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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第60話

Last-modified: 2008-03-19 (水) 23:42:02

「我々は、インフィニットジャスティス司令官であるアスラン・ザラに以下の
要求を行う。一つ、インフィニットジャスティスは地球排除の声明を直ちに撤
回すること。二つ、占拠したファントムペイン月面ダイダロス基地を速やかに
返還すること。三つ、インフィニットジャスティスは全ての武装を解除し、降
伏すること。尚、24時間以内にこの条件が呑まれない場合はコペルニクス市民
の生命は保障できない!」

 

 月面都市コペルニクスを占拠したファントムペインの残党は、このような要
求をアスランに対して突きつけた。
 当初、コペルニクスは進入してきたファントムペインに対して抵抗を試みた。
敗残兵程度なら、武装警官隊で何とかなると考えたのだ。しかし、ファントム
ペインの残党はモビルスーツを三機ほど保持しており、これが市街に突入して
きたとあっては手も足も出なかった。数にしてみればたった十数人の兵士たち
であるが、モビルスーツは一瞬で百の命を奪うことの出来る兵器である。迂闊
な行動は出来なかった。

 

「コペルニクスか……なるほど、能無しが能無しなりに考えたか」

 

 一報を聴いたアスランの感想である。確かにプラント資本も多く集まるコペ
ルニクスなら、人質としての価値はそれなりに高いだろう。

 

「どうして連中は、24時間もの時間をこちらに与えてくれたんだ? まるで、
こちらに対策を練ってくださいと言ってるようなもんだ」

 

 ディアッカが不思議そうに疑問を口にするが、イザークがそれに答えを出し
た。

 

「連中はその24時間の間に仲間を集めたいのだろう。あの辺りには、行き場を
なくして彷徨ってるファントムペインの残党がまだいるだろうからな」
「なるほどねぇ、人質を盾に時間稼ぎが目的か……で、どうする? 我らが司
令官閣下?」

 

 視線を向けられ、アスランは少しだけ険しい表情をした。そして、サトーの
方に顔を向けた。

 

「ダイダロス基地は確か、大した損傷もさせずに制圧したんだったな?」
「はっ、司令室を破壊し、武装兵によって基地内に残る兵士を抹殺、制圧しま
した」
「あの兵器、レクイエムはまだ使えるのか?」
「砲身の破壊はしておりませんが、コントロールルームは半壊しています。そ
れが何か…………まさか!」

 

 アスランが何を言いたいのか、サトーには分かったのだ。

 

「プラントならいざ知れず、コペルニクスには戦略的価値もなければ、守って
やるだけの理由もない」

 

 その言葉に誰もが顔を背けたり、気まずそうな顔をする。ただ一人、メイリ
ン・ホークだけはアスランが何を言っているのか、良く分からなかった。

 

「月面ダイダロス基地に連絡しろ。12時間以内にレクイエムのコントロールル
ームを復旧させ、レクイエムを使えるようにしろ。俺達は連中の要求を呑まな
い。軌道間全方位戦略砲でコペルニクスごと葬り去ってやる」

 
 

         第60話「非常なる決断」

 
 
 
 

「レオス、出撃する!」

 

 コペルニクス占拠の一報を聞いたと同時に、ロッシェはプリベンター巡洋艦
に戻るため走り出そうとした。だが、その肩をオデルが掴み、引き留めた。

 

「まて、闇雲に出撃するな」
「離せ、事態は一刻を争う!」

 

 ロッシェはその手を振り払おうとしたが、居合わせたハワードが制止した。

 

「お前さんの機体は現在整備中だ。出撃は出来んぞ」
「整備中だと?」
「あぁ、ここに来る前の戦闘でかなりダメージが蓄積していたんでな。修理も
兼ねた整備を始めてる。ついでにブルムのレオンもな」
「勝手なことを……ならばオデル、お前のジェミナスを貸して貰う!」
「それもダメだ」
「馬鹿な、ジェミナスまで整備中とでも言うのか!」

 

 叫ぶロッシェに肩をすくめながら、ハワードは言葉を続ける。

 

