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W-Seed_運命の歌姫◆1gwURfmbQU_第61話

Last-modified: 2008-03-19 (水) 23:42:40

「スウェン・カル・バヤンをインパルスに乗せる? ファントムペインのエー
スだった男ですよ! 良いんですか!?」

 

 アーサー・トラインが音程の狂ったような叫び声を上げる。彼はよくこのよ
うに大げさに驚いてみせることが多いのだが、それは必ずしも本心からではな
い。彼は自分の副官としての立場をよくわきまえた男であり、彼が上官である
タリアの意見や決定に殊更驚いてみせるのは、少し抜けている部下を演じるこ
とで彼女の自尊心を満足させるためである。
 だが、この時ばかりはタリアの決定に本気で驚いていた。

 

「それしか方法はなさそうよ」

 

 ファントムペインのエースとして名高く、知名度も高いスウェンならば敵の
裏を掻くことは十分に可能なはずだ。

 

「小官には信用できません。彼がインパルスを奪って敵と合流したらどうする
のですか!」

 

 とはいっても、アーサーの意見ももっともである。第一、ブルーコスモス思
想に染まっているとされるファントムペインの兵士が、命を助けられたからと
いって借りを感じるというのも俄に信じがたい。

 

「いいえ、こいつは信用できる。嘘をつくような奴じゃないと思います」

 

 ルナマリアがそういってフォローに出た。彼女は、スウェンに賭けてみよう
という気になっていた。

 

「もし、彼が裏切ったなら私が責任を取って処罰を受けます」
「何故、そこまで信用できる?」

 

 アーサーが不審そうに尋ねる。

 

「だって……シンが助けた男だもの。あいつ、本当の悪人には冷たいわ」

 

 つまり、スウェンは根っからの悪人ではないということか。
 ルナマリアは、スウェンに向き直った。透き通った瞳で、彼を見つめる。

 

「シンのことを頼むわ、スウェン・カル・バヤン」

 

 そういって、手を差し出す。

 

「あぁ、任せて貰う」

 

 スウェンはしっかりと、その手を握り替えした。

 
 

 出撃の際、シルエットフライヤーはフォースを選択した。一番速度があり、
機動力が高かったからであるが、スウェンは出来ることならソードでの出撃を
したかった。というのも、敵のモビルスーツが市街地にいる以上は、市街戦に
なる可能性が一番高い。射撃戦ないし銃撃戦ということになれば、市民に危害
が加えられる可能性が高い。ならば、接近戦主体の装備で制圧するのが、一番
望ましい。

 

「贅沢も言っていられないか」

 

 とにかく、今は出撃するしかない。出撃して、命の対価を払わなくてはいけ
ないのだ。

 

「スウェン・カル・バヤン、コアスプレンダー出撃する」

 
 

         第61話「二人の来訪者」

 
 
 
 

 出撃したスウェンは機体を加速させ、飛ばしに飛ばしてコペルニクスへと向
かった。途中、何者にも邪魔をされず、特にトラブルもなかったために彼は二
時間ほどでコペルニクスへと到着した。既に残り時間は少ない。アスランがど
のような返答をするかは不明だが、その前にカタを付けなくてはいけない。

 

「こちら、ファントムペインのスウェン・カル・バヤン。コペルニクス応答せ
よ」

 

 この呼びかけに対し、コペルニクスを占拠したファントムペインのテロリス
トたちはすぐに応答を返してきた。

 

『こちらコペルニクス司令部、貴官のIDを確認したい』

 

 スウェンは記憶している自分のIDを正確に答えた。

 

『IDは確認した。しかし、映像を見るにそれはザフトの機体のはずだ。何故、
貴官がその機体に乗っている?』

 

「メサイアにおける攻防戦で負傷した際にザフトの捕虜になったのだが、この
機体を奪取して脱出してきた。貴官らと合流をしたい」

 

 今度はすぐに返答がなかった。嘘か真か、判断しかねているのだろう。IDは
本物だし、通信画面に映るスウェンの顔も本物だ。これで彼が裏切り者である
などということがなければ、強い味方がやってきたと思って良いはずだ。

 

「どうした、何故返答がない」

 

 多少、しつこさを含んだ口調でスウェンは呼びかけた。彼らは声明において
同士を集うことも発表した。ここでスウェンを突き放せば、彼らは味方に対し
て嘘をついたことになる。

 

『……判った。正面ゲートからの進入を許可する。ただし、発着後は機体を降
り、すぐに司令部に出頭して貰う』
「それは構わないが、司令部はどこにある?」
『一人、迎えを寄こす』

 

