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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第53話

Last-modified: 2008-02-08 (金) 21:31:10

 オーブ首長国連合がファントムペインに敗北し、降伏したという事実は世界
の衝撃を与えた。大西洋連邦、ユーラシア連邦に次ぐ大国が一軍事組織でしか
ないファントムペインに対し、完全に膝を屈したのだ。
 ここで問題となったのは、ファントムペインが独立した軍事組織であって、
国家ではないことだ。つまり、戦勝国が敗戦国を属国、もしくは植民地として
併呑するのとは違い、単純に武力抗争の上での勝利以外の何物でもなかった。
無論、ジブリールがその気になればオーブという国を形式上から滅亡させ、フ
ァントムペインの拠点の一つとして支配も可能だったのだが、彼はそれを避け
た。
「オーブなど、太平洋の小島に過ぎん。私の玉座としては、相応しくない」
 彼は新たに作る世界統一国家の中心地としての候補に、オーブを考えていな
かった。
「だが、オーブから軍事力以外の力も奪っておくに越したことはないな」
 オーブを放置しておけば、何年後かには今と同じ、それ以上の力を蓄える恐
れがある。そして、ファントムペインに対して牙を剥かれるようなことになっ
ては目も当てられない。ジブリールは、降伏を表明したカガリに対し、予め用
意していた条約文書を提示した。そこには、莫大な補償金の年間請求を始め、
海上戦艦、海上空母及び宇宙戦艦の破棄、モビルスーツ数の縮小などが盛り込
まれており、オーブに今後強い軍事力を持たせないという意図が明白であった。
 カガリはその条約文に悩んだが、一度降伏した以上、相手の言うことに従わ
ざるを得ない。カガリは、ヘブンズベースというファントムペインの本拠地で
証明と調印を行い、本国にそれを伝えた後、オーブ代表の座を辞任することを
宣言した。敗戦の責任を取る、というわけである。
「地位に固執しないのか……なんと潔い」
 ジブリールは、どこか感心したように頷いていた。これでカガリの役目は終
わったわけだが、ジブリールはカガリをこのままオーブに返すのを惜しく思い
始めていた。というのも、オーブを倒したことで世界規模でファントムペイン
に抵抗する意思を見せるものは費えたのだが、ジブリールの評判はいっそう落
ち込んでしまったのだ。特にカガリをヘブンズベース呼びつけた上で会戦を開
いたことで、だまし討ちも同然だという批判があった。
「小うるさい声を逸らすためにも、玉座には人形を置く必要があるか……?」
 だが、傀儡を置くにしても全くの無名無能では傀儡だと言うことがすぐに察
せられてしまう。故に、意外性があり、知名度もそれなりにある人間がこの際
は仮の玉座には相応しい。
「カガリ・ユラ・アスハか……」
 女性で、しかも敗戦国の代表であるが、世論は今彼女に同情的だ。年若い悲
劇の姫……大衆が喜びそうではないか。
「どうせ、主導権を握るのは私なのだ。ならば、いっそのことあの小娘にやら
せてみるのもいいか」
 ジブリールは、一つの考えをまとめていた。

