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SRW-SEED_660氏_ディバインSEED DESTINY_第18話

Last-modified: 2009-10-16 (金) 17:48:06
 

ディバインSEED DESTINY
第十八話 青天

 
 

 グラキエースとウェントスが、二人がかりで戦ってなおイグニスと互角近い戦いしかできなかったのには、無論理由が存在する。
 本来同格といってよいグラキエース、ウェントス、イグニスであるが、グラキエースとウェントスは製造後まもなくして、ルイーナから離反した為に破滅の王より供給されるエネルギーが断たれ、与えられた力を完全に発揮する事が出来ずにいる。
 また、睡眠も食事も不要な筈の擬似生命体メリオルエッセの肉体も、その頑強さを支えるエネルギー源が断たれた為に、人間同様に食物の摂取などによるエネルギーの補充を必要としていた。
 グラキエースとウェントスは、他のメリオルエッセとは異なり、この世界で再生される以前の記憶を有していて、その記憶が理由でルイーナから離反し、また離反した後もこうして敵対の道を選ぶ事になっていた。
 離反当初はまだ他のメリオルエッセと変わらぬ力を保持していた二人も、離反から時が経過するにつれて徐々に力を失いはじめ、単機ではルイーナに残ったメリオルエッセには勝てないまでに弱体化している。
 見方を変えれば破滅の王からのバックアップが無い場合の、本来メリオルエッセが持って生まれた能力のみの状態とも言えよう。
 このような理由によって、二人はイグニスを相手に互角の戦いを演じる事となったのだが、そこに新たな乱入者としてDC所属の若きエース、シン・アスカが加わり舞台は新たな一幕を迎え、そして幕を下ろさんとしていた。

 

 グラキエースとウェントスとの戦闘で多くの被弾を受けて、傍目にも損傷が見えるイグニスのインペトゥスと、二十メートルほどに縮小した斬艦刀を構える飛鳥インパルス、その左右やや後ろに佇むファービュラリスとストゥディウムが対峙している。
 インペトゥスの業火を散々に受けて表面が融解し始めているファービュラリスの盾を、グラキエースは投棄しようかとも考えたが、予備があるわけでもないかと思い直す。
 幸いにして、ファービュラリスもストゥディウムも実弾系の武装はない。機体の動力さえ生きていれば半永久的に戦闘は可能な仕様だ。そのパイロットであるメリオルエッセには三年ほどで細胞が崩壊すると言う寿命付きではあるが。
 新たに姿を見せたルイーナ側の増援であるアクイラは、アクセルのソウルゲインと、ジニンのアヘッド、タックとマリナのガンアークの四機掛かりで抑え込んでいる。シンの目にアクイラはイグニス同様に強敵と見えたが、形勢は五分五分と判断した。
 残存しているルイーナの量産機と地下基地奥深くから姿を見せた増援部隊を相手に、刹那、ティエリア、ロックオン、レオナは数の不利を負いながら、善戦している。ルイーナの指揮官機のどちらかを撃退するか撃墜すれば、この場の戦闘の趨勢は決まるだろう。
 逆にDC側が一機でも落とされると途端に苦しくなる事を、シンは理解していたからイグニスとの決着をいささか急いでいた。
 自分が最も得意とする接近戦で最大の戦闘力を有する飛鳥シルエットを装備し、一応味方と判断できるのが二機、こちら側についている。欠片ほども不安を抱かずに背を預けるには、まだ心許ないが、勘は大丈夫だと告げている。
 そして、これまでの激戦でシンを生き残らせてきた大きな要因は、この勘であった。故に、シンは理性が諸手を上げて賛同はしていないが、この勘を信じてグラキエースとウェントスに背中を預ける決断を下した。
 対峙しているイグニスはもはや言葉を吐く事さえ厭い、イグニス自身の負の感情が自身の能力を向上させている。他者の憎悪、絶望、恐怖、怨恨、怒りを利用し、糧とするルイーナの軍勢の特性か、メリオルエッセ自身の負の感情が自身を強化する。
 イスペイルが秘匿していたマイナスエネルギー収集装置の近くではない為、前の戦いの様に見る見るうちに機体の損傷まで修復する様な事はないが、周囲の風景がぐにゃりと歪んで見えるほどの熱量がインペトゥスより噴き出ている。
 まさしく煉獄から現界に生じた魔神のよう。いまのイグニスの炎なら機体と肉体のみに留まらず、魂さえも燃焼しつくして灰燼に帰してなんの不思議があろう。
 負傷を負ってこそいるが、今のイグニスは前の戦いの時に比べてはるかに凶悪かつ強力である事は、疑う余地がない。機体の耐久力の上限値が下降している事がせめてもの救いだろう。
 シンは隙を作ってくれ、とウェントスとグラキエースに告げたが、区切り直したイグニスとの戦いの初撃は自分自身がとった。
 足場のない空中だとシンが修めた武術を十全に活かす事は出来ない。空中戦を想定した武術など、古今人類が創始した事はないからだ。
 一部の特機には、武術の達人を操縦者として想定し、機体がどれだけ搭乗者の動きを再現できるかに腐心するタイプの機体が多い。シンはこの手の機体の思想とは真逆のパイロットであった。
 血肉に変え、骨にした技術を機動兵器で再現するのではなく、生身の人間では不可能な動きを可能とする機動兵器に適した形に応用し、昇華させる事が出来る。
 無論、機動兵器の搭乗者の動きへの追従性・再現性が高い方が良いが、シンはMSや特機に生身の時以上の動きをさせる事が出来る稀有な資質の主なのだ。
 これまでの激戦に次ぐ激戦と、類稀なる、という言葉でも足りぬシンの武技の才能の二つ、加えて全並行世界のシン自身の無意識との接触による潜在能力の開花もあればこその、異質な才能と言えよう。

