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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第54話

Last-modified: 2008-03-03 (月) 01:42:16

 ブルーコスモス盟主にして、独立軍事組織ファントムペインの最高司令官で
あるロード・ジブリールによって、旧連合に変わる新たなる統一された秩序、
世界統一国家の発足が宣言された。宣言といっても、それはファントムペイン
という武力を背景にした、全世界への脅しに他ならなかった。
 ジブリールは大西洋連邦の首都、ワシントンにて演説を行い、その背にデス
トロイを見せつけながら声高々と叫んでいた。

 

「旧連合が崩壊し、地球は再び国家間の紛争へと突入した。そこをプラントと、
奴らの尖兵につけ込まれた国々や都市がプラントの属国と化し、一時的にでも
地球に存在したという事実、なんと嘆かわしいことか!」

 

 発足式典に出席したのは、大西洋連邦及びユーラシア連邦の大統領や閣僚、
さらにジブリールに比較的好意的、もしくは好意的にならざるを得ない人々で
あったとされる。スカンジナビア王国など、旗色を決めかねていた国々も残っ
ていたが、オーブですら敗北してしまった今となっては、彼らがジブリールに
屈服するのも時間の問題であろう。

 

「我々は常に! 空の上、宇宙にあって地球を抑圧し続けるプラントと、そこ
に住むコーディネイターの驚異に晒されている。彼らは不当にも地球の至る所
に軍事基地を建設しては、我々地球人と戦い続けてきた」

 

 ジブリールの背後にあるスクリーンが、彼の言うところのプラントやザフト
の悪行を次々に映し出す。いずれも事実ではあるのだが、ほとんどは前大戦も
のであり、一応決着が付いたはずのものだった。

 

「いつまで我々はこのような恐怖に怯えて過ごさねばならないのか! プラン
トに数多くいる危険思想の持ち主たちは、一度はプラントその物を地球に落と
すとしたこともあるのだ!」

 

 ユニウス7における一連のテロ事件のことである。あろうことかジブリール
はその際にロアノーク隊がザフトと交戦した事実を利用し、それを防いだのが、
あたかもファントムペインであるような印象操作を行った。プラントに言わせ
れば、彼らファントムペインの乗る機体はザフト製であり、強奪されたもので
ある。それをして自分たちが防いだとは何様のつもりか。

 

「今こそ! 我々は全ての紛争の原因である国家という垣根を取り払い、悪し
きプラントを倒すという崇高な使命に向かって、挙国一致体制を確立しなくて
はならない!」

 

 ジブリールは世界に対し、強力な軍事独裁国家を作ると宣言しているのだ。
彼にはそれだけの力が、武力があった。ファントムペインは既に世界最強の軍
隊であり、それに対するにはザフト宇宙軍ぐらいしか残されていない。つまり
、ジブリールの独裁体制を嫌う人々は、プラントにジブリールを倒して貰う以
外に方法がないのだ。反コーディネイター思想を持つものにとって、これほど
惨めなことはないだろう。

 

「では、この式典を見る全ての市民、および式典参加者に世界統一国家の代表
を紹介しよう」

 

 人々は息を呑んだ。彼らはてっきり、ジブリールが代表の座に着くと思って
いたのだが、そうではなかった。ジブリールに諭され壇上に現れたのは、正装
に身を包み、強い瞳で群衆を見る少女、オーブ首長国連合前代表カガリ・ユラ
・アスハその人だった。

 
 

        第54話「奏でられたレクイエム」

 
 
 
 

「おのれ、ジブリール! 成り上がりの青二才の分際で!」

 

 式典後、大西洋連邦市街のホテルにおいて、一つの会合が開かれていた。軍
需産業複合体ロゴスのメンバーによる緊急会議であった。

 

「まさか、奴がここまで早く世界統一を実現するとはな。迂闊だった……」

 

 経済の代表として出席した彼らは、表面上はジブリールの覇権を祝い、彼を
賞賛した。だが、腹の内では面白いわけがない。こうしてホテルに集まって、
愚痴を言い合っているのだ。

 

「奴め、我々が戦後行うであろう工作を読んで先手を打ったのだ。出なければ
この早さ、そうとしか思えん」

 

 ロゴスのメンバーは、ジブリールが戦争をしている内は好き勝手にやらせて
おくつもりだった。彼らは軍需産業のトップにいる、謂わばこの世で一番金持
ちの利権屋であり、政治家たちを財力で飼い慣らす社会体制の寄生虫でしかな
いからだ。つまり、戦争が行われるだけ彼らの懐が潤うというわけだ。
 とはいえ、あまりジブリールを増長させ、図に乗らせるわけにはいかない。
戦争が終わる直前が、戦後の混乱期を狙ってジブリールを合法的に追放するべ
きであるという意見は、ロゴス内部にも確かに存在した。ジブリールがその野
心と武力によって軍事独裁体制を敷いたとき、利権業者である彼らの命とも言
える利権の塊は、みんな彼に没収されてしまうのだ。

 

「これを予想しておきながらこの様とは……なんと不甲斐ない」

 

 ジブリールはそんなこと百も承知であった。だから彼は先手を打って、自ら
の覇権を確立させた。表向きは、若い新代表の補佐役などと名乗っているが、
カガリが傀儡であり、ジブリールが主導権と実権力を握っていることは疑いよ
うがない。

 

「摂政面をしおって、あれでは手が出せん」

 

 摂政か宰相か、役職名こそ明かされていないが、そんなものはすぐ決まるは
ずだ。ジブリールに都合の良い閣僚人事が発表されるときと同じくして、これ
また彼に都合のいい条件を揃えた役職に就くつもりなのだろう。