「冷静になれ、いくらガンダニュウム合金のジェミナスがレーダーに不可視と
いったところで、連中は港の管制を抑えているはずだ。光学映像で視認されれ
ば、それまでだぞ」
「しかし、だからといって!」

 

 何故、ここまでロッシェが取り乱しているのかが分からないタリアとウィラ
ードは顔を見合わせると、オデルに何が問題になっているのかを尋ねた。する
とオデルは、多少言いづらそうにではあるが、一つの事実を伝えた。

 

「コペルニクスには……ラクス・クラインがいるんです」
「ラクスが?」
「ロッシェが護衛として付き添っていたんですが、彼はアスランと戦うために
出撃して、我々もコペルニクスは安全だろうと思い彼女を一人、残してきてし
まったのです」

 

 オデルはここに来て、彼女をコペルニクスに残してきたことを悔やんだ。ま
さか、こんな形で彼女が危険にさらされるとは思わなかったのだ。だが、それ
と同時に一つのことに気付いた。

 

「ロッシェ、当面は彼女の身は安全だ」
「何故言い切れる!」
「連中が彼女の存在を知っているなら、必ず交渉のカードにするはずだ。忘れ
たのか? 彼女は一応は、アスラン・ザラの婚約者なんだぞ」

 

 一応は、という表現にタリアは引っかからないでもなかった。アスランがオ
ーブ亡命中に、色々あったのだろうか。

 

「アスランが強攻策を取ったとして、プラント市民はどう感じるだろうか? 
婚約者を見捨てるような奴に、世論は好意的にはならないはずだ」

 

 オデルの意見は正論であった。かつてディオキアの地でテロが起こったとき、
アスランは婚約者のラクスではなく、デュランダルの身柄の安全を最優先にし
た。ラクス、というかミーアの身柄はロッシェや一般兵が守ったために無事だ
ったが、アスランは婚約者を優先しなかったことで一部からバッシングを浴び
たのだ。
 その事実を思い当たっての意見であったが、ロッシェは何の感銘も受けなか
った。それどころか、オデルの失念を正確に付いた。

 

「オデル、確かにお前の言うとおりだ。連中はまだ彼女の存在に気付いていな
い。けどな、ということはアスラン・ザラは彼女がコペルニクスに居ることを
知らないんだ。知っていれば躊躇いもするが、知らなければどうだ?」

 
 

 その頃、ウルカヌスでは一つの対立が発生していた。メイリン・ホークが、
アスラン・ザラの決定に対し反対をしたのだ。

 

「コペルニクスには大勢の一般市民が居るんですよ? それを見捨てるって言
うんですか!」

 

 メイリンの意見は真っ当な人間としてはごく常識的で、正しいと言うに値す
るだけのものだったが、アスランの心を動かすことはなかった。彼とて、メイ
リンの意見が間違っているなどと言うつもりはないが、だからといって自分を
正そうともしないのだ。

 

「君の意見はもっともだが、だからどうしたという話でもあるな。メイリン、
人が物事を成し遂げるには犠牲は付きものだ」
「そんな……」
「大体、非難されるべきは人質などといった姑息で卑劣な手段を用いた奴らで
あって、俺達じゃない」
「でも、だからって、レクイエムでコペルニクスを吹き飛ばすだなんて」

 

 もうちょっと他にもやりようがあるのではないか。メイリンにはアスランの
暴挙ともいえる行動が、いささか以上に乱暴に思えるのだ。

 

「人質などという下らない発想を思いつくのはな、メイリン。それが相手に対
して通用すると思い込んでいるからなんだ。ならば、ここでこちらが強気な態
度に出れば、二度と同じことをする輩は現れない。その為の実例が必要なんだ」

 

 イザークやサトーが敢えて止めないのは、アスランのこうした考えを分かっ
ているからだ。ただ、ディアッカだけは何か言いたげな顔をしていたが、メイ
リンと違って口に出して何かを言うつもりはないらしい。

 

「それにしたって、世間の反応ってのがあるじゃないですか。ここでコペルニ
クスを助けたほうが、アスランさんの好感度はあがるし、借りも作れます。コ
ペルニクスの持つ経済力を、私たちの組織に取り込むことだって……」

 

「必要ないな」

 