 

 右八双の構えから飛鳥シルエットの推力を全開にした飛鳥インパルスが、正直過ぎるほどにインペトゥスへと斬り掛かる。
 大地を蹴る反動を利用した踏み込みが行えぬ代りに、機体の内部を流動するエネルギー、推進剤の爆発の瞬間を、武術の呼吸と整合させて行う移動のタイミングだ。機体越しに相手の虚を明確に感知し、突く。
 武林に生きる生身の達人でも、はたしてこのレベルの技術を成し得るものがどれほど居る事か。
 だらりと下げられていたインペトゥスの腕が動いたと見えた時には、飛鳥インパルスの進行方向前面に無数の火球が放たれていた。
 人体をベースに遺伝子レベルで、戦闘用コーディネイターと同等かそれ以上の戦闘強化処置を受け、負の感情を吸収してさらに身体能力全般を向上させたイグニスも、単純な数値で言えば、人間の領域を大きく超えている。
 でなくば、こうも素早く飛鳥インパルスの進行方向状に火球を冷静にばらまく事は出来ない。
 冷たく燃え盛るイグニスの憤怒の炎は、さながら咲き誇る鳳仙花の花畑が眼前に広がったかのよう。
 MS一個小隊程度ならまとめて吹き飛ばす、美しくも残酷な魔炎の群れである。
 神話の物語を描いた絵巻物の中に咲くのが相応しい魔炎の花々を、根元から一陣の刃風が切り裂く。
 斬り散らされた炎の花弁は散るからにこそ美しく、突進する飛鳥インパルスの装甲表面に触れては幾百幾千の緋色の粉へとさらに砕ける。
 火の粉の雨が、刹那、人型に膨れ上がり、青、赤、白に彩られた飛鳥インパルスに変わる。飛鳥インパルスの機体の外縁部を彩る無色の剣気に、イグニスは到底止められぬかと悟る。
 ぎり、とイグニスのは奥で岩と岩とが擦れるような音がした。

 

 ――忌々しい!! 

 