 

「だが、逆に言えば今の奴はなんの役職にも就いていない、ただ新代表の隣で
デカイ面をしている男に過ぎないのではないか?」

 

 メンバーの一人が意味ありげに発言し、全員からの注目を集める。

 

「つまりだ、奴が近日中に行われる他の閣僚人事と共に自己の存在を示すつも
りならば、その前に手を打ってしまえばいいのだ。奴の持つ私兵集団ファント
ムペインは今や世界統一国家に属する正式な軍隊だが、これを合法的に分離さ
せることが出来れば……奴は単なるブルーコスモスの盟主でしかなくなる」
「しかし、そんなことが可能なのか?」

 

 彼らロゴスのメンバーも、それぞれが私兵集団を抱えているものの、ファン
トムペインの規模には及び付かない。それ故、彼らはジブリールと正面切って
武力で戦う勇気も実力もなく、彼の派遣を認めざるを得ないのだ。彼らは戦争
をする側ではなく、行わせる側なのだから。

 

「若い新代表を補佐し、支えていくのが何もジブリールでなければならない理
由はないだろう?」

 

 そういうと、発言を行ったメンバーは早速世界統一国家代表であるカガリに
アポイントメントを取った。ジブリールのガードが厳しいとは言っても、一切
の隙がないとは限らない。そう、戦場で勝てないのならば他の舞台で勝てばい
いのだ。武器をビーム砲から陰謀に変えてしまえ。
 陰謀家としてならまだ、ロゴスのメンバーたちはジブリールに負けてもいな
ければ劣ってもいないはずだった。

 
 
 

 時間を少し戻して、オーブからザフト軍カーペンタリア基地に、シン・アス
カが帰投した。出撃時とは異なり、モビルスーツのコアユニット、コアスプレ
ンダーのみで帰還した彼を待っていたのは、歓呼の嵐だった
 基地上層部は、命がけで故郷オーブの救援に向かったシンの行動を賞賛し、
いつの間に現れたかわからないマスメディアは絶賛した。
 シンは目を白黒させながら唖然としてしまった。これは一体どういうことな
のか、自分は軍規を無視し単独で勝手に出撃した罪を問われるはずだ。銃殺刑
すら覚悟していた。それが、どうして自分は人々から賞賛されているんだ?
 分けも分からぬうちに開かれた会見に、シンは基地広報部から渡された原稿
を、実感の沸かぬまま読み上げた。耳に響く拍手の音は一段と大きかったが、
シンを現実に引き戻すには至らなかった。取材も受けた。これも基地の広報官
が付き添い、ほとんど彼が変わりに答えているようなものだった。ミネルバに
も戻れず、シンは寝る間もなくこのようなことを繰り返していた。
 全てを知ったのは、四日後に行われたシンの帰還を祝すという名目のパーテ
ィの席上だった。不眠不休だったシンは直前まで仮眠を取っていたのだが、そ
こでレイと再開することが出来た。彼は、シンの帰還と同時に独房から解放さ
れていたのだ。

 

「お前には言いにくいことだが、お前の行いを褒め称えているのはあくまで表
面上だけだ」
「というと?」
「お前がオーブに行ってる間に、プラントでは色々あってな」

 

 レイから、ギルことギルバート・デュランダル最高評議会議長が会見でまた
失言を行った事実を、シンは初めて知ることになった。

 

「そんなことが……でも、それと俺になんの関係があるんだ?」
「つまりだ、ギル、いや、議長はお前の行いを絶賛して褒め称えることで、周
囲の目を反らしたいんだ」

 

 今やシンはちょっとした英雄扱いである。プラントではこの小さな英雄の誕
生を喜び、誰もがシンに注目している。

 

 《シン・アスカはザフト軍人の鑑である。故郷オーブを守るため一人戦い、無
事帰還を果たした。全軍、全市民は彼を称えよ!》

 

「こんなにも浅ましい、低脳な行いがあるか! 実に馬鹿馬鹿しいことこの上
ない」

 

 意外にも、この措置に一番腹を立てているのはレイだった。彼は保護者であ
るデュランダルを本来ならば庇わねばならない立場であるにもかかわらず、彼
を非難していた。特にレイの感情を刺激したのが、シンの一連の行動があたか
もデュランダルの命令で行われたかのような印象操作であった。自分の失言で
起こってしまった戦闘に心を痛めた議長は、オーブ出身の若い兵士に命じてオ
ーブの救援に向かわせただの、故郷を助けたいと願うシンの願いに応え密かに
出撃命令を下しただの、無責任な噂がプラント中を蔓延しているのだ。
 レイはデュランダルを怒りにまかせも批難していたが、シンにはその余裕す
らなかった。彼は広報部が用意した過密スケジュールをこなし、ついには食べ
物の味すら満足にわからないほど疲労しきってしまった。

 
 

 解放され、ミネルバの自室に帰る頃には意識が朦朧としていた。心持ち、シ
ニカルな気分にもなっていた。周囲はシンの行いを褒めるが、シンにはその実
感がまるで沸かないのだ。
 だが、シンには自室で眠る時間さえなかった。プラントとザフトが小さな英
雄の誕生に浮かれる中、ロードジブリールによる世界統一国家の発足が宣言さ
れたのだから。

 
 

 地球における単一国家誕生の報に一番驚いたのは、やはりプラントであった
だろう。シンを使っての小細工を指示し、自分へ来る批判の矛先を避け続けて
いたデュランダルであったが、さすがにこの知らせには頭を抱えたかに見えた。
だが、意外なことに秘書官から報告を受けたデュランダルはむしろそれを予期
していたように頷くと、すぐに閣僚たちを集めるように指示した。

