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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第36話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 13:12:18

 テロ事件から一夜明けたディオキア市内のホテルでは、ザフト軍の憲兵隊による捜査活動が行われていた。
本来なら、地元警察が出張ってくるところなのだが、事件はプラントの要人を狙ったテロであり、
使用された機体がザフト軍機ということが、事態を複雑にしていた。
 モラシムは半ば強引に、ディオキア基地所属の憲兵隊主導で捜査を行わせることを市と警察本部に制約させ、
精力的な活動を開始した。
 たった一夜のテロで、ホテルとその周辺の様子は随分と様変わりしてしまった。
美しい外観を誇っていたホテルの外壁は無惨にも崩れかけており、緑の濃かった中庭は、
モビルスーツの攻撃で小さな荒野と化していた。
その周囲を憲兵が忙しなく動いており、撃墜され、散らばったモビルスーツの残骸などを回収している。
「一般客の身元確認は後回しにしろ! 今は、SPとテロリストの遺体収容を最優先だ」
 ホテル内でも、後始末とも言うべき作業が行われていた。現場を写真や映像等で保存し、
あちこちに転がっている死体を運び出すのである。

 今回のテロで死亡した人数は、100人に満たないが、50人よりは多い。
大半はザフトのSPと、襲撃してきたテロリストばかりだが、ホテルの従業員や一般客にも、少なからず死傷者が出た。
SPに関してだけ言えば、生きている者より死んだ者の方が遥に多いという壊滅的状態で、
憲兵隊は当初、よほどの大人数が襲撃してきたに違いないと思っていた。
 しかし、回収されたテロリストの死体はそれほど多くなく、監視カメラに残されていた映像をチェックしても、
100人いるかいないかと言ったところだった。さらに、その大半はまんまと逃げおおせている。
 要するにザフト側が一方的にやられたわけなのだが、テロリストの方も結局目的は果たせていない。
昨夜このホテルに泊まっていたプラントの要人二人は、そのどちらも怪我一つ無く無事保護され、今はディオキア基地にいる。
なので、ザフトとしては
『多大な犠牲は払ったが、敵の目的を挫き、またテロ対象も無事であった』
と公式記録には残すだろう。嘘は付いていないし、また敢えて悪い部分だけをあげつらう必要もないのである。

「しかし、テロを未然に防げなかったという点を指摘されれば、何も言えなくなるんだけどな」
 ぼやきながら、ハイネ・ヴェステンフルスは現場の一つである中庭を歩いていた。
彼もまた、憲兵に混じって捜査活動を行っている一人である。  
実際彼は、テロリストのモビルスーツと対峙した一人で、これを撃破したわけであり、進んで捜査に協力を申し出た。
といっても、憲兵隊がテキパキと作業を進める中にあって、彼のすることなどほとんどなく、
ただ現場を歩き回っているだけなのだが。

「ハイネ!」
そんな彼の背中に、懐かしい声が掛けられた。
ハイネはニヤリと笑いながら、背後から歩み取ってくる男の方へ振り向いた。
「ロッシェか!」

             第36話「運命の交差路」

「久しぶりだな。お互い、変な場所で会うもんだ」
 ハイネは、久方ぶりに再会したロッシェと握手を交わし、苦笑したように言う。
確かに、テロ現場で再会など滅多なことではないだろう。
「てっきり基地でお姫さんの護衛に専念してるかと思ったが?」
「その彼女から言われてな、部屋にある私物を取りに来たんだ」
 昨夜、テロリストたちの対象となったプラントの要人の一人、ラクス・クラインことミーア・キャンベルは、
現在ディオキア基地でザフト兵によって守られている。
モラシムは基地の中だというのに、彼女を守るために一個中隊も動員していたが、
これはテロを未然に防げなかった失態故の配慮だろう。
 