           第53話「守られた命」

 敗北し、降伏したオーブであるが、本土が戦火に巻き込まれることはなかっ
た。ジブリールは派遣した艦隊に撤退を命じ、占領政策などは行わなかった。
前述の通り、国家でないファントムペインではそのような行為が出来ないのだ。
だからこそジブリールは統一された秩序を持つ世界統一国家の樹立を急ぎ、樹
立後にオーブを完全併呑しようとしているのだ。
 旗艦タケミカヅチを失ったオーブ海軍で、出撃して無事に帰還できた艦艇は
八十隻に満たなかったという。艦艇の中には撃沈寸前という物も含まれており、
戦死者数と戦傷者数は果てしない数に上った。司令官トダカ一佐を始め、多く
の指揮官が軒並み戦死してしまい、前大戦を超えた人的資源をオーブ軍は失っ
てしまった。
 国防長官であるユウナ・ロマ・セイランは、暫定的にではあるが代表代理の
地位について政務と軍務の両方を仕切らねばならなかった。市民への避難命令
の解除を始め、することは山ほどある。だが、それよりも先にユウナにはして
おかなければならないことがあった。
「一時間、いや、四十分で戻る」
 そういってユウナは行政府から車に乗って私邸へと向かった。この急場に私
邸へ行くことなど論外であったのだが、ユウナは息子として、責任を果たさな
ければならなかった。
 私邸に戻ったユウナは、執事に母親の所在を尋ねた。初老の執事は、奥様は
庭のサンルームにいると教えてくれた。ユウナは、緊張した面持ちで母親の元
へ向かった。これから伝えることを想像しては、呼吸が荒くなっていく。
 ユウナは父親の戦死の報を、伝えに来たのだ。誰かに頼むことも出来た。む
しろ、自分で言うことがどんなに心苦しいか。だが、今ここで自分が伝えるこ
とを放棄し、他者に頼めば、いつの日かそれをきっと後悔することになる。こ
れは、家族である自分が言わなければいけないことなのだ。

 ユウナ・ロマ・セイランの母親にして、ウナト・エマ・セイランの妻であっ
たセイラン夫人は、サンルームにて一人お茶を飲んでいた。その顔は、普段と
違いどこか沈んでいる。
 ふと、夫人は庭先にある茂みの方を訝しげに見た。
「母上、ここにおいででしたか」
 その時、夫人の背後からユウナが声をかけてきた。
「あら、ユウナさん……お帰りになられていたのですか?」
「え、えぇ、またすぐに行政府に戻らねばならないのですが……母上、茂みを
見つめておられましたが、何かありましたか?」
 ユウナは、普段快活で元気な女性であったはずの母の姿にどこか違和感を憶
え、咄嗟に話を逸らしてしまった。
「子猫ですよ。どこから迷い込んだのでしょうね」
 微笑ましそうに言う母親の姿に、ユウナは耐えきれなくなった。これから言
うことが酷であることはわかっている、だが、今言わなくては……
「母上」
 言え、言うんだ。自分が言わなきゃ、一体誰が伝えるというんだ。ユウナが
意を決して口を開こうと努力を続けていた、まさにその時。
「……あの人が、死んだのね?」
「えっ!?」
「ウナトが戦死した、そうなんでしょう?」
 ゆっくりと、だが強い瞳で息子の顔を見上げる夫人。

「嫌な予感がしてたわ。執事や侍女たちがそわそわしてたし、あなたが急に帰
ってくるんだもの」
 ユウナは、目を反らしたかった。しかし、それは許されなかった。
「はい、父上はオーブ軍最高司令官代理として戦場に赴き、戦死しました。ご
自身が乗艦された艦で、艦長のトダカ一佐とともに敵の拠点攻略兵器に特攻を
敢行し……ご立派な最期でした」
 震える体を奮い立たせ、ユウナは事実を告げた。母親の泣き叫ぶ姿を想像し
て、ユウナは今すぐこの場を立ち去りたかったが、夫人は取り乱したりはしな
かった。
「そう、あの人がね……」
 空を、夫人は見上げた。遠い目をして、青空を見上げる。美しいこの空の下
で、昨日まで戦闘が行われていたなどと、誰が信じるのか。
「ユウナさん、あなた、時間は良いんですか? そろそろ、行政府にお戻りに
なった方が」
「母上……!」
「少し、一人にさせてちょうだい」
 従わざるを得ない言葉だった。夫人の言うとおり、行政府に戻らねばいけな
かったのもそうだが、ユウナはどこか逃げ出すように私邸を後にした。行政府
に戻る車内で、彼は少しだけ泣いたという。
 サンルームに残った夫人は、空を見上げるのを止めて、再び庭先の茂みに目
をやった。
「出てらっしゃい。ここにはもう私しか居ないわ」
 茂みに向かって、正確には茂みの中にいる人物に向かって夫人は声をかけた。
すると、少し間を置いてだがガサゴソと茂みが動き、葉に塗れた少年がその姿
を現した。
「あらあら、随分と大きい子猫だったわね……こちらにいらっしゃい」
 少年は服に付いた葉を払いながら、夫人の元に歩み寄る。その表情は、重く
暗いものだった。
「その制服、ザフトの方ね。お名前を伺ってもいいかしら?」
 少年は躊躇したが、隠すべきではないと判断したのか、素直に自分の名を告
げた。
「シン・アスカといいます」

