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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第32話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:10:30

「こちらディオキアポートコントロール。ミネルバ、アプローチそのまま。貴
艦の入港を歓迎する」
 ザフト軍ディオキア基地は、黒海の沿岸に面して建設されたザフト軍の地上
基地では比較的新しい部類にはいる。元々この辺り一帯は旧連合の勢力地域だ
ったのだが、ジブラルタルから進軍したザフト軍によって解放されたという過
去を持っている。
「綺麗な街ですね……ディオキアと言うところは」
 艦橋で、アーサーが何気なしに呟いた。洒落た台詞でこそ無かったが、艦橋
要員もまた、ディオキアという海辺街に対し、綺麗だという印象を持ったのは
確かだった。
「そうね、最近は山だの砂漠だのと、そんなのばっかりだったものね。こんな
場所で休暇を過ごせるなんて思っても見なかったわ」
 タリアも口元をほころばせながら言う。彼女を含め、ミネルバクルーは連戦
に次ぐ連戦で疲労しきっており、休暇は願ってもないことだった。
 だが、さすがに到着したらすぐ休暇というわけではなく、艦長であるタリア
と、副官であるアーサーはディオキア基地司令部に出頭し、到着の報告及び、
休暇申請の受理をせねばならない。どちらもさほど重要なことではないのだが、
軍隊である以上形式は大切にせねばならない。
 タリアとアーサーは、到着すぐにディオキア基地所属の兵士の案内で、基地
司令部へと向かった。
「やけに人が少ないですね……」
 アーサーが基地本部の中を見渡しながら、タリアにこっそりと耳打ちする。
「そうね、平時とはいえ、最低限の人員しかいないって感じね」
 タリアも不審げに辺りを見る。しかし、特に慌ただしい様子もないので、緊
急事態というわけでもないのだろう。
 やがて二人は、司令官室へと通され、そこで基地司令官と対面した。
「私がディオキア基地司令官兼駐留艦隊指揮官のマルコ・モラシムだ。ミネル
バの武勇は聞いてる。よく来てくれた」
「私も、『紅海の鯱』にお会いできて光栄ですわ」
「よしてくれ、昔の異名など」
 マルコ・モラシム。前大戦時、カーペンタリア基地に所属していた軍人で、
同基地の海軍戦力モラシム隊の隊長として、インド洋周辺を制圧下に置くなど
高い実績を有している。旧連合相手に紅海で連戦連勝を重ね、『紅海の鯱』と
あだ名されるまでになった彼は、名実共に海の覇者であったが、破綻は突然訪
れた。
 前大戦時、彼は上層部の命を受け旧連合所属の戦艦を強襲した。そう、連合
軍第八艦隊所属アークエンジェル。不沈艦とあだ名される、最強の艦。モラシ
ムは十分な兵力と、鍛え抜かれた部下たちとともにアークエンジェルを襲い、
物の見事に敗北した。モラシムは旗艦及び部下を全て失い、自身もまたモビル
スーツを破壊され、絶体絶命の危機に陥った。それが偶然にも救助され、彼は
命を繋ぎ止めたのだが、重傷だったこともありプラント本国で大戦終了まで療
養する羽目になったのだ。
 モラシムは敗残の将であり、命からがら生き延びた点ではどんな批難をされ
ても構わないと思っていた。しかし、世間もザフト軍内部も彼を責めなかった。
彼と同じく命拾いしていた『砂漠の虎』アンドリュー・バルトフェルドがザフ
ト軍を脱走し、敵対したためだった。モラシムは、同僚のこうした行為を理解
できずにいたが、何か行動を起こそうにも身体が動かなかった。

