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SRW-SEED_SEED氏_第12話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 20:48:53

 第十二話 戦場の桜

 いくつもの装甲の破片や黒いオイルが揺らめく海面に着水したタマハガネの格納庫に、シンはリオン・パーツをパージしてすっかりスリムになったエムリオンを戻して、コクピットから降りてヘルメットを脱ぐ。
 髪の先から滴るのは流した汗の雫だ。自分でも驚くほどにぐっしょりと全身が濡れている。ジャン・キャリーとの戦闘はかつてない緊張をシンに強いていたようだ。
 ステラのエムリオンやスティングのガームリオンもメンテナンスベッドに収まり駆け付けた整備兵達が群がる。
 その様子をぼんやりと見つめていると、アルベロのガームリオン・カスタムが着艦し、外部スピーカーから低く抑えられ、却って恐ろしさが倍増したアルベロの声がシンめがけて吐き出された。
『シン・アスカ。貴様、自分が何をしたか分かっているな。後で艦内マラソン100周と修正を加える。覚悟しておけ、加減はせん』
「……はい」
 自分の単独行動が、下手をすればどれだけの被害を味方にもたらす事になったか、一応の軍事教育を受けたシンはそれなりに理解していた。
 ましてや自分が戦ったのは連合屈指のエース。命があったのが不思議な位だ。
「はは、何やってんだ、おれ?」
 人殺しには慣れた。銃口を向けられるのも慣れた。そう思っていた。でも、それは勘違いで――。
「こんなに、こんなに怖いじゃないか、震えているじゃないか、シン・アスカ?」
 その場で膝をつき、ジャン・キャリーとの死闘で張り詰めていた緊張の糸が切れたシンは、それまで自分でさえ知らずにため込んでいた恐怖と罪悪感を残らず吐き出す為に、滝の涙を流して、慟哭した。
「シン……」
 そんなシンを遠目に見守っていたステラは、初めて見るシンの弱弱しい姿に、どうすればいいのか分からなかった。ステラにシンが今感じている恐怖・不安は理解できない。
 もう随分と前にそういう風にされてしまったから。
 でも、シンのそのまま消えてしまいそうな、目の前から消えてもう会えなくなってしまいそうな姿に、ステラはどうしようもなく悲しくなって、胸が締め付けられて、瞳に涙の紗幕を浮かべていた。
 どうすればいいのか分からない。シンが泣いている。あんなに悲しそうに、あんなに辛そうに。
 いつも傍にいてくれて、いつも気に掛けてくれて、ふとした時に頭に浮かぶ男の子。アウルやスティング、ビアンとはどこか違う人。
 何ができるのか分からない、何をしてあげればいいのか分からない。それでも、せめて傍にいてあげたい。シンがそうしてくれたように。

「……あんな子達がDCの兵士なわけ?」
「はは、あいつらはわけありさ。あっちのステラって子はな、エクステンデッドっていうらしい」
「エクステンデッド?」
「詳しい事は知らないが、連合が研究していた強化人間の一種らしい。洗脳、暗示、薬物投与、外科手術、肉体と人工物の代替。そこまでしてコーデイネイターに勝ちたかったらしい。
 あの子たちはDCのお偉いさんが助け出して治療しているそうだぜ。そんな子が何でこんなとこに居るかと言えば、あの子たちから戦うって言いだしたらしい。ま、それを信じるかどうかは、ジェーン。お前が決めればいい」
「自分の目で確かめろってことね」
 二人の子供達をエドと金色の髪をした意志の強そうな美女が見守っていた。先程まで連合側のエースとしてエドと死闘を繰り広げていたフォビドゥン・ブルーのパイロット『白鯨』ジェーン・ヒューストンだ。
 ビクトリア攻略作戦で連合から離反したエドと出会い、一日千秋という言葉に劣らぬ程の密度で募らせていた想いをぶつけあい、死闘を繰り広げた。
 実際、エドのソードカラミティは対艦刀シュベルトゲベールを一本失い、左腕の肘から先を失い、TP装甲各所にダメージが残っている。
 ジェーンのフォビドゥン・ブルーはビーム偏向装甲ゲシュマイディッヒ・パンツァーを片方失い、胴体や脚部に対艦刀による斬撃の跡が残っている。