 インペトゥスの右腕に燃え盛る紅蓮の炎剣が生まれる。刃渡り二十メートル、縮小した斬艦刀に匹敵する大剣だ。イグニスは以前戦った時と、インパルスの姿が違う事には気付いていたが、その事自体にはさほど警戒していなかった、
 姿形が変わろうが凄惨無惨な死を与えてくれるという決意に変わりはないからだろうが、それが手痛い失態につながる。あろうことか斬艦刀を手にしたシン・アスカと接近戦を演じたのである。
 飛鳥インパルスの右八双からの一太刀目。到底、人造の機械の腕とは思えぬ滑らかな動きで、飛鳥インパルスの腕が動き、刃は疾風を唸らせる速さで振り下ろされた。イグニスはその速さに驚いたが対処できぬほどではないと、上方に掲げた右の炎剣で受ける。
 噴き出す炎の刃に斬艦刀の刃が止められるさまに、イグニスは冷笑を浮かべ、ついで襲い来た衝撃に驚愕した。受け止めた筈の刃に交差した状態からそのまま押し切られて、炎の剣がインペトゥスの額部分を強く強打した。
 数世紀も昔、極東の島国で幕末と呼ばれていた時分、名もなき薩摩の剣士の刀を受けた侍は、受けた刃の力強さに押し切られて自らが手にする刀の峰で、額を割る者が続出したという。
 まさに今の飛鳥インパルスとインペトゥスの様に。
 全身全霊を込めた一太刀のなんたる苛烈さよ。
 飛鳥インパルスの肩――上半身を構成するチェストフライヤー部分――には、工学博士の本業に戻り、DC技術開発局に移籍したジャン・キャリー謹製、新型パワーシリンダーが搭載されている。
 新型パワーシリンダー、グルンガストタイプに使用されている、関節の荷重を大幅に軽減するTCGジョイント、膨大なエネルギーを生み出すプラズマリアクター、それらを高レベルで制御し、機体の挙動へと変えるTC-OS。
 莫大な開発費と新旧の技術を投じたDCインパルス、そして飛鳥シルエットのみが、唯一それを可能とした。
 薩摩の土地が育んだ剣術の血脈を受け継ぐシンの一撃が、特機級のパワーを誇るインペトゥスに痛打を浴びせたのである。一刀に込めた気迫そのままに、引いた斬艦刀が横薙ぎにインペトゥスの首を斬り飛ばしに襲いかかる
 受ければ首を刎ねられる。まるで自分の首も一緒に刎ねられるような悪寒に襲われながら、イグニスが空いていた左腕の先端から火炎を放射して、飛鳥インパルスを後退させた。
 ぶお、と音を立てて噴水に似た勢いで大輪の花を咲かせた炎を斬艦刀の腹を盾代わりにしつつ、シンはわずかに自機を下げた。
 遮光フィルターが無ければ目を潰されたであろう炎を前にしても、シンは目を閉じずに、炎の花の向こうに居るインペトゥスを睨んでいる。
 飛鳥インパルスの背後からインペトゥスを上下に挟んで、ファービュラリスとストゥディウムが挑む。眼下に広がる炎に照らされて、純白の装甲を朱に染めるファービュラリスは、上方からサギッタルーメンを。
 青黒い装甲を毒々しい赤色に染めつつ、ストゥディウムはワイバーンショットを連続でインペトゥスへと放つ。
 火炎放射の為にわずかに動きを止めた隙を狙ったグラキエースとウェントスの攻撃に、歯軋る間もあれば、イグニスは機体表面に防御用の炎を放出しながら、急速に機体を後退させる。
 着弾したサギッタルーメンとワイバーンショットの半数近くは、機体の装甲表面から噴き出ている防御力場代わりの炎が防いだが、残る半数はインペトゥスの機体を強かに打ちすえて、元から負担のかかっていた装甲が大きく砕け行く。
 人型からワイバーンへと変形したストゥディウムと、氷剣を掲げたファービュラリスがインペトゥスを逃すまいと、勢いを激しく変えて斬り掛かる。速度の異なる二機が対応の困難な上下から襲い来る。
 機体が万全ならざるイグニスは、自身の気迫こそ天井知らずに燃え盛るが対応しきれずに、ストゥディウムの巨爪に右腕の肘から先を抉り取られ、雪粉を撒き散らす氷剣はインペトゥスの頸部を切り裂いていた。
 人ならまず助からぬ致命傷である。撃墜されていてもおかしくない連携攻撃を、かろうじて凌いだイグニスの力量は称えるに足るものであったろう。
 しかし気を逸らし、一撃必殺の刃を持つ敵を留めていた炎を止めたのは、失策であった。
 炎と共に黒煙を機体の内部から噴き出しながら、まだ動く気配を見せるインペトゥスに、斬艦刀の切っ先を右下段に流した飛鳥インパルスが迫る。
 機体内部を巡るエネルギーの流れ、関節の軋み、変動する推力その全てをシンが把握して最良最大の一撃を見舞う。
 シンの剣気を乗せた斬艦刀は目に見えぬ陽炎に包まれているかのように、イグニスには感じられた。
 物理的には何の作用もないであろう気迫が、斬艦刀の切れ味もなにもかもを増大させていてもおかしくはない。
 そう錯覚しかねぬ物理的な圧力を伴うシンの気迫。それに打たれたイグニスがわずかに体を硬直させる。

 

「おれが気圧された!?」
「ッツアァァアアアーーーー!!!」

 

 とある剣術の一派には達人の一喝によって、対峙する者の心身を緊縛する心の一方と呼ばれる極意が存在するが、シンの叫びもそれに近い領域にあるということか。
 頭上高く振り上げられた斬艦刀が、灰色の空ごとインペトゥスを切り裂く勢いで振り下ろされる寸前、体の自由を取り戻したイグニスが、喉の奥で叫びを殺しながらインペトゥスに回避行動をとらせる。
 斬、と心臓まで響く振動と共にインペトゥスが大きく揺れる。インペトゥスの頭頂から胸部まで縦一文字に刻まれる斬痕。コクピットのモニターを斬艦刀の斬撃の余波が切り裂き、イグニスの視界にモニターを通さぬ生の外界が映る。

 

「ぐぐ、くそがぁっ!!」

 

 もう一撃、それで決着が着くと、シンとイグニスのみならずグラキエースとウェントスが悟るにはあまりあるダメージが、インペトゥスに与えられていた。振り下ろされた斬艦刀を握る飛鳥インパルスの手首が捩じられた。
 シンは返す刃でインペトゥスを両断する腹積もりなのだ。ぎしり、と飛鳥インパルスの関節が重く軋る。

 

 * * *

 