 そうしている内に大戦は終わり、モラシムは新設されるザフト軍の地上基地、
ディオキア基地司令官兼艦隊指揮官の辞令を受けたのだった。
「まあ、戦闘こそ行われていないが、やることは意外に多くてな。何せ基地職
員及び、駐留艦隊所属の兵士の大半は経験の足りん新兵だ。まずはそれを少し
でも使えるようにしなければならない」
 この時期ザフトとしては、熟練兵や歴戦兵など実力あるもののほとんどを、
ジブラルタル、カーペンタリア両基地に集めている。これは両基地がザフトの
地上における二大軍事拠点であることから、当然といえば当然の選択だったが、
モラシムとしては不満を禁じ得ない。
「客人に大して愚痴を言うとは、私も歳を取ったな。ミネルバのクルー全ての
休暇届は一両日中には受理されるだろう。申請中であっても、この基地の中な
ら行動は自由だ」
「モラシム司令のご厚意に感謝しますわ。ところで、随分と基地内に人が少な
いように見受けられたのですが……?」
 厚意を感謝しながら、タリアは先ほどから感じていた疑問を口にする。する
と、モラシムは若干険しい表情になり、
「実は……なんと言ったらいいのか、この基地では今日催し物があってな。一
部の兵士はその準備に当たって、他大半はそれの見物に行っている。基地には
興味のないもの、もしくは重要部署に所属するもの以外は残っていないのだ」
 嘆かわしいことだ、とモラシムは首を振った。タリアとアーサーは顔を見合
わせ、何が行われるのかを尋ねた。
「それは、ほら、この部屋からも見えるだろう」
 言われて、アーサーが立ちあがり窓の外に見える光景に目をやった。
「あれは……」
 思わずアーサーは目を見張った。基地の広い敷地内に、かなり大規模な野外
ステージが設営されている。まるで、臨時のライブ会場のような有様だ。
「我らがプラントの歌姫が、二日間に渡る慰安ライブを開いてくれるそうだ。
まったく、喜ばしいことだな」
 モラシムの口調があまりに投げやりだったので、タリアは苦笑したが、同時
にとあることを思い至った。
「ラクス・クラインが来ている……ということは、議長も既に?」
「いや、その予定だったのだが、プラントで何かあったらしくてな。出発が遅
れて、到着は明日に変わった」
「そうですか……」
 タリアは複雑な表情を作りながら、窓の外を見る。特設野外ステージには既
に沢山のザフト軍兵士が詰めかけている。
 ラクス・クラインのライブが、始まろうとしていた。

          第32話「運命の前日」

「みなさ~ん! ラクス・クラインで~す!」
 ピンク色に塗装されたザク。
 アスランが最初にそれを見たとき、思わず吹きだしたという。何をどうした
らあのような発想が出来るのか。基地内への上陸許可が出ると共に、若い整備
兵などは駆け出していってしまったが、アスランの足取りは重い。信じられな
いものを見た、といった感じに足を引きずっている。
「あれはない、あれはないって」
 見れば近くにいるハイネが腹を抱えながら笑っている。どうやら彼の笑いの
神経が著しく刺激されたらしい。唖然としてみているのは、ルナマリアやメイ
リンなどの女性陣で、ラクスことミーアの持ち歌である『Quiet Night』の流
れる様を呆然と聴いていた。
 唯一、不審気な表情をしていたのはオデル・バーネットだった。彼は元々こ
の世界の人間ではないため、ラクス・クラインに対する知識も低ければ、認識
も薄い。軍隊向けの慰安企画の一つか何かなのだろうが、あまりに派手すぎる、
と感じているのだ。
「……ロッシェ!?」
 しかし、彼はそんなラクス・クラインの側によく知る顔を見つけ出した。ロ
ッシェ・ナトゥーノ。彼と同じ、異世界からの迷い人。
「何故、アイツがこんなところに」
 オデルは困惑していたが、ライブの熱狂に包まれるこの状態では、ロッシェ
に近づくことすらままならない。ひとまずは様子を見るほかなかった。