 アスランは戦いに関して言えば策略や陰謀を張り巡らせる男だったが、政治
や経済については疎いというか、どこか潔癖な部分があった。彼は小賢しい野
心家であるデュランダルや、陰険悪辣なジブリールなどを蔑視していたし、彼
らの真似だけはしないと考えていた。アスランが彼らを批判するのは、自身の
思想的な問題が強かったが、批判された人間は人間的には劣悪であっても、能
力的には一定水準以上のものを有していた。例えば、プラント最高評議会議長
の座にあったデュランダルは、自身の政治活動と政治宣伝をザフト軍の戦果に
結びつけることによって最大限の効力を発揮した。

 

 こんな話がある。ある時、デュランダルは数人の兵士、市民に勲章を与える
ことを発表した。市民は彼らがどんなに大きな戦果を上げたのか気になったが、
驚いたことに彼らは決して戦果を上げたから勲章を貰うのではなかった。
 一人は、立派な就職先が決まっていながら、ユニウス・セブンにおける事件
を機に軍隊へ志願し、戦場で傷ついた仲間を背負い帰還した兵士。一人は、戦
災孤児を保護する募金活動団体の代表を務める女性。一人は、自身の農場で取
れた作物、穀物を無料で戦災地に送っている農場経営者。
 他にも色々な人物がいたが、デュランダルはこれらの人々を「戦場で敵の将
を討ち取るのに匹敵する戦果」であると称し、彼が新たに作らせた勲章を、一
人一人と握手しながら手渡した。そして、得意の演説が開始され、市民たちは
いかに議長が素晴らしい人物であるかに酔いしれるのだ。

 

 だが、中にはこうした「演出」を快く思わない人物もいるわけで、当時テレ
ビ中継でその光景を見ていた、ザフト軍のハイネ・ヴェステンフルスは苦々し
い表情になって、

 

「へぇ、確かにあの勲章を貰ってる連中は立派だろうよ。貰うだけに値する人
物だ。だけど、それと議長に何の関係がある? 議長が傷ついた兵士を背負っ
ていたのか? 議長が募金活動を街頭で行ったか? 議長が私財をなげうって
物資の無料提供をしたか? 連中の行いと、議長の政策や識見は、まるで関係
ないじゃないか」

 

 ハイネの意見は痛烈を極めたが、耳を貸すものはほとんど居なかった。兵士
も市民もある種の錯覚をしていたのだ。自分たちの指導者が、人間として極め
て優秀で有能な人物であると、心の底から信じていたのだ。特に遺伝子情報を
元にほとんどの事柄を決めるプラントにおいては、それは信仰に近い考えだっ
た。ハイネのような考えを持つ方がおかしいのだ。

 

 ちなみにこの話にはまだ続きがあって、デュランダルはザフトアカデミーに
置いてもこの勲章を渡す候補を探していた。そこで見つけたのが、地球におい
て戦争で親兄弟を殺され、プラントへと亡命してきた少年で、苦学の後にアカ
デミーへと入学したシン・アスカだった。彼に対する勲章授与が実現しなかっ
たのは、実に下らない「見栄え」にデュランダルが拘ったからである。という
のも、シンは苦労人の割りには優秀な方で、アカデミーでは次席だった。しか
し、一つ上の席次は首席であり、デュランダルは折角なら首席と言うことにし
て、見栄えを良くしようと考えたが、断念せざるを得なかった。何故かと言え
ば、当時の首席はデュランダルの被保護者であるレイ・ザ・バレルであり、裏
工作をしてシンを首席にしては、レイが次席に落ちてしまう。デュランダルは
さすがにそんなことはしたくなかったので、シンに勲章授与をするのを諦めた
のである。こんな話があったこと自体、シンもレイも知らないのだけれど。

 

 話を戻して、アスラン・ザラはこの種の演出が嫌いだった。それは彼が、軍
官僚の息子として生まれたことにも所以するのだろうが、彼は武力による主導
を好んでいた。見え透いた政治宣伝などではなく、圧倒的な武力による抑制、
人に言わせれば独裁だが、それを行いたかったのだ。
 故にメイリンが提示したような、一見すると有益とも思える作戦を取りたが
らないのだ。確かに彼女の言うようにコペルニクスの経済システムを取り込め
ば、今後のプラントとしても何かと役に立つはずだ。しかし、彼の地は地球の
軍需産業複合体ロゴスを始めとした、アスランに言わせれば「悪しき金」が流
れている場所でもあるのだ。