 アクイラを追い詰めたアクセル、マリナ、タック、ジニンは四方から襲い来るアンゲルスに阻まれて、今一つ、いや今三つほど決定打を欠いていた。
 対する三機の質は高く、それを操るパイロットの力量も油断ならぬ――そう判断したアクイラは機体の大火力を活かして、アンゲルスも巻き込んだ弾雨を展開している。味方ごと吹き飛ばす事を、嫌ってはいられぬ敵だ。
 一方でジニン達も徐々に追い詰めつつある状況に、胡坐を掻く事は出来なかった。
 正面モニターを埋め尽くすミサイルの嵐の内、数発をもらって動きを鈍らせれば、たちまち餌に群がるピラニアの様に新たな弾幕が襲い掛かってくる。ものの数秒で跡形もなく吹き飛ばされるのは目に見えている。
 アクイラのフォルティス・アーラのダメージは大きいが、ソウルゲインも相当被弾しているし、ガンアークとアヘッドではそもそも無傷の状態でもあっという間に撃墜されるだろう。
 胃を締めつけられるような緊張を感じながら、四人は四方八方から撃ちかけられるビームとミサイルを回避し続ける。
 機動性に富んだガンアークはともかく、汎用性と発展性はあるが、格別突出したもののないアヘッドと、特機であるソウルゲインが、ここまで猛攻をしのいでいるのは操縦者達の練達の域に達する技能あらばこそ。
 人員こそ大人数を確保しているものの、その多くが未熟な新兵である地球連合や、そもそも生産層の重要な位置を占める若年層を、あたら戦争で消費しているザフトの軍部なら、宝石よりも貴重だと叫んで、喉から手を出して欲しがるレベルの有能な人材である。
 もとから技術面では他の勢力の一歩、二歩先を行くDCだが、このような人的資源に恵まれている事も、DCを強国たらしめている大きな要因だ。
 二機のアンゲルスと激しく交差しながらドックファイトを演じるタックのガンアークの後ろを、別のアンゲルスが取ってパルスアローの銃口を向けた。全方位に可能な限りの注意を向けていたタックは、かろうじて撃たれる前に気づく。
 機体を捻りざまにアークライフルで反撃し、ガンアークの左肩装甲をパルスアローがかすめた直後に、アンゲルスが胴体をビームに貫かれて新たな火球へと変わる。バランスを崩したタックのガンアークを、すかさずマリナがフォローに回る。
 流石にパートナーとして長く訓練を受けた二人とあって、互いの動きをよく見てフォローしあっている。
 一発一発の出力を落とし、連射性を高めたGNビームライフルは、ジニンの的確かつ素早い照準によって、フォルティス・アーラの放つミサイルを発射直後に撃ち落とし、襲い来る脅威を未然に防いでみせる。
 後方警戒信号が、ビ、と長く音を鳴らすよりも早く反応し、ジニンはアヘッドの左手にGNビームサーベルを握らせていた。
 空間に赤い斬弧が描かれ、一瞬で消えるより早く、ポールハンマーを振り上げていたペルグランデの胸中央部を、赤い刃が貫く。
 ズン、とGNビームサーベルの柄越しにアヘッドの関節に負荷と衝撃が加わる。ジニンはそれを操縦桿伝いに感じ、GN粒子の供給をカットして機体をペルグランデから離れさせる。
 爆発に巻き込まれない為である。
 ジニンが少数で多数を相手取った戦闘経験は、生前の西暦二十四世紀の世界では反政府勢力カタロンとの戦いくらいで、それとても、擬似太陽炉搭載機の圧倒的な性能で旧型機を圧倒したもの。
 そう性能の変わらぬ敵を相手に多数を相手にするのは、こちらの世界に来てからの経験だ。多数を相手にする戦闘はシン達の方が積んでいる。

 

「ジニン大尉、こりゃちょっとしんどいな?」

 

 二機のペルグランデの頭部を握り潰して盾代わりにしているソウルゲインからだ。
 軽微な損傷を負っていたが、自己修復装甲が少しずつ機能を発揮し、先ほどジニンが確認した時よりも装甲が幾分綺麗になっている。

 

「アルマーか、特機乗りのお前に期待したい所なのだがな」
「あっはっは、おれはスーパーマンじゃないぜ」

 

 よほど肝が太いのか、からからと気持ち良い位にアクセルは笑う。その笑い声に、大した奴だ、とジニンは内心で感心した。
 笑い声の残滓がジニンの耳に残っている間に、アクセルはがらりと変わった声を出した。
 体から血が流れれば、一緒に鉛玉が流れて、硝煙の臭いが立ち込める様な、骨の髄まで兵士だと分かる男の声であった。

 

「だが、ま、ここで死ぬのはあり得ねえやな。援護頼めるかい?」
「了解した」
「じゃあ1、2の3で突っ込むぜ。マリナとタックにはそのまま戦っていてもらうさね。いい囮だからな。さ、カウントスタートだ。1、2……」
「3!!」

 

 絶えず動き回って周囲の敵を牽制していたジニンは、合図に合わせて速射モードのGNビームライフルを撃ちかけながらフォルティス・アーラに仕掛け、腰裏のハンドグレネードをまとめて三つに投擲する。
 通常の高性能炸薬型と黒色ガス、さらに圧縮した高濃度のGN粒子を充填し、局所的に極めて強力な電波障害を発生させると同時に数秒間GNフィールドを形作る、GNハンドグレネードだ。
 赤いビーム弾に貫かれて爆発を起こすミサイルに連鎖して、ハンドグレネードも巨大な火球を生み、ついで黒色ガスがフォルティス・アーラを包み込み、一時、その目を晦ました。
 黒色ガスの向こう側から、爆炎と煙に影響されないサギッタルーメンが放たれて危うい所を掠めて行く。
 アクセルの駆るソウルゲインは、その黒色ガスの頭上を飛んでいる。ソウルゲインの足が踏んだ大地は、大きく陥没し蜘蛛の巣状の罅が大きく広がっている。
 黒色ガスと爆発に目を騙されなかったアクイラは、正確にその隻眼に青い拳闘士の姿を捉え、機能が生き残っている首周りのミサイル発射管の開口板を開く。
 腕を交差させて頭部を庇っているソウルゲインの両肘の、白銀色のブレードは舞朱雀の発動時と同じく、長く伸びて灰色の空から零れる鈍い光に妖しく輝いている。