 そのロッシェであるが、彼は特設ステージの袖で、周囲を警戒していた。ラ
イブ中だというのにその顔は険しく、不機嫌そうであった。
 実は、ロッシェはこの企画を行う際に専属の護衛官としてある意見を出した。
野外ライブを、屋内に変更して欲しいと申し出たのだ。これは無論、警備の観
点からいった安全面を意識しての意見であり、野外警備よりも屋内警備のほう
がやりやすいからであった。
「野外などで行って、その姿を堂々と晒すなど以ての外だ。どこに暗殺者が潜
んでいる限るまい」
 だが、ロッシェのこうした意見は却下された。ディオキア周辺はザフトの勢
力範囲内であり、ファントムペインなど居らず、さらにこの野外ライブは、周
辺住民への宣伝、すなわちライブをやるだけの平和と余裕が、ザフトにはある
のだと見せつけるためのものでもある、ということだった。
 当然、ロッシェは憤りを憶え抗議したが、関係者は誰も耳を貸そうとしなか
った。それどころか、「護衛官は慎重も度が過ぎる」などと、失笑してきたの
だ。ロッシェは怒り任せに斬りつけたい衝動に駆られたが、何とか堪えた。こ
うなれば、何があってもラクスを守り抜くほかない。
「まあ、何も起きないことを祈りたいが……」
 ロッシェは近くに佇むモビルスーツに目をやった。グフイグナイテッド、ザ
フト軍新型モビルスーツの試作機であり、地上に赴くロッシェのために、ハワ
ードが寄こしてきた機体だ。性能はレオスに数十段は劣るものの、高い空戦能
力を有しており、その辺りの自由が利く。地上でのテストも兼ねて、という理
由を付けられロッシェに与えられたのだ。

「何か奴に乗せられた気もするが」
 自分の愛機以上に信頼できる機体など有りはしない。少なくともロッシェは
そう考えている。例えどんなに強い機体、優れた機体であっても、ロッシェに
は乗りこなす自信がある。しかし、それでも乗り慣れた機体に勝るものはない
はずだ。仮に敵が攻めてきたとして、グフで何処まで戦えるのか?
 考え込むロッシェの元に、警備担当からの連絡が入る。ロッシェは基地司令
部から三百人ほどの人員を借り受け、この野外ステージの周辺の警備を行わせ
ている。二十分おきにくる連絡は、どこも異常がないことを彼に伝えた。
 ロッシェは、視線を基地の柵の方に向けていた。柵の向こうは一般区域であ
り、地域住民が物珍しから集まってきてる。もし、あの中に殺し屋の一人でも
いて、広範囲に危険を及ぼす爆発物でも持っていたら? 考えれば考えるほど、
何から何まで危険に思えてくる。
「我ながら、神経質すぎるかもしれんな」
 溜息を付き、ロッシェはもう一度柵の外を見た。そして、少しだけ注意して、
外に止まっている赤いスポーツカーに目を向けた。距離があってよく見えない
が、若い男女が乗っているように見える。ロッシェは軍事用の小型双眼鏡を取
り出し、その連中を見た。運転席には、サングラスを掛けた若い男。助手席も
同じく、同年代の男。後部座席には女……というよりは、少女が一人座ってい
る。これだけなら、ただの若者で済むのだが、ロッシェが気になったのは彼ら
が余り楽しそうではなく、むしろ険しい目つきでミーアのステージを見ている
と言うことだった。
「ナチュラルはコーディネイターに反感を持つと言うが……」
 それでもディオキアの市民にとってはザフト軍は解放者である。比較的好意
を持たれていると聞いていたが、彼らはそうではないのだろうか?
 ロッシェが結論を出すよりも早く、その車は発進して、何処かへと去ってい
った。しばらく不審そうに思っていたロッシェだったが、警備担当から次の定
時連絡が来る頃には、忘れていた。

