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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第69話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:28:19

ビアンSEED 第六十九話 分岐点

 びょう、と、もし大気があったならばそんな音を立てて切裂くような白刃の軌跡が、虚空に幾重にも描かれた。
 かたや分厚い近代技術の粋を持って製造された複合装甲の盾と、光の刃を手に持った鋼の巨人。
 かたや星の光を白刃の中に閉じ込めた弧月の如く優美な弧を描くひと振りの刀を鞘におさめ、右手を柄に添えている鋼の巨人。
 一刀を握る古武者然とした外装のガーリオン・カスタム無明の周囲には、すでに三機のMSが屍となって漂っている。
 どれも一刀の元に斬り伏せられ、腹部を横一文字に割られて紫電を零していた。これが人体であったなら、内臓が血潮と共に零れ落ちた凄惨な地獄絵図が描かれているだろう。
 いずれも無明の放った剣術「居合」によって一瞬の剣閃の煌めきのもとに斬り伏せられていた。
 居合とは、一撃必殺を旨とする剣術である事は、言うまでもない。鞘の内で勝負が決まると言われるのも、抜いた時には既に敵を斬っている技であるためだろう。
 だが、もし敵を斬り損ねた時、一撃で勝負が決まらなかったらどうだろう。相手は刀を鞘におさめるのを待ってはくれないだろう。では外れた一刀に続く技が、居合もあるのか?――ある。
 無明が鞘に納めていた刀を抜き、右手一本で握るやだらりと下げた。これまで鞘から描かれた銀蛇にことごとく仲間を斬られた巨人――ダガーLのパイロット達は相手の思惑は分からぬが、これは好機かと餓えた獲物のように餌に群がった。
 無論、萎縮し距離を放そうとするダガーL達を誘う為の罠だ。すでに目の前にした無明の桁外れの実力に戦意を凍らせて、逃げ足を踏もうとしていた連中に、まともな思考は出来ず、しゃにむに無明に斬り掛かる。
 居合の基礎である中極意の技「表次第(おもてしだい)」のうち、「押立(おしたて)」でいわゆる起居(片膝立ち)の姿勢を、踏みしめるべき大地の無い宇宙でもそのまま行い、刀の柄は相手の二の腕の内側を抑えていた。
 すでに体は相手の懐の内、つづけて一歩下がって横一文字に胴を抜き打ちにし、鏡の如く練磨された断面が相手の胴に描かれる。吹き出る血潮はないが、代わりに機体を躍動させるオイルが球になって内部から零れる。
無明の流れる水の様に動作はやまない。
 左手で押し出した鞘が相手のメインカメラを押しつぶし、人間で言う頸動脈に当たる部分を引き斬り、振り下ろされるビームサーベルをかわしつつ、首の両付け根を断つ。
断たれたダガーLののっぺりとしたバイザー状のメインカメラが、恨めしそうに無明を映していた。
 続けて襲いきた二機目には、胴への横薙ぎまでは同じだがそこからの一連の動作はさらに複雑さを帯びる技を見舞った。
 相手の右二の腕を、刀の峰に左手をあてて引き斬り、こちらの顔面へと突いてきたビームサーベルを刀身で払いつつ、柄で左側頭部を叩き潰し、切っ先で反対側も同じく打つ。最後に腹部を刺し貫き、「向次第(むこうしだい)」の一技「掛蜻蛉(かけとんぼ)」となる。
 両耳を落とされ、右の二の腕を斬り裂かれ、胴を横一文字に割られ、さらに鋭利な切っ先に腹部を刺し貫かれた凄惨な死体の出来上がりだ。
 無明は一瞬の停滞もなく三機目の巨人と相対する。自機の右横に位置していた相手に、座した状態から立ち上がるような勢いで機体を駆動させ、相手の左首筋を切って片手上段。
苦し紛れに右膝を突いてきた手を斬り下ろして斬り飛ばし、首に回ると突きかかってくるのをかわして両首筋へ一刀を送る。鋼の噛み合う音が虚しく霧散する世界で、胴と泣き別れになった首が、一瞬の交差の間に分かたれた生と死の現実に嘆いているようだ。
「右次第(みぎしだい)」のうちの、「燕返(つばめがえし)」だ。
日本の古来の剣法に詳しい者ならば、一連の剣が、林崎夢想流居合術の流れを汲むものと看破できただろう。
それを操ってみせた機動兵器の操者――後に魔剣の二つ名で恐れられる男、ムラタのアレンジが加わってはいるが、かつて諸国漫遊の旅の折に北海道は旭岳、海抜二二九〇メートルの雄峰の麓にある寺の住職から学んだ漸光(ぜんこう)流抜刀術がもとだ。