 

「分かりやすい事だ」

 

 淡々と呟くアクイラは、かちりとトリガーのスイッチを押しこんだ。実弾兵装ながら、どういうわけかフォルティス・アーラに内蔵されたミサイルは、機体のエネルギーを消耗する形で発射される。
 負のエネルギーを吸収さえすれば半無制限に発射できるミサイルは、アクイラが脳裏に描いた未来図通りに尻から白煙をたなびかせてソウルゲインを包み込んだ。
 いかにソウルゲインの重装甲といえど、フレームも残らぬ火力の集中を、鮮やかな紅色の光の膜が遮った。かすかにアクイラの隻眼が動いた。この戦いで何度も目にした擬似太陽炉が生むGN粒子の色である。
 ソウルゲインが飛び上がり様、アヘッドが投げたGNハンドグレネードを掴み取り、ピンを抜いてミサイルへと投げつけたのである。
 遮断膜となったGNフィールドに踵を引っかけて支点代わりにし、ソウルゲインは半月を描いてくるりと動いたかと思えば、高濃度のGN粒子が渦巻くGNフィールドを足場代わりにして跳んだ。
 青い弾丸と化したソウルゲインに対し、機体の最大火力を放った直後故、動きの鈍るフォルティス・アーラは躱す暇はない。

 

「決める時は決めんとな!!」
「……」

 

 きん、と空気が凍る音がした。空中に交差した十文字の銀光が大気を裂いた音だ。厚重ねの装甲を断つ時に発して良い音ではなかった。
 肘の刃を振るったソウルゲインが、重力の鎖に絡め取られ、重々しい地響きを立てて大地に片膝を突いた姿勢で着地する。その背後で、フォルティス・アーラがゆっくりと傾いでゆく。

 

 * * *

 

 残心を取り、血振りの動作を一つし、斬艦刀を左八双に構えた飛鳥インパルスが、真っ二つになって大地へと徐々に落下してゆくインペトゥスの姿を見下ろしている。
 斬ったものと斬られたものの無情な光景がそこにあった。
 頭頂から股間まで綺麗に斬断されたインペトゥスの残骸からは、それでもなおイグニスの精神が発する激情の炎が、シンの頬を叩いている。
 サブモニターには、ジニンとアクセルの連携で、胸部に深くX字の斬痕が刻まれて爆炎に飲み込まれるフォルティス・アーラの姿が映し出されている。
 言葉にはし難い不気味さの強敵だが、新しく加入した戦力の力もあって、なんとか撃退できた、といった所か。
 かすかに安堵の息を吐くシンの目の前で、インペトゥスとフォルティス・アーラの両機が、姿を見せた時と同じ黒い雷を今度は機体から放出し始める。
 飛鳥インパルスのセンサーが、空間の歪みを感知し警告音を発した。重力震を伴うゼ・バルマリィ系、ゼントラーディ、メルトランディ、バッフ・クランなどのワープとは異なる波長系だ。
 以前、シンはヨガを極めたと言われる古木の様な老人に、思念集中によるレビテーションや、分子浸透と並ぶヨガの奥義の一つであるテレポートを見せてもらった事があったが、その時に感知した感覚に近い。

 

「逃げる気かっ!!」

 

 咄嗟に張り上げたシンの声など聞こえていないのか、無視したのか黒雷に飲まれて、したたかに破壊されたルイーナの機体が溶ける様にして消えて行く。応えはなく、インペトゥスとフォルティス・アーラの機影は虚空に消えた、

 

「逃げられたな」

 

 苦いものをかすかに潰したジニンの声に、シンは眉間に深い皺を刻んだ。指揮官機が撤退した事を受けて、残っていたルイーナの機体も急速に戦域を離脱するか、自爆している。
 流石に大多数を相手取った事で、各員の疲労が濃いと判断したジニンは、追撃は命じず後続の大洋州連合の特殊部隊と、タマハガネに長距離通信用のレーザー回線で報告を入れた。
 空間の距離を無視しニュートロンジャマーの影響をうけぬフォールド通信も、目下研究中だが、まだ試作の段階だ。
 風の精霊を媒介にしたわずかなタイムラグのみで会話できる精霊通信も、同じく研究中だが、精霊と使用者の相性次第で精度に変動が出るという欠点がある。
 こちらは現在友好国に夫ともども出張しているテューディ・ラスム・アンドー女史が、三機目、四機目、五機目の魔装機神の開発と合わせて改良中だ。
 現在正式採用されているC級魔装機は、ブローウェルとティルウェスだけだが、三機種目をどうするかでも忙しく、最近化粧の乗りが悪いというのが、テューディの口癖だ。大抵、その翌日、マサキ・アンドー十七歳はげっそりとやつれている。
 閑話休題、通信を終えたジニンは手早く指示を出して、後続の部隊が来るまでの間、各機に警戒を指示し終えると、ふう、シンの飛鳥インパルスの近くにいるファービュラリスとストゥディウムを、モニターに捉えた。
 氷雪と疾風の機体は、こちらに敵対する姿勢は見せず、肩を並べて飛鳥インパルスと対峙している。