 シンが、真っ直ぐカーペンタリアに戻らず、オーブへと立ち寄ったのにはい
くつかの事情がある。まず、戦場から離脱する際、ファントムペインは彼を逃
がすまいとカーペンタリア方面の退路を塞いだ。停戦命令があったため、オー
ブとの戦闘を続けることは出来なかった彼らだが、ザフトであれば話は別だ。
ジブリールからの撃墜命令も出ていたし、彼らは全力を持ってシンを倒そうと
した。
 そこでシンは、敢えて突破の難しいカーペンタリア方面への離脱を避け、全
く別の方向へ逃亡した。激しい追撃を振り切り、途中コアスプレンダー以外の
機体を破棄して、あたかも撃墜されたかのように装いもした。これが功を奏し
たのか、シンは無事にオーブへと潜入することが出来たのだ。
 シンは、自分が救えなかった人物、ウナト・エマ・セイランの親族に興味を
持っていた。そして、自分が無力であったばかりに彼を救うことが出来なかっ
たことを、詫びようと思った。

「俺は、オーブを守るためにザフトを裏切りました。家族との想い出があるこ
の国を守りたい、自分になら出来ると、そう思っていました」
 勧められた席を辞して、シンは非礼を承知で立ったまま夫人に話しかけてい
た。シンには、夫人と対等な目線で話す勇気がなかったのだ。
「でも、出来ませんでした。戦場についても俺は無力で、俺が無力だったばか
りに、宰相閣下を死なせてしまいました……申し訳ありませんでしたっ!」
 シンは涙を流しながら、地面に這い蹲って夫人に謝罪した。全ては自分のせ
いだ。自分がもっと強ければ、ウナトを死なせずに済んだのだ。
 シンのそんな姿を、夫人はもの悲しげに見つめていたが、やがて声をかけた。
「お顔をお上げなさい。私はあなたを非難などしませんし、恨んでなどいませ
んよ」
「けど、俺が、俺が守れなかったからあの人は!」
「違います。それは違いますよ、シン。あなたは勘違いをしています、とても
大きな勘違いを」
「勘違い……?」
 そうです、と夫人は呟き、シンに立ちあがるよう諭した。席も勧めるが、シ
ンは一応の礼儀を保ちながら、やはりそれを断った。夫人はフッと息をつくと、
シンに向かって語り始める。
「あの時、主人が二度と私の元へ帰ってこないということを、私は知っていま
した」
 あの時とは、ウナトが最後に私邸に戻ってきたときで、夫人と最後に過ごし
た時間のことである。
「知っていたのに、私は主人を止めることが出来ませんでした。何故なら、主
人には守りたいものがあったからです」
「守りたい、もの?」
 戸惑うように聞くシンに、夫人は静かに頷いた。
「かつてのオーブの氏族たちが自己の責任と立場を放棄し、自決への道を選ん
だ後、主人はオーブという国を立て直すために奔走していました。自決した方
々を悪く言うつもりはありませんが、人々はそんな主人の姿を見ては、主人の
独裁だとか、若い代表をいいように操っての専横だと蔑みました。ですが主人
は、その陰口を甘んじて受け入れていました。一番大変な時期に閣僚の座につ
いて、重大な責任を課せられ、周囲に疎まれながらも、宰相としてオーブの国
を、そこに住む人々をあの人は守ろうとしていたのです」
 ウナト・エマ・セイランは、彼なりにオーブを愛していた。ウズミ・ナラ・
アスハとは考え方も意見も違い、国民からは批判を受けながらであったが、彼
は確かにこの国を愛し、守ったのだ。
「私は、そんな主人を誇りに思います。他人に何と言われようと、あの人は最
期まで自分の意志を貫いたのです。家族こそ顧みてはくれなかったけど、私は
あの人のそう言うところが好きで、愛していました」
 セイラン夫人は立ちあがり、改めてシンを見つめた。ここから先は、互いに
対等な目線で話す必要があった。
「あなたのような若い人が戦争で傷つかなくてもすむような世界を作ろうと、
ウナトやトダカは死にました。あなたがあの戦いを生き抜き、生きていた。そ
の事実こそ、ウナトが満足してこの世を去った証なのです」