 ロッシェに気にされていた若者たち、彼らは実はディオキアの市民などでは
ない。彼らは目下ザフト最大の敵であるファントムペインに所属するモビルス
ーツパイロットたちであった。
「やれやれだな……」
 ライブを少しだけ鑑賞したスティングは、運転しながら溜息を吐いた。
「ホント、何か楽しそうじゃん。ザフトの奴ら。ミネルバだっけ? あの艦ま
た勝ったんだろ」
 味方の敗北をせせら笑うアウルだが、元はといえば宇宙でミネルバを落とし
損ねたのは彼らの失態でもある。スティングは、そこには敢えて触れず話題を
変えた。
「あの艦のことはひとまず忘れとけ。俺達は別の任務で来てるんだからな」
「ネオの特命でな」
「声が大きい。失敗すれば、後がないことをお前、判ってるのか?」
 スティングとアウルが言い合いをしている中、ステラはボーッと海を眺めて
いた。ネオが側にいないとき、彼女は途端に無口になる。三人の中では一番精
神が不安定なのだが、今のところ感情に起伏は見られない。
 そもそも、彼ら三人がこうしてディオキアの街に潜入しているのには、少々
複雑な事情があった。というのも、これは正規の作戦行動ではないのだ。発端
は、ファントムペインのネオ・ロアノーク大佐が、盟主ロード・ジブリールに
とある提案をしたことから始まった。

「ディランダルめの暗殺だと?」
 ネオは、昨今の情勢を顧みて、これ以上ザフトと戦闘を継続するのは危険だ
と考え、ジブリールにプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルの暗
殺を意見したのだ。
「そうです。奴を暗殺すれば、プラントは一時的にも混乱に陥るはずです。現
在のプラントは、デュランダル議長のワンマン体制といってもいい状態。この
ままザフトと無闇に戦火を拡大するよりは……」
「馬鹿なことを言うな!」
 強い声がネオの言葉を遮った。ネオは面食らったように、盟主ジブリールを
見つめる。その顔は怒りで大きく歪んでいた。
「私はファントムペインの大艦隊を持ってザフトを打ち破り、プラントを消滅
させるのだ。それでこそ、全世界にファントムペインの存在と、ブルーコスモ
スの覇権を認めさせることが出来るのではないか」
 それはそれでもっともな意見であるが、ネオとしては暗殺を反対されたこと
に意外さを憶えた。元々、ブルーコスモスは暗殺などのテロリズムに優れた組
織であり、過去多くの人間をその手に掛けてきた。
 だからこそ、ネオは敢えて得意分野で起死回生を果たそうと提案したのだが、
ジブリールは怒声を持って返してきた。
「盟主、ザフト軍はガルナハンを攻略し、次はスエズを狙ってくるはずです。
スエズは我らファントムペイン中東最大の軍事拠点ですが、勢いに乗るザフト
の前に勝てるかどうかは分かりません。仮に勝てたとしても、こちらの被害も」
「黙れっ!!」
 勝てたとしても、ネオのそんな後ろ向きな言い回しがジブリールの感情を強
く刺激していた。しかし、ネオは尚も少数によるテロリズムを熱弁した。
「大艦隊など使わずとも、破壊工作の経験がある兵士を三百名、いや、二百名
動員すれば、付きにいるイアン・リー少佐と協力して……」
「ここまできてそんな真似が出来るか! 戦闘で負け続けだから、テロに走る
など、貴様、私の顔に泥を塗りたいのか!」
 何を今更、とネオは言わなかった。彼は盟主に聞こえないように溜息を付く
と、すごすごと引き下がった。仮面に隠れた顔は、失望の色で染まっている。
「まさか、盟主が大艦隊を率いて戦う魔力に取り付かれているとは……」
 盟主の怒りに触れ退散したネオだが、だからといってこの考えそのものを捨
てたわけではない。彼は優れた軍人であればこそ、今ファントムペインが窮地
に陥っていることを肌で感じているのだ。
 そんな彼の元に、側近の部下から情報がもたらされた。近々黒海にあるザフ
ト軍ディオキア基地へ、あのラクス・クラインが慰問へと訪れるというのだ。
「ラクスというと、あのラクスか」
 ネオは、今現在プラントで活躍しているラクスが、本物ではなく偽物である
ということを、とある事情から知っていた。プラントもなかなかに小細工を要
するものだと思っていたが、そのラクスが地球へ来るという。
「これは使えるかもしれんな。デュランダルの暗殺が無理でも、ラクス・クラ
インを人質にすることが出来れば……」
 偽物であることを知っているが故に、ネオの良心は痛まない。か弱い少女を
人質に取ることへの抵抗感がないといえば嘘になるが、なりふり構っていられ
ないのだ。
「盟主に言っても反対されるだけ……ならば、仕方がないな」