 

「どうしようか、グラキエース」

 

 あるか無きかの涼しげな微笑を浮かべているウェントスに、グラキエースは感情の色が窺えぬ冷めた美貌のまま、答えない。口を開かず淡い色合いの唇を結んでいる様は、鋼の玉座に腰かけた雪の女王を思わせる麗しさだ。
 思わずグラキエースの白雪の肌に触れた指は、色の白さそのままに冷たく柔らかな感触にハッと息を飲み、彼女の体の中に流れる血は、赤い血ではなく済んだ氷水だと悟るだろう。
 黙考していたグラキエースが、ようやく口を開いた。兄でもあり義理の弟でもあるウェントスに、

 

「彼らには彼らの戦いがある。私達の戦いはルイーナの目論見を防ぐ事だ」

 

 と告げる。今回は協力を仰いだが、やはりルイーナとの戦いは自分達で決着をつけると、固く決意しているようだ。

 

「そうだね。でも、南極に気をつける様に注意だけはしておこうか? ぼく達はルイーナから離脱したのが早かったから、ここと南極以外の基地の位置をまだ把握していないしね」
「ふむ、それもそうだな。では、シン・アスカ、聞こえるか?」
「なんだ、グラキエース? できれば、このままおれ達に付いて来て欲しいんだけど、乱暴にはしないって保証するよ」
「申し出はこちらにとっても悪くないが、私達には私達でやる事があるからな、お前達とは一緒に行けない。代わりにルイーナの本拠地の位置データを教えておく」
「……なに!?」
「ただ、特殊なエネルギーフィールドで覆われているから、行っても無駄だとは思う」

 

 ぎゃふん、となるのをシンは堪えた。いきなり謎の敵性勢力の本拠地を叩くチャンスが来たか、と思ったらしっかりとオチが着いてきた。
 グラキエースとウェントスが、わざわざ南極以外の基地に攻撃を仕掛けているのも、本拠地にはまだ手が出ないからなのだろうか。
 グラキエースらの戦力が乏しい事もあるだろう。

 

「でも、グラキエースとウェントスの二人だけじゃ、あいつらとは戦えないだろう。おれ達や他の軍隊の力を借りないとルイーナは倒せないぜ」
「その時はちゃんと三つ指を突いてお願いする」

 

 しれっと言うグラキエースの言葉に、シンはちょっと首を捻る。ふざけているのかといえば、そのような調子ではなく至極真面目で、本当にお願いしそうである。
 グラキエースほどの神秘的な美貌でお願いされたら、大抵の男は軍を動かす事に危うく承知仕掛けるだろう。
 ウェントスもそうだが、どこか人間的な感情や情緒の薄い二人の顔立ちは、人間に似ていながら異なる事への薄気味悪さよりも、極めて精緻な古代の彫刻像を見た時の様な感動を呼び起こす美しい造形だ。
 どうしても力づくで引っ張る気にはならず、どういえばついて来てくれるかな、と悩むシンを他所に、ワイバーン形態のストゥディウムとファービュラリスがくるりと背を向ける。
 思わず飛鳥インパルスの手を伸ばすその先で、ストゥディウムと、ストゥディウムの翼に手をかけたファービュラリスが、ブースターを噴かし二機分の推力を合わせて彼方へと飛び去ってゆく。
 制止の声をかける間もなく見る見るうちに小さくなってゆく二機から飛鳥インパルスに、グラキエースが言った通りにデータが送信されてきた。嘘を吐いた様子の無いグラキエースを信じるなら、手こそ出せぬがルイーナの本拠地の位置はこれで把握できる。
 この戦いで失ったのが弾薬や装甲、パイロットの体力くらいである事を考えれば、得たものは実に実り大きいものと言える。
 ジニンらはそのまま大洋州連合の部隊と合流し、地下基地の調査と接収が始まる。厳重な装備の特殊部隊と研究者達が地下基地に足を踏み入れ、色々と調べ物をしている間、シン達はローテンションを組んで警備に当たる。
 DCに属するシンらはタマハガネに帰還するよう命令が出るかとも思われたが。大洋州連合の指揮官は、そのまま残る事を要請してきて、また地下基地から見つかったデータなどは全てDCにも包み隠さず提供するとまで言う。
 どうやら、ザフトを見限ってDC側に着く事を本気で考えているらしい。

 

 * * *

 

