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X-Seed_双星の軌跡_第02話

Last-modified: 2007-11-11 (日) 16:51:15

 第二話 『また戦いがしたいのか』前編

 あの日の情景のいくつかは、今でも鮮明に覚えている。
 それは焼け焦げた家族の遺体であり、木々を焼く炎の熱さであり、そして空を舞う翼を
広げた死の天使の姿だった。。
 悲しみに張り裂けてしまった虚ろな心を抱え、少年は故郷を後にした。
 あの日から二年。今はもう、その心に悲哀は無い。
 あるのは、怒り。家族の命を奪った敵国への、見捨てた故国への、そして何より守れな
かった自分自身への、尽きる事なき怒り。
 もう嫌だった、無力に泣き叫ぶのは。二度と許せなかった、大切なものを理不尽に奪わ
れるのは。
 その怒りを抱えてひたすら駆け抜けた日々を、少年はふと顧みる。
 手に入れたのは第二の祖国の赤い軍服、そして鋼鉄で造られた己の半身。
 俺はもう、あの無力な子供ではない――
 シン・アスカは十六歳になっていた。

  ○   ●   ○   ●

 C.E.72年、一年半に渡った地球・プラント間の戦いは、ヤキン・ドゥーエ宙域戦をもっ
てようやくの終結を見た。
 やがて双方の合意の下、かつての悲劇の地ユニウスセブンにおいて締結された条約は、
今後の相互理解努力と平和とを誓い、世界は再び安定を取り戻そうと歩み始めていた――
はずだった。
 残念ながら、それは現実のほんの一面でしかない。先の大戦で地球圏全域にばら撒か
れた戦火の火種はいまだ燻ぶり続けており、発芽の時を待ち受けていたのだ。
 そして停戦よりおよそ一年半、C.E.73年10月15日――

「しかし、どうも解せませんな」
 特務戦闘艦ガーティ・ルー艦橋、艦長席に腰を下ろしていたリーはぽつりと呟いた。
「何がだね」
 隣席のシャギアが、ブリッジ正面のメインモニターから視線を動かさないまま答える。
 ここは、L4宙域。ガーティ・ルーの船外は真空と静寂に包まれている。メインモニターに
は、巨大な天秤型の構造物――プラントの姿が映されていた。
 ユニウス条約の結果、プラントは悲願であった独立を勝ち取り、L5宙域の本土に加えて
地上のカーペンタリア基地とジブラルタル基地、そしてここL4宙域のコロニー群の領有を
認められた。
 シャギア達が目指すアーモリーワンも、戦後この宙域に新設された工業プラントである。
「この作戦の目的です。大佐達がもたらした例の機体の解析によって、我が軍のMS技術
は飛躍的に向上しました。今さら、このような危ない橋を渡る意味があるのでしょうか?」
 作戦を控えた部下に聞かせられる話ではない。声をひそめ、シャギアにだけ聞こえるよう、
言葉を選ぶリー。
 もっともリー自身、普段なら下された命令に疑念を持つ事など、ましてやそれを口に出す
事などない。
 だがファントムペインへの転属後、初めての非合法作戦への従事が、彼の胸中に小さか
らぬしこりを生んでいたのだ。

「艦長、君はラニカイ号を知っているかね?」
 部下の心中を知ってか知らずか、シャギアが口を開く。
「……寡聞にて存じませんな」
 突然の問いにリーは記憶を探るが、思い当たらず正直に首を横に振る。
「旧世紀の1941年11月、当時のアメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトから米
海軍に、『一隻の小船を雇って星条旗を掲げ、カムラン湾の日本艦隊を偵察せよ』との特別
命令が下った。
 この命令を受けたケンプ・トーリィ中尉はフィリピンのラニカイ号というヨットに乗り込み、当
時は日本軍の制圧下にあった、ベトナムのトンキン湾を目指した」
「はあ」
 突然の戦史講義に困惑するリーを尻目に、シャギアは薄い笑みを浮かべると締めくくる。
「だが到着前日に日本軍が真珠湾を奇襲、この奇妙な作戦は中止される」
「……つまりこの作戦は開戦の契機をつくるための挑発だと?」
 シャギアの言わんとすることを理解したリーが、顔をしかめる。
「そうとは言わん。だがどのような命令であれ下された以上、我々職業軍人には従う以外
の選択肢は無い。つまりはそういうものだろう」
「兵士よ問う事なかれ、ですか」
 抜け抜けと言い切る上官に、内心で『あんたがそんなかわいいタマかよ』と呻き声を上げ
るリー。もちろん紳士であり士官であるイアン・リーは、それを言語化するような非礼は犯
さなかったが。
 そんな部下を横目で見ながら、シャギアは声なき声をアーモリーワンへと飛ばす。
『聞こえているか、オルバ』