 

「遅かれ早かれこうなっていたのだ。ジブリールの目的が単一国家の形成であ
ることも、一致団結してプラントに剣を突きつけることも……」

 

 だが、事態の進行はむしろデュランダルにとってはありがたかった。ファン
トムペイン、いや、統一国家軍による攻撃が間近に迫った今、デュランダルに
はそれを阻止するだけの時間が与えられたのだ。

 

「まだ私の首は繋がっている。この上はファントムペインを撃退して、少しで
も名誉を回復せねば……」

 

 この期に及んでどれほどの効果があるのか、デュランダルは溜息を付いた。
 やがて、閣議が開かれたが、ほとんどの評議員は事態の静観を望んだ。触ら
ぬ神に祟りなし、やぶ蛇になることを嫌ったのだ。なんと視野の狭いことか、
デュランダルは首を振った。
 この時代のプラント最高評議会の欠点は、デュランダル議長が政治家として
一番優れている点にあると後世の歴史家から評されている。国防委員長のヘル
マンは野にくだっていた時期があるから論外としても、他の議員はデュランダ
ルと何かしら繋がりがある政治家たちだ。よほど国のことを考え、改革や開明
に情熱を燃やす元首でもない限り、自分より優秀な人間を周囲に配置するだろ
うか? デュランダルの回りには彼より低脳な人間しか居ない。このことがデ
ュランダルが自分を必要以上に評価する、所謂自己過信に繋がっているのだ。

 

「敵は我々に対し、宣戦布告をしているのだ! もはや我々に時間的猶予はな
い。今すぐザフト地上軍を撤退させ、敵の侵攻に備えるべきだ」

 

 デュランダルの意見に、ヘルマンを除いた議員たちは否定的だった。ここで
撤退などさせれば、自分たちの責任問題になるというのだ。

 

「まだ、そんなことを言ってるのか。プラントがこの世から消えれば、我々は
しがみつくべき椅子すら無くなるのだぞ!」

 

 あなたにだけは言われたくない、と議員たちは言わなかった。それはデュラ
ンダルの言葉が真剣その物で、事実だったからだ。

 

「国防委員長、至急ザフト地上軍を宇宙に撤退させる手続きを取ってくれ」
「了解しました」

 

 デュランダルは自己の地位に固執せず、自分の政治生命の全てをプラントの
防衛に注ぐつもりなのか? ヘルマンはこのように解釈したが、もしこの場に
ロッシェ・ナトゥーノあたりがいれば他の見解を示しただろう。議長は単に、
自暴自棄になっているだけで、閣議をリードする自分に酔っているだけだと。

 
 
 

 こうしてザフト地上軍に撤退命令が出された。これを予期していたウィラー
ドは、直ちに準備に入ったが、ザフト軍統合本部が下した決定は少々つらいも
のがあった。

 

 《カーペンタリア基地はその前設備を爆破、放棄する。収容可能なモビルスー
ツは全て撤収とするが、地上でしか使えないモビルスーツ及び戦艦の類はこれ
に含めず自沈させることを徹底するべし。》

 

 つまり、宇宙に持って行けない水中用モビルスーツや戦艦は全て爆破し、敵
の手に渡すなと言っているのだ。これには各艦の艦長や、モビルスーツパイロ
ットなどから批難が巻き起こった。誰だって愛着があるのだろう。

 

「しかし、命令は命令だ。無視も出来ん」

 

 泣く泣く、ではあるもののウィラードは指示を出した。軍港から離れた場所
でモビルスーツを搭載したボズゴロフ級戦艦が次々と爆破された。中には艦と
共に自爆するなどと言い出す艦長もおり、ウィラードはそれを説得するのに必
死だった。
 ミネルバもまた、撤退準備に入っている。大気圏突破用のブースターが艦艇
の側面に取り付けられ、モビルスーツも順次宇宙用に整備がされ始めている。
そんなミネルバで一つの事件が起きたのは、ザフト地上軍にくだった撤退命令
とは別に、議長直々アスランの元に指令書が届けられた時である。

「アスラン・ザラは本日付を持ってザフト軍艦ミネルバの司令官職を解くもの
とし、単独で宇宙に帰還後、宇宙要塞メサイアのザフト軍司令部まで出頭され
たし……」

 

 アスランに議長から直接命令が下るのは決しておかしなことではない。彼が
所属する特務隊フェイスは、議長直属の部隊であり、アスランの上司は議長な
のだ。その彼が、手駒であるアスランに帰還するように言ったのは、来るファ
ントムペインとの決戦に向けてのことを考えたからだろう。
 ミネルバクルーを驚かせたのは、アスランには退艦し司令部に赴く際、随員
を一人付けることが出来るという指令書にある一文であり、オペレーターのメ
イリン・ホークがアスランによって指名されたことだった。

 

「ど、どういうことよ、それ!」

 

 このご指名に驚いたのは、メイリン本人ではなく姉のルナマリア・ホークで
あったろう。別に随員は絶対に付けなければならないというわけではない。む
しろ、文章上一応付け加えられただけに過ぎず、本来ならアスラン一人で行く
のが普通であり、当たり前のことであった。
 ルナマリアは抗議するべくアスランの元に怒鳴り込んだが、アスランはすま
した顔で、

 

「俺は指令書に書いてあるとおりに随員を選んだだけだ。その権利が特務隊員
である俺にはある。何か問題でも?」
「なんでよりにもよってメイリンなんですか!」
「彼女がこの艦で一番優秀で、使える人材だからだ」

 