 地下基地の近くに建てられた仮設テントの中に、シンや刹那、ティエリアなど先発隊の半数のメンバーが詰めていた。仮設テントといっても、宇宙開拓に熱を上げていた時代に開発された植民用のテントだ。
 見た目は銀色の半球形のドームだが、小さなスペースデブリの直撃を受けても、衝撃吸収素材が完全に衝撃を吸収しきるし、宇宙を満たしている各種放射線や、太陽熱を完璧に遮断する密閉性もある。
 入口を閉じて外部から完全に密閉しても内部には十人が一瞬間生き延びるだけの食料の備蓄と、循環装置の類が常備されている。盗聴の心配もまずないから内緒話には最適だ。
 ちなみに、近くにはボディアーマーとコンビネーションガンで固めた大洋州連合の兵士達がちらほらしている。
 テント同様、強化ビニール製の椅子に腰かけてオレンジ色のビタミンドリンクを飲んでいた全員の視線が、大洋州連合調査チームの第一次報告を持ってきたアクセルに集中した。
 右手に持っていた資料の紙が全員に行き渡り、各々が目を通す。

 

「機動兵器の類は残っていなかったか。使われていた機材は地球のと変わらないってことは、宇宙人とかわけのわからないバケモンてわけじゃないんだな」

 

 安堵したと言うか呆気なかったと言うか、若干気の抜けたロックオンに、アクセルが続く。

 

「つっても、データバンクにはない機体なんだろ? 未知の組織の出現てのは確かだな。ルイーナだっけか? そのグラキエースちゃんとウェントスってのが言うには」
「色々と知っている口ぶりだったから、そうだと思う。たぶんルイーナを離反したんじゃないかな」
「その癖、お前さんが引き留めるのを聞かずに行っちまったんだろ? 自分たちで何とかするって息巻いているのかもしれんが、あのレベルの機体とパイロットがごろごろしているのなら、ルイーナは二人でどうにかできる相手じゃないぜ」
「おれ達みたいに組織のバックアップが無いとなんにしろ詰んじまうだろうな」

 

 しみじみとロックオンが呟く。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして、世界中を転戦したロックオンだ。 
 バックアップなしの戦いがどれほど苦しいものか、三大国家群に擬似太陽炉が渡り、ヴェーダのバックアップも失った時の経験から、よくわかる。
 そのような芸当ができたのは、ガンダムの圧倒的な性能もさることながら、世界中に存在していたソレスタルビーイングの支持者とエージェントのバックアップあればこそ、とよく理解している。
 地球はエイプリルフールクライシスや前大戦によって、通信・交通網は世界規模で壊滅し、また新たな戦火にぎりぎりと張り詰めた糸のような緊張に満ちている。
 たった二人と少人数であっても既存の機動兵器の枠に収まらぬ機体を操り、なんの伝手もなく世界を彷徨うグラキエース達は、途方もない肉体的・精神的苦労を負う事になるだろう。

 

「他には、なにかエネルギー関連の設備が多い、か。どこかに膨大な量のエネルギーが供給されていた形跡があるか。オーストラリア大陸のどっかに別の施設があるのかね?」

 

 おどけたようなロックオンの言葉に、刹那が何か口にしかけた時、不意にそれまで黙っていたティエリアが顔を上げ、繊細な美貌に驚きの色を刷いている。

 

「ティエリア、どうした?」

 

 刹那の訝しげな声も聞こえていないのか、ティエリアは慌てた様子でテントの外に出る。残されたアクセルやシンは、それぞれ顔を見合わせたが、珍しいティエリアの様子に、後を追う事にした。
 開けっ放しにされたテントのドアから、驚きと喜びに満ちた喝采の声が聞こえてくる。いや、音だけではない。かすかに開かれているドアから、うっすらと光が滲みだしている。
 その光は、地球の誰もが再び見る事を望んだものに違いない。その事に気づいたシン達は、ティエリア同様に走ってテントの外に出た。
 勢いよくドアを開いたシン達を、気を重くする灰色から心の闇の奥を払う爽快な青変わりつつある。空が、あの青い色に、戻っている! 
 憂鬱な青ではなく、自由、開放を思わせるどこまでも透き通るような青に!

 

「こりゃ、ひょっとしてこの基地を制圧した所為か?」

 

 確たる証拠や根拠はないが、青空が戻ったタイミングの合致に、アクセルが驚きの声を上げる。オーストラリアだけではない。
 この瞬間、南北アメリカ大陸、北極・南極の両大陸、アフリカ大陸、ユーラシア大陸の全ての空が、青に戻りつつあり、空を見上げる全ての人々は、性別も年齢も国境も宗教の境もなく、同じように喜びの声を上げていた。
 ティエリアが走り出したのは、この状況をいち早く――方法は不明だが――気付いたのだろう、と刹那達は解釈していたが、その方法はDCの人間では、ティエリア本人とデスピニス以外には想像のつかぬものであった。
 それはイノベイターと超兵であるアレルヤ、ハレルヤ、ソーマ、マリーのみが操作できる脳量子波による通信だ。
 イノベイターだからといって自在に相互通信ができるわけではないが、この時、ティエリアは、冥王星のデュミナスから送られてくる通信を、久方ぶりに受信し、考えるよりも早く体が動いていたのだ。
 DCも大洋州連合もなく歓喜の声を上げる皆の中で、ティエリアだけは違う世界で一人、孤独に青空を見上げていた。その影さえもどこか、薄くおぼろげなもののように見えた。

 

 * * *

 