「俺が、生きていることが……?」
「私は、そんな夫を持てたことを、そして彼の死を悔やみ、心の底から涙を流
してくれたあなたに出会えたことを、光栄に思います」
 深々と、セイラン夫人は頭を下げた。シンはその姿に驚き、顔を上げてくだ
さいと声をかけようとする。しかし、その時、サンルームに向かって近づく足
音が聞こえてきた。
「お行きなさい。あなたには、まだやるべきことがあるのでしょう?」
「……はい。ありがとう、ございました」
 シンは一礼し、夫人に背を向け駆けだした。その背に、夫人は最後に声をか
けた。
「シン・アスカ、軍人の方にこんなことをいっても無駄になるかも知れません
が、命を大事にしてください」
 シンは、そんな夫人の言葉に一瞬だけ振り返った。
「必ず!」

 所変わってプラントでは、オーブ敗戦についてデュランダル最高評議会議長
が会見を行おうとしていた。他国のことであるが、発端がデュランダルの失言
とされている以上、彼は会見を行う義務があったのだ。それに、オーブも敗れ
た今、いよいよ地球が再統一され、地球対プラントの構図が生まれるだろう。
「ザフト地上軍を撤退させ、宇宙軍の兵力を増加させたほうが良いか……」
 デュランダルは今後の戦略構想を練るのに、持てる知識のフル稼動させねば
ならなかった。元々学者であるため、考えることは嫌いではないのだが、軍事
的問題となれば話は別だ。彼もまた、オーブのユウナと同じく政務と軍務に全
力を注がねばならない立場であった。
「まさか、こんなにも支持率が落ちるとは、困ったものだ」
 失言以降低下気味だったデュランダルの支持率は、オーブの敗戦が決定打と
なってか低下のピークを迎えていた。このままでは、彼の政治生命に関わって
くる。
 そこでデュランダルは、今回の会見にラクス・クラインことミーア・キャン
ベルを同席させることを決めてた。以前打診したときは断られたのだが、今回
は無理矢理にも同席させ、イメージ回復を行う必要性があった。ミーアは当初
拒んだが、デュランダルは聞き入れず、会見はラクス同席のもと行なわれるこ
とをマスコミに公表した。こうなってはミーアも出席せざるを得ない。
 デュランダルは、仕方なくではあるがミーアが同席することを容認したため、
会見の準備に取りかかった。今度は失言など内容に気をつけなければいけない
と胸に誓いながら。
「皆様も知っての通り、昨日に地球においてとても痛ましい事件が発生しまし
た。そう、我が国ともかつて友好関係にあった中立国、オーブ首長国連合がフ
ァントムペインの侵略にあったのです」
 会見において、デュランダルはオーブがどれだけ素晴らしい国であるかを説
き、侵攻したファントムペインがどれほど卑劣で卑怯な存在であるかを訴えた。
あくまで自分の失言には触れず、ファントムペインを一方的な悪として断罪し
た。ファントムペインに非があることは決して間違ってはいないが、自己の責
任が皆無であるという点はいただけない。
 デュランダル自身、これが責任回避の会見であることは承知していた。責任
を認めてしまえば、責任を取るために最高評議会議長の座を辞任しなくてはな
らなくなる。それだけは避けなくてはならないのだ。