 元恋人の割に、いやだからこそ容赦の無い戦いを繰り広げていたようだ。幸いにして元の鞘に収まったのでめでたしめでたしというべきだろう。
「にしても良かったのかジェーン? 投降するだけならともかく、DCに参加するんじゃ連合への裏切りになるぞ?」
「いいのよ。私の居場所は、貴方のそばなんだから」
「へへっ。やっぱりお前はおれにとって最高の女だよ」

 エドとジェーンが見守る中で、シンの傍らでしゃがみこみぎゅっと抱きしめたステラが、シンと一緒になって泣いていた。
 格納庫ではそんな二人をどう扱えばいいのか分からず困るアウルとスティングと、静かにシンとステラの好きにさせる大人たちに別れていた。

「シンの奴、どうやら説教をくれてやる必要はなさそうだな。アルベロ三佐」
「いい薬にはなったかも知れんが、やはり子供だな。ビアンが罪悪感を抱くのも無理はない」
 互いの機体から降り、ステラとシンの様子を見ていたアルベロとギナだ。オノゴロに戻れば洒落にならない制裁を加える予定の二人だが、今はシンを気遣う様子を見せている。
 しばらくシン達を見ていたギナとアルベロだったが、やがて話の矛先を変えた。ギナは黒と金を基調としたパイロットスーツのままだ。
「さて、今回の奇襲作戦、どれほど価値があったと思う?」
「焼け石に水を4、5杯掛けたと言った所か。後は連合がどこまでDCを評価するかだな。ひょっとしたら我々が自分自身を過小評価しているかも知れんがな」
「ふむ。連合に過大評価されても困るが、そちらも困りものだな。だが、海上封鎖をされればたちまち物資が枯渇するのは目に見えている。  
 国民はホムラやウナトの説得で現状を受け入れつつあるが、在外オーブ人からの反応は好意的とは言い難い。各コロニーと月面都市群は判断を保留している感があるな。DCも問題が無いわけではないのだから」
「ふん。クーデター政権だ。反感を持つものが多数存在するのは当たり前だろう。ウズミ政権の支持率は99パーセントだったか。たちの悪い冗談だと思ったぞ。そんな国を母体にしている割によくやっているというべきなのだろうな」
「そうしておこうか。私は宇宙に上がるが、地上は任せるぞ」
「言われるまでもない」
 それだけ言って、アルベロはパイロットスーツを着替えるべくロッカールームへと歩き出した。
 なお、艦内マラソン百周は八十周へと手心が加えられた。
 その後、捕虜にした連合の兵士とMS、諸部品を合流したタケミナカタに預けて身軽になったタマハガネは、一路オノゴロ島へと進路を向けた。都合四度の激戦を終えた若き兵達に、一時の安息を与える為に。
 
 ローレンス・シュミットの伝言と、その後国防委員会経由で送られてきた情報を整理した結果、フリーダムが宇宙に上がったのは事実であると確認したアスラン・ザラは、DCから返還された傷病兵の一部と共に宇宙へと上がっていた。
 地球軌道上に上がってからザフトの小規模な補給基地に寄港し、本国までの護衛を確保した傷病兵のシャトルとはここで別れる事となる。
「では、プラントに無事戻れる事を祈っている。父上と母上を喜ばしてやれ。ニコル」
「アスランも。特務隊としての任務、無理をしないでくださいね」
 アスランとニコルは、きつく握手を結び、二人は再会を誓って別れる事になった。
 死んだと思っていた戦友との再会の喜びを胸に抱いたまま、アスランはかつての親友を追う任務に戻らなければならなかった。
 まだ包帯の全てが取れてはいないニコルだが、せいぜい火傷や擦り傷を隠すものだ。後二、三日もすれば傷も快癒するだろう。
「じゃあ、またいつか会おう、ニコル」
「アスラン、どうか無事に。この戦い、少しでも早く終わって、平和になるといいですね」
「……そうだな。その為にもおれに出来る事をするよ」
「アスラン、少し変わりましたね」
「そうか? そうかもしれないな」
 それが、二人の別れの言葉だった。アスランもニコルも、再び出会う時、互いの立場に驚く事になるとは、この時はまだ露とも知れなかった。
 ニコルと別れて、一応完成機なのだが、核動力MSという試み故か欠陥や整備性の悪さが否めないジャスティスの調整に四苦八苦する整備兵と協力して、機体調整を行う。