 ロッシェと共に基地へたどり着いたミーアは、すぐに医務室へと運ばれた。
幸い、外傷などはなかったが、服や肌の汚れは酷く、疲労も限界に達していたので、
シャワーで汚れを落とした後は、用意された部屋でぐっすりと眠っていた。
そして、数時間後、目を覚ましたミーアは、ホテルに残してきた私物を取ってきて欲しいとロッシェに頼んだのだ。
「まあ、人を寄こしても良かったんだがな……彼女が他人には見られたくないと言うから」
「お前も大変だな。色々と」
 逆に言えば、それほどロッシェが信頼されていると言うことなのだが、ハイネはそこには突っ込まない。
 二人は現場を歩きながら、モビルスーツの残骸の回収作業が行われている場所で、足を止めた。
「結局、テロリストの正体は判明したのか?」
 ロッシェがハイネに尋ねる。だが、ハイネは険しい表情で残骸を見つめながら、言いにくそうに答えた。
「俺としては何とも言えないな……あの機体、まあ、見りゃわかるがザフト製なわけだよ」
「ディンのカスタム機らしいな。詳しくは知らないが」
「当然、基地の方でも当初はザフトを離脱した過激思想の持ち主たちによるテロだと考えた訳なんだが……」
「違うのか?」
 ロッシェも、ザフト軍機を見たときはザフトの過激派によるテロだろうと思っていた。しかし、事実は違うらしい。
「ホテル内で発見されたテロリストの遺体を調べた結果、どうもファントムペインの可能性が強いらしくてな。
 身元が確かめられるようなものは一切無かったが、コーディネイターじゃないらしい」
 そうなってくると、事をプラント内での内ゲバだと思われたくないザフトとしては、
ファントムペインのテロリストがザフト軍機を使ってテロを起こしたと主張したくなってくる。
「ザフト製にしろ、地球製にしろ、モビルスーツなんざ金さえ払えばそこら中で手にはいるからな。
 闇商人、ジャンク屋、傭兵、そういった連中が最新鋭機を持ってる世の中だ」
「戦場での拾い物か……横流しか?」
「前々からその手の噂はあったな。今回は、恐らく後者だろうな」
「酷い話だ」
「まったくだ。ザフトってのは酷いところだよ」
 自分もザフトであるくせに、いけしゃあしゃあとハイネは言う。
「で、憲兵隊としてはファントムペインのテロリスト共が、闇商人を殺害して、機体を奪ったということで結論づけたいらしい」
「まあ、それが普通だろうが……何かあるのか?」
 ハイネの険しい表情から、疑念の影を感じ取ったロッシェが、そう尋ねた。
「気に掛かることが色々あってな」
 
 ハイネは、昨夜敵と対峙していたときに疑問に感じたことなど、違和感をロッシェに語って聞かせた。
「なるほど、そういわれれば確かにそうだな。モビルスーツパイロットの身元は分からないのか?」
「それがなぁ……そこなんだよ、そこが問題なんだ」
 げんなりした表情で、ハイネはディンレイヴンの残骸を見た。
釣られてロッシェも見るが、機体は見事なまで破壊され、朽ち果てている。
「あの時さぁ、勢いに乗って思いっきり爆散させちまっただろ? それで、コクピットが思いっきり、な」
 二刀のビームサーベルで×の字に斬り裂いたものだから、コクピットは一溜まりもなかったのだろう。
コクピットが合ったはずの場所は見事に消滅し、遺体など判別しようのないほど損壊していたという。
「ドジったぜ。パイロットの身元さえ割れれば、まだ何とかなったんだが」
 全く同じ日の、同じ時間に、別の組織に属するテロリストが同時襲撃を仕掛けてきたなどという
荒唐無稽な話を信じることが出来る人間が、果たしてどれほどいるだろうか? 
ハイネ自身、実際に敵と対峙したからこそ、こうした疑問を持つことが出来たわけであるし、
その疑問にしたって確証が得られた訳ではない。
テロリストの計画の練り込みが甘かったと言えばそれまでだし、
敵の呼吸が合っていなかっただけと言われれば、反論しようがない。
「しかし、お前には確証を得るだけの何かがある、そうだろう?」
「ん……まあ、な」
 問うロッシェに、ハイネは曖昧な返事をする。
仮にディンレイヴンに乗っていたのがザフト過激派だとすれば、確かにハイネには心当たりがあった。
昨日、アスラン・ザラが会っていた男である。
 過激な発言をベラベラと喋っていたあの男は、議長やラクスに対してのテロ行為を諭すような発言をしていた。
結果としては、アスランが怒声を持ってはね除けたわけだが、あの男がそれを無視したとすればどうだろうか?
 ザフト軍関係者であれば、ディンレイヴンが難なく操縦できたことも説明が出来るし、一応の辻褄は合う。
しかも、アスランがテロリストと関係していたことも明るみに出せ、最近抱えている問題を
一気に解決することが出来ただろう。
 だが、現実はそう甘くはない。ハイネは自らの失敗でテロリストを判別不能なまでに殺してしまい、その道を閉ざしたのだ。