  ○   ●   ○   ●

『聞こえてるよ、兄さん』
 アーモリーワンの市街で車を運転しながら、オルバは答えた。乗っているのはとある手
段で調達したザフトの軍用車両、また身につけているのもザフトの黒色軍装である。
『そろそろ、子供たちと待ち合わせの時間だ。スケジュール通りだよ』
『了解、そちらは任せるぞ』
 今回の作戦に先立つ事前工作を指揮するため、オルバは一月ほど前からアーモリー
ワンに潜入していた。
 弟が内部に潜入、兄が外部からバックアップ。それが以前の世界で新連邦軍のエージ
ェントだった時分からの、兄弟の自然な任務分担だった。そして今、最後かつ最重要の要
員との合流に向かっている。
「さて到着、と」
 合流地点のの小さな公園に車を停める。最新鋭戦艦の進宙式を明日に控え、普段の工
業コロニー特有のそれとは異なる、祭りを思わせるどこか浮ついた活気に街は包まれてい
た。
 待つ事しばし、通りの向こうから近づいてくる、見慣れた黄色と青の頭にオルバは気づく。
時計を確認すると、時間は14時55分。合流予定の5分前だ。
 オルバは、右頬に小さな笑みを浮かべる。うん、どうやら、子供たちはきちんと自分の言
いつけを守っているらしい。何事も常に五分前に――
「うん?」
 その眉が不審気にしかめられた。
 向かって来るのは、スティング・オークレーとアウル・ニーダの2名のみ。一人足りない。

「ステラは?」
「あそこ」
 オルバの問いにアウルが、通りの方角を指差す。その先を見てオルバは、軽く頭を抱
えた。
 そこでは最後の一人――ステラ・ルーシェが、踊るような足取りで近づいてきていた。
少女が軽やかにステップを踏むたび、白と青のドレスがヒラヒラと蝶のように舞う。
「……何をやってるんだい、あれは?」
「浮かれてるバカの演出、じゃねえの?」
 オルバの問いに、 肩をすくめながら笑うスティング。
「仕方ないな、迎えに行ってこよう」
 オルバはため息をつきながらバギーから下りる。三人とも減点1、と採点する。
「君達は車で待っているように」
「了解」
「へいへ~い」
 上官、というよりも引率の教師のように告げると、オルバは足早に歩き出す。と、くるくる
と回りながら角に差し掛かったステラが、横合いから出てきた人影とぶつかっていた。
「やれやれ、急がないとね」
 呟くと、オルバはさらに足を速めた。

  ○   ●   ○   ●

 それは、シンが友人たちと話しながら、路地から大通りに出ようとした時だった。
 急に目の前に人影が飛び出し、気づく前にシンは思い切りぶつかってしまった。
 反射的に、倒れそうになった相手を抱きとめる。そこでようやくシンは、相手が自分と同
年代の女の子だと気づいた。
「大丈夫かい?」
 少女が振り返った。まるで人形のように整った、愛らしい顔立ち。甘い体臭が鼻孔をくす
ぐる。
 どこか茫洋としたまなざしで、少女は少年を見上げる。その菫色の瞳に自分の姿が映っ
ている事に気づき、シンの胸がわずかに高鳴った。
「……誰?」
 だが次の瞬間、少女はシンの手を乱暴に振り払う。
 敵意を感じるほど鋭い視線で、少女はシンをにらみつけた。その豹変にシンが戸惑って
いると、人ごみの中から少女を呼ぶ声が響く。
「ステラ」
 その声を聞くなり、少女の表情が再び変わる。満面の笑みを浮かべると声の主――黒
服を着た、まだ若いザフトの士官だった――を振り返る。
「オルバ!」
 甘えるように、士官の左腕に抱きつく少女。黒服の士官は少女の金色の髪を優しく撫で
ると、シンに向き直った。
「連れが迷惑をかけたようだね。怪我はないかい?」
 丁寧だが、温かみのない声。シンが小さな声で大丈夫ですと答えると、士官は薄い笑み
のまま踵を返し――最後に爆弾を投げつけた。
「本当にすまなかった、ラッキースケベ君」
「へ?」
 間が抜けた表情で、シンはまだ暖かく優しい感触が残る自分の両手を見つめた。
「こ、これは……あの、違――!!」
 真っ赤になってシンが弁明した時にはもう、すでに少女も士官も雑踏の中に消えていた。

 呆然と立つシンの背後から、思わせぶりな声がかけられる。
「ラッキースケベかあ、実に言い当て妙だな」
「若きザフトの赤服シン・アスカ、白昼の路上で少女相手に公然猥褻――これはスキャン
ダルね」
 弾かれたように振り返るシン。今まで高みの見物を決め込んでいた、連れのヨウラン・ケ
ントとメイリン・ホークだった。
 ヨウランの浅黒い顔にも、メイリンの十六歳という年齢にしては幼さの残る顔にも、『格好
の玩具を見つけた』と言いたげな笑みが浮かんでいた。
「み、見た――よな、今の?」
 呻き声を上げるシンを、メイリンは白々しく無視すると、いつの間にか取り出した情報誌
のページをめくる。
「イタリアレストラン『レパント』――ジブラルタル経由で、地中海から直送された魚介類が
自慢のお店かあ。ふ~ん、おいしそうね」
「ほお、イタ飯か。やっぱ魚は天然物(ナチュラル)に限るよなあ」
 思わせぶりにこちらをチラチラ見るメイリンと、露骨に尻馬に乗るヨウランに、シンはがっ
くりと肩を落とした。
「……分かったよ、奢りゃあいいんだろ奢りゃあ!!」
「おお、そいつは悪いな、心の友よ」
「気が進まないけど、人の好意は素直に受けないとね。ありがとう、シン」
 してやったり、とばかりにニヤニヤと笑う二人の僚友に、内心でありったけの罵詈雑言を投
げつけるシン。
「いつか覚えてろよ……」
 いつの間にか、そもそもの発端になった少女と士官は、シンの頭からきれいさっぱり消え失
せていた。