漸光流は田宮平兵衛重正から派生した流派である。大本は日本における抜刀術の祖林崎甚助重信(天文十七――1548年生まれ)が百日の神社籠りの末に完成させた居合術、林崎流抜刀術にまで遡る。
当時の剣術は相討ち覚悟の剣であったが、速度を重視し、相手よりも早く敵を斬る技を求めた末に編み出された居合術は、いついかなる時でも自由自在に刃を抜き放てなくてはならない。
それを甚助は秘伝「卍抜き」をもって成し遂げ、普通の太刀は二尺三寸(約六十九センチ)なのに対し、三尺三寸(約九十九センチ)の太刀を振るった。敵の刃が届く前にこれを斃す事を大前提とする居合という術が、それを選ばせたのであろう。
こんな言葉がある。『一寸長ければ一寸の勝ち』。言われてみれば単純明快な、しかしそれゆえに揺るぎない事実であろう。
後に父の仇坂上主膳を討った甚助はかの大剣豪塚原卜伝のもとを訪れ、幾度となく敗れるも卜伝から『座禅しろ』、という言葉を聞いて心胆を練る。そして二、三年後には五格にまで上り詰め、卜伝から唯受一人と言われる『一の太刀』を与えられるまでに至る。
以後、林崎流でもただ一人に対してこの一の太刀を伝授しているという。そこまでムラタが伝授されているかは不明だが、この男の恐るべき魔技には、多くの剣術の血脈がとうとうと流れているのだろう。
余談だが、林崎流には多くの逸話がある。
ひとつ、幕末時代に江戸にあった三十六の剣術道場のことごとくが、とある突きの名手によって敗れたという。六尺の大太刀を操る幕末にその名も高き三剣大石進であった。
最後に残ったのが窪田清音という人物の道場で、ここの塾頭に新庄藩に伝わる林崎流居合の名人・北条勘平という人物がいた。
両者が対峙して一瞬の間の後、迸った林崎流居合の妙技「合剣太刀(あいのけんのたち)」に、大石は打ち合う事も出来ずに悶絶したという。
ふたつ、戊辰戦争の折に、新庄藩は官軍についていた。そこへ襲いかかってきた庄内藩に、一人格闘技に長けた指南役がいて、新庄藩は軍旗を奪われるという失態を演じてしまう。
これに相対したのが林崎流の名手・松坂某。「体込み(たいこみ)」なる技を持ってこの指南役を撃破し、見事軍旗を取り返して見せたという。
みっつ、同じく幕末のころに、林崎流の老達人・常江主水は宮城への湯治の際、中山平という峰で六人の山賊に囲まれてしまう。金を出せと言われた主水はわざと体を震わせ、財布取り出し、山賊達は素直な獲物に安心して円陣を狭めて近づき――
その刹那、迸った銀光が六つの首を一筋の軌跡でつなぎ、まもなく六つの首が宙に舞ったという。骨ごめに六人もの大の男の首を断った技は、後に「天車引留(てんしゃひきとめ)」と名付けられた。
林崎流の命脈には多くの勇名が名を連ねている。高松勘兵衛の一宮流、田宮平兵衛重正の田宮流と日本武道史に輝く歴々の名が挙がる。まだ田宮平兵衛からは関口弥六右衛門氏心、長野無楽斎槿露が輩出され、無楽斎から一宮左太夫照信に伝わった。
漸光流はこのうち、若干二十歳を持って免許皆伝を許された逸材・風街隼人源心の創始になる。後に一派を開く関口氏心も、無楽斎も事居合に関してはこの若年の後輩に及ばなかったという。
それほどの実力を持ちながらも、風街隼人は二十一歳で逼塞する。その理由は語らず知るものとてなく、漸光流は歴史という名の書庫にうず高く積もった塵の一粒になって消え果てた筈であった。
その流派といついかなる理由で巡り合ったか――斬ってこその刀、血に濡れてこその剣術を標榜していた鬼の如き狂気の一念が出会わせたか――、ムラタが学んだ剣術は、今こうして別の世界で鋼の巨人の巨躯を通じて恐るべき威力を持って振るわれていた。
刀身にこびり付いたであろう機油を払う動作もなく、白銀の刃シシオウブレードを鞘に納める。払わないのではない。払う必要が無いのだ。実にシシオウブレードの剣速は機油の粘着力に勝り、その美麗なる刃に留まる事を許さなかった。
かつて林崎甚助が京の丹波街道で父の仇・坂上主膳を一刀の元に仕留めた折、証拠としてその血を拭わずに帰郷したと言うが、その当時の甚助に勝る剣速を無明は体得していた。
もっとも人体とアーマードモジュールという血肉を備えた生物と人造の機械という、根本的な違いはあるが。
と、鞘にシシオウブレードを納め、右手も離した無明に、付近の隕石群に隠れていた地球連合製のMSブリッツが、光学的な迷彩であるミラージュコロイドを解除し、PS装甲を展開して襲いかかる。
ビームなどの光学兵器以外に対して絶大な防御力を持つPS装甲を持ちながら、味方がやられるのを待っていたのは、敵をすべて倒したという無明の油断を待っていたからか。