 一息ついてコーヒーチューブを胃に流し込みながら、アスランは頭の中で情報を整理していた。
 DCが蜂起するその直前、フリーダムを積んだアークエンジェルとクサナギというオーブの戦艦がマスドライバーによって打ち上げられ、消息を絶っている。
 ザフトのパトロール艦隊が、不審な艦を見かけたという情報が回されてきてはいるが、これにアスランは胡散臭さを感じていた。アスランが宇宙へ上がるのを見越した上で入ったようなタイミング。
 意図的に伝えられたかのような、そんな情報の通達。ローレンス・シュミットに感じたものと同じ、掌で踊らされているような感覚が拭えない。
「おれがフリーダムと接触するのを望んでいる者がいると言うのか?」
 だがそれでもアスランは行かざるを得ない。それが彼の父――現プラント最高評議会議長パトリック・ザラに命じられた任務であり、彼自身の意志でもあったから。
 L4コロニー群の一つ、メンデルを目指すアスランは途中までローラシア級に運んでもらう手筈を着けた。
 ジャスティスに秘められた秘密。ニュートロンジャマーキャンセラーによる核動力はバッテリー機をはるかに上回る出力を与え、稼働時間の制限を取り払ったが、生憎と推進剤や弾薬は有限であり、無限に稼働するなど夢のまた夢なのだ。

 暗黒の宇宙にまたたく数千年前の星々の輝きを、人の夢の残骸である鉄屑達が無粋に覆い隠す。
 地球圏の身に存在する人間が犯した所業の証明――廃棄コロニー、破壊された人工衛星、宇宙の藻屑と化した宇宙船、今大戦で出現した鋼の巨人MS達の残骸……。
 人の息吹も生命のぬくもりも失われた世界に佇む廃棄された円筒形のコロニーに潜むはぐれ人達に、時代は静寂を許さぬようだった。
「アンノウン? ここに近づいているの?」
 メンデルのドックにつながれたアークエンジェルとクサナギは、宙域に放っておいた無人衛星の警戒網に、メンデルの付近をうろつくジャスティスがかかったことで、にわかに慌ただしさで取り戻した。
 ここ数日、オーブ所有の各コロニーや月面都市の親アスハ派からの物資を秘密裏に受け取り、密かに戦力を整えていた。
 が、それもここに隠れている事が暴かれればまた別の手段を講じねばなるまい。
「ええ。識別はザフトですが、ライブラリに該当する機体がありません。……ただ、フリーダムの中のデータに該当する機体がありました。ジャスティス、核動力MSです」
「! NJC搭載機? そんな重要な機体が単独で行動しているの? 連合に鹵獲された時の事とか考えているのかしら?」
「ブラックボックス化と自爆装置位は積んでいるんじゃないんですか?」
 アークエンジェルの艦橋で単独で行動するジャスティスの行動に戸惑いを覚えながら、推測を交わすマリュー達だったが、とにもかくにも対処しないわけにはいかない。
 既にストライクとフリーダムに乗り込んだムウとキラから通信が入り、状況を説明する。
「核動力MSか。ザフトのトップシークレットが何で単機でこんな所にいるんだ?」
「さあ。ただ何時でも出撃できるようにしておいて。ここで目ぼしいものは」
「僕たち、ですよね? マリューさん」
「ええ」
 今や廃棄コロニーたるメンデルにザフトや連合が目を向けるものなど無い。あるとするなら、そこを根城にする自分達の存在位だと、理解していた。
 現在の戦力はアークエンジェル、クサナギ、メズ、ゴズ、の四隻の艦艇と、MSはフリーダム、ストライク、ストライクルージュ、バスターが一機ずつ。
 それにクサナギに搭載されていたエムリオン(換装パーツなし)が十機とメズとゴズに搭載されていたジン四機、シグー一機の二十九機に及ぶMS。
 ザフト製のMSには旧オーブ軍のOSを搭載してあるからナチュラルでも運用は可能だ。
「ディアッカ、貴方心当たりないの?」
 オペレーターを務めるミリアリア・ハウが、かつてキラがMIA勧告を受けた戦い以来ずっと捕虜にし続け、オーブ脱出後まで付き合わされる羽目になったザフトの赤服ディアッカ・エルスマンに問いただした。
「おいおい、おれがアークエンジェルの捕虜になってどれ位経ったと思ってるんだよ。所詮前線に出ずっぱりの兵士に過ぎないんだぜ?」
