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SRW-SEED_ビアンSEED氏_第71話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 22:30:20

ビアンSEED 第七十一話  飛鳥飛ぶ

 かつん、かつんと硬質の物体同士がぶつかり合う音が重なる。生命の存在を許さぬ最も無慈悲な世界“宇宙”に浮かぶ、鋼鉄の箱舟の中であった。狭隘な空間に木霊したその音の余韻が途切れる前に、足を止め、男は壁を背に預けている目の前の男に目をやった。艶を失った黒塗りの鞘に収められた日本刀は、飾り気のない柄頭といい、所々がわずかに欠けた鍔といい、名刀の類とは見えはなかったが、古色蒼然たる様には過酷な風月を耐え忍び、数多の血を吸ってきた事を忍ばせる妖しいまでの風格が漂っていた。名刀ではなく業物と評すべきか。
刀を左の肩に預け、瞑想にふけ入るかのように、縦に傷跡の走る左目と無事な右目を閉ざした男――ムラタ。
 ムラタを前に足を止めたのは、青に染めたコートを押し上げる逞しい体躯とそれ以上に放たれる静謐な威圧感が物理的な圧迫感を感じさせ、灰銀の髪に彩られた顔は巌から削り出したかのように厳しいが、その奥に深い情が垣間見える男だ。名をウォーダン・ユミルという。雪と氷の大地に伝わる偉大なる隻眼の神と、その主神と対立する大いなる巨人の名を持つ鋼の漢。
人の手によって作り出された人間ならざる超人と、半ば魔人の領域に足を踏み入れた剣徒の二人であった。
宇宙を戦場に人類が争うこの時代に、共に腰に日本刀を下げ、生まれる時代を間違えたと主張する二人の邂逅に、世界は困惑していたかもしれない。足を止めウォーダンが闇の中で煌めく白刃のように鋭い瞳をムラタにむけ、ムラタはそれを黙して受けた。
たったそれだけの事実が、互いの周囲に漂う空気をたちまちの内に硬質化させ、息を呑んだ次の瞬間には骨肉切り裂き、血しぶきの舞う決闘が起きてもおかしくはない世界を作り上げていた。共に機動兵器乗りである事以上に、生身の戦闘に置いて超常の戦闘能力を発揮する、尋常な生物の枠に収まらぬ剣士である。
夜の闇の様に静かに口を閉ざしていたウォーダンが、止めていた足の動きを再開させた。かつん、かつんと重なる足音。ムラタの前を通り過ぎ、数歩さらに歩んで背の後に置き去りにし――そこでムラタの声が掛けられた。
刀身を濡らした鮮血を拭わず、そのまま錆びつかせたような声であった。銀月の如く抜き放った刀身から立ち上る血の匂いを嗅ぎ取れそうなほど人を斬った人斬りの声。

「おれは次の戦いでここを出る」
「そうか」
「マルキオからの報酬ではそれでちょうど切りがいい。だが、それとは別に死合いたい相手もいる。まずはゼオルート=ザン=ゼノサキス。三度奴とは刃を交えたが、純粋な技量ではおれがわずかに遅れを取る。それが嬉しくて口惜しくてたまらん。おれよりも上を行く奴の剣の技がな、こう、喉から手が出るほど羨ましいのだ。臓腑が煮えくりかえるほど妬ましいのだ。まったくここが宇宙なのが悔やまれる。地上であったならMSで死合い、そして生身でも死合えたものをな。
だが、ひょっとすれば、おれはゼオルート以上に奴と刃を交えたいのかもしれん。くく、不思議と笑みがこぼれるのを抑えられんのだ。奴との死合いを、いや、戦いを思い出すとな。血肉が喜びに沸き立つのとは違う昂揚が細胞の一つ一つに湧き立つのよ。こう、心が弾むのよ、魂が喜ぶのだ。斬る以外に雑多な情動などいらぬと捨てた筈の、この心が。無常の闇に堕ち、見果てぬ暗夜行を行くこのおれの魂がだぞ? 奴の剣と向かい合うとな、それが動くのだ。喜びに弾むのだ。熱を帯びるのよ。胸をかきむしり、心の臓を抉りだしたくなるほどにな」
「シン・アスカ」

 おれもそうだ、そう告げるようにウォーダンはシンの名を呟いた。シン・アスカ。ゼオルート、ムラタ、ウォーダンらと比べれば数等劣る筈の幼き剣士は、しかし、この三人の胸に他の誰よりも鮮やかに焼き付いていた。敵でありながら、手塩にかけた弟子の様にその成長を楽しみに思ってしまうなにかをシンは持っていた。時間さえあればシンに稽古を着けているゼオルートのみならず、戦場で命を賭けて斬り合ったウォーダンもムラタも、出会う度にその強さを増し、そのまっすぐさを失わずにいるシンの成長と変わらぬ心に不思議と喜びの様なものさえ覚えていた。
 彼らがかつて持っていながらも失い、二度と戻らぬ何かをシンが持っているからかもしれない。時に師の様に、時に父の様に、時に兄の様に、そしてなによりも強大な敵として、彼らはシンと戦う時が来るのを今か今かと待っていた。
良くも悪くも人を惹きつける――そんな人間的魅力がシンにはあると、交わらぬはずの世界が交わり合った混沌の世界でそう評した男がいた。それはこの混迷の世界で生まれた、この世界のシン・アスカも同じだったのかもしれない。ただし、こちらの場合は惹きつけた相手がかなり危険な手合だ。出会えば刃交えずにはおれず、そして言葉よりも何よりも振るう太刀が雄弁に意思を語る剣士であるが故に。

「ふふ、その言いぶりではウォーダン、貴様もシンと剣を交えるのが楽しみか。よく分かるぞ。奴と剣を交えると不思議と雑念が無くなる。奴が刃を振るう度に成長するその様が妙に嬉しくなるのよ。そしてその度におれ達の振るう刃もより成長するのが手に取る以上に分かる。おれ達が奴を鍛えるのと同時に、奴がおれ達をより強くさせている。貴様、あの中継ステーションの前と後でどれだけ変わったと思っている?」
「もし、以前のおれと今のおれが戦えば、十中八九の確率で今のおれが勝つ。あの時と今とでは違うとはっきりと分かる」
「そうよ、その通りよ。くははは、やはり剣士の事は剣士が一番理解しておるわ。だがシンにはおれ達の心は理解できまい。奴はまだおれ達の所まで堕ち切ってはおらん。いや、それ以前に何者でもない。奴はただのシン・アスカ。それ以上でもそれ以下でもない。ただの人間、ただのガキよ。だが、それこそが奴の強さだ。弱さだ。奴がただのシン・アスカでいる限り、どこまでも強くなる。どこまでも弱くなる。まっこと、目の離せぬガキだ」
「ふっ、敵とは思えぬ言い草だな」
「否定はせん。だがなウォーダン、だからこそ、奴はおれが斬る。奴を斬った時、おれはどんな心になるだろうな? 強敵を斬り捨て、己の強さを確信した喜びか? それとも互いを高め合う友とも呼ぶべき強敵を失った悲しみか? それともいまだ剣の道の果てが見えず暗雲に囚われたままの疲労感か? ウォーダンよ、おれはな。シンを斬るのも、そして奴に斬られるのも楽しみで仕方がないのだ」
「……度し難いな」
「くく、だが事実よ。そうだろう」
「全くだ」

 ウォーダンの声には心からの賛同の意思が込められていた。シンを斬る事も、自分達を斬るほどにシンが成長する事もどちらも楽しみで仕方がない。そう思っているのはムラタだけではなく、ウォーダンもだったのだ。そしておそらくはこの場にいないゼオルートも、心からの賛同の意思を見せただろう。ムラタは背を預けていた壁から離れ、左手に鞘を握った。利き手である右手をあけているのは常在戦場の意識が徹底しているからだ。
 寝込みを不意に襲われても、雲に隠れた月が照らしだすのは胴を断たれたか、首を刎ねられた無残な襲撃者の屍骸のみ。ムラタがそこに倒れている事はあるまい。
 振り返る事をせずにムラタと語り合っていたウォーダンに、ムラタもまた背を向けた。離れ行く剣鬼と魔剣。その心の根底に通じあっていたのは果たして何であったろうか。

「ウォーダンよ。この戦いが終わったら貴様とも死合うぞ。この世界、おれにとってはまさしく極楽よ。貴様がいる。ゼオルートがいる。そしてシン・アスカがいる。まったく、死に損なってみるものだな。くくく、くははははは!!!」

 ムラタの冥府の鬼もおびえる底知れぬ笑い声の余韻が消え去った頃、ウォーダンは静かに歩みを再開させた。その背が語るのははたしてムラタへの賛同の意であったか。それとも魔性さえ怯える剣士とはまた違った心であったか。いずれにせよ、それはウォーダンにしかわからぬ事であった。