 司令部の場所を答えることなく、一方的に通信は着られた。
 どうやらまだ、警戒を解いていないらしい。無理もない、シンを始めとした
ザフトの白兵部隊の侵入を許したばかりなのだ。慎重にもなるだろう。

 

「モビルスーツを倒すことは簡単だ。たが、それ以外のことは……シン・アス
カ、お前の手腕に期待させて貰う」

 

 スウェンに出来るのはモビルスーツを倒すことだけだ。彼がモビルスーツを
倒すと同時に、残る兵士たちも制圧できなければ何の意味もない。彼らが一般
市民のこめかみに銃口を押しつけて降伏を迫ってくれば、スウェンとしては両
手を挙げざるを得ない。彼は決して残虐でも非情でもない。上官からの命令さ
えあれば、割りと冷酷な任務でもやってのけるが、そこに一切の感情が伴わな
いと言えば、嘘になる。
 虐殺も、殺戮も、本当はやりたくないのだ。それでも、スウェンはそれ以外
の生き方を知らないから、やるしかなかった。
 昔、星を眺め、手を伸ばせば掴み取ることも出来ると考えていた頃には、も
う戻れないのだ。彼は兵士で、戦うことでしか己を表現することの出来ない戦
士なのだから。

 

「俺は、つまらない人間だ」

 

 そもそも、人間であるかどうかも怪しい。自分は人形なのだ。糸で操られる
ことでしか動くことの出来なかった人形。それが今、突然糸を切られて、はじ
めて自分の意思で動こうとしている。
 でも、もうあの日には戻れない。星を掴もうとしていた、あの日には。

 
 

 港へと到着したスウェンは、しばらくは機体の中で待機していた。すると、
一台の車両がこちらに向かって走ってきて、機体の真下で止まった。それを確
認すると、スウェンはコクピットを開いた。

 

「ファントムペインか?」

 

 同士とか仲間とか、そういう単語をスウェンは嫌う。馴れ合いが苦手なのだ。
馴れ合えば馴れ合うだけ、死別の時が辛くなる。だからこそ、彼は感情を殺し
て任務に当たるのだ。

 

「そうだ。機体から降りて貰おうか」

 

 中から出てきたのは壮年の兵士だった。迎えというのは、彼のことだろう。
 スウェンは予め用意しておいた言葉を彼に投げつける。

 

「出来れば機体を市街に入れたい」
「なんだと? どういうつもりだ」

 

「もし、アスラン・ザラが強攻策を取って大挙してきた場合、ここに機体を置
いていたのでは満足に戦うことも出来ない。だから、都市内に入れておきたい」
 あり得ない話ではないし、確かにそんな事態となったとき戦力となるモビル
スーツが司令部からも離れたこんな場所にあったのでは何の意味もない。兵士
は通信機器で司令部と連絡を取り、意見を仰いだ。
 ここで断られれば、少し過激な方法で侵入することになる。それでも、スウ
ェンはあまり動揺はしていなかった。

 

「良いだろう。上の許可が下りた。都市内へその機体を入れてくれ」

 

 兵士が親指を立て、合意が得られたことを伝える。彼はスウェンが仲間であ
ることを信じて疑わない。
 スウェンがこれから行うのは裏切り行為であり、それを考えると気が滅入る
ものがある。しかし、先に罪を犯したのは彼らだ。何の関係もない民間人を人
質に取り、交渉の材料に使った。軍人が民間人を盾にすることだけは、しては
いけないのだ。
 コクピットハッチを閉めて、スウェンは自嘲気味に笑った。馬鹿らしく思え
たのだ・自分が今更、常人のような考えを持ったことが。とっくに自分は、尋
常でない人間になってしまったというのに。

 

「何故、コーディネイターが俺を信じられる」

 

 スウェンを信じるといった少女、スウェンの側にいても、恐れるどころか気
さくに話しかけてきた少女。あぁ、どうしてだろうか。スウェンは、久しぶり
に「人」と触れ合ったような気分がしたのだ。
 彼は常に忌み嫌われる存在だった。同じ地球軍であっても彼をファントムペ
インであるという事実から嫌い、同じファントムペインであっても、感情を表
に出そうとしない彼を嫌った。それなのに、憎き敵であるはずのコーディネイ
ターが彼を助け、彼に笑いかけた。
 もしかすれば、借り以上の何かをスウェンは感じているのかも知れない。彼
が見てきた世界と、まるで違うものがあの艦にはあったのだ。俗な表現をすれ
ば、そうそれは――

 
 

 都市部へと入ることに成功したスウェンは、すぐにレーダーで敵機の位置を
確認した。どうやら敵は、管理センターに司令部を置いているらしい。その
証拠に、護衛と思われるウィンダムが二機、建物の両脇に立っている。

 

「もう一機は、どこだ?」

 