 後日、その失敗がどういう形で現れるか、知りもしないで。

「そういや、議長の話、聞いたか?」
 ハイネは話題を変えたが、議長という単語を聞いたロッシェが、一瞬眉を顰めたのが気に掛かった。
「無事脱出して、今は基地にいる。会ってはいないがな……」
 ディオキア基地へと逃げ延びてきたデュランダルは、ミーアと同じく、これといった外傷もなく、
すぐにテロ対策の陣頭に立って指揮をはじめた。ディオキア基地の面々は、デュランダルとモラシムの間で
指揮系統が二分化されるのではないかと危惧したが、幸いそのようなことはなかった。
デュランダルは、現場の憲兵隊などには一切指示は出さず、その辺りはモラシムの報告を聞くだけに止め、
自身はプラントへの連絡や、マスコミ対策などに追われていた。
そう、折角お忍びできたのに、今回のテロが原因で、デュランダルの存在がマスコミなど世間に露呈してしまったのだ。

「今は情報規制を行っているが、長くは持たないだろうな」
「テロが現在進行中ならともかく、終わった後じゃな。無理ってもんだ」
 そうした中で、デュランダルは一度たりともミーアの元を訪れはしなかった。
職務に精励していたのだといえば聞こえは良いが、会う勇気がなかったのかも知れない。
会いに来たところで、どの面を下げてくるのかと、ロッシェは苛立ち紛れに思ってしまう。
「まあ、議長は世間に向けて会見して、釈明だけしてればいいのさ。
 政治家なんてのは、会見で報告するのが仕事だからな」
 既にデュランダルは、二度の会見を行っており、これが自身とラクス・クラインを狙ったテロであることを協調し、
また、それをザフト軍が撃退したことを声高に宣伝していた。
撃退したこと自体は事実だが、自分もテロ対象だったという辺りが、底の浅い発言だろう。
「テロ攻撃の中を脱出した自分の姿を誇張して、冒険譚にでもしたいのさ。
 『プラント最高評議会議長、テロリストに襲撃されたホテルの中から見事脱出!』
 ……ケッ、B級映画の内容だな、こりゃ」
 実際にデュランダルが襲われたのは事実ではあるのだから、別にデュランダルの発言に問題はないのだが、
その芝居がかった会見と脚色のほどはハイネやロッシェにとって心地よいものではない。
「アスラン・ザラ、だったか? お前と同じ、ミネルバの乗組員が始終議長を守っていたそうだが」
 デュランダルは会見の中で、テロリストから身体を張って自分を守ってくれたアスランのことを絶賛し、
彼の活躍振りを熱っぽく語った。それこそ、ヒーロー映画の一幕のような話、
ロッシェには到底信じられなかったが、ハイネは、
「まあ、アイツならそれぐらいやるだろうな」と言った。
 また、デュランダルは死亡したSPの遺族に対し、遺族年金の支給と、SP自身の特進を約束していた。
これは慣例的な処置であったが、重要なことでもある。
死者に対して涙を流さず、名誉も与えないような人間には、誰も付いてこないのだ。
 この辺りの政治的な処置は、デュランダルが非凡な政治家であるという事実を示していた。
何せ、アスランが居なければ死んでいたかも知れないのだ。
そんな体験をしたばかりなのに、きびきびと行動が出来る辺り、それなりの評価は出来るはずだ。

「ロッシェ、お前、昨日何があった?」
「何、とは?」
「どうも、議長の話をするとあからさまに機嫌が悪くなるな。こいつは、何かあったっていう証拠だ」
「それは……」
 ハイネにならば、話してもいいと思った。
 だが、デュランダルがミーアにした仕打ちを話すということは、即ちミーアの正体をばらすことになってしまう。
ハイネは信用できる男だとは思うが……
「ま、大方、なんちゃってラクス姫の事なんだろうが」
 サラリと言ってのけるハイネに、ロッシェは一瞬虚をつかれた。
「知って、いたのか?」
「確証を得たのは、今だがな」
「なっ!」
 カマを掛けられた。しかし、不思議と不快感はない。
「特務隊にいるとな、そういったくだらない政治のうわさ話も耳に入ってくるのさ。それに、第一……」
 呆れたようにハイネは言う。

