ヴァルシオン、と。彼らの目の前に立つのは紛れもなく、昨年のオーブ戦にて連合艦隊に敗北の苦汁を嘗めさせた恐るべき悪魔の名前であった。
 『鹵獲機』とモーガンは言ったが、まさかこのヴァルシオンが!?
 そんなアーウィンの疑問を解き明かすように、耳にこびり付く不快な声が届いた。

 

「ヴァルシオンといっても量産型ですけどネ」

 

 照明に照らし出されるヴァルシオンともう一機のMSらしい機体の足もとに、淡い水色のスーツを着こなした冷淡な印象を受ける男がいたのだ。
 ゆっくりと近づいてくる人影に対し、モーガンが敬礼し、小声でアーウィンとグレースに囁いた。わずかに苦いものが混じる声音は、モーガンが眼前の男に良い印象を覚えていないことを告げている。

 

「ムルタ・アズラエル。ブルーコスモスの盟主だ」
「あのアズラエルですか」

 

 耳に良く届く悪名を思い出し、アーウィンはグレースにしか判別できない程度に嫌悪の感情を顔に浮かばせた。
 それも一瞬だけの事で、すぐさま鉄面皮を被り、自分達の目の前で足を止めたアズラエルに敬礼をする。

 

「ああ、そんな固くなさらず。初めまして、ムルタ・アズラエルです。シュバリエ大尉からは優秀な部下だと聞き及んでいますよ。アーウィン・ドースティン少尉、グレース・ウリジン少尉」
「はっ」
「肩の力を抜いて下さって構わないんですがねエ。……ま、いいでしょう。コレらがお二人にお任せしたい機体です。先ほど言いましたが、このヴァルシオンはあのビアン・ゾルダークの乗っていたヴァルシオンの量産型でしてネ。
まあ、それでも流石の戦闘能力で多大な犠牲と引き換えに一機ばかり鹵獲に成功したんですよ。もうデータ取りも終わりましたし機体の修復も終わったので、これは使わずに置くにはもったいないという事で今回ウリジン少尉にお預けします」
「はい~」

 

 アズラエルを前にしても調子を崩さぬグレースに、モーガンとアーウィンは改めて“コイツは大物かもしれん”と思った。
 アズラエルの方も変に物怖じも構えもしないグレースを気に入ったのか、ふふ、と小さく含み笑いをこぼした。それからヴァルシオンの傍らにある機体に手を向けて説明を始めた。
 大きく曲線を描いて膨らんだ両肩や太もも、背後に背負った円に勾玉を六つ装着したかなり特異な外見の機体だ。

 

「こちらがドースティン少尉の機体、ベルゲルミルです。試作一号機ですので、いささか信用性は心もとないですが、ま、性能は最高の部類に入ると自負していますので。それにガンバレルを扱える方用の装備もありますから、戦果の方を期待しますヨ?」
「はっ」

 

 信用ならない試作機を回されるのはパイロットとしては歓迎せざるところだが、それだけ自分の力量を評価されているのだと考える事にして、アーウィンは表情を保つ事に成功した。
 アーウィンの心中は知らず、アズラエルは薄く笑みを浮かべているだけであった。

 

―この二人はどこまであのシステムに耐えられますかネエ?

 

 アズラエルはヴァルシオンを鹵獲機、ベルゲルミルを試作機と言ったが実際の所は違う。ヴァルシオンは正確には“ヴァルシオン改”であり、テンペスト・ホーカーの搭乗している量産型と同じ機体だ。
 これはこのコズミック・イラの世界に転移してきたアードラー・コッホが死の間際に搭乗していたヴァルシオン改に多少の改修を施したものである。
 かつてグルンガスト零式とゼンガー・ゾンボルトによって両断された機体は、そのコックピットにアードラーを乗せたままほとんど無傷の状態でこの世界に現れ、これまでの間連合軍のバックアップのもと機体の解析が行われていた。
 実際には、アードラーがアズラエルに対する交渉札として秘匿し、反ブルーコスモス派の連合軍将兵に働きかけて修復していた。アズラエルにその存在が明らかにされたのは二度目のオーブ戦で、連合艦隊が完敗を喫した後の事だ。
 さすがにアズラエルもオリジナルヴァルシオンに対抗できる存在を隠蔽していたことに烈火のごとく怒ったが、それがアズラエルが、純粋な自分の意思を保っていられた最後の時だった。
 DC総帥の駆る超絶の化け物に対抗できる切り札があるとアズラエルを呼び出し、アギラと共謀して精神操作にかけ、それ以来周囲の者に怪しまれぬようゆっくりゆっくりと洗脳し続けた成果が今のアズラエルだ。
 アードラーとアギラの言葉に思考を誘導され、それこそが自分の本当の望みだと錯覚し、幼少期に根付いたコンプレックスとトラウマを巧みに操作された操り人形なのだ。
 そしてまた、ヴァルシオンと肩を並べるベルゲルミルはアードラーと双璧をなす狂科学者アギラ・セトメが死を共にした量産型ベルゲルミルだ。
 自律金属細胞マシンセルによって機体もろとも侵食され、無尽蔵の再生能力を得た科学の魔女を葬るために、オウカ・ナギサの乗っていたラピエサージュの自爆装置ATAによって消滅したはずの機体は、やはりアードラーとヴァルシオン同様にほぼ無傷のままこちらの世界に出現していた。
 せめてもの救いは、マシンセルの機能を統括・制御していたコンピューター・メイガスとのリンクが断ち切られた事と、転移の影響かマシンセルの再生機能が完全に死んでいることだろう。
 それでも、量産型ヒュッケバインMk-Ⅱがマシンセルによって変貌し、異常なまでの高性能化を果たしたベルゲルミルは、例え量産型といえども純粋なC.E.MSたちを凌駕し、その頂点に君臨しうる機体だ。
 アーウィンの技量があいまれば、ガンバレルダガーの頃とは比較にならない戦果をあげるであろう事は、想像に難くない。
 そして、オリジナルヴァルシオンになく、ヴァルシオン改とベルゲルミルに備わった悪魔のマン・マシン・インターフェイスがあった。
 その名を『ゲイム・システム』。パイロットを機体に合わせて強制的に調整し脳内麻薬の強制分泌や電気信号の外部入力などによって、人体の限界を超えた超反応やG耐性などを付加し、“パイロットを機体に合わせる”システムだ。
 このシステムとニュータイプとして目覚めつつあるアーウィンとグレースの能力が加味されれば、オリジナルヴァルシオンとて苦戦――あるいは撃墜も必至の存在が誕生するのは間違いない。

