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Sin-Jule-IF_101氏_第13話

Last-modified: 2007-12-28 (金) 03:28:55

 常にメディアを介した、穏やかにして凄絶な引き摺り合いの結末は単純だ。
 地球連合の総司令部ヘブンズベース、糾弾され、国を追われたロゴスの構成員たちが
篭るこの地が、それを端的に表していた。
 篭城戦に入ったロゴスとそれに与する派に対し、プラント率いる反ロゴス派の国々の
戦力が取り囲む。長期に渡る戦いになるかと思われたが、陣頭のザフトは始めから短期
の決戦を望んだのだった。
 事実、戦いを急がねばならない理由があった。
 時間が経てば、情報は沈静化する。ロゴスという諸悪の根源には、多くの人間が反感
を覚えている。そのため地域によっては暴動まで起き、結果として報道されたロゴスメ
ンバーはヘブンズベースに逃げおおせた。しかし、一方ではロゴスによる利益というも
のも存在している。そこに目を向けられれば、プラントが攻め込む理由は弱くなってし
まう。世界の主導を握らんとするクライン派が多数を占めるプラントとしては、それは
歓迎できない事態だった。
 
 シンは前線基地で待機していた。
 ヘブンズベースの戦いは、今後がどうなるのかを決定付けるものになる。うまく相手
を打ち負かせば、それは戦争の終結に直結することになるだろう。長く続く悪夢が終わ
ると思えば、否が応にも血は踊った。感情が血管を伝ったかのように全身を駆け、巡る
圧力が限界にまで高まる。出撃の許しさえ出れば、今にでも新たな翼で飛び出してしま
いそうだった。
 シンはデスティニーに魅了されていた。
 本来ならば一機で出たところで何かが為せるはずもないが、今ならばなんでもできる
ような錯覚さえある。
 通常、人型だろうとMSの操縦にはギャップが伴う。いくら自身の指に力を込めても
武器を握るMSの手は設定された握力しか持たないし、強く地を蹴り出そうとしてもそ
の限界を越える跳躍はできない。腕を引き千切られても痛くも痒くもないが、内部の人
間がやられれば他がどんなに無事でも一瞬で終わる。
 デスティニーというMSは、そういった限界をシンに感じさせなかった。単純に出力
を伸ばしただけではない。動作そのものが滑らかで、同時に俊敏だ。
 浮き立つ心を抱えたシンに、キラが声をかけた。

 

「なんだよ、俺に何か用なのか?」
「うん、今じゃなきゃ、伝えられないかもしれない。そう思うから」

 

 シンはあからさまに不機嫌な態度をとる。醸し出す刺々しい空気に構わず、キラは一
歩だけシンに近付いた。
 ほんの一瞬だけシンはたじろぐ、それとほぼ同じくして、

 

「ごめん。他に何かできる訳じゃない。けど、僕がやったことに変わりはないから」

 

 キラは、深々と頭を下げた。
 直後、合図となる指令が響く。シンとキラは言葉を交わすでもなく、それぞれの機体
のシートへとついた。
 勝手なやつめ、と心の中で毒づきながらシンはデスティニーに命を吹き込む。

 

 どこか危うささえ纏っていた高揚感は、すっかり落ち着いてしまっていた。

 

 

 地を往くジュール隊の面々は、得意な陣形を崩さず敵と睨み合っていた。
 他の部隊と比べて、イザークやディアッカ、シホらは倍近くの敵と戦っている。デュ
エルもバスターも、連合の視点からすれば二度も奪われた呪われた機体だ。またもや自
分らに弓を引くとあっては、快く思わない者も数多くいることだろう。
 お守りを集めすぎたのが逆効果だったのだろうか。イザークは敵に囲まれながらも余
裕のある感想を抱く。
 小さく笑みを流し、飛び出した一機を切り裂いた。

 

 空を翔るバビやディンの射撃を、敵は次々に防いだ。ザムザザーのような格闘能力や
インパクトのあるデザインの威圧感はそれは持たない。機動性と汎用性に注目し、戦闘
機としての機能を特化させたそれは、ザフトにとって新たなる脅威だった。
 陽電子リフレクターはあらゆる射撃を通さず、デグチャレフの射撃は飛行MSの薄い
装甲を軽々と突き破る。格闘をしかけるにも、特化させたその推進力は尚速い。
 MAユークリッドが、徐々に制空権を握りつつあった。
 ユークリッドの部隊に慢心が生じ始めた時、編隊の一翼に爆発が起こる。敵が真っ先
に目に付けたのは、シャープな真紅の翼から生じる玉虫色の輝きだ。美しささえ伴う輝
きが光の放射を強くすると、次の瞬間には別の一機が破壊されていた。
 身の丈ほどもある巨大な剣を構え、デスティニーは雷鳴のごとく強烈に暴れる。機動
力を大きく伸ばしたMAであろうと、光り輝ける運び手の速度を越えることはない。
 不意打ちによる奇手はそう巧くは続かない。三機を落としたところで、味方さえもが
呆ける中、シンは近くにいた全ての味方に通信を繋ぐ。