「見た目も歌も、変わりすぎだろ。どうして、プラントの連中は気付かないんだ?」

 
 テロ事件で、奇跡的に何の被害も被らなかった面々がいる。
 ミネルバのパイロットたちである。
 彼らは、デュランダルの計らいでホテルへと宿泊したその夜に、テロに巻き込まれたわけだが、
各人が各人、冷静に対処、行動をして事なきを得ている。
 まず、早々に合流を果たしたレイ・ザ・バレルと、ルナマリア・ホークの二人は、
仲間であるシン・アスカと合流するために行動を起こした。
二人は武器を持っていなかったので、レイの提案で非常用の消火器を武器代わりに持って歩いた。
途中、数人のテロリストと出会したが、咄嗟にレイが消化剤を浴びせかけ、
空になった容器で殴りかかるという彼には珍しい格闘戦を披露し、全員を打ち倒した。
テロリストから奪った銃器で武装した二人は、同時に手に入れたホテルの地図を頼りに進んだが、
結局シンとは合流できなかった。彼も独自に行動を起こしており、すれ違ってしまったのである。
やがて、ホテルの中で の戦闘は終わり、二人はディキア基地より駆けつけた武装部隊に保護された。
 
 次にアスラン・ザラであるが、彼は今回のテロに際し、もっとも精力的に行動をした人物の一人とされている。
急場にして、祖国の指導者たるデュランダルを懸命に守り、命がけで避難させた彼はマスコミによってヒーローとして書かれ、
既にいくつかの新聞社やテレビ局が、取材依頼を申し込んでいる。
情報規制が解禁され次第、アスランはしばらくマスコミに追われるだろう。
彼の行動自体は賞賛に値するものであり、絶賛されてもおかしくないはずであったが、
ハイネなど彼を疑っている人間は、何か裏があるのではと考えている。
 
 そして、最後にシン・アスカだが、彼は意外なほどに冷静だった。
彼は憲兵隊から事情聴取を受けた際、自分はホテルを当てもなく動き回っており、時折死体とは遭遇したが、
ただの一度もテロリストとは遭遇しなかったと説明した。
一応、現場からシンの指紋が付いた拳銃と軍用ナイフが押収されはしたが、護身用として死体から拝借し、
事が終わったことを知ったときに捨てたとの証言は信憑性が強かったし、疑う理由は何処にもなかった。
 聴取後、同じく聴取を受けていたルナマリアから、
「テロリストに遭遇しなかったんだって? いいわねぇ、こっちは大変だったのよ?」
などと言われ、シンは何かを言い返そうとして、止めた。
自分があの場所でステラと再会し、一瞬でも死闘を行ったという事実は、誰にも言うつもりはなかった。

 昨夜のことを、シンはまだ鮮明に覚えている。
 月明かりに照らされた少女は、確かにステラだった。
 ステラ・ルーシェ、昨日の昼頃、海がよく見える高台で出会った少女。
 不思議な感性と、雰囲気、そして悲しすぎる瞳をした彼女に、シンは興味を持った。

 自分とは全く違う環境で生まれ育ち、真逆の考えを持っていたステラ。
 誰にも守られたことがないという彼女を、シンは守ると誓った。
 果たせるかも判らない、もう会うかどうかも判らない二人が交わした、小さな約束。
 ほんの、小さな約束のはずだった。
「まさか、ファントムペインだったとはな」
 シンは、絶望を滲ませたような声で呟いた。
さすがにステラがガイアを奪取したモビルスーツのパイロットであることまでは知らなかったが、
彼が精神的落胆を憶えるには、昨夜のことで十分だった。
 自分は敵対する組織に所属する少女に向かって、守ると誓ったのだから。

「俺は、どうすりゃいいんだよ」
 つくづく、自分は大切にしたい、大事にしたいと思う女性とは、縁がないらしい。
心の底から愛していた妹は、自分を残して逝ってしまい、守りたいと誓った少女とは、敵として再会した。
そして、自分を勇気づけ、立ち直らせてくれた、強い瞳を持った彼女は……
 
 考えて、シンは怖気がした。

 彼が触れようとする存在は全て、関わった人はみんな、不幸になるんじゃないかという奇妙な錯覚に、
身体を絡め取られそうな感覚を覚える。
 情けなくて、足が震えてくる。
 例え、ステラがファントムペインだったとしても、自分の決意、ステラを守ると誓ったその約束に、偽りはない。
 だが、揺らぎがないかと聞かれれば、正直動揺はしていた。軽い気持ちで言ったつもりはないし、真剣そのものだった。
けど、彼女が敵だなどと、想像していなかったのも事実だ。
 敵である少女を、自分は守ることが出来るのか?
 シンが軍人で、ステラがファントムペインなら、この先戦場で見えることがあるかも知れない。
その時、シンは、味方の銃火に狙われるである彼女を、守ることが出来るのか?
 もっと極端に言えば、例えば、そう、ルナマリア辺りがステラと戦っていたとして、ルナが殺されそうになったとき、
 