 

―ま。あのシステムのテストで何人も廃人になっていますし、彼らも使い捨てですがね。

 

 アズラエルの中で、すでにアーウィンとグレースはオルガら生体SPUと同じ、代わりの利く使い捨ての消耗品でしかなかった。
 そんなアズラエルの思考を漠然と捉え、アーウィンとグレースは、顔には出さぬが言いようのない不快感と不安を覚えていた。この機体に乗ることで、自分達の命運が大きく奈落に向かって落ちて始めているのを、無意識に感じ取ったのだろう。
 それを糊塗する様にアズラエルがパン! と両手を打ち合わせ言った。

 

「さあ、これだけの機体を与えられるんだ。存分に殺してくださいよ。空の化け物どもをね……?」

 

 引き攣る様に吊り上がったアズラエルの口元は、人の皮を被った別の何かの笑みの様に邪悪だった。

 
 

 ザフトの中継基地のひとつ《ベルゼボ》を巡る戦いで、地球連合は投入したMSの四割を失い、また艦隊司令ジーベル・ミステル大佐をはじめとした高級士官の多くを失うなど、手痛い損害を受ける事になった。
 対してザフトはベルゼボ司令の暗殺や、配備していたMSの二割を失うなど、連合に比べればまだマシとはいえ、こちらも無視できない被害を被っている。
 だが、やはりもっとも大きな打撃を受けたのがDCであった事は否定できない。失った戦力の比率で言うなら、最も損害が軽微ではあったが、連合の襲撃時に基地司令と会談を行っていたビアン・ゾルダーク総帥が重傷を負ってしまったのだ。
 死亡という最悪の事態こそ免れたものの、予断を許さぬ負傷を負ったビアン・ゾルダークの身柄は素早くプラント本国に移され、医療技術の粋を持って治療を受ける事となった。
 今回のような事態に対するザフト側へのDCからの猛烈な糾弾は、同事件によって総帥共々軽傷を負ったロンド・ミナ・サハクDC副総帥を筆頭に、筆舌に尽くし難い苛烈さであった。
 これを受けた評議会のメンバーの複数名が胃を痛める事となったのが、後世判明している。
 ビアン・ゾルダーク総帥の負傷を伝えられたアメノミハシラ側の行動も迅速で、編成の終わっていたDC宇宙軍主力艦隊が即座に動いていた。
 マイヤー・V・ブランシュタイン宇宙軍総司令や、ロレンツォ・ディ・モンテニャッコ一佐、ユーリア・ハインケル二佐のトロイエ隊が既にプラント本国の防衛の要のひとつ、ヤキン・ドゥーエへ向かっていたのだ。
 プラント首都アプリリウス市の防衛用に設営されている浮きドックの一つに、ディバイン・クルセイダーズのフラグシップ“タマハガネ”の艦影があった。
 プラントの周囲に浮かんでいる菱形の構造体は戦時下につき、各コロニーや親プラントの諸国家との貿易用に設けられた施設であり、ジャンク屋などからは島、出島などとも呼ばれている。
 簡易な補給施設や軍艦用のドックにもなり、プラント本国や中継ステーション代り意味も兼ねて無数に建造されている。
 先のベルゼボの戦闘から、無事プラント本国へとたどり着いたクライ・ウルブズの面々も、結成以来、初めて出す事となった重傷者の付き添いに一名の隊員が出向いている以外は、月の連合艦隊の動きに気を揉む日々を送っていた。
 DC宇宙軍の主力艦隊が持ち込んだタマハガネ用の艦首モジュールの交換作業を、機体のコックピットの中からアウルとスティングがぼんやりと見下ろしていた。
 丸々借り受けた菱形のドックの中で進められる交換作業の警備として駆り出されたのである。シンとビアンの負傷に、二人に強く依存しているステラが側を離れようとせずに病院までついていってしまい、いつもの四人組は半分ずつに分かれていた。
 スティングとアウルらにとってもあの二人の負傷は相当にショックな出来事で、それぞれの命の保証がなされても、どうにも気を落ちつけずにいた所をアルベロに見咎められ、頭を冷やして来いと警備に振り分けられていた。
 世界一派手なMSのコックピットで、タマハガネがMSの積載量を重視した“ムゲンシンボ”から、二連装Gインパクトキャノンを艦首両側面に装備した砲撃モジュールに交換する過程を見ていたスティングだったが、流石に飽きが来始めたのか、周囲の空間を見回す。
 つられてナイトガーリオンに乗っていたアウルも周りを見回した。