右手に装備した攻防一帯の複合兵装盾からビームサーベルを伸ばし、ブリッツは背後から無明へと斬りかかる。
ミラージュコロイドを維持し、機体の姿を消したままにしておかなかったのは、まずスラスターなどの排熱などで位置を特定される事と、すでにミラージュコロイドで姿を消した他のブリッツが一機、四肢を根元から断たれて屍と変わっていたからだ。
目には見えぬ不可視の敵を補足したのはムラタの練磨の果てに習得した超人の第六感で会った。感覚で敵を補足する相手に、姿を消したところでどれほどの意味があろうか。故にブリッツのパイロットはPS装甲の防御と不意打ちの二段構えを選んだのだ。
卑怯と罵る事は出来ぬ。ここは今だ戦場、刃を納め油断する方が当然悪い。油断したならば、だ。
ビームサーベルが振り下ろされるよりもはるかに早く無明の右手が稲妻の動きを見せ、鞘から抜き放たれる白刃のなんという冷たい輝きか。
中段で剣光を交わした二機が、そのまま二刃を上段へとすり上げた。
次の瞬間、ブリッツのOSが反応する間もなく無明が身を沈めるや、自然に下がってきたシシオウブレードの刀身で、ブリッツの喉元の装甲の継ぎ目を鮮やかに刺し貫いていた。
鹿島新当流剣術「霞の太刀」の一本目「遠山(えんざん)」。
鹿島新当流剣術は、ざっと西暦四〇〇年頃からあった甲冑剣法を元にかの塚原卜伝が編み出したものとされる。生涯に二百十二人を斬ったとされる卜伝は、疲れ果てた姿で鹿島に戻り、千日祈願を行う。
そして神からの言葉、『こころを“新”たにして事に“当”たれ』を授かり、鹿島新当流と名付けたという。
柳生新陰がいかに破るか目標にしていたという鹿島の剣術を、この剣鬼は骨身に刻みこんでいたのだ。
鹿島新当流剣術――日本剣術史有数の大剣豪・塚原卜伝を鼻祖として、その門人に斎藤伝鬼房、諸岡一羽常成などそうそうたる面々の名を擁し、京の都に発した京流、香取に生まれた神道流と共に日本最古の剣法として伝えられてきた一派である。
卜伝が活躍した時代は、上杉、毛利、織田、武田、北条と名だたる歴史の人物たちが群雄割拠する戦国時代であった。当時の戦場での経験から新当流の奥義は生まれてくる。
いかにして甲冑を身に纏った敵を斃すか、この命題への回答である。
鎧の上からでは胸を突こうが腹を斬ろうが死なない。ならば喉、小手、頸動脈といった鎧の守りが及ばぬ箇所に致命の一撃を見舞う。
これを現在のPS装甲という対物理に置いて最硬の鎧をまとった相手に実演してみせ、しかも確実に効果を生ませたムラタの技量を何と形容すればよいのか。
 たった今、新たに生んだ鋼鉄の骸を一瞥し、無明のコックピットの中でパイロットスーツも身に着けていない四十頃の髭面の男が人知れず嘆息していた。本人も気づかずにいるかもしれぬほど、かすかな溜息である。
新西暦世界で情動に走った剣に敗れ、この世界で蘊惱やロウ・ギュール、シン・アスカといった、殺人の道具にすぎぬ剣がまぶしく輝いていた彼らとの邂逅を経て、ムラタは歩んできた屍山血河の道筋と、新たに見出した活人剣の狭間で心揺れていた。
真に剣の道を究めるのはひたすらに有象無象を斬り続けた果ての修羅道か。それとも殺し合いの道具にすぎぬ剣で人を活かす境地へと辿り着く活人の剣か。それとも両の道を極めて後に見える第三の道か。
既に四十年余の人生のほとんどすべてを剣に捧げ剣と共に生き抜いたこの男を持ってしても、答えは出せず、暗雲に閉ざされた道に光の射す気配はない。
無性にシン・アスカやロウ・ギュールと剣を交えたい気分だった。あの二人と刃を交わしている時は本当に楽しいのだ。それは強者との試合を楽しむ羅刹の心ではなく、まるで幼いころ道場で懸命に竹刀を振るっていた時の様な、純粋な楽しさだった。
血に塗れた過去に悩むでもなく、暗中模索の疲労が待ち構える未来への不安でもなく、ただ剣を学ぶ事が楽しくて仕方がなかった頃の気持ちに戻れる。
自分の心の感傷に気づき、ムラタはもとから険しい眉間にさらに深い皺を刻んだ。どうにもあのザフトの中継ステーションでゼオルートやウォーダン、シンと心の底から魂の震え立つような斬り合いを演じてから、この手の思いに囚われがちだ。
悪鬼羅刹に堕ち果てるも本望と剣を振るっていた頃の自分からすれば、今の自分が腑抜けという言葉でも甘すぎるほどに堕落して映ることだろう。
選ぶべき己が道が見えず迷う己の心を、誰よりもムラタ自身が持て余していた
ふと、彼方に移る月を見つめムラタとある剣豪が残したという詩を口ずさんだ。