 ノバラノソノに所属する全艦艇がヤキン・ドゥーエに向かう準備を整え、出向を数時間後に控えた頃、旧オーブが所有していた旧式のコロニーでなんとかオーブの再興を始めたカガリが、久方ぶりにアスランと面会していた。かつては老獪な欲肥りの老狸を相手に愚痴ばかりを並べていたカガリも、不満を外に出さぬ程度には成長したのか、あるいは決戦を前にしたアスランの心中を慮ってか愚痴は一つも零していなかった。
 エターナルの廊下の片隅で、二人で肩を並べて目の前に広がる星の海を眺めながら、言葉は少ないが穏やかな時間が二人の間に流れていた。本当に久しぶりに会って、沢山話をしたい事があったと思っていたのに、こうして顔を会わせてみれば、思うように言葉は出てこなかった。二人が共にいられる事の喜びが、会えなかった時間で積もった不満やいら立ちを全て吹き飛ばしたからかもしれない。
 ザフトの赤い軍服を身にまとったアスランに気遣わしげに視線を向け、アスランの横顔を見つめながら、カガリが口を開いた。言葉は拙いが、声はアスランを思いやる気持ちに充ち溢れていた。心根はやさしい少女なのだ。

「アスラン、お前はこの戦いが終わったらどうするつもりなんだ? プラントに戻るのか?」
「そうだな。…………はは」
「何がおかしいんだよ? 急に笑うな」
「いや、この戦いを終わらせる事ばかり考えていたせいでその後の事なんて考えていなかったよ。今カガリに言われて気がついた」
「お前なぁ、やっぱりコーディネイターでもバカっているんだな。戦いを終わらせることも大切だけど、戦いが終わった後も別の戦いが待っているんだぞ。お前もキラもラクスも、この戦争を終わらせる事ばかり考えてないで、戦争が終わったら自分がどうしたいかも考えたらどうだ? 
したい事が出来るかどうかはわからないけど、それでもこう在って欲しい、こう在りたいっていう未来を自分の心の中に持っておくと生きよう、頑張ろう、そう言う風に思えるぞ」
「そうだな、やっぱりこの手にもう銃を握らなくてもいい。誰かが誰かに銃を向けなくていい。戦争なんてしなくて済む、そんな世界が欲しいな」
「生真面目だな。もっとこう、遊びたいとか旅行に行ったりとか、友達と買い物に出かけたいとか、そういうのはないのか?」

 呆れた声を出すカガリに、アスランは苦笑したが、それしか思いつかないんだ、と小さく答えた。戦争が終わった後の事、と聞かれて思ったのはもう二度と戦争なんて起きない未来が欲しい。これだった。母を核の炎に焼かれ、同胞を同じ無慈悲な暴力から守ろうと軍に志願し、戦場で多くの地球連合の兵士を殺し、そしてキラと言う昔の親友と戦い、戦って戦ってお互いの友を殺しかけて。
その挙句に心の底から憎しみ合って親友同士でありながら殺しあって。
本当に、もうこんな事はごめんだ。自分だけじゃない。他の誰かが同じような悲劇に見舞われるのだって嫌だ。理屈じゃない。感情がそう言っている。つまり心だ。誰かと誰か、ましてや顔見知りなのに殺し合うような事が起きるなんて、しかもそれが当たり前のように次々と起きる戦争なんて間違っている。
 そんなもの、もうおれ達はたくさんだって、きっと誰もが思っている。だから、本当にこの戦争が終わったら平和な世界が来るといい。そして、できればそこで生き続けられたら、もっといい。アスランはそう思っていた。

「まあ、そんな所もおまえらしくて私は好きだけどな」
「カガリ、よくそう言う事を恥ずかしげもなく言えるな」
「あのな、私だって少しは恥ずかしいと思っているさ。でも仕方ないじゃないか、本当の事なんだから。お前はどうなんだよ! 私にばっかり言わせるな」
「いや、それはその、な?」
「なんだ、“な?”って。私はそんなんじゃ納得しないからな!」
「わかったよ。そうだな。久しぶりに会えたんだし、な」

 日頃から大人びた言動の多いアスランには珍しくいたずらを仕掛ける幼い子供のような笑みが、端整な口の端に浮かんだ。自分の顔を見上げているカガリに向き合い、そっとその腰に両手を回した。
典雅な音楽のさざめくダンスホールで淑女を導く紳士の様に優雅に。幼い妹が迷子にならぬようにと体を寄せる兄の様に優しく。比翼の鳥のように、連理の枝のように寄り添うように、そっと、しかし、確かな愛しさを込めて。
 不意を突かれたカガリは、小さく口を開いては閉じて困惑と羞恥と、抑えきれぬ喜びに頬を朱に染めていた。うまく行ったな――いつもカガリに教えてもらうばかりで、励ましてもらうばかりで、それをどこか申し訳なく思っていたアスランは、思った以上に効果覿面だった事を如実に表すカガリの表情に、笑みを深くした。
 抱きしめたカガリの体のぬくもりが、戦いの無常さに荒む心を慰めてくれる。このぬくもりを人が人に伝えられる限り、そして失わぬ限り、人はいつか争う事よりも共に寄り添って生きる事の大切さを理解する時が来る。それがとても自然な事のようにアスランには思えた。こんなにも暖かい人間が命を奪いあう現実に立ち向かう勇気を、カガリが与えてくれる。
 なんだ、結局カガリには元気づけられるばかりか、内心で苦笑するアスラン。腕の中のカガリは抵抗する素振りも見せず、安らぐように肩から力を抜いてアスランの胸に頭を預けた。アスランがカガリのぬくもりに癒されたように、カガリもまたアスランの存在に心を安らかなものにしていた。
 世界中の人々がこんな風に気持ちを伝えあう事が出来たのなら、とっくに人類は血で血を洗う争いの歴史と別れを告げているだろう。この暖かさを持った人間が殺し合う世界。容易く引き金を引く事の出来る世界。あまりにも命の価値と意味が軽い世界。そう感じている自分たちもまた他者の命を奪っているこの世界。
 瞼を閉じ、安らぎに心を委ねていたカガリが悲しげにつぶやいた。

「どうして戦争なんて起きるのかな」
「きっと、その本当の答えを誰も知らないからだよ。外交の手段としての戦争じゃない。もっと人間という生き物だけが抱えている罪深い何かが、戦争を起こすんだ。
起こす事を許してしまう。時には望んでさえしまう。でも、同じように戦争を止めたいと願う心だって人間にはある。
名前も顔も知らない誰かの苦しみや悲しみを共有する心もある。その辛さから助けてあげたいって、そう思う優しさだって持っている。おれは、そっちを信じるよ」
「うん、そうだな。私もそうだ。人間がもっと、ずっと良い生き物なんだって信じたい」
「ああ。だから、そんな未来を造る為にも、今は戦うしかない。それがどんなに愚かで悲しい選択肢だとしても、それ以外の道を見つけられなかったおれ達だから」
「うん。……なあ、アスラン、お前さえよかったらなんだけど。戦争が終わったらさ、オーブに来ないか?」
「おれがオーブに?」
「うん、やっぱりお前がその、私の傍にいてくれたら心強いし……。こんな事言うのは卑怯だけれどプラントに残ったらお前、かなり危険な立場だろう? 心配なんだ」

 不安に揺れるカガリの声。そこに何よりも自分の事を案ずる思いやりが含まれている事に、アスランは不謹慎かなと思いつつも、無上の喜びを感じていた。愛しく思う人に等しく思われているのだという何よりも確かな事実が、未来への迷いも最後の戦場へ向かう不安も、何もなせぬまま死ぬのではないかと言う恐怖も忘れさせてくれた。

「どうだろうな。おれがザフトの最高機密を奪い軍を脱走したという罪は重い。銃殺刑どころで済む問題じゃないからな。それに、おれは罰を受ける義務がある。この戦争で命を奪ってしまったおれには」
「……」
「でも」
「でも?」
「カガリには憶えていて欲しい。おれが、アスラン・ザラが誰よりも傍にいたいのは、そしていつまでも傍にいたいと願っているのは、君だって事を」
「アスラン」
「おれがどんな裁きを受けるかはわからない。でも、もしこの命を拾う事が出来たなら、おれは必ずカガリの所へ行くよ。カガリの隣がおれの居場所だ」
「……うん」
(そして、もしそれが許されるのなら、おれはアスラン・ザラを捨てる事も厭わない)