 褐色の肌に、波打つ金髪を逆立てた少年がディアッカだ。時には酷薄な光を浮かべるややたれ気味の眼には、ミリアリアとの会話を楽しんでいる節がある。
 この男、どう言うわけかアークエンジェルの捕虜になっている間に思う所があったらしく、メンデルに来る途中で自由にしたというのにアークエンジェルにそのまま居座っている。
 かつて死闘を幾度も繰り広げた相手だけに、キラ達も戸惑いを覚えたが、乏しい戦力の彼らにとっては予想もしなかった味方が増える事になったわけだ。
「おれに言えるのは、あんな機体を任されるんだ。ザフトでも相当の凄腕って事くらいだな。それこそアスラン級のな。
 まあ、その点、ここにいるのはザフトの最新鋭の機体とおれら赤服が束になっても勝てなかった奴、連合のトップエース“エンディミオンの鷹”とGだ。たった一機相手ならよほどの事がなきゃ負けないさ。近くに大部隊が待機していない事を祈るんだな」
「ジャスティスを囮にしているかもしれない、って事か。でもザフトがそんな事をして何のメリットがある? いやフリーダムの奪取はそれ位重要か」
 ニュートロンジャマーキャンセラー。ザフトが拘るとしたらこの装置に尽きる。
 連合の核兵器の使用を封じるために用いられたニュートロンジャマーは核分裂を抑制し、核兵器のほか原子力発電にも作用し、地球上の全人類にその牙を剥いた。
 これによりライフラインを止められた地球各国家では凍死者や餓死者が出る事態にまで勃発し、原子力に依らない電力供給の手段が確保されていない国家では甚大な被害が起き、死者の総数は億を超えた。
 この核の業火を防ぐ装置が無効化されればプラントは核の脅威にさらされ、同時に原子炉に再び火が灯されて、元から覆しようがないほど広がっていた国力が、さらに隔絶する事となってしまう。
 NJCの流出はプラントとザフトにとって致命的事態を巻き起こしかねぬ一大事なのだ。まあ、そんなものをなんでMSなどに積み込むのか? と首を捻らざるを得ないのも事実だ。
 確かに核動力MSは既存のMSを凌駕するスペックを、その動力源から得られる。だが、それよりも搭載されたNJCが連合の手に渡るリスクの方が圧倒的に大きいのではあるまいか?
 もっとも、連合とてNJを無効化する装置・機械の開発は、NJを打ちこまれ、その威力を知ってからとっくに始めているはずだ連合製のNJCの開発も、そう遠くない未来の出来事なのかも知れぬ。
「困ったわね。罠と分っていても仕掛けざるを得ないという状況かしらね、これは」
「まあ、息を潜めていても見つかるだけだろうからな」
 結局、思案顔を突きつけ合っても妙案が出るはずもなかった。一方でアスランは、まだメンデルの状態が良好で電力が生きている事を確認していた。
「なるほど、誰も近寄らず、設備が生きているならしばらく姿を隠すのには適しているな」
 NJCの効果で、NJの副産物であるレーダーの妨害効果を無効化できるジャスティスは、流石に戦艦クラスの索敵能力には及ばぬが、じきにアークエンジェルとクサナギの船影を捉える事となった。
「……足付き、いやアークエンジェル、か」
 流石にここまで接近すればアークエンジェル側も、ジャスティスが通り過ぎるはずがないと腹を据えたようで、まもなくアスランの追い求める相手が姿を見せた。
 青い六枚の翼を持ち、ツインアイに白いGタイプの機体フリーダム。砲撃用の機体であり、近接特化の機体であるジャスティスの兄弟機。それに乗るのは――
「キラ・ヤマトか? こちらはアスラン・ザラだ」
「アスラン!? どうして君が……。ううん、君はザフトの軍人なんだ。なら、君がその機体に乗っていてもなにもおかしくなんかないんだよね」
 ジャスティスと相対する形でフリーダムは動きを止め、やや距離を置いてムウのエールストライクとディアッカのバスターもそれに倣う。
「知り合いか?」
「アスラン? よりにもよって、あいつかよ。まさかイザークまで来てないだろうな」
 ムウはキラの様子に疑問を抱き、ディアッカは聞こえてきた声と名前に複雑な色を浮かべる。
「アスラン、君の目的はこのフリーダム、だよね?」