 

「なんもねえじゃん」
「分かっているよ。ただおんなじ光景見ているよりは星でも眺めている方がマシだろ?」
「そお?」
「そういう事にしとけよ」
「なあ、二人とも、いつんなったら治るのかな?」
「そのうちだろ」
「そのうちって……何時だよ?」
「そのうちはそのうちだ。それに総帥はもう目を覚ましたんだろ? 立ったり歩いたりはまだ無理らしいけどよ」

 

 どこかに心を置いてきてしまったように、ぼんやりとしたアウルの声の根底には、シンとビアンを失うことへの強い恐怖と不安が、ほんの少し顔を覗かせていた。
 負けん気が強く、我の強いアウルが自分の弱音を晒す事は滅多にないが、それも仕方ねえな、とスティングは理解していた。自分だって、あの二人がいなくなることを考えたら、ろくでもない気分にしかならないのだから。

 

「くそ。連合の連中、全部おれがぶっ殺してやる。二人の仇はおれが取る。スティングやステラにだって譲らないからな!」
「勝手に殺すなよ。二人とも生きてるだろ。……それに、おれだってお前やステラに譲る気はねえぜ。あんなふざけた真似してくれた奴は、八つ裂きにしたって腹の虫が治まらないからな」

 

 ぎりりと噛み締めた奥歯の擦れる音を聞きながら、スティングははるか彼方の月にいる連合軍を幻視した。
 遠からずボアズ、ヤキン・ドゥーエ、そしてプラント本国へと攻め込んでくるであろう彼らをすべて殺し尽してやる――それほどまでに過熱した激情が、胸の裡で渦を巻いていた。
 血の気を頭に上らせる二人を宥めるようなタイミングで、アルベロとジャン・キャリーから交代の時間だと告げる通信が入った。
 ステラがヒュッケバインに搭乗した事で、空いたビルトシュバインに乗り換えたアルベロと、パーソナルカラーの白に塗装したヒュッケバインMk-Ⅱが、間もなく視界の中に入ってくる。
 ビルトシュバインにはサークルザンバーなどの固定武装の他に、シンがガームリオン・カスタム飛鳥に乗っていた折に使っていたシシオウブレードを修復したものと、MSやAM、PTが携帯できるまでダウンサイジングした重力衝撃砲“グラビトンランチャー”が装備され、遠近両距離をこなし、統合性能ではヒュッケバインに匹敵する仕上がりになっている。
 ぶつくさとまだなにか文句を言っているアウルに、おいと声をかけ、スティングは補給ドッグへと機首を巡らせた。攻めてくるならさっさとしろ、そんな半ば自暴自棄にも似た気分であった。

 
 