 シンはステラを撃てるのか?
 守ると、その口でハッキリ誓った少女を。

「でも、だからって」
 ステラに銃を向けられなかったとして、その場合はルナを見捨てると言うことになる。
だが、当然シンにはそんなことは出来ない。ステラは大切にしたいと、守りたいと願う少女であるが、
ルナマリアもまた、シンにとってかけがえ のない友人であり、大事な存在だ。選べるわけがない。
 そもそもこれは、対象が誰であっても同じ事だ。レイでも、ハイネでも、オデルでも、
それこそシンが知りもしないような人物であっても、ザフトがファントムペインと敵対し、
現在戦争を行っている事実は確かなのであり、ザフト兵が敵であるステラを殺そうとするのは当然なのだ。
それを妨げる方がどうかしている。
「ステラ……」
 本当に、どうにも出来ないのだろうか? 何か、何か考えなくてはいけない。
 ここで、挫けるわけには、いかないのだ。

 シンとは違う意味で、レイもまた、憂鬱気味だった。
彼は昨夜のテロ事件で、テロリストを打ち倒したという功績は上げているものの、
遂にデュランダル議長の下へ辿り着けぬまま、事件は終わってしまった。
デュランダル自身は、アスランが身体を張って守ったということもあって無事に保護され、その辺りは安心なのだが、
レイは出来ることなら自分がデュランダルを守りたかったという思いがあった。
無事だったのだから、それでいいじゃないかという意見もあるだろう。
まったくもってその通りなのだが、レイにとってギルバート・デュランダルという男は特別で、
レイは彼のために何かをしてあげたいと常に思っていた。

 元々、レイとデュランダルは、レイの保護者が彼と交友関係にあったことで知り合った。
 デュランダルは、保護者の男にも、そしてレイに対しても親切で、男が戦場で帰らぬ人となり、
天涯孤独になったレイを気にかけ、後見人になってくれたほどだ。
 単純な恩義ではない。レイは自分自身という限られた存在の使い道を、
出来ることならばデュランダルのために使いたいと思っているのだ。
 だからこそ、テロに際してデュランダルの役に立てなかった自分が歯がゆく、
彼のために命がけで戦ったというアスランを羨んでしまう。
筋違いなのは判っているが、そんな思いもあって、未だにデュランダルと、そしてアスランにも顔を合わせづらいレイだった。

「レイじゃないか」
 だが、偶然会うことまでは回避できない。悶々とした気分でミネルバを歩き回っていたレイは
、ばったりアスランと遭遇してしまった。
「アスランさん……基地に行ってらしたのですか?」
「あぁ、憲兵隊の聴取を受けてた。お互い、昨夜は災難だったな」
 この時点で、アスランはまさかヨップがあのような凶行に及んだ犯人であることに気付いてはいない。
気に掛かりはしていたが、まさかとは思っていたし、疲れも溜まっていたこともあって、今はその思考をストップさせていた。
「いえ、私など、大したことはしていません。アスランさんにはギル、じゃない、
 議長を助けていただいて、本当にありがとうございました」
「当然のことをしたまでだよ。議長は今のプラントに必要な人だ。何が何でも守らなきゃいけない」
 
 そう、今のプラントには必要な人材だ。
 だが、これからのプラントには、必要だろうか?

 アスランはそのどす黒い考えを心の奥にしまい込むと、レイに向かって形だけの愛想笑いをする。
「レイ、一度暇を見つけて、議長に会ってこい。きっと喜ぶぞ」
「でも、俺は」
「無事な姿を見せて、安心しさせてやれ」
 そういって、アスランは歩き去った。
いつになく爽やかなアスランにレイは疑問を憶えたが、実はこれには訳がある。
 アスランは、昨夜議長に恩を売るために、身体を張って彼を守った。
この行動は予想以上の成果を上げ、議長は感謝し、現在アスランには取材申し込みが殺到している。
アスランとしては、顔を売るいい機会なのだ。
 もっとも、そのような裏の事情、レイは知る由もなかったが。