 そこでデュランダルは、論点をずらすのではなく、先に進めることを思い至
った。
「オーブが敗れ、世界はファントムペインに、ブルーコスモスによって支配さ
れようとしています。そうなれば、いよいよ彼らは再びプラントに魔の手を伸
ばしてくるでしょう!」
 プラントが次の目標であることを断言し、市民の危機感を煽る。既にオーブ
が敗北した後なので、市民の不安はよりいっそう高まるはずだ。
「ですが、ご安心下さい。我らがザフト軍は、最高評議会議長にしてザフト軍
最高司令官である私の直接指揮の下、着実に国防体制を整えております」
 プラント最高評議会議長がザフト軍最高司令官を兼任する役職であると言う
ことは、平和な時代には忘れがちだが、市民が知らないことではない。前大戦
時に最高評議会議長となったパトリック・ザラが最高司令官として前線に出た
ことは有名な話だし、市民からすれば「そう言えばそうだった」という類のも
のである。
「私が主導し、量産を続けていた新型モビルスーツたちも続々と完成し、ザフ
トは大幅な戦力増加を遂げることが出来ました」
 グフやバビといった彼の成果を前面に出し、まるで議長が国防の主導を握り、
彼なくしてはプラントは守れないと言った印象を国民に植え付ける。演説は、
デュランダルの得意分野だ。口先での煽動こそ、彼の持つ最大の武器だった。
「私は敢えてプラント最高評議会議長としてではなく、ザフト軍最高司令官と
して皆さんに約束を致します。プラントは私が命をかけて守る! ファントム
ペインが卑しくもプラントを狙うというのなら、何度でも撃退しようではない
か!」
 熱意ある演説をそこで一区切りさせ、デュランダルはミーアと交代すること
にした。ここでミーアがラクスとして彼の発言を支持し、共にプラントを守る
ために戦いましょうと叫べば、完璧だった。少なくとも戦後までは彼の議長と
しての椅子は揺るぎないものになるだろう。
 デュランダルに諭され、ミーアは式壇の上に立った。彼女がこうして、テレ
ビメディアの前に立つのは久しぶりである。デュランダルが、最近、妙な知恵
を付け始めた彼女に不用意な発言をさせないようにと取った処置であるが、今
回はただ原稿を読ませるだけなので問題ないだろう。
「……始めに、この度の戦端で戦死なさったオーブ軍兵士の皆様に、お悔やみ
申し上げます」
 隣に立っていたデュランダルは、息が止まるかと思った。おかしい、ミーア
の読む原稿は当然彼もチェックしたが、最初から言葉が違うではないか。驚い
たようにデュランダルはミーアを見るが、彼女はデュランダルのことなど見て
はいない。
「私たち、プラントの不用意な発言がこのような事態を招き、オーブという国
が失われました。これは、謝って済む問題ではないと思います」
 これでは今までデュランダルが印象操作したことが全て無駄になってしまう。
そもそもミーアの発言は、本来ならばデュランダルがせねばならないことだ。
元々は彼の失言なのだから、ミーアが謝罪するのは筋違いである。
「ラクス……何を言ってるんだ。ちゃんと原稿を読むんだ」
 小声でデュランダルは注意するが、ミーアは尚も無視する。