「『しのぶれど 築きしかばね 修羅の道 月みしたびに 涙流るる』。……ククッ、名も知らぬ古の剣豪よ。貴様はまだマシよ。修羅の道筋の果てに人の道に戻り、歩んだ道を振り返って流す涙があるのだから。
流す涙もなく、行く道も定められず、これまでの道をただ煩悶するおれと通ずるのは、振り返る道に屍の山が築かれていること位か。我が道にいまだ光明差さず。リシュウよゼンガーよ、貴様らの言葉、今は露ほどにではあるが理解できるぞ」

 二度と戻らぬ過ぎ去った日々に、行くべき場所の定まらぬ未来に、そして前にも後ろにも動けぬ今に思いを馳せるムラタの心中を、無明とシシオウブレードだけが知っていた。

 無明とその前に立ち塞がり、見るも無残に切り捨てられた屍の周囲では、ラピエサージュ、フリーダム、ジャスティス、ドレドノートH、マガルガといった面々が数倍する戦力を相手取り、あっけに囚われるほどの素早さで無力化していた。
 ラクス・クラインを筆頭に第四勢力として小規模ながらDC、ザフトから少なくない注目を浴びているノバラノソノの軍団だ。
旧オーブ宇宙軍やプラントのクライン派、連合やザフトの脱走兵に傭兵、民間軍事会社からのエージェントを主戦力とし、保有する機動兵器の数もゆうに百を超える。
国家レベルの戦力こそ持たぬが、一武装組織としては破格の戦力に、DC同様にオーバーテクノジーの塊であるスーパーロボットなども複数保有する。
実質的な戦闘能力という点に限れば、通常のMSなら二~三倍の数であっても勝利しうるだろう。
現在世界を覆うプラントと地球間でのいつ終わるとも分からぬ戦いを憂い、平和の道を模索する形で集った勢力ではあるが、首脳陣の一人であるラクス・クラインが実際にはプラント寄りの行動方針を打ち立てている事と、他の面々もそれを容認しているのが実状だ。
かような内情を鑑みれば、彼らがプラントを援護し地球連合と敵対する場面が多いのも無理からぬことであるだろう。
ラクスがプラント生まれのコーディネイターである事や、構成メンバーの半数近くがザフト兵である事を思慮の外に置いて、現在の世界情勢を考えてみるに、ブルーコスモス思想の蔓延する地球連合が一方的な勝利を迎えるよりも、マンパワーに置いて弱小たるプラントが対等近い条件で戦争に勝つ事が、長期的に見て今後のナチュラルとコーディネイターの関係において望ましいというラクスの判断を、他のメンバーがある程度容認しているからだ。
地球連合の大部隊のボアズ侵攻を聞かされた彼らは、ボアズが数日で落ちる筈が無いと判断し、月からの大規模な補給船団へ奇襲を仕掛けていた。
ボアズ攻略の艦隊が数会戦は可能な途方もない物量を運ぶ船団には、ラクス・オーブ両艦隊と同数近い護衛の部隊が随伴し、しかける側であるノバラノソノも保有する戦力のほとんどを投入していた。
その結果は、連合の補給船団の完膚なきまでの敗北という形になった。
ウォーダンのスレードゲルミル、オウカのラピエサージュ、ククルのマガルガ、カーウァイのゲシュペンスト・タイプS、キラのフリーダム、アスランのジャスティス、カナードのドレッドノートH、ムウのドラグーンストライクといった面々の実力の故だ。
またフリーダムとジャスティスにはミーティアが装備され、搭乗者の圧倒的な操縦技能とあいまって特機と同等以上の理不尽な戦闘能力を発揮したし、前回のベルゼボ戦で合流したムラタの剣の冴もあった。
周囲の宙域に連合の部隊がいない事を事前に把握し、また周囲の警戒に相応の部隊を編成してから、お零れに預かる形で鹵獲船や投降した船から多量の物資を搬入する作業が行われる。
今回の戦いで失った人命と装備は無視できる数ではないが、少なくとも装備に関しては十分に補う事が出来るだろう。
そんな光景を見ながら、淡い紅色の特徴的な船体の戦艦エターナルの艦橋で、艦長を務めるアンドリュー・バルトフェルドはやれやれと溜息を零していた。火事場泥棒、という言葉が脳裏に掠めていたのかもしれない。

「やれやれ、資金と資材に乏しいとはいえ、あまりほめられた光景じゃあないねえ」
「あら、じゃあアンディがどこかからお金と物資を都合してくれるのかしラ?」
「おいおい、ぼくは都合の良い魔法使いじゃあないんだ。背に腹は代えられないくらいは分かっているよ」
「だったら、文句を言うのは筋違いでショ? 椅子に座って見ているだけなんだし、ね?」
「分かったよ、君には勝てんなあ」

