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Sin-Jule-IF_101氏_第04話

Last-modified: 2007-12-28 (金) 03:47:59

 インド洋からの長い空の旅は、決して気楽なものではなかった。地球のどこにいても
連合の目からは逃れられない。いつ攻撃が仕掛けられるかもわからない中では、自然と
疲労が蓄積される。
 そんな中、追跡続きのジュール隊が揺れの無い空間で穏やかに一日を迎えることは実
に久方ぶりのことだった。
 連合の支配から独立したガルナハンが今回の作戦の舞台である。先に地球に降りてい
たミネルバの功績によって独立の道を勝ち取ったこの地だが、事態はそれ以上には未だ
発展していない。今はまだ解放の喜びが勝っているだろうが、連合の勢力に囲まれてい
ることには変わりない。そんな中では、いつまでも意地を張ってはいられないだろう。

 

「――で、補給の護衛ってわけかよ」
「そうだ。実際に補給部隊を襲う手合いは何度も目撃されている」

 

 駐留軍は復興に手一杯だった。施設さえも連合のものをそのまま転用している。人手
不足のために、補給部隊を守るのに回すMSは自然と少なくなってしまう。かといって、
人員を増大させれば現地の反感を買ってしまうだろう。それでは連合の支配下にあった
ときとなんら変わりはない。

 

「一度防いだくらいでは効果は薄いんじゃないでしょうか」
「防げる力があることを示せる、それで十分だ」

 

 幸いと言うべきか、ジュール隊が使っている輸送艇はミネルバのような一機限りのも
のではなく大量に生産されている代物だ。相手に与えた警戒が緩む可能性は低い。その
間にガルナハンの建て直しを図れば良い。正規の駐留軍が動ければ、そもそもジュール
隊が助ける必要などないのだ。

 

「では肝心の補給ルートはどうなってるんですか?」
「ああ、これを見ろ」

 

 イザークは端末を操作する。ブリーフィングルームの巨大なモニターに映し出された
のは、その近辺の地図だった。やたら土色の割合が多い中に、一本の赤いラインが引か
れている。その道筋が補給ルートを示していた。

 

「見れば解るだろうが、主に砂漠地帯を通ることになる。ルートはMSに入力するだけ
でなく、各自頭に入れておけ」
「げっ」

 

 ディアッカが小さく声を上げた。
 不安定な足場は彼にとっては一種のトラウマだった。

 

 

「今度は犬のお散歩かよ……」

 

 ガルナハン駐留軍より借り受けたケルベロスバクゥハウンドに乗り、ディアッカは深
深と溜息をついた。
 旧来の現行機種バクゥの強化型MSバクゥハウンドはザクに代表される新型機とは異
なった、軍事力の発展の新たな道として開発された機体である。従来のバクゥとは異な
り、ウィザードシステムに対応した柔軟な戦闘力を有する特殊なMSだ。
 バクゥの強みは、主に陸上での高い機動力に集約される。他のMSの機動力を大きく
奪う砂漠地帯は、バクゥが最大限に活きる場所のはずだった。

 

「文句を言うならザクで出ればいいでしょう」
「それができるなら苦労はないっての……」

 

 砂漠に重量級の機体で出ることの怖さを彼はよく知っている。かと言って後方からの
砲撃支援のみに徹するつもりは彼には無い。舞う砂塵を巻き込んだ場合を想定すると、
グゥルで飛び回るのも危険だと思われた。
 バクゥHがウィザード装備を可能としていることを知り渡りに船と飛びついたが、残
念ながらガナーウィザードは使えないと斬り捨てられてしまった。オルトロスは両腕の
ある機体でがっしりと掴んでようやく取り回しが可能となる武器だ。腕の無いバクゥで
は一発撃った途端に銃身ごと吹っ飛ばしてしまう。

 

 インパルスとグフの飛行能力は護衛に当たっては魅力的な能力だ。襲い来る敵の位置
をいち早く察知でき、足場の悪い中でも素早く移動できる。その一方で飛行の多様は禁
物とせねばならない。強い風を起こせば、その分だけ砂が舞う。
 盗賊なのか連合兵なのかは判別しかねるが、映像に見られた強襲部隊の主だった戦力
は、飛行能力を有する機体だった。ジェットストライカーを装備したダガーLの部隊は、
無駄の少ない動きで補給隊を襲撃していた。特殊環境の戦闘に特化して訓練された兵で
あろうことは容易に見受けられる。

 

「出撃中もチェックは念入りにしておけ。特に砂塵には気をつけろ」
「わかってますよ」

 