 アスランは嘘は付かなかった。だが、事実を全て言ったわけでもない。ルナ
マリアは憮然として、しかし形だけは正論だったので反論の仕様もなく引き下
がると、今度はメイリンに本人に抗議をするように諭した。本人が嫌がれば、
アスランも強硬は出来ないだろうと考えたのだ。

 

「でも、命令なんでしょ? 軍人たるもの上官の命令には従わなくちゃ」

 

 そのメイリンが、嫌がるどころか指令に対しなんの不満も持っていないと知
って、ルナマリアは愕然としてしまった。

 

「アンタ、いいの? アスランなんかに付いてって」
「なんかとはなによ!」

 

 アスランを否定され、思わず声を上げてしまったメイリンを、ルナマリアは
訝しげに見る。メイリンは気まずそうに顔を逸らして、

 

「別に、お姉ちゃんには関係ないじゃない。アスランはアタシを選んだ、私が
優秀だって認めてくれたのよ! お姉ちゃんよりも使える人材だってね!」

 

 瞬間、ルナマリアの手がメイリンの頬を打った。

 

「馬鹿、アンタなんてこというのよ!」

 

 ルナマリアはあくまでメイリンのことを心配して言っているのである。それを
メイリンは、拒んでいるのだ。

 

「もう知らない、アンタなんてアスランと一緒にどこへでも行けばいいのよ!」

 

 怒鳴ってルナマリアはメイリンの前から駆けだしてしまった。誰かに相談し
たくても、シンは連日のマスコミ攻勢に疲れ果てて脱力しきっているし、レイ
はその世話で大変そうだった。ルナマリアは、モヤモヤとした気持ちを胸に抱
えながら過ごす羽目になった。

 

「お姉ちゃんの馬鹿……」

 

 姉であるルナマリアは知る由もなかったが、この時のメイリンは明らかに姉
に対抗意識を持っていた。姉妹であるが故に、昔から何度も比較されてきた。
それはアカデミーに入ってからも変わらず、両親も周囲もメイリンが情報技術
の試験でいくら良い点数を取ろうとも、モビルスーツ操縦の実技でルナマリア
がいい成績を取れば、それを評価してしまう。ルナマリアはやることなすこと
全部が派手だった。白兵実技では、大の男を殴り倒すほどの腕っ節の強さを見
せたし、それに引き替えメイリンはそんな姉に守られ、姉の影に隠れる妹とい
う表現がよく似合っていた。
 極めつけは、そんなルナマリアがエースの証であるザフトレッドになったこ
とだ。この時、メイリンとルナマリアには決定的な差が出来た。姉はエースで、
自分はただの一般兵。口にこそ出さなかったが、メイリンの受けた敗北感とシ
ョックは大きなものだった。
 決して、姉が嫌いなわけではない。強く凛々しい姉を、女性として尊敬もし
ている。でも、そんな姉と妹である自分を何かにつけて比較する周囲を、メイ
リンは長年鬱陶しくも思っていたのだ。
 一度だけ、そんな心情を吐露したことがある。相手はレイで、どういう経緯
で彼にそんなことを話したのかは思い出せないのだが、彼がその時言った言葉
はよく覚えている。

 

「お前はお前で、ルナマリアはルナマリアだ。姉妹だからといって、出来、不
出来を比べるのは間違っている。お前はお前の長所を伸ばせばいいだけの話だ」

 

 比較や区別をする大人に対し、レイは異常なまでの嫌悪感を抱いているよう
だった。まるで、自分自身にその経験があるかのように。おかしな話だ、学年
首席だったレイが、一体誰と比較されるというのか。
 レイはこのように言ったが、そのレイは別にメイリンを褒めたりはしなかっ
た。ここで一言褒められれば、メイリンはレイに惚れていたかも知れない。メ
イリンは一度で良いから、姉以外の人物に自分のことを褒めて欲しかったのだ。
 そして、アスラン・ザラという男は、初めてメイリンの望みを叶えてくれた
男性なのだ。

 

「そうよ、お姉ちゃんじゃない。アスランに必要なのは私なのよ」

 

 例えそれが、どういう必要のされ方であっても、メイリンは満足していた。
それほどまでに彼女の心は満たされ、充実していたのだ。

 
 

 一方のルナマリアにだって言い分はある。彼女にとってメイリンは大事な妹
であり、そんな彼女と離ればなれになるなど姉として看過できることではない。
どうしてその気持ちをわかってくれないのか?
 メイリンが姉に抱く劣等感に無自覚なため、ルナマリアは妹の言動と行動が
理解できずに悩むが、偶然会ったヨウランとヴィーノが、少々歪んだ答えを彼
女に伝えてしまった。

 

「だって、メイリンってアスランと付き合ってんだろ?」
「はぁ? なにそれ!」
「いや、噂になってるぜ? アスランの部屋から出てくるメイリンの姿を何度
も見たとか……」

 

 ヨウランやヴィーノは、一連の事件はアスランとメイリンが恋人関係にある
からだと思っているようだった。事実はより複雑なのだが、そんなに離れてい
もいない意見だった。

 

「そう、そういうことね……メイリンの奴!」

 

 苦々しげにルナマリアは呟いた。いい加減妹離れしたら? などという二人
を無視して、一人歩き出す。余計なお世話だと言いたい。

 

「メイリンなんてアスランと一緒にプラントでもどこでも行けばいいっての
よ!」

 

 苛立ち紛れに叫んで、ルナマリアは足早に射撃場へと向かった。こんなイラ
イラする日は、拳銃でもぶっ放してストレス発散をしよう、などといささか過
激なことを考えていたのだ。
 ルナマリアの中から、メイリンを引き留めるという選択肢が消えた。後日、
自分がどれほど後悔することになるか、彼女は知る由もなかった。