 プラント本国のとある病院施設に、シンはいた。全身から原因不明の出血と脳神経系に異様な負荷がかかった状態で意識を失ったこの少年は、今もベッドの住人となったまま目を覚まさずにいる。
 呼吸器や点滴、いくつものチューブが体を繋ぎ、血の気を失った肌は死人のように白い。多量の失血を始め、内臓諸器官にまで及んだ謎の負傷は、治療を担当した軍医や医師達に同じ言葉を吐かせた。
 “生きている事自体が奇跡”“どうして死んでいないのかわからない”と。カルケリア・パルス・ティルゲムの暴走による思念の狂乱は、シンの肉体に超人的な能力を付加する事と引き換えに尋常ならざる負荷を与えていた。
 ウォーダンやムラタ、ゼオルートらと対等に近い戦闘を行う事は今のシンの実力を考慮すれば不可能に極めて近い。その不可能を可能にした代価は、不可解な傷や症状となってシンに襲いかかっていた。
 脈拍が二〇〇を超えたかと思えば次には0近くになり、心臓が停止した状態からの多量の失血。
 体温が一〇度を下回りながらも機能そのものは健全、とあり得ない状態が一分、十分、一時間と時間間隔さえもランダムに次々と発症し、これまでの医学の常識を受け付けぬ容態だった。
 幸いにして今は、意識不明の昏睡状態が続いているだけでありとりあえずの命を危険は去ったと判断されている。ただし、いつ目が覚めるかはまだわからない。
 窓から差し込む陽光に照らされるシンの顔はより一層衰弱の相を強調され、脈拍があることを告げるピッピッという電子音が無かったら本当に死んでしまっているかのようだ。
 人類が宇宙に進出してもこれといって変化のみられない病室の中、まっさらなシーツに顔をうずめていたステラが顔だけ起こして眠るシンの顔を見つめた。
 異常な環境で育ったが故の無垢さに、ビアンに引き取られてからは太陽みたいな活力を輝かせていた顔は、今は暗く沈み、夕陽の沈みゆく黄昏時が似合いの表情だ。大粒の瞳は潤む事を忘れて乾いた視線を向けている。
 涙は流し尽した。ステラはシンの生死のわからぬ状態を見てしまった時には、過剰な精神的負荷でその場で昏倒してしまった。
 目を覚ました時に半狂乱になることが推測されたため、医務室に半ば拘束に近い形で眠らされ、ビアンがかろうじて意識を取り戻してから面会が許可された。
 幸い、ビアンが目を覚まし、自分とシンの事は心配するなと宥めたおかげである程度情緒は安定していた。ミナやスティングらにシンの傍らにいる事を許されてから、ステラはずっとシンの眠るベッドから離れていない。

 

「約束、したのに」

 

 思い出すのはかつてシンの妹マユと交わした、シンを守るという約束。それが、どうだ? 自分の目の前には傷つき倒れたシンの姿がある。今までシンがこうして意識を失いけがを負ってベッドの住人になったことは何度かあった。
 でもそれまでと今度は違う。シンが意識を失うほどのけがをしても、今までは大丈夫、すぐに目を覚ますと漠然と信じる事が出来たのに、今度だけは違う。
 本当に、本当にこのまま目を覚まさず、もう一生ステラと話をしたり、遊んだりしてくれなくなってしまうような強い不安が恐怖と共にあった。
 いつもみたいに頭を撫でて欲しい。一緒に笑ってほしい。話を聞いてもらって、話を聞いてもらって……。ステラの傍で、シンの傍で、ずっとずっと、これからもそうして行きたい。
 最初は、まるで血の色のような、ステラの最も恐ろしいものを連想させる色で苦手だったシンの瞳も、今は好きだった。シンの顔を覗き込んでいた理由のほとんどが、その赤い瞳に自分が映っているのを確かめるためだと、シンは知らないだろう。
 シンとステラの二人っきりじゃなくていい。ビアンやミナや、スティングにアウル、マユも一緒にどこかに遊びに出かけたり、食事を共にしたり、お風呂に入ったり買い物に出かけたり、ただ一緒にいるだけでもいい。
 ステラは、シンと、一緒にいたかった。なにより

 

―ステラ。

 

 弾けるような笑顔と一緒に、優しく、陽だまりみたいに暖かく自分を呼ぶシン。

 

―ステラ。

 

 どこか照れ臭そうに、それでも宝物のように自分の名前を呼ぶシンの声が聞きたかった。

 

「ねえ、シン。ステラ、いい子にしているから……みんなの言う事ちゃんと聞くから、眼を覚まして、ね? それで、それで目を覚ましたら……また、ステラって呼んでね? 私の名前、呼んでね?」

 

 枯れ果てたはずの涙がまた溢れ出し、シーツに染みを作るのに構わず、ステラはそっとシンの頬に顔を寄せて口づけた。自分の唇に帰ってきた氷のような感触に、ステラはまた一つ大粒の涙を、今度はシンの顔に落とした。
 シンの右目の端に落ちたステラの涙は、そのまま重力に引かれて流れ落ちた。
 それは、まるでステラではなくシンが泣いているかの様な軌跡を描いて染みになった。
 ステラは、また椅子に座りなおしてベッドに顔を埋めた。シンが起きるまでずっとそうしていたように、これからもずっとそうするのだろう。
 シンとステラの二人しかいない、いや、目覚めぬシンをただ一人で待つステラだけの孤独な世界がそこにあった。

 
 

「そうか。シンは目覚めぬままか」

 