 市民を押さえ込み、人質として確保することが可能な場所。多人数を収容す
ることが出来るとすれば、どこかのホールだろうか? いや、ホールに多量の
人間を集めては、暴動を起こされる心配がある。となれば、予め人の多い場所、
学校か会社か……違う、この場合は。

 

「ショッピングモールか」

 

 商業都市でもあるコペルニクスには、大きなデパートが幾つもある。それら
のテナントが入った都市の中央にある大型ショッピングモールには、常に千人
を超える客で溢れている。確かにここなら、無条件で人が集まっているだろう。
 案の定、最後の一機はショッピングモールの建物の前にいた。ビームライフ
ルの銃口を建物に突きつけ、中にいる市民を威嚇している。

 

「さて……どうする」

 

 スウェンは今回、インパルスのビームライフルを携帯してこなかった。武装
まで完全に揃えて現れては、怪しまれると思ったのだ。無論、ウィンダムが三
機程度、ビームサーベルで一太刀の元に叩き斬る自信はあるが、三機が密集し
ていないことには分が悪い。
 だが、スウェンが予想だにしなかったことが一つある。それは、敵、本来は
味方であるはずの存在が、予想以上に頭が切れると言うことだった。

 

「スウェン・カル・バヤン。その機体は司令部の防衛に使用させて貰うが、そ
の前に機体の武装を、ビームサーベルを外して貰う」

 

 指揮官を務める大尉は、このような通信を送ってきた。

 

「ビームサーベルを外す? 何故、そのようなことをする必要がある」
『申し訳ないが、我々は先ほどザフトの襲撃を受けたことで警戒をしている。
言うとおりにして欲しい』
「判った。ただし、敵の襲撃があった際にはすぐに返して貰わねば困る。この
機体を奪取したとき、ビームライフルまで持ち出すことが出来なかった。バル
カン砲を除けば、サーベルは唯一の武器だ」

 

 さすがにバルカン砲の弾抜きまでさせることは出来ないだろうが、バルカン
砲だけで三体のモビルスーツを排除するのは難しいものがある。他に武器があ
るとすれば……

 

「仕方ない。少し早いが、もう仕掛けるか」

 

 スウェンは殊更、機体が地面を踏み込む力を強めた。振動と地響きがこだま
する。シン・アスカが、この音に気付けばいいのだが。

 

「ビームサーベルを取り外す。どこにおけばいい?」
『地面に置け。ウィンダムに拾わせる』

 

 手渡せ、といわない辺りが念には念を入れているということか。突発的にテ
ロなどを実行する奴らだ、一人ぐらい頭の切れる奴もいるのだろう。そしてシ
ンは、知略の勝負に負けたのだ。

 

「了解……さぁ、拾え」

 

 スウェンは電源を切った、二刀のビームサーベルの柄を、二機のウィンダム
両方に向かって投げた。二機の間近の地面に、ビームサーベルの柄は音を立て
て落下する。
 二機のパイロットは一瞬躊躇したが、拾えというのが上官の命令であった。
そして二機がビームサーベルを回収するために動いたとき、スウェンも動いた。

 
 

 シンとその仲間が閉じこめられた部屋には、幸運にも窓があった。シンは、
地面を揺るがすモビルスーツの歩みに耳を澄ませると、窓からその姿を確認し
た。

 

「インパルス? どうしてインパルスが」

 

 レイか、ルナマリア辺りが助けに来てくれたのか。いや、だとすればおかし
い。何故、堂々とコペルニクス市内に入ってくることが出来るのか。

 

「何かあったな……」

 

 これはのんびりとしてられる時間はなさそうだ。シンは仲間たちを見る。脱
出するという意思を感じ取って、彼らも頷いた。彼らは白兵戦のプロであり、
各種細かい技能にも優れている。例えば、縄抜けとか。
 コペルニクスを襲撃したファントムペインは、モビルスーツこそ持ってはい
たが細かい装備に不足を期待している。シンらを捕らえはしたものの、彼らを
拘束するための手錠がなかったため、昔ながらのロープによって彼らは縛り付
けられた。
 だが、前述の通り彼らは細かい技能に優れた集団で、一人が縄抜けを成功さ
せてしまえば後は簡単だった。

 

「さて、お次はこれだ」

 

 シンは仲間の一人から腕時計を手渡される。銃の類は一切取り上げられたが
仲間の一人が身につけていた腕時計は取り上げられなかった。彼らはこれがた
だの腕時計であると勘違いしたのだろう。金属探知機とか、そういったものが
あれば、あるいは気づけたかも知れないのに。

 

「ま、ささやかな武器だけどね」

 

