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Sin-Jule-IF_101氏_第03話

Last-modified: 2007-12-28 (金) 03:47:48

 アスランは私室のベッドで一人寝そべっていた。地球に降り立って数日、追っ手から
の動きはない。
 ザクごと連れ去られ、ジャスティスを奪い、それを駆って戦った。自覚はなかったが、
息もつかぬような戦いの連続は肉体を十分に疲労させている。起き上がることさえ難儀
に感じ、ようやく体力の低下を思い知った次第だった。

 

「護衛のための訓練はしてたつもりなんだけどな……」

 

 アレックスと名乗っていた僅かな間を思い出し、苦笑しながら呟く。同じように鍛え
ていたつもりでも、戦時下かそうでないかでは大分違っているらしい。
 余裕が出てきたところで、自分の言動に対する疑問がようやく表面化してくる。
 なぜイザークに自分の目的を話したりしたのだろうか。敵と認識している相手を討つ
ことに迷っているのだろうか。そう考えた直後、それはすぐに打ち消される。未だはら
わたの煮えくり返るような憎悪は燃え盛っている。これが消えるとはどうしても思えな
かった。敵は討つ。その目標に違いは無い。
 自己問答を繰り返していると、艦内の通信が自分の部屋に向けられていることに気付
く。今の仲間からの声が耳に入る。

 

『アスラン、通信だ』
「俺に? ……わかった。すぐに行く」

 

 すぐに呼べばいいのに、と思いながらアスランは身なりを簡単に整える。強面ではあ
るが、サトーはさり気なく気配りをする類の人間だった。パイロットとしての腕もある
が、そういう面もあるから指揮官足り得たのだろう。
 個人向けの回線だったが、仲間の前で開く必要があった。無用な疑いをかけられる訳
にはいかないということだろう。ザラの後胤とはいえ、アスランは新入りだ。

 

「すまないな。休んでいたのだろう?」
「いや、ちょうど起きたばかりのところさ」

 

 ブリーフィングルームには既に多くの仲間が待機していた。多くのパイロットは先の
戦闘で散ったが、四面楚歌の戦いに怯えを抱くものはない。

 

 アスランは回線を開くよう促す。オペレータは言う通りにした。すると、

 

『や、久しぶりだねぇ。アレックス君』

 

 画面に紫の髪の優男が映る。
 現オーブ首長代行ユウナ・ロマ・セイランの声が、ブリーフィングルームに響いた。

 

 

「ユウナ・ロマ……?」
『おっと、呼び捨てとは馴れ馴れしくなったものだね』

 

 驚きのあまり思わず名前を呟いた直後、ユウナは目ざとく釘を刺す。

 

「連合の走狗が、何のつもりだッ!」

 

 横から怒りの声を上げたのはサトーだった。中立を謳うオーブの中で、セイラン家は
地球連合寄りの有力者として有名だ。
 サトーの激昂に対し、ユウナはオーバーリアクション気味に怯えの声を上げ、震え上
がってみせる。通信を切らせようと他の人間が動くと、ユウナはようやく表情に貼り付
けていた笑みを消した。

 

『君に頼みごとをしたくてね』
「ふざけるな! 誰が貴様などの!」
「待て、サトー!」

 

 撥ね付けようとするサトーを強い語調で制し、アスランはユウナに向けて視線の矢を
射掛ける。普段こそ情けない態度をとってはいるが、ユウナはオーブの中でも危険な人
物だとアスランは認識している。
 人種に関する偏見は少なく、損得を最優先で考えられる男、それがアスランのユウナ
に対する評価だ。連合と手を組んだことで民意は離れていたが、セイランの手腕でオー
ブが復興しているのもまた事実でもある。
 今度のことにしてもそうだ。連合に注意してかザフトさえまだ動いていない中、彼は
真っ先にアスランの居場所を嗅ぎつけた。

 

「話を伺おう」
『話が早くて助かるよ。じゃあこっちも単刀直入に言おうか』

 

 両者はどちらもともなく姿勢を正す。ユウナが新たに口を開くまでの一瞬が、やけに
長かった。

 