 獅子の娘と獅子の名を持つ少年は、そうして生まれてきたかのように固く互いを抱きしめあった。

 フリーダムのOS周りの微調整の為に、機体のコックピットに潜り込んでいたキラは、自分を呼ぶ声に顔を挙げた。キャットウォークに、ピンク色の連合の士官候補生の制服を纏った赤毛の少女がいた。フレイ・アルスターだ。メンデルでの戦いの折に、ウォーダンの助力もあって、無事アークエンジェルへと“帰る”ことができた女の子。
そのフレイがキラを呼んでいた。今ではずいぶんと耳に馴染んだ声だった。遠くから見つめる事しかできなかった頃は、挨拶さえ碌にしたことも無い。住んでいたヘリオポリスが崩壊し、キラの出自を知り、非日常だった戦争が日常となり父を目の前で失い、憎悪に駆られてキラを罵倒した声。戦いに傷ついたキラを慰め、そして荒んだ心に表面だけを取り繕った安らぎを与え、フレイ自身を戦う理由に仕立て上げて、キラに戦場に立つ事を促した声。
なのに、やがてキラの優しさに頑な心を解きほぐし、想いやる言葉が偽りではなくなりつつあった声。もう二度と会えないと諦めていたのに、奇跡のようにまた出会えた声。
キラは少年らしい屈託のない笑みを浮かべながら、フレイの元へとフリーダムの装甲を蹴って飛び降りた。無重力の環境下ならではの芸当だ。水の中を泳ぐように緩やかにフレイの目の前まで軽々と飛翔し、フレイの差しのべた手を握って着地する。小さくて柔らかなフレイの手。その手のぬくもりが自分の手を包み込む喜びにキラの心は満たされていた。キラもフレイも出会った頃とはだいぶ変わったのだろう。この戦争の大渦に巻き込まれてから過ごした日々は、善悪を問わず少年と少女に変化を促していた。
 手の中の繊細な硝子細工の人形を扱うように、キラは優しい声でフレイに聞いた。重なっている手は淡雪のように溶けて消えてしまいそうなほどに儚く見えた。

「どうしたの、フレイ?」
「どうしたのって、私はキラが緊張してないかって心配になって。これから大きな戦いに行くんでしょう? だから、私、キラに何かしてあげられる事があったらって」
「そう、ぼくの事を心配してくれたんだね」
 
 不安げに揺れるフレイの瞳に、キラはそんな事はないよと告げるように笑いかける。何ができるかはわからない、それでも何かしてあげる事が出来るならと、そう自分の事を気遣ってくれるフレイの思いやりが、なによりもキラにとっては嬉しかった。
復讐に利用する為ではなく、フレイが自分の事を純粋に案じてくれる。それだけでアークエンジェルに帰ってきた折に、サイにけじめとして一発殴らせた頬の痛みは十分にお釣りがきた。
 今の自分とフレイの関係がどんなものなのか、キラには答えが無い。恋人は、違う。戦友も違う。仲間? それもどこか違う。なら友達だろうか。それが一番近い様な気もするが、やはりそれも違う。頭に思い浮かぶ関係を表す言葉のどれもが、自分とフレイとの間を現すには不適切なものとしか思えなかった。
友達でもなく仲間でもなく恋人でもない。けど、決してよそよそしいわけでも冷め切っているわけでもない二人の関係。
 曖昧な距離は、しかしどこか穏やかな時間を二人に約束し、キラとフレイは離れ離れになる前とはまた違ったお互いに、心地良さを感じていた。少なくとも互いを思いやって、優しさを向け合う事の出来る関係を拒む筈がなかった。
青い空の下、青い海の上でキラがフレイに告げた『ぼくたちは間違った』という言葉は、今の二人には当て嵌まらぬ言葉だろう。親しい友人と共に過ごすよりも穏やかで、家族と過ごすよりもどこか心が喜びを感じる不可思議な関係は、決して間違いなどではない。
 キラは自分の手の中のフレイの指に自分の指をからめた。少しだけ、自分の心に正直になろうと、キラはごくごく当たり前の少年のように考えていた。
一年前後の期間の間に死を見過ぎ、戦争の負の面を知りすぎた少年は、しばらくぶりにごく平凡な少年である事を、自分に許していた。今だけは自分が犯した罪も奪った命への罪悪感も、贖罪への義務感も、キラの心からその姿を消していた。
たとえ誰であろうともそれ位は許すだろう。肩を並べるキラとフレイの二人は、どこにでもいる普通の子供にしか見えなかった。

「壊れて行くヘリオポリスからフレイの乗っていた救命ポッドを拾ってから、もう一年以上経ったんだよね。すごく長かった気もするし、あっという間だったっていう気もする」
「……うん」

 キラにしたこと、キラに与えてもらったもの、キラから奪ったもの、キラに与えたもの。共に過ごした時間の記憶が、刹那の間、洪水のようにフレイの心に光と影のダンスの様に浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
思い返してみれば、沢山の事を知らず知ろうとせず、自分の周りしか見えていなかった。そのせいでキラを傷つけ、サイを傷つけ、自分自身も傷つけた。いつかキラが言ったように、自分達は――自分は間違ったのだと今は分かる。
 そして、それに気づけた事、またこうしてキラと会えた事が、とても幸福な事だとはっきりと分かる。笑顔を浮かべフレイを見つめるキラに、フレイはどこか不思議そうな色を浮かべ、気づいた時にはこう聞いていた。

「キラは――」
「なに?」
「どうして、そんなに私に優しくしてくれるの? 私、貴方にたくさんひどい事をしてそれを謝りたいってずっと思って、謝ってからも、申し訳ない気持ちが消えなくて。なのに、キラは私を責めたりもしないで、そうやって穏やかに笑いかけてくれる。キラは優しいわ。でも、どうして私なんかにそんなに……」
「フレイ、ぼくは君の事を嫌ってなんかないよ。憎んでも無い。確かにぼく達は間違ったって言った事もあるけれど、あの時のぼくがきみに救ってもらったのは本当の事なんだ。ぼくにしかできないからって、ぼくがコーディネイターで、そうする力があるからって、仕方のない事だったけどそうして流されるままに戦っていたぼくが、安らげたのはフレイの隣だった。これは本当の事」

 優しい優しい、慈しむようなキラの言葉。嘘偽りではないと分かるその言葉はフレイの心の中に沁み込んで、負い目と悔恨に縛られ自分自身を苛む心に確かな喜びを感じさせてくれる。でもあんなにキラを傷つけた自分が、こんなに優しくしてもらえる事が嘘みたいで、現実とは思えなくて、どうしてもフレイは悲しみに似た後ろめたさの翳に囚われてしまう。
 一つ年下のフレイの幼さを残す美貌に浮かんだ翳に気づいたキラは、メンデルで再開してからふとした折に顔を出すフレイの翳にずいぶんと前から気付いていたが、今でもそれを払拭する事が出来ない悔しさに臍を噛む思いだった。フレイにはそんな顔をして欲しくない。紛れもないキラの本心。だって、フレイは――

「ねえ、フレイ。ぼくはね、この戦争が終わったら君に伝えたい事があったんだ」
「私に? 何、私、キラの言う事なら何でも聞くから」
「うん、でも、何でも聞いてもらうとちょっと困るって言うか、こればっかりはフレイの意思で答えて欲しい事なんだけど。というか本当は戦争が終わったらって思ってたんだけど、やっぱり今言う事にするよ」
「ええ、何でも言って」

 どこか遠まわしな、というか生来の優柔不断さが顔を覗かせたキラの言葉にも、フレイはやや後ろ向きな想いを原動力に、自分にできる事ならなんでもしてあげたいと答えてしまう。罪の意識に後押しされたフレイの心は、それこそキラが望んでいないものなのだとフレイ自身が気付けずにいた。
キラと手を繋いでいない手で小さく握り拳を造りたわわな胸元まで持ち上げ、フレイは真摯さを疑う余地も無い顔でキラの顔を上目使いに見た。まいったな、とキラは内心で苦笑しながら、こんな顔をするから今言いたくなってしまうんだと、砂糖菓子の様に甘い愚痴を零す。かすかに頬に朱を昇らせて、キラは一度息を浅く吸ってから言った。

「ぼくはフレイの事が好きです。一人の女の子として愛しています。フレイがもし嫌じゃないって言うのならぼくと恋人になってください」
「…………」
「フレイ? フレイさん? ………………あははは、やっぱり突然だったかな? あの、でも今しか言うタイミングないかなってさ、あの、フレイ?」
「…………」

 小さく口を開け、キラの告白に何の反応も起こさないフレイを前に、キラは次第にこれが歴戦の戦士、人類の夢スーパーコーディネイターか、と呆れてしまうような慌てぶりになり、やっぱり言うんじゃなかったかなと、年相応の少年らしいヘタれぶりを垣間見せ始めた。
思えばはっきりと異性に対して恋愛感情を露呈し、告白するなど初めての経験である。これまでの関係が関係だけに、少なくとも嫌われてはいないくらいの自信はあったのだが、こうも反応が無いと不安が胸の中で大きくとぐろを巻きはじめる。