 

『敵の陣形は崩した! こっちも体勢を立て直すんだ!』

 

 ストライクフリーダムは敵の本拠地へと直進していた。キラはコクピットの中で歯噛
みをする。例え覚悟をしようとも、ごく近くで人が死ぬのは嫌なのは変わらない。
 降伏を速やかに宣告させれば、戦いで散る命も極力減らせるはずだ。
 逸るフリーダムを、赤い閃光が掠めた。人並みはずれた反射神経か強化された機動力
がなければ、確実に撃墜されていた。一瞬だけ冷たさを感じ、新生したフリーダムに感
謝する。
 直後、目立つ黄金の装甲が、キラの視界に飛び込んだ。ビームサーベルの一撃を回避
し、逆に蹴りを叩き込んで距離をとる。

 

「金色の、MS?」

 

 驚きは一瞬だった。キラはビームライフルを敵の翼に向けて放つ。回避したところで
翼だけを奪うつもりだったが、敵は盾さえも構えない。
 防御をしていたのはキラの方だった。向きをを逆にしたビームを、ソリドゥス・フル
ゴールの光が阻む。

 

「ビームは、効かないのか……!」
『ビームシールドとは、面白いものを持っているなッ!』
「どいてくれッ! 僕はこの戦いを止めなくちゃいけないんだッ!」

 

 キラは焦るが、思考回路は問題なく働いた。ビームの指向性を曲げる仕組みならば、
対応はある程度は身に付いている。
 光の剣を抜き、ストライクフリーダムは“アカツキ”に斬りかかった。

 

 

「おいおいマジかよ」
「さすがに、これは……」
「くっ、だからあの時に追撃をかけておけばッ!」

 

 敵の攻撃をある程度凌いだところで、多くの面々は言葉を失った。城を思わせるほど
の漆黒の影が、計五つ。かつてたった一機によってもたらされた悪夢が単純に考えて五
倍になる計算だ。地獄絵図を思い浮かべると、弱音や愚痴も口に出さずにはいられない。

 

「おいイザーク、これって夢じゃないよな?」
「それが気になるなら、戦いが終わってから十分に抓ってやる」

 

 空の敵を相手にしていたMS隊がデストロイの手に薙ぎ払われる。立ち直りかけてい
た味方の体勢が一気に崩され、シンは奥歯を噛み締めた。
 急速に熱の昇った頭は即座に強敵のことで埋め尽くされる。背のアロンダイトを引き
抜き、仲間の制止も聞かずデストロイに突進した。
 五機の中の一機が全速力で向かうデスティニーを補足する。MS一つすら飲み込む銃
口を向け、極大のビーム砲を見舞う。

 

「そんなもの、もう俺にはッ!」

 

 シンはデスティニーの左腕の盾を展開させた。ソリドゥス・フルゴールが眩いライト
ブルーの輝きを発し、デストロイのビームを遮断する。
 盾で防ぎながらも、デスティニーの加速は止まらない。ヴォワチュール・リュミエー
ルの放つ光が徐々に輝きを増し、MSの身体さえも小さく見せるほどに広がっていく。
オーロラのごとき輝きが、美しさとともに畏怖すらを纏わせる。
 ビームを放った最初の一機はその直後に沈黙する。突き刺さる巨大な剣が敵の中枢た
るパイロットを一瞬で消し飛ばし、その破壊神の能力を奪っていた。
 イザークはその光景を見、僅かな笑みを浮かべた。シンは既にデスティニーの能力を
十分に発揮させている。加速力にかけては他の追随を許さないあの機体は、指揮官では
なく、切り込み隊長が乗るに相応しい。

 

「俺たちも前に出る! ディアッカ、シホ、続けッ!」

 

 ブルデュエルのスラスターが火を噴き、眼前のゲルズゲーを両断する。連合の主力は
空戦に重きを置いている。上空の脅威こそあるが、結果として地上の戦力は空に比べて
疎かだ。そんな中で手をこまねいているのは癪に障る。
 ヴェルデバスター、ザクウォーリアの砲撃が道を開き、割り込む敵をブルデュエルが
切り払う。
 切り離されたデストロイの手がジュール隊を襲った。瞬時に散って攻撃を回避するが、
舞う四つの腕は執拗にブルデュエルとヴェルデバスターを襲う。