 シンは軽く笑うと、押し込められた部屋に転がっていたテープで、腕時計を
鉄製の扉に固定した。そしてなるべく音を立てないように、机を横倒しにした
りして、壁を作った。
 助けが来たのはありがたいが、助けられてばかりではでかいことを言って出
発した手前、仲間に合わせる顔がない。特にロッシェとか言う人は最期まで自
分で行くことに固執していたし、今頃怒っているに違いない。

 

「そういえば……」

 

 あの人は一体何者なんだろうか。オデルさんの友人で、彼もまた異世界人で
あるという。ならば何故、ラクス・クラインの護衛などやっているのか。確か
にまあ色恋には鈍感なシンでも、絵になる二人だとは思うが……。
 昔、妹のマユが生きていた頃、彼女が趣味で集めていた少女向けのペーパー
コミックを、シンは思い出していた。それは確か、騎士と姫の許されぬ恋を描
いた物語だった。騎士は剣を振るい、馬を走らせ、主のために戦う勇猛果敢な
美少年。可憐な姫は、そんな騎士に恋し、愛してしまうのだ。しかし、いくら
騎士が武勲を立て勇者扱いされようとも身分違い、この恋は許されるはずがな
い。しかも、騎士は故郷に残してきた幼馴染みと将来を誓い合った仲でもある。
けれど、姫の純粋で一途な愛に、遂に騎士は心を動かされ――

 

「最後、どうなるんだったかな」

 

 意外に読み応えのある内容だったから、何となくマユから貸して貰って呼ん
でいた記憶があるのだが、思い出せなかった。それに、今はそんな昔話をして
いるときも出ない。

 

「時間だ」

 

 シンの呟きと共に、時計型時限爆弾が作動し、扉を吹き飛ばした。

 
 

 インパルスにはバルカン砲を除いて、もう一つの武器がある。滅多に使われ
ることのない、インパルス最後の武器とも言われるそれは、フォールディング
レイザー。対モビルスーツ用の装甲ナイフだった。

 

「ハァッ!」

 

 一瞬だった。ビームサーベルを拾おうと歩み寄ってきたウィンダムに、イン
パルスは機体を急接近させ、そのコクピットに対装甲ナイフを叩き込んだ。自
分が所属している軍の機体であり、特性はよく知っている。どこを攻撃すれば、
爆発させずに動きを止めることが出来るのかも。

 

「良い威力だ」

 

 スウェンは呟くと、咄嗟のことに判断が出来ないもう一機に、対装甲ナイフ
を投げはなった。それは寸分の狂いもなくコクピットに突き刺さり、ナイフの
刀身が沈んでいく。

 

「後、一機」

 

 インパルスを飛ばし、最後の一機の元に急ぐスウェン。距離はあったが、イ
ンパルスの速度なら一分もかからない。
 ふと、司令部のことが気になったスウェンだが、管理センタービルの一箇所
で煙が上がっている。どうやら、シンが動き出したらしい。

 

「ならば、お前に任せる」

 

 最後の一機であるウィンダムは、司令部で何事かが生じたことには気付いて
いたが、どのように動けばいいのか対応に困った。命令無きままに持ち場を離
れることをしなかったのだ。だから、インパルスが急接近してきたときも、持
ち場を死守するために迎撃を行った。モビルスーツパイロットというのは面白
い人種で、人質を取っているのにもかかわらず、相手をまず倒そうと考えるの
だ。ここで人質を盾にしてしまえば、スウェンの進撃は阻めたというのに。

 

「ビームライフルを市街に当てるわけにはいかない」

 

 インパルスは、ビームライフルだけではなく、シールドも持ち合わせてはい
ない。ビームサーベルを持っていれば、あるいはライフルを弾き返すことも出
来たかも知れないが、スウェンは拾わずにここまで飛んできた。
「別に、機体を壊してはいけないと言われてはいない」
 だからスウェンは、インパルスの左手を犠牲にした。簡単に言えば手の平で
ビームライフルを受け止めたのだ。当然、ビームの力に手の平は破壊されるが、
盾として使ったのだからこれで良いのだ。スウェンはその隙に距離を縮めて、
残された右腕でウィンダムの腰を掴み、そのまま空中へと飛翔していく。

 

「ここでの戦闘は、これ以上できない」

 

 破損した左腕を操作できる範囲で上手く操作し、ビームライフルを持った敵
機の右腕の動きを止める。丁度、メインカメラが敵機の胸に押しつけられてい
るような体勢だ。ウィンダムが何かストライカーパックを装備していれば、あ
るいはインパルスの出力に押さえ込まれることはなかったかも知れなかった。
 だが、何の装備もなかったウィンダムは、フォースシルエットの力に抵抗で
きず、空中で激しく抵抗するも動くことが出来なかった。
 そして、スウェンは古代の闘技場を模して作られた場所に目を付け、そこに
機体を向かわせた。半ば、もつれ合う二機が落下しているようにも見える。