 

 アスランはロゴスなどという組織はいっそのこと解体してしまおうと思って
いるし、それが当然であると考えている。だが、これが政治家であるカガリ・
ユラ・アスハの場合だと、違う考えを示しただろう。彼女はジブリールと敵対
する際に、進んでロゴスと協力関係を結んだ。カガリにしてみればブルーコス
モスのような思想集団はともかく、経済団体であるロゴスの経済力は無視でき
るものではなく、世界統一国家を運営していくのには必要不可欠だと考えてい
たのだ。ジブリールも実はこのように考えていて、独裁政権を作ったかに見え
たとき、ロゴスを放置していたのは迂闊に解体するのは経済流通の問題から好
ましくなかったのだ。
 それなのにアスランはそうした常識論を無視している。一手以上の武力を手
にしてしまったが故の弊害か、あらゆる物事を武力によって解決しようと考え
ていたのだ。

 

「24時間後、テロリストどもへの要求に対する返答として、レクイエムを発射
する。これは決定事項であり、異論は認めない!」

 
 

 一方で、アスランとは違いごく常識的な方法、つまり「救出作戦」の立案に
迫られていたのはミネルバ艦隊である。テロリストがアスランに対して声明を
発表している以上、ザフトである彼らやプラントには何の交渉権もない。故に、
彼らが行うのは救出なのだ。

 

「連中の数はそう多くはない。となると、彼らが占拠できる部分など限られて
いるし、モビルスーツをどうにか出来れば、人質の救出は可能かも知れない」

 

 先ほど会議を終えたばかりだというのに、ロッシェたちは再びブリーフィン
グルームに集まっていた。

 

「しかし、モビルスーツで潜入するのは不可能だ。管制を抑える人間、二人で
十分だが、これが正規の港は勿論、貨物運搬用の港も監視しているはずだ」
「なら、小型艇を浮遊物に偽装して流し込むしかないか……港のロックはされ
てるのか?」
「されてない。連中は仲間を集めてる。その為の出入り口は必要なんだろう」

 

 白兵戦にて敵を制圧するという方向で話が決まったとき、自然と流れは潜入
メンバーの選出になった。ロッシェは自分が行くことを希望したが、「目立ち
すぎる」という反対意見に却下された。

 

「俺が行きます。白兵戦には自信がある」

 

 シン・アスカの発言に嘘偽りはなかった。彼がアカデミー時代も白兵戦の名
手としてならし、ザフト入りした後もそれなりの戦果は上げている。特にナイ
フ術には目を見張るものがある。
 それだけならロッシェは納得しなかっただろうが、オデルはシンのことは信
用できると言ったため、任せるしかなかった。

 

「折角だ、ゴンドワナの方も進めてしまおう。彼らもコペルニクスの一件に目
を向けていて、油断しているはずだ」

 

 ウィラードはこれを機に、こちらの地盤も固めてしまおうと提案し、それに
異を唱えるものは居なかった。

 

「それにしても……アスランはどうでるでしょうか?」

 

 遠慮がちにしたシンの質問は、一同を押し黙らせるには十分だった。

 

「奴がまともな思考の持ち主なら、我々と同じく救出作戦を立てるだろう。だ
が、奴はまともじゃない。いいか? コペルニクスを占拠している連中は、テ
ロリストに対してテロ行為で対抗しようとしているんだ。交渉を求めるだけ無
駄だ」

 

 ロッシェの断言には、不思議と説得力があった。

 

「では、ビルゴを送り込んで強制制圧でもするのか?」

 

 ブルムの質問は、如何にも今のアスランがやりそうなことではあったが、ロ
ッシェはそれに首を振って否定した。

 

「そんなまどろっこしい真似はしないだろう。人質ごと、テロリストどもを一
掃するはずだ。自分たちにはどんな手段も通用しないと、見せつけるためにも
な」

 