 

「人の機体で遊びやがって……お前ら、絶対許さねェッ!」
「あんたたちも、“善いコーディネーター”の仲間入りをさせてやるよッ!」

 

 声の主はDSSDの拘置から脱走したファントムペイン、シャムス・コーザとミュー
ディ・ホルクロフトのものだった。機体と信用の全てを失った彼らには、強化人間――
ブーステッドマンと化すしかなかった。

 

 

 ネオの操るアカツキを相手に、キラは攻めあぐねていた。機体の性能も、パイロット
の腕も、キラとストライクフリーダムの方が上回っている。だというのに、むしろアカ
ツキは戦闘を優勢に進めていた。
 攻撃をかわすたび、キラの脳裏を既視感が掠める。敵の機体は装甲こそ奇異な色であ
れ、フォルムだけならばかつての搭乗していたMSを連想させる。太刀筋、MSの形状、
断片的な情報が折り重なり、キラの判断力を少しずつ削り取っていく。アカツキの振る
うビームサーベルを、光の盾が受け止める。

 

『どうした坊主! 大層なのは機体だけかッ!』
「その、声……っ」

 

 相手の苛立つような声が、さらにキラを複雑な迷宮へと誘う。
 一方のネオもまた、同じく歯噛みをしていた。戦いを嫌うキラが戦場に出、それどこ
ろかザフトに与したことはネオにとって大きな誤算だった。フリーダムが戦場に戻った
となれば、ジブリールとの間に交わした約束も反故にされかねない。かといって、既に
ネオはファントムペインにとって無くてはならない存在でもある。エクステンデッドの
二人を見捨てる真似はできないし、仮に連れて逃げても二人は調整無しでは長く生きら
れない。
 背のオオワシが切り離され、ストライクフリーダムに突撃する。PS装甲の機体に効
果的なダメージを与えることはできないが、直撃は相手との距離を空ける。翼を離した
アカツキは落下しながらもビャクライを可能な限りの速度で連射し、キラの立ち直りを
封じた。

 

「くそっ、僕は……」

 

 どうしたらいいんだ、と口にしかけ、キラは言葉を飲み込む。金色のMSの乗り手が
彼であるはずが無いと否定を続けるが、究極のコーディネーターの誰よりも優れた記憶
力がその打消しをさらに上塗りする。
 シン・アスカのようながむしゃらな攻撃の姿勢をとれれば、どんなに楽なことだろう。

 

 デストロイのコクピットで、スティングは敵を睨めつけた。血走った目は目に入る全
てのものを排除の対象として見定める。
 黒色の巨人の操作は爽快だった。狙いを定めるまでも無く敵を薙ぎ払い、その脅威を
仕留めんとする敵は後から次々に湧いてくる。どこか空虚な感覚はあったが、あまりに
も小さなそれは高揚した気分に隠れていた。

 

「出て来いよぉッ!」

 

 誰に言っているのか自分でも分からないまま、スティングはデストロイを暴れさせる。
 そんな折に見定めたのは、飛び込んできたデスティニーだった。不意打ちとはいえ、
一撃で化け物を沈める見たことのない機体。生まれ変わった自分の標的としては、格好
の獲物だ。
 デストロイは背に負った円盤を頭に被り、下半身を反転させた。デスティニーの放つ
高エネルギービーム砲が陽電子フィールドにかき消され、逆にビームを見舞った。
 アロンダイトとデストロイのフィールドが鬩ぎ合い、アトランダムに発光する。

 

『アンタは……スティングか!』
「あぁ!? 誰だよテメェは!」

 

 

 既にただの記号と化した名を呼ばれ、スティングは眉を吊り上げた。自分を知ってい
る強敵の存在は、沸き立つ心をさらに躍らせる。渇いた心に突然落とされた雫は、爽快
ではあったがどこか退屈なデストロイの操作性をさらに上げた。
 同時に、傍らにいたもう一機のデストロイもまたシンへと狙いをつけてきた。手の形
をした巨大なドラグーンと、MSごと飲み込むようなビームの嵐がデスティニーに次々
に飛来する。無限に加速を続けるデスティニーであっても、回避に専念せざるを得なか
った。

 

『チッ、邪魔すんじゃねぇよ!』
『やっつける、こわいもの……ぜんぶ……!』

 