「ああ、そうだ。おれは奪取されたフリーダムの回収・破壊とそれに関連した人物・施設の完全抹消の任務を帯びている」
「そう、なら戦うんだね?」
 アスランの言葉に戦闘を覚悟し、キラはフリーダムのコクピットの中で固唾を呑む。力量は互角、機体の性能も互角と言ってよいだろうが、砲戦用のフリーダムは懐に飛び込まれればジャスティスに勝つ見込みは一気になくなる。
 少数精鋭という事で出撃したムウとディアッカがいる事が大きなアドバンテージではあるが。

「いや、おれに戦闘の意思はない」
「え?」
「ラクスに言われたよ。おれが信じて闘うものは何なのかと。与えられた勲章なのか、ザフトでの名誉や地位なのか、父上の命令なのか。その為に戦うなら、お前やラクスが敵となる、とな」
「ラクスが……」
「キラ、おれはあの時お前への憎悪に身を任せて闘った。けれど、お前を殺したと思ったおれに残ったものは、苦い思いだけだった。仲間を殺されて、お前の仲間を殺して。
結局残ったのは、後悔と苦しみと、どうしてこんなことになってしまったのか、そんな思いだけだった。もう、こんな戦いは続けてはいけないんだ。その為に出来る事をおれなり考えたよ」
「アスラン」
「キラ、お前が見つけたという本当に戦うべき相手は、おれにとっても本当に戦うべき相手だと、おれは思う」
「それじゃあ……」
 キラの声にうっすらと期待と不安が昇る。何度も戦い、互いの仲間を殺し合った二人だ。幼年学校の時の親友といえども、戦争が穿った二人の間で刻まれた溝と亀裂は、深く悲しいものだった。
 でも、それでも憎しみを乗り越えて二人の断たれた絆は、新たな形で結ばれようとしていた。
「おれも、お前達と共に戦いたい。命令でも地位や名誉の為でもなく、ザフトのアスラン・ザラではなく、アスラン・ザラという一人の人間として」
 凛と響くアスランの声に、キラは複雑な、それでも喜びをにじませて頷いた。
 かつての親友。殺し合った友達。お互いの仲間を殺し合った二人。もう昔の様には戻れないだろう。でも、それでもまた新たな絆を結ぶ事が出来る。同じ道を歩む事が出来る。それはきっと素晴らしい事なのではないか。
「なんだよ。驚かせるなよ、アスラン」
「ディアッカか!? お前……ひょっとしてずっと捕虜だったのか?」
「そういう台詞言う? 普通、戦友との再会を喜ぶもんじゃない?」
 相変わらず人を食った性格のようだ、とアスランは小さく苦笑を零した。しかし、あのディアッカがどうしてアークエンジェルと行動を共にしているのだろう? 
 ややこしいことすんなよ、とアークエンジェルを始め各艦のクルーに心の中で突っ込まれているとは知らぬアスランは、キラに誘導されてアークエンジェルに着艦した。
 その後、ミリアリアとディアッカの間で、アスランに対する話が交わされたのだが、アスランがそれを知る事は無かった。ミリアリアの恋人トール・ケーニッヒを戦場で殺したのは、アスランだった。
 

 宇宙でのささやかな、しかしある世界では歴史を動かすほどの大事へと発達した再会と和解とは別に、地上の旧オーブでも迫る連合との再度の激戦に向けて、連日合議が交わされていた。
 首都オロファトにある行政庁に移ったビアンが、ホムラやウナト、ユウナをはじめとしたDC側についた五大首長、閣僚らと席を交えていた。
「赤道連合やアフリカ共同体、大洋州連合、また南アフリカ合衆国の旧勢力との交渉ルートは目処が付きました。後はわれわれDCにそれだけの価値と力がある事を示さねばなりません」
 各国と外交ルートで交渉に当たっていたウナトの報告を誰もが沈黙を持って迎える。赤道連合はオーブと時を同じくして連合加盟を要求され、それまでの中立政策を放棄している。
 アフリカ共同体や大洋州連合は親プラント国家であり、いまだザフトと交戦状態に入っていないDCにとっては希少な交易相手でもある。
南アメリカ合衆国は、連合の武力侵攻によって組み込まれてはいるものの、不満を覚える軍人や民間人、政治家が多く、DCがそれを援助する形で折衝を重ねている。
「そういう意味では、次の連合との戦闘が絶好の機会であり、まさしく僕らの命運を分ける劇的な戦い、というわけです。総帥」
 いささか軽めな口調でいうユウナだが、流石に事態の重さを理解しているため、若干の緊張がその言葉に混じっていた。