 そうなってしまえば、もうどうしようもなくなってしまう。
 何とかしてアスランが手を下す前に、ことを解決しなくてはいけない。

 
 
 

 シンと、彼に従う白兵戦部隊は数隻の小型艇に乗り込んで出発した。小型で、
しかも偽装処置を施す必要があるから足が遅く、コペルニクスに到着するのは
十時間後だろう。既にテロリストが声明を発表してから4時間が経過しているた
め、急がなくてはいけない。
 レイもまた部隊を率いて出撃した。ウィラードが僅かばかりの艦隊を付き従
えて同行したのは、あるいはウィラードの説得で穏便に事が運ぶ可能性があっ
たからだ。

 

「ロッシェ、辛いだろうが今は耐えろ。俺達も、アスランに対抗するための準
備が必要なときだ」
「準備というと……お前のジェミナスを?」
「あぁ、さすがにただのジェミナスじゃビルゴに対抗するのは無理だ」

 

 それを言うなら、ロッシェのレオスやブルムのレオンではもっと不利だ。大
軍というならまだしも、二機のカスタムリーオーでは、メリクリウスはおろか
ビルゴにだって通用しない。

 

「人形相手に私は後れを取る気はないが、メリクリウスと戦うにはやはりガン
ダムタイプと同等の機体が欲しいところだな」

 

 レオスと自身の実力は誇れるだけのものがある。だが、それ故に限界も分か
っているのだ。前回、イザークと戦ったとき、ロッシェは油断も躊躇いもなく、
本気で戦った。にもかかわらず、機体性能という分厚い壁の前に彼の剣は阻ま
れたのだ。

 

「相手が最強の盾を持っているなら、こちらは同等か、それ以上の矛を持たね
ばならない。今のままでは……勝てない」

 

 あるいは機体限界を無視して出力を上げ、基本的な性能を底上げすれば何と
かなるかも知れないが、それでは十分も戦えずに機体がダメになる。

 

「L.O.ブースターとは言わないが、何かないものか」
「G-UNITはジェミナス02を除いて全て解体したからな……そういえば、ハワー
ドの指示でブルムが色々動いているようだが」
「あれは、単に元の世界に帰る算段を付けていただけだろう。不思議なものだ、
言ってしまえば我々はこの世界に見切りを付けて、帰ることも可能なのに」
「お互い、この世界に対する執着が生まれているのかも知れないな」
 いずれ、ケジメはつけなくてはならないのだろうが。
「まあ、言い訳まがいのことを言えば責任もある。ビルゴは我々の世界の兵器
で、それがこの世界に迷惑を掛けているのだから、何とかしてやるのが筋だろ
う」
「出来ればの話だがな」

 

 状況は、明らかに不利だ。アスランは今のところ武力に昏倒しているように
も見えるが、頭の固い武人というわけでもない。時に柔軟なその思考は、一軍
を指揮するに足りるだけの人材だ。彼はビルゴの扱い方を良き分かっている。
アスランの戦法と戦術は兵力集中の一言に尽きる。彼は局地的に持てる兵力を
集中することで、その効果を最大限に発揮している。
 アスランがもし、後背の憂いを断つためにロッシェたちに大軍を送ってきた
ら……結果は目に見えている。勝てるわけがない。

 

「こちらも戦力を増強する必要があるな。せめて、ガンダム並の力が二機は欲
しい」

 
 

 さて、コペルニクスへと向かったシンは、小型艇を漂流物に偽装し、貨物ハ
ッチからの進入を果たしていた。彼らは集団としては五十人に満たなかったが、
あまり多いと隠密な行動に差し支える。

 

「モビルスーツを相手にするのは無理だ。別の方法で敵を制圧しよう」

 

 携帯できる火器でモビルスーツにも有効なものといえば、対モビルスーツ用
ライフルぐらいだが、如何せん威力不足だ。コクピットを撃ち抜くにしても、
一発ではまず仕留められない。敵機の数を考えれば、これはあまり現実的な作
戦ではない。
 故にシンは、敵の司令部を攻略、制圧することで敵に降伏と投稿を諭すとい
う作戦を立てた。奴らとて集団で、しかも軍隊である以上は指揮官クラスの人
間がいるはずだ。そいつの頭に銃口を当てるか、首筋にナイフでも突きつけれ
ばそれで終わりだ。