 ネオは直属の部下、ステラなどロアノーク隊の面々と、重火器類を集めると、
ラクス・クラインの誘拐計画を立て始めた。この場合、対象は何としても生きた
まま誘拐せねばならない。ここでもし、偽物とはいえラクスが死ぬようなこと
があれば、プラントはそれを口実に大攻勢を掛けてくるだろう。
 こうして部隊の中から選りすぐりの150人ほどの兵士が、ディオキアへと向
かったのだ。そしてその中に、スティング、アウル、ステラの三人も含まれて
いた、というわけである。
「ラクスってのは、プラントの象徴的存在だ。そいつに銃口を突きつけて交渉
を迫れば、奴らは嫌とはいえないってことさ」
「でもよぉ、さっきの見ただろ? 結構な人数が警備してたじゃん」
 スティングの話を訊きながら、アウルが答える。
「あれじゃ、誘拐する隙なんて何処にもないだろ」
 アウルは軽口を叩いているようだが、計画の困難さを既に見抜いているのだ。
見抜いた上で、どうするのだと仲間に問いかけているのである。
「俺達の入手した情報では、ラクスは明日の昼から夕方に掛けて市街地を回り、
明日は夜にライブをするらしい」
「となると、市街地巡りしてるとこを狙ってく?」
「白昼堂々か? そんな目立つ行動は出来れば避けたい。明日のライブが終わ
った後、夜ホテルに戻ってからだ」
「夜襲を仕掛ける分けか」
 寝静まった寝込みを襲う。暗闇に紛れ行動するのは、テロの常識だった。だ
が、それにしたって絶対というわけではない。何故、スティングが今日の夜に
ことを起こさないのかというと、今日の夜を参考に、ホテルの警備人数、配置
などを確かめておきたかったからだ。
「にしても……」
 アウルがやや不安そうに後部座席に目をやる。そこにはステラが座っている
わけだが、彼女は二人の会話に関心を示さず、ただ海を眺めていた。ステラも
また暗殺などテロリズムに秀でた能力の持ち主で、ナイフを使わせれば右に出
るものはいない。彼女と共にプラントに潜入し、最新鋭機を強奪したこともあ
る。だが、ここ最近は戦闘もないせいか、いつもボーッとしている。
「いきなりテロとか、出来るのかな?」
「さあな、でもネオは大丈夫だって言ってたろ」
 ステラの感情をコントロールできるのは、今のところネオ・ロアノークだけ
である。彼は出発前にステラに計画を言い聞かせ、彼女は笑顔で頷いていた。
「まあ、例えステラが使い物にならなくても、俺達は計画を遂行する。それだ
けのことだ」
 スティングはそう断言すると、彼らが一時的な拠点としている場所へと車を
走らせた。