 ウナトの補佐として連日各国との水面下での交渉は、先に挙げられた国家だけでなく、連合の主軸である大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国などにも及び、セイラン家が繋がりを持つ、各産業の支配者達が集う“ロゴス”にも及んでいた。
 殺人的なスケジュールをこなしながらも、普段の調子を維持しようとするユウナの根性はそこそこに評価されてしかるべきだろう。いつもは舞台に立つ役者のように整えられた髪はいくらかばらつき、眼もとにもうっすらと隈が浮かんでいる。
 一見、なんの疲労も見せぬユウナの父ウナトの方もなかなかに人間離れしている。
「御苦労だったな。ウナト、ユウナ。では、現状のDCと連合の戦力比はどれほどだ。コトー?」
 ギナとミナの義父、サハク家の首長たるコトーがビアンの問いに応じて、この会議に出席する面々の手元にあるディスプレイに?き集めた連合の戦力の情報と自軍とのそれを比較したものを映した。
「ざっと三対一。無論、一が我が方です。ジブラルタル、カーペンタリア、西ヨーロッパ、アジアに残るザフトへの戦力を残しつつ、これだけの数を用意したのは、流石連合というべきでしょう」
 陸海空とすべての面においてDCの三倍強の戦力を用意して見せた連合の圧倒的な物量に、出席する面々から呆れと恐怖を混ぜた溜息が零れた。
 いくら連合が今戦争最大の国力を持つ組織とはいえ、プラントが独立を目指した事で抜けた、プラントの工業力の損失は馬鹿にならない。
 それまで一方的に搾取出来た優れた工業製品がまるまる入らなくなった事で、プラントに依存していた工業生産の形はそう容易く変える事はできず、連合諸勢力の工業生産力に打撃を与えている。
 にもかかわらずこれだけの物量を用意して見せたのは、いささか過剰すぎる。それだけDCを評価しているという事か、あるいは誰かの横やりでもあったのか。
「MSだけでも500を越えます。こちらのエムリオンは現時点で100、バレルエムリオンが44、ガームリオンが23。それと鹵獲したストライクダガーに人工知能を搭載し、実戦に耐え得るものが30機。
 総数207機ですが、アメノミハシラに70機ほどが配備されている為、本国の戦力は約140機。おおよそ連合の三分の一のMSが揃っています」
 ある程度整えられていたM1の生産ラインを流用したとはいえ、それなりの数を用意できたというべきだろう。
 DC製MSの生産は、ヘリオポリス崩壊の1月末日辺りから開始され、月間40機強のペースで行われた計算になる。
 エムリオンとストライクダガーのキルレシオはおおよそ1対2・5。これはエネルギー・フィールドを突破され、リオン・パーツをパージした状態から更に撃墜された場合を言う。
 完全に撃墜されるまでに、同等の技量の相手なら一機のエムリオンで二機のストライクダガーを撃破出来、三機目を半壊に出来るという事だ。
 パイロットの質自体は連合とDCでは大した差はないのだが、TC-OSを始めとしたコンピューター・ソフトウェアの充実で、DC側の方が優位だ。だが、それを考えても連合との物量差を覆すには足りない。
 現在DCでもっとも優先されて生産されている軍事兵器がMSなのは言うまでもないが、戦闘機などの生産はほとんど行われていない状況にある。
 これは、新西暦においてビアンが人型兵器にこだわった理由が深く関わっている。人類にとって、自らの肉体を模した人型こそが“究極の汎用性”の可能性をもった兵器インターフェイスだったからだ。
 例えとして旧世紀の航空機を挙げてみよう。
 当初は、敵の航空機を空中で撃破する為の高い機動性をもった戦闘機。次に領空に飛来する戦闘機を迎撃する為の高い加速性をもった迎撃機。その次に地上の目標を攻撃する為の、対地攻撃能力を付与された攻撃機。
 さらにその次には発達したレーダーに捕捉されずに目標へ侵攻する事を目的としたステルス機などが目的と戦争大系の変化に応じて随時開発され、実戦に投入されていった。