 
 

 ザフト運が撤退を進めているという情報は、世界統一国家の仮政府として接
収された大西洋連邦市街にあるホテルに滞在するジブリールの元にも伝えられ
ていた。

 

「ほっておけ、帰りたいなら帰らせればいいのだ。無理に戦端を開いて、この
美しい地球をこれ以上汚すこともあるまい」

 

 ジブリールは日々、統一国家政府の閣僚人事に内定作業に追われていた。プ
ラントのデュランダルとは違い、ジブリールはある程度有能な人間も周囲には
必要だと考えていた。

 

「地球規模の単一国家なのだ。無能者ばかりでは機能運営が出来ないからな」

 

 かといってあまりに有能で優秀すぎれば、ジブリールに反抗する恐れもある
ので、その辺りの線引きは慎重に行わなくてはならない。カガリにもある程度
の行政処理能力はあることだし、細かい雑事は彼女に任せるという手もある。

 

「飼い犬は強く、そして主人に忠実なほうが良い、か」

 

 政務に取り組むジブリールの姿は、秘書官が見る限りでは至って真面目その
ものだった。その姿は、プラントのデュランダル議長に比べばよっぽど政治家
らしかったと、この時期のジブリールを見た人々は語っている。そして、事実
ジブリールは真面目に取り組んでいたのだ。彼は悪党であったが、決していい
加減な男ではなかった。念願叶って作り上げた統一国家を保持していくために、
彼は基盤を作らねばならなかったのだ。
 そして、激務の最中、彼の知らない場所で進行されている陰謀にジブリール
は気づけないでいた。

 
 

 ジブリールは武力に拘りすぎていた。何時だったか、ファントムペインのネ
オ・ロアノーク大佐が、ジブリールは大艦隊を指揮・統率する魔力に取り付か
れていると評したことがある。その通りだった。彼は政務に追われながらも、
頭の中は何時艦隊を率いてプラントを攻撃するかでいっぱいであった。この軍
事的思考の硬直が、本来彼の持ち味だったはずのテロリストとして、陰謀家と
しての持ち味を鈍らせてしまったのではないかと後世では言われている。
 そして、それは、事実であった。

 

 翌日、ジブリールは閣僚人事の発表を行った。人事案の中身を知っているの
は、ジブリールを除けば代表であるカガリと、その役職に就くよう打診を受け
た当人だけである。カガリには一応代表という立場上、教えざるを得なかった
のだ。
 国防長官や、内政長官、司法長官などの役職が発表される中、真っ先に発表
されたジブリールの役職は国務長官兼執政補佐官であった。つまり、ジブリー
ルは代表であるカガリに変わってあらゆる政務を取り仕切り、執行していく立
場にあるというのだ。これは摂政や宰相といった部類の役職と、何ら変わりの
ないことだ。

 

「以上が世界統一国家の閣僚人事でありますが、何かご質問は?」

 

 何故、この面子を選んだのかという質問が、発表された場に招待された一部
マスメディアから飛び交った。

 

「一定水準以上の能力があり、職務遂行に忠実な方々と言うことで、選ばせて
いただきました」

 

 得意そうに呟くジブリールを横目で見ていたカガリが、突如顔に笑みを浮か
べて立ちあがった。

 

「フフ、ハハハッ! なるほど、職務遂行に忠実な連中か」
「代表、公式の場ですぞ? 何をしておられるのです」

 

 突然立ちあがって笑い出したカガリを注意するように、ジブリールは叫んだ。
だが、カガリは笑うのを止めず、座ることもしなかった。

 

「では、そんな職務に忠実な閣僚に、最初の仕事をして貰おうか」
「なんですと!?」

 

 カガリは目で司法長官の顔を見た。司法長官は頷くと、立ちあがってジブリ
ールの前に進み出た。

 

「世界統一国家の国務長官にして、執政補佐官ロード・ジブリール。あなたを
逮捕、拘禁させていただく」
「なっ……!」

 

 司法長官が片手を上げた瞬間、ジブリールは周囲にいた警備兵によって取り
押さえられた。

 

「貴様、これはどういうつもりだ!」

 

 床に組み伏せられながら、ジブリールは叫んだ。カガリが勝ち誇ったように
それを見下ろしていた。

 

「言葉通りだ。ジブリール、お前を逮捕する」
「逮捕だと? 馬鹿な…罪状は、罪状はなんだ!」

 

 司法長官に目配せして、カガリはジブリールの罪状を言うように諭す。司法
長官は懐から一枚の紙片を取り出すと、それを読み上げた。

 
 

「あなたの罪とは、かつてあなたの私兵であったファントムペイン、現在の世
界統一国家軍と名称を変えた組織によって行った数々の破壊活動だ!」
「破壊、活動?」
「そうだ、あなたはファントムペインを動員して、ベルリンを始めとした数々
の都市を襲い、街を破壊し、そこに住む数十万、数百万の市民を大量に虐殺し
た。あなたは人道上の敵なのだ。これでもまだ、自分の罪がおわかりにならな
いか?」

 

 ジブリールは身震いをした。

 

「馬鹿な……こんな馬鹿な話があってたまるか! ベルリンだと? 奴らはザ
フトに、卑しきコーディネイターに加担していた連中なのだぞ。それを殺した
のが罪になるというのか。私は青き清浄なる世界を守るものとして、当然の行
いをしたまでだ」

 

 本気かどうかわからぬ言葉に、カガリは憤怒の表情を浮かべたが、司法長官
が手で制した。

 