 常に伴う気迫がはっきりとわかるほど削げ落ちた声に、声の主――ビアン・ゾルダークを見舞った二人の内の一人が首を縦に動かした。
 上半身を起こしたビアンと、ロンド・ミナ・サハク、マイヤー・V・ブランシュタインが、病室の住人たちだ。ミナとマイヤーは意識を取り戻したビアンに、それぞれの立場上の報告と友人としての見舞いを兼ねて病室を訪ねていた。
 病室の外をソキウスらとDCの警護兵で固め、事前にアポイントを取り付けたザフトの高官でも入室は困難なほど過剰に警戒している。もっとも、ザフトにはビアンがいまだ意識不明の重体と告げてあるから、わざわざ正式に訪れるような輩はおるまい。
 病院着に着替えさせられたビアンは痛ましく胸や腹に包帯を巻き、顔色もいささか青ざめて衰弱しているようではあったが、この通り身を起して会話する程度には回復していた。
 驚異的な回復力といっていいが、その実超人的な精神力で無理やり体を支えているのが実情だ。

 

「ステラもシンに付き添ったままだ。懐いている事は知っていたが、あそこまで依存しているとは、いささか見誤ったというほかない」
「仕方あるまい。ステラはシンの傍で一番よく笑う。それを微笑ましく思う者なら、二人をわざわざ離すような真似をする気になどなれんよ」
「親バカめ」

 

 ビアンとステラをはじめとしたエクステンデッドの三人が、いわば擬似的な親子関係にある事は近しい者達には周知の事であるが、そうでないものの方が無論多い。
 公私の区別が上手く付けられていないステラはとかくビアンに甘えたがり、二人の関係を知らぬ者達がそれを見た時は、うちの総帥ってロリコンだったのか、と言葉にできぬショックを受ける。
 無論、実娘リューネ・ゾルダークに対して甘やかしていたビアンだ。自分を実の父親のように慕ってくるステラの事を可愛がりはすれども性的な目で見た事はない。
 幸いにして、味方の時はエース程度の活躍で終わるくせに、敵になると一つの勢力を築き上げてしまう、ロリコン設定が暗黙の了解化している赤がお好きな総帥とは違い、そのテの性的志向は持ち合わせていなかった。
 しかし、DCには以前にソキウスの女装姿を正式な軍服にしてくれ、ソキウスを弟に、とか飼われたいだの飼いたいなどの要求を上げてきた連中がいる。母体が旧オーブである以上、そういった兵が旧オーブ時代からいたという事であるが。
 ともかく、お髭が素敵な壮年のビアンに、まだ十代半ばのステラが熟練の技術で性的に目覚め始める夢想に浸り、これはイケる! と腐った妄想に走る者もいて、ビアンのロリコン疑惑は概ね九九九:一の割合で信じられてる。信じているのが一の方だ。
 なおそういった連中は逐次サハク家の姉の方が粛清しているので徐々に数を減らしている。よくできた妻の内助の功みたいなものだ。
 自分とステラをそんな風に見ているものの存在など露とも知らぬビアンは、ミナの親バカ発言を否定せず、小さく笑った。ある程度自覚しているらしい。

 

「ふっ。……それで、連合の動きはどうなっている。マイヤー?」

 

 金髪の偉丈夫は厳かに頷きつつ、内心邪魔をしたのかもしれんな……と自軍の総帥と副総帥のやり取りに溜息を吐いていた。

 

「お前の負傷を始め、こちらの被害も軽視できるものではないが、連合側の損害はさらに大きい。あれだけの艦とMSを失った以上、建て直すとなれば一、二ヶ月はかかる。
あるいはこちらから月に仕掛けて出鼻を挫く事も有用やもしれん。ザフトのいくらかは戦力を出すだろう。とりあえず月さえ沈黙させられれば、宇宙はザフトと我々の庭になる。そうなれば一部兵力を本土に戻して防衛を固める事も必要だろう」
「再建するならば、な」

 

 ビアンの呟きに、マイヤーもミナも頷いて肯定した。今の連合軍ならば、失った分の戦力を再建する事なくザフト・DCに対して大規模な作戦を展開できるだろう。
 となれば、ネオ・ヴァルシオンとグルンガスト飛鳥、下手をすればヒュッケバインも使えぬ状況で迎え撃たねばなるまい。
 大掛かりな作業になるが、ヒュッケバインやグルンガスト飛鳥の生態認証を解除して別のパイロットに預ける事も視野に入れるべきか。
 三人共に様々な策を巡らせるが、連合の動きは三人の思惑を超えて速かった。すでにジーベルの動かした艦隊とは比較にならぬ規模の部隊が動いていたのだ。

 

 ザフト及びDCにもたらされたのは、月の連合艦隊のボアズ侵攻の知らせであった。

 