「ロッシェ、お前、これからどうするんだ? いや、お前というよりは、彼女の方だが」
 ミーアの私物を取りに、最上階のスイートルームへと向かったロッシェ。
何となく着いてきたハイネだったが、エレベーターもエスカレーターも使えない状況で、
最上階まで上るというのは意外に疲れた。
 少し休んでから戻ろうというロッシェの誘いに乗って、今はスイートルームで二人、お茶をしている。
「本来なら、今日の朝にはジブラルタル基地とやらに向けて出発してるはずだったんだがな。
 どうやら、全ての予定をキャンセルして帰国となりそうだ」
「まあ、テロの対象になったんだからな。無理もないか」
「おや、一応、議長も対象の候補だろう?」
「ハッ、議長が狙いなら、それこそこのホテルを爆弾で吹っ飛ばしちまえばよかったのさ」
「議長は殺害テロの対象、というわけか」
「当然だろ。アイドルの彼女なら人質としての価値は高いし誘拐するのが当然だが、議長の場合は別だ。
 殺してこそプラントの国家体制を狂わせることが出来るんだからな」
 ハイネはせせら笑うと、いい香りを立てている紅茶を口にした。
「にしても、ラクス・クラインにそんな秘密があったとはな。予想していなかった訳じゃないが」
「この事実を知っている者は、プラントでも限られている。私と、お前、
 そしてラクス・クラインの婚約者であるアスラン・ザラという男と、
 婚約者候補だったというイザーク・ジュール、それに議長だ」
「アスランか。そういや、アイツ、ラクスとの事を聞かれると、口を濁してたな……」
 頷きながら、ハイネはあることを思いだした。アスランといえば、現在ハイネの中では
メイリン・ホークと関係を持っていることになっている。
恋愛関係かどうかは不明だが、昨日デートのようなことをしていたし、あながち的はずれというわけではないはずだ。
「アイツ、婚約者がいるのに年下の女に手を出したのか。最低だな」
「何の話だ?」
「いや、こっちの話だ」
 
 本物のラクスは、今どこでどうしているのか? というハイネの疑問に、ロッシェは答えられなかった。
 単純に、知らなかったのである。
以前、ミーアからどこぞの国で隠棲しているようなことを聞いた記憶があるものの、
まったく興味がなかったので忘れてしまった。
「過去の人間など、消えればそれでお終いだ。消えるべき時に消えなかった奴は、見苦しいだけさ」
 ロッシェの言葉は、誰に向けていったものでもなかったが、ハイネは共感したように頷いた。
「まったくもってその通りだな。だが、プラントはラクス・クラインという虚像に今も縋り付いている。
 あぁ、その意味ではアスランもそうか」
「ほぅ?」
「ザフトの英雄アスラン・ザラ、アイツにしたって議長の人気取りの手駒さ……いや、手駒だったというべきか」
 そのアスランが、今では議長を利用して自分の知名度を上げようとしている。
「どうやらお前、アスランとかいう男に思うところあるようだな?」
 目ざとくロッシェが指摘するが、ハイネは疲れたように首を振った。
「さあな。元々、好きじゃないタイプってのもあるが、アイツはちょっとな」

 ロッシェに全てを話すべきだろうか?
 ハイネは、彼に珍しく迷っていた。ロッシェはハイネに対し、ラクス・クラインに関しての真実を打ち明けてくれた。
それは、ロッシェがハイネを信用し、信頼してくれた証である。ハイネも同じだ。
ロッシェとは知り合って間もなく、考えてみれば会うのもこれで二度目なのだが、強い信頼感を寄せている。
 だが、今ハイネが抱えている問題は、おいそれと人に話していいものではない。
アスランが何を企んでいるにせよ、確証のない段階であるし、それにロッシェを巻き込むというのも気が引ける。
「ロッシェ、お前の方こそ、議長とは今後どんな風に付き合ってくんだ? これまで通りってわけにはいかないだろ」
「あちらにはあちらの言い分があるだろうが、それを信じる気にはなれんな」
「どうして?」
 尋ねるハイネに、ロッシェはわざとらしいほど意外そうな顔をして、
「どうしてって……胡散臭い男と、美しい女性、
 言い分が真逆なら女性の方を信じるのは男として当然だろう?」
「…………そりゃそうだな。俺が悪かった」
 二人は声を出して、笑った。