 噛み合わない会話がなされていることなど、シンは知りえない。一方で最後の一機に
ステラ・ルーシェが乗っているのだろうと感じていた。スティングの攻撃の隙を埋める
ように射撃を折り挟む。機体の特性を理解したうえでカバーするのは、長い付き合いが
あっての上の連携なのだろう。
 さらに、最初の奇襲じみた一撃は相手に印象を強く残していた。デスティニーの武器
が必殺であることを知っているだけに、攻撃の手は自然と警戒される。
 せめて誰かのサポートがあれば。思いながらも、シンは無駄だと悟っている。ジュー
ル隊の面々は別のデストロイに手一杯であり、他の部隊もまだ大量に残っているMS隊
の相手をしていた。最後に目を向けたもっとも頼りたくない相手は、趣味の悪いとしか
思えない金色のMSを相手に逃げ回っている。腹の底で毒づき、デスティニーの翼をさ
らに広げさせた。
 より強いGが肉体に負荷をかけるが、ビームで蒸発するよりはよっぽどマシだ。体が
軋む痛みを堪え、シンはさらに速度を上げる。

 

 ヘブンズベースより、そんなデスティニーを狙うものがあった。ニーベルングの名を
与えられた対空掃討砲が、玉虫色の翼を発生させる悪魔に照準を合わせる。
 固定された大砲だけあって、一度外しては意味を成さなくなる。高速で動き回るMS
を撃ち落すのは至難の業だが、撃墜した場合の効果は絶大でもある。ニーベルングの銃
口が、方向を転換するために速度を緩める瞬間を狙う。

 

「今だ、撃てッ!」

 

 デスティニーが基地に背を向けた瞬間、ニーベルングが火を噴いた。被弾した標的が
よろけ、光の翼を失って落下する。スティングの、ステラの放つ巨大な四つのドラグー
ンがデスティニーを狙う。
 邪魔だったデスティニーは爆散する。刹那に光景を予見した全員が血を凍らせ、もし
くは滾らせた。

 

 連射された光弾が、四つの手を撃墜した。

 

 降り立ったのは漆黒の翼を広げた闇色のMSだ。両の手が持つ小型のビームライフル
を対艦刀に持ち替え、降り注ぐ手の残骸をさらに細かに砕く。

 

「――DSSDは、これよりロゴスの逮捕に協力する」

 

 

 現れた闖入者にもっとも大きな反応を示したのはシャムスとミューディーだった。か
つての仲間の姿を見たと思えば、それが自分たちに銃を向けている。正常な思考の能力
を奪われた彼らにとって、スウェンは敵に寝返った腑抜けだった。

 

『お前、何言って、何やってんだよぉッ!』

 

 声高に叫ぶシャムスを、モニター越しにスウェンは一瞥した。常に冷静さを保つ彼は、
シャムスが一目だけで異常を抱えているのを理解するかる。瞬時に言葉をかけるのは無
駄と悟り、手を失った二機のデストロイに向き直る。
 スウェンの態度はシャムスの感情をさらに沸き立たせた。元々寡黙な男だと承知はし
ているが、ブーステッドマンと化した身は思考を短絡的なものへと変貌させる。
 デストロイのツォーンがストライクノワールへと放たれた。すべてを飲み込む砲火が
過ぎた後には、黒い姿は影も残らない。
 ざまあみろ、と叫ぼうとした直後、自機の異常を認め表情を凍てつかせる。ストライ
クノワールは掌のアンカーランチャーを一体のデストロイの継ぎ目に打ち込み、高速移
動の手段としていた。
 至近距離で空いた手のビームライフルショーティーが連射された。デストロイは秘密
裏に作られたため、他のMSとは生まれが根本的に違う。その巨大さゆえに製造も分割
して行われていた。言い換えれば、パーツごとは強靭でも連結部は補強されたもので、
最大の弱点である。元ファントムペインである身は、それを強く記憶していた。

 

『やめろォォォォォォォォォォッ!』

 

 格闘能力をほぼ持たぬデストロイの手がストライクノワールを狙う。指先からの発光
が、弱っていた連結部を打ち抜く。
 一機目のデストロイは、そこで下半身の動きを完全に停止した。平衡を保つ能力を無
くした巨体が背の円盤の重さに耐え切れるはずもなく、ゆっくりと仰向けに倒れていく。
 シャムスがスウェンに倒されるのを、ミューディーは呆然と見つめていた。誰よりも
忠実だったスウェンが裏切ったことも信じられなかったが、強化されたシャムスとデス
トロイがあっさりと撃沈されたことが他の何よりもの不意打ちの事象だった。