 何度目になるかも解らないイザークからの注意に、シンは口を尖らせた。最初の内こ
そは素直に聞き入れていたものだが、何度も続くといい加減にうんざりする。砂塗れで
の戦闘の経験は無いが、そうまで気を遣う程でもないだろうとさえ思えていた。

 

「準備が整い次第出撃だ! 合流地点には先に着いておくぞ!」

 

 ひたすらにテンションの低いディアッカとは対照的に、イザークの方はやけに威勢が
いい。思うところでもあるのだろうか、とシンは思うが、聞くのは憚られた。

 

 

 強い日差しが容赦なく照りつける。枯れた地面もまた、視覚的に暑さを訴えていた。
 陸上艦のレセップス級は柔らかい大地を突き進む。ジュール隊の面々は陸上を走る船
に対して不慣れだったが、補給隊に護衛すら出せなかった事態に比べれば大幅にマシだ
と言えるだろう。

 

「手を貸して頂き、感謝する」
「いや、我々も世話になるんだ。気にするな」

 

 補給隊を率いていた男に、イザークは居丈高に、それでも柔らかく返答した。
 合流するポイントまで運んできたトラックを全て積み込み、陸上艦は発進する。間を
おかず、パイロットたちは各々のMSに乗り込んだ。

 

「今回はレセップス級まで出したんだ。来ないかもしれんぞ」
「いや、可能性はある」

 

 イザークは目を光らせた。元々連合の方が知り尽くしている地域だ。ガルナハンの復
興が十分でないことなど筒抜けだろう。そのための物資が何度も襲われているのだから、
それに対し反抗する手立てが無いことも敵は分かっていると見て間違いはない。
 そこでたった一隻の船を出したところでどうなるか。申し訳程度の護衛を出したか、
もしくはMSを積んでいると見せかけたフェイクだ。そのどちらにしても、砂漠での訓
練を積んだ強襲部隊の方が有利なことには変わりない。

 

「ザクは艦上から近付く敵を討て。ウィザードの選択は任せる。バクゥは艦と並走だ」

 

 ディアッカ、シホにのコクピットに向け、戦闘における指示を送る。飛行機能の無い
二機を砂上に置いたところで十分な働きは出来ない。

 

「シン、貴様が守りの要だ」
『え? あ、はい。わかりました』
「他所の部隊に無様な姿は見せるなよ」

 

 シンからの返事は無い。通信の会話なので表情は解らなかったが、イザークにはシン
が呆けたような顔をしているのだろうと手に取るように解った。

 

『了解!』

 

 

 砂の色に塗装されたダガーLの編隊がレセップス級の後方から近付いていた。
 いち早く敵に反応したのはやはりインパルスだ。出撃とともに全速力で一機を斬り捨
てると、動揺して動きを止めたもう一機にも刃を突き立てる。

 

『シン! あまり艦を離れるな!』

 

 距離をとり始めたダガーLに向かおうとするインパルスを止めたのは、他でもない隊
長の声だった。護衛任務であることを思い出し、オルトロスを構えたザクを上に乗せた
レセップス級へと機体を戻す。
 シンは舌打ちをしながら警戒を始めたダガーLの部隊を睨みつけた。任務の性格のた
めか、どうもいつもの調子と違う。

 

「敵を全部倒しちゃえばそれで終わりじゃないか……」
『貴様が艦と離されたらどうする。他の二機は飛べんのだぞ』

 

 ぼやきは聞こえていたらしい。地獄耳め、と心の中で毒づきながら、シンは艦の上で
敵の観察に全神経を注いだ。もともと護衛を勘定に入れてないのだから、MSの数は片
手で数え切れるほどしかいない。
 低空飛行で艦の周りを飛び回るダガーLにバクゥHが砲撃を仕掛ける。飛翔するMS
は、その高度を変えるだけで悠々と回避した。

 

「エルスマン、狙いが甘い!」
「バクゥは慣れてないんだ、仕方ないだろ!」

 

 そんなやりとりは右から左へと流し、シンは防御と敵を見定めることに集中した。
 猛者との特訓は依然続いている。仲間の協力があったとはいえ、強大な火力を誇るザ
ムザザーさえ落としたのだ。MSが数機だけならば撃てる。シンはそう確信した。敵に
力を誇示するのであれば、それは大きい方がいいに決まっている。
 翼は再び火を灯し、光の剣は刃を煌かせる。再び飛翔したインパルスは、CIWSを
ばら撒きながら土色のダガーLに突撃した。

 

 鋭利なる光がまた一機のMSを斬る、そのはずだった。
 ダガーLの目前に迫った刃が、その寸前に消え去る。
 身を覆うフェイズシフトは消え、装甲は色を失った。
 機体は砂地に叩きつけられ、慣性のままに柔らかい大地へと沈んでいく。