「話し合いを続けても埒などあかないでしょう。あなたはご自分の悲願を達成
為された。ならばその喜びを胸に、今度はご自身の罪を精算なさるべきだ」
「貴様……誰が貴様にその地位をくれてやったと思っている! 貴様、恩を仇
で返す気か!?」
「私は職務に忠実でありたかっただけだ。名の売れぬ二流政治家であった私を
拾ってくれたことには感謝するが、あなたは飼い慣らすのが下手だった」
「何……?」
「私は地位よりも物に意義を見出す質でしてね」

 

 軽く笑って、司法長官は視線を泳がせた。ジブリールは警備兵の手を払って
立ちあがり、その視線の先を追った。

 

「お、お前等は!」

 

 そこにはロゴスのメンバーたちが立っていた。一列に並んで、高い位置から
ジブリールを見下ろしている。彼らは皆、勝ち誇った笑みをその表情に浮かべ
ていた。

 

「買収、していたというのか……」

 

 ジブリールは司法長官以外の閣僚、国防長官や内政長官、財政長官などの顔
を見る。彼らはジブリールに対し、顔を背けたり、気まずそうな顔をしたり、
中には人の悪そうな笑みを浮かべるものまでいた。
 ロゴスのメンバーの陰謀工作の結果であった。彼らはカガリから事前に閣僚
人事の内容を聞き、全ての閣僚を買収に掛かったのだ。彼らにはそうするだけ
の潤沢な資金があった。中には当然、資金をいくら積んでもジブリールに忠誠
を誓っている子飼いもいたが、そんな相手は迷わず脅した。どんな人間であっ
ても弱みの一つや二つある。ロゴスはそれを徹底的に調べ上げた。それすらも
気にしないという者には最終手段であるが、人質を取った。さすがにここまで
されると全員従わざるを得なかった。

 

「ジブリール、お前のような男でも戦いばかりしているとは、戦いとは戦場に
おけるビームの撃ち合いであると錯覚するらしいな」

 

 カガリの言葉は、ジブリールの持つ自尊心をズタズタに引き裂いた。反論し
ようもなく、ジブリールはカガリとロゴスが結束して行った陰謀の前に敗れた
のだ。

 

「始めから、私を追い落とすために、代表就任の要請を受けたのか……?」

 

 ジブリールは、唖然としながらカガリを見つめていた。

 

「そうだ。戦場では負けはしたが、ならば他の場所でお前に勝って、その鼻っ
柱をへし折ってやると、そう決めたのだ」

 
 

 不敵な笑みで返すカガリの顔には、若いながらも凄みがあった。ジブリール
は引きつった笑みしか、浮かべることが出来なかった。

 

「強い人だ……まさか、こうも上手くやられるとは」
「私一人の力ではない。こんなにも早くお前を追放できたのは、彼らのおかげ
だよ」
「例え私が居なくなっても、奴らがその後釜に座るだけだ。あなたとて用済み
と思われ、排除されるかも知れない。それでもいいのか?」
「構わない。今は、お前をぶっ潰すことだけを考えているんでな」

 

 後のことなど知ったことか、カガリにはそんな決意があった。

 

「いいだろう……今回は私の敗北だ。牢屋でもどこでも連れて行くがいい。ま
さか裁判無しで、射殺もされないでしょうしな」

 

 カガリは舌打ちをした。悔しいことに、ジブリールは潔かった。さらに言え
ば、彼は最後までカガリの礼儀を持って接した。彼はカガリを最低限尊重した
し、からかうような失礼な言動で挑発することもあったが、それも今では気に
ならない。
 度量が違った。カガリとジブリールには、度量の差があった。

 

「ここは悪党らしい捨て台詞をさせてもらまいしょうか」

 

 警備兵に連れられ退出する間際、ジブリールは立ち止まって呟いた。既に階
下へと降りてきたロゴスと、ジブリールが選んだ閣僚、そしてカガリの全員が
その声に注視する。
 そして、振り向いたジブリールの顔を見て、誰もがヒッと息を呑んだ。

 

「後悔させてやるぞ虫けらども! この私に針を刺したその報い、何時かその
身で味わわせてくれるっ!!!」

 

 毒蛇の顔がそこにはあった。毒を吐き散らし、飛び散らす毒蛇の牙が、彼ら
の度肝を抜いた。
 誰もが放心状態の最中、ジブリールは警備兵に連れられていった。その姿が
消えた後、カガリは思わずその場にへたり込んだ。

 

「私は勝った……勝ったんだよな?」

 

 とても、そんな気はしなかった。思えばカガリは、ジブリールが本気で怒っ
た姿など見たことがなかった。何度も言うがジブリールはカガリに対しては一
応紳士的であったのだ。
 自分は何か、開けてはならない箱を、押してはならないスイッチを押してし
まったのではないかという恐怖感があった。カガリは周囲の大人たちを見回す
が、彼らは未だに放心状態から脱していないようだった。カガリが何かを発し
ようとして口を開いたとき、一人の兵士が飛び込んできた。

 

「た、大変です!」

 

 その声に、放心状態だった誰しもが現実に引き戻された。

 

「なんだ、何があった!」

 

 カガリが叫び、肩で息をする兵士に問いかける。すると兵士は驚くべき事
実をカガリに言ってのけた。

 

「ジブリールが、ロード・ジブリールが逃亡しました!」

 

 事態の進展は、カガリの予想を遙かに超える速さで進んでいるようだった。

 
 

 警備兵に連れられたジブリールは、すぐにその身柄を移されるはずだった。
ジブリールはいつの間にかその顔に自信を取り戻し、自分の足で歩いていた。
その前に、数人の兵士が歩いてきた。

 

「司法長官より命令があった。ここから先は、我らがジブリールの移送を行う」

 