 

「……すげえ」
「何者だ、奴は……」

 

 ミューディーのデストロイを相手にしていた三人もまた言葉を失う。
 ストライクノワールが翼を広げ、デスティニーの方へと飛行する。標的が離れたデス
トロイは、再びブルデュエルらに攻撃を仕掛けた。
 イザークは眼光を鋭くする。正体不明とはいえ、味方が身体を張って示した弱点を見
逃すほど腐った眼力は持ち合わせていない。

 

「シホ、シンのサポートに向かえ」
『何を言ってるんですか!? 一機減ったとはいえ、敵はまだ……』
「奴が狙ってるのは俺たちのMSだ。お前ならば簡単に奴の注意を抜ける」

 

 デストロイを同時に二機引き付けているシンがもっとも危険な状態にある。部下をそ
の状況下に置いたままでいられるほど、穏やかな心境ではなかった。

 

 

 二機のデストロイは再び背の円盤を被り、陽電子リフレクターを展開する。近接を許
されないデスティニーは、再び回避に専念するべく飛び回った。シホはその様子を少し
離れた距離から観察する。
 PS装甲と陽電子リフレクターの同時発動を連続して行えるのならば、その形態を常
時保つ方が得策のはずだ。だというのに、デストロイはしばらくすると火力に優れるM
Sの姿に戻っていく。鈍重な変形の過程を敵に晒すことも考えれば、一時の攻撃力のた
めには明らかに大きなリスクだ。
 シホはふと気付く。デストロイの陽電子リフレクターは巨大さゆえに長時間の発動が
不可能なのではないだろうか。ベルリンでの戦いでは現れなかった形態であることも考
えれば、未完成のシステムである可能性も頷ける。
 シホはザクを走らせた。
 変形にかかる時間、傘を被った状態、その傘を再び背に戻してからの時間、それぞれ
が何秒かかるかを見極めれば、速度と小回りで勝るデスティニーの大きな力となる。

 

 ニーベルングの一撃はデスティニーに直撃したが、幸いなことにその駆動には支障を
来してはいない。最新型の優れているところは、速度と攻撃力だけではないらしい。
 陽電子リフレクター相手では、射撃の武器は用を成さない。かと言って、背のアロン
ダイトでは動作が大きすぎる。両肩のフラッシュエッジを引き抜き、小刻みにスティン
グやステラの機体を削り取る。
 自機を狙うドラグーンはもはや存在せず、ニーベルングの脅威も承知している。攻撃
の方向が分かっていることは、心強い事実だった。ストライクノワールへと攻撃が分散
していることもあり、心持ちはずっと楽だ。

 

『シン、きこえる?』
「シホさん!? なんで、隊長は!?」
『いいから聞きなさい。今から十五秒後、あなたに近い方のデストロイはおそらく変形
するわ。――その時に決めて』
「了解ッ!」

 

 突然の通信に驚いたが、再び視線を戦士のそれへと変える。心の中で正確かどうかも
分からないカウントダウンを呟き、デストロイに極めて近い距離を飛び回る。
 CIWSはもちろん、フラッシュエッジやビームライフルでは決定打に欠ける。高エ
ネルギービーム砲は展開に時間がかかるし近距離の攻撃には向かない。アロンダイトを
引き抜く時間すら惜しい。
 シンの思考は逡巡した。現状が特殊であるとはいえ、デスティニーには極端な武装が
多すぎる。

 

 デストロイが傘を開いた時、スティングは見た。敵の掌がデストロイの頭部に向けら
れ、眩い灼熱の輝きを帯びている。

 

 掌の槍を意味する、極めて限定された状況でしか使えない必殺の武器。
 名を、パルマフィオキーナ。
 MSの掌に直接仕込んだ高出力ビーム砲は、敵に密着した状態でのみ真価を発揮する。

 

 直線に伸ばした指がかぎ爪型にに曲げられ、デストロイの頭部を握り潰す。乗り手で
あるスティングの表情は引きつった。強化された感受性は、自分の首がもぎ取られるよ
うな錯覚を与える。
 勝てない。ただの一撃で、彼は強烈に悟ってしまっていた。

 

 

「――チッ」

 

 憑き物が晴れたように、スティングは冷静に舌を打った。胸部のビーム砲は残ってい
るが、化け物の持つビームシールド相手では防がれてしまうだけだろう。残ったあらゆ
る攻撃の手も、無駄に終わる予測しかできなかった。
 敗北感はあったが、完膚なきまでに叩き潰され、逆に晴れ晴れとしていた。コクピッ
トの中の異常な熱気のせいか、身体はやや肌寒い。震える指で冷静に、かつはっきりと
スティングは通信を繋ぐ。