 艦長席の前方に座る、エターナルの砲撃手を務めているアイシャの窘めに、バルトフェルドは早々に反省の意を表して両肩を竦めた。こんなリラックスしたやり取りも、戦闘が終わっているからこそできる。
 アフリカ大陸で行ったアークエンジェルとの死闘から、なんとか生還した恋人二人は、以前と変わらぬ信頼と理解で結ばれているようだ。
ほかのブリッジクルー達もこの二人のやり取りには慣れたのか気にする素振りは見られない。むしろ、この人達は、と微苦笑している位だ。
艦橋につながっているエレベーターの扉が静かに開き、その奥から桃色の髪を後頭部で結わえた少女が姿を見せた。陣羽織と太ももを大胆に露出したミニスカートの様な着物風のワンピース姿のラクス・クラインだ。
プラントでは成人の年齢とはいえ、まだまだ少女の領域を出てはいないラクスは、しかし不似合いなまでに、美しい顔立ちを厳しく固めていた。先ほど私室に戻った際にとある報告を受け取ったからであった。
そのまま軽く床を蹴って、バルトフェルドの艦長席の傍らに設けられたオブザーバー席に座り、アーム・レストに付随しているスリットに、メモリースティックを差し込んだ。
 ラクスの様子にただならぬものを感じたバルトフェルドがリラックスしていた状態から、戦士の雰囲気を纏い直し、問うた。

「何があった、ラクス?」
「地球連合の動きが私たちの予想をはるかに超えるものでした。先ほど、ボアズが陥落したそうです」
「なに!?」

 バルトフェルドのみならずブリッジクルー全員の注目を集めるには十分すぎる言葉であった。ラクスが手元のコンソールを手早く操作し、エターナル艦橋のメインモニターやサブモニターなどに、先程送られてきたばかりのボアズの戦闘の様子を映し出す。
 ボアズをぐるりと囲む地球連合艦隊の圧倒的な物量、揃えられた無数のMS、ひしめき合い、数えるのがいやになるほど存在している戦艦。
 いくらコーディネイターの方が個々の生命体としては優れているからと言って、地球連合に戦争を仕掛けた事を誰もが後悔するのではないかと思えるほど、ザフトでは考えられぬ物量が、まず最初に映し出された。
 誰かが息を呑む音が、ひときわ大きく聞こえた。

「まったく、どこにこんな物資と余裕が残っていたんだか。だが、地球連合との国力の差は前から分かっていた話だ。ザフトも地上組の大部分を回収できたし、DCの増援もあっただろう。いくらなんでも物量だけでボアズが陥落するとは思えんがね?」
「確かに、数だけでしたら、DCの方々の増援もあり一日で落ちるような事はなかったでしょう。ですが、地球連合の繰り出してきた二つの牙がそれをさせなかったのです」

 続いて映し出されたのは、ゲイツやメディウス・ロクスといった現在ザフトの戦線を支える主力MS達が、なすすべもなく巨大な人型に破壊し尽くされる光景であった。無論アズライガーによる蹂躙と虐殺と破壊の光景である。
 常に飄々としたところのあるバルトフェルドも、流石にこの光景には息を呑み、語るべき言葉を見つけられずにいた。ちょうど、アズライガーの全砲門が展開し、数十機のMSと艦船を沈める所が映し出されていた。

「名称は不明ですが、この連合の繰り出してきた巨大なMSないしは特機によってボアズの守備戦線は壊滅。トリプルエースの一人、ラルフ・クオルド隊長の部隊も敗走しました。ブランシュタイン隊とDCの精鋭部隊が間に合ったのは不幸中の幸いでしょう」

 再び画面が動き、サイバスターやイスマイル、ジャスティス・トロンベと交戦し、左腕や頭部を破壊されるアズライガーの姿が映る。

「とはいえ、完全に撃破できたわけでもないか。こんなのが五機も十機も完成していない事を祈るばかりだな。ジャスティスやフリーダム、それにミーティアを持ってしても、これを撃破するのは容易じゃない」
「おっしゃる通りです。また、この機体とは別に地球連合内部で結成された精鋭部隊の、ω特務艦隊がボアズのSフィールドを突破し、そこを中心に連合軍がボアズに取りついたようです」
「ω特務艦隊か。ぼくらがメンデルでやり合ったアークエンジェル級を中核とした遊撃部隊だったな。またアークエンジェル級が増えているし、規模もだいぶ大きくなっている。
おまけに特機の姿まである。こりゃまあ、DCもうかうかしていられない兵器の充実ぶりだな」
「それで、ザフトはどう動いているの? 歌姫サン?」
「ボアズの放棄を早い段階で決定した事もあって、かなりの部隊がヤキン・ドゥーエに後退しているようです。とはいってもこれほどの短期間でボアズが落とされるのは予想外でしょう。
DCの本隊もアメノミハシラを出立してプラント本国付近やヤキン・ドゥーエに駐留してはいますが、十分な迎撃態勢が取れるかどうかはわかりません」
「確かにね。しかし、どうやって連合はこれだけの戦力を整えたんだ? 確かに原子力発電をはじめとした核エネルギーは復活したが、荒廃した地上の再興や戦争初期での喪失戦力の補充、人的資源の教育は、そう簡単には行えない」
「もし仮にプラントが独立を謳う前の地球でも、この短期間であれだけの機体の数を揃え、新型機を開発するのは不可能でしょう。なにか、プラントの工業生産力などを上回るバックアップがあるとしか思えません」