 ボアズはヤキン・ドゥーエと並ぶプラントの守りの要だ。元は新星という名の極東連合の衛星であったのだが、これを戦争序盤にザフトが攻略して本国近海に移送後、改装して要塞としたものだ。
 常時数百に及ぶMSを配し、数カ月という短期間で徹底的な要塞化や港湾施設、軍事工廠を備え、監視網も完備し、これまで連合の部隊を寄せ付けなかった難攻不落の要塞だ。
 だが、連合もまたザフトの専売特許であったMSを配備した今、これまでと同じ結末を迎えるとは、誰も思ってはいなかった。
 上部に突起が突き出たような帽子をした岩塊の中央に巨大なゲートを備えたボアズをぐるりと囲むよう連合の艦隊が展開している。
 総数二〇〇〇に迫る圧倒的多数に、さしものナチュラル軽視者の多いザフト諸兵にも隠しきれぬ動揺が走り、それを糊塗する様に司令官達が指示を飛ばして本国に増援を要請する。
 ボアズに配備されたMSは、増強された宇宙軍に回収された地上軍の部隊も加わり七〇〇を超す。これに防御側の有利を加え、MS戦闘の経験の一日の長を加味すれば、如何に連合軍の大物量といえども、ボアズの陥落を成し得るのが大難事であることは間違いない。
 先手は展開した連合の艦隊が取った。知将ハルバートンが低軌道会戦で取った戦艦の数の有利を全く生かさず、艦隊戦を行わずにわざわざMSの接近を待ってからMAを出撃させるという、どこが知将なのか? という戦法はさすがに行われなかった。
 ジーベルが行わなかった初手の衛星ミサイルの全方位攻撃に、圧倒的多数の艦艇からの宇宙の闇を照らしだす雨のごとき艦砲の対要塞ミサイルのやむ事の無い飽和攻撃だ。
 この時のあまりに膨大な、本戦争はじまって以来の大物量からなる圧倒的な攻撃の凄まじさから、後に語られるところによると連合とザフトの双兵は、そのままボアズそのものを砕くつもりなのだと本気で信じたという。
 衛星ミサイルと、アンチビーム爆雷で多少は減衰したビームの嵐が止み、今度はMS戦かと、ようやく自分達の得意な分野に持ち込めると奇妙な安堵をおぼえたザフトは、いよいよ反撃を加えるべくゲイツを主力としたMS部隊を出撃させた。
 すでに旧式機であるジンやシグーの多くは後方に配置され、ロールアウトから日が経ち、実用データも揃ったゲイツがザフトの主力となっていた。
 一部のエースやベテランたちはジンHM2型や、ジン・アサルトシュラウド、量産型のメディウス・ロクスなどに搭乗して、迫る連合のダガーLやストライクダガー隊と激突した。
 また、予想した時期こそ早かったものの月の連合艦隊のボアズ侵攻そのものは予想されたものであり、これに対抗するための切り札もザフト側にはあった。
 フリーダムとジャスティスの核動力機である。これに専用の装備であるミーティアを装備した部隊だ。
 全長99.4メートルにも及ぶ強化武装だ。アーム部分には一二〇センチ高エネルギー収束火線砲二門を備え、後部推進ポッドの上部や左右には全七七門に及ぶ六〇センチ・エリナケウス艦対艦ミサイルを備え、両側部には九三.七センチ高エネルギー収束火線砲、またアーム先端部はMA-X二〇〇ビームソードとなる。
 ミーティア自体も核動力であり、フリーダムとジャスティスの動力とあいまって、戦場の様相を単機で変えることも可能な大量破壊兵器といって良い。
 選りすぐりのエース達が搭乗した核動力機を、ミーティア装備の機体は専用の運用艦であるエターナル級と共に遊撃部隊として編成し、ミーティアを持たない他の機体は、それぞれの戦場に合わせて数をばらつかせて配備している。
 連合側も蓄積したMSの運用データから配備当初に比べてMSの動きは格段に良かったものの、経験値と基礎的な能力において勝るザフトのMSが数の不利を良く抑えていた。
 特に一対多を想定したフリーダムの五つの砲撃や、近接戦闘に特化し、部隊のど真ん中に切り込んでは次々とMSやMAを蹴散らすジャスティスら核動力機の戦闘能力は凄まじく、強化人間やフルボーグらが乗ったXナンバーの機体が複数でかかって抑え込まなければならなかった。
 MAさえ上回る加速力と機動性を最大に生かし、持てる火力を一斉に放っては無数の火球を生むミーティアや量産型であるヴェルヌは、その速さを最大の防御にし、連合側の反撃を受ける前に即座に離脱し、また砲撃と回避・離脱というヒットアンドアウェイに徹して、撃墜されることなく戦果を刻んでいった。
 全体的に見れば、ミーティアや核動力機の存在もあり、戦況はザフトがやや有利の状態へと移行しつつあった。

 
 

 ザフトのMS部隊を突破した四機ダガーLが、ボアズからの対空砲火を潜り抜けて要塞へ貼りつこうとバーニアを吹かしていた。突入していた時点では十倍の数であったが、ゲイツをMS部隊の迎撃に歓迎され、たどり着いたのはこれっぽちっだった。
 わずか四機のみではあったが、それでも要塞の対空砲火をつぶそうとビームライフルの銃口を向ける彼らを、三百六十度ありとあらゆる方向からのビームが貫き、瞬く間に撃墜させて見せた。
 その爆発の光の中に、小さな物体が飛翔しているのが見える。それらはやがて一つところへと集まり、円形のバックパックへと接続された。フリーダムとジャスティスに続く核動力機プロヴィデンスの二号機だ。
 パイロットはラウ・ル・クルーゼ、エルザム・V・ブランシュタインと並びトリプルエースと称えられる男、ラルフ・クオルドだ。隊長格を示す白のパイロットスーツに身を包み、先程撃墜したばかりの連合のMSに一瞥だけくれてから、自分の部下達に通信を繋げる。