 

「ステラ、俺はここまでだ。ていうかお前も危ねえ」
『スティング……?』

 

 ステラには、スティングが少しだけ笑ったように見えた。戦闘時には冷酷な殺人鬼へ
と豹変する彼女であるが、この時ばかりは戦闘中であることを忘れる。

 

「ザフトに行けよ。あいつは俺のことを知ってた。――たぶん、アウルもいる」
『アウル?』
「ああ。あいつが無事だってなら、悪いようにはされねえだろ」

 

 既に知らない名前を出されてきょとんとするステラに向け、スティングは平時と変わ
らぬ声色で話し続ける。次に、未だ戦闘を続けるミューディーのデストロイを見た。爽
快としか感じていなかったデストロイだが、冷静になって見ると見苦しさ以外の何物も
感じない。
 何も理解できない、と首を振るステラに向け、スティングは困ったような視線で返し
た。表には決して出さないが、彼は同時に安心もする。簡単に平時の彼女に戻れるのな
らば、自分ほど過剰な強化は受けていまい。
 外部へのスピーカーを起動し、スティングはデスティニーへと問いかけた。

 

『お前、ミネルバのパイロットか』
「いや、俺は」

 

 思わぬ言葉に詰まりかけたが、一泊置いてシンははっきりと口にする。

 

「友達だ。レイの」
『ハイネのヤツはどうなったか分かるか? ここにはいないのか?』
「あの人は、死んだよ。ミネルバの皆を守って」

 

 そこから、返事はなかった。スティングの言葉は、あまりにも小さすぎて音となる前
に消えていた。

 

 勝ち逃げかよ、ずりぃ奴だ。

 

 

 四機めのデストロイが動きを停滞させるまで、そう時間はかからなかった。巨体に貼
り付けた堅牢な装甲の塊も、ブルデュエルとヴェルデバスターを先頭とした集中砲撃の
前に次第に歪み、その動きを鈍くする。ミューディーはかつての自分と相棒の愛機が襲
い来る恐怖にパニックを起こし、がむしゃらに兵器を起動させる。酷使され、敵からも
攻撃を受け続け、最終的に潰れた武器は情けない音を上げた。
 遠距離から狙撃せんとしていたニーベルングをデスティニーのビーム砲が射程に捉え、
空で猛威を振るっていたユークリッドの一翼をストライクノワールの剣が切り裂く。

 

 徐々に傾いていく戦況を見、ジブリールは爪がすべて白くなるほどに拳を握り締め、
血が滴るほどに唇を噛んだ。物量や兵力、どれをとっても負ける要素などは無かったは
ずだった。たった数機の新型で覆るような差ではなかったはずだった。
 脇で顔色を青くしてモニターを祈るように見つめる老人たちにも吐き気がする。そも
そも彼らが扇動された民衆の暴動などに臆さず、毅然として狸の妄言に反論していれば
追い詰められることもなかったはずだ。実際、ロゴスによる戦争拡大被害などより経済
循環における貢献の方がよほど大きい。そこで逃げに走ったのは、ひとえに彼ら自身が
臆病だったからに他ならない。
 ジブリールは部屋を出、専用の通信機を直属の部下に繋いだ。腰抜けの老害どもと一
蓮托生など、最初から選択肢にない。
 コーディネーターに傅くわけにはいかない。同胞すら敵に回している今であっても、
彼はブルーコスモスだった。

 

「悪いな小僧!」

 

 攻めに徹することのできないストライクフリーダムに、アカツキは突然背を向けた。
敵の機体が呼び止めるように腕を伸ばしているのにネオは気付いていたが、彼がそれに
応えることはなかった。ネオ・ロアノークの知人に、キラ・ヤマトという人間は存在し
ない。
 ジブリールのもとへ急ぐ途中、スティングのデストロイの残骸が目に付いた。周囲の
敵は既に他の救援や掃討に回っているらしい。胸部の破損が少なかったことから、恐ら
くはスティング自身は中にいるのだろうとネオは推察する。
 過剰強化によってより好戦的になってしまった彼が、MSの中で無様に生きながらえ
ているとは考えにくい。亡骸は敵の手で葬られることになるのだろうか。それとも、敵
の尖兵だったものとして尊厳さえ踏みにじられる辱めを受けるのだろうか。後者の考え
をふと思いつき、ネオは歯軋りをした。
 赤い翼のMSが金色の流星を察知し、長距離ビーム砲を発射する。金色の装甲は収束
された光全てを反射し、デスティニーの腕を奪った。出力を上げたフラッシュエッジを
残った手に突進するデスティニーに向け、アカツキはオオワシの火力全てを見舞う。