 地球を覆う次元断層の消失および負の感情のエネルギーの変動は、ルイーナのみならず、それに近い性質を持った者達にもよく感じ取る事が出来たとして、なんの不思議があるだろう。
 DC本土・オノゴロ島の市街地にぽっかりと空いている閉鎖工場区画へ差し込み始めた光明を受けて、艶やかに輝く黒い体を持った巨漢がいた。
 上唇から額の辺りに掛けてまでが一つに溶けて、斜め前方に太い一本角となって伸びている。それだけでなく唇の無い口には、鮫の歯のような形状の、金色の牙がずらりと並んでいる。
 この牙で被りついたら、人間の首など簡単にもげるだろう。そして首を無くした体が溢れる血潮を、この巨漢は喉を鳴らし飲みほすに違いない。
 そんな妄想に囚われずにはいられない凶悪な姿である。ある惑星の住人が抱いた負の感情より生まれたイディクス幹部の一人、イスペイルだ。
 どんな目論見があって人気のない工場区画に居るのかは分からぬが、惑星一つを破壊する事を必要とあらば躊躇なく行う精神構造の主だ。放置するにはあまりに危険な存在を、いまだ地球圏の者達は知らない。

 

「ぬうっ、これは!」

 

 地の底から響く亡者の呻きの様な声だった。地を這い聞く者の心胆を寒からしめる、恐怖を伴う声。
 驚きの声を上げるイスペイルの横っ面に、唸りを上げた飛び蹴りがめり込んだ。ごきごきん、とイスペイルの首の辺りから聞こえない方がいい音がする。
 イスペイルの骨格と金属質の体ではなく、並の人間だったら蹴りの勢いで首が二、三回転くらいはするだろう。
 首がもげそうな蹴りの勢いを、体を捻って殺すも、六メートルほど吹っ飛んだイスペイルは、工場の壁際に積まれていた廃材の山に頭から突っ込み、がらがらぐしゃん、とけたたましい音を立てて崩れる廃材に埋もれた。
 飛び蹴りの主は、イスペイルの鉄板みたいな顔を蹴った反動でとんぼを切って鮮やかな着地を決めた。すたん、と音も立てぬ猫科の動物を思わせるしなやかな動きだ。遠巻きにしていた周囲から、おお、と喝采の声が上がる。
 後頭部でまとめた桃色の髪の毛の中からにょっきりと飛び出た三角形の耳、頬に走る黒い爪痕の様な文様、強気と勝ち気を掛け合わせたような意志の強い瞳。
 イスペイルと同じイディクス三幹部の一人、ヴェリニーである。腰に拳をあてて、廃材の山から首だけ出したイスペイルに、立て板に水を流すか如き勢いで怒鳴りつけ出す。

 

「イスペイル、あんたなにアドリブ入れてんのよ! そこは高笑いしながら。覚えていろって叫ぶところでしょうがっ。それ位の事も覚えていられないオツムなわけ? 馬鹿、馬鹿なんでしょう!」
「ぐおお……、ヴェリニー、だからといって飛び蹴り食らわせるのは……」
「黙らっしゃい!!」

 

 ぴしゃりとイスペイルの言葉を叩っ斬るヴェリニーの様子に、撮影スタッフを兼ねていたヴェリニー兵とイスペイル兵達が、そろってやれやれ、まただよ、と囁き始める。一方的にイスペイルがやり込められる光景は日常化しているようだ。
 どうやら、ここは例の(有)イディクスの看板番組魔法少女マジカル・レム☆の撮影現場だったらしい。

 

「ふ、ヴェリニー、そうイスペイルを責めてやるな。エネルギー収集装置の一件と言い、イスペイルに負担をかけ過ぎたのも確かだからな」

 

 主演のレム役のガズムだ。十歳かそこらのなかなか愛らしい少女の姿をしているが、中身はイディクスの幹部であり男性的精神の持ち主である。
 兵達が用意した椅子に腰かけて、肩からコートを羽織り、左手には長いストローが差し込まれたジュースのグラスを持っている。お前はどこの大御所だと言いたくなる様子だ。
 獣の威嚇の様子そのままにイスペイルに牙を剥いていたヴェリニーも、ガズムの取りなしに牙を収めてガズムの隣に用意された椅子に優雅に腰かけた。
 廃材の山からようやく脱出したイスペイルが

 

「ガズム、ヴェリニー、感じんか? 負のエネルギーの流れが変わったぞ。私が目撃した例の連中に何かあったようだな」
「……へえ? イスペイルの言う通りじゃない。そろそろ私達の出番かしらね、ねえ、ガズム」
「くくく、どうやら我々もこの遊びを終わらせる時が近づいているようだな。イスペイル、機体の状態は問題ないのだろうな」
「なんとかな。しかし、エネルギー収集装置の方の充填率はいま一つ伸びん。次元隔壁を突破する術もいまだしだからな」

 

 ――もっとも、ル・コボルを斃す力を蓄えるまで、お前達にはここで手を拱いてもらう事になるがな。

 

 イスペイルは己の心の中で、そう囁く。ガズムやヴェリニーにいい様にあしらわれている姿からは想像もつかぬ、邪悪な笑みであった。

 
 

――つづく。

 
 

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