 

「ジャイルズ、ハンス、ヴィーパー、機体に損傷はあるか?」
『全機損傷なし。継戦可能です』
「ふん。ナチュラル共め。MSを手にしただけでわれらに勝てるなどと思うなよ」

 

 ラルフのプロヴィデンスの周囲に、二機ずつフリーダムとジャスティスが集合した。ラルフが任された核動力機部隊クオルド隊だ。他にも複数の部隊が結成され、数で劣る戦場のあちこちを飛び回っているはずだ。
 流れるような金髪、色白の肌、端正な造りの顔立ちにはクルーゼとはまた違った冷淡な笑みが浮かんでいた。だがその冷淡さと傲岸な言葉にふさわしいだけの実力をこの男は備えている。
 ザフトでも片手の指ほどしかいない高い空間認識能力の持ち主であり、遺伝子操作に依らぬ天賦の才とコーディネイターらなではの高い身体能力と高い学習能力により、極めて高い戦闘能力を持つ。
 ザフト最強のMSパイロットの一人であることは紛れもない事実なのだ。
 まもなくラルフの掛け声に従い、全四機の核動力部隊が散開した。

 
 

 全体を見渡せばザフト有利な戦況も、一部では連合側が圧倒的優勢を見せていた。アズラエルの独断と横やりで半ば結成されたω特務艦隊である。
 艦隊司令に就任したレフィーナ・エンフィールド中佐の乗艦しているゲヴェルを旗艦に、ナタル・バジルール少佐のドミニオン、イアン・リー少佐のエスフェルといったアークエンジェル級を中心に、一つの槍のように突き進み目の前を塞ぐザフトの部隊を蹴散らしていた。
 合流した第十三独立部隊をはじめ、アズラエルの手まわしで一線級のパイロットと装備を擁し、さらにゲヴェルとドミニオンに至っては間違いなく連合最精鋭最強の部隊だったのだ。いかにザフトのベテランクラスが数を揃えても、これを防ぐのは不可能に等しい。
 オルガ達のカラミティやレイダーもすべて核動力に換装され、WRXチームやガルムレイドを駆るヒューゴらに比べて遜色のない活躍を見せており、彼らの行く手を阻むのは実際なかった。
 その分弾薬や精神的な消耗も激しかったが、自分たちの働き如何で戦争の終わりを速める事が出来るという確かな実感が、ω特務艦隊全員の士気を向上させていた。

 
 

 自分が後押しした部隊の活躍を眺めて、アズラエルは一人悦に入っていた。鉄の箱の中に身を預け、体は特注のパイロットスーツで包んでいる。
 ボアズ攻略に向けて出撃した艦隊の中央部で、一隻の輸送艦が曳航していた巨大コンテナが開き、中から巨大な機影が浮かび上がる。
 それは形を見れば、MSと判断する事は出来た。だが、そのあまりの巨体に、居並ぶ連合艦のスタッフ達はMSと認識する事は出来なかった。全高百メートル余の巨体はもはや特機のレベルだろうし、実際特機として分類されている。
 何の冗談か両肩と両膝に備え付けられた巨大な回転衝角『カラドボルグ』。胸部の巨大な砲口をはじめとし、全身のあらゆる箇所に仕込まれた無数の強力な火器の数々。
 機体と火器の制御のために幾人ものソキウスの脳髄を用い、さらにはゲーザ・ハガナーという異世界からの死人さえ贄に捧げて誕生した地球連合最強最悪の破壊神。新たな創造ではなく、何も残らぬ無情なる破壊を生む悪虐の巨人。
 その名をアズライガー。
 デュアルアイを鈍く翡翠の色に輝かせ、ゆっくりとアズライガーは輸送艦から飛び上がった。あろうことかそのコックピットの中にはムルタ・アズラエルの姿がある。
 いくら機体のコントロールのほとんどをゲーザとソキウス達の脳髄がこなすとはいえ、機動兵器の扱いに関しては素人のアズラエラルがいる事は、ブルーコスモスの盟主や国防産業連合理事という重責を担う立場からすれば狂気の沙汰だ。
 だが、それは正気を持った人間に言うべきセリフであり、すでに狂気に陥ったアズラエルならば、このように戦場に立ち、憎むべきコーディネイターをこの手で蹂躙し、破壊し、殲滅することこそが当然、世の理、必定なのだ。
 事前に施されたマインドコントロールの影響によって、脳内で過剰に分泌されるアドレナリンをはじめとした脳内麻薬や、投与された興奮作用のある各種の薬品が、既にアズラエルを殺戮の桃源郷へと運んでいた。

 