 

「……すまない」

 

 スウェンは一言、それだけ言うとバルカン砲のスイッチを入れた。バルカン
砲が備わっているインパルスの頭部は、ウィンダムの胸の目の前にある。
 どうなるかなど、言うまでもなかった。

 
 

 スウェンがモビルスーツを全滅させたのと、シンが司令部を制圧したのは全
くの同時ではなかった。シンはスウェンに遅れること三十分、司令部を完全制
圧した。彼らは当初、激しい抵抗を続けていたが、モビルスーツが全滅したこ
とを知ったコペルニクス市警が武装警官隊を管理センタービルと管制センター
に送り込んだことで、事態は決した。銃撃戦でテロリストの指揮官であった大
尉が負傷したのも大きかったのだろう。司令塔を失った彼らは、次々に降伏し
た。

 

「まさか、ザフトの方に助けられるとは思いませんでした」

 

 敬礼して、シンに謝辞する警官隊の隊長に、シンは苦笑気味に言った。

 

「いえ、こちらも一回は失敗してしまいました。あなた方の協力がなければ、
もっと時間が掛かっていたでしょう」
「まったく、市民としてこんなことは言いたくありませんが、今回は良い教訓
ですよ。モビルスーツ時代に、モビルスーツに対する防衛手段も持たないだな
んて大都市として間違ってるんだ」

 

 憤る隊長に、シンは「そうですね……」と答えはしたが、心から賛同したわ
けではなかった。そもそも、モビルスーツなどという絶対的な力が存在する方
が間違っているのだ。民主制にせよ独裁制にせよ、市民の蜂起によって叩きつ
ぶされた例は、歴史を紐解けば過去幾度もある。中世の欧州など、それこそ革
命の嵐だった。そうして時代は移り変わってきたのであり、歴史は動いてきた
のだ。
 しかし、今の世の中はどうだろうか。中世のように市民が剣や銃を手に取り
戦うのとはわけが違う。軍隊は圧倒的な兵器と、鉄の巨人を持って市民を萎縮
させ、圧迫する。抑止力というにはあまりに大きすぎる力。これに対して蜂起
したところで、一瞬で叩きつぶされてしまう。かつて、ガルナハンの地がそう
であったように……

「無い方が良いのかもな。モビルスーツなんて」
「何か、仰いましたか?」
「あ、いえ、なにも」

 

 心の中で呟いたつもりが、声に出ていたらしい。

 

「それよりも、すぐに世界に向けてテロリストを制圧したことを発表してくだ
さい。もしかしたら、アスラン・ザラが強攻策を取るかもしれない」
「判りました。早速、上に連絡を入れましょう」

 

 とりあえずは、これで安全のはずだ。なんだか、アスラン・ザラのために動
いてやったような気がしないでもないが、一般市民の命を助けたのだ。満足は
しても、不満を漏らすようなことではないだろう。
 そういえば……と、シンは救援に駆けつけてくれたインパルスの方に歩み寄
った。一体誰が乗っているのか、見事な手並みだっただけに疑問に思ったが、
コクピットから降りてきた人間を見て、さらに驚いた。

 

「スウェン・カル・バヤン……どうして、あんたが」
「借りを返しに来た。それだけだ」

 

 つまらなそうに言うスウェン。シンにとって、最も意外な人物が助けに来た
のだ。
 しかし、それでも……

 

「ありがとう」

 

 シンは心から、礼を言うことが出来た。

 
 

 シンの失敗が、スウェンの手を借りて一転、成功に転じたことはミネルバ内
に歓喜の嵐を巻き起こした。

 

「やった! やったわ!」

 

 ルナマリアなど、オデルの手を取り跳びはねて喜んだほどで、オデルも安堵
の溜息を付きながら、シンの無事を喜んだ。
 そして、ロッシェがミーアに至急連絡を取り付けたいと言った。

 

「彼女の安否を確認させてくれ。そして……出来ることならここに連れてきて
欲しい」

 

 コペルニクスは救われたが、あそこが安全であるという考えはもう捨てた方
が良さそうだ。オデルも同意し、シンを介して連絡を取り付けることにした。
 連絡を受けたシンは、すぐにラクス・クラインの泊まるホテルへと向かった。
直接の面識はないが、プラントの要人であるし保護しておくに越したことはな
い。ホテルに到着すると、テロの収束に歓喜するホテルのフロントで、ラクス
を一階ロビーまで呼び出して貰うように頼んだ。
 しかし、帰ってきたのは意外な言葉。

 