「かの国は長年プラントとの友好関係にありました。ですが、私たちはその友
好国の危機に対し、地上のザフト軍を動かさず、黙って傍観を決め込んだので
す」
 まるで自分たちは悪い行いをしたので責めてくださいと言わんばかりである。
しかも、ミーアの言うことは全て事実であり、それがデュランダルにとってど
れほど危険な発言なのか、もはやデュランダルは黙って見ていることが出来な
かった。
「ラクス、君は公の会見の場で私情を喋っている。控えたまえ!」
 あくまでこれはラクス、というよりミーア一個人の意見であることを強調す
るかのようにデュランダルは言い放ち、彼女に用意された原稿を読むように再
度諭した。その時、ミーアが一段と強い瞳でデュランダルを見据えた。
「議長、あなたはどうしてそうなの? あなたにだって、資料は届いてるはず
よ!」
 ミーアが、原稿とは違う紙の束を周囲にばらまいた。マスコミの一人がそれ
を拾い、息を呑んだ。カーペンタリア基地の情報部が入手した、オーブ軍の被
害状況の詳細、そのコピーである。
「これだけの人が戦って、傷ついて、死んでしまって……原因は自分の失言に
あるとわかってくるくせに、どうしてあなたは一言謝ることすら出来ないの?
 何故、死んだ人々のために、一筋の涙も流すことが出来ないの? それとも、
あなたのような政治家にとって戦死者とは数字上のものでしかないのかしら!」
 公の場でここまでデュランダルを批難、いや、侮辱したのはミーアが初めて
であった。少なくとも、デュランダルは彼女に自身を侮辱されたと思い込んだ。
自分がラクスであることを忘れ、ほとんど素の口調でデュランダルを罵倒した
少女に対し、デュランダルは遂に我慢の限界点に達した。
「……偽物の分際で、この私に偉そうな口を叩くな! 君は、誰のおかげでラ
クスをやっていられると思っているんだ!」
 失言には、いくつかの種類がある。まず、取り返しの付く失言と、取り返し
の付かない失言。先のオーブに対する失言は、後者に値する。次に、言った本
人がすぐに失言だと気付くものと、言った後にしばらくして気付くか誰かに指
摘されないと気付かないもの。今回の失言は、前者に値した。
 デュランダルの表情と、ミーアの表情が一変した。デュランダルは、自身が
また失言をしてしまったことに気付いたのだ。そしてミーアも、彼女自身の秘
密をデュランダルがばらすような発言したことを悟った。デュランダルは自身
が持つ、切ってはいけないジョーカーのカードを、会見という公の場に置いて
使ってしまったのだ。

「会見は中止する!」
 騒ぎが起きる中、会見は強引に中断された。これ以上続けるわけにはいかな
い、デュランダルは自身の政治生命がえぐり取られた感覚を覚えた。そして、
放送が中止されたことを確認すると、ミーア・キャンベルを拘禁するように叫
んだ。
「この小娘を取り押さえろ! そして、私の目に見えない場所に閉じこめてお
け。処分は追って下す」
 まるで罪人のような扱いである。事情が良く分かっていない兵士たちは混乱
するが、ミーアは抵抗せずにそれを受け入れた。

「議長、あなたのその傲慢な態度が、いつかあなたの身を滅ぼすわ」
 兵士に連れられて退出する際、ミーアはそのように言い残して去っていった。
マスコミも追い出され、会見場にはデュランダルとその側近のみが残った。
「くそっ! 小娘がっ」
 デュランダルは水を一気に飲み干すと、空になったグラスを床に叩き付けた。
クリスタルガラスは勢いよく割れ、破片が辺りに飛び散った。その姿を困惑気
味に側近たちが見つめている。
「議長、これからどうなさいますか? 市民には、どのように?」
 何かしらの釈明をしなくてはならない。オーブのこと、ミーアのこと、デュ
ランダルは一転して窮地に陥った。
「必要ない。先ほども言ったようにファントムペインの侵攻は間近に迫ってい
て、これは嘘ではなく事実だ! そして、私はザフト軍最高司令官として国を
守るため戦わなくてはならない、そうではないか!?」
 同意を求めるようにデュランダルは叫ぶが、側近たちは無言で黙っていた。
言葉のない彼らを見て、沈黙の肯定と思ったかは知らないが、デュランダルは
言葉を続けた。
「全てあの小娘のせいだ。私がしてやった恩も忘れ、楯突くとは。もうあんな
小娘いるものか!」
 側近の一人が恐る恐る、始末するのかと尋ねた。だが、デュランダルは首を
横に振った。
「いや、今殺しては私が疑われてしまう……そうだ、月だ、月のコルペニクス
にあの小娘を送ってしまおう」
「コルペニクスというと、中立都市のですか?」
「あそこなら治安も悪くないし、別に構わんだろう。すぐに手続きを取らせろ。
ついでに、ロッシェ・ナトゥーノを始めとした異世界の連中もだ。奴らがいら
ん知恵を植え付けたに違いない。でなければ、あの馬鹿娘があのような発言を
するわけがないからな」
 それは違った。影響を受けたのは確かかも知れないが、ミーアは自分の意見
を、自分の言葉で喋ったのだ。誰かの借り物ではなく、ハッキリとした自分の
想いを。
 デュランダルには理解できないことだった。結局、彼は最期の時まで、自分
の間違いを理解できなかったのである。