「さぁあ、皆殺しだっ!!」

 

 与えられたおもちゃで遊ぶ子供のように純粋な、そして剥き出しの殺意が陽炎のようにアズライガーから立ち上っていた。
 小型艦艇数隻分に匹敵する超弩級の推進力で一気に加速したアズライガーは、時折自軍のMSやMAと衝突しそうになりながら一気に最前線へと殴りこんだ。
 途中、連合の新手と気づいたゲイツやジンHM2型などから銃撃が殺到するが、百メートルを超す巨体ながらミーティア以上の推力とテスラ・ドライブの搭載、ソキウス複数名による機体コントロールにより、アズライガーの運動性と機動性は並のMSの追従を許さない。
 もっとも、回避の必要なしと判断したソキウスの判断により、Eフィールドを展開して道を塞ぐザフトのMSを轢いてゆく。現実の自動車事故を格段にスケールアップした悪夢じみた攻撃は、アズライガーが五機のMSを轢き壊したところで止まる。
 ゆっくりと、握られていた五指が開き折り畳まれていた腰の砲身が展開し、接続していたガンバレルが切り離され、胸部や頭部に破滅の光が宿り始める。それらの光が一斉に解き放たれ、前方の虚空に展開するザフトの艦艇やMSに群がった。
 遮光装置を通してなお目を焼くような眩い光の道が敷かれて行くのに遅れて、その道の先にあったあらゆるものが爆砕され粉砕され、無数のオレンジ色の光の玉に代わって連なった。
 アズライガーに搭載されたローエングリン、スーパースキュラ、ツォーン、スプリットビームガン、ガンバレル、ターミナス・キャノンといった恐るべき火器の群れが一斉に地獄の砲火を浴びせたのだ。
 今もなおモニターを埋め尽くす死を意味する光球を目の前にして、アズラエルは眼の端から涙さえ流して大笑いしていた。

 

「アハハハハハはハハhあはHAA!! 馬鹿なコーディネイター! 屑のコーディネイター!! お、お前ら、は、いき、生きてちゃいけないんだよオオ!!!」

 

 あまりにも巨大な歓喜の念が、うまく言葉を語らせない。性的絶頂にも似た圧倒的な愉悦。胸の内を焦がす負の歓喜。全細胞が喜びに戦慄いている。

 

 ぼくは、今! 何よりも望んだ力を手に入れた! あの目障りな化け物どもを一人たりとも残す事なく滅ぼし尽す、破壊の王のごとき力を!
 どうだ!? さんざん下等なナチュラルだの野蛮な劣等種だなどと自分達を罵り、見下していた空の化け物どもが、抗う術もなく無残に! ゴミ屑のように!

 

「死んでるじゃないか!? あはあはAAはああhっはははっはあはあは!! ザマアミロォ!! みんなぁ、死んじゃえよ! クソッタレのコーディネイター!!」

 

 核動力炉から供給されるエネルギーとダウンサイジングした艦艇用のエンジンから供給されるエネルギーを破壊へと変え、アズライガーは続けて第二波を放った。
 先ほどの第一波で射程内にいたザフトの部隊はあらかた撃墜していたせいで、咲いた炎の花弁は少なかった。だが、それでもアズライガーのたった二度の攻撃で六隻の戦艦が沈み、七十を超すMSが撃墜されていた。
 その中にはミーティアの量産型であるヴェルヌを装備したジャスティスとフリーダムが含まれていた。
 撃墜した数もそうだが、恐るべきことにこの狙いなど全く付けていないようなアズライガーの一斉砲火の被害に、地球連合側のMSや艦艇が一切含まれていなかった事は瞠目に値しよう。
 これはナチュラルの幸福を最優先するソキウス達の脳髄が使用されている事が大きい。アードラーとアギラも、アズライガーに搭乗したパイロットがゲイム・システムの影響で敵と味方の判別を付けず、多大な被害をもたらす事を一応考慮して、気休め程度のつもりで脳髄にしたソキウス達の、ナチュラルに対する服従遺伝子の効果を安全弁代りにしていたのだ。
 事前にシンマニフェルのサザーランドから周辺の連合艦にアズライガーから離れるよう指示が通達されていたことも大きい。とはいえ、そんな味方の事などこれっぽっちも思考の内に残していないアズラエルは、今だ目の前に残る不愉快な羽虫たちの掃討に移った。
 吹き飛ばして捻り潰して撃ち抜いて踏み潰して粉微塵にして握り潰して、圧殺して射殺して惨殺して塵殺して滅殺して……

 

「綺麗サッパリ、いなくなぁれええええええ!!!!」

 

 フライトユニットから全開になったスラスターとバーニアの噴射光が溢れ出し、アズライガーはミーティアにも匹敵する超加速でザフトの戦列の中に飛び込み、全身の武器という武器を休むことなく我武者羅に撃ちまくった。
 アズライガーによる撃墜数が百を超えたのは、第二波の全砲撃を放ってからわずか三十秒後の事だった。