「ラクス様は、テロ事件が起こる前に当ホテルを退去しておられます」
「退去? チェックアウトしたんですか?」
「いえ、荷物はそのままですので外出とも言いますが……」
「では、その外出先をご存じありませんか? 市街のどこに」

 

 言いかけて、シンはフロント係が何とも困惑した表情になっていることに気
がついた。

 

「それが、その、ラクス様はもうコペルニクス内にはいらっしゃいません」
「コペルニクスに、いない? どういうことですか」
「はぁ、ラクス様はプラントの密命を受けたとかで、シャトルをチャーターな
さってテロの起きる二時間ほど前にコペルニクスから出発なさいました。ご存
じありませんでしたか?」

 

 ラクス・クラインが、いない?
 今度はシンが困惑する番である。オデルの話では、このホテルで待っている
ように言われた彼女が、居ないというのだ。
 すぐにシンは、オデルに連絡を取ったが、オデルやロッシェにしても予想外
のことであった。

 

「まさか、彼女、俺達の後を?」

 

 オデルが険しい顔でロッシェを見る。もしや、一人が不安になって追いかけ
てくるなどと言うことも考えられる。

 

「その可能性はあるが……いや、だとすれば当に合流していてもおかしくない
はずだ。これだけの時間があったのだから」

 

 すると、一体ミーアはどこへ行ってしまったのか。プラントに戻ったのか、
それともロッシェたちを見つけられず、迷子に出もなっているのか。前者も後
者も、何故だかしっくり来ない。

 

「そうか……彼女はきっと」

 

 ロッシェが辛そうな表情をした。オデルには意外なその表情で、ロッシェは
衝撃的な事実を呟いた。

 

「彼女はきっと、アスランの元に向かったんだ。奴を、止めるために」

 
 
 

 ロッシェの洞察は、当たっていた。ラクス・クラインことミーア・キャンベ
ルは、ロッシェもオデルも居なくなったコペルニクスのホテルで、一人考えた。
彼らが戦場に向かった。そして、アスランと戦おうとしている。しかし、ミー
アにはロッシェとアスランに戦って欲しくはなかったのだ。
 ロッシェが負けるなんてことは考えられないが、アスランは当代の英雄であ
り、ミーアとも知らない仲ではない。恋愛には不器用そうな彼を可愛らしく思
ったこともあるし、恋愛感情とは別の好意を持っていたのも事実だ。そんな彼
と、ロッシェが殺し合いをするだなんて、嫌だ。
 だから、ミーアはプラントの密命だなどと嘘をついて、シャトルを拝借した。
そして、アスランの本拠地である衛星へと向かったのだ。自分は兵士でも戦士
でもない。自分に出来るのは、歌うことと、話すことだけだ。戦争という、己
が己の使命を果たすべき場において、彼女がするべきことはアスランと話し、
説得することぐらいだろう。
 こうしてミーアは、アスランの根拠地であるウルカヌスへと到着した。最初、
ラクスを名乗るミーアの登場に驚いたアスランだが、彼女をウルカヌス内へと
招き入れた。

 

「まさか、君が来るとは思わなかったよ」

 

 司令室まで案内されたミーアは、久方ぶりにアスランと再会した。最後にあ
ったのは、ディオキア宇宙港のロビーだった。

 

「久しぶりね、アスラン。今日はラクス・クラインとして、あなたに話があっ
てきたの」
「聴きたくないな。俺はその顔と声が、あんまり好きじゃない」

 

 実は、アスランはラクスに対するトラウマがあった。元は親同士が決めた婚
約とはいえ、ラクスは愛くるしい容姿を持った少女で、アスランとてその気が
なかったわけではない。少し天然な性格に難儀したが、それも彼女の可愛らし
さに内であろうと思っていた。しかし、それがどうだ。ある日、プラントに対
して反旗を翻したかと思うと、それまでのイメージを一新するかのような働き
ぶりと、演説ぶりだ。前大戦時、彼女の捜索を行い発見した際に放たれた言葉
の数々にどれだけアスランは驚いたものか。しかも挙げ句の果てに、彼女はキ
ラとくっついてしまった。いや、正確にはくっついてはいないのだが、アスラ
ンは一方的に捨てられたのだ。イザークが婚約者である自分の立場を羨んでい
るのは知っているが、そんなに良いものでもなかったと、今では思う。

 

「でも、一応、何の用かは訊いておこうか」

 

 馬鹿馬鹿しいほど小さなことに拘りながらも、アスランはミーアに尋ねた。

 

「アスラン、今からでも遅くないわ。さっきの声明を撤回して。あなたは、本
気で地球を壊せると思っているの?」
「思っているさ。思っているから、撤回するつもりはないよ」
「嘘よ、あなたはそんな大それたことが出来る人じゃないもの」