「次会うとしたら、プラントかな?」
 帰り道で、ロッシェはそのようなことを呟いた。だが、ハイネは少しだけ真剣な顔をすると、
「さあ、それはどうかな。軍人なんて、明日の見えない職業やってると、どうなることやら」
「不吉なことをいう」
「今度、でかい会戦があるかも知れないって話は知ってるんだろう? 
 いくら、ザフト優勢といっても、規模が多い戦いは、それに見合った死人の列が出来るもんさ。
 俺だって、そう都合良く生き延びられるかどうか……」
「努力してほしいものだ。お前には、彼女のためにも色々協力して貰いたい」
「美人の手助けほど、胸躍るものはないな。まあ、実をいうと俺の方も、そのうち協力して貰いたいことがある」
 ハイネは制服のポケットに手を突っ込むと、中からマイクロディスクを取りだし、ロッシェに放り投げた。
「これは?」
 手の中に落ちたそれを、ロッシェはしげしげと眺める。彼は、この世界の記録ディスクを見るのが初めてだった。
「まあ、俺にもしものことがあったら、覗いてみてくれ」
「おい、まさか、遺言でも入ってるのか」
「そんなじゃないさ……そう、どちらかといえば、今度会うときまで預かってて欲しい。
 出来れば、誰にも知られずに」
 真剣な表情に、事の重要さを感じ取ったロッシェは、マイクロディスクをしまい込み、ゆっくりと、だが力強く頷いた。
「約束しよう」
 
 
 もし、この時、この瞬間に、ハイネが自身の知りうること全てをロッシェに話していれば、後の歴史は違っていただろう。
 
 ハイネが知らなかったことをロッシェは知っていたし、ロッシェの知りたかったことをハイネは知っていたのだ。

 
 結果としてハイネは、生涯最大の判断ミスを犯したことになった。

 そして、これが彼にとっては、生涯最後の失敗になった。

 
 
 ミネルバの甲板で風に当たっていたシンを、オデルが尋ねた。
「シン、昨日はすまなかったな」
 オデルは結局、ジェミナスの整備が間に合わず、出撃することが出来なかったのだ。
ロッシェが間に合ったからいいようなものの、もし遅れていたら、どうなっていたことか。
「いや、仕方ないですよ。あんな事になるなんて、誰にも予想できませんって」
 シンにとっては、テロよりも予想外の出来事があったわけだが、それは口にしない。
 考え込むシンに、オデルは何かを察したようで、
「また、何か悩んでるのか?」
「えぇ、また、です」
 近頃、悩みっぱなしである。悩みのせいで髪の毛でも大量に抜けるんじゃないかとまで思えてきたが、
さすがにそれはなかった。若くて良かったと思う。
「オデルさん」
「なんだ?」
「あくまで、あくまで、仮定、仮の話なんですけど……」
 一から十まで、自分で考え、答えを出す必要はない。
 本当に困ったときは仲間を頼る。その為の仲間だと、シンは思っている。
「もし、自分の大切な人と、戦いたくないのに戦うことになったら、オデルさんはどうしますか?」
 我ながら無茶なことを聞いてると思う。そんな、シチュエーション、稀というより普通じゃあり得ない。
 
 だが、オデルは特に不思議そうな顔もせず、どちらかといえば意外そうな顔をしていた。
 まるで、何か覚えがあるかのように。
「大切な人とか……それは、辛いな」
 思い出すような、苦みを込めた表情だった。
 かつてオデルは、こんな表情をしながら戦ったことがある。
 銀色の仮面に、その素顔を隠しながら。
「私は……私なら戦う」
「えっ、戦うんですか?」
「本当に大切なら、守りたいと思うなら、時には戦うことも必要だ」
 経験談である。
 オデルは、大切な人と、大事な場所を守るために、敢えて敵として、彼らと戦ったことがあるのだから。
「全力でぶつかれば、相手はそれに答えてくれる。この場合、自分よりも、むしろ相手を信じることが大切だ。
 信じる心、それさえ忘れなければ、案外どうにかなるものさ」
「相手を、信じる……」
 噛みしめるように、シンは反唱する。

 ステラがどんな気持ちで戦っているのか、正直なところ、シンには判らないし、想像も出来ない。
 ただ、感じるのだ。ステラは本心から戦いたいなんて、思っていないのではないかと。
 本当は戦うのが嫌で、誰かに守って貰いたいと思っているのに、それが言い出せず、今日まで生きてきたんじゃないかと。
 これは決めつけだ。もしかしたら、ステラは好き好んで戦っているのかも知れないし、
守って欲しいなんて思ってないかも知れない。
 けど…………

「オデルさん、ありがとうございます。なんか、見えてきました」
 それが彼女の生き方なら、それはそれで仕方のないことだ。
他人で、しかも敵である自分に否定する資格はない。
 なら、自分は押し通すまでだ。全力で彼女とぶつかり、それを伝えるだけだ。
 シンは空を見上げる。ディオキアの空は青く、美しかった。
今、どこかでステラも、この青空を見ているかも知れない。
もし叶うのなら、次にあったときは、二人とも笑顔で、青空を見つめてみたいと、そう願った。