 場所を戻してオーブから、一機の小型戦闘機が発進していた。もちろん、シ
ン・アスカの乗るコアスプレンダーである。本当は、もう一人だけ会いたい人
と、行きたい場所があったのだが、贅沢もいっていられない。それに早く帰ら
ねば、レイに約束を破ったとも思われかねない。
「さよなら、オーブ……」
 空の下に広がるオーブの島々を見ながら、シンは一人呟いた。

――命を、大事にしてください

 セイラン夫人の最後の言葉が、今もシンの胸の中で響いている。
 この言葉を言われたとき、シンは自分が今までしてきた行為がなんであった
のかを、初めて知った。

「俺は、誰かを守りたいと思うばっかりで、自分の命を軽視していた……?」
 レイやルナマリア、そしてオデル・バーネットが危惧していたシンの危険性。
シンは誰かを守りたいという意思が強い余り、自分の身を平気で犠牲にしてし
まう。
 ウナト・エマ・セイランがその命を持って伝え、セイラン夫人がシンに託し
た想い。
「俺、本当に馬鹿だ。大馬鹿野郎だ……」
 こんな簡単なことに気付くまで、どれだけの時間が掛かったのか。レイやオ
デルさんは知っていたのだろう、でも、面と向かってそれを指摘してくれなか
った理由も、今なら判る。自分で気付かなければ、意味がない問題なのだ。シ
ンは自分で気付くことが出来たからこそ、理解し納得することが出来た。
「ありがとうございました……ウナト・エマ・セイラン宰相閣下」
 面識すらない、通信で会話を交わしただけの人物。だが、シンにはとても偉
大な存在に思えた。シンは眼下に広がるオーブの海に向かって、コクピットの
中ではあるが敬礼した。国を、そして市民を守るために戦った勇敢なる兵士た
ちに向けて、シンは敬礼したのだった。

 ヘブンズベースにて軟禁状態であるカガリの元に、ジブリールが尋ねてきた
のはプラントにてデュランダルが再び失言を行った頃であった。
「私に、まだ何か用か?」
 疲れ切ったようにカガリは尋ねた。無理もない、僅か数日の間に彼女が代表
を務める母国が滅亡してしまったのだ。形式上残っているとはいえ、形式上な
くなるのも時間の問題であろう。
「代表、いえ、もう代表とお呼びしてはいけないのでしたね。実は、オーブの
姫であるあなたに一つお願いがありまして」
「お願い? なんだそれは」
 カガリは、訝しげにジブリールを見た。実のところ、今のカガリにはジブリ
ールを殺したいとか、殴り飛ばしたいなどといった怒りが沸いてこない。結局
の所、オーブがファントムペインに負けたのは、自分が政治指導者としてロー
ド・ジブリールより未熟だったからだと、カガリは考えるようになってきたの
だ。決断力、行動力、そして陰謀……どれを取っても及び付かない。
「私は明日にも、世界に向けて新たなる秩序、世界統一国家の樹立を宣言しま
す。そしてあなたに、その代表として就任して貰いたい」
 一瞬、カガリは呆気にとられたようにジブリールを見た。
「正気か? 私は敗戦国の代表だぞ」
「あなたにはそれだけの価値、失礼、魅力があるのですよ」
 魅力などといわれ、カガリは僅かながら赤面した。女性的な魅力を指してい
るわけではないとわかっているのだが、言われ慣れない言葉を言われると、い
つもこうなのだ。
「……詳しく話を聞こうか」
 即断せずに、カガリは尋ねた。しかし、反応からして満更でもないことは、
誰の目にも明らかだった。
「えぇ、お話ししましょう。時間はタップリありますから」
 こうして、ジブリールは自身の傀儡たる存在、女王を手に入れたのである。

                                つづく