 しかし、これら四種だけでも、複数の航空機を配備するには莫大な負担が掛かる。このコストという面を解決するために、高い加速性と機動性を持ち、更に対地攻撃能力とステルス能力を併せ持った高性能戦闘機が開発されたのである。
 一機の戦闘機にそこまでの高性能を求めた結果、一機当たりの配備コストは高くなるのだが、それでも四種類の異なる航空機を生産するよりは安上がりだった。
 四種類の航空機の機能を併せ持った一機種さえあれば、あらゆる事態に対応でき、極端に言ってしまえば航空機の数を四分の一にしても同等の戦闘力・作戦遂行能力が発揮できるのだ。
 数をそろえるよりも質を高めることでコスト削減につながり、更に人的資源の消耗を抑えることも可能になる。
 それを突き詰めた結果、ビアンは人型の兵器にこだわったのだ。それはこのコズミック・イラの世界においても変わらず、エムリオンは汎用的な機種として完成されている。
 陸海空宇宙と各換装パーツによって地理的状況に応じた戦闘能力を発揮し、また基本的な状態であるエムリオン(空戦)状態でも武装や機体調整によって他の陸、海、宇宙でもある程度戦闘能力を発揮するからだ。

 故にエムリオンという存在は、人型機動兵器であると同時に戦車や航空機の役割を果たし、それまでの主戦力であった兵器達を生産する必要はなくなったのだ。
 新西暦180年に完成した初代パーソナルトルーパーにして人型兵器の始まりであるゲシュペンストの誕生から、ビアンがDCを結成するまでの間に流れた6年の歳月は、人型兵器の可能性を広げ、今このコズミック・イラの世界でも活きる事となったのだ。
 コトーの説明の合間に、ビアンの隣に座るミナが一つ情報を付け足した。いつもと変わらぬ黒衣を纏った秀麗な美貌には、現状を悲観する色は見えない。
「現在旧オーブ軌道上ではアメノミハシラから出撃したマイヤー司令の艦隊が、連合艦隊を牽制している。幸い、宇宙でのMSの生産は地上ほどではないらしく、そう苦戦はしていないようだな」
 軌道上からの連合の増援はまず無いという事だ。これだけでも随分と戦いは楽になる。
 後はビアンのヴァルシオンとミナのミナシオーネ、ソキウス達の三機のフェアリオン。それに間もなく帰還するクライウルブズの戦力次第か。
「旧オーブ領海外、第一次防衛ラインで連合艦隊を迎え撃つ。ホムラ、国外退去希望者達の受け入れをプラントや各国は受理したか?」
「多少こじれはしましたが、コーディネイター国民のプラントへの受け入れはプラント側も認めました。あちらもこの戦争で社会を構成する年齢層の人口が偏っていますからな。
 ですが、国外退去希望者の数は思ったより少ない数値です。コーディネイター、ナチュラルを問わず志願する者もわずかずつではありますが日に日に増えております」
「そう、か。ただ平和を享受する日々の終わりに、何を悟ったのだろうな。彼らは」
 ぎ、と音を立ててビアンは背もたれに背を預け、ほんの一瞬だけ瞼を閉じた。閉ざされた瞼が開かれた時には、いつもと変わらぬ人々をひきつける強く厳しい光がその瞳に灯っている。静かに燃えながら、激しく燃える時を今か今かと待つ煉獄の炎の様な意志。
「諸君。長き歴史と重き伝統を持つこの国の現状と未来を憂慮し、私の掲げた理想に賛同し力を貸してくれた事に、改めて感謝しよう。
 今、我らの眼前にはいたずらに戦火を広げ、母なる地球の大地と空と海とを汚し、宇宙に飛び立った同胞を遺伝子操作に根付く差別で虐げた連合の艦隊が立塞がっている。
 我らと連合との戦力、国力の差がどれほどのものかは改めて語るまでもあるまい。だが、私は必ずやこの戦い、我らディバイン・クルセイダーズに勝利が齎されると信じている。いや、確信している。
 正義の在処は問わぬ。銃弾に銃弾を持って応じ、鋼に鋼を、刃に刃を、力に力を、血には血を持って報いる戦いを選んだ我々だ。理想の為、平穏な未来の為と大義を抱えようとも手を染める血の赤は拭えぬ。
 だが、それを知ってなお今この場に集い、またディバイン・クルセイダーズの礎となる道を選んだ兵士諸君らを、私は誇りに思う。後世の者達が如何なる評価を君らに下すとも、私は三千大千世界すべてに高らかに謳おう。