『君らにはアークエンジェルを討ってほしい』

 

 

 ユウナからの依頼は、アスランたちの間に動揺を生むのに十分なものだった。
 アッシュ隊がフリーダムに敗れたのは記憶に新しい出来事だ。

 

『実はね、そのあとにあのMSはなんなんだって聞いてみたんだけど』

 

 最初の作り笑いとは違う種の笑みを浮かべ、ユウナは続きを話す。ザフトの新型MS
がオーブに上陸した件を問いただしたら、逆に何故フリーダムという強力なMSがそこ
にあるのかと言い返されたという。もちろん、全く関与していないセイランにはそれに
対する答えを持っていない。
 それだけではなかった。その身内すら知らない謎のMSは、こともあろうに結婚式と
いう公の場で国家元首を誘拐して飛び去ってしまった。大々的に公開していた場での出
来事は、ユウナを強く打ちのめす。フリーダムは国の転覆を企んでいる、と風説を流布
させるも、あまり効果はない。もともとカガリの結婚自体が民の望みとは乖離していた
からだ。

 

『ま、最初のMSの件についてはお互い至らない点があるから不問にしましょ、ってこ
とになったんだけどね』
「あなたが俺に近づく理由は?」
『君を信用して、じゃダメかい?』

 

 アスランが視線を鋭くしてユウナに問うも、ユウナは答えをさらりと言ってのけた。

 

『言い方を変えようか。ボクはカガリを取り戻して欲しいんだ。オーブにね』
「何だと……?」
『カガリが戻ればオーブを連合から引かせてくれるかもしれない。そうなれば君たちに
とっても有益だと思うけど、どうだい?』

 

 アスランは唇を噛む。依頼とは言っているが、既に逃げ道は塞がれている。アッシュ
の部隊のことを知っているということは、ヨップたちはすでにユウナの手の中にあると
見ていいだろう。彼らがMSを破壊された中で逃げ切れるとは思いにくい。この“頼み
ごと”もアスランとカガリの関係を見越してのことだ。連合の部隊に任せてはカガリご
と殺してしまいかねない。
 アスランが仮に仲間を捨てて断ったとしても、ユニウスセブンを落とした主犯格が地
球にいるとなれば連合は黙ってはいない。潜伏場所が割れている可能性もある。

 

「――アークエンジェルはどこにいる?」
『戦えば、彼らは必ず現れるよ。特にオーブが関わればね』

 

 誰にも気取られぬよう、アスランは薄く笑った。
 探す敵に出会えるならば、悪くない条件だ。

 

 

 地球に降りたジュール隊には極めて迅速に戦力の増強が望まれていた。搭載するMS
は既に最新の機体が支給されているが飛躍的な伸びはない。必要なのはパイロットの技
術の向上の方だった。

 

「どうした! そんなに足を止めては的になるだけだぞ!」
「そんなこと……!」

 

 シンは現在シミュレータでプロトジンを駆り、イザークの操るスラッシュザクファン
トムを相手にしていた。性能差はインパルスとジャスティスのそれよりも大きい。そん
なことには構わず、ザクのファルクスは容赦なくプロトジンの装甲を刈り取る。
 脆弱な威力のマシンガンの射撃はザクの装甲には効果が薄い。重斬刀で接近戦を挑も
うにも、近づけば間合いの広いファルクスの餌食になる。観察して僅かな隙を探そうと
すれば、動きを止めた直後に正確な射撃に撃ち抜かれた。
 スパルタ的な教育的指導だが、ひたすら戦わせるやり方はシンの性に合っていた。
 他にもディアッカ指導による砲撃指導、設けた制限時間の間三機のザクから逃げ切ら
せる命懸けの鬼ごっこなど、シンの訓練は三人がかりで行われている。
 ほぼ毎日ローテーションでシンの訓練は施されていた。飛んでくる叱責に対して文句
は言いながらも、シンは訓練を受け続けている。彼は強くなる事に対しては誰よりも貪
欲だ。
 一足先に地上に向かったミネルバの戦跡もシンの熱意に少なからず関わっている。連
合だけでなく中立を破ったオーブを敵に迎えながらも、孤軍奮闘の身で未だ撃墜される
ことなく戦い続けている。友人たちが頑張りを言外に伝えているのだから、負けず嫌い
のシンは殊更に強さを求めていた。
 そんな折だった。インド洋にMSではない奇妙な機影があるとジュール隊に報告が渡
る。