 

 周囲で会話を聴く人間、特にミーアをミーアであると知らない人間たちは、
目の前で喋るラクスの口調に違和感を憶えていた。メイリンもその一人だが、
「オフの時はしゃべり方が違うのかな」なんて勝手な解釈の元に納得していた。
イザークとディアッカは事情を知っているが、イザークはミーアの存在に興奮
していたし、ディアッカはそれを宥めるのに手一杯だった。

 

「見くびって貰っては困るな。俺はパトリック・ザラの息子だ。地球を壊すこ
とも、ナチュラルを滅ぼすことも、俺には出来る」

 

「それ、本気で言ってるの」
「だったらどうする?」

 

 乾いた音が、司令室内に響いた。ミーアの平手が、アスランの頬を打ったの
だ。

 

「こうする」

 

 強い瞳で、ミーアはアスランを睨んでいた。平手打ちを喰らったのは意外だ
ったが、アスランは特に気分を害したようでもなかった。

 

「君は、やっぱりラクスにはなれないよ。話し合いに来たのに、手が飛び出す
ようじゃ」

 

 苦笑気味に答えるアスランの元に、報告が届いた。コペルニクスにおけるテ
ロ事件が終結したらしい。何でも、ザフトが部隊を送り込んだようだ。

 

「ふぅ……」

 

 メイリンが安堵の溜息を付いた。これで、レクイエムが発射されることはな
いだろう。出来ればあの兵器は、使いたくない。
 安心するメイリンであったが、アスランがとんでもない一言を告げた。

 

「レクイエムは、予定通り発射する」

 

 言葉の真意を疑って、思わずメイリンは立ちあがった。

 

「アスランさん、どうしてですか! コペルニクスは救われたのに、まだ撃つ
って言うんですか!?」

 

 メイリンの言葉に、ミーアのアスランが何をしようとしているのか気付いた。

 

「アスラン、あなた……」
「ラクス、いや、ミーア・キャンベル。君に俺の決意がどれだけ固いか見せて
あげよう。俺はね、ウルカヌスを手に入れてから、当に覚悟を決めているんだ
よ」

 

 父の意志を継ぎ、父を信じて戦った兵士たちと共に、最後の最後まで、戦い
抜く決意がある。

 

「レクイエム発射準備。エネルギーチャージは?」

 

 サトーに問いただすアスラン。サトーもまさか、ここまでアスランがすると
は思っていなかったのか、一瞬呆気にとられたようだったが、それでもすぐに
我に返った。

 

「既に、整っております」
「そうか、すぐに発射態勢に移らせろ」
「アスラン! 止めて!」

 

 ミーアがアスランに掴みかかるが、アスランは乱暴にそれを振りほどいた。
その乱暴さにメイリンが顔を顰め、イザークが叫んでアスランを殴り飛ばそう
としたが、ディアッカが全力でこれを押さえ込んだ。

 

「黙ってみていろ! 偽物の君に教えてやろう、現実というものをな」

 

 偽物という単語に、メイリンが困惑する。どういう意味なのか、かつてデュ
ランダル議長も同じ言葉を口にしたが、やはりこのラクス・クラインは……

 

「例えあたしが偽物でも、ただのミーア・キャンベルでも、あたしは自分に課
せられた使命を果たす。あたしは平和を歌うものとして、あなたを止める義務
があるわ」
「この期に及んで自分がラクスであることに酔っているのか? 見苦しいな」

 

「平和を願うこと、それ自体は誰だって出来ることよ! ラクス様でも、あた
しでも、そしてあなたでも。どうしてあなたは、手に入れた力を平和のために
使おうとしないの」

 

「使っているさ。俺はウルカヌスを、そしてビルゴを使って世界を変える。俺
は戦争をしたいわけじゃない。戦争をなくすために戦うんだ」
「確かに武力で世界は変えられるかも知れない。だけど、そんなの長く続かな
い。争いは、更なる争いを生むだけよ。前大戦だってそうだったじゃない!」
「知った風な口を利くな! 本物ならいざ知れず、偽物の君にとやかく言われ
る必要はない」

 

 アスランは片手を上げた。メイリンとは別の通信士官に、ダイダロスへレク
イエムの発射を命じるように指示したのだ。

 

「アスラン、あなたは民間人を殺してまで、己の力を鼓舞するつもりなの? 
あなたは、そこまで残虐な人に」
「うるさいな……黙っていることは出来ないのか、君は。それに、俺は何もコ
ペルニクスに撃つとは、一言も言ってないぞ」

 

 えっ……と、メイリンが小さな呟きを上げる。
「それじゃあ、どこに?」

 