 ジブリールを連れて歩く警備兵は困惑した。

 

「そんな連絡は受けていない。本官等は施設外までジブリールを送るように命
令を受けている」
「その命令は撤回されたのだ。我々が彼を移送する車両まで連れて行く」
「わかった。だが、その前に確認を……」

 

 警備兵の一人が通信機器に手を伸ばした瞬間だった。前方から来た兵士の一
人が銃を抜き、即座に撃ち殺したのだ。

 

「なっ――」

 

 驚くもう一人の警備兵も撃ち殺され、ジブリールは血まみれで倒れた二人を
見ながら、両手を挙げた。

 

「さて、私になんのご用かな?」

 

 すると、兵士たちがさっと横に身を引き、一人の士官が歩み寄ってきた。佐
官の階級章を付けたその男は、ジブリールのよく知る顔。

 

「意外に早かったな、ホアキン大佐」
「議場の中はモニターでチェックしておりました。大変でしたな」
「そうでもない……といえば、嘘になるか。脱出の準備は?」
「既に車の用意が出来ております」

 

 こうしてジブリールは兵士に囲まれ、あたかも移送されるかのように車両に
乗り込んで逃亡を果たしたのだ。

 

「どこへ向かっている?」
「飛行場です」
「そうか、とりあえずはヘブンズベースに戻るか。あそこで再起を図り、カガ
リ・ユラ・アスハを……」
「いえ、残念ながらジェット機の用意はしておりません」
「なんだと?」

 

 ジブリールの顔が険しくなった。ジェット機がないのでは、折角脱出したの
も意味がないではないか。

 

「閣下、今更ヘブンズベースにお戻りになったところで、あそこは既にロゴス
の手が回っております。ノコノコ戻ったところを、取り押さえられるのが目に
見えております」
「では、どうしろというのだ? 私にしばらく身を隠せとでも?」
「そうは申しておりません。ですが、ここでカガリ・ユラ・アスハを倒したと
ころで、ロゴスはこれ幸いと自分たちに都合の良い者を後釜に据えるだけです。
ならば敢えて、カガリ・ユラ・アスハへの復讐心はお捨てになったほうが良い」
「ふむ……貴官の言うことはもっともかも知れんが、具体性に欠けるな。ジェ
ット機も用意されていないのに飛行場に向かうには、それなりにわけがありそ
うだが?」
「勿論です。ジェット機は用意していませんが、別のものをご用意してありま
す。宇宙へ向かうためのシャトルを……」

 

 ニヤリと笑うホアキンの顔に、ジブリールは何かを察した。

 

「お忘れですか? 閣下にはまだ奥の手があるではございませんか。デストロ
イの陰に隠れ、月のダイダロスで建設されていたアレが」
「確かに完成はしているが……奏でるというのか、あの曲を」

 
 

 それがデストロイをも超える凄惨な結果をもたらすであろうことを、発案者
としてジブリールは知っていた。

 

「あれを奏でれば、都市一つでは済まない被害が世界に刻まれるぞ」
「何を仰るか。私は何も、地球に向けて演奏をしろなどと言ってはおりません
ぞ? あるではありませんが、宇宙には格好の標的が」
「……砂時計か」
「そう、あの忌々しい砂時計を吹き飛ばし、閣下はその力を示すだけで良いの
です。さすれば、地球であろうとどこであろうと、閣下に従わざるを得ないで
しょう」

 

 ホアキンの言葉に、目から鱗が落ちるのをジブリールは感じた。そして、先
ほどのカガリを超える高笑いをした。

 

「貴官の言うとおりだ、大佐。私は宇宙に上がることにしよう。そして、私自ら
の手で奏でようではないか、プラントと地球に相応しいレクイエムを」

 

 カガリは逃げたジブリールの行き先はヘブンズベースであると先入観を持っ
て行動してしまっていた。理由は他の人間もそうであるとカガリの意見を支持
したからであるが、カガリはすぐに車道に非常線を張って警戒し、空港と港の
閉鎖を徹底させた。だが、宇宙港はこれに含まれず、カガリがジブリールが宇
宙に逃げる可能性に思い至ったときには、時既に遅くジブリールはホアキンの
用意したシャトに乗って宇宙に飛び立ってしまっていた。だが、カガリはこの
事実を知ることが出来なかった。

 

「くそ、奴は一体どこに逃げたんだ」

 

 宇宙港の閉鎖も命じはしたが、そう長いこと閉鎖していては民間に差し支え
が生じる。完全閉鎖は出来て一日であろう。それまでにジブリールを見つけな
くてはいけないのに、一向に確保の報告はない。
 ことが起こってすぐに助けが入ったあたり、ジブリールは部下から慕われて
いると言うことなのだろうか? 手引きしたのはブルーコスモスの信者である
士官だという話だが、その筋の人間というわけか……

 

「そう簡単には勝たせて貰えない、というわけだな」

 

 一太刀浴びせることは出来たが、浅かった。このままジブリールに逃げられ
ると、後が怖い。彼が退出間際に見せた表情を思い出し、カガリは身震いをし
た。
 自分のような若輩者にブライドを傷つけられ、あまつさえ顔に泥をかけられ
たのだ。ジブリールは阿修羅か般若か、いずれかを心の中に宿しているであろ
う。ブルーコスモスの狂信者を集めて、無差別テロを始めたりでもしたら手が
付けられない。一体、どうすればいいのか。

 

「やっぱり、あの時殺しておけばよかったかな……」

 