 そう、地球連合の物量は圧倒的だ。だが、これはあまりにも圧倒的“過ぎた”。ラクスの言うとおり、プラントの工業力を失った地球連合がその底力を見せつけたにしても、多すぎる。
 兵器を製造する資源も必要とされる時間も技術も、そもそも資源を採掘する労力や機器にさえ不自由していたのが、ほんの数ヶ月前の世界の状況ではなかったか。
エイプリールフールクライシスと呼ばれたNJCの投下前さえ上回っているのではと思わされる地球連合の底知れぬ力に、ラクスは幼さを残した顔に、疑惑の翳を差し込ませていた。

穏やかな南シチリア海の小高い丘にある優雅な邸宅で、ある女が午後のうららかな日差しを満身に受けながら読書に耽っていた。手編みの籐の椅子に深く腰掛け、傍らの丸机に淹れたばかりの紅茶のカップが湯気を立てている。
身に付けた衣服も屋敷の内外を飾る装飾物や展示品も、すべてが一流を超えた超一流の財で集められ、品位と美意識を損なわぬよう繊細なまでに配置された一瞬の美術館の様な屋敷だ。
黒髪に、どこか鋭利な光を帯びる目をした若い美女と呼んで差し支えのない女が、この屋敷の主人であった。
カップの奥に置かれたモニターには、四十代頃の酷薄な顔立ちの無機質的な冷たさを滲ませる男が映っていた。後ろにまとめて流した黒髪に剃刀で裂いたように細く鋭利な瞳。常に厳しく引き締められた口元と、感情の類と縁があるとは思えない能面の様。

『ボアズが落ちたな』
「そう。当然の結果ね。アレだけの装備と人員を配したのですから。このままヤキン・ドゥーエも落とせるでしょう」
『楽観的だな』
「すべては情報を吟味した結果の結論よ。そして情報と名の付くものはすべて私の元に集められる。全ての情報を制した私の観点からすれば、もうこの戦争の結果も見えているわ。地球連合の勝利。プラントの隷従……」
『プラントを滅ぼす手段を用意しておいて、プラントを残すつもりなのか?』
「コロニーを壊すのなんてMS一機と装備があれば簡単にできる事よ。それにアレは宇宙空間では威力の大きな爆弾に過ぎない。
取り敢えずの平和の後に火種を残しておくためにもプラントは確保しておきたいけれど、場合によっては彼らに綺麗サッパリいなくなってもらった方がより多くの人類の幸福に繋がるわ。
それにコーディネイターがいなくてももともと世界に紛争や諍いの種なんて、いくらでも転がっているし、いくらでも作り出せる」
『その意見を肯定する。では私はいつもどおり物資の手配を行おう』
「助かるわ、批評家さん。そういえば全ての情報は私のものなんて言ったけれど、どうしても手に入らない情報があるわ」
『なにか?』
「貴方よ。常にこうして連絡を取り合う時はモニター越し。私の手の届く限りにおいて貴方の事を調べ上げたけど、一切の情報が出てこないまま。そろそろ直に顔を合わせてみるのも良いのではないかしら」
『その提案を批判する。我々はあくまでも利害の一致による協力者だ。必要以上の接触は不要である。では』

 暗闇に閉ざされたモニターを見つめ、女は予想通りと顔に書いて笑う。確かに男に対する情報は得られぬままではあったが、ある程度の性格や思考パターンというものは把握できている。
 ああして無駄に長くしゃべったのも情報を得る為だ。もっともいまだ不明なあの男の背景やこちらに隠しているであろう真の目的などは不明で、迂闊に手を出せばどのような形でこちらに報復に出るか分からない。いずれにせよ慎重に事に当たるべきであろう。