「あ、あのフレイさん? ご、ごめん。そうだよね、ぼくとなんか恋人になるなんて嫌だよね。ごめんね、こんな大変な時にッ!?」

 冬の枯れ葉見たいに見ていて悲しくなるくらいにしょぼくれたキラは、唐突に抱きついてきたフレイに言葉を遮られた。ふわりと、フレイの抱擁の勢いに押され、二人の体が無重力に舞う。背に回されたフレイの小さな手が、ぎゅっとキラの軍服を握りしめていた。手のひらの中の大切な宝物を落とすまいとする小さな子供のように強く、固く。
 フレイ? そう問いかけようとして、キラはフレイの肩が小さく震えている事に気づいた。はっとそれに気づけばかすかにフレイの嗚咽も聞こえてきた。小鳥の囀りの様に小さな、けれどキラが生き逃すはずがない想い人の声。
ぼくの所為なのかなと、キラはやはりと言うべきか冷静になどいられず、真珠の様になって浮かび上がるフレイの涙に心の平静を失っていた。フレイを泣かせるつもりなんてなかったのに。
 泣くほど嫌だったのかと衝撃を受け傷つく自分の心よりも、フレイが泣いているという事実の方が圧倒的な破壊力でキラの理性の堤防を押し流し圧壊させていた。フレイの体を抱きしめ返す事も出来ずにきょろきょろと周囲に救いを求めて視線を彷徨わすキラの耳に、今度は嗚咽以外のフレイの言葉が届いた。ただし内容はなかなか辛辣だった。

「バカ、キラの馬鹿。バカバカバカバカバカ! 宇宙一の馬鹿! 大馬鹿よ!!」
「え、あ、う。……馬鹿でごめんなさい」
「うぅ……ほんとうに、どうして、そんな事いうのよぅ。キラに、ひどいこと言って、利用しようとして、たくさん傷つけたの、私なのよ? なのに、どうして、そんな事……うっく、ひぅ」
「ごめん。本当にごめん。でもどうしようもないんだよ。ひどい事を言われた。利用されもした。傷つけられもした。そうかもしれないけど、それでもぼくは君が好き。君が泣いているのならその涙を止めたい。
君が悲しみに沈んでいるのならその悲しみを笑顔に変えてあげたい。君が誰かに傷つけられようとしているのならぼくは君の盾になって守ってあげたいんだ。全部、フレイの事が好きだからなんだ。たぶん、誰かを好きになるって理屈じゃないんだ。好きになろうとして好きになるんじゃなくって、好きになってから気付く事だから」
「どうして、そんなに私が、言って欲しい事を言ってくれるの? こんなに私を喜ばせてどうするのよう。私、キラの事好きになっちゃいけないって、そんな資格は私には無いってどれだけ考えたと思っているのよ。なのに、それなのに、キラの方からそんな風に言ってくれたら、私……」
「そんな風に誰かを好きなっちゃいけないなんて誰も決めてないよ。もしいるとしても、それはきっとその人自身だよ。フレイみたいに自分は誰かを好きになっちゃいけない、誰かに好きになってもらっちゃいけないって。
でもそんな事、本当は全然無いんだ。だから、ぼくは君に伝えたんだ。ぼくがたくさん傷つけて、ぼくにたくさん安らぎをくれて、ぼくが守りたくて、ぼくを守ってくれた君に、好きだって事」
「うん、うん!」
「あの、ところでフレイ、その……」
「……なぁに?」
「あの、ぼくの告白ってオッケーをもらったって思ってもいいのかな?」

 ここまできておいてどこか不安げに聞いてくるキラが、もどかしく、それでいてキラらしいと思わず吹き出しそうになって、フレイは思い切り抱きしめていたキラの体から少しだけ体を離す。涙にぬれるフレイの瞳に、不安げに瞳を揺らすキラの顔が映った。

――キラって時々すごく子供になるわよね。

それさえ愛しく感じられるのは愛情という色眼鏡を掛けているからだろうか。フレイは精一杯微笑んでから、諭すように囁き、

「これでオッケーじゃないなんて、世界中の誰だって思わないわ」

 喜びに笑顔を浮かべようとするキラの唇に、自分の唇を重ねた。不意を突かれたキラの瞳が激しく揺れた。優しく重ねるだけのキス。花びらと花びらを重ね合わせる様に淡い感触。それでも確かに伝わるぬくもりと、愛しさ。

「これでも、まだ足りない?」

 眼の端に涙を浮かべつつ、世界の誰よりも奇麗だとキラが思う笑みを浮かべるフレイ。キラは全身に広がるこの上ない喜びと目の前の少女に対する愛しさを多くの言葉よりも一つの行動で表す事を選んだ。

「少しだけ足りないから、ぼくも伝え直すよ」

 あ、と零れ出た小さなフレイの声を呑みこむようにして、キラの唇がフレイの唇を塞いだ。ようやく番を見つける事が出来た喜びに翼を休めて寄り添う鳥達の様に優しく、長い時を経て蕾を開かせた花を慈しむ太陽の様なぬくもりと共に、二人は眼を瞑り重ね合わせた唇から伝わるお互いのぬくもりと愛しさに心と身を委ねた。

 イズモ級スサノオの艦橋で、懐から取り出した懐中時計を見つめていたダイテツがそっと蓋を閉じて、艦橋のメインディスプレイに、年老いてなお刃のように鋭い迫力を持つ瞳を向ける。
胸元を飾る旧オーブの勲章の数が、ダイテツのこれまでの人生が過酷なものであり、その全てを乗り越えてきた男である事を表していた。家柄や権力などではなく、自分自身の才覚のみを頼りに上り詰めた男なのだ。
そして時にはそれを捨ててでも選ばねばならぬ道がある事も知っていた。だからこそ、ここにいるのだ。
胸元を飾る勲章が虚飾の意味合いを強くしている事は理解していたが、自分が生まれ、育った国を誇る気持ちは燻ってはいない。実の孫娘よりは年長だが見ていて危なっかしい所の目立つ国家元首に付き合う馬鹿が一人くらいいても悪くはないだろう。
軍人として、また一人の人間として故国を愛する気持ちと、祖父として孫の生きる世界が争いの無い平和なものであってほしいと願う気持ちがこの道を行く事を選ばせていた。
 時が来た。この年老いた身が選んだ新たな道のひとまずの折り返し地点が目に見えてきた。プラント本国を守ろうとするザフト、宇宙における戦力の大多数を投じた地球連合。勝敗の天秤がどちらに傾くにせよ、多くの命が失われ、地球圏に生きる者の未来を占う戦いだ。
これが最後にはなるまい。ナチュラルとコーディネイターとは、両者が存在する限りにおいて永劫に争い続ける存在なのかもしれない。そもそもそんな新しい区別が生まれる以前から、人類は争う事を止められずにいるのだ。手に入れられるのは一時の平和だけだろう。
年を重ねるたびに澱のように心の底に降り積もっていた“現実”という名の苦味が、一種の諦観を伴ってダイテツに感傷を忍ばせたが、未来ある若者たちの顔がその重い諦観をどこかへと追いやっていた。自分の様な老人は、後に続く若者たちの礎となるのが最後の役目だろう。そう心の中で呟く。

「ダイテツ艦長、そろそろ時間ですな」

 ダイテツと長い間船の上で同じ時を過ごしてきた副長ショーン・ウェブリーがいつもと変わらぬ、ちょっと散歩に出かけるような調子で呟いた。ユーモアとセクシャルなコミュニケーションを欠かさぬが、常に冷静沈着な視点を保つ有能な副長の瞳は外界に浮かぶ星のきらめきを映していた。
ひょっとしたら、争いなど忘れてこの星の海で航海し続ける事が出来たらどんなによいのかと、感傷に浸っていかもしれない。
 年老いた船乗りは陸の上よりも海の上での死を渇望する。青い海の船乗りも星の海の船乗りも、その心は同じなのかもしれなかった。
 ダイテツはスサノオのブリッジクルー達の顔を瞼に焼き付ける様にゆっくりと見渡した。自分の子供ほどの年齢の者もいる。まだ二十代の若者もいる。これから先数十年を数える日々が待っている者たちだ。
誰も死なせたくないものだな。初めて自分の船の艦長席に腰をおろしてからいつも思っていた事が、やはり、今回も胸の中に去来した。その思いを実現できるように努力し、学習し、経験し、実践してきたがそれでも力及ばずに、クルーの死を前にした事もある。それを繰り返すうちに、心のどこかで可能な限り死人を少なくできれば、と諦めと同じ意味を持つ考えが芽生えていたのは隠しようもない事実であったかもしれない。
だが、今は、そんな諦めなどダイテツは自分の心の中に塵芥ほどもある事を許してはいなかった。

「では行くか、ショーン。若者たちの未来への礎になりに、老骨の意地を見せにな」
「左様ですな。しかしどうせならもっと老いさらばえたいものです。それに老人には若者たちの未来を見守るという最高の生き甲斐が残っていますからな。艦長もお孫さんの花嫁姿を見るまでは死んでも死にきれんでしょうし」
「ふふ、それもそうだな。ならば改めてこう言おう。行くぞ、より良き未来を手に入れる為に出航の時だ」
「それならばお供いたしますぞ。生きて戻ったらとっておきのワインで乾杯と行きましょう」
「ならわしも秘蔵の大吟醸を出すとしよう」