 

「お前などに躓いていられんのだッ!」

 

 攻撃した敵機の生死も確かめず、アカツキはデストロイのコクピットをこじ開けた。
握り潰さぬようスティングを手に乗せ、迅速に自分のコクピットに移す。ともすれば隙
だらけの一連の動作が淀みなく行われたのは、デスティニーの撃退に寄る所が大きかっ
た。
 天地から飛んでくる光の嵐をものともせず、アカツキは指示された場所へ飛ぶ。

 

 

 大勢は決した。折り重なっていた銃声や爆破の音は徐々に数を減らし、酷く耳障りな
和音は鳴りを潜めていく。空を横切る鋼鉄の塊もまた、少しずつ目に見えてその数を減
らしていた。
 ヘブンズベースからは降伏の意思が伝えられ、国際的犯罪者として摘発されたロゴス
の面々が連行されていく。シンは、デスティニーのコクピットの中でぼんやりとその様
子を眺めていた。

 

『――任務完了のようだ。帰投させて貰う』

 

 地に落ちたまま浮上しようとしないデスティニーに通信が入る。大量のMAを相手に
してボロボロのMSとは裏腹に、スウェンの声は静謐ささえ漂わせていた。ファントム
ペインの呪縛から解き放たれようと、彼の様子に一切の変化はない。
 声をかけてきたということは、少しでも心を許してくれたということだろうか。そう
思い、シンはスウェンに通信を返す。

 

「もう戻るのか? MSだってボロボロなのに」
『ザフトとの不要な接触は許されていない。それに――』

 

 サブモニターの先で、スウェンはちらりと視線を逸らし、

 

『ここはコーディネーターばかりで息が詰まる』
『なんだと貴様ッ!』

 

 間髪いれずに声が裏返るほどの怒号を飛ばしてきたのはイザークだ。突然の横槍にシ
ンはヘルメットの上から耳を押さえる。いくらかイザークががなり声をあげ、その合間
にディアッカやシホのなだめる声が入る。せめて自分を介さないでやってもらいたいも
のだ、シンは思った。
 礼を言ってやろうと思ったのにその態度はなんだ! と偉そうに怒鳴るイザークに対
し、スウェンは何も言葉を発しなかった。右から左へ受け流し、一区切りついた所で一
方的にシンとの通信を切断する。口にしかけて飲み込んだが、ストライクノワールには
爆弾が積まれていた。例え被害者であるとはいえ、スウェンが連合兵だった事実に変わ
りはない。敵の身だったのだから当然のことだ。

 

 もう一度だけ、夢を見たくなった。
 スウェンがDSSDのパイロットに志願したのは、ただそれだけのためだ。一度は弓
を引いたスターゲイザーは、そんな夢を許してはくれないかもしれない。過去の穢れを
全て切り捨てたとて、積み重ねた非道の罪が消えるなどとも思っていない。
 強き意思をもって、己を変えねばならない。平和な国の少年から、ザフトのエースに
までのし上がった少年のように。
 凍てついた表情とは裏腹に、パイロットスーツの中は汗に塗れていた。
 心の中でだけ短く礼を言い、ストライクノワールは戦域を去った。

 

 

 ロード・ジブリールを除いたロゴスのメンバーは逮捕され、連合との戦いはひとまず
の終焉を迎えた。ロゴスの経済への影響力は甚大なものであり、毎日の経済ニュースは
世界を騒がせている。代わる経済の新体制の構築は急務であったが、デュランダルの考
案していたプランが暫定採用されていた。中には新たなコーディネータの支配という批
判の声もあったが、互いを同格に見据えた体制は概ね受け入れられている。
 経済や政治の駆け引きは軍人の知るところではない。地球圏に本拠地のないジュール
隊は、再びアスラン・ザラ追討の任を受けていた。連合からの目撃情報を得るため、現
在はヘブンズベースが活動の機軸となっている。

 

「ふざけるなッ!」

 

 本国との通信を切り上げた直後、イザークは荒々しく言葉を吐き出す。脇に控えてい
たシホも、この時ばかりは宥める気さえも起きないようだった。
 通信の内容は、シン・アスカのFAITHへの推薦に対する返答だった。プラント議
会はシンをFAITHと認定するには不十分と定め、その旨だけを隊長であるイザーク
に告げた。
 シンはトップクラスの成績で赤い制服を勝ち取り、ジュール隊に入隊した。議長自ら
の推薦でインパルスを受領し、この度は最新型のデスティニーの正規パイロットにまで
上り詰めた。異常な速度での成長は誰もが認めるところであり、本国からも異論はない
ものとイザークは踏んでいた。