「いずれは貴方の正体も白日の下、とは行かないけれど晒してみせる。この世界を常に歴史の陰から管理し、人類の幸福を守って来たのは我々なのですから」

 通信を切り、先程まで女と会話していた男が背後を振り返る。いや、この男に限っては、振り返るという動作で表すのが果たして正しいかどうか分からない。
 後ろを人間が振り替える動作を真似たというべきか。男からすれば後方の映像に切り替えたという方が正しいのかもしれない。いずれにせよ男の意識が後方に向けられた事は事実だ。
 あの女――マティスも、先程までの通信が地球から遠く離れた別の星からのものとは欠片ほども思ってはいないだろう。NJの影響下にありながら惑星間規模の距離で、しかもタイムラグなしに通信を可能とする技術をこの男は持っていた。
 男は首からつま先まで黒い衣服で纏めていた。黒塗りの鞘に柄の拵えまでも黒い日本刀らしきものを手に握っている。長い時を己の練磨に捧げた剣士の様にも、策謀に耽る軍師の様にも見える。
 男が歩いた。音はない。
 血が通わず骨に肉を待っていない生き物であるからか。それとも確たる血肉を持ちながら足音を立てぬ完璧な消音の歩方を会得しているからか。
 透過性の、とある惑星に生息する植物の樹脂を固めて作った板越しに、これまで地球連合各国に秘密裏に運び込まれた大多量の物資を生産する工業施設が、視界の彼方まで広がっていた。
 どこにも人の気配はなく、もし仮に運悪くこの星に足を踏み入れた人間がいたならば、この広い人造の都市に、人間の生きている気配がただ一人分も感じる事が出来ない事を遠からず悟り、愕然と絶望と孤独の不安に膝を折るだろう。
 そこは地球のいかなる地域、歴史にも見受けられない未知の文明と文化を持つ者達がかつて作り上げた都市を模した場所だった。極めて広大な敷地には、一切天然自然のものはなく、すべてに人の手が入ったものだ。
 今も休む事無く稼働し続ける工廠施設では、地球連合の規格に沿った無数の兵器が生産され、マティスも知らぬ空間跳躍の技術で地球圏へと運ばれ、指定の手順を踏んでマティスから各国の軍へと配布される。
 男は生産ラインの稼働に問題が無い事を確認し、わずかにほくそ笑んだ。怒りにしろ愉悦にしろ、いかなる感情とも縁がなさそうなこの男には奇跡の様に珍しい確かな感情の動きであった。
 マティスには伝えていない事の一つに、ザフトが隠し持つ一撃で戦局を左右する禁忌の切り札がある。その情報がマティスには伝わらぬように工作するのは、そう難しい事ではなかった。
 この都市ごとこの世界に来た折に持っていた予備知識の多くは役には立たなかったが、ある程度本筋は残され、男は概ね計画通りに動けていた。今はまだプラントと地球の双方に倒れられては困る。
 今度はこの戦いのその後の知識も収集したいという欲望を、男は抱いていたからだ。地球連合とプラントの切り札は前の世界とは違い、双方が知らずにいるままだ。それがかつて収集した結末とは異なるものになる事を、男は望んでいた。
 知識を、新たなる知識を、失われた知識を、誰も知らざる知識を、我が手に! そして、知識を持つものはただ一人でいい。複数の存在が知識を共有する必要などない。
故に、男は収集する価値のある知識を手に入れた終えた暁には、地球圏の全生命体の抹殺を計画していた。その為の基礎はこの都市であり、その為の手駒はこの都市の作り出す無尽の兵器達。
そして――

「貴様らに動いてもらう時もいずれ来る。存分に働いてもらおうか、過ちを犯すものよ」

 男が新たに空中に開いたモニターには、全高二〇〇メートルを超す白亜の四足の巨人と、その足もとで、無数のチューブに繋がれた羽根の生えたピンク色の肉団子の様な物体が映し出されていた。その周囲で、“過ち”を守る様に黙して立つ三体の巨人も。
 過ちとその子らは、全ての知を求める批評する者の手中に堕ちていた。

 場所は映り、ボアズ近辺の宙域で月からの補給と増援の艦隊を待つボアズ攻略部隊の旗艦シンマニフェルに随伴している大型の輸送艦で、頭部と左腕に背の主推進機関を失ったアズライガーの修理が行われていた。
 その巨体と搭載したシステム及び搭乗者の素性から、他者の目が一切入らぬ場所が必要となり、アガメムノン級ほどもある専用の輸送艦が建造されたのだ。オートで動く整備ロボットが蜘蛛の子のようにアズライガーの上で動き回り、見る間に修復作業を終えて行く。
 もとからある程度の修復機能を備えたラズナニウムを使用している事もあってか、その修理速度は、目を見張るものがあった。
 キャットウォークの上で、その作業を見守る人影が三つ。アズライガーに搭載された外道のシステムの開発者であるアードラー・コッホとそれを補助する科学の魔女アギラ・セトメの二人だ。
 かたや七十代の老人、かたや二十代後半の妖艶なる美女ながら、その精神性に置いて常人が吐き気を催すほどの歪みを持った狂人でもある。その二人と肩を並べているのはアズライガーのメインパイロットを務めるムルタ・アズラエルの姿があった。
 すでに専用のパイロットスーツから私服として愛用しているスーツに着替え、アズライガーの修理作業を見下ろしている。
アズライガーの操作中に半ば発狂したアズラエルであったが、バックアップとして保存されていた人格をダウンロードされ、アギラやアードラーに都合の良い手駒として再調整されていた。

「途中でおぬしのバイタルサインに乱れが見られたが、どうやらゲイム・システムと機体のコントロールのサポートに使っておる脳髄の一つが、一時的に人格の残り滓を取り戻した影響の様じゃ」
「そうですか、途中で勝手に動くもので困ったものです。まあこうして五体無事には戻ってこれはしましたが、次はこういうの、ごめんですヨ? そこのところ、良く理解してくださいね、コッホ博士」
「ひひ、言われんでも分かっておるわい。わしの意図を外れて動いて見せたのは意外じゃが、うまく利用すればアズライガーの戦闘能力を高める事も出来るじゃろう。そこはわしよりもアギラの腕の見せどころじゃがの」
「ゲーザ・ハガナーとか言ったか。そやつが特に反応をして見せたのは確か味方の機体相手じゃったな。そこの所をもう少し詳しく調べれば、使い方次第ではうまく転ぶな」
「そうですか、ではご両名ともよろしくお願いしますヨ。アズライガーの修理と艦隊の補給が済み次第すぐにヤキン・ドゥーエとあの忌々しい砂時計を落としに行きますから」