 

「な、なんだよこれッ!」

 

 

 コクピットにエラー音が響く。ありえるはずのない事態にシンは混乱した。出撃前の
メンテナンスには一切問題はなかった。自ら機体のチェックをしたのだから、それに間
違いはない。
 狭い部屋に鳴り止まない警鐘は平常心をじりじりと焼き焦がしていく。ほんの数秒に
も満たない間に、最大の速度で心臓は暴れまわる。脳の処理速度は加速していく一方で
その精密さは同じ速度で失われていく一方だ。
 上空のダガーLがジェットストライカーのミサイルを放った。部屋全体が揺れ、背を
強く打たれる。ベルトが肺を強く圧迫し、呼吸は強制的に停止させられる。逆流した胃
液はなんとか飲み込んだが、呼吸は荒くなったまま戻らない。原因を究明すべきだと答
えを弾き出す。頭が働いているのに手指は動いていないままだ。

 

『シン! シン・アスカ! 応答しろ!』

 

 通信機は生きている。救いの声だと解っているのに、混乱と不快の中ではひどく耳障
りに感じられた。

 

「そうだ、立つんだ。立たないと」

 

 自ら確認するかのように、ちりちりと痛む咽喉を震わせる。
 駆動系に信号を通されたインパルスが再び起動する。関節は重く、動くたびに不自然
な音を立てた。普段の動きよりも、ずっと鈍い。
 うつ伏せから立ち上がらんと手を付いた直後、掌が砂地に沈む。上空の敵は、砂漠の
罠に嵌ったものにも容赦なく弾丸を降らせた。

 

「まったく、見てられねえぜ!」

 

 見かねたディアッカが併走していた艦のルートから外れる。ザクは艦の上から離れる
ことはできない。救援に向かえるのはバクゥHだけだ。三つの首からビームの刃を展開
し、黒の猟犬が飛び掛った。
 一機の翼を切り裂き、地面に落ちたところを噛み砕く。二つの首が炎を吐くように光
を放つと、上空のMSは高度を上げた。
 背中の二つの首を腕と置き換えれば、両手にビームガンを持った機体と見立てること
も不可能ではない。沈みかけたインパルスに群がろうとするMSたちに向け光を飛ばす
と、残ったダガーLは諦めたように飛行の方向を変えた。

 

「作戦終了、か。ようやく掴めてきたってのによ」

 

 言いながら、ディアッカは視線を傍らに移した。今度は満足に立ち上がれないインパ
ルスを助け起こさねばならない。機体パワーの大きくないバクゥでは、さぞかし骨の折
れることだろう。

 

 

「何を聞いていたんだ貴様はッ!」

 

 艦に戻ってくるや否や殴りつけられ、ぐったりとしたシンの身体は綺麗な弧を描いて
吹っ飛んだ。
 気力も体力も削がれたシンはそのまま動かない。その態度がイザークの怒りをさらに
大きなものにさせた。襟首を掴んで無理やりに身を起こさせ、二発目の鉄拳を振るわん
とする。ディアッカが止めに入らなければ、シンは顔の骨格が歪むほどに痛めつけられ
ていたことだろう。

 

「おい、ちょっと落ち着けよ」
「俺は無様な真似をするなと言ったはずだ!」
「なんか物資じゃなくて面子を守りたかったみたいだぜ?」
「何だと貴様ッ!」

 

 呟きを聞いたイザークは、今度はディアッカを睨みつけた。ディアッカは思わず口に
出した台詞を反省する。
 ザクから降りてきたシホの力も借りて二人を何とか引き離すと、イザークは荒げた息
を整えて艦橋へと向かった。補給部隊の護衛は無事に終えられそうだとガルナハン基地
に報告せねばならない。シホはイザークの後について艦橋に向かう。

 

「災難だったな。立てるか?」
「あ、はい……」

 

 ディアッカが差し出した手を取り、シンは重い身体をゆっくりと立ち上げた。打たれ
た頬が熱い。逆流した胃液が通った咽喉の痛みは未だ残ったままだ。

 

「あの、すいませんでした、俺……」
「気にするなって。あいつももう少ししたら頭冷えると思うしな」

 

 ディアッカは意に介していないように言ってのけた。かつての自分ならば馬鹿にした
ような不遜な態度を取っただろうに、と思いながらシンに向けて笑みを浮かべる。
 シンは強さに対して貪欲だ。熱心に教えを請う姿勢は嫌いではない。親友に対抗せん
とする姿もアスランに対するイザークを思い出すようで、どこか懐かしかった。

 
 

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