 ライブが終わってから一時間ほど過ぎ、体力を取り戻したミーアは、ロッシ
ェと共に街へ繰り出した。といっても、二人きりではなく、ミーアとロッシェ
の乗る車は三大の護送車に守られ、ミーアはただ車内から外を覗くだけである。
「なんか、つまんない……」
 ミーアでなくとも、不満が漏れる状況だった。そして、ミーアは護衛の責任
者である男、正面に座るロッシェに問いただした。
「ねぇ、少しぐらい外に出ちゃ行けないの?」
「ダメだ。危険がある」
「でも、ちょっとぐらいなら……」
 嫌々とはいえ、来てしまった以上は少しぐらい外にも出たいというもので、
ミーアには十代の少女らしい好奇心もあった。それなのに、現実はこれである。
文句の一つだって言いたくなる。
「そうはいってもな、ミーア。この町がいくらザフトの勢力下だといっても、
どんな危険があるかは分からない。君を守るものとしては」
「だって、車から眺めるだけなんてつまんない」
 それにマスコミの目もある。彼らはラクス・クラインが地球へ行くと言うこ
とで、挙って記事を書き立てたい。だが、肝心のラクスはライブを除けば盤石
の警備によって守られ、近づくことすら出来ない。これでは宣伝にならないで
はないか。
「わかった。少し歩こう」
 ロッシェは溜息を付くと、周囲の車に連絡し、一旦止まるように命じた。事
情を了解した各車から黒服のSPたちが降りてくる。
「……あれ、なに?」
 ミーアが嫌そうな表情を外のSPたちに向ける。
「何って、君を護衛する連中だ」
「護衛はロッシェでしょ?」
「専属は私だが、一人だけでは限界がある。彼らはいざというとき、君の剣と
なり盾となる」
 いざとなれば、この私さえも。ロッシェはそう言おうとしたが、ミーアはま
だ不満があるようだった。彼女に言わせれば、ロッシェは乙女心というものを
分かっていないそうなのだが、ロッシェにとって女性を扱うのと、理解するの
では雲泥の差がある。そしてロッシェは、どちらかといえば前者の方が得意だ
った。
 外に出たミーアとロッシェは、街を歩き、周囲の奇異な視線を受けながら、
短い時間ではあるが色々な場所を見て回った。
「ねぇ、ロッシェ、ホテルに戻る前に行きたい場所があるんだけど?」
「どこですか、お姫様」
 もうとことん付き合ってやろうという気になったのか、ロッシェは苦笑しな
がら答えた。
「海よ」

 絵にも描けない美しさという言葉がある。絵画などの芸術では見劣りしてし
まうような自然なままの美しさを指して言われることが多いが、夕日に染まっ
たディオキアの海というのは、確かに美しく、芸術を超えていた。
「綺麗ね……」
 しみじみと、ミーアは感嘆の言葉を漏らした。ここはディオキアにある高台
の一つ。ミーアはSPたちを後ろに下がらせると、ロッシェと共にここから景色
を眺めていた。
「あたし、海って初めて見たの。プラントにも人口の海があったけど、やっぱ
り本物は全然違うわね」
「そうだな……私も見たのは久しぶりだ」

 海になど来たのは、いつ以来だろうか? 思えばずっと宇宙で生活してきた。
 宇宙で騎士道ごっこに興じて、信じた友に裏切られ、敵と思って奴に救われ、
戦って、戦い抜いて……今では異世界の客人だ。
 母なる海という言葉がある。全ての生命は海から誕生したことを指して言わ
れる言葉だが、この世界の海は、自分にとって母なる存在といえるのだろうか?
「柄にもないことを」
 自分がパトリオチズムを感じていることに違和感を憶えながら、ロッシェは
薄く笑った。何故か、このあかね色を見ていると、自分が異世界の住人なのだ
と言うことを改めて実感させられたのだ。
「ミーア、ホテルに戻ろう。もうすぐ日が落ちる。この美しいあかね色は、残
念ながら星空へと変わる時間だ」
 一時でも二人きりになれたことが嬉しかったのか、ミーアは素直に頷いた。