それからしばらくして、ラクス・クラインことミーア・キャンベルが早々に帰国することとなった。
デュランダルの方は今少しの間現地に留まることになっていたが、ミーアとしては一緒に帰るなんて、
それこそ願い下げだった。
 そして、そんなミーアをアスランが見送りに来た。
「アスラン! 来てくれたの?」
 意外と言えば意外だった。確かにアスランとは、同じ場所にいながら会って居なかったが、
ミーアは彼が来るとは思っていなかったのだ。
「えぇ、まあ……」
 アスランとしては、何とも歯切れが悪い。
実は、現在アスランは多方面から賞賛を受ける一方で、一部から批判も受けている。

 何故、アスラン・ザラは婚約者であるラクス・クラインを助けに行かなかったのか、というものである。
 
 それには理由があるわけだが、当然馬鹿正直に話せるわけもなく、アスランとしては周囲の目を気にした結果、
一応、婚約者の立場を果たすためにこうして見送りに出向いたのだ。
「…………」
「…………」
 こんなわけだからして、互いに話が弾むわけもなく、すぐに会話に詰まってしまった。
ミーアは、焦ったように、つい傍らに控えるロッシェの方を見てしまう。
アスランもその視線を追って、改めてロッシェの姿を見る。
 確か一度、プラントで会ったことがあるはずだ。ミーアの友人だとかで、イザークがかなり嫉妬していた気がする。
こうして護衛官を務める辺り、ミーアとは公私ともに親しい間柄なのだろうか? 
二人が会話している最中、一切口を開かないが、その整った顔だちと容姿は、アスランに鮮烈な印象を焼き付け
てくる。
「そ、そうだ、ラクス。地球に降りる前に差し上げた、ハロの方は?」
 喋ってもいないロッシェに、どこか気圧された気がしたアスランは、話題を変えるようにミーアへと話しかけた。
「あぁ、ハロですか? それなら……」
 ミーアは旅行鞄の一つから、ハロを取り出した。
「この通り、元気ですわ」
 むしろ、元気が有り余るぐらいで、始終五月蠅く騒いでいるので、こうしてしまい込んでることも多い。
アスランには悪いと思ったが、公の場にまでハロを連れて行くわけにも行かないのである。
「そいつは良かった」
 ミーアとアスランは、それから、2,3言葉を交わし、互いに礼儀を持って接したが、
ロッシェから見ると如何にもわざとらしい風景だった。
 
 やがて、ミーアが乗るシャトルの発進準備が整ったことで、二人は別れた。
「じゃあ、俺はミネルバの方に戻るから」
 特に名残惜しそうでもなく、また、婚約者同士で抱き合うこともなくアスランは帰って行った。
ミーアもまた、その後ろ姿に軽く手を振るだけである。
「あれが、アスラン・ザラという奴か……」
「プラントで一度会ったじゃない」
「そうだったか?」
 ミーアが言うのだから、恐らくその通りなのだろうが、ロッシェの記憶にはなかった。
印象が薄かったのか、それとも……
「アイツは、どのような男なんだ?」
 ハイネが彼を気に掛けていたことを思い出し、ロッシェはミーアに尋ねた。
「どんなって、ザフトの英雄で、ラクス・クラインの婚約者で……まあ、簡単にいえばエリートかな」
父親は前大戦で亡くなった、元最高評議会議長パトリック・ザラで、アスランは官僚の家の子として生まれた。
ザラ家はプラントの名家であり、元々知名度が高い。やがて、ザフト軍に入隊したアスランは戦果を重ね、
前大戦を終結させる切欠を作ったことで、今日日ザフトの英雄と言われているのである。
「戦後は、まあ、裏切り者ってこともあって中立国に亡命してたらしいんだけどね」
「随分と詳しいな」
「一応、婚約者だから。これぐらいは知っておかないと」
 笑うミーアとは対照的に、ロッシェは思案顔だった。特に、どうということはなかった。
平凡な、という言い方もおかしいが、見た目はただの若い軍人であり、エリートであることを鼻に掛けた雰囲気もない。
それと同様、強烈な個性も感じられなかった。
かつて、彼がアディン・バーネットや、トレーズ・クシュリナーダに感じた驚きのようなものが、アスランから伝わってこない。

 だが、それが間違いであったことを、ロッシェは後に知るのである。

 そして、それはもう少し、先の話だった。