 言うべき事を言うと、人格を修復されたアズラエルはついにそれには気付く事もなく入口の薄闇の彼方へと姿を消していった。その背を見送り、アードラーとアギラは地獄の悪魔に魂を売った背徳者の顔で言葉を交わす。

「あやつの人格のバックアップを取っておいてよかったな。余計な手間が省けたわ。それにしてもよもやヴァルシオン改にベルゲルミル、それにこのアズライガーにまで手傷を負わせる輩がおるとはま。流石DCといった所か」
「忌々しい限りじゃ。ビアン・ゾルダークでは人類の統治などできぬという事がDCの俗人どもには分からぬのだ。わしが人類を導いておれば、あの世界でも異星人共を駆逐する事など造作もなかったものを」
「ならば、まずはこの世界でプラントのコーディネイター共をどうにかしてみせる事じゃな。でなくばお前さんの大言はただの妄想にすぎんわ」
「貴様もわしに逆らうか、アギラ・セトメ!!」
「別に逆らってはおらんよ。腐ってもDC副総帥だったおぬしじゃ、相応の能力があるくらいは承知しておる。まあそれだけ自分の実力を口にするのじゃ、証明して見せろと思うのも仕方なかろ?」
「ふん、気に食わん物言いをしおる。とにかく、今度はω特務艦隊をアズライガーに同行させる。余計な横やりが無ければアズライガーに倒せぬ敵などありはせんのじゃ。たとえオリジナルのヴァルシオンでもな」

 アードラーは知らない。そのオリジナルヴァルシオンが、この世界に来てから、ラ・ギアス、調律されしMX世界、コズミック・イラ、終焉の銀河におけるゼ・バルマリィといった数多の世界の技術と超頭脳達によって生まれ変わっている事を。

「しかし良いのか? あのリュウセイ・ダテがおるぞ? またゲーザに何か拒絶反応が起きかねん。こればかりはわしでも保証はできんぞ」
「構わぬ、どうせハガネに所属していたような奴よ。まとめて吹き飛ばせば良いのじゃ」
「それはそれは……」

 どこか揶揄する様な答えを口にするアギラではあったが、立場が違えば同じ言葉を口にする事を躊躇うような精神の持ち主ではない事は、火を見るよりも明らかであった。

 ボアズの陥落を知らされたプラント評議会の動きも早かった。その報は少なからず評議会のみならず国防委員会や、ザフトの隊長陣も敗走してきた自軍とヤキン・ドゥーエの防衛部隊との再編成に追われる。
 特にボアズで猛威を振るったアズライガーに対する対策は急を要し、これに対抗できる戦力としてDCの特機部隊、あるいは自軍の持つ切り札たる特機WRXの使用が検討される。それ以外の戦力では対抗できない事は明らかであったためだ。
 エルデ・ミッテ博士の不在もあり、TEアブソーバーの増産や新型機の開発は凍結されていたが、唯一ロールアウトしたサーベラスと専属のパイロットであるアクア・ケントルムはそのままWRXチームに配属となった。
 他にも隊員の約半数を失ったクオルド隊はブランシュタイン隊に合流し、核動力機部隊の編制、ミーティアやその量産型であるヴェルヌの配備が急かされる。
DC側へもサイレント・ウルブズ及びザフト側から情報が伝えられ、今も面会謝絶状態と偽っているビアンに変わり、ミナやマイヤーが報告を受けアルテミスを出立したギナの部隊との取りまとめに追われていた。
予想される地球連合の勢力は月からの増援部隊も加えれば、ザフト・DC双方を合わせた戦力の倍では済まない事は確かだった。
ヤキン・ドゥーエの防衛網を突破されれば最悪の場合プラント本土での戦闘、いや、それ以前にそうなった時点で敗北というべきか。人が生身では決して生きる事の叶わない宇宙に浮かぶプラントは脆い。
守るものもなく、憎悪に駆られた連合の兵士の誰かがボタンを押すだけで、あるいは誰かが命令を無視するだけでプラントが壊れるのは、そう難しい事ではない。
仮にここでザフトが負けてもプラント住民二千万全員が皆殺しにされるわけではないが、かつてプラント理事国の統制下にあった時代よりもはるかに冷遇され、地を舐めるような暮らしを強要される事だけは確かだ。
大なり小なりコーディネイターという出自にナチュラルに対する優位性を秘めるプラントのコーディネイター達、特にナチュラルとの偏見や差別を体験してきた親世代のコーディネイターには許容しうる未来ではない。
住民毎プラントが破壊されるという選択肢と天秤にでも掛けられぬ限りは、そうそう投降する様な事はないだろう。
いずれにせよ、ヤキン・ドゥーエの戦いが、地球連合、ザフト、DC、そしてそれ以外の思惑を持つ者達にとって大きな分岐点になる事だけは確かだった、

――続く