 一方ミネルバでは、休暇の申請が正式に通り、クルー全員が職務から解放さ
れた。これで休暇中は何処へ行こうと自由である。中には既に近くのリゾート
ホテルを予約している者もおり、皆が皆思い思いの休暇を楽しもうとしている。
 ルナマリアはメイリンを誘って街へ繰り出す予定なのだが、実はまだシンの
ことを気にしている。気分転換に彼を誘って見たいとも思うのだが、今はまだ
そっとしておいたほうが良いだろう。
 レイはデュランダルの到着が遅れていることに嘆いたが、気を取り直して、
いつ来てもいいように基地で待機することにしていた。
 メイリンは前述の通りルナマリアと出掛けるのだが、詳細なプランを立てた
いと妹を捜す姉に隠れて、アスラン・ザラの部屋に入っていた。彼女には、や
っておかねばならない仕事がある。
 そして、そのアスラン・ザラは意外なほどに多忙だった。
「休暇に入ったことで艦内での私的な通信規制が解除されました。だから、プ
ラントとの通信も出来ないことはありません」
 アスランの部屋では、メイリンが彼のパソコンを操作している。アスランは
この休暇がある内に、宇宙にいるイザークたちと連絡を取っておきたかったの
だ。
「また、規制解除は向こうからの通信やメールを受信することが可能になった
ということでもあります。ミネルバの行動予定は、作戦本部や国防委員会に確
認を取れば分かるはずですから、向こうから何か連絡をしてくるって可能性も
……」
 僅かな電子音とともに、アスランのパソコンにオフライン通信が届いた。
「あ、早速来ましたよ」
「さすが、イザーク……開いてくれ」
 アスランに言われ、メイリンが通信文を開くと、そこには簡素な文が一行あ
るだけだった。
<史跡近くから見る夕日は美しい>
 メイリンがそれだけしか書いていない文にきょとんした表情を作るが、アス
ランは笑みを押し殺そうと必死になっており、
「イザークらしくもない。アイツがこんな詩的な文章送ってくるなんて」
 アスランは真顔に戻ると、メイリンにこの近くにある海岸に面した史跡があ
るかどうかを調べさせた。検索して十数秒、メイリンは驚くべきスピードで探
し当てた。
「ここか……」

 明日の夕日が沈む時間帯に、ここへ行く。イザークやディアッカが来るとは
思えなかったが、彼らのことだ、連絡員の一人でも送り込んできているに違い
ない。
「アスランさん、ここに行くんですか?」
 イスに座ったメイリンが、上目遣いに尋ねてくる。
「あぁ、イザークの言う夕日を見に行ってみたい」
 着いてきたい、などといわれたらどうしようかと思っていたが、メイリンは
何かを悩むように口元に指を当て、
「明日の午前中、時間ありますか?」

 予定が決まっていないと言えば、ハイネ・ヴェステンフルスもその一人であ
るが、彼は彼ですることがあった。それも現在進行形のことだ。
「今日も来てるのか……」
 ハイネは数日前からそうしているように、資料室にてアスランの監視を行っ
ていた。今回は現在作動中の監視カメラから送られてくるリアルタイム映像を
見ている。
「アスランが明日出掛ける? 史跡見物に?」
 史跡といっても、観光名所というわけではない。どちらかといえば、人も寄
りつかないような僻地にある。
「誰かと会うつもりか」
 何者かと密会する、というのなら十分あり得ることだ。だが、一体誰と?
 答えのでない問いを自分自身に投げかけながら、ハイネは資料室を後にした。
急いで用意しなければならないものがあった。

 オデル・バーネットは、決して予定がないということはない。彼は何故か地
球に来ているロッシェと会う必要性があった。だが、ロッシェはどうも職務で
地球に来ているようで、容易に会える状態ではないことが分かった。彼がミネ
ルバにいるように、ロッシェにも立ち位置があるのだろう。
 シン・アスカは、予定がないというよりは決める気がないと行った感じだっ
た。友人であるヨウランとヴィーノから、ラクス・クラインのライブに誘われ
たが、どうもあのノリにはついて行けそうもない。
「海がみたいな……」
 景色としての海を見たのは、恐らくオーブを出て以来ないだろう。折角景観
のいい場所に来たのだから、何処か眺めにいい場所で見てみたい。
 シンは何気なく考えながら、ミネルバにあるバイクの使用申請を行った。
 それぞれの思惑が、ディオキアという街で交錯する中、シンだけはその輪の
なから外れた位置にいた。少なくとも、この時点では。