 

「何だ、あのデカブツは?」

 

 詳細な現場の映像に映るのは人型のMSとは大きく異なる姿を持った機体だ。連合の
最新のMA、ザムザザーだ。蟹を模したような異形なフォルムのそれは、陽電子砲さえ
防ぐ防御力と、その巨大な機体が装備する大火力のビーム兵器をもつ。話だけでも震え
上がらせるような化物じみたそのMAは、数少ないながらも既に複数投入されていた。

 

「あれが地球連合軍の新型MAとやらか? 見逃す訳にはいかん。ここで沈めるぞ!」

 

 イザークの決断は早い。核搭載機を相手にするにあたって新たに支給されたグフイグ
ナイテッドが、グゥルを駆る黒いザクファントムが、青紫のザクウォーリアが出撃する。
 フォース装備のインパルスが、間に合わせの大型輸送機から最後に飛び立った。

 

 

 YMAF-X6BD ザムザザー。
 “戦闘機の延長線上の古い兵器”とされたMAを生まれ変わらせるため、地球連合軍
が開発した試作型MAである。甲殻類を思わせるその機体は、巨大なMSをさらに上回
る巨体を水上に佇ませていた。
 MAの新たな道の開拓、そのために生まれたこの機体は、その巨体に見合うべき強大
な兵装と、複雑な操縦機構を併せ持つ。ナチュラルのMSの滑らかな操縦を可能にした
専用OSをさらにカスタマイズし、なお機長・操縦手・砲手の三人のパイロットを必要
とした。
 ただし多大な手間を必要とした分、その戦力もまた絶大だ。先に行われた戦闘では撃
墜されたものの、試作型の一号機の陽電子リフレクターは陽電子砲さえ防ぐことを証明
し、遠中距離用の火気ガムザートフと近接戦用の超振動クロー、ヴァシリエフはザフト
の最新の機体群に通じることを証明した。撃墜されてしまったのは、ひとえに小回りが
利かない点と懐という弱点を突かれたためだ。
 弱点を埋めるのに必要なものとして、三機のザムザザーは連携を試行する演習訓練の
只中にあった。

 

 白いグフイグナイテッドを先頭に、ジュール隊の四機のMSはザムザザーの反応へと
向かっていた。
 イザークは部隊の配列を見、訝しむ。フォースインパルスの位置が本来の速度に比べ
明らかに遅い。本来ならばグフを追い抜けるほどのスピードも出せる機体である。速度
を落としたところでエネルギーの温存にはならないことは、シンならば解っているはず
だ。

 

「どうした、遅れているぞ」
『あ、隊長。……いえ、気になることがあって』
「なんだと?」

 

 イザークはやや眉の角度を上げた。作戦の最中に他の何かに気を取られるなどあって
はならない愚行だ。語調をきつめに、シンに通信する。

 

『馬鹿者! 生半可な覚悟ならば最初から出るな!』
「――了解」

 

 シンはかぶりを振るも、己の嗅覚が残した疑念を払拭しきれずにいた。
 新型MAの秘めるポテンシャルは驚異的だが、それに恐怖しているわけではない。周
囲の護衛らしい周りのMS反応もさして多くは無い。旗艦らしい反応も一つだけだ。そ
もそも攻撃をこちらから仕掛けるのだから、待っていたように敵が潜んでいることも無
いだろう。
 捉えきれない、仄暗い何かが心のどこかに引っかかる。
 違和感の正体にはすぐに思い当たった。示していた反応が、ダガーLとは異なってい
るのだ。

 

 

 やがて、敵の姿がモニターにはっきりと映る。
 そこにあった姿はMAザムザザーと、MVF-M11C ムラサメ――オーブの誇る、
新型の量産機だった。

 