 レクイエムが、発射された。
 月面都市コペルニクスではなく、地球に向かって。

 
 

 地球へと着弾したレクイエムの砲火は、狙点となったヘブンズベースを、一
瞬で葬り去った。地下施設まで完全に蹂躙された基地は、かつてのアラスカを
思い出させるような惨状となった。唯一の救いは、機動兵器の全てをパナマと
ビクトリアに移動していたため、それほど人員が居なかったことだろうか。

 

「これが俺の決意の表れだ。俺の邪魔は誰にもさせない。ラクスであろうと、
君であろうと」

 

 唖然として立ちつくすミーアの身体は、震えていた。悲しみにではなく、怒
りに、強い怒りに震えているのだ。

 

「アスラン、あなた……最低よっ!」
「構わないさ、それでも。褒められることをしているつもりはないよ」

 

 どちらにしろ、今更引き返すつもりなどないのだ。ミーアであろうと誰であ
ろうと、アスランを説得することなど出来はしない。

 

「説得が出来ないなら、あなたを倒すしかないってことね」
「誰が? 残念だが、地球軍とザフト軍が束になって掛かってきても、俺を倒
すことなんて出来やしないさ」
「いいえ、あなたは知らないだけよ。ロッシェはあなたと同等以上の力を持っ
ている」
「何? どういうことだ?」

 

 アスランがイザークの方を向いた。ロッシェの名を出され、イザークは顔に
不快感を滲ませていた。  

 

「とんだお笑いね、アスラン、あなたは自分が手にした力が何であるのかも知
らないの? 異世界から流れ着いてきたものを拾って、勝手に自分のものにし
て……それで世界征服? 笑わせないでよ、あなたがロッシェに勝てるわけが
ない」
「異世界……だと」

 

 聞き慣れぬ単語に驚くアスランだが、なるほどそう考えれば無理矢理ではあ
るが一応の説明が付く。あの圧倒的なビルゴの力、それが異世界の科学技術だ
ったと言うことか。

 

「そうか」

 

 常々疑問視していたオデルやロッシェの力。あれはビルゴの力に似ているの
だ。この世界のモビルスーツで計ることの出来ない圧倒差を、彼らは持ってい
たのだ。

 

「なるほど、それが彼らの正体か」

 

 間違いなく、それはアスランの敵となる人物だ。ならば、叩きつぶすしかあ
るまい。

 

「メイリン、ラクス・クライン、いや、ミーア・キャンベルを客間にお通しし
ろ。一応はプラントの要人で、それも女性だ。丁重に扱ってくれ」
「は、はい」

 

 メイリンは立ちあがって、ラクス、ミーアと呼ばれた少女を諭した。ミーア
は抵抗せず、それに従うかに見えたが、最後に一言、

 

「アスラン、あなたはロッシェに勝てない。勝てるわけがないのよ」

 

 そう言い残して、去っていった。
 残されたアスランは、思わずダンッと大きな音を立てて床を蹴った。

 

「イザーク、今度ロッシェ・ナトゥーノに出会ったとき、必ず奴を仕留められ
るか?」
「当然だ……彼女が悲しむ顔はあまり見たくないが、彼女を誑かす悪しき者な
ど俺が一太刀で斬り捨ててくれる。現に、この前の戦闘も始終圧倒していたし
な。そうだろう、ディアッカ?」

 

 相棒に同意を求めるイザークであるが、まあ、事実ではあるのでディアッカ
も頷く。

 

「なんなら、今すぐに奴らを襲撃するか? 何、ビルゴを十機も連れて行けば
仲間共々壊滅させることが出来るだろう」
「いや……今は」

 

 それも悪くない話だと思ったが、アスランは迷っていた。後背の憂いを断つ
という意味では重要かも知れないが、相手の位置情報も判らぬままに闇雲に動
くのは得策ではない。
 考え込むアスランだが、そんな彼に新たな報告があった。一機のモビルスー
ツ搭載型シャトルが、こちらに接近しながら通信を送ってきているというのだ。

 

「ザフトからの投降者か?」

 

 同志として迎えるのだから、投降者という表現は必ずしも正しくはない。こ
れといった言葉が思いつかなかったから、適当に言っただけである。
 しかし、アスランが予想だにしない答えが返ってきた。

 

「通信者、キラ・ヤマトの名でザラ司令官に、通信による面会を求めてきてい
ます!」

 

 衝撃が室内に走った。キラの名前を知る者、実際に会ったことがある者、刃
を交えたことがある者、そして何より、アスラン・ザラが雷撃に撃たれたよう
に痺れ、震えていた。

 

「キラ、だって?」

 

 それは、彼の親友で、子供の頃から見知った仲である幼馴染みの名前だった。

 

                                つづく