 荒ぶる神の名を持つ船の上で和やかに交わされる歴戦の勇士のやりとりに、スサノオのブリッジクルー達は肩に重くのしかかっていた重圧が和らぐのを感じていた。

 プラントへの航路を一心に進むノバラノソノ艦隊総数三十八隻あまり、戦闘可能な機動兵器の総数はのべ百十二機。プラント出身の者達はエンジンを臨界まで稼働させたい衝動を、到着後の戦闘に備えてかろうじて抑えていた。コーディネイターもナチュラルも、彼らの乗るすべての船が今大戦最大規模の戦場を目指す。
より良い未来で生きる為にか? それとも他の誰かの未来の為に死にに行くのか? 誰の為、自分の為、世界の為、未来の為、死んでいった者達の為、二度と戻らぬ過去の為。口に乗せられる~~の為という言葉の全てが白々しく虚しい。
 他者の命を奪い、未来を奪い、可能性を奪い、想いを拒絶し、今を拒絶し、そうする事でしか自分達の未来をつかめぬ愚かなイキモノ。コーディネイターもナチュラルも皆等しく愚かだ。醜いだろう。汚らしいだろう。存在している事自体が何かの過ちだと思うだろう。
けれど、本当に人間がその程度でしかない生き物ならば、どうして人間はここまで歴史を刻む事が出来た? なぜ百年の昔、千年の昔、万年の昔に滅びずにここまで来れたのだ? 自らを滅ぼすほどには愚かではないから? それとも数千、数万という月日を重ね人はより良い生き物へと変わりつつあるのか? それとも年月を重ねるごとにより愚かな生き物と成り果ててこの時代でその歴史に幕を引くのか?
 神ならぬ、人でしかない人間には答える術はあるまい。ひょっとしたら、その答えが得られる日の為に人間は生き続けているのだろうか? 自分達が本当に存在しても良い生き物なのかどうかどこかの誰かに、あるいは他ならぬ自分達自身に答えを与えられるまで。
 いつからか自分の胸の中で閉ざされた円環の様に終わる事無く繰り返されている問答に、ラクス・クラインは凛然と繕った白い美貌に、薄い硝子を被せた様な疲れの翳を落とした。ナチュラル、コーディネイター、遺伝子操作、禁忌の技術、神の領域への冒涜、自然ならざる不自然な存在。肌の色・宗教・経済・歴史・人種・国境・貧困・富、数えればきりの無い戦争の理由にまた新たに加えられた自分達という存在は、それ自体が始まりのヒトが犯した原罪にも等しいのではないだろうか。
 在る事自体がヒトの罪なのだと、不意にラクスは想い、それを否定する。
 わたくしたちもまた所詮は人間。迷い、恐れ、怯え、過ちを犯し、取り返しのつかぬ事をしてしまう罪深い存在。けれど、誰かを思いやり、慈しみ、愛し、番い、子を成し、未来と過去を造る事が出来る。わたくしは、そちらを信じましょう。
 誰にも明かした事の無い胸中の想いをしまいこみ、ラクスは小ぶりな造作の唇を動かした。ダイテツ同様に古めかしい懐中時計で時刻を確認していたバルトフェルドと、砲撃手の席に座りこんでいたアイシャが歌姫を振り返った。
人の善きある事を信じ、愚かである事に悲しむ少女は、悲しみの海の底で祈る乙女の様に、清らかに美しかった。

「平和を叫びながら、その手に銃を取る――それもまた悪しき選択なのかもしれません」

 振り返っていたバルトフェルドとアイシャが、ラクスのささやきを耳にしながら、前方へと振り返る。平和を望み、しかしそれを成すために武力を振るう。戦いを終わらせる為に戦う。その戦いがまた新たな憎しみと火種を生み、戦いの輪を広げる。
政治は戦争に終わりを齎す。だが政治は人の心に宿った憎悪に終わりを齎さない。戦争と言う行為が終わってもその爪痕は長く長く人々の心に傷を残す。例えそれが実際に戦争を体験したわけでもない新たな命達であっても、古い命は新しい命に歴史が育んだ憎悪という呪いを、祝福として与える。
 プラントのコーディネイターとナチュラルの今回の戦争は、長く両者の間に遺恨となって残るだろう。
ナチュラルは宇宙から災いの如く降りかかってきたエイプリールクライシスの悲劇と、各地でおきた戦争行為で失った親しき者達への喪失感とそれを埋める事叶わぬ怒りと憎悪の故に。
コーディネイターは自分達を不当に差別し、理不尽な要求を突きつけ、多くの同胞を奪った核の炎を解き放ったナチュラルの行為に。

「――でも、どうか今……」

 祈る。誰に、いや、何に? 神という存在があるのならかくも愚かしく人間を造りはしないだろう。蛇にかどわかされて禁断の果実を食し、楽園を追われた罪の故に愚かであるというのなら、なぜ神は人の愚かさを正さない? 
神が人を正す事も裁く事も許す事も許さない事もしないというのなら、そして人が罪を持って生まれてくるというのならば、その罪を許し、正し、購うのもまた人間であるだろう。だから、ラクスは神には祈らず、人間に祈る。自分自身もまだ大罪を犯した罪人であると知っているから。

「……この果ての無い憎悪の連鎖を断ち切る力を……!」

 ラクス・クラインは知っている。断ちきった憎悪の連鎖は、あまりにも簡単に新たな憎悪によって再び繋がる事を。自分達は、これ以上ないほどに虚しい事に命を賭けているのだと、心のどこかで囁く自分の声が、ひどく疲れている事に、ラクスはずいぶんと昔から気付いていた。
それに気付かぬ振りをする事にも随分と慣れたが、新たに生まれいずることを止めぬ疲労は、静かに絶望と虚無感に変わりつつあった。

<ザフトの勇敢なる兵士達よ! 今こそ、その力を示せ! ヤツらに思い知らせてやるのだ! ――この世界の新たな担い手が誰かという事を――!>

 画面の端で声高らかにザフトの兵士達を威武する、銀髪の女性、プラント最高評議会議員エザリア・ジュールの演説が流れるマハトの艦橋に一人の青年が足を踏み入れた。すでに戦端が開かれ、各艦艇やザフトからも通信がひっきりなしにかわされ、マハトの艦橋は沸き立つような慌ただしさに満ちていた。
副官リリー・ユンカースと共に、迅速かつ的確な指示を伝えながら、DC宇宙軍総司令マイヤー・V・ブランシュタインは、青年を一瞥し、すぐにまた戦況を伝えるモニターとリリーの報告に耳を傾けた。
 青年の身を装うのは足首まで届く長い丈の白衣を模したロングコート。しなやかな長身は風にかすかに揺れる柳の木を思わせた。ただし、いかなる暴風雨の只中にあっても平然としているこの世ならぬ樹木だ。加えて妖しく美しくあった。
高貴を表す紫の色に彩られた髪も、その下にある典雅な顔立ちも、申し分なく美しいといえる。そしてそれらすべてに闇の暗さに似た輝きを与えている、青年の精神が体のいかなる部位よりも妖しく魔性の香を醸し出していた。
 何物にも束縛されぬ自由を欲し、そうあろうと願うが故に自由に縛られた青年――シュウ・シラカワ。招かれた異世界の死人達と違い、このC.E.世界に招かれた死人の手によって蘇った青年。死者によって蘇生させられた死者は常に浮かべている、在るか無きかの微笑に侮蔑の色を混ぜてモニターに映るエザリアを見つめた。いつも肩にとまっている使い魔のチカは、今はグランゾンのコックピットの中で待機させている。

「新たな担い手を自称しますか。個人的には分不相応な、と言わせてもらいたい所ですね。……お加減はいかがです? ビアン総帥」
「シュウか。こうしてただ座している分にはなんの問題も無い。手持無沙汰でな、すこし参っておった所よ。所詮技術畑の人間の私には艦隊の指揮など出来ぬしな」
「そうですか」

 オブザーバー席に腰を下ろすビアンの横に並び立ち、盗み見たビアンの顔色にシュウはかすかに美眉を寄せた。ビアン自身が言うほどに彼の体が回復しているわけではない事を察したからだ。

「総帥お一人の体ではないのですから、ご自愛されますように」
「ふ、お前にそんな事を言われる日が来るとはな」

 少しなりともシュウの邪神ヴォルクルスに操られていた頃の人となりを知る者なら、目の玉を剥きかねぬシュウの声であった。冬から春へと移ろいつつある事が分かる風の様な声だった。声をかける相手に対する労わりの心がこもっているのだ。
心の優しい少年だった頃のシュウを知る者ならともかく、多くの者達――特にマサキなどは、シュウの野郎、拾い食いでもしたのかとか、頭でも打ったのかとか、空から槍が振ってくると言い出してもおかしくはないだろう。
ビアンはそれに驚いた風もなく、かすかに微笑しただけだった。シュウがかつてDCに協力していたのは、ビアンの思想に惹かれたという以上にビアンのこんな所も理由だったのかもしれない。