 オーブは大西洋連邦との同盟に調印し、今や地球連合の一員である。たった一文で終
わるその事実は知っていたはずだった。ミネルバがオーブで補給を受けた後、背後から
撃たれたという報告は既に耳に届いている。
 シンはやはり怒りを覚えたが、その時だけはある種の諦めのような清々しさを覚えて
いた。国を守るためなら小奇麗な理念を捨て、富んだ地球連合に寄る。自分の立場を抜
きにすれば、実にもっともな判断だとさえ考えていた。

 

 それでも、シンの考えには甘さが含まれていた。
 オーブは自国を守るため以外には軍を動かさないと、腹の底では考えていた。
 ムラサメ隊はジュール隊に向けてビームライフルを構え、ビームサーベルを抜く。反
応が半歩遅れたインパルスの肩を、光の帯が掠めた。

 

『無理なら下がれッ!』

 

 イザークが叫ぶ。シンはようやく我を取り戻した。
 オーブが何だと言うのだ。最早シンはザフトであり、オーブは敵だ。

 

「やります! やってやりますよッ!」

 

 半ばやけくそ気味の叫びを上げながら、シンはビームライフルの引き金を引いた。収
束された光が一機のムラサメを貫く。
 インパルスの動きの滑らかさに驚いたのは他でもないシンだった。敵より出遅れ、先
手を取られたというのに、速い。インパルスの性能を差し引いても、ムラサメの押しに
負ける可能性すらあったのに。

 

『継続は力なり、ね』

 

 戦闘の最中だというのに、通信のシホの声はどこか柔らかい。ひたすらにザク相手に
プロトジンで立ち向かった経験は、しっかりと実を結ぼうとしていた。
 インパルスは旧機体よりも遥かに速く、遥かに強い。重い荷物を手放した直後のよう
な軽やかさをシンは自覚する。操縦にかかる物理的な圧力さえ除けば、インパルスは体
の延長だとすら思えた。

 

 

 一度は撃破され、連携の開発の途上にあったザムザザーの部隊は次第に劣勢に陥って
いった。
 その巨体のために小回りが利かず、重火器は発射前に見切られた。敵の攻撃に対し陽
電子リフレクターを張るも、後面に回りこまれ斬りつけられる。護衛のMSが援護に向
かおうとすれば、それらはブレイズザクのファイヤビーに撃ち落された。
 グフイグナイテッドが、フォースインパルスが、前後から同時に斬りかかる。他のザ
ムザザーからの援護はない。火力が強すぎて、味方の巨体にも当ててしまうかもしれな
いからだ。

 

 グフがテンペストを深々と突き刺し、直後に飛び去る。少し遅れたインパルスは、そ
のままザムザザーの爆散に巻き込まれた――かに思えた。
 インパルスは武器を持ち換え、爆風越しにムラサメを撃ち抜く。PS装甲を備えたイ
ンパルスの装甲には傷一つ残っていない。ガナーザクを使った砲撃指導は、敵との位置
関係を頭に置く視野をシンに与えていた。

 

『グゥレイト! やるじゃないか!』

 

 通信に喜色に満ちた声が届く。
 ムラサメはおろか、ザムザザーの動きも鈍っていたのが見て取れた。インパルスの奇
手に戸惑いを隠せていないのは明らかだ。
 見計らったかのようにグフが再びテンペストを突き立てる。残った一機のザムザザー
にも、二機のザクがビームの牽制を与えた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 動きを止めたザムザザーに、フォースインパルスが光の剣を深々と埋める――。

 

 ムラサメが撤退し、周囲から敵機は消え去った。
 もはや何度目かの実戦だが、パイロットスーツの中身は汗に塗れていた。戦闘直後の
この感覚だけは絶対に慣れないだろう、とぼんやりとシンは思う。
 映像報告にあったザムザザーは、ミネルバの精鋭が辛くも撃墜した機体だった。
 ザクウォーリア、オレンジのグフイグナイテッド、真紅の“G”セイバーの鮮やかな
連携は、シンに妬みさえ抱かせた。

 

「俺も、負けないからな……」

 

 遠き友人を思い描き、シンはコクピットで呟いた。

 
 

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