 

「シンの経験が浅いことが理由だったんでしょうか?」
「いや、違うな」

 

 シホの不満そうな一言に、イザークは固めた拳を解かぬまま答える。シンがジュール
隊になぜ配属されたのか、若き隊長はここでようやく察した。
 シンはアカデミー時代から問題児として有名だった。もともと成績が優秀だったため
に赤服を纏うことを許されたが、上層部としては反抗的な兵隊に高い評価を与えたいは
ずがない。そこで押し付けの形で与えられたのがジュール隊だった。いわば裏切りの前
科があり選択権のない部隊への厄介払いだ。予め枷があるために、正当な評価が与えら
れずとも不満は封殺される。
 オーブを嫌っているという点も理由の一つだった。前大戦において、ラクス・クライ
ンはオーブを手を組み戦っている。クライン派が多数を占めるプラントにおいて、オー
ブ嫌いの幹部の存在は都合が悪いのだろう。
 クライン派は平和を歌うラクスの支持者であるという事実を利用し、我が物顔にのさ
ばっている。アスランが失望し反逆した理由も、なんとなく理解できるような気がした。

 

「議長の仰ったことを理解しようともしていない、そういうことだろうな」

 

 呟きは失望の色に塗れている。シホは何も答えない。
 全てがデュランダルの言葉に動いたわけではない。コーディネーターの誇りを見つめ
直したのは、ほんの一部に過ぎなかった。

 

 

「シーン!」

 

 背後から急に激突され、シンは鼻からダイレクトに床に激突した。赤くなった鼻を押
さえながら、シンは突進してきた物体に向けて声をかける。

 

「いてて、ステラ、どうしたんだよ」
「ステラ、検査終わった!」

 

 耳元で元気よく言われ、若干鼓膜が痺れたような感覚に襲われる。ニヤニヤしながら
後から青髪の少年が歩いてくるのが見えた。

 

「せめて先に止めろって……」
「嬉しいくせに。鼻血なんか垂らしちゃってさ」
「なっ、これは違っ!」

 

 鼻血を拭ってから背中の柔らかい感触を認識し、シンはますます顔を赤くした。墓穴
を掘ってしまい、同伴していたルナマリアからもスケベ野郎の称号を投げつけられる。
しまいには、無垢なステラも意味も分からず「シン、スケベ」と面白がられ、どんな言
い訳をしても無駄な状況に陥っていた。
 エクステンデッドの二人は、ザフト預かりの身となっていた。本来ならば連合の関連
施設で療養させるべきだったが、彼らは特殊な人体強化のために、極めて精神が不安定
だ。ステラはアウルと同じ場所に置くのがいいだろうと判断され、アウルは最も馴染み
のある元ミネルバのもとへ身を寄せていた。こんな大きい子がいる歳じゃない、とはタ
リア・グラディスの弁である。

 

 スティングが目を覚ましたのは使い慣れた卵形のベッドではなく、スプリングの硬い
安物のソファの上だった。呼吸は弱く、外気も酷く冷たく感じられる。ゆっくりと手を
こすり合わせたが、僅かな摩擦熱が生じただけですぐに消えた。そもそも手に熱がない
ようで、酷く冷たい。
 揺れている、何かの乗り物の中なのだろうか。連合の輸送艇のどれかに、こういった
部屋があったような気がする。考えて身を起こすと、傍らにいた金髪の男と目が合った。

 

「気分はどうだ、スティング」
「そんな顔、してたんだな」

 

 声を聞いて、その人物がネオ・ロアノークだと理解する。ネオは普段のヘルメット型
の仮面を被ってはいなかった。身内にすら頑なに隠していた素顔なだけに、酷い火傷の
痕の張り付いた顔を思わずじっと見てしまう。

 

「おいおい、男を見つめる趣味なんてあったのか?」
「うるせえ」

 

 仮面をはずしても変わらない語調で言われ、スティングも変わらない悪態をつく。
 スティングはそのままもう一度身をソファに倒した。寝心地は最悪だが、身体の重さ
はそれを上回っている。
 願わくば、夢の中でくらいもう一度手合わせをしたい。オレンジの装甲のモノアイM
Sを心に描き、スティングの意識は溶けた。

 
 

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