 

「問題はどうやって司令部に行くかだ」

 

 一番手っ取り早いのは、変装することである。例えば、地球軍の制服を着込
んで、地球軍兵士になりすます。そして、テロリストに合流するためにやって
来た兵士ということにでもして、進入するのだ。一見、とても成功率の高い方
法に思えたが、これを実行するのは不可能だった。急場であり、敵軍の制服を
人数分揃えることが出来なかったのだ。
 仕方なくシンは、コペルニクスのあらゆる施設見取り図のデータを見ながら、
敵の司令部を探していくしかなかった。時間は掛かるが、これしかない。
 シンは部隊を十人ずつの小集団に分けると、それぞれを各地に分散させた。

 

「可能性がある場所は、管制センターと都市管理センターだけど……」

 

 あるいは、その両方か。敵が所有するモビルスーツの数は三機、この内、一
機から二機で市民を抑止するとして、残りの一機は自分たちの護衛に回させる
だろうか?

 

「こうなったら、あの手で行くか」

 

 シンは貨物ハッチの作業員の詰め所に向かった。コペルニクスは現在、自宅
ないし職場からの外出が禁止されている状態であり、彼らはシンの存在に大い
に驚いた。シンは身分を明かすと、彼らに協力を求めた。

 

「協力といっても、どうするんだ? 我々は敵の司令部のありかを知らないぞ」

 

 眼鏡を掛けた作業員の一人が、不安そうに声を出す。厄介ごとにあまり関わ
りたくないのだろう。

 

「大丈夫です、あなた方には迷惑を掛けません。ただ、少しだけ協力してくれ
れば良いんです」

 

 作業員とて、自由都市コペルニクスに住む者としての矜恃がある。この街を
いつまでもテロリストの良いようにさせておく分けにはいかない。眼鏡を掛け
た作業員、恐らくここのチーフスタッフなのであろう男は、少し考えた末にシ
ンへの協力を快諾した。

 

「具体的に、何をすれば良いんだ?」

 

 まさか、一緒になって司令部を探してくれなどというわけでもあるまい。

 

「そうですね……まずは、あなた方が今来ている物と同じ制服を二着、新品じ
ゃなくて着古してある奴が良い。それと……」

 

 シンは男の顔をまじまじと見て、
「出来れば、あなたの眼鏡を、俺に貸してください」

 
 

 コペルニクスを占拠したファントムペインの残党たちは、自分たちがテロリ
ストであるという認識はなかった。彼らにしてみればアスランの存在こそがテ
ロリストであり、自分たちは彼に対し正統な要求をしているだけに過ぎない。
 そんな彼らのもとに、貨物用ハッチの作業室から連絡が入った。といっても、
それは管制センターや、管理センターなどに一括送信させる通信であり、そこ
にはこのようなことが書かれていた。

 

『貨物用ハッチに漂流物に偽装した小型艇が進入。中から現れたザフト軍服を
着た集団に作業員が撃たれ、負傷した』

 

 何故ザフトがここに? という疑問はあったが、ここはザフト資本も数多く
ある都市であり、コーディネイターも少なからず存在する。救出部隊が現れて
も不思議ではない。

 

「すぐに発見した作業員というのをここに連れてこい!」

 

 大尉の地位を持つテロリストの指揮官は、そのように命じた。どんな連中だ
ったかを直接尋ねるためである。
 やがて、二人の作業員が司令部に姿を現した。本当は目撃者を一人だけ呼ん
だのだが、足を撃たれていると言うことで付き添いが必要だったのだ。先に病
院をと訴える彼らを呼び出した手前、付き添いぐらいは看過してやらねばなら
ない。
 やって来たのはまだ年若い、少年といっていい年頃の男だった。左足の太も
もに作業着の上から巻かれた包帯には血が滲んであり、何とも痛ましい。眼鏡
の奥に見える瞳は苦しそうに歪み、息も荒くなっている。これはすぐに済ませ
た方が良さそうだ。