「それで戦況の方はどうなっていますか? まださして大きくは動いていないように見えますが」

 シュウの問いに答えたのは、ビアンの傍らに立つ長身美躯の黒き衣を纏った美女――ロンド・ミナ・サハク。シュウの訪問にも嫌な顔一つせず、DC副総帥として、また一個人としてもビアンの傍らにいる事を選んでいた。
手元に招き寄せた3Dディスプレイに刻一刻と移り変わる戦況を映し出し、同じものをシュウの手元にも展開させる。淡々と事実を告げる口調で、ミナが現状をかいつまんで説明し始めた。

「MSの性能は概ね同等。士気も両軍共に高い。負ければ本国の守りを失うザフトと勝てば戦争を終わらせられる地球連合、共に奮起するには十分であろうよ。ただし、どちらも奥の手は切らずにいる。
連合はアズライガーを出していない。ザフトもWRXを出していない。この場合、連合の方が有利ではあるだろう。同じWRXに、圧倒的な物量、量産タイプの特機まで保有している。加えてニュートロン・ジャマー・キャンセラーを手に入れた以上、核の使用もあるだろう」
「仮に核兵器が使用可能だとして、連合は撃つと思いますか? ミナ副総帥」
「撃つだろうな。ボアズでの戦闘で地球連合の切り札がアズライガーだと散々に印象付けられているし、ボアズが艦隊と機動兵器のみによって落ちたという事実もある。なにより、まさか再び核を使うとは、とプラントの者達が無意識の内に思い込んでもいる。
最大のジョーカーを切る最高のタイミングだろう。国防委員長も兼任しているパトリック・ザラやザフトの上層部がどこまで読めているかにもよるがな」
「では、DCはどうするのです? 核融合ジェネレーターやTC-OS、マグネットコーティングやリニアシート、全天周囲モニターにテスラ・ドライブと、DCの開発した量産機でさえザフトの核動力機を上回る性能です。加えて二つのウルブズの超戦力。
真正の魔装機神に匹敵するA級魔装機二機に、超魔装機二機、ブラックホールエンジン搭載型PTヒュッケバイン、その他の機体もこの戦場でトップクラスの高性能機揃い。パイロットもそれに見合うエースクラスのみという編成。NJCを持たず、核分裂関連の技術を使えぬ不利を補って余りあるのではないですか?」
「目下、スペースノア級二隻を中核とした艦隊で連合の左翼に展開した艦隊と交戦中だ。とりあえず任されたエリアに連合の艦隊の侵攻は許しておらぬ」
「なるほど」

 様子見ですか、とそう口の中で口から出ようとした言葉を噛み殺し、シュウはメインディスプレイに眼を移した。ともすれば、手を出さぬと決めたはずなのにグランゾンでDCへ助力しようかと考えている自分に気づいたからだ。
 ビアンはミナとシュウのやり取りを聞きつつも、どこか遠くを見つめるような眼差しを、一瞬だけ虚空の彼方にあるプラント本国へと向けた。銀色の砂時計に似たあの作り物の世界で眠る少年の事が、頭をよぎったからだ。
傷つき、目も当てられぬほどに病み衰えた病人と見えたシン・アスカ。生きている事自体が奇跡だと言われた少年。どうして死んでいないのか分からないと言われた少年。この自分が戦禍へと招きこんでしまった少年。いつの間にか戦士として逞しく成長していた少年。
 翼の折れた鳥のように力無く倒れた少年が、しかし、より力強く羽ばたく時が来るのを、ビアンは心の片隅で確信していた。

「信じているぞ、シン。お前が再び立ち上がる時を」

 そしてそれが悲しかった。まだ十代半ばほどの、実の娘リューネよりも幼い少年に戦場を体験させ、戦士として成長させてしまった事が。
シンは再び傷つく事を顧みずに人間の最も愚かな面が作り出す、この戦争という悲劇にして喜劇の舞台に自らの意思で立つと、確信していたから。信頼と申し訳なさと、相反する感情を抱きながら、ビアンは加速する戦場の様相をその瞳に映していた。

「これで、五十機目?」

 目の前でオクスタンライフルのEモードによって一掃した三機のストライクダガーが爆散する様を認め、レオナは玉の汗を結び始めた白い美貌にかすかに疲労の翳を差し込ませた。ウルブズでエースと認められる撃墜スコア五十機をクリアした達成感は微塵もなかった。
それよりもひっきりなしにモニターとNJの影響でおそまつなレーダーが捕らえる、新たな敵影に心と体に疲弊を強制されている。
 ジャン・キャリーのヒュッケバインMk-Ⅱ、アルベロのビルトシュバインと共に愛機であるガームリオン・カスタム・ラーの三機編成で、波濤の如く迫りくる地球連合の大軍を相手にしてどれだけの時間が過ぎたのか、憶えていない。
引き金に添えた指がかすかに麻痺し始めていることからして、長時間に及んでいるのは確かだった。スティング・アウル・ステラ、ユウ・カーラ・ゼオルートと、クライ・ウルブズのメンバーが三機編成の小隊を三つ作り、ローテーションを組んで補給と休憩を挟みつつ戦闘を繰り広げている。

「レオナ、おまたせ! あたしたちが変わるから今の内に補給にいっといで!」

 勢いよくランドグリーズ・レイブンと共に姿を見せたカーラの姿に、かすかにレオナは口の端に微笑を浮かべた。カーラとて疲労に細胞を浸しているだろうに、こちらを元気づけるような明るい声と笑みを浮かべている。どこか羨ましくも感じられる素直な明るさと活力が、レオナに力を与えてくれる。
カーラと共に出撃したユウのラーズアングリフ・レイブンとゼオルートのM1カスタム(前回のベルゼボ戦で修理不可として破棄されたため、二機目となる)が、前に出て群がるダガーLと相対する。
 空になったカートリッジを排出し、最後の予備弾倉をオクスタンライフルに叩きこみ、銃身が過熱したグラビトン・ランチャーを腰裏にマウントしたビルトシュバインと、純白のヒュッケバインMk-Ⅱが、レオナのラーの両脇を固めた。
両機とも機体そのものに大きな損傷はないが、携行していた弾薬はほとんど撃ち尽くし、装甲のあちこちが焼け焦げている。トップエースクラスの腕前の二人が、最高クラスの機体に乗っても無傷ではいられぬ苛烈な戦場だ。
時が経てば経つほど連合の攻勢は勢いを増し、こちらには被害と疲労が増してゆくだろう。

「レオナ、ジャン、状況を報告しろ」
「損傷は軽微、戦闘継続に問題はない。と言いたい所だがチャクラムシューターのワイヤーが切れた。オクスタンライフルも銃身が熱を持っている。銃身が歪んでいるかもしれない」
「Eパックと弾倉の残数が共に一です。左脚部の推進機関をやられましたが、機動に問題はありません」
「……タマハガネに戻るぞ。殿はおれが務める。ピクニックから帰れると思って下らん油断などするなよ!」
「ふ、まだまだ先は長そうだからな。安堵の息は吐けそうにないな」

 そう笑うジャンの顔にも、幾筋も汗が流れていた。一瞬でも気を抜けば四方八方から降り注ぐビームに撃ち抜かれる極限状態が続き、戦争初期からMS戦を経験していたこの男も、流石に体力的な限界に、浮かべた笑みに力はなかった。
コーディネイターとはいえすでに四十代に差し掛かった肉体には厳しいものがあるだろう。そも、彼は最初から職業軍人ではなかったのだ。
 一方でアルベロはシンとグルンガスト飛鳥の不在の影響が色濃く響いている事実に表情を険しくしていた。シン単独でウルブズの一個小隊に匹敵する働きをしてみせるほどにあの少年は成長していた。
それに誰から見てもあぶなっかしくて、そそっかしいシンが戦場で奮闘している様は、自分達がシンの前で無様な所は見せられないと、全員の胸に思わせる力があった。その存在がいなくなって初めて、クライ・ウルブズにとってシン・アスカが戦力的にも精神的にも大きな役割を果たしていたのだと、ここにいたり気付く。

「ふん、シンの奴め。初めて会った時は普通の子供だったが、今では一端の戦士だな」

 にやりと針金を植え付けたような顎髭をゆがめ、アルベロは笑みを浮かべた。実子フィリオや元いた世界のヒューゴらを鍛えていた頃と同じ気分だった。これから芽吹く素質と成長の様が楽しみで仕方がない。そう思わせるもの。指導し鍛える側を期待させる資質というものを、シン・アスカは持っているのだ。