 過激なことをサラリと口に出したが、それほど間違った意見でもないように
思えた。理由など後でいくらでも付け加えて、逃亡しようとしたから撃ち殺し
たとか、陰謀とはそういうものだったのだ。ロゴスからも、そのような意見が
出ていた。だが、カガリがそれを拒んだのだ。何故かカガリは、ジブリールを
殺すことに僅かな躊躇いがあった。それは彼にある一定の敬意を払ったからで
あるのか、それとも別の理由であるのか、カガリにはわからなかった。

 
 
 

 地球で、しかも発足したばかりの世界統一国家で混乱が起こっていることな
ど、プラント最高評議会は知る由もなかった。カガリが戒厳令を敷いたからで
もあるが、デュランダルら閣僚たちは対ファントムペインに対する防衛計画を
練り込んでいる最中だった。

 

「すると、議長はご自分が最高司令官として前線にお出になると仰るのか?」

 

 驚いたようにヘルマンが喋った。デュランダルは自ら宇宙要塞メサイアに赴
き、最高司令官として全作戦の指揮を執るというのだ。しかも、デュランダル
が提示して見せた作戦は、敵の侵攻を待たずして敵の月基地を襲撃するという
過激なものであった。

 

「宇宙艦隊の発進準備は既に整っている。何を躊躇う必要がある!」

 

 やられる前にやってしまえ、というわけである。敵が攻めてくることは疑い
ようはないし、先手を打つのは確かに大事なことではあるが……
「しかし、先制攻撃を掛けるなどと、もう少し情報を整理してからでも良いの
ではないですか? まだ、地上軍の撤退も終わってないではありませんか」

 

それもそれでもっともな意見だったので、デュランダルは押し黙った。そこに、
一つの報告がザフト軍統合本部からもたらされた。月のファントムペインに動
きがあったというのだ。

 

「具体的にはどのようなものだ?」

 

 説明によると、廃棄コロニーを牽引して、どこぞへ移動させているらしい。
ヘルマンが顔色を変えた。

 

「まさか、廃棄コロニーをこのプラントにぶつけようというのではあるまいな」

 

 その可能性は極めて低いとの報告も為された。廃棄コロニーはプラントとは
離れた場所に移動されており、単純に廃棄処分品を違う場所に移しているだけ
かも知れない、とのことだった。

 

「情報が足りない。部隊を派遣して様子を探らせろ」

 

 ヘルマンの指示で、グラスゴー隊に出撃命令が下った。確証はないが、何か
軍事目的での行動かも知れない。

 

「いつでも艦隊の出撃は出来る。不穏な動きがあれば、すぐに向かう」

 

 デュランダルは強い口調で断言し、評議員たちも頷いた。

 

 誰が予想しただろうか? この対応ですら、遅かったという事実を。

 

 デュランダルやヘルマン、そして宇宙、地上問わず全てのザフト軍の予想を
裏切る形で、最終決戦の火ぶたは切って落とされようとしていたのだ。
 月の裏側、ファントムペインはダイダロス基地、ジブリールが降り立った瞬
間から。

 
 
 
 

「高速シャトルで一日……月の裏側も身近になったものだな」

 

 ダイダロス基地へと降り立ったジブリールを、基地司令官とその幕僚たちが
迎えた。彼らは皆ブルーコスモスの信者であり、ジブリールには特に忠誠を誓
っている。

 

「今すぐレクイエムを奏でる。準備のほどはどうだ?」
「エネルギーチャージに後二十分はかかります。ですが、中継ポイントの設置
及び配置は既に整っております」
「仕事が速くて嬉しいな」

 

 ジブリールは司令官に案内され、司令室へと移った。室内の士官たちが立ち
あがり、一斉に敬礼を始める。ジブリールは頷くと、用意された指揮座に腰を
下ろした。

 

「トリガーは私に回せ。記念すべき一曲目は、私自身の手で奏でようではない
か」

 

 その姿を、室内の隅に立って見ているものがいる。スウェン・カル・バヤン
とシャムス・コーザの二人だった。彼らはホアキンの命令を受け、愛機をモビ
ルスーツ輸送型シャトルに搭載して、ダイダロスへと先行していたのだ。

 

「あれを撃つのか……」

 

 レクイエムが如何なる兵器かを知った今、スウェンには明らかなる躊躇があ
った。本当に使用しても良いのか、本当に撃っても良いのか?

 

「言い訳がない。だが、俺に止める理由もなければ、権利もない」

 

 結局、黙ってみていることしかできないのだ。
 スウェンの視線を受けながら、ジブリールは基地司令官から渡されたトリガ
ーを手にした。

 

「標準はどこになさいますか?」
「アプリリウス、と言いたいところだが、楽しみは最後に取っておこうではな
いか。デュランダルの泣き叫ぶ姿が、見られるかもしれんしな」

 

 邪悪な笑みを浮かべながら、ジブリールは標準ポイントの指定をした。
 やがて、レクイエムのエネルギーチャージが完了する知らせが届いた。

 

「グノー、所定位置へ。フォーレ、チェルニー、姿勢安定。フィールド展開中」
「レクイエム、ジェネレーター作動中。臨界まで480秒」
「目標点入力、ヤヌアリウス。最終セーフティー解除、全ジェネレーター臨界
へ。ファーストムーブメント準備よろし。レクイエムシステム発射準備完了。
シアー開放。カウントダウン開始。発射までGマイナス35。」

 

 オペレーターが口々に、発射準備が整ったことをジブリールに告げる。

 

「さぁ、世界中に聴かせてやろうではないか。この私が奏でる、史上最高のレ
クイエムを!」

 

 ジブリールの指が、トリガーを引いた。
 史上最悪の鎮魂歌が、奏でられた瞬間であった。

 

                                つづく