 

「君の見たことを全て話して貰おうか」

 

 室内には多少肥満した体つきの男がおり、一番偉そうにしている。こいつが
指揮官だろう。
 眼鏡を掛けた少年は小さな声で何かを口走るが、如何せん息が荒く、聴き取
りづらい。男は横に立っている副官と思われる男に目配せし、さらに彼らを連
れてきた兵士を見た。

 

「武器の類は一切持ち合わせていません」

 

 事実だけを言う兵士の言葉に、男は立ちあがって少年の側に歩み寄った。そ
して、その聴き取りづらい声を聴くために耳を傾けた、その瞬間――

 

「今だっ!」

 

 少年、作業員へと変装していたシン・アスカが眼鏡を外し、耳を近づけてき
た男の首を取って締め上げた。折りたたんだ眼鏡の先を、喉元に突きつけた。

 

「動くな! 動くとお前らの指揮官の喉を突き破るぞ!」

 

 眼鏡であっても、人間の眼球を潰し、喉を突き破る程度のことは、ちょっと
力のあるものなら容易に出来る。眼鏡では迫力に欠けるのが問題だが、それで
も突きつけられた当人の恐怖は甚大であったろう。

 

「武器を捨てろ! 捨てろと言っている!」

 

 しかし、どうしたことか。突然の事態に一瞬は我を忘れたであろう兵士たち
が、微動だにせずシンを見ている。そして、突然笑い出したのだ。

 

「な、何がおかしい」

 

 すると、シンに締め上げられていた男も、よく見れば笑っているではないか。
男は笑いながら、彼の横に立っていた男の方に顔を見受けた。

 

「私が人質のようですよ、大尉」
「ほぅ、それは残念だな。曹長」

 

 まさか、擬態!?
「しまった!」

 

 シンが気付いたときには、その場にいた全ての兵士が、大尉の階級を持つ指
揮官までもが銃を抜き、シンと仲間に向かって突きつけていた。
「武器というのも烏滸がましいが、眼鏡を捨てて貰おうか。眼鏡でも人は殺せ
るが、銃の方がもっと確実だぞ?」
 不敵に笑うその笑みに、シンは敗北を悟った。

 
 

 シンが失敗したという事実は、すぐにファントムペインのテロリストたちに
よって発表された。アスランの手下ではなく、ザフト軍であったために特に市
民に対して報いという名の気概が加えられることはなかった。だが、シンを含
めた救出部隊は捉えられ、監禁されてしまった。殺されなかったのは、ザフト
側と交渉する材料にするためであろう。

 

「何たる様だ! 白兵戦は得意だとか抜かしながら、まんまと捕らえられてし
まったではないか!」

 

 事実を知ったロッシェの怒りようといえば凄まじいものだった。オデルを信
じて他者に任せたというのに、失敗していたのでは話にならない。しかも彼ら
が失敗したことで、再侵入は困難になってしまったのだ。

 

「もういい、俺が直接行く!」

 

 ロッシェは息巻くが、彼のレオスは現在整備中で動かすことが出来ない。な
らばと、今度はルナマリアが同僚の汚名を返上するために出撃したいと申し出
てきた。

 

「敵はたったの三機です。モビルスーツ兵力さえ奪ってしまえば、後は地元の
警察隊にだって解決できるはずです」

 

 ルナマリアはこのように言うが、モビルスーツでの突入にタリアは難色を示
した。単純に難しいと感じたからであるが、ルナマリアは引き下がらなかった。

 

「このままじゃ、シンだって危ないんですよ? シンを見捨てるって言うんで
すか!」

 

 叫ぶルナマリアの背後から、一つの声が響いた。

 

「インパルスとやらを俺に貸して貰う」

 

 その声に驚き、振り向くルナマリア。そこには、一人の男が立っていた。
 いつの間に着替えたか判らないパイロットスーツに身を包み、強い瞳でルナ
マリアたちを見据えている。

 

「助けられた借りは返す……救い出してこよう、あのお人好しの馬鹿男を」

 

 スウェン・カル・バヤン、ファントムペインのエースが一人、出撃しようと
していた。

 

                                つづく