 かすむ眼を強く閉じて潤いを与え、レオナは遠くに見えるタマハガネを目指してラーを進ませる。二隻のスペースノア級を中心にローラシア級やネルソン級戦艦が並び立ち、その脇をドレイク級駆逐艦が固め、どの艦艇もひっきりなしに砲塔や砲門を働かせ、ビーム、ミサイル、実体弾、アンチビーム爆雷をはじめとした特殊弾頭が次々と放たれている。
 タマハガネへ着艦しようと速度を緩めるレオナのラーを、不意に一条のビームが襲った。いかなるエースであろうと、それこそ相手の殺気を知覚できるパイロットであろうとも回避不可能な一撃――すなわち流れ弾であった。
レオナではない誰かを狙って放たれた敵軍が友軍のものかさえ分からないビームは、完全に無防備なラーの背中のバックパックめがけて突き刺さらんとし、ラーよりもはるかに巨大な紅の巨人に阻まれた。

「タスク!?」
「油断大敵火がボーボーってね。さあさ、レオナちゃんはしっかりとおれが守るから、はやく休んどいで」
「……ふぅ、そうね。今回ばかりは貴方に助けられたわ。ありがとう」
「どういたしまして! このタスク・シングウジ、レオナちゃんの為なら例え火の中、水の中、生身一貫でMSにも突撃してみせるぜ!」
「あら、ならその言葉が本当かどうか、私への愛に誓って実行してみてくれるかしら?」
「え゛」
「ふふ、冗談よ。タスクこそ、変に調子に乗るのではなくてよ」
「了っ解!! 安心しな、レオナちゃんが乗っている以上、タマハガネはこのおれとジガンスクードがなにがなんでも守り抜いて見せるぜ!」

 ジガンスクードとヴァイクルの二機のスーパーロボットを操るタスクとテンザンは、タスクがタマハガネ・アカハガネと共に僚艦の護衛と、補給に戻った友軍のガードを務め、テンザンは独自の判断で地球連合の部隊の邀撃を任されていた。
ヴァイクルの装備が多対一において途方もない性能を発揮する事と、その性能故に他の機動兵器と連携が組みにくい事、さらにテンザン自身の実力を考慮しての判断だった。
 アカハガネから出撃した各魔装機部隊も、ヴィガジ・アギーハ・シカログ、マサキ・テューディ・リカルドが小隊編成を組んで迫りくる敵機を無敵に等しい壁となって迎え撃ち、ブローウェルカスタムに乗ったオールトは、友軍のガームリオン・カスタムやエムリオンと共にウルブズの母艦の直衛についている。ほぼいつもどおりのフォーメーションと言えるだろう。
 Eフィールド展開による友軍艦の防御を行う特装艦に改装されたドレイク級の配備が間に合った事もあり、DC側の艦艇の喪失は他の二軍に比べて驚くほど低い。見渡す限りに展開している地球連合の部隊が、スペースノア級二隻を目下の最優先目標として定め、戦力を集中させている事もあるだろう。
 現在に至るまで二つのウルブズはこれまでに築きあげた勇名に相応しい戦果を挙げていたが、狼の首を欲する無数の敵との絶え間ない戦闘は、少しずつ彼らから戦う力を薄く薄く、冷たいナイフで生皮を剥がす様に削ぎ殺していた。
 アウルの乗るナイトガーリオンがブレイクフィールドを展開し、主武装であるインパクトランスを構え、一番槍の栄誉を求める巨馬に跨った中世の騎士の如く敵陣に突撃を敢行し、二機のダガーLが、回避が間に合わずに直撃を受け、盾に串刺しにされて爆発する。
振り返った時には既に遠方へと加速して離れているナイトガーリオン目掛け、残る二機のダガーLがビームカービンを向けるも、周囲に輝線を幾重にも描いた黄金の小型自律誘導砲台の放ったビームに貫かれてあえなく撃墜される。
 アウルと同小隊に配属されたスティングの駆る金色のMS、夜明けを意味する言葉を名前とするアカツキだ。
三百六十度全方向に対する極めて高い同時空間把握の広い視野と、判断力が要求される空間認識能力が認められ、遠隔操作兵器を搭載し、またオーブの技術の粋によって装甲に命中したビームをそのまま相手に反射して撃ち返すという常識外れの装甲ヤタノカガミを持つ超高性能MSだ。
 アウル、ステラに比べて理知的で状況の判断能力や適応能力の高さを認められ、スティングが小隊長を務めている。とはいっても特に指示などは出さず、好きにアウルとステラを暴れさせて、危なっかしくなったら自分がフォローを入れるという程度の事しかしていない。
アウルのナイトガーリオンも純正のアーマード・モジュールという事もあって高性能だが、それ以上にステラの駆る暗黒の子宮を動力源とするヒュッケバインの性能が頭一つも二つも飛び抜けている事も理由の一つだ。
 アウルとの連携でさらに三機のストライクダガーを屠ったスティングは素早くコンソールとレーダーを見渡し、ステラの位置を確認、戦闘状況を把握する。
105ダガーとダガーLの小隊と激突していたようだが、八連装ミサイルランチャーでダガーL、ついでロシュセイバーで二機目のダガーLを撃墜し、怯んだ105ダガーをリープスラッシャーで八つ裂きにして、あっという間に敵を撃墜していた。
 最大火器であるブラックホールキャノンの長砲身を腰にマウントし、右手にはオクスタンライフルを持たせていた。後はヒュッケバインの標準装備である60mmバルカンや八連装ミサイルランチャー、リープスラッシャー、ロシュセイバー、マイクロミサイルとなっている。
通信越しに、息一つ乱しいていないステラの顔を認め、スティングは安堵の息を吐いた。どうやら今のところ、ステラの精神は安定しているようだ。アウルはやや興奮気味だったが、戦闘直前でのブリーフィングルームである程度リラックスできていたようだから、まださほど心配しなくていいだろう。
 一旦、三機とも集結し、周囲の友軍の状況を確認するためタマハガネと連絡を取った。戦況は概ね五分と五分。互いに切り札を残し、まだ余力を残した戦闘と言えるだろう。核融合ジェンレーターに換装されたアカツキのエネルギー切れは心配ないし、非推進剤依存推進機関であるテスラ・ドライブのお陰で推進剤の残量も気にしなくていい。
後はパイロットの疲労と機体の損傷に気を配ればいい。それが一番デリケートで、気を使わなければならぬが。

「アウル、あまりブレイクフィールドを過信すんな。集中砲火を浴びたら破られかねねえ。シールドをうまく使えよ」
「言ってくれんじゃん! スティングこそアカツキの装甲を宛てにして下手な弾に当たんなよ」
「敵、来た」

 ステラの抑揚の無い声がアウルとスティングに警告を告げる。戦闘時になるとふだんのどこか気弱で大人しい性格は引っ込み、好戦的になるのがステラの常だったが、肉体の健全化治療の効果もあって戦闘中でも声を荒げたり攻撃性を剥き出しにする事はない。
BHエンジンによって駆動する現在、世界で唯一のMS兼PTであるヒュッケバインが一足早く、新たな敵群に向かって飛翔する。
 一個中隊全十二機のMSが相手だ。バスターダガー三機にダガーL九機の組み合わせで、ステラ以外にも彼らに気づいたDCのバレル・エムリオンとコスモリオンが二、三機こちらの援護に向かってくる。ステラは敵も、味方さえも気に掛けずに、オクスタンライフルの照準を戦闘のダガーLに向ける。

「ちぃ、あのおバカ! シンの奴の言う事は素直に聞く癖によ! こっちの言う事無視して突撃かよ」

 お前だって似たようなもんだろう、とアウルに言ってやりたい気もしたが、スティングはナイトガーリオンで慌ててヒュッケバインを追いかけるアウルに続いた。確かにアウルの言うとおり、シンが常に傍らにいる時のステラはシンの言う事に先ずノーとは言わないし、自分達の言う事も素直に聞く。
シンが傍らにいない状況で戦闘した事はあるが、今回の様にはっきりとシンがいない事を知っての上での戦闘が、実はステラにとっては初めてであると知り、スティングはかすかな危惧に囚われた。
 これまでシンの存在によって戦闘のストレスから守られていたステラの精神が、シンの不在という事態をよりにもよってこの土壇場で経験した事で、極めて不安定なものになっているのではないだろうか? 
加えてシンの妹マユと交わしたというシンを守るという約束を頑なに守りぬこうとし、その事がかえって新たなストレスとなって、ステラの幼く無垢で脆い精神に、何が何でも守らなければならないという脅迫概念を植え付けている? このかつてない最大規模の戦場で、ステラ・ルーシェの心はかつてないほど、束縛され弱っている? だとしたら