 今私の目の前にいる者達、今この場にはいなくともディバイン・クルセイダーズに集った者達の全てが、恥じる事など何一つ無き勇者であり、同時に極平凡な人間である事を。誰もが勇者となりうることを、諸君ら自身が証明しているのだ」
「……」
「諸君。次の戦いをもって我らディバイン・クルセイダーズの力と理想を世界に謳い上げる為の狼煙とするのだ。連合でもザフトでもない我らディバイン・クルセイダーズの存在を!」
 ビアンの言葉に皆が一斉に席を立ち力強く頷き返した。彼らの瞳には、代表の座を退きながらなおオーブの影の支配者として君臨したウズミに向けられていた畏怖や異敬とは異なる、信頼と共感が込められていた。

 ミナと二人、会議室に残ったビアンの目の前に、書類の束が投げられた。訝しげな顔をしていたビアンだがそれも一瞬、書類の題名を見て、どこか気まずそうにそっぽを向いた。この男がするにはあまりに似つかわしくない仕草だった。
 ずっとビアンの傍らにいたミナは、どこか愉快そうな顔でビアンに書類の内容について問いただした。獲物を嬲る猫と、気に入った異性をからかう手練に長けた雌を足して二で割ればこうなる。そんな顔だ。
「お前がいささか愉快な趣味をしているのは知っていたが、これは少々行き過ぎではないかな? ビアン」
「……遊び心だ。実行するつもりはない」
 ちょっぴり後ろめたそうなビアンであった。つくづく珍しい。
「『ヴァルシオン大改修計画』。なるほど、DC最強の機動兵器であり象徴的な存在であるヴァルシオンだ。あれ以上強化されても、まあ、悪い話ではない。だが、これはいささか方向性が違うのではないかな?」
 その1。電磁ワイヤー使用による小型テスラ・ドライブとジェットエンジン搭載した腕部を射出・回収する『ヴァルシオン・ロケット・パンチ』。
 その2。PS装甲を用い、インパクトの瞬間相転移し、超高硬度の回転衝角を叩きつける『スパイラル・ドリル・ニー』。
 その3。電磁力場発生装置を組み込んだ小型円盤を射出する『超電磁フリスビー』。
 その4。吸収・増幅した太陽熱を胸部から放射し対象を融解させる『ブレスト・フレアー』。
 その5。ディバイン・アームに小型・高出力のビーム発生装置を組み込んだ『シャイニング・ファング・ブレード』et cetera……。
「これだけの装備を実装しようとすればどれだけの資金がかかる事やら。夜中にこっそり何かの設計図を引いているとは知っていたが……。ビアン、余計なものを作る資金と猶予はないのだぞ」
「そう何度も釘をささずとも分かっている。あくまでプラン。紙面上の話だ」
「だといいがな」
 後世の歴史家たちが、ビアン・ゾルダークを語る上で誰もが共通して語ったという、『ビアン・ゾルダークは趣味人』という評価の片鱗であった。
 ビアンとミナの二人だけが残ったこの部屋であったが、二人きりの空間でいられたのはほんのわずかな間だけだった。緊急用の連絡が入ったのだ。
 ミナがテーブルに埋め込まれたディスプレイを操作し、画面にDC兵の姿が映る。
「何事だ?」
 常と変らぬ冷淡とも言える冷静さでミナが事態を問う。
『は。それが連合のMSが現在領内に侵入し、パトロール部隊と交戦中です』
「敵戦力と位置は?」
『敵は先の戦いで確認された新型のG三機。場所はアカツキ島です。現在三機のエムリオンが交戦中。すでに付近の部隊にスクランブルをかけております』
「分かった。状況に変化があり次第、すぐに連絡を入れよ」
『は!』
 暗転したモニターから目を離し、ミナが不審げに呟いた。
「このタイミングでGのみか。連合は何を考えている?」
「Gのテストか。あるいはそれに乗る者達のテストかもしれんな。あれに乗っているのはステラ達の前の世代の強化人間だ」
「私も報告は受けている。新たな強化人間を生み出す為の試験という事か?」
「かもしれん。あるいは単に末端の人間が指揮を誤ったか、だ」
「いずれにせよ、あの三機は手強い。エムリオンでもパイロットが並では勝機は少ない。私とソキウスが出る用意はさせてもらうぞ」
「頼む」
 黒衣を翻して部屋を後にするミナの後ろ姿を見送り、ビアンは一人呟いた。
「アカツキ島。マルキオ導師の孤児院があったな。おそらくラピエサージュのパイロット、確かオウカ・ナギサだったな。彼女もあの島か」