「そいつは不味いぜ、ステラ、シン!」

 胸中に鉛を含んだ様に重い不安を抱き、スティングは急ぎステラのヒュッケバインを追いかける。三機のバスターダガーの集中砲火を交わしながら、オクスタンライフルで撃ち返し、援護に来たコスモリオンを無視するように、スタンドプレイに走っている。
拙いなりに連携戦闘と言うものを実践できていたはずのステラの、その姿にスティングは抱いていた不安をほとんど確信に近いものに変えた。

「あいつ、やっぱり……!」

 指揮官らしきバスターダガーにオクスタンライフルの照準を合わせたスティングが、不意にレーダーが捉えたアガメムノン級を中心とする十数隻の艦隊に気づいた。すでに戦端が開かれ相応の時間が経過している。
地球連合に月基地から増援が到着したという情報は聞いていない。最初から連合側が用意していた増援だろう。大きく戦場を迂回し、DCやザフトを挟撃するのか、それともヤキンを叩きに向かっているのか。
 いや、

「直接プラントに向かうつもりか?」

 いぶかしむスティングの目の前で、艦隊から数十機のMSに守られ、百以上のMAメビウスが出撃する。フォビドゥン、カラミティ、レイダーのみならずストライクやバスター、ロングダガー、量産型ガルムレイドまでも展開している光景は、そのメビウスが通常とは異なる役割を持った期待である事を暗に告げている。
スティングはそれらのメビウスが例外なく巨大なミサイルを抱えているのに気づいた。
 その編隊に気づいたザフトのMSがたちまちの内に群がって、メビウスを護衛するMSと交戦を始める。遠目に見ても安い腕は一人もいない、水準を上回るレベルのパイロットで構成されたガード達らしかった。その光景にスティングは言い知れぬ不安を覚えたが、あちらはザフトの連中に任せると割り切り、ステラとアウルの援護に意識を割いた。

「シンがいないとステラがああも脆くなっちまうとはな。兄弟分としては情けない限りだがッ」

 改めてシンとステラの間に繋がれた絆の深さを目の当たりにした気分で、スティングはラボ時代から擬似兄妹のような関係にあった自分達よりもステラの心の深い所に住むシンの存在にかすかな嫉妬と、そこまでステラと深く結ばれたシンに感謝の念を抱いた。こんなおれ達の友達になってくれて、ありがとうよ。もし、この戦いを生き抜けたなら、そう言おうと、スティングは心に誓った。
 

 GAT-Xナンバーや量産型特機の存在は、通常のMSしか持たぬザフトにとっては頭痛の種であったが、伏兵であったメビウス部隊に対してミーティアの量産型であるヴェルヌを装備したフリーダムとジャスティス二機を回していた。
ゲイツと後方に下げられていた旧式のジンや鹵獲したダガータイプで構成された部隊も必死にビームや銃弾で弾幕を展開し、一機、また一機と撃墜しては撃墜されを繰り返す。
 護衛のMSを撃墜されたメビウスが、一気に加速して放たれるビームや銃弾に被弾しながらも抱えていたミサイルを発射する。メビウスそのものは即座に機体中央をシグーの突撃銃の猛打を浴びて爆発したが、放たれたミサイルはまっすぐにプラントめがけて白煙を引いてゆく。
本国付近に設置された機雷網に掛かるより早く、防衛用のビーム砲台がミサイルを探知し、すぐさまそれを撃墜する。
 吸い込まれる様にビームを受けたミサイルは当然の如く爆発し、迸る光の洪水が当たりの暗黒を過剰なまでに照らし出していた。小さな太陽が突如生まれ落ちたような途方もない白い光は、モニターとヘルメットの遮光機能を持ってしても目がつぶれるのではと危惧するほどに強く輝いていた。
その輝きの届く所に在るもの全てを呑みこんでしまう暴虐の光、熾烈な光。触れるもの全てを融かし、蒸発させ、灰塵へと帰する途方もない熱量。
 人類がたった十メートルにも満たない円筒の柱にそれだけの破壊を可能とさせる代物は、今のところ一つしかなかった。すなわち――核だ。数世紀の昔より人類が手に入れた自ららを星ごと滅ぼそう事も出来るメギドの火。
新人類を自称するコーディネイターの生み出したニュートロン・ジャマーによってパンドラの箱の中へと封じられた悪徳の様に、その存在を消していた筈の力が、今ここに解き放たれたのか。
 たった一発の核ミサイルが、何の影響も及ぼさぬ宇宙空間で爆発したのは不幸中の幸いだった。ミサイルを迎撃した砲台が一基飲み込まれただけで済んだからだ。
だが、核ミサイルの使用と言う無意識に否定していた事態に、ザフトの防衛部隊が呆ける間に、数機の核装備メビウス――ピースキーパー隊が防衛網を突破し、それを許せばどうなるかと、心身を凍つかせるザフトのMSをお鋭のMSが足止めする。
 はやくはやく追いかけなければと焦る思考と早鐘の様に体内で鳴り響く心臓の音。対ヤキン・ドゥーエ戦まで温存されていた地球連合の切り札の一枚が切られ、その効果を最大に発揮しようとしていた。
核の使用を躊躇わぬどころか、嬉々としてそれを行う精神の持ち主達によって構成される核メビウスのコックピットでは、パイロット達のことごとくが狂気に染まった笑みを浮かべてトリガーに指を添えていた。

「青き清浄なる世界の――」

 聖句を唱える悪魔の様な醜い感情を吐き出そうとした彼らを、彼方のプラントから放たれた光条が真っ向から飲み込み、防衛部隊を突破したメビウス全機を撃墜していた。同時に核ミサイルが誘爆を招き、極めて巨大な熱量を孕んだ光球が幾重にも連なって宇宙の暗闇を一時払拭した。
核ミサイルに気づき愕然と背後を振り返ったスティングとアウルが、その偽りの太陽の向こうから姿を見せる巨人に気づき息を呑む。
凶を告げる忌むべき鳥の名を持つ巨人の胸中で、幼い女修羅の双眸へと追い詰められつつあったステラ・ルーシェの表情に安堵と喜びが瞬く間に広がる。
DC艦隊旗艦マハトの艦橋で、ビアン・ゾルダークの口元に喜びとそれ以上の悲しみとが心の奥深くに隠された笑みが浮かんだ。
 世界の暗黒を白に染める偽りの太陽を引き裂いて姿を見せる巨人を、誰が見間違えよう。青を基調に胸に金色の星を持ち、ファンを備えたジェットエンジンの様な両肩と引き絞ったような細い胴に長い脚。長い風月に削られた岸壁が人となったような重く、厚く、厳しく口元を引き締めた戦士の顔立ち。右肩にはパイロットと同じ名字『飛鳥』を勇躍と踊る筆で描かれた追加装甲。
 ディバイン・クルセイダーズ総帥親衛隊ラストバタリオン特別任務部隊クライ・ウルブズ所属シン・アスカの愛機、グルンガスト飛鳥に他ならなかった。
 オメガレーザーの一射によって核とメビウスを撃墜した事を確認し、グルンガスト飛鳥のコックピットの中で、シンは小さく息を吸い、細く吐いた。次元の狭間で見続けていた夢と可能性と因果の混じり合った世界から目覚め、病室を抜け出してアプリリウス市に残っていたDC兵に連絡を取り、最大限に危機を打ち鳴らす自分の勘に従って再び戦場へと舞戻ったのだ。
 シンが病室を抜け出した直後にであったDCの兵士に導かれるまま、宇宙港に向かったシンを待っていたのは、ベルゼボでの死闘の傷を癒し、主の帰還を待っていたグルンガスト飛鳥であった。
生体認証を解除し、シン以外のパイロットを乗せる事もそうする時間もあったろうに、それをせず、わざわざシンの居たアプリリウス市に飛鳥を残していったのがビアンであると、シンには言われずとも分かった。
自分が目覚めると信じていたのか? 信じていたのだろう。あの人は。そして自分が再び戦場に立つ事を悲しみ、そうさせた自分を責めているのだろう。ビアン・ゾルダークは。
 完治しきっていない傷はしきりに痛みの信号をシンの脳髄に送っていたが、そのことごとくをシンは意思で咀嚼し飲み込んだ。
おれは戻ってきた。おれの居るべき場所、おれの居たい場所、おれの望む世界に!! 
飛鳥の手が背のスラスターへと延び、そこから表れた一振りの刀の柄を握りしめた。白銀の弧月を描き引き抜かれる刃は、圧倒的な威厳と勇壮な姿で百獣の頂点に君臨する、獅子王の名を冠する一振りの業物。静かに、厳かに、力強くシンはそれの名を呟いた。

「獅子王……斬艦刀!!!」

 右八双に獅子王の太刀を構える飛鳥の姿を見よ。そこに威風堂々と一刀を構える古の剣士の魂が映るだろう。かつて戦場を飛ぶ鳥と言う意味も含め名付けたと言われたグルンガスト飛鳥は、主と機人一体の境地へと至り、今